【感想】日の名残り

カズオ・イシグロ, 土屋政雄 / 早川書房
(633件のレビュー)

総合評価:

平均 4.3
262
203
90
9
1
  • ノスタルジーや希望とは違う、スティーブンスの立つ舞台

    読み初めの頃は、スティーブンスは面白い人だなあという感想が、
    少し読み進めると、おいおい、大丈夫かいスティーブンス、になって、
    最後のほうは、スティーブンスそれはまずい、大変まずい。というより…。

    読み進めると、スティーブンスを取り巻く人や社会情勢に合わせて、
    スティーブンス自身の考え方の変化をしていくのですが、
    最後はやはりスティーブンスらしい結末だな、と思ってしまいました。

    著者の持ち味、なんと呼んだらいいかわかりませんが、皮肉というのでしょうか。
    ここは皮肉ではなく素晴らしいと感じます。
    文章の端々から、ミス・ケントンに何があったかなど推測すると、本当にもう、
    こんな最悪な可能性が隠れているのに、フェミニストにすら叩かれないどころか、
    賞を取るなんて、不快にさせない煙の巻き方が本当にすごいと思います。

    自分で選んで罪を犯したことがある人や、
    自分自身をかえりみて、勘違いや思い込みで自分を正当化しているかもしれない、
    と思う人が、この本を読んだら、
    もしかすると、人生の新しい楽しさに気付くのかもしれない、と思いました。
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    投稿日:2017.12.12

  • 最後まで読むのに以外と時間かかった・・・。

    新しいアメリカの雇用主からの提案により数日間旅に出ることになった。 20人もの雇人が居た屋敷も、今では4人の雇人でやりくりしなければならず、今でも手紙の交流がある昔の女中頭に戻ってもらえるかもしれない、実は彼女はこの屋敷に戻りたいのではないかと言う新たな任務を遂行するために旅に出ることを決心する。 過去と現在、時代は変わっても彼は偉大なる執事になるべく、新しい時代に適応した執事としての品格を身につけようと模索する旅でもある。映画も素敵だろううな。続きを読む

    投稿日:2017.11.15

  • 昔を懐かしむ作品?否、再び歩き出す物語です

     2017年ノーベル文学賞は、カズオ・イシグロ!と聞いても、正直言ってピンときませんでした。で、代表作は「日の名残り」と聞いて、あれ?それなら読んだことがあるかもと、読書記録をまさぐってみたところ、まだ現役バリバリ時代の9年前に読んでおりました。でも、内容はまったく思い出せません。と言うわけで、今回再読してみた次第です。
     読み出して、あー執事さんがドライブする話だとすぐに思い出しました。しかし、初めて読んだ9年前に比べ、退職した今読み返すとかなり印象が変わりました。また、これを読んでいる最中に、Eテレで、カズオ・イシグロ氏の講義する文学白熱教室の再放送があったのも、大いに参考になりました。
     その講義のテーマは、何故人はフィクションを読むのか?また、何故人はフィクションを書くのか、というものでした。そして、書き手がその記憶を通じて語るということに、彼はこだわっているとのことでした。つまり、書き手、この小説の場合は、執事ですが、彼の記憶に基づいて過去のことが書かれているというスタイルなわけで、それは完全なる真実とは異なるわけですね。
     さて、英国の貴族の屋敷における生活、特に執事というと、映画を見ていない私にとっては、アンソニー・ホプキンスよりも、テレビドラマ「ダウントンアビー」のカーソン執事の印象です。「ダウントンアビー」の方も、失われつつある英国貴族文化の終焉みたいなものが描かれていましたが、9年前に「日の名残り」を読んだときも、華やかなりし英国文化が失われていく姿が「日の名残り」となっていると思っていました。しかし、退職した今読み返してみると、ただそれだけではないことがわかります。
     華やかだった貴族文化の名残の話ならば、遠い外国のお話ですが、さにあらず、これはとても普遍的なことを物語っていました。
     一つのお屋敷内では、旦那様が社長で絶対的存在です。中間管理職である執事は、社長の命令には何ら疑問を抱かず、ただただ自らの職務を全うすることこそ、偉大なる執事と考えていました。これは、考えてみれば、核兵器の開発に心血を注いだ科学者の姿と重ならないこともありません。あるいは、この絶対的存在を国家と考えても良いでしょう。盲信的に、ただ従うことが良い国民なのでしょうか?実際にこの執事は、お屋敷外の人から重要なアドバイスがあったにも関わらず、社長である旦那様の誤りを正すことが出来ませんでした。自分の頭でよく考えることが必要なのですね。
     また、執事は 数多くの使用人を束ね統括することが重要な職務となりますが、その労務管理に悩む姿は、現代にも通じます。女性使用人の寿退職問題とか、リストラ問題、さらに同僚、いや部下かな?に対する恋愛感情さえ封じ込み、職務に邁進する姿は、一昔前?の組織人としてのサラリーマンそのものではありませんか。
     そして、このドライブを通じ、自らの半生を、これでよかったのかなぁと振り返りつつ、昔思いを寄せた人に会いに行くわけです。その思いを寄せた人も、ひょっとすると自分を慕っていてくれたのではないかと期待していたわけですが、時の流れは残酷ですね。もはや、人それぞれの人生を歩んでいて、後戻りなんかは、出来ないのです。主人公は、旅の終わりに夕陽を見ながら、涙を流します。でも、まだまだ人生は続くのです。彼は振り返ることをやめ、雄々しく立ち上がるという物語でした。今後彼は、盲信することなく広く目を向け、そしてやっぱり執事として職務を全うしていくのでしょう。流石にブッカー賞受賞作と思ってしまう名作でありました。
     是非一度、読まれることをお勧めします。私もスティーブンスと同じくらいの歳になったら、もう一度読み返したいと思います。
     なお、この物語をより格調高くしているのは、土屋政男氏の名訳でしょう。翻訳物とは思えない言い回しは、本当に素晴らしいものです。ただ、一つだけ気になったのは、旅の途中の風景に出てくる「生け垣」という単語です。何度も登場するのですが、日本語でイメージする生け垣とは、多分異なるのだろうなぁと思います。とは言っても、ならば、どんな語句を当てはめれば良いかはわからないのですけどね。
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    投稿日:2017.10.23

