
最果てアーケード
小川洋子
講談社文庫
昔、私がよく通った小さなアーケードも、不思議な閉鎖空間でした
昔、私が通学や通勤に使っていた路線の途中の駅にも、結構距離の長い、古いアーケード商店街がありました。そこには勿論、普通の?のお店もありましたが、ちょっと入るのが怖い様な漢方薬のお店や、飲食店などがありました。また、本屋さんが3軒ありまして、その内の一軒は、古本屋と見紛うばかりの店構えであり、オマケに書籍の並べ方が無茶苦茶で、それがかえって面白く、よく通っていました。今は再開発で屋根を取っ払い、真ん中の道路を広くしたため、小洒落た店が建ち並ぶ明るい商店街になりました。しかし、往年のちょっと猥雑な雰囲気がなくなって、今一つ賑わいにかけるようです。 そんなわけで、この本のタイトルを見たとき、そのアーケード商店街を思い出しました。 本の内容は、どこか懐かしく、不思議な雰囲気を醸し出すものでありました。他の方が書いてあるレビューのとおり、読み終えた後、いつかもう一度読みたくなるような本ですよ。
0投稿日: 2023.09.06
人形たちの夜
中井英夫
講談社文庫
タイトルや作品情報から受けた印象とは少々異なりました
作者が「あとがき」に書いているように、連作長編のスタイルでありました。春夏秋冬の季節に従って、1年間かけて連載されたものだそうで、それぞれが独立していながら、つながっているようにも思えるような構成になっていました。 正直言って、もっとおどろおどろしい物語かと思っていましたが、そうでもなく、しかし、不思議な世界が広がる小説ではありました。 私は「秋」の章が好きかな。旅先で読むにはもってこいかもしれません。
0投稿日: 2023.08.14
なぜ男は女より早く死ぬのか 生物学から見た不思議な性の世界
若原正己
SB新書
疑問の答えはあっさりしていますが、その他興味深い話満載でした
私にとっては少々難しい話が続きました。そしてなかなか命題の解明までには到らないのです。ま、それも当然で、答えを理解するに必要な予備知識が必要なんですね。そのため生物学的解説が延々と続きます。しかし、これが大変興味深いものでありました。 タイトルのギモンに対する答えは、やはり遺伝子、染色体が問題とのこと。それよりも、他の部分の話に興味が尽きません。iPS細胞についても勿論言及されています。また昨今話題となる同性婚でありますが、男と男の間でも子供を理論上作ることができる、ただし、子宮がないので借り腹が必要となる。一方、女と女の間でも勿論、子供を理論上作ることができる。子宮もあるしね。但し、生まれてくるのは女の子だけ。ということになります。倫理上の話は別ですよ。その詳しい内容は、この本を読んで下さいね。 タイトルから離れた内容の方が多かったような気がしますが、知的好奇心をくすぐる、大変面白い一冊でありました。
0投稿日: 2023.06.06
半島
松浦寿輝
講談社文芸文庫
摩訶不思議な世界に誘ってくれる一冊でありました
他の人はどうなのかわかりませんが、物語を読むとき、たとえばこの本のように半島という舞台が設定されている場合、私は頭の中にその地域の地図を想像して描いてみます。「半島」というのは、ある種の閉鎖空間ですよね。でも、この小説においては、まったくその絵を描くことができず、どのような街なのか、施設がどのような配置なのか、まったく想像ができない複雑怪奇な世界でありました。また、幾つかの章に分かれていますが、それぞれが関連があるような、ないような、また関連があっても少々テイストが違うような気がするなと思っていましたら、著者のあとがきによれば、楽しみながら書いて、そのつど雑誌に発表したとありました。 ただ普通に興味深く読み進めていたのですが、この本の最後に掲載されていた三浦雅士氏の解説(単なる小説に、詳細な解説があるのも面白いのですが)を読んで、あ~なるほど、そう言うことでこの小説は優れた作品なんだと改めて認識しました。自分の読解力のなさをまざまざと見せつけられた気がします。コレを踏まえて、いずれ再読してみたいと思います。
0投稿日: 2023.06.06
幻想郵便局
堀川アサコ
講談社文庫
最初は、作者の構築した世界になかなか入り込めなかったのですが
これも一つのファンタジーだと思うのですが、この分野はまず、作者が想像の中で構築した世界に我々読者がうまく入り込むこと、つまり物語にのめり込むカギとなります。 それ点からいうと、最初のうちは何が何だかわからず、少々戸惑いました。話としては最初から面白いことは面白いのですけどね。そのうち、あ~なるほど、こういう世界が描かれているんだとわかってきましたよ。 作者のあとがきの冒頭、「心霊スポットで働いていたことがあります。」この一言で一層わかり合えた気がします。ヒトは死んでも消えていない、いや消えてたまるか、この思いがモチベーションだったんでしょう。なかなか含蓄ある話ではありました。それに、捜し物が得意だという主人公の設定も面白いですよね。友達に一人いると便利だろうなぁ。あと幽霊も飯を食うのでしょうか?
