bookkeeperさんのレビュー
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このユーザーのレビュー
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沈黙
遠藤周作 / 新潮社
神の沈黙
4
普遍的なテーマを扱っているせいか古びていない。簡潔でたしかにドラマチック、読みやすい小説でもある。
特に信仰のない身には「神の沈黙」は他人事ではあるが、この不条理な世界で寄る辺もなく一人きりであると…いう恐怖は信仰にかかわらず普遍的かつ根源的だと思う。 続きを読む投稿日:2017.03.12
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渚にて 人類最後の日
ネヴィル・シュート, 佐藤龍雄 / 創元SF文庫
静かな静かな
4
オリジナルは1957年刊行。原題"On the beach"は、巻頭に掲げられたT.S.エリオットの詩からとられていますが、巻末解説によれば「陸上勤務となって」という慣用句でもあるそうです。
核戦争…後の世界を描くというのはSFとしてはステレオタイプでもありますが、1957年という年代を考えると、本作はそのはしりだったのでしょうか。牧歌的ですらある取り残されたオーストラリアの光景にはじまり、物語は淡々と進みます。こんな枯れた味わいのSFというのも珍しい気がしますが、ある状況を設定してみて、そうした状況のなかで人々がどう行動するかを描く、というのはSFの王道でもありますね。
メアリの言動がなんだかうちのカミさんを思わせてラストがますます切ないです。 続きを読む投稿日:2013.12.01
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世紀の空売り 世界経済の破綻に賭けた男たち
マイケル・ルイス, 東江一紀 / 文春文庫
金融市場に興味のある人は必読
4
住宅バブルからリーマン・ショックへ至る顛末は、興味のある向きには大筋だけなら周知のことと思うが、そのとき実際に現場で動いていた群像劇は圧巻。ドラマがある。世間では「バブルは予見できるか?」なんて、やや…アカデミックな議論などあるが、そんな理屈が吹き飛ぶような迫力だ。これはウォール街を占拠したくなる気持ちも分かる。
本書の主人公たちはサブプライム債(を材料に合成されたCDO)をショートしていた面々。いずれもウォール街の主流からはだいぶ外れたアウトサイダー。こういう独立独歩の人が利益を求めて行動した結果、首尾よく価格発見に至ればまさに効率的市場仮説どおりだが、簡単にそうならぬのが現実の難しさ。本書でも再三指摘されているが、債券市場の不透明性(+その不透明性を最大限に利用した強欲)がひとつの原因だろう。
また主人公たちの「敵方」として、第9章で取り上げられるモルスタの特殊部隊の話がきわめて興味深い。サブプライム債がクズであることを十分承知していながら、トリプルBのCDOショート、トリプルAのCDOロングで見事に飛んでしまう。後知恵で何とでも言えるのだが笑うしかない。投資銀行、CDOマネジャー、機関投資家といった「敵方」の様子は本書でもハッキリとは分からないのだが、こうしたカオスが多々あったのだろう。
金融市場についての箴言あり、主人公たちの人間ドラマありで、マイケル・ルイスの皮肉な筆致も絶好調。ただ、ある程度は金融市場に興味・知識のある人でないと十分には楽しめないかもしれない。 続きを読む投稿日:2016.10.10
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繁栄 明日を切り拓くための人類10万年史
マット・リドレー, 大田直子, 鍛原多惠子, 柴田裕之 / ハヤカワ文庫NF
通俗悲観論の解毒剤として
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本書の主張をまとめるとこんな感じでしょうか。
「分業による専門化が人類の発展をドライブしてきた。現在の人類は、過去のどの時代とも比べ物にならないくらいの繁栄を手にしている。だから未来への過度の悲観論は…慎もう。」
当たり前と言えば当たり前のことでありワタクシも大筋で同意するのですが、たとえて言えば社会科の教科書を読んでいる気分で、当たり前なだけにいまひとつ面白みに欠けます。ちょっと難癖気味の感想ですが、刺激的な終末論のほうが流行るのが分かる気がしました。
また、古今東西にわたってさまざまな例を引いて見事な博引傍証ぶりではありますが、事実を元に考証すると言うよりか主張をサポートするために事実を並べている印象を少し受けました。重箱の隅をつつくようで恐縮ですが、日本に関する記述で「あなた一体ナニを調べて書いたの?」と言いたくなる箇所もあって、全体的な信頼性に疑問符がついてしまいます。大部分まっとうなことが書いてあるに違いないとは思いますけれどね。 続きを読む投稿日:2013.10.14
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第六ポンプ
パオロ・バチガルピ, 中原尚哉, 金子浩 / ハヤカワ文庫SF
職人芸的SF
4
バチガルピは短編の方がうまいのではないか。職人的な手つきでディストピアな世界をさっと呈示してみせる。くどくなく、分かりやすく、強くイメージを呼び起こす。
暗い世界観だが、希望の要素が必ず入っているの…もよろしい。たとえSF的な発想に目新しさはなくても、技術で読ませる手堅い作家だと思う。
収録作は甲乙付けがたいものが並んでいる。敢えていくつか好みを言えば、デビュー作にして作風が確立されている「ポケットのなかの法」、異世界の民俗・風習を簡潔に描きだしてみせた上にドラマを重ねた「パショ」、ねじまき少女と同じ世界を描いた「カロリーマン」、なんともエグいのだがあるかないかのほのかな希望を描く「ポップ隊」あたり。 続きを読む投稿日:2016.10.09
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ウナギ 大回遊の謎
塚本勝巳 / PHPサイエンス・ワールド新書
ウナギ研究の40年
3
ウナギたちが、太平洋は遥か南方のマリアナ海溝あたりで産卵しているのが明らかになったことは聞き及びの方も多いと思います。あの黒いニョロニョロが大海原を何千kmも泳ぐ姿を想像すると、「何故わざわざそんな遠…くで?」という疑問が湧き上がってきますよね。
この本は、魚の回遊行動を研究してきた先生が書いています。ウナギの豆知識解説書であると同時に、産卵場所探しに取り組んできた研究者の半生記であり、仮説を元にフィールドで実証に至る科学のプロセスを解説した本でもあります。著者40年の研究生活を贅沢に素材にして、薄い新書にギュッと詰め込んだような一冊です。
著者の塚本先生がはじめて調査船に乗り組んだのが1973年の「第1回白鳳丸ウナギ産卵場調査」。それから天然ウナギ卵を発見するまでのあいだ、何回にもわたって航海が繰り返されました。この間、もちろん闇雲に海を探していたわけではありません。手持ちのデータを元に産卵場所の仮説を立てて、それに基づいて網を引いてまわってウナギの稚魚を採集します。広い海をグリッドに区切って、稚魚が採れる海域/採れない海域、採れたならばサイズや海流をマッピングしていくのです。成果があがる航海ばかりでなく、望む小ささの稚魚がぜんぜん採れないこともあります。徐々に網を狭めるように産卵場所を突き止めていくプロセスは、丁寧な解説や詳しい図表のおかげで、研究者の思考を追体験できるようです。
Readerでこの本を読むにあたっての注意点は、カラーの図版がふんだんに使われていることです。長い本ではないので、もしお持ちならばタブレットで読むのがオススメです。もちろん紙の本、という手もありますが。。。 続きを読む投稿日:2013.09.27