ABAKAHEMPさんのレビュー
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ビスマルク ドイツ帝国を築いた政治外交術
飯田洋介 / 中公新書
政治家の動機と結果について考えさせられる本
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ドイツ帝国の創建という輝かしい政治的業績が実は、本来彼が目指してきた政治的スタンスと大きく異なっていたことが明らかになる。
また彼の外交手腕も、カリスマとして神聖視される割には状況に応じた「急場しのぎ…」の連続で、絶体絶命のピンチも時々の外的状況の変化で運良く脱し、とりわけ内政面では必ずしも彼の思いを実現することは最後までできなかった。
プロイセン君主主義を奉じ、伝統的な権益に執着する田舎ユンカー政治家が、十九世紀最大のドイツの政治家になるまでの軌跡は、圧倒的に面白い。
もともとはドイツ帝国の樹立よりもプロイセンの大国化を目指していた。
伝統的なプロイセン主義者であるはずが、それと相反するドイツ・ナショナリズムの祖となるのだからなんとも不思議。
外野から見れば、明らかな矛盾や変節が、本人からすれば極めて自然な発展的融合であったりするのは、政治家や歴史を見ていく上で大切な視点であろう。
超保守主義者にして、ニューディールの辛辣な批判者だったマッカーサーが、日本では若いリベラルなニューディーラー・グルーブに熱心に頼り、戦後日本の形成に驚くばかりの自由を与えていたのも思い出された。
ビスマルクの「動機をめぐってはこれまでに幾度となく歴史家たちの頭を悩ませ、様々な解釈が登場して」いて、折に触れて著者は「的外れ」「一面的」だと批判するが、その割には出てきた新説は良いとこどりで目新しさに欠ける。
そもそも編集部から、初めてビスマルクを知るかもしれない読者に向けて書いてほしい、と注意を受けたにもかかわらず、現代にビスマルクの生涯を蘇らせることに失敗している。
紙数が限られているにも関わらず、各章こどにいちいち「先行研究」を紹介し、そのくせ最愛の妻にして、亡くなれば「パパもすっかりダメになってしまう」と言われたヨハナも、最期にさらりと触れる程度。
医者の通告も聞かずに暴飲暴食の限りを尽くしてきたとか、彼の声の「高さ」といった人間的な側面は本文に落とし込まず、あとがきまで待たねばならない。
辞任の一報は、イギリス首相をして悲痛の念を覚えさせ、国際社会に将来に対する不安感を感じさせたらしいが、同時代のビスマルク評をもっと読みたかった。 続きを読む投稿日:2015.04.09
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読書の技法―誰でも本物の知識が身につく熟読術・速読術「超」入門
佐藤優 / 東洋経済新報社
「知の巨人」による読書遍歴と「受験の神様」ばりの受験書指南
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むかし立花隆、いま佐藤優。「知の巨人」による読書遍歴を公開と思いきや、途中から「受験の神様」和田秀樹の御株を奪うほどの受験書指南が始まる。
いわゆる「国際的なビジネスパーソン」に向けて書かれた本で、す…でに12万部を突破という帯を見て、そんなにこの層は多いのかと疑問に思った。
私は一冊を読むのにも四苦八苦している現状を打破したいと手に取ったが、キリスト神学の本を読んでる時が息抜きで、仮眠は15分程度で切り上げ、日付の変わる0時から自分のための読書に打ち込む著者の姿に、ただただ畏敬の念を感じてしまった。
スマホやネットなどの誘惑をどうやって退けるかなんて悩みを共有してくれるのは、デヴィッド・L. ユーリンの『それでも、読書をやめない理由』の方だったな。ただペンを持ち本に直接書き込むって言う結論は同じだけど。 続きを読む投稿日:2013.12.12
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夜に生きる
デニス・ルヘイン, 加賀山卓朗 / ハヤカワ・ミステリ
アメリカ版仁義なき戦いで一気読み必至
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最初、あの『ミスティック・リバー』や『運命の日』を描いた作家の作品というより、ドン・ウィンズロウの新作を読んでいる印象が強かったかな。
アルバート・ホワイトをタンパから追い出し、ジョーが実質的にこの街…を取り仕切る頃から俄然面白くなり、まさにアメリカ版仁義なき戦いの幕が下りるまで一気読み。
壮絶なクライマックスの後にキューバの一農村での牧歌的な暮らしぶりを丹念に描くあたりは作者の真骨頂といったところか。
ただ読後の高揚感から覚めて冷静に振り返ってみれば、因果応報という昔からあるテーマの焼き直しで二重丸を訂正。
タイトルに関連した気に入った表現をいくつか。
「みんな夜を貪りたい。昼間生きれば、他人のルールに従わなきゃならない。だから俺たちは夜生きて、俺たちのルールに従う」
「私たちは夜生きて、足元に草が生えないように激しく踊る。それが信条」 続きを読む投稿日:2013.12.11
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なぜ時代劇は滅びるのか
春日太一 / 新潮新書
実名批判だけでない、「時代劇」再興に懸ける熱情の面白さ
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時代劇とは「現在と異なる世界を描くファンタジー」である。
そこで大切なのは「ウソを本当に見せる技術」で、時代劇の芝居にはある程度の「作り込み」が必要だ。
役者が「昔の人っぽく見える」ことと同時に、「現…代人が違和感なく受け止められる自然」な芝居でなければならない。
今後、問題になるのはこの「現代人」の部分だろう。
史実を改変しすぎてほとんど創作と化した大河ドラマの一定の支持を見ていると、著者などを筆頭に古き良きコアな時代劇ファンは、ますます眉をひそめることになりそうだ。 続きを読む投稿日:2015.04.09
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ヒトラーのオリンピックに挑んだ若者たち ボートに託した夢
ダニエル・ジェイムズ・ブラウン, 森内薫 / 早川書房
「訳者あとがき」にもあるが、たしかに誰かに薦めたくなる本
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ボートにまるで興味がなくても、読めばこの競技のもつ肉体的・精神的な過酷さがわかるし、その果てにある思いがけない神秘や美に出会える。
大著のノンフィクションに尻込みするかもしれないが、まるで青春小説を読…んでいるようにグイグイと物語に引き込まれる。
綿密な取材を感じさせない著者の力量もあるのだろうが、幸福な両親の昔話に熱心に耳を傾けた娘の存在が大きい。
耳を澄ませば「エイト」の奏でるシンフォニーや観衆の喝采が聞こえてきそうで、読みながら何度も目頭が熱くなった。
本書を手に取る前にどれほどのアメリカ国民が、この物語の主人公であるジョーを知っていただろうか?