0投稿日: 2023.05.08
ツタよ、ツタ
大島真寿美
小学館文庫
真実を元に書かれたノンフィクション風フィクションでした
冒頭から、どこか普通の小説ではなく、詳細な調査に基づいたルポルタージュ風に書かれています。それが次第に物語調になるのですが、そこが作品として功を奏していた気がします。勿論、本の最後に掲載された「本書のプロフィール」欄には「本作は、実在の人物をモチーフにしたフィクションです。」と改めて断り書きがありました。幻の作家本人の心情については作者の想像なのでしょうが、第三者的視線で語られているような書きぶりにより、その状況がよくわかった気がします。 物語は琉球王の東京転居から始まりました。その後のツタの数奇な運命は、弁舌尽くしがたきと、言ったところです。と同時に、とても興味深いものでありました。そしてペンネームを使っての投稿が、別の自分になる方法だったというのも、何となくわかります。また、沖縄出身と言うだけで差別を受けていたというのも驚きでした。そして、その書いた小説に対する批判。よくあることかもしれませんが、詳細な内容も知らずに、ただ雰囲気のみで中傷する輩は、今でもいますよね。全体を通して、どこか救いようのない話に見えますけど、親友キヨ子との合奏の場面は、ホッとするシーンでした。双方がピアノもヴァイオリンが弾けて、ましてや、大人になってから、ずっと触っていないかったにも関わらず合奏できると言うことは、かなり基礎がしっかりしていたのでしょう。 それから、トートーメーに関してですが、いくら沖縄の話を知らないと言っても、子供達や孫達までそのお守りを拒否する心持ちというのは、ちょっと理解しがたい気がしました。 結局、彼女は最後の最後にツタ自身に戻れたのでしょうか?それとも、ずっと千紗子を演じていたのでしょうか?「ツタよ、ツタ」というタイトルは、作者大島満寿実の呼びかけなのでしょうが、私には、本当の自分を生きることができなかった、ツタの自身への呼びかけのような気もするのです。
0投稿日: 2023.05.08
ウツボカズラの甘い息
柚月裕子
幻冬舎文庫
うっかりしていると、ウツボカズラに吸い込まれるかもしれないね
人間の果てなき欲望とちょっとした心の隙間に、スルリと悪魔は入り込むのかもしれません。 物語の展開としては、二つの場面が交互に描かれていきます。一つは高村文絵が怪しげな事業に巻き込まれていく場面。そしてもう一つは、鎌倉で起こった殺人事件を追いかける刑事達の奮闘ぶりの場面。 文絵の方は、おいおい大丈夫かよ、そんなことに加担してと、誰でも思うでしょう。また、刑事達の捜査方法は、なるほどそういう風にやっていくんだね。と納得したりします。 ミステリーですから、あまり詳しくは書けませんけれど、文絵の病気?から、ひょっとするとそうなのかと思わせておいて、最後4分の3くらい読み進めてきたときに、真犯人が浮上します。もしあのベテラン刑事がいなかったら、冤罪になっていたかもしれませんね。さぁてどうなる?どうする?と、興味が尽きず、最後まで楽しませてもらいました。気になる記述もあって、それは、「不審死を事故や自殺で片付けようとするのは、日本の警察の悪弊らしい。」というもの。沢山の案件を抱えているからなのでしょうが、そうではないと信じたいものです。 一方、私個人としては、奥さんの金銭行動や心情に、ほとんど気がつかなかった夫にも責任があり、それでいて彼には哀れみと同情を禁じ得ないかなぁ。 物語のラスト、オーストラリアのホテルのシーンは、あの名作「太陽がいっぱい」を想起させました。 それから、松井玲奈さんが本の最後に解説を書かれていますが、これがまた興味深いものでした。まず、女性目線で読まれていること。容姿へのコンプレックスに対する考え方は、やはり男とは違います。またエッシャーのだまし絵になぞらえているのも面白いですね。これにはなるほどと思いました。そして、やはり彼女は女優目線で読んでいました。もし映画化されるならば、中川刑事役をやってみたいそうな。ちょっと顔立ちが優しすぎる気がしますが、演じてみたい理由が、男性社会の中で認められたいと思う強さが魅力的とのこと。その他にも、色々考えさせる記述があって、この解説を読んでから再読すると、色々と違ったものが見えてくる気がします。
