BACH/バッハさんのレビュー
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火花
又吉直樹 / 文春文庫
火花は、散るのか
51
芸人だから出版できたという言葉を一蹴するに足る作品。
芸人が芸人の話しを書くというのは、これまた如何にもだなーと言われそうだけれど、逆に芸人以外にこれだけのリアリティをもってこの物語を書ける人間もい…ないだろう。
人を笑わせるという芸人の技術と生き様に対して、正面から描いている。
芸人だから読者を笑わせよう、ということではなく、
笑いそのもの、そして人を笑わせるという職業ひいては生き方そのものが表出されている。
言葉、特に会話のテンポはさすが。これは芸人としての経験が活きているといえる。
本を愛し、たくさんの本を読んできた人間が物語を書くというのはある種の勇気でもある。
笑いは楽しいものであるが、苦しいものかもしれない。
自分が最も得意とするお笑いを描いた後、何を書くのか。
二作目が楽しみだ。 続きを読む投稿日:2015.06.15
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空飛ぶタイヤ(上)
池井戸潤 / 講談社文庫
真実の可能性は、小説によってまた描かれる。
11
脱輪事故によって人を死なせてしまった運送会社。
しかし、その責任は本当にドライバーのものなのか。
整備は十分になされていた。
自動車メーカー側に責任はないのか。
パーツは正しいものが使われていたのか…。
三菱自動車のリコール隠し事件をもとに、
日本を支える大企業と小さな会社の争いと、正しさの行方を追う。
無理な値段で仕事を買い叩かれる街場の工場。
断れば会社は立ち行かないが、その値段で受けることはどこかでの妥協も意味する…。
それは何か不幸な未来を生み出すかもしれない。
論理的な正しさと人間的な判断のやむを得なさ、
働くという事、人間と人間が仕事をするということの困難が描かれる。
日本を支える基幹産業による失態が、なかなか大規模な報道にまで至らないとき、
真実の可能性は、小説によってまた描かれる。 続きを読む投稿日:2014.04.29
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わたしを離さないで Never Let Me Go
カズオ・イシグロ, 土屋政雄 / ハヤカワepi文庫
誰のために人生を生きている?
9
宗教的な意味でもなく、何の比喩でもない、文字通り”自分の人生が自分のものではなく、他人のためのもの”だったら自分はどうするだろうか。
子どもは親を選べないというが、この物語においては親どころかその後…の人生すら自ら選ぶことができない。イギリスの海沿いの街、ヘールシャムという施設で生まれ育ったキャシーと親友だったルースとトミー。”提供者”と呼ばれる彼女たちは、いまいる”自分”を感じ合いながら、沸き上がる”自分”の感情で予め決められた運命に抗い始めます。
普通に日常を過ごす私たちにとって、異常で壮絶で恐怖ですらあるその事実が、カズオ・イシグロの静かで穏やかな言葉の運びによってゆっくりと語られる。どうでもいいような些細な事が彼女たちの心を揺さぶり、生きるとは何を意味するのかを底の底からすくい取って読者の前に差し出すのです。
長い、オチが読めると言った批判もあるようですが、丁寧にディテールを積み重ねることが、”ひとりの人間”を描くためには必要なのではないでしょうか。 続きを読む投稿日:2013.09.20
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いぬやしき(1)
奥浩哉 / イブニング
現代の父の寂しさを、圧倒的な物理的破壊力で補完する
9
なんて寂しくて悲しい男の物語だろうと、最初の数話は思うはずだ。
人によっては感情移入しすぎて辛いかもしれない。
犬屋敷壱郎は、嫁と高校生の娘、中学生の息子という家族から疎まれながらも、58歳にして一…軒家を手に入れた。
にも関わらず、感謝もされず文句ばかり。居場所もなく、仲間は犬のはな子だけ。
突如余命3ヶ月と診断されるところから、この物語は想像もしていなかった方向へ転がり始める。
58歳にすら見えないいつも小刻みに震えている完璧な老人である犬屋敷が、まさかの『GANTZ』的展開に。
「何が楽しくて生きてるんだろうな」と中学生に言われる犬屋敷は、
生きる意味を人の命を救うために使おうと決心するのだ。
それがどんな方法かは、ぜひ読んでみてほしい。まさかの展開に驚くはずだ。 続きを読む投稿日:2014.07.18
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ダンジョン飯 2巻
九井諒子 / HARTA COMIX
誰が守るのか、ダンジョンの環境問題。
8
実に奇妙かつ、ゲーム好きには意外と納得感のある設定でお馴染みの本作。
RPGゲームのパーティーは一体ダンジョンで何を食べて、
どうやって寝て生活しているのかという、
ゲームでは設定上織り込まれていな…い、身も蓋もないことを問うた名作といえる。
二巻では、土から作られるゴーレムの活用法などを含め、
まったく想像していなかったダンジョンという生態系という問題が取り上げられる。
人間界でも弱肉強食の社会と自然の循環的な環境づくりで地球は成り立っていた。
科学の進歩や人間の利便性追求によって環境は変化し、バランスは崩れてきている。
侵入者が入り込み、環境が変化したダンジョンもまさに同じなのだ。
誰かが意図的に環境を守ろうとして行動することで、環境は保たれている。
それがセンシという存在だ。
ゲームの中のさらに瑣末なことを扱っているように見せて、
実はこれけっこう大事なことが書かれている。
続きを読む投稿日:2015.08.24
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レッド 1969~1972(1)
山本直樹 / イブニング
山本直樹のエロじゃない傑作。
7
いわゆるエロ漫画とは違う、マンガ好きが好んで読むエロ漫画とでも言えばいいか、
カッコつけて大袈裟いえば、文学好きも作品として読めるエロ漫画を描いてきた山本直樹。
1960年生まれの山本が、1969年…〜72年の全共闘運動から浅間山荘事件まで、連合赤軍を中心とした左翼の革命運動を題材として描いた本作。リアルタイムに事件を理解していたわけではない山本が、事実に即して描く革命の季節。
真の革命家という作り上げられた幻想。そこからずれた人間に迫る自己批判と内ゲバの暴力。正常が機能しなくなった組織はいかにして崩れていくのか、時代に駆り立てられた狂騒と人間の弱さが見事に描かれている。
表紙にも描かれる人間に割り当てられた番号。この番号は物語中で死んでいく順番であり、作中でそれぞれの登場人物は死へのカウントダウンを行うかのように、それぞれの命運を明示されながら物語は進んでいく。
すでに語られ尽くしたと思っていたこの時代の物語を、死へと向かう新しい物語として提示した山本の才能。エロが死へと向かう生の衝動だとしたら、山本が描こうとしていることは、実は一貫しているのかもしれない。 続きを読む投稿日:2014.09.16