
タコの心身問題――頭足類から考える意識の起源
ピーター・ゴドフリー=スミス,夏目大
みすず書房
タコ ≒ エイリアン?
タコとコウイカの高い知能に絡めながら、主観的経験の起源について探る本。進化樹のとおい向こう側にいながら独自に高い知能を発達させたタコたちを研究することは、知能を持った異星人を研究するのに近いのだと なにか大きな謎が解かれるわけでもなく、結論めいたものが提示されるでもなく、いろいろ興味深い仮説や考察、観察を披瀝してくれる科学エッセイといったところなのだが、それでも面白い。コウイカが体色をさまざまに変えるが色盲であるらしいとか、多細胞生物に寿命がある理由とか、思わず「へーっ」となってしまう
0投稿日: 2024.04.26
合本 背信の都【文春e-Books】
ジェイムズ・エルロイ,佐々田雅子
文春e-Books
太平洋戦争開戦直後のLA
久々にエルロイを読んだが、マンネリズムというか、切れが鈍ったというか、年をとってしまったのかなあ。登場人物の使い回しには物語を重層的にする効果もあろうが、ものには限度があるよな ただ日系人を主人公に太平洋戦争開戦直後を舞台にすることで、人種差別がテーマとして浮き上がってくる。日本とドイツに対する扱いの違いも対比され、2014年すなわちトランプ旋風以前にこれを書いて出すあたりは、さすがエルロイ、と唸るべきなのかもしれない 登場人物の使い回しはいい加減にせえよと言ったが、ダドリーのキャラにあらたな角度で光があたったり、これまで脇と言うか背景的なキャラでしかなかったパーカーがアルコール依存症のおまけつきで主人公格になったり、なんだかんだ言って一ファンとして楽しんでしまったところはある。もういい加減にLA4部作ワールドから離れたらどうかとも思うが、これが新4部作の第一弾だそうなので、当分それは無理そう
0投稿日: 2024.04.26
歌うカタツムリ-進化とらせんの物語
千葉聡
岩波科学ライブラリー
進化論が進化していく
進化論の歴史における 選択か偶然かの一進一退の論争をカタツムリを軸に描き出す。進化論の進化の歴史というべきか。読んでいて、わかったようなわからないような気分になる。適応主義陣営も遺伝的浮動がまったくないとは言っておらず、中立説陣営も自然選択の存在を認めていないわけではない。ワタクシの理解では程度問題の話をしているのである。なのに(またはそれゆえに)この激しい議論
0投稿日: 2024.04.26
太平洋の試練 真珠湾からミッドウェイまで(下)
イアン・トール,村上和久・訳
文藝春秋
ミッドウェイの陰に隠れがちだが珊瑚海海戦もだいじ
下巻では、ドゥーリットルの東京空襲、米軍の暗号解読、珊瑚海海戦そしてミッドウェイ海戦へといたる。前線の兵士の証言も収録し、歴史的なところだけでなく戦争の悲惨さも伝わる。 むかし空母ホーネットのプラモを作ったのだが、それにはB-25 も付いてきていて、子供心ながら「こんなデカイ飛行機が空母から飛び立てるのだろうか」と思ったものだ。実際、空母から双発爆撃機を飛ばすのはかなり意表をついた作戦で、発艦させるだけでもギャンブル的なところがあったようだ。 日本海軍の暗号が米側に解読されたいたことはよく知られていると思うが、本書ではそれがなかなか一筋縄ではなかったことがよく分かる。既知の出来事に関する暗号文が、解読のための良い手がかりになるというのは面白い。 ミッドウェイの陰に隠れがちだが珊瑚海海戦こそ初の機動部隊同士の交戦であり、まさに日本軍のターニングポイントという要素を複数持っていた。本土から遠く離れて伸び切った兵站線、開戦以来の疲労がたまった部隊、空母が被弾した際のダメージコントロールの重要性、米軍の新型レーダー。日本軍は微妙な戦術的勝利こそおさめるが、ポートモレスビー攻略という戦略目標は果たせない。 