0投稿日: 2023.03.04
白の闇
ジョゼ・サラマーゴ,雨沢泰
河出文庫
単なるミステリーでありません。次第に哲学的様相を帯びてきます
序盤は、まさにパンデミック。突然蔓延した失明という病気。当局は感染者を隔離するという政策に出ます。でも隔離先は療養所ではなく、収容所。このあたりは、コロナというよりも、かつてのハンセン病を思わせます。その中に一人だけ失明していない眼科医の妻が、目が見えることを隠して夫と一緒に隔離されます。この設定がミソでした。彼女は、見たくもないものを見続けることになるわけです。 最初のうちは、それなりに秩序を持って収容所の中で皆が生活しようと努力するわけです。その中の状況も大変興味深く描かれていきますが、感染が拡大し、収容人員が増えていくに従って、力で収容所内を支配する輩が出てきます。きっとそうなるだろうなぁ、と想像はつきますよね。そんな男達が食料を人質に、女を差し出せと要求する。ふ~む。食欲は当然としても、性欲も衰えることはないのか?と妙なところに感心して読んでいたのはここまで。 そのうち、眼科医の妻以外、世の中全ての人が失明してしまいます。ここからが本当の物語の始まりだったのかもしません。当然、全てがストップしてしまいます。食料も届かない収容所から人々が娑婆に出てくるわけですが、そこはまさにアナーキー状態。しかし、力が支配しているわけではありません。暴力で支配しようにも、全ての人の目が見えないのですからね。どこに何があるか、誰がいるか、それさえも把握できない。そして、食べ物以外のものは、所有するという感覚さえもなくなります。しかも誰も生産活動をしない世界。昼も夜もなく、ただただ食べ物を探し求めて、街を彷徨い、ぶらつく人々。さぁて、どう物語を締めくくる?興味が尽きず、ページをめくる手が早くなります。 勿論、目が見えなくなるというのは、作者の比喩です。ラストの翻訳者雨沢泰氏のあとがきによれば、作者サラマーゴは、「人間が理性の使用法を見失ったとき、互いに持つべき尊重の念を失ったとき、なにが起こるかを見たいのだ。それはこの世界が実際に味わっている悲劇なのだ」と言っていたそうです。 原題を直訳すると、「見えないことの試み」とのこと。つまりそういうことなのですね。物語の展開としては、想像していたとおり、突然見えなくなった目が、また突然見えるようになります。ま、目出度し目出度しとなるわけですが、しかし考えてみれば、ここからどうやって、元の世界のような秩序ある状態を構築していくかが、一番の問題なのですよね。 また、私はまったく知りませんでしたが、この小説は2008年にフェルナンド・メイレレス監督によって映画化されていたとのこと。主演としてジュリアン・ムーアが医者の妻を演じ、最初に失明した男とその妻を、伊勢谷友介と木村佳乃が演じていたそうな。映画作品としては今一つだったようですが、ちょっと見てみたい気がします。
0投稿日: 2023.03.04
からくさ図書館来客簿 ~冥官・小野篁と優しい道なしたち~
仲町六絵
メディアワークス文庫
まさにサブタイトルどおり。こちらも優しい気持ちになれました
