日の名残り

カズオ・イシグロ, 土屋政雄 / 早川書房
(536件のレビュー)

総合評価:

平均 4.3
222
167
75
9
1
  • 過去と現実を受け容れることで、前向きになれる

    ブッカー賞受賞作にして同名映画の原作。アメリカ人大富豪に仕える老執事スティーブンスはかつての同僚、女中頭のミス・ケントン(現ミセス・ベン)からの手紙をきっかけに休暇を貰い、主人から借りた自動車で旅に出ます。旅の途中、折に触れてミス・ケントンやかつての主人ダーリントン卿との過去に思いを馳せるのですが、その結果、物語は「現在」の1956年と「過去」である1923年(最終的には1936年も)を行ったり来たりするため、少々分かり難いかもしれません。
    「日の名残り」という題名が暗示している様に作中の「現在」は、二回の世界大戦でイギリスは没落し、まさに斜陽の時代です。ダーリントン卿も既に亡く、ミス・ケントンはミセス・ベンになってしまっている。一方、過去である1923年は多少陰りは見せつつも、いまだ世界一の大国としての地位を保ち、主人は健在、ミス・ケントンも同僚と、スティーブンスにしてみれば出来ることなら戻りたいが、決して手が届くことはない失われた黄金時代といえます。「現在」のスティーブンスは折に触れ、偉大さとは何か、品格とは何かを自問し、既に失われてしまったか、あるいは失われつつある、それを守ってきた自分に職業的な誇りをを感じています。にも関わらず、彼はダーリントン卿に仕えていた過去を、自らの経歴・誇りと不可分であるその事実をしばしば隠そうとします。それは彼の弱さの表れであるとともに、現実(過去は取り返しが付かないこと、ダーリントン卿の被った不名誉、屋敷はアメリカ人の手に、etc)を正面から受入れずに、自分を誤魔化しつつ受け流していることの表れであると私には思えました。しかし、そんなスティーブンスも旅の終わりに、取り返しがつかない現実も正面から受け止め、受け容れます。そして現在の主人に前向きに仕えていくことを心に決めます。ミス・ケントンとどうなるわけでも、ダーリントン卿の名誉が回復するわけでもありませんが、それを受け容れることで非常に前向きになる、もしかすると、それがイギリスらしさ、あるいは作中の言葉を借りると「偉大さ」「品格」ということなのかもしれません。

    イギリスの歴史(?)小説ということで、日本人には知らないと分かり難い点も少々あります。
    時代背景として、戦間期イギリスの対独融和政策を踏まえておく必要があります。ドイツが第一次大戦で敗北し莫大な賠償金を課されたこと。フランスによる過酷な対独政策が反感を生み、ナチス躍進の素地を作ったこと。ドイツで政権を取ったヒトラーとナチスに対し、イギリスはラインラント進駐、再武装、オーストリア併合などに文句は付けつつも最終的には「これが最後」という言葉を信じて領土拡大を追認してしまったこと。このあたりでしょうか。
    スティーブンスの葛藤も分かり難いかもしれませんが、身も蓋もない言い方をしてしまえば「父親の健康、職場の同僚との関係など面倒なことから仕事に逃げた男が、老境に差し掛かり、俺の人生、これでよかったのかな?と疑問に思いつつもその気持ちを認められずにいる」という状況です。

    ところで映画を見た方ならお気づきでしょうが、原作と映画では現在の主人であるアメリカ人の設定が異なります。原作ではファラデー氏という特に因縁のない陽気な大富豪。映画では過去編にも登場した外交官のルーイス氏。見比べてみると面白いかもしれません。個人的な意見ですが、いくらなんでもスティーブンスが因縁のルーイス氏に仕えるとは思えないので、原作の設定に軍配を上げたい所です。
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    投稿日:2014.02.25

  • 読んでよかった

    映画は見ていない。しかし、読んでいる最中の主人公の執事と女中頭のイメージは、映画の二人。この映画は見ていなくても、他の映画で見た二人がピッタリはまる。イギリスの執事とは何か。どうあったのか。才気煥発で仕事もそつない女中頭。激情をつい皮肉や無愛想や無視という態度に変えてしまう女性から慕われていることをそこはかと察しながらも職務遂行にプライオリティを置く執事。人生の夕暮れ時に、そのような生き方しかできなかった「執事」を思ってくれていたことをはっきり知る。自分の雇い主への尊敬と品格ある執事という職務へのプライドの結果、今後の人生はひとりであることを選びとった。その過程が丁寧に納得できるようつづられている。1973年~74年イギリスに1年滞在。執事がいるような方とはお知り合いにならなかったが「さもありなん」と思われる人間関係。土屋氏の翻訳も読みやすかった。続きを読む

    投稿日:2014.10.22

  • 映画と重点の置き所が違う

    昔、映画を観てそれで満足して原作には手を出さないでいたが、激しく後悔。

    映画ではスティーブンスとケントンの淡い恋愛要素が前面に出すぎだったのだなと感じる。原作ではもっとダーリントン卿のほうにシンパシーを感じた。

    英国の国際的地位や貴族たち(執事込み)が没落していく大きな時代の波と一人一人の人間の人生のクライマックスと静かな夕暮れが見事に描かれている。
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    投稿日:2014.04.29