そしていよいよミッドウェイなわけだが、皮肉かつ面白いところは、米軍が事前に日本軍の作戦内容をかなり詳細に把握しながらも、その主たる、かつ唯一有効と思われる作戦目的である米機動艦隊のおびきだしに結局は乗っかっているところ。キング提督は味方機動部隊を危険にさらさないように指示したが、スプルーアンスの追撃自重をのぞけばあまり遵守されたとも言いがたい命令だったと思う。ただその一方で、連合艦隊は、米機動部隊が誘いに乗ってきたにもかかわらず、ミッドウェイ環礁の攻略か敵機動部隊の捕捉・殲滅かで、戦略レベルでも戦術レベルでも目標を絞り込めなかった。そのもっとも大きな要因は米機動艦隊の所在がまったく分からなかった情報不足だが、それを脇においても作戦計画そのものの不明確さは否定しがたい。 いろいろ書いたが、日本にとってはどうにも勝ちようがない、これ以上やりようがない戦争であったのは強く感じた。仮にどれかひとつに絞り込めたとしても、ハワイもオーストラリアもインドもちょっと無理な作戦目標だっただろう。
0投稿日: 2017.08.21
太平洋の試練 真珠湾からミッドウェイまで(上)
イアン・トール,村上和久・訳
文藝春秋
太平洋戦争序盤をアメリカ側から描く
第二次世界大戦は、世界の主要なパワー同士が長期にわたって総力戦をくりひろげた最後だった。もうこんな形の戦争が起こることはまずないだろう(核兵器のあるかぎり総力戦になると瞬間で決着がつくかと)。わが国がわずか2世代前にアメリカと総力戦をしていたかと思えば、なんだか気が遠くなる。じつに悲惨な戦争だが、歴史の教訓という観点では興味深い。 この上巻は、簡単な米海軍史からはじめて、真珠湾攻撃、それへの米英同盟の対応、そしてハルゼーによるマーシャル諸島攻撃までを扱う。多くの文献から個別具体のエピソードを引用しつつ、大局的な著述もバランス良く配して読みやすい。 上巻のポイントのひとつは真珠湾攻撃を受けたアメリカの周章狼狽ぶりと緊張感。米本土まで日本軍の攻撃に怯え、果てはミシシッピ川が防衛戦などという噂まで流れたりした。太平洋艦隊司令官に任命されてハワイに赴任するニミッツも、東海岸から西海岸までの旅(休息のため鉄道だったというあたりになお余裕があるが)は安全のため偽名でのものだった。 その他、連合艦隊が真珠湾の燃油タンクを攻撃しなかったことや、ハルゼーのマーシャル諸島攻撃が戦略的成果は少なくても米軍に格好の実戦経験をもたらしたことなど、読んで「ふーん」と唸るポイント多数。
0投稿日: 2017.08.21
忘れられた日本人
宮本常一
岩波文庫
歩く民俗学者の代表作
対馬にある村の寄り合いで、著者が文書を一時貸出してくれるように頼むシーンから始まる。ああでもない、こうでもないと、関係あるようなないような取り留めのない話が何日も続いて(一つの議題だけを話している訳ではない)から、やおら結論が出る。現代の会社の打合せの場でも、こうした由緒正しき合意形成のスタイルはそこはかとなく継承されているような。 昭和10年代から20年代にかけての西日本を中心とした聞き取り調査。著者による分析、まとめも少々交えるが、ほとんどが古老たちの語るライフヒストリーや伝承を記録したもの。 まず序章の対馬での調査旅行の様子が、著者のスタイルを伝えていて面白い。寄り合いに付き合い、騎行の一団に小走りでついていき、着いた村で歌垣の名残に出会う。なんと自由で刺激的な旅であることか。 2章では村落の社会構造についての東西比較。年齢階梯制が色濃く、村内の非血縁的な横のつながりが強い西日本。伝承を伝えるのは男が多く、早く村の公役から身を引くために隠居するのが早い。一方、家父長的な同族結合の東日本。伝承を伝えるのは女が多くなる。 第3章は愛知県設楽町(旧名倉村)での座談会。百年近く前の村人たちの息づかいが伝わるような大変に細やかな話である。 その他にも、エロ話、村を出て方々を渡り歩いた世間師、レプラ患者の旅する裏の細道、対馬の漁村の開拓談、ピシッと背筋の伸びた著者の祖父、文字記録を残した村の文化人など内容は盛りだくさん。