彼は幼くして母を失い、義母から嫌われ、父親から見放され、捨てられる。
地下で暮らし、「教会のネズミのように貧乏」だが、生活のため学業のためボートのために必死に働いた。
両親を恨むでも自身の不運を嘆くでもなく、ひたすらタブでポジティブな若者。
「他の人が見落としたり置き去りにしたりしたものの中」に価値を見いだし、樵夫として丸太を割りながら、ボートと相通ずる「心と筋肉を注意深く調和させること」のすばらしさに気づく。
「四つ葉が見つからないのは、探す努力をやめちゃったときだよ」
恋人はジョーがくれたクローバーを手元にラジオの実況に耳を傾けた。
口べたなポーカーフィスであり、記者から「この男の血管には、氷水が流れている」と評されるアル・ウルブリクソン・コーチも魅力的だが、イギリスから来たボート職人であるジョージ・ポーコックはそのさらに上をいく。
ボートを単に「つくる」のではなく、「造形していた」というほうが正しいと評されるほど、彼のシェル艇はもはや芸術の域に達するほどの職人なのに、ちっとも気難しくなく、誠実で謙虚。
そのくせボートの生き字引のような存在で、諸々のテクニックから勝敗の心理に至るまで深い洞察を持っている、ボート界の神のような男。
すでにアメリカでは評判を呼んで映画化も決定しているらしいが、ともすれば自由の国のアメリカの善良な若者たちが、自由の制限されたヒトラーのいる悪のドイツ帝国に挑むという安易な構図に陥ると、本書の魅力が半減する懸念を感じる。
その意味で、日本語訳のタイトルにもう少し配慮があれば良かったと思われ残念。 続きを読む投稿日:2014.12.01
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「ドイツ帝国」が世界を破滅させる 日本人への警告
エマニュエル・トッド, 堀茂樹・訳 / 文春新書
ヨーロッパやアメリカ、ひいては全世界が恐れるべきなのは、ロシアよりドイツだ!
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パリでのテロを受け、これまで「ドイツ副首相」とまで揶揄され、埋没しがちだった指導力を急速に回復させつつあるオランド大統領。
本書で展開される主張もこの事件を受けて多少変更されるかもしれないが、著者の根…強い「ドイツ嫌い」は揺るがないだろう。
ドイツは、権威主義的で不平等な文化の国であり、給与水準抑制策をたいした抵抗にも遭わず実施できる国であり、政権交代よりも好んで国民一致を実践する、途轍もない政治的非合理性のポテンシャルが潜んでいる国だとする。
普通の人であれば、たとえ隣国に不満があっても、その国の長所、たとえば規律の高さや優れた工業力などがあれば、それを渋々ながらも認めるものだが、著者にかかるとその長所の源泉が自国の文化と相容れないと激しい拒絶を示すのだから、まるで取り付く島がない。
ちなみに、著者の警戒すべき対象国には日本も含まれていて、この他にスウェーデンや、ユダヤ、バスク、カタロニアなどが、驚異的なエネルギーを生み出し得る社会文化として挙げられている。
著者とすれば、「EUの優等国 = ドイツ」という評価がまず我慢がならないのだろう。
ふつうヨーロッパの人々が恐れてるのは、ロシアの膨張主義の方だけど、著者はそれを「安定化」と肯定的に評価している。
クリミアやウクライナをめぐる紛争で擡頭してきているのは、ロシアではなく間違いなくドイツだと考える。
さらに昨今のドイツの、軍事的コストを負担せず、政治的な発言力を強め、裏切りととられるような反米的でアグレッシブな態度にも違和感を表明する。
アメリカが真に恐れるべきなのは、ウクライナでの勝利による、ドイツシステムの拡大とロシアの崩壊なのだ、と。
ドイツの民主主義に対する徹底した不和をどう評価するか意見が別れるところだが、ユーロ危機の実態やEU域内の各国の思惑とパワーバランスの変化など、傾聴に値する指摘も多い。 続きを読む投稿日:2015.11.24