
キッチンぶたぶた
矢崎存美
光文社文庫
時々、無性に読みたくなるシリーズです。今回選んだのはコレ。
何故か時折、この作品の雰囲気に浸りたくなる不思議な小説です。何作もシリーズがあり、どれから読んでも大丈夫というところもありがたいですね。パティントンか、テッドみたいな映画化はされないのでしょうかねぇ。絶対面白いモノが出来上がると思うのですが。 さて今回も、モフモフの中にほのぼのとしたモノを感じさせる珠玉の4編です。ホフホフのぬいぐるみがキッチンで料理しているのを想像するだけで、なぜか幸せな気分になりますし、一つ一つの話が、そうだようなぁと思わせてくれるのも嬉しい限り。 でもそのなかで、ちょっとだけ異色だったのが「鼻が臭い」という短編でした。コレについては作者の矢崎さん自身が「あとがき」の中で自身の鼻の不調がきっかけと書いておられました。 ま、兎に角、安心の一冊であります。
0投稿日: 2023.12.31満願(新潮文庫)
米澤穂信
新潮文庫
私が一番好きな話は。。。。
6編の短篇集なのですが、流石ですね。一つ一つの話は短いながらも読みごたえがあり、充実した感じでした。 中でも私が一番好きなのは「関守」かな。語り手が殺されてしまう話はよくある手法かもしれませんし、途中から結末が見えてくる気もしますが、危ないぞ?大丈夫か?なんて感情移入してしまいました。人里離れた、滅多に人が来ないような峠の茶屋でおこる話は、如何にもありそうな感じで怖いですね。他の皆さんが絶賛している「万灯」もスゴイのですが、私には海外赴任の経験がありませんのでね。 人は誰もが心に闇を抱えているのでしょう。それは誰にも知られてはいけないことなのです。きっと。
0投稿日: 2023.12.03都市と星(新訳版)
アーサー・C・クラーク,酒井昭伸
ハヤカワ文庫SF
タイトルからは想像できないくらい壮大な物語でありました
アーサー・C・クラークの小説を読むと、どれを読んでも現在のSFの元になっているように感じます。この作品は調べてみると1956年に発表されたそうで、その創造力・空想力たるや驚愕ものです。今でこそ、ストーリーに描かれている場面を読者である我々は、何となく今まで見てきた映画やドラマをもとに頭の中で描くことができますが、発表当時に読んだ人はどうだったのでしょうか。そんなことさえ感じます。 さてもし、この小説に世界に生きていたら、ダイアスパーとリスのどちらの都市に住みたいでしょうか?人間が不老不死を願ってきたのは紛れもない真実ですが、私はどうかなぁ。それはそれでしんどいような気がしますけどね。 というわけで、タイトルは「都市と星」というものですが、人間の幸せって何?ってところまで問題提起しているような気がしました。さすがはアーサー・C・クラーク。SFを遙かに超えております。
0投稿日: 2023.11.02ハンチバック
市川沙央
文春e-book
芥川賞選考委員の誰一人として、おそらく書くことができない小説
ReaderStoreの作品紹介には文學界新人賞受賞選考委員の感想が書かれていますが、文藝春秋に掲載された芥川賞の選評も合わせて読んでみると、なかなか興味深いものがありますよ。難病の当事者だからこそ書くことができた内容に、どこか戸惑いと羨望があるように思いました。 とりもなおさず私にとっては、知らなかったことの連続でした。あ~こんな風に感じているんだ、こんな風に考えるんだと、かなり衝撃的なものでありました。勿論、冒頭の「ツカミ」から本筋に入る構成力や筆致の見事さ、強さ、そして怒りさえ感じる文章には本当に引き込まれます。主人公ほどではないにせよ、当然そこには作者自身の体験が色濃く反映されているのでしょう。 私が一番衝撃だった描写は、「博物館や図書館や、保存された歴史的建造物が嫌いだ」というくだりです。主人公は、壊れずに残って古びていくことに価値を持つものが嫌いだと言います。