0投稿日: 2017.05.10
サクリファイス
近藤史恵
新潮社
ロードレースの魅力を伝える
ロードレースの魅力、たとえばチーム間の駆け引き、アタックのスリル感、集団の迫力、上り坂をひたすら上がるストイックさ、レース中に降り出す雨の情景、などなどよく伝わってくる。謎解きは少し無理筋感もあるが、ロードレースのひとつの特徴を踏まえている。軽いな、と言う感じもあるが、読んでいてチョット引き込まれた。
1投稿日: 2017.03.12
インディアスの破壊についての簡潔な報告
ラス・カサス,染田秀藤
岩波文庫
気骨のある告発
16世紀のスペイン人司教が、新大陸=インディアスでのスペイン人たちによるインディオに対する非道な行いを、ときのスペイン皇太子に報告・告発した文書。著者には「インディアス史」という大著もあるが、そちらはとても読んでいられないと思い、こちらに手をつけた。 以下のような記述がある。「同様に、次にあげる法則(レグラ)に注目しなければならない。つまり、インディアスにおいて、キリスト教徒たちが赴いた所ではいつも、罪のないインディオたちは既述したような残虐非道、すなわち、忌まわしい虐殺や虐待や圧迫を蒙り、しかも、キリスト教徒たちは数々の新しい、また、より恐ろしい拷問を次々と考えだしてますます残虐になっていったという法則である」新大陸まで行くような連中はもともとがならず者ぞろいであったろうが、周りの人間の行い、または、己の過去の行いから影響を受けてエスカレートするのか。インディアスという、彼らにとっての世間から隔絶した環境では、修正も効かずにますます異常が当たり前になっていく。 しかし、スペイン人の皆が倫理的にも当然の行為としてインディアスを破壊したかと言えば、それもまた一面的で、一方にラス・カサスのような告発者もおり、新世界での征服者たちを牽制するような立法も(全く不十分ながら)されていた訳だ。むしろ、にもかかわらずこれだけの事態になったのが恐ろしい。 インディオたちを虐殺した連中も、擁護した人たちも、当然にヨーロッパ人中心の考えである。一部に、「悲しき夜」(ノーチェ・トゥリステ)のような反撃はあるが、本書に描かれるインディオたちは余りにも能無しに見えてしまう。 悪行に加担しないことだけでも組織への裏切りとみなされるであろう状況で、告発ができたラス・カサスの気骨たるや。その源が信仰心と思うと、キリスト教が侵略の道具であっただけに皮肉ではあるが。
1投稿日: 2017.03.12
山椒魚(新潮文庫)
井伏鱒二
新潮文庫
肩の力がぬけた独特の読み味
処女作と思えない老成した感じの「山椒魚」 設定が面白い「掛持ち」 ひねくれたユーモアの「言葉について」 幻想的ですらある「朽助のいる谷間」「へんろう宿」「シグレ島叙景」 女性との関係を滑稽に描く「岬の風景」「女人来訪」 いっぽうこちらは男同士「寒山拾得」「夜ふけと梅の花」 鳥シリーズ「屋根の上のサワン」「大空の鷲」
3投稿日: 2017.03.12
仏教、本当の教え インド、中国、日本の理解と誤解
植木雅俊
中公新書
もうちょっと一般読者向けの見通しが欲しい
個々の誤訳・改変をあげつらうばかりで、仏教思想そのものの変化や、日中印文化比較についてはたいへんに手薄。テーマ設定は面白いのだけれどなあ。 サンスクリットを中国語に訳すときに漢字に置き換えるわけだが、どうしても漢字が持つ意味に引っ張られて意味が変化するのがひとつのパターン。これは中国語ならでは。日本は基本的にその漢籍を受け入れていくが、道元や日蓮がなかば確信犯的に元の仏典の意味を読み替えている例が紹介される。例えば、原文では単に「釈尊が成仏したのはすごく昔」という程度の意味であったのを、「過去も未来も観念の産物でしかなく、我が身を仏とすることで、永遠の現在にその意味が開けてくる」と解してしまう。テキストが読み込まれることにより豊かさを増す。
2投稿日: 2017.03.12
