
去年の冬、きみと別れ
中村文則
幻冬舎文庫
精神が浮遊してしまう感覚
芸術が狂気を招くというのはけっして絵空事ではないと思います。「彼には欲望がない、いつも他人の羨望、模倣だった。」この表現にどきりとしました。本当の自分なんて確固としたものはないのかもしれない。そして物事の価値基準も。 この登場人物たちはリアリティに欠ける、いってみれば怪物ですが、彼らの行いはそれなりに必然性があるように見えます。人形師とか死刑囚の告白とか、中盤は江戸川乱歩の世界を彷彿とさせる古風な感じもありました。
4投稿日: 2016.06.27
髪結い伊三次捕物余話 心に吹く風
宇江佐真理
文春文庫
シリーズ再読
再読。前回は単行本。伊与太と茜がすっかりおとなになり自分の足でしっかり人生を踏み出す巻。「心に吹く風」とは茜の心に吹く切ない微風。それでも乙女の心は大きく乱れてしまう。「雁が渡る」では、きいの魅力も存分に表れていて私もこの若奥様を好きになった。なんといっても著者の「文庫のためのあとがき」に胸が痛くなる。
2投稿日: 2016.04.06
髪結い伊三次捕物余話 我、言挙げす
宇江佐真理
文春文庫
宇江佐さんにはひきだしがいっぱい
短編6編。これはおもしろい!お姫様救出、パラレルワールド、上司の汚職、証拠ねつ造疑惑、おみつさん夫婦の危機。今巻は特に盛りだくさんで異色なものもあり、とても満足です。タイトルは「われ、ことあげ す」。心の中を明言することは勇気のいることだ。今の政治家たちの言葉の不明瞭なことを思い出す。やはり言葉には言霊が宿っているのかな。
1投稿日: 2016.03.05
人でなしの恋
江戸川乱歩
東京創元社
そういう意味だったのか・・・
乱歩を読むたびに私は「本ってタイムトラベルできる装置だ」と思うのです。もちろん大正時代は知りませんが、祖父母が使っていたような懐かしい言葉使いがあったり、なじみのある東京各所の情景描写がかなり古めかしかったりで、確実に自分と地続きの世界だと感じるのです。乱歩作品のうちでもマイナーな短編10篇。比較的有名な「モノグラム」「灰神楽」は既読でした。なんといっても表題作が強い印象で、これは古臭くないと誰もが感じるでしょう。内容はもちろんのこと語り口調も気味が悪い。「木馬は廻る」は物寂しい短編映画のようです。
1投稿日: 2016.02.21
髪結い伊三次捕物余話 さらば深川
宇江佐真理
文春文庫
宇江佐先生はいつでもここに
シリーズの3。連作短編五話。因果堀・ただ遠い空・竹とんぼ、ひらりと飛べ・護持院ヶ原・さらば深川。 因果堀は切ない話で涙を禁じ得なかった。お文さんの過去がわかったり、思わぬ不幸に見舞われたり、またまた波乱の二人でした。熱狂的なファンというわけではなかったけれど、やっぱり宇江佐ロスである。あとがきを読んでしみじみしてしまった。あとがきには平成15年とある。ヒット小説をこんなに長く続けられるって大変なことだ。私が知ったのは本当に後期。
1投稿日: 2016.01.20
髪結い伊三次捕物余話 さんだらぼっち
宇江佐真理
文春文庫
筋はもちろん作家のうまさに感動
連作短編5話。鬼の通る道・爪紅・さんだらぼっち・ほがらほがらと照る陽射し・時雨てよ。読後にこの表紙を見るととても切ない。読む前はまさか悲劇が起こるとは想像していなかったので読後にみると哀しい。朝顔がきれいに咲いているのが見える。今回は長屋のおかみさんになったお文さん。でもやはり簡単にはいかなかったようです。引っ越ししたり、伊三次に幼い弟子ができたり、そしてうれしい展開に。信頼していた人の悪意を垣間見たり、袖ふれあっただけの人に暖かな情けをかけられたり。そんなときの人の心の機微を描くのがこの作家は本当に上手い。
2投稿日: 2016.01.20
孤独の価値
森博嗣
幻冬舎新書
若者はもちろん壮年・中高年にもおすすめです。
「すべてがFになる」しか知らなかった森先生の孤独論を読んだ。感動の押し売りとか絆肥満とか、特に大震災後の風潮として私も日々そう感じていた。創造性や美意識を高める孤独は、決して怖れ忌み嫌うものではないのだ。そうはいってもまだ若く経験の乏しい若者にしてみれば、孤独を味方につけるのは大変なことだろう。エネルギーのいることだけれど、群れから離れてありきたりの価値観を捨てると自分のことがよく見えるし、大きく成長するきっかけをつかむことができる。家族恋人を含む他者に対して優しくなれるのも孤独の効用。どの章も名言満載。
3投稿日: 2016.01.08
教場
長岡弘樹
小学館
新機軸
本の紹介に「警察小説の新機軸」とあり、期待して読んだ。警察学校を舞台にした連作短編6話とエピローグ。厳しい訓練に身を投じた警官の卵たちが各話の主人公で、様々な齟齬や障害に遭遇する。彼らの前に立ちふさがる風間教官が言ってみれば探偵役、謎解き役。出番は少ないが大きな存在感がある。やはり人物造形はとても重要だ。キィマンに魅かれれば話は俄然おもしろくなる。文章はやはり『傍聞き』に似た緊張感があり、内容もおもしろいだけでなくいろいろな知識も得た。車の芳香剤がきついとおまわりさんに目をつけられるらしい・・・?
2投稿日: 2016.01.08
あした咲く蕾
朱川湊人
文春文庫
朱川氏の真骨頂
『あした咲く蕾』『湯呑の月』『雨つぶ通信』『虹とのら犬』が特に好き。朱川氏の真骨頂。哀しくてちょっとした微熱にうかされるかんじが心地いい。どれも中年になった主人公が幼少時を回顧して綴っているという形式で、昭和の、それも東京の下町の香りがたまらない。実在の事件や事故やTV番組などのはやりものが出てくるところがリアリティ。ほかに『カンカン軒怪異譚』『空のひと』『花、散ったあと』短編7編。満足度100%
1投稿日: 2016.01.08
髪結い伊三次捕物余話 紫紺のつばめ
宇江佐真理
文春文庫
感動します!
再読。宇江佐さんはこの時代からタイムトリップして来られた方だったのではないかしら?連作短編五話。全部いい。はらはらさせておいてしみじみさせるし臨場感もある。お文と伊三次のことがますます好きになる。「菜の花の戦ぐ岸辺」は伊三次が、「摩利支天横丁の月」ではおみつが災難に遭うが結果的にはいい進展だった。それにしても不破さまの奥方はただものではないな
1投稿日: 2016.01.06
