
バリ山行
松永K三蔵
講談社
ここ数年の芥川賞受賞作の中で、一番心にフィットした作品でした
あ~こういうことあるよねぇ。そうそう、こういう人いるよねぇ。と思う部分が多数ありました。会社等の組織に身を置いたことのある人ならば、きっとそう思うでしょう。その組織内での人間模様の描写もさることながら、バリ山行(このような単語は初めて知りました)の描写もなかなかなものです。自分が登っている気になります。 私には、本格的登山の趣味はありませんが、山地防災事業に携わっていたことがあります。堰堤や作業道、林道を作るための最初の測量は、当然のことながら道なんぞ無い場所の藪を切り払い、鉈で雑木を伐開しながら進まざるを得ません。まさにあれは、バリ山行だったんだなぁ、と懐かしく思い出しました。 道なき道を登るバリ山行は、人生そのものなのかもしれませんね。先に何があるか判ったものではありませんからね。でもそれは、決められた正規ルートを計画通りに歩いていたって、同じなのかもしれません。 一方、人知れず会社を辞めてしまった妻鹿さんと六甲の藪の中で再び会えることを、私も主人公ともども期待して読み進めましたけど、いやいや、なかなか粋な描写で締めくくっていただき、誠に満足な作品でありました。
0投稿日: 2024.09.29
サンショウウオの四十九日
朝比奈秋
新潮社
芥川賞らしからぬ設定にまず驚いて、興味津々で最後まで。
朝比奈秋氏の小説は初めましてでした。冒頭は普通の話の始まり方です。でもすぐ、え?どう言うこと?となりました。「胎内時胎児」という設定や父親が双生児という設定は、元医師だったという筆者ならではのものでしょうか?読み進めるに従って、どこに我々を連れて行ってくれるのか、最後まで興味が尽きませんでした。 徐々に哲学的?要素も入ってくる感じがしましたが、考えてみれば、我々自身も何か決断するとき、心の中でもう一人の自分に語りかけたりしますよね。そんな感じなのかなぁ。自己とは何かということを、この小説は考えさせてくれるものでした。 サンショウウオは、何処に出で来るのかと思っていましたら、白と黒で表される陰陽図の比喩でした。なるほどね。うまい例えですね。ただ一つ腑に落ちなかったのは、物語に出てくる四十九日は、オジサンの四十九日ですよね。そうならば、サンショウウオの四十九日ではなく、四十九日のサンショウウオなんじゃないかな?それとも、杏と瞬だけでなく、父親とオジサンもサンショウウオということなのかな?う~ン。 受賞後、中日新聞に掲載された筆者のエッセイがまた興味深いものでした。 何のために小説を書くのか。それは自己治癒、自己救済のためではないかと朝比奈氏は書いておられました。そして自己治癒になる物語は、苦痛に満ち、自分の奥底にある目を背けたくなるモノ等々と向き合い、それらをすべて受け入れながら書くことで、それらが体内で燃えきって、ようやく癒やしがくるとのこと。 う~ん、朝比奈さんは、そうい思いで小説を書いておられるんですね。こちらもそれなりの覚悟が必要ですね。
0投稿日: 2024.09.08
J・Jおじさんの千夜一夜物語(植草甚一スクラップ・ブック7)
植草甚一
晶文社
ありとあらゆる分野の怪しい話、面白い話が満載でした
初めて読みましたが、あまりに広範囲すぎて、目が白黒してしまいました。 何の勉強でも二年くらいやると、その歴史が知りたくなる、とのフレーズは、確かにそうかもしれないなぁと思います。ただ、真剣に二年やらないとダメでしょうがね。 はたまた、スリ仲間の隠語について列挙して記載されているところがありました。こんな単語は何処で仕入れてきたのでしょうねぇ。また、その手口についても詳しく記載されており、この部分だけでも読む価値があるというもの。 それにしても、世界中には色んな話が転がっているんだねぇ。人種の比喩である、クロネコとシロネコの話も面白かったですよ。 本のラストには、植草甚一日記と称し、手書きのものが記載されていました。電子ブックでは少々読みにくかったですが、これも魅力的な1冊でした。
0投稿日: 2024.08.04
65歳から始める 和田式 心の若がえり
和田秀樹
幻冬舎単行本
今年65歳となる私にとって、まさにドンピシャな一冊でした
色々心に刺さる記述が沢山ありましたよ。まず大切なのは、「65歳から先、体と脳は確実に老いていくが、心だけは、自分次第で若がえる。」これですね。また面白かったのは、少年、青年、中年と来たのに、何故突然、高齢者になるのか、「高年者」でいいではないか。な~るほど、確かにそうですね。それに、認知症よりも老人性うつの方が心配だとの指摘には、お袋さんを見ていて私もそう思います。 少々驚いたのが、「うつ病治療では、酒を飲ませてはいけない。」というのが基本原則ということ。若い頃は、落ち込んでいた部下等を飲みに連れ出したこともありましたけど、まぁ勿論、うつ病だったわけではないですが、良かったのか悪かったのか。。。 とにかく、色々と気づきの多かった一冊でありました。
0投稿日: 2024.07.01
おれたちの青空
佐川光晴
集英社文庫
おばさんシリーズ第2弾です