その理由は、生きれば生きるほど、自分の身体はいびつに壊れていくから。生き抜いた時間のあかしとして破壊されていく体。これは健常者が死病にかかったのとも、老化とも違うと主人公は言います。私自身は、こんなことを考えたことはなく、かなりショックを受けました。 芸術的な純文学の短編に与えられるという芥川賞ですが、本好きの人でも敬遠する人があるかもしれません。でも、これは是非読んでほしい一冊だと思います。 ただ、私も最後に唐突に表れる短文?は、その付け加えられた意味がちょっとわかりませんでした。
0投稿日: 2023.09.06最果てアーケード
小川洋子
講談社文庫
昔、私がよく通った小さなアーケードも、不思議な閉鎖空間でした
昔、私が通学や通勤に使っていた路線の途中の駅にも、結構距離の長い、古いアーケード商店街がありました。そこには勿論、普通の?のお店もありましたが、ちょっと入るのが怖い様な漢方薬のお店や、飲食店などがありました。また、本屋さんが3軒ありまして、その内の一軒は、古本屋と見紛うばかりの店構えであり、オマケに書籍の並べ方が無茶苦茶で、それがかえって面白く、よく通っていました。今は再開発で屋根を取っ払い、真ん中の道路を広くしたため、小洒落た店が建ち並ぶ明るい商店街になりました。しかし、往年のちょっと猥雑な雰囲気がなくなって、今一つ賑わいにかけるようです。 そんなわけで、この本のタイトルを見たとき、そのアーケード商店街を思い出しました。 本の内容は、どこか懐かしく、不思議な雰囲気を醸し出すものでありました。他の方が書いてあるレビューのとおり、読み終えた後、いつかもう一度読みたくなるような本ですよ。
0投稿日: 2023.09.06人形たちの夜
中井英夫
講談社文庫
タイトルや作品情報から受けた印象とは少々異なりました
作者が「あとがき」に書いているように、連作長編のスタイルでありました。春夏秋冬の季節に従って、1年間かけて連載されたものだそうで、それぞれが独立していながら、つながっているようにも思えるような構成になっていました。 正直言って、もっとおどろおどろしい物語かと思っていましたが、そうでもなく、しかし、不思議な世界が広がる小説ではありました。 私は「秋」の章が好きかな。旅先で読むにはもってこいかもしれません。
0投稿日: 2023.08.14なぜ男は女より早く死ぬのか 生物学から見た不思議な性の世界
若原正己
SB新書
疑問の答えはあっさりしていますが、その他興味深い話満載でした
私にとっては少々難しい話が続きました。そしてなかなか命題の解明までには到らないのです。ま、それも当然で、答えを理解するに必要な予備知識が必要なんですね。そのため生物学的解説が延々と続きます。しかし、これが大変興味深いものでありました。 タイトルのギモンに対する答えは、やはり遺伝子、染色体が問題とのこと。それよりも、他の部分の話に興味が尽きません。iPS細胞についても勿論言及されています。また昨今話題となる同性婚でありますが、男と男の間でも子供を理論上作ることができる、ただし、子宮がないので借り腹が必要となる。一方、女と女の間でも勿論、子供を理論上作ることができる。子宮もあるしね。但し、生まれてくるのは女の子だけ。ということになります。倫理上の話は別ですよ。その詳しい内容は、この本を読んで下さいね。 タイトルから離れた内容の方が多かったような気がしますが、知的好奇心をくすぐる、大変面白い一冊でありました。
0投稿日: 2023.06.06半島
松浦寿輝
講談社文芸文庫
摩訶不思議な世界に誘ってくれる一冊でありました