  • 過ぎ去った時代

    昨日は永遠に戻ってきません。今日は過ぎ去ります。そして明日がやってきます。
    風と共に去りぬを思わせる最後が印象的です。
    英貴族の話には少し腰が引けてしまう場面もあります。少し敷居が高くも感じます。ですが、読み進めていくと執事という設定が上手く使われています。歴史の裏舞台とでもいうべきでしょうか?
    確かに著者が描くように歴史的背景として、ナチスとニュルンベルク裁判の戦犯たちの再起を促した交渉があったし、駆け落ち王子はナチスびいきだったとも聞きます。英帝国の執事の立ち位置は旧大名家の華族に付き従った御側衆の運命をも思い至らせます。紳士の心意気が下層階級出身のナチスに踏みにじられたという設定は疑問に感じますが、実際にナチスが史上最大の犯罪集団であったのは事実でしょう。
    貴族同士の密室会談が時代遅れになったように、私たちは終結した冷戦構造、そして対イスラム戦争の終わった時代に生きています。歴史が終わった後もまた現実は続くのです。過去は取り戻せません。スティーブンスとケントンの対話が示しているように…。諸行無常に響きあり、とは古人も言うことです。ですが、虚無だけが残ったとしてなんだというのでしょうか? 人生の結果が虚無だとしても…。仕事を選んだ執事と生活を選んだ女中の対比に疲れた人生が重くのしかかることもあります。ファイト! と立ち上がる勇気を持ちたいものです。
    歴史のうねりに飲み込まれてしまわないように今日も頑張りましょう!
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    投稿日:2017.10.20

  • 人生の名残り

    第二の人生の始まりの方には、読んでいただきたい作品です。舞台背景は違えど、共感できるシーンが面々と書かれており、ステーブン(主人公の執事)の回顧録のはずなのに自分の回顧録がオーバーラップしてきます。とても読みやすく心穏やかになれる作品です。


    夕暮れ時に、そのような生き方しかできなかった「執事」を思ってくれていたことをはっきり知る。自分の雇い主への尊敬と品格ある執事という職務へのプライドの結果、今後の人生はひとりであることを選びとった。その過程が丁寧に納得できるようつづられている
    続きを読む

    投稿日:2017.10.19

  • 読んでよかった

    映画は見ていない。しかし、読んでいる最中の主人公の執事と女中頭のイメージは、映画の二人。この映画は見ていなくても、他の映画で見た二人がピッタリはまる。イギリスの執事とは何か。どうあったのか。才気煥発で仕事もそつない女中頭。激情をつい皮肉や無愛想や無視という態度に変えてしまう女性から慕われていることをそこはかと察しながらも職務遂行にプライオリティを置く執事。人生の夕暮れ時に、そのような生き方しかできなかった「執事」を思ってくれていたことをはっきり知る。自分の雇い主への尊敬と品格ある執事という職務へのプライドの結果、今後の人生はひとりであることを選びとった。その過程が丁寧に納得できるようつづられている。1973年~74年イギリスに1年滞在。執事がいるような方とはお知り合いにならなかったが「さもありなん」と思われる人間関係。土屋氏の翻訳も読みやすかった。続きを読む

    投稿日:2014.10.22

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ブクログレビュー

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  • 夏しい子

    夏しい子

    凄かった。
    スティーブンスの不器用さ
    執事としての執務への入れ込み様が
    読んでいて切ないほどだった。

    ミス・ケントン側の方からの物語も読めたらもっと、もどかしてく泣いちゃうような物語だったかもね。

    辛くて、切ないのに読了後は「読んで良かった!」としみじみと思えた小説だった。
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    投稿日:2024.04.03