久しぶりにこのシリーズを読ませて頂きました。前作の続きものですが、とくに前作を読んでいないと話について行けないというわけではありませんでした。ただ、前作よりも少々説明的な場面が多かったかな。それにしても、私が経験したことのない人生を力強く歩んでいる人々の行動は、やはり不思議な感動を覚えます。 小説の中に出てきましたけど、人と人とのキズナっていうのは、「あのね」「なあに」これで十分なのかもしれません。また、「おれが生まれた理由だってどうでもいい。生まれてしまえばこっちのもんだ。」これも力強い決意ですよね。 そして、たとえ離れていても「顔をうえにむければ同じ空が目にうつる。」これもいい台詞ですね。青空というのは、見上げるだけで気分が晴れ晴れするものです。そういえば、寅さんだって、何度失恋してもラストシーンは必ず青空でしたよね。
0投稿日: 2024.07.01
金色機械
恒川光太郎
文春文庫
久々に読み終えてしまうのが残念だと私も思う一冊でありました
不思議な人々と不思議な機械?が江戸時代?を、縦横無尽に泳ぎ回る?物語でした。何が正義で何が悪か、これは勿論現在でも難しい命題ではあります。でも、そんなことよりも、この物語を言い表すには、東えりか女史の解説にあったこの記述。「物語の長さを忘れて読み耽り、終わってしまったあとの少し寂しい気持ち」。まさにこれであります。「アリガタキコト。ヨウヤクマクヒキデス。」と金色様は、つぶやいて虚空へ去って行きます。スピンオフドラマがあるように、スピンオフ小説を書いていただけませんでしょうか。だって、まだまだ知りたいことが一杯あるし、もう一度この世界観に浸ってみたいのですよ。
0投稿日: 2024.07.01
いのちの初夜
北條民雄
角川文庫
死と生の間での悩みと葛藤。辛いが一読する価値は十分。復刻感謝
読むきっかけは、NHKの100分で名著という番組でありました。 フィクションでもなく、ドキュメンタリーでもなく、それでいて私小説でもありません。本としては、様々なところで掲載された短篇集となっています。また、大変読みやすい文体です。 「いのちの初夜」という一編は冒頭に掲載されていますが、元々のタイトルは「最初の一夜」というそうで、改題したのは川端康成というのも、ちょっとしたスゴイエピソードです。 ハンセン病について、私は詳しくは知りません。言われなき差別のこととか、平成の時代になってようやく国会決議がなされたこと。あとは、「砂の器」でしょうか。 「いのちの初夜」は、主人公がくだんの病院へ歩いて行くところから始まります。宣告されても自分で足を運ぶというのに、まず驚きました。私はてっきり強制収容だとばかり思っていました。 様々な段階の患者を目にして、確実に自分の未来を目にしながら生きていくという感覚は想像を絶するものです。その中で北條民雄が紡いだ小説。紛れもないこれぞ文学と言えるのかもしれません。 あとがきには、川端康成を筆頭に様々な方が書かれた、かなりの長文が掲げられています。これも必読であります。
0投稿日: 2024.06.02
「いいこと」を引き寄せる法則
和田秀樹
ディスカヴァーebook選書
運がいいとか悪いとか、人は時々口にするけど。。。
さだまさしの「無縁坂」の歌詞にあるように、そういうことって確かにあるんですよね。それは誰しも認めるところでしょう。だからこそ!という感じですよね。 結論としては、やって当たり前のことをきちんとやること。そして、やらなかったことへの後悔をしないよう、何事にもやってみること。そして、あとは、いつもニコニコ笑っていることかな。 ま、ありきたりのことかもしれませんが、読んでみる価値はありますよ。
0投稿日: 2024.06.02
イモータル
萩耿介
中公文庫
確かに各章の一つ一つは大変興味深いものでした。でも。。。
イモータルとは、不滅という意味だそうな。その不滅の「智慧の書」を巡る話なのであります。各章の話は、時代も舞台もあっちこっちに飛び、知っている歴史上の人物も次々登場もするし、まさに歴史を振り返るようでもあり、すっかり翻弄させられました。 ただ、ラストがちょっとあっさりしすぎていないかなぁ。結局その不滅の書は、どうやって継承されていたのか今一つ判りませんでした。読み終えた感じは、「で?何?」って思ってしまいました。読みが浅かったのですかな。
0投稿日: 2024.06.02
幸せなひとりぼっち
フレドリック バックマン,坂本 あおい
ハヤカワ文庫NV
かなり前にダウンロード。全く忘れてたけどあの名画の原作でした
トム・ハンクス主演でリメイクされた「オットーという男」という映画を見たのは昨年でした。小説上では主人公の名前はオーヴェとなっていましたが、読み進めているうちに、あれ~これってもしかしたら、と気がつきました。気がついた後は、私の頭の中では、オーヴェの顔は完全にトム・ハンクスと重なり、まるで映画を見直しているような感じで読み進めていきましたよ。 勿論、小説の方が映画よりも、より細かく主人公の心情のゆらぎみたいなものが良く述べられています。物語自体は今更言うまでもなく、ベストセラーになるべくしてなったという感じです。人間はつくづく人との触れあいの中で、生きていく、いや生かされていくものなのだと再認識いたします。 もしこの小説を読んで感動されたならば、是非、映画の方も見てほしいと思います。映画の方は、当然ながらどこか俯瞰的な描き方となりますので、主人公だけでなく、彼を取り巻く周囲の人々が生き生きと描かれています。きっとあなたも、こんなコミュニティがある地域に住みたいと思いますよ。
0投稿日: 2024.05.09