  • 執事という仕事に一生を捧げた男の回顧録

    古き良きイギリスの名家に仕えていたスティーブンスは、新しい主人から暇をもらい旅に出ます。かつて同じ屋敷で共に働いた女中頭のケントンからの手紙を読み、彼女が復職を願っていると信じた彼は、人手の足りなくなった現在の屋敷に呼び戻そうと目論むのです。
    旅の途中に湧き起こる幾多の思い出とともに、執事としての人生を振り返りながら、彼は自分が頑なに信じてきたものが間違っていたかもしれないと気付きます。
    品格を何よりも大切にし、頑固でユーモアのかけらも持ち合わせなかった彼が、最後につかんだ光とは――?
    素敵な齢のとり方をした老執事を思わず応援したくなる一冊。
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    投稿日:2014.07.09

  • カズオ・イシグロにハマるきっかけになった本

    初イシグロがこの本。この本をきっかけに翻訳されている彼の小説のほとんどを読むことになった。
    これは、主人公は認めないだろうが後悔の物語だ。
    自分の主義というものは誰にでも大なり小なりあると思う。
    その主義を貫いたことに納得はしているものの、結果として大事なものを失ったのではないか。これはそんな物語だと思う。
    自分にもそんな感じのできごとがあり、この小説を読み終えた後に少々考えさせられた。
    続きを読む

    投稿日:2014.10.05

  • ノスタルジーや希望とは違う、スティーブンスの立つ舞台

    読み初めの頃は、スティーブンスは面白い人だなあという感想が、
    少し読み進めると、おいおい、大丈夫かいスティーブンス、になって、
    最後のほうは、スティーブンスそれはまずい、大変まずい。というより…。

    読み進めると、スティーブンスを取り巻く人や社会情勢に合わせて、
    スティーブンス自身の考え方の変化をしていくのですが、
    最後はやはりスティーブンスらしい結末だな、と思ってしまいました。

    著者の持ち味、なんと呼んだらいいかわかりませんが、皮肉というのでしょうか。
    ここは皮肉ではなく素晴らしいと感じます。
    文章の端々から、ミス・ケントンに何があったかなど推測すると、本当にもう、
    こんな最悪な可能性が隠れているのに、フェミニストにすら叩かれないどころか、
    賞を取るなんて、不快にさせない煙の巻き方が本当にすごいと思います。

    自分で選んで罪を犯したことがある人や、
    自分自身をかえりみて、勘違いや思い込みで自分を正当化しているかもしれない、
    と思う人が、この本を読んだら、
    もしかすると、人生の新しい楽しさに気付くのかもしれない、と思いました。
    続きを読む

    投稿日:2017.12.12

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  • 本が癒し

    本が癒し

    美しい文章です。

    執事が語り続ける内容なので、
    正直途中で飽きた期間はありましたが、
    美しい文章で、心地よく読めました。

    投稿日:2021.04.26

  • まさのり

    まさのり

    物語の設定や描写の上手さに、グイグイ引き込まれて、あっという間に読み終えました。
    さすがノーベル賞作家です❕

    イギリスの古き良き伝統と執事の品格など自分の理想を追い求め、理想の「執事像」を徹底して生きていく主人公。
    でも最後に、自分の理想の枠を越えて、本当は自分らしい生き方をすべきではなかったのか。
    もう遅すぎた。
    現代人にも共通する普遍的な悩みが描かれており、考えさせられました。
    とても余韻が残る読後感です。
    ぜひぜひ読んでみてください
    続きを読む

    投稿日:2021.04.25

  • ねじまき鳥

    ねじまき鳥

    品格ある執事を追求してきたある男の話。英国最高の文学賞ブッカー賞受賞作。仕事一筋の人生を貫いてきたことにより、ご主人様の悩みや、親の死、思いを寄せてくれていた女中の悩みに真摯に向き合ってこれなかったことを、最後に思い悩む。彼が人生を棒にふったと思うかどうかは、彼が決めた生き方や覚悟しだいなのかもしれない。ただし、人生の要所要所では必ず、じっくり向き合うべき大事なことがあるのではないかと私は思う。それは得てして、見失いがちな目に見えないかけがえのないものなのではないだろうか。続きを読む

    投稿日:2021.04.24

  • eri-cham

    eri-cham

    上品な作品の世界を味わった。
    世界の切り取り方と語りが、なんとも上品なんですよ。

    語りと風景を通して、誰もが一度は抱く「あの時のあの自分の価値観、考え方は、果たして正しかったのか?」という拭えない疑念と、その真実を受け入れざるを得ない人間の哀愁が物哀しい。

    カズオ・イシグロさんの作品は他に『わたしを離さないで』を読んだ。
    この作品と『わたしを〜』を紡ぎ合わせたと言われる最新作『クララとお日さま』は、¥3,000くらいと値段が高くてまだ買えない。
    図書館は180人待ちつまり10年待ち。
    どんだけ人気なん? 
    続きを読む

    投稿日:2021.04.20

  • jokers

    jokers

    一人の執事を通して、人生観を考える。立派な執事には「品格」があると言い張る主人公だが、旅を通して懐古すると、それが薄いうわべであったことに気づく。ある種悲劇的なストーリーであるが、悲観的には描かれない。自分が年齢を重ねたときに再び読んでみたい。続きを読む

    投稿日:2021.03.22

  • explorer1048

    explorer1048

    ノーベル文学賞受賞作。

    20世紀の英国を舞台にした執事の話。

    新しくアメリカ人が、オーナーとなった屋敷の執事が旅に出て、ざまざまな回想をする。イギリスの黄昏を描く中、品格とでも呼ぶべきものがテーマか。続きを読む

    投稿日:2021.03.21

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