BACH/バッハさんのレビュー
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城の崎にて・小僧の神様
志賀直哉 / 角川文庫
100年読まれる作品
5
志賀直哉が山手線の電車に轢かれ、その療養のため城崎を訪れて今年(2013年)で100年になる。
自身をモデルに、電車に轢かれた怪我の療養のために訪れた城崎で、志賀はねずみ、蜂、いもりというちいさな生…きものたちが命を落とす様を見つけ、自らの怪我とたまたま救われた命を思う。
作家自身、普段なら気にもとめなかったであろう自然と人間の間にある命の差異。自分の存在の際を見つめ、世界の輪郭を意識した小説家の目は、じつに繊細な視力とことばを得ている。
“小説の神様”とまで言われた志賀の中でも、文庫にしてわずか十数ページの「城の崎にて」は、傑作として読み継まれてきた。「城の崎にて」を含め、志賀直哉の作品がここから100年、改めて読み継がれていくといいなと思う。 続きを読む投稿日:2013.11.12
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漫画で描き残す東日本大震災 ストーリー311 あれから3年
ひうらさとる, 青木俊直, うめ, おおや和美, 岡本慶子, さちみりほ, 新條まゆ, ななじ眺, 二ノ宮知子, 葉月京, 松田奈緒子 / カドカワデジタルコミックス
震災の数は、人の数だけ存在します
5
甚大な被害とその後の生活を一変させた2011年3月11日の東日本大震災に対し、「漫画に出来ることは何なのか?」と考え、『ホタルノヒカリ』で知られるひうらさとるを中心に始められた「ストーリー311プロジ…ェクト」。
1冊目は震災直後に出され、本書は3年後に出された続編。一度語って終わりではなく、関わった人々の経過もしっかりと共にすること、震災の記憶と被害と復興を風化させないこと。地に足のついた丁寧な活動に頭が下がる。
震災後、北野武が言ったように、“この震災を「2万人が死んだ一つの事件」と考える”のではなく、“「1人が死んだ事件が2万件あった」ってこと”だと考えてみること。
漫画家たちは、実際に現地に入り、現実の風景を凝視し、被災した人々の声を聞ききました。漠然と震災やその被害を語ることはしていません。取材したある個人とその周辺、そしてそれを取材した漫画家自身の声が登場し描かれるストーリーは、被災した人の数だけ無数にあるのです。
すべてはそれぞれの震災であり、日本全体が被災したひとつの震災でもあります。忘れないために、そしてあの日からの日々の変化と蓄積を見つめるためにも。
続きを読む投稿日:2014.03.12
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ジョジョの奇妙な冒険 第3部 スターダストクルセイダース カラー版 1
荒木飛呂彦 / 週刊少年ジャンプ
壮大な物語とトリッキーな登場人物たちを愛さずにはいられない
4
もはや何を言うまでもないのかもしれないが、やはりこのマンガは最高だ。
特にスタンドという能力が登場し始めた第三部から、俄然キャラクターの個性は際立ってくる。ドラゴンボールを筆頭に、週刊少年ジャンプマ…ンガ特有の“戦闘力のインフレ”から解放された、ワンピースにみられる特殊能力バトルの原型はここにあるといえる。
能力として何が最強か。三部以降出てくる、ジョジョ愛好家たちにとって最高の話題であるこの問題。時間を止めるディオか、スタープラチナかマン・イン・ザ・ミラーかパープル・ヘイズか。
三部のタロットからのスタンド名ネーミング、四部、五部のミュージシャンからの引用、映画や絵画へのオマージュなど、ただストーリーを追うだけでも、絵を堪能するだけでもない、奥深き設定と歴史の厚みを堪能することのできる大きく長い物語。
ちなみに第3部で一番好きなキャラとスタンドは、イギーと「ザ・フール」。 続きを読む投稿日:2013.11.05
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イザベラ・バードの日本紀行(上)
イザベラ・バード, 時岡敬子 / 講談社学術文庫
いいことも悪いことも素直に、正直に
4
1878年に来日したイザベラ・バードは、当時男性ですらまだ少ない時代に、非常に珍しかった女性旅行家。
彼女は、欧米人未踏の内陸ルートによる東京‐函館間の旅を日本人のお供とふたりで敢行。外国人目線で見…つめた日本の地方という、ともてユニークで貴重な地方史の資料になっている。
イザベラ・バードの感想は、いつも素直で正直。「日本人の黄色い皮膚、馬のような固い髪、弱弱しい瞼、細長い眼、尻下がりの眉毛、平べったい鼻、凹んだ胸、蒙古系の頬が出た顔形、ちっぽけな体格…」。一方で褒めるときは、山形県の置賜町地方を“エデンの園”とも形容する。
女性一人でも旅ができる、安全で安心の国は、そんな昔からあったんですね。
続きを読む投稿日:2013.12.17
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リトル・フォレスト(1)
五十嵐大介 / アフタヌーン
信じられるマンガ家。
4
『海獣の子供』や『魔女』で知られる超自然派のマンガ家、五十嵐大介が描く、とある東北の村での食と農。
都会から逃げて、故郷の小さな集落へ帰ってきた主人公のいち子は、母親や村の人、そして何より自然そのも…のから、
そこに”ある“ものとともに生きる生き方や暮らしかたを覚え(思い出し)ていく。
人が死んだり、事件が起きたり、憎しみ合ったり、Hなシーンもない。
あるのは目の前の自然という名の食材と資材たちを、どうおいしくいただき、
どう心地よく暮らしに使っていくのかということ。
いちばんのご馳走を”つきたての納豆もち”と答えたところから、
一気にお米や納豆、納豆菌の成り立ち、食べ方、思い出へと頭が飛んでいく。
美味しいものに目がない、ということをこれほど自然に描けるのは、
著者自身が自給自足の暮らしを経験してきたことによっている。
このマンガ家は信じられるのだ。 続きを読む投稿日:2014.12.26
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路
吉田修一 / 文春文庫
断ち切れない過去、進めない現在、未来への希望。
4
台湾の台北と高雄をつなぐ新幹線は、日本の”新幹線”車両が走っている。
事情により、独仏による設備と日本の車両というハイブリッドなかたちで進んだこの計画。
新幹線を走らせる仕事を担当する春香を主軸に、…日本統治時代の台湾で青春を過ごした日本人、
春香と台湾で出会い日本へ旅だった男エリックなど、吉田修一が得意とする群像がひとつに繋がっていく。
断ち切れない過去、進めない現在、未来への希望。
日本と関係も深く、最も身近かもしれない外国台湾の事実とフィクションが交錯し、
離れた人たちの心の動きと関係性のゆらぎがとても丁寧に描かれる。
続きを読む投稿日:2016.01.14