この世に未練を残した「道なし」達が、この世に恨みがあるために彷徨っているわけではないという設定がとっても好感が持てます。 いくつかの話が集まった短篇集ですが、私はまず最初の話に引き込まれました。と言うのも、昔、公務員時代に、樹木医さんと共に弱った各地の銘木を回ったことがあります。樹木医さんの中には、その地に立つだけで何かを感じると言われた方もありました。我々だって、大きな木が林立しているような、例えば寺院、例えば、鬱蒼とした森林の中に入ると、何かを確かに感じますよね。きっと魂?霊魂?って存在するんですよ。 それに、ファンタジーではありますが、あとがきを読むと、実在した人物が主人公達だったことがわかります。伝承に基づいて、想像の翼を広げられた作者の力量に拍手です。仲町六絵さんの小説を読んだのは初めてでありましたが、からくさ図書館の続編は勿論、他の著作も読んでみたいと思います。
1投稿日: 2023.02.06
収容所(ラーゲリ)から来た遺書
辺見じゅん
文春文庫
シベリア抑留は知っていましたが、こんな奇蹟的な話があったとは
映画化されると聞き、大急ぎで読みました。シベリア抑留についての知識は、歴史上の事実として知ってはいましたが、このような奇蹟的な逸話があったとは、全く知りませんでした。 実は、今は亡き、大正13年生まれの我が父は、工兵として満州へ行き、そこで終戦をむかえました。オヤジの話によれば、終戦後復員する前に、ずいぶん中国本土の復旧工事をさせられたと言っておりました。でも、ほんのちょっと運命が違えば、彼もシベリア送りになっていたかもしれません。もしそうなっていたら、お袋さんと結婚していないかもしれないし、昭和34年生まれの私はこの世にいなかったかもしれません。 この本はノンフィクションながら、かなり小説風に書かれてはいます。時の流れや描かれる場面があちこちにいって、ちょっと戸惑うことがありました。作者の想像で書かれた箇所もあるかもしせませんが、兎に角、よくぞこの本を出版してくれたと思います。 収容所生活の過酷さは、これまでも様々なところで紹介されてきました。過酷な状況に耐え抜くには、体力以上に、必ず故国へ帰るという強い意志が必要だったでしょう。でも極限状態となると、その人の本性のようなものが健全化してきます。また、日本人同士間のタレコミやソ連に迎合して、少しでも良い思いをしようとする人も出てきます。 そんな希望のかけらも見えない状況の中、どうして山本幡男さんは、いつも前向きに考えることが出来たのでしょうか。ただひたすらに、故国へ帰るんだという強い希望を持ち続けたからでしょうか。しかも、その振る舞いは、次第に周りの人々に影響を与えていき、彼の存在そのものが、過酷な生活の中で他の皆の希望になっていったんだね。しかし、病気が進行し、とても故国へは帰れないと自覚したとき、流石の彼も希望をなくしてしまいます。ところが今度は、周りの仲間が彼の希望を奮い立たせるわけです。それが、彼の遺言や彼の詩、彼の歌等の著作物を、彼の帰りを待つ故国の家族に届けると言うことだったんだね。しかも、帰国の際に持ち出せないからと、仲間とともに少しずつ分散して、すべてを暗記することによって。。。 昼間は過酷な労働を強いられ、疲労困憊の中、他人のコトバを一字一句間違えずに暗記するなんてことは、不可能に近い行為です。それに、帰国してからだって、大変な生活が待っていたはずです。最後の遺書が山本家に届けられたのは、昭和62年とのこと。こんなことが私たちの知らないバブル全盛期に起こっていたとは。 これは、収容所で共に艱難辛苦を味わった友情のキズナなんていう生やさしいものではなく、とても我々のコトバでは言い表せないモノが彼らの間にあった証でしょう。 ソ連の行ったことは、まぎれもなく戦争犯罪です。いやその前に、勝ち目のない戦争に突き進んだことが問題であることは、今となっては明らかです。でも、それ以上にこの本は、生きると言うこと、いや生き抜くと言うことは、どういうことかを読者に突きつける一冊でありました。
0投稿日: 2022.12.31