他の人はどうなのかわかりませんが、物語を読むとき、たとえばこの本のように半島という舞台が設定されている場合、私は頭の中にその地域の地図を想像して描いてみます。「半島」というのは、ある種の閉鎖空間ですよね。でも、この小説においては、まったくその絵を描くことができず、どのような街なのか、施設がどのような配置なのか、まったく想像ができない複雑怪奇な世界でありました。また、幾つかの章に分かれていますが、それぞれが関連があるような、ないような、また関連があっても少々テイストが違うような気がするなと思っていましたら、著者のあとがきによれば、楽しみながら書いて、そのつど雑誌に発表したとありました。 ただ普通に興味深く読み進めていたのですが、この本の最後に掲載されていた三浦雅士氏の解説(単なる小説に、詳細な解説があるのも面白いのですが)を読んで、あ~なるほど、そう言うことでこの小説は優れた作品なんだと改めて認識しました。自分の読解力のなさをまざまざと見せつけられた気がします。コレを踏まえて、いずれ再読してみたいと思います。
0投稿日: 2023.06.06幻想郵便局
堀川アサコ
講談社文庫
最初は、作者の構築した世界になかなか入り込めなかったのですが
これも一つのファンタジーだと思うのですが、この分野はまず、作者が想像の中で構築した世界に我々読者がうまく入り込むこと、つまり物語にのめり込むカギとなります。 それ点からいうと、最初のうちは何が何だかわからず、少々戸惑いました。話としては最初から面白いことは面白いのですけどね。そのうち、あ~なるほど、こういう世界が描かれているんだとわかってきましたよ。 作者のあとがきの冒頭、「心霊スポットで働いていたことがあります。」この一言で一層わかり合えた気がします。ヒトは死んでも消えていない、いや消えてたまるか、この思いがモチベーションだったんでしょう。なかなか含蓄ある話ではありました。それに、捜し物が得意だという主人公の設定も面白いですよね。友達に一人いると便利だろうなぁ。あと幽霊も飯を食うのでしょうか?
0投稿日: 2023.05.08ツタよ、ツタ
大島真寿美
小学館文庫
真実を元に書かれたノンフィクション風フィクションでした
冒頭から、どこか普通の小説ではなく、詳細な調査に基づいたルポルタージュ風に書かれています。それが次第に物語調になるのですが、そこが作品として功を奏していた気がします。勿論、本の最後に掲載された「本書のプロフィール」欄には「本作は、実在の人物をモチーフにしたフィクションです。」と改めて断り書きがありました。幻の作家本人の心情については作者の想像なのでしょうが、第三者的視線で語られているような書きぶりにより、その状況がよくわかった気がします。 物語は琉球王の東京転居から始まりました。その後のツタの数奇な運命は、弁舌尽くしがたきと、言ったところです。と同時に、とても興味深いものでありました。そしてペンネームを使っての投稿が、別の自分になる方法だったというのも、何となくわかります。また、沖縄出身と言うだけで差別を受けていたというのも驚きでした。そして、その書いた小説に対する批判。よくあることかもしれませんが、詳細な内容も知らずに、ただ雰囲気のみで中傷する輩は、今でもいますよね。全体を通して、どこか救いようのない話に見えますけど、親友キヨ子との合奏の場面は、ホッとするシーンでした。双方がピアノもヴァイオリンが弾けて、ましてや、大人になってから、ずっと触っていないかったにも関わらず合奏できると言うことは、かなり基礎がしっかりしていたのでしょう。 それから、トートーメーに関してですが、いくら沖縄の話を知らないと言っても、子供達や孫達までそのお守りを拒否する心持ちというのは、ちょっと理解しがたい気がしました。 結局、彼女は最後の最後にツタ自身に戻れたのでしょうか?それとも、ずっと千紗子を演じていたのでしょうか?「ツタよ、ツタ」というタイトルは、作者大島満寿実の呼びかけなのでしょうが、私には、本当の自分を生きることができなかった、ツタの自身への呼びかけのような気もするのです。
0投稿日: 2023.05.08