竃猫さんのレビュー
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このユーザーのレビュー
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戦艦武蔵
吉村昭 / 新潮社
モノづくりの可能性
2
「光る壁画」、「高熱隧道」と並んで個人的に吉村昭の”モノづくりシリーズ”と呼んでいる。
先頃、艦体が発見されたのは喜んでいいのか、分かりかねるが、場所がはっきりした事は良かっただろう。
ところで、一…説、自動車は部品点数1万点オーダー、飛行機は100万点オーダー、ロケット・スペースシャトルはそれ以上、と言う。そして、日本人のモノづくりは藤本隆弘のいう「擦り合わせ」が有効範囲の制約により部品点数1万点オーダーの自動車までに優位性がある、とも言うらしい。
が、しかし。本書の武蔵建造の物語は、日本人のモノづくりに無限の可能性を感じさせる。
試行錯誤の繰り返し。執念ともいうべき、その繰り返し。そこにモノづくり能力の核心を見る。
飛行機やロケットがこれまで苦手だったのは、開発が禁止されていたため実績、経験が不足していたからで、出来ないわけではない、と思う。
本書は完成後の武蔵の運命も含んでいるが、やはり建造過程が非常に魅力的である。作者が何故、大和ではなく武蔵を選んだのか読めばお分かり頂けるだろう。
蛇足であるが、本書の中で個人的に一番印象に残っているのは、工費が膨れ上がったことを受けて三菱が発注主である海軍に追加費用を依頼する場面である。弊社としても株主に利益責任がある、と主張に海軍も交渉に応じる。戦況が逼迫する以前かも知れないが、狂気の時代でも経済が機能していたことが興味深い。どんな状況でも経済は止まらないもののようだ。昔、東証の職員から聞いた話だが、終戦直前に平和関係銘柄が軒並み値を上げたそうだ。商人畏るべし。
続きを読む投稿日:2015.06.05
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まほろ駅前多田便利軒
三浦しをん / 文春文庫
人の孤独が語られているのです
2
として読みました。
私の中では、故杉浦日向子と並ぶ名文家だと思ってまして、作品コンプリート中です。本当にしなやかだけど、芯のある良い文章を書かれる方ですよね。
確かに面白い作品だし、オフビート系の娯楽…映画にもなりましたので、このシリーズは全部、そういう意味でも面白いです。
が、勝手な深読みかもしれませんが、本作に登場する人物は全て孤独ですよね・・・、作者が言いたいこと、表現したいとこは男の友情物語とか孤独からの解放ではなくって、もうちょっと深い何かだと思います。うーん・・・それが何であるかは読む人によるのかな・・・。
作中から一例をあげて考えてみたいと思います。
例えば、チワワの預かりを依頼しに来た女性が書類に、ご主人の氏名を記入するのを見て多田は、そういう女が
キライだと作者は書きます。何故、キライなんでしょうね?ごく普通で、主婦なら誰しも自然にするだろうことを・・・。
(1) 自分を裏切った前妻が、いつもそうしていたので、前妻を思い出してしまうから
(2) 幸せな家庭の空気を感じて、現在の自分と比べてしまいたくないから
(3) 自分自身の意思なのに、それを誰かの意思であるかのように見せたいという心理が感じられるから
(4) 便利屋ごときの契約に、何も世帯主名の契約でなくても良いじゃないかと思ったから
どれでしょうね・・・。これ以外にもあるかも・・・。
私の読み方は、(3)と(4)の中間ですかね。主婦であっても、ひとりの女性として人間として、平然と便利屋風情の
書類に自分の氏名を書く、そんな王子様に運命を委ねない生き方、つまり個として確立した人間の存在する様子
を作者は孤独と称している、のではないかと・・・。あくまでも、私の読み方ですがね(過激なことを書いてしまった、
怒られたらどうしよう・・・)。
あ、レビューのタイトルは作者の別作品に出てくるセリフでもあるんです。
追伸;
この作者は孤独に、寂寥感はあっても悲惨という色彩を与えないのは特筆すべきだと思います。「政と源」では政の妻は帰ってはこないけど、不思議に悲しくも惨めでもない。
「職業」と「個としての人間」が、この作者の大きなテーマですよね。 続きを読む投稿日:2014.11.20
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聖の青春
大崎善生 / 講談社文庫
こんな凄い本、なんで誰もレビューしないんだろ?
