
英雄伝説
半村良
角川文庫
サラリーマンの悲哀
多くのページがサラリーマンの描写に費やされているので、波乱万丈のジェットコースター的な展開を期待すると、期待はずれかもしれません。また、SFや伝奇小説的なアイデアも他の作品に比べると希薄なので、そちらを求める人には物足りないかもしれません。 ただ、企業で身を粉にして働くサラリーマンと、悲運に倒れた古代の英雄が徐々に重なってくる叙述の妙や、皮肉で悲哀に満ちたラストなど、強く印象に残りました。 この悲哀が気に入った人には、半村良の作品では、「獣人伝説」をお勧めします。 その一方、SF的な仕掛けが物足りなかった人には、「黄金伝説」をお勧めします。
0投稿日: 2015.07.07コフィン・ダンサー 上
ジェフリー・ディーヴァー,池田真紀子
文春文庫
良くできたハリウッド映画的エンターテイメント
暗殺者とそれを追う専門家チームとの追いつ追われつの物語です。両者が暗殺とその阻止・逮捕という目的に向かって、知恵を尽くして対決する姿は、見せ場も多いストーリーで、読者を飽きさせないでしょう。まさに良質のハリウッド映画を小説上で再現しているようです。 その一方で、どんでん返しが売りの作品ですが、読者に推測させるという意味での伏線がないので、実は登場人物AはBが化けていましたとか、証拠物件Cは犯人のDの意図のために残されていた、といわれても、作者の造った箱庭世界で遊ばされているだけのような不満が残ります。 また、登場人部の描き方が表層的で、ロボットのような印象を与えます。映画なら、これくらい分かりやすく図式化したキャラクターにする必要があるでしょうが、これだけの分量の小説ならもう少し掘り下げることを期待してしまいます。 全体として、優れたエンターテイメントで面白く読めますが、長く記憶に残る作品ではないと思います。
0投稿日: 2015.06.30家政婦は名探偵
エミリー・ブライトウェル,田辺千幸
東京創元社
カラッとしたミステリー
ミステリーとしては、手がかりの見せ方やミスリードのテクニックがいささか甘いですが、値段分はきっちり楽しませてもらいました。 殺人事件は起きますし、背景も陰湿なものではありますが、語り口やキャラクターはいたって、カラッとしていて、軽い読み物を探している人にお勧めできると思います。 一方で謎解きよりも、探偵役の家政婦やその協力者であるほかの使用人が、如何に主人たる警部を解決に向けて誘導していくかという点に主眼がおかれているようなので、この点を楽しめるかどうかで、評価も分かれると思います。 警部のライバルらしき同僚や、事件を通して知り合う変わり者の主婦など、まだ本作時点では生かしきれていないキャラクターもいるので、次巻以降でどのように人物像が肉付けされていくかについても、興味が持てます。
2投稿日: 2015.06.29スフィア-球体-(上)
マイクル・クライトン,中野圭二
ハヤカワ文庫NV
センス・オブ・ワンダーよりもスリラー
クライトンの作品の中では、SF的な要素が最も強いのではないでしょうか。 本作を読むと、クライトンの本質がSFではなく、スリラー作家ということが良く分かるのではないでしょうか? 例えば、私が最もSF作家らしいと思うA.C.クラークと比べると、深海で見つかる宇宙船や球体をめぐる謎やサスペンスはいたって薄く、人知を超えた壮大なビジョンやSFならでは仕掛けといった要素は余りありません。 その一方で、発見された球体を巡って、徐々に緊張感を増していく人間関係の描写や、その後のスリリングな展開は、小説作りがへたくそであるクラークには望むべくもありません。 ただ、クライトンは、同じ職人的な物語作りに長けたフレデリック・ブラウンやダン・シモンズに比べると、球体が何か、なぜ存在するのかという点ではなく、どのように助かるかという点に重点をおいた物語作りを選ぶという点で、スリラー作家であることに意識的であると思います。
