
秋の街
吉村昭
中公文庫
いろんな人の人生に思いを馳せてみる
殺人その他の罪で無期懲役を言い渡され、長い刑期を経て仮釈放の身となった囚人の男、死期が近づき、身よりもない故郷に帰りたいと願う病人を運ぶ運転手、変死を遂げた人の解剖を専門に行う検査技師、実験用のマウスを飼育し続ける研究所の所員、愛する人に先立たれたわけあり風の親子、漂流し陸地に戻れなくなった漁船の船員。 それぞれ異なる事情を抱えた人々の生活を、静謐な文体で書き綴った短編集。 彼らは私たちとは縁のない、まるで別世界に生きている人間のように見えるけれども、誰もが死にゆく運命にあるという点で同じなのだと思った。
3投稿日: 2013.09.25緋色の研究【阿部知二訳】
コナン・ドイル,阿部知二
創元推理文庫
記念すべき名コンビ誕生の一作目
BBCドラマのシャーロックが面白かったので、第一話「ピンク色の研究」の原作にあたる本書を購入。名探偵シャーロック・ホームズと、相棒のドクター・ワトソンが出会う最初の作品だ。50年以上も昔に翻訳されたもので、多少の読みづらさは覚悟していたが、全くの杞憂で古臭さは感じなかった。 本書は二部構成となっており、第一部はホームズとワトソンの出会いから犯人の登場までが描かれる。第二部では犯人視点の物語になるが、これが壮大な復讐劇で非常に読み応えがあった。 BBCドラマは原作をヒントにしつつ、犯人の生い立ちや動機のところは全く違う話にアレンジしているので、それぞれに味わいがあり楽しめる。
7投稿日: 2013.09.25華氏451度
レイ・ブラッドベリ,宇野利泰
早川書房
名作は何十年経っても色あせない
主人公モンターグは、書物を隠し持つ家に出動しては焼き尽くすことを生業にしているファイアーマン。彼と出会った少女クラリスは、ファイアーマンというのは本来放火するのではなく、消火する職業だったのだと言う。 自分の仕事に疑問を持つようになった彼は、燃え盛る炎の中からこっそり本を持ち帰り、読書に没頭するようになる。 良書は何十年を経ても人々の記憶から消えることはない。 この本が今は電子書籍でも読めることに感謝しつつ、モンターグが守ろうとしたものが未来へと受け継がれていくことを願う。
4投稿日: 2013.09.24好き好き大好き超愛してる。
舞城王太郎
講談社文庫
その祈りは誰から誰に届けられるのか
「愛は祈りだ。 僕は祈る。」 印象的な書き出しに引き付けられるものの、その後に続く文章は背筋がむずがゆくなるような愛の物語だ。続く章ではグロテスクな描写が続き、私はちゃんとこの本を読み終えられるのか不安になった。 章が変わるたび、登場人物も変わり、新しい世界が現れる。読み進めていくと、小説家を主人公とした一連のストーリーの中に、いくつかの小話が挿入されている構造だとわかって来る。作者の独特な文体にも慣れてきて、次はどんな世界のどんな話が始まるのか、ちょっと楽しみになって来る。 それぞれの話に一貫したテーマとして、愛が語られる。 「僕は祈る。」 その祈りはひょっとしたら作者の祈りで、私たち読者に向けて届けられる祈りなのだ。
1投稿日: 2013.09.24独立国家のつくりかた
坂口恭平
講談社現代新書
どこまでも大真面目な男の建国物語
ホームレスの豊かな生活にスポットを当てた出世作『TOKYO0円ハウス 0円生活』。0円で家を建てることに着目した彼が次に目指したのは、独立国家の建設だった。 彼は自らを新政府の初代内閣総理大臣と名乗り、集う国民に様々な役職を与えて自活の道を切り開く。 本書のすごいところは、これがただの妄想ではなく、大真面目に書かれた実録であることだ。 その行動力を見習いたいと思いつつ、多くの読者はやはり少し引いた目線で見てしまうのだろう。
0投稿日: 2013.09.24私とは何か 「個人」から「分人」へ
平野啓一郎
講談社現代新書
「本当の自分」なんて存在しない
会社員の私、大卒の私、妻の私、ゲーマーな私、今ここでレビューを書く私。 私たちは様々な人間関係の中で、いくつもの顔を持っている。 どれが「本当の自分」なのか。 人間を分割不可能な「個人(individual)」として考えると、多くの矛盾が生じ、行き詰まってしまう。そこで、人間を分割可能な「分人(dividual)」に分け、「分人」の集合体が私なのだ、という考える。 「地元の友人と大学の友人が同席する席で飲んだら居心地が悪かった」 「高校に進学した途端、地味だった彼が急に開放的になった」 「いつも大人しい知人が、ネットでは攻撃的な性格で驚いた」 「私には忙しいと言ってたくせに、他の人と遊びに行っていた」 著者は身近な具体例をあげながら「分人」という考えをひも解く。 現代の人間関係に生き辛さを感じている人におススメの一冊。
1投稿日: 2013.09.24決壊(下)
平野啓一郎
新潮社
決壊したものは、二度と元の姿には戻らない?
事件の容疑者として報道された主人公の悪名は、瞬く間にインターネットを駆け巡る。顔を持たない者からの誹謗中傷はもとより、信頼していた友人や家族さえをも信じられなくなった彼に安息な日々は訪れるのか? 終わりが近づくにつれて肥大する胸騒ぎと、読後に精神力のすべてを持って行かれるようなラスト。読み応えがあり過ぎて、しばらく放心状態でした。
1投稿日: 2013.09.24決壊(上)
平野啓一郎
新潮社
ゆっくりと時間をかけて築き上げて来たものが、一気に決壊し始める
主人公は少々鼻持ちならないエリートだが、家族思いで充実した人生を謳歌している。そこには彼の積み重ねてきた歴史があり、多少のトラブルにも臆せず対処してきたという自負がある。 どこにでも転がっていそうな日常。そこから何かが綻びを見せて、一気に崩れ落ちていくまでを描いた上巻。ここまで読んだらもう止められない。
1投稿日: 2013.09.24すべてがFになる THE PERFECT INSIDER
森博嗣
講談社文庫
タイトルにニヤリとできたらちょっとうれしい
孤島の密室殺人という、ミステリとしてはありふれたモチーフを扱いながら、強烈な個性を持った登場人物から目が離せなくなる一冊。黎明期を思い起こさせるインターネットの描写には、懐かしい印象を抱く人もいるかも。
8投稿日: 2013.09.24アンドロイドは電気羊の夢を見るか?
フィリップ・K・ディック,浅倉久志
早川書房
Reader Storeで初めて購入した、思い出の一冊
電子書籍でも紙と同じように読書できるかしら?という疑問と、本書のテーマを無理矢理絡めながら読み始めた一冊。最初のうちはやや読みにくい翻訳文体と、慣れない端末での操作に戸惑いましたが、本書の世界観が見えてくると、自然とのめり込んでいる自分に気づきました。 人間らしさとは何か? 人工知能との違いは? 問いかけはシンプルでありながら、深く考えさせられます。
2投稿日: 2013.09.24