2
本当に凄く良いですよ。元関係者の強みと作者自身の力量に賛辞を送ります。が、何といっても怪童丸、村山聖、その人の壮絶と言っても過言ではない生き様に震撼します。
大げさだと笑う人もいると思いますが、きっと…同感してくれるはず。人間とはここまで一事に懸けられるものだろうか・・・、天才とはこういう人のためにある尊称なんだな・・・と思えてきます。間違いないです。 続きを読む投稿日:2014.11.20
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美貌の果実
川原泉 / 花とゆめ
そう!これ!
2
先のレビューアーさんの言う通りです。名作揃いのカーラ作品の中でも、凄くお勧め。
確かにどれも良いのです。が、個人的には特に美貌の果実は泣けるのです。
友愛というか、自己犠牲というか、愚かな人類への赦…しというか・・・恥ずかしいけど、「愛」とかいうものが溢れているのです。
ネーム(セリフ)が泣かせるんです。良いんです。ネタバレになるといけないので書きませんが、天地に赦しを乞うが如きあのセリフ・・・。
”教授”の真骨頂です。
続きを読む投稿日:2015.01.24
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算学武士道
小野寺公二 / 光文社文庫
寡作のほぼ無名作家の珠玉の短編集です。是非読んでみて下さい!
2
無名と言っては、気の毒ですが歴史小説好きにも殆ど名を知られていない作家です。
でも、私には熾火のように、生涯、小さくとも消えることのない灯りを心にともしてくれる作品を遺してくれました。
東北出身で中央…大学経済学部卒とwikiにありますので、数学との接点、和算最上流との接点はそこでしょう。
暗く、悲しく、救いの無い話ばかりです。大多数の人が、読み終わっても、中島みゆきを聴いた後のような感じに
なってしまうと思います。でも、誰だって経済的理由や、家庭の理由や、その他有形無形のしがらみの中でジタ
バタしているものじゃないでしょうか?私は大学時代は数学を専攻していましたが、自分の才能に諦めを付けて
転向した直後に本作と出合いました。もう、約20年以上前のことです。他人事とは思えなかったですね。
本作の主人公達はみんな歯がゆいくらいに生真面目で、不器用で、不遇で、野心と呼ぶにはささやか過ぎる
願いしか持っていないのです。神様がいるなら何故救ってあげないのかと思ってしまいます。
私には、そんな彼らの残像が、不遇のうちに他界された作者の姿と重なって見えます。
感じとしては、やはり藤沢周平に似た印象が全体に漂いますが、人生の辛苦を身を以て噛みしめた人の書く
一文字一文字が得難い人生訓のようです。
和算・算学ものには、算学少女、算学奇人伝がReaderStoreで購入できますが、本作者の別作「幕末算法伝」
も購入できるので、是非読んでみて下さい。
続きを読む投稿日:2015.02.22
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底辺女子高生
豊島ミホ / 幻冬舎文庫
この作家は当たりだ!
2
実に良いですよ。笑いもありますが、久しぶりに泣けました。
文章に読者を引き込む魅力がありますよね。マンガ家に転向されたようですが、筆を折るには余りに惜しいです。
真骨頂は、中学時代の同級生のお葬式の場…面と、家出の場面。作者自身は言及していないけど、この両者には関係があると読みました。
作者はきっと、周囲の気持ちを大事にする心優しい人なのでしょう。それにしても「ハトガイッパイ」って家出中のメッセージにしては詩情の欠片もない(笑)。
でも一言・・・。この人は「底辺」ではないです。本人の認識に尽きますが、「底辺」という意識があっただけ、私の高校生時代より全然マシです。
作者はちゃんと悩み、もがき、そして堂々と大人にケンカを売っている。周囲の大人も、それに割とマジメに付き合ってくれている。良いじゃないですか・・・。
なんとなくモヤモヤした感じのままダラダラと日々を過ごし、時々顔色を伺いつつスネてみる・・・。
周囲の大人も本心は面倒はヤなので、テキトーに指導する。少なくとも私の場合は、そんな感じの高校時代だったと思います。それより全然マシ。
続きを読む投稿日:2014.12.02