2投稿日: 2015.06.02今宵、銀河を杯にして
神林長平
ハヤカワ文庫JA
ユーモアの下に、人間性への深い洞察
ユーモアにあふれる物語ですが、ただの軽い物語かと思うと、その下に知性や人間性に関する深い洞察が垣間見えてきます。 「膚の下」や雪風シリーズなど同種のテーマを扱った名作群でも知られている作者ですが、登場人物がマンガ的に誇張して描かれていて分かりやすいこと、(他の作品に比べて)内省的なモノローグが少なくコミカルな掛け合いが楽しめることなどから、それらの作品よりも、読みやすいと思います。
1投稿日: 2015.06.02人間はこんなものを食べてきた 小泉武夫の食文化ワンダーランド
小泉武夫
日経ビジネス人文庫
食文化に関するまじめな考察
同作者のほかの本と違って?、まじめに食文化について考えているエッセイです。 なので、ゲテモノやおいしいものに関する面白エピソード集を期待すると、ちょっと違うかもしれません。 その一方で、軽く読める食文化に関する本を探している人にはお勧めできると思います。
0投稿日: 2015.05.28酔っ払いは二度ベルを鳴らす~ススキノエッセイ~
東直己
光文社文庫
本好きの酔っ払い向けエッセイ
新聞連載をまとめたものだそうですが、お酒の席にまつわる面白エピソードがたくさん詰まった本です。 各エピソードは数ページの長さにまとめられているので、電車の待ち時間などちょっとした合間に読んでも良いと思います。 ただ、酒飲みに対して肯定的に書いているので、酔っ払いが嫌いな人にはお勧めしません。
1投稿日: 2015.05.28アド・バード
椎名誠
集英社文庫
未来世界を舞台にしたロードノベル
「地球の長い午後」、「地獄のハイウェイ」、そして「宝石泥棒」といった名作群の系譜に連なる、未来の地球を舞台にしたロードノベルです。 先に挙げた諸作と同様に、想像力を駆使した未来世界と奇抜な生物の描写が本作の肝の部分だと思います。 本作では、広告が過剰化した結果、荒廃した世界が舞台となっています。主人公たちは、思い悩むよりも行動するタイプで、そんな彼らが誰もいない街中でいまだ夜空に繰り返される宣伝の数々、広告のために改造された奇抜な生物が跋扈するなかを旅していきます。 異世界描写は優れているものの、「地球の長い午後」などと比べて、SF的な仕掛けが弱くその分がマイナス評価となりましたが、カラッとした文体は読みやすいので、SFに慣れていない人にも十分お勧めできる水準だと思います。
0投稿日: 2015.05.28キマイラの新しい城
殊能将之
講談社文庫
愉快な物語
同じ作者の「ハサミ男」、「黒い仏」、「鏡の中は日曜日」ほどの奇想や仕掛けはありませんが、並みの作家なら、ずば抜けたアイデアといえるでしょう。 中世の幽霊が語るパートで語られる現代社会を見る目が大真面目ながらもずれている面白さ(特に現代の六本木で馬上槍試合をしてしますばかばかしさといったら最高です)、現代人視点のパートのドタバタ劇調の面白さの両方が楽しめます。 導入部分の設定からしてそうですが、リアリティよりも喜劇的に本格もののパロディを追求した物語だと思います。 どちらかというと、ミステリをたくさん読んできた人向けのストーリーではないでしょうか。
1投稿日: 2015.05.19氷河民族
山田正紀
角川文庫
少しネタばれのコメント
冒頭に出てくる謎の美女をめぐる謎の提示から、わくわくして読むことができました。 無駄の無い物語は、テンポ良く進み飽きさせませんが、いよいよこれからというところで、終わってしまいます。 ここで終わらせるなら、その前の山場でもう少し緊迫感を出して盛り上げてほしかったような。 山田正紀ファンなら読んでも良いと思いますが、山田氏の最初の一冊なら、SF系なら「神狩り」、「宝石泥棒」、ミステリなら「人喰いの時代」をお勧めします。
0投稿日: 2015.05.19