  • メグ

    メグ

    このレビューはネタバレを含みます

    終始、表紙のイラストのような哀愁漂う雰囲気のお話です。
    自分の執事としての人生を誇らしく思う一方で、徐々に明かされていくある一つの後悔。自分の人生が無価値だったのではないかと思い知らされたくない。そんな思いで隠されている真実を、主人公が少しずつ受け入れていきます。この絶妙で複雑に入り組んだ心情描写がカズオ•イシグロさんの好きなところです。
    その心情をゆっくりと辿っていくことで物語の世界に没入していく感覚が好きです。
    自分が欲しかったもう一つの人生。旅の終わりにそこに辿り着きます。しかし、やっとの思いで辿り着いたそこは既に手遅れの状態でした。
    何もかもが完璧に手に入る人生なんてないと思います。選択した先に起こる後悔も自分の人生の一部。
    その美しさがこの小説の醍醐味だと思います。

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    投稿日:2024.03.31

  • 星の王子様

    星の王子様

    外国ルーツを持つイギリス人であるカズオ・イシグロがイギリスの伝統を描いた作品。
    後に彼が「生きる」の英版脚本を手がけると思うと一層感慨深い作品でもある。

    時代の移り変わりで、アメリカ人の主人を迎えた老境の執事。
    彼のかつての主人は、戦間期に戦前よりのドイツのlordとの絆からベルサイユ条約を親子の協定ではないと嘆き、ドイツの立て直しのために各国の有力者の結社を作るという立場にあった。
    戦中は敵として戦うが、終われば紳士の友情という世界観。だが実際にこういう結社の在り方もあっただろう。
    奇しくもこの辺り、キングスマン:ファースト・エージェント見てると実感が湧いてくるというか..
    あちらは第一次世界大戦が舞台だし、ロシアの階層ラスプーチンとドイツをぶっ倒せ!という脳筋状態の結社ではあったけど..
    執事らが関与する形で、国同士というか貴族同士の国境を超えた外交(shadow cabinet ならぬshadow Abby)が重要な選曲を握るという状態は面白い。
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    投稿日:2024.03.06

  • 1990604番目の読書家

    1990604番目の読書家

    このレビューはネタバレを含みます

    夕方は一日の終わりで後ろ向きな印象、前を向くなら日の出の朝がいい気がした。スティーブンスはこれから前向きになれるのか。ジョークを学ぼうとしてるから、前向きではあるのかな。

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    投稿日:2024.03.04

  • 太田豊太郎

    太田豊太郎

    このレビューはネタバレを含みます

    AIのような、私情を挟まない完璧な執事スティーブンスが、かつての女中頭のミス・ケントンに屋敷への復帰を打診するために旅をする話。回想形式の部分が多いが、品格ある真の執事を目指して滑稽なまでに淡々と執事業をこなすスティーブンスと周囲との微妙なズレにクスッとさせられる。
    スティーブンスは品格ある執事を目指すあまり、主人ダーリントン卿を盲信して、自分で考えて行動することがなかった。そのうちにダーリントン卿はナチスに取り込まれ、無自覚のうちにナチスのイギリスにおける傀儡として利用されてしまっているのだが、周りからどんなにそれを指摘されても、そうとしか思えない指示をされても、スティーブンスはそれに気づかない。最終的にはダーリントン卿はそれを新聞で糾弾されて、名誉を失い人生を終えていく。また、ミス・ケントンはスティーブンスを愛しているのに、それにも気づかず二人のやりとりは空回りとすれ違いばかりでもどかしい。他の人と結婚して、もう今はその夫と共に生きる覚悟をして孫まで生まれようとしているミス・ケントンが奥ゆかしくその頃の思いをほのめかす場面が美しかった。スティーブンスは、敬愛するダーリントン卿も失い、無自覚ではあったかもしれないが愛していたミス・ケントンも失い、自分は自分の判断で行動していたわけではなく主人を信じていただけの品格を欠いた人間であったことに気づき、夕日に向かって涙する。
    夕方が一番美しいんだ、と見知らぬ男から言われる最後の場面は、そんな人生の絶望を優しく勇気づけてくれる言葉に思われた。ミス・ケントンに会う直前の「四日目午後」まではかなり長く、というかこの作品の8割くらいを占めるのに、その後記述が再開されるのが「六日目夜」だから、それだけ打ちひしがれていたんだろうなと思うが、最後に見知らぬ人々がジョークを言いながら親交を深めているのを見て、ジョークの練習をしようと改めて思うスティーブンスで締めくくられているのが前向きでよい。

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    投稿日:2024.02.27

  • mk

    mk

    初カズオ・イシグロ
    ドラマで観た「私を離さないで」が重くて暗かったので、なんとなく遠ざけていた。この「日の名残り」は静かだが暗くはない。謹厳実直な執事には可笑しみさえある。日の名残りの頃「夕日が一日でいちばんいい時間なんだ」と教えてくれた。今まさに人生のその時間辺りにいる私にはタイムリーな作品だった。続きを読む

    投稿日:2024.01.31

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