BACH/バッハさんのレビュー
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新版 遠野物語 付・遠野物語拾遺
柳田国男 / 角川ソフィア文庫
名文家の文章として味わう民俗学
7
岩手県遠野出身の民話蒐集家であった佐々木喜善の語りによる、遠野地方の民話を、柳田が聞き、文字に起こし、編纂し自費出版した柳田初期の代表作。
官僚的な論文の多い柳田の著作にあって、極めて平易な語り口で…、天狗や河童、座敷童子など妖怪に纏わるものから山人や神隠し、村に残る言い伝え、祀られる神々、そして年中行事などが語られる。
長短様々な119話からなる本書は、当時わずか350部を自費で刷ったのみだった。記録しなければ確実に失われてしまう。現代では信じられないような迷信のような出来事も、当時の人々にとっては、生きる現実だった。いまの常識が、未来の驚きや笑いの種になる、そう思いながら俯瞰してみて自分たちをみるきっかけになるかもしれない。 続きを読む投稿日:2014.06.10
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ふしぎの国のバード 1巻
佐々大河 / HARTA COMIX
日本人が失った暮らしを記録してくれたのは外国人だった
7
明治初頭の旅行家イザベラ・バードをご存知だろうか。カナダ、アメリカを巡り、ロッキー山脈踏破まで成し遂げて、ハワイにまで旅している。
1831年イギリスに生まれ、1878年に来日3ヶ月をかけ、通訳兼従…者・伊藤鶴吉と共に、東京を日光から新潟へ抜け、日本海側から北海道のアイヌに会うことを目指し旅した。
そもそも外国人が自由に日本中を旅することができなかった時代、しかも女性が従者と二人で旅など想像もできない時代のできごと。
数少ない外国人は日本の土着的生活を蔑んですらいた。地方の人間にとって外国人は、初めて見るまったく違ういきもののようなもの。急速に失われていく日本の暮らしを外国人が新鮮な目で見つめ、残してくれた貴重な記録。
いつも頬を赤らめ、驚きつづけるイザベラ・バードがかわいい。 続きを読む投稿日:2015.06.15
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レッド 1969~1972(1)
山本直樹 / イブニング
山本直樹のエロじゃない傑作。
7
いわゆるエロ漫画とは違う、マンガ好きが好んで読むエロ漫画とでも言えばいいか、
カッコつけて大袈裟いえば、文学好きも作品として読めるエロ漫画を描いてきた山本直樹。
1960年生まれの山本が、1969年…〜72年の全共闘運動から浅間山荘事件まで、連合赤軍を中心とした左翼の革命運動を題材として描いた本作。リアルタイムに事件を理解していたわけではない山本が、事実に即して描く革命の季節。
真の革命家という作り上げられた幻想。そこからずれた人間に迫る自己批判と内ゲバの暴力。正常が機能しなくなった組織はいかにして崩れていくのか、時代に駆り立てられた狂騒と人間の弱さが見事に描かれている。
表紙にも描かれる人間に割り当てられた番号。この番号は物語中で死んでいく順番であり、作中でそれぞれの登場人物は死へのカウントダウンを行うかのように、それぞれの命運を明示されながら物語は進んでいく。
すでに語られ尽くしたと思っていたこの時代の物語を、死へと向かう新しい物語として提示した山本の才能。エロが死へと向かう生の衝動だとしたら、山本が描こうとしていることは、実は一貫しているのかもしれない。 続きを読む投稿日:2014.09.16
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至高の日本ジャズ全史
相倉久人 / 集英社新書
私的だがこれが日本ジャズの現実
6
長らくジャズ評論会の長老として活躍していた相倉久人。
惜しまれつつも今年2015年、亡くなってしまった。
ジャズをただの曲として評論するのではなく、
社会の事象、個人の意志としてのジャズを語り続けた…。
本書は1931年生まれの相倉久人が共に過ごしたジャズを体験として語っている。
音楽後進国であり、世界の流れとは別だと思われていた日本で、
アメリカのジャズ発生よりわずか後にジャズが奏でられていた。
戦前すでにスイング・ジャズも演奏され、
戦後日本は洋楽=ジャズと呼ばれもした。
駐留米軍との関係から進化した日本の音楽と音楽業界。
その後のジャズ喫茶や前衛芸術のひとつとしてのジャズなど、
日本が展開した独自のジャズ史を生で見続けた男の生涯の記録。 続きを読む投稿日:2015.10.05
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新装版 ハゲタカ(上)
真山仁 / 講談社文庫
お金を信じていますか? お金は何を叶えてくれますか?
6
2004年の発売後、ハゲタカファンドという言葉を一般化させ、企業買収の内幕を小説のかたちをもって暴露した作品。
“ハゲタカ”鷲津政彦は、ピアニストになるべく渡ったNYで凄腕ファンド・マネージャーへ転…身。外資ホライズン・キャピタルの代表取締役として97年に日本へ帰国します。日本的な企業のあり方を理解した上で、鷲津はダメそうな第一印象を与える装いをし、虎視眈々とそして機を見て突如牙を向くのです。
バブル崩壊後、地に足がつかない日本の政治、金融、企業はどう動いたのか。実在の企業や銀行をモデルにし、企業買収という当事者以外に全貌がつかめないお金と経済の動きが、手に汗握る心理戦、信頼と裏切りの物語として展開されます。
ある出来事がきっかけで日本という国を憎み、日本をバイアウトすると豪語する鷲津のこころは、読む人の想像を超えて射程は伸びています。人の欲望と没落の恐怖、金が結ぶ同盟関係と壊れる人間関係。誰のためのお金、何のためのお金という人生の本質を見極める経済小説。 続きを読む投稿日:2014.01.22
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コウノドリ(1)
鈴ノ木ユウ / モーニング
子どもや妊婦を見る目は確実に変わる
6
出産は、その時になってみないとなかなか興味を持つことがない。
自分は結婚にも、出産にも縁もないし、今後も関係ないことだと思っている人もいるだろう。でも自分がいまここにいるのは、親が産んでくれたからで…あり、世界が続くのも誰かが子どもを生み続けるからでもある。
産婦人科を舞台にした本作は、命の誕生の不思議と難しさ、喜びを扱うマンガであり、医療の中で堕胎という唯一命を奪う専門医の話でもある。
いわゆる医者ものの患者は自分の命をどうするかということが課題となる。出産をテーマとした本作では、患者(妊婦)自身の命とお腹の中の命は常にある種の天秤状態なのだ。
ひとりの命を産み落とすことは、それくらい大きな重大なこと。
切迫流産、淋病、アルコール、煙草、未成年妊娠、無脳症などなど…、単純に言って勉強になる。多くの出産は、無事何ごともなく生まれてくるのかもしれないが、このマンガで取り上げられる事例を知っておくか否かで、自分の子どもと妊婦を見る目は確実に変わる。 続きを読む投稿日:2014.12.30