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武士道
武士道
新渡戸稲造、岬龍一郎/PHP研究所
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総合評価

146件)
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    原題『Bushido──The Soul of Japan』 一言で言えば日本人の伝統的精神性 日清戦争後、海外に向けて日本人の精神性を紹介して新生日本への理解を求めたもの。そのため武士道の原書を英文で書いたのであり、サブタイトルにわざわざ「The Soul of Japan──日本の魂」とつけている。 人間としてかく在るべきという人倫にはかわらないことから海外でも賞賛を受ける。

    1
    投稿日: 2025.12.19
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    100年以上前の明治時代に英文で発表され、世界的なベストセラーとなった本書。 それまで、なんとなく日本人が持っていた考え方を、分かりやすく解説しています。 これこそ、本書の副題にもある「The Soul of Japan」日本の魂(大和魂)だと思いました。

    1
    投稿日: 2025.11.06
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    現代の日本人は損得で動いていて、自分の私利私欲 の為に行動しているが、この本を読んで武士道とは どうゆう精神なのかを知り、人間として素晴らしい 道徳心だというのが感じさせられた。 自分が日本人として現代では多くの人が忘れている この誇らしい精神、五常の徳を心に秘めて自己成長 していこうと思った。

    1
    投稿日: 2025.05.19
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    ●2025年2月22日、YouTubeで「本を読むこととお金持ちになること」と検索して出たショート動画「保存必須!賢くなれる本3選」のコメ欄で、皆がおすすめしてた本。 コメ欄より:武士道 https://youtu.be/zW1jx6LS4ko?si=EpTXRbzGwUm9u9fN

    1
    投稿日: 2025.02.23
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    新渡戸稲造「武士道」について書く。今回読んだのは1899年にアメリカで出版された新渡戸稲造「武士道」"BUSHIDO The soul of japan"の現代語訳だ。訳者は人間学の講師を生業とする岬龍一郎氏だ。本書の正式なタイトルは「いま、拠って立つべき"日本の精神" 武士道」であって、日本の精神が強調されているのは原著の題名にある"The soul of japan"を訳したものだと思われる。本書が描かれた歴史的背景だが、明治維新から30年程度の年月が経過して、日本の国際的地位が固められる最中だった。しかし永続主義や封建主義を続けていたにも関わらず、革命に端を発してみるみるうちに進歩していく、日本の特異性に世界が目を向けた時期だ。その後の日露戦争で日本は白人国家であるロシアを破り、黄喎論という形で人種的な偏見を受ける羽目になる。当時本書が出版された際は非常に好評であったそうだが、そうした偏見が強まるにつれて本書も侮蔑の対象とされた。武士道は自虐的であり、日本人は生来の残酷的な本能を抑制できないとまで語られた。しかし侮蔑の対象になるということは本書が描いた戦前の日本人の気質というのは、まさに概ね正しかったということだろう。それにしても驚愕したのは、本書で描かれる武士道は、全てにおいて我が家の祖母にその影が見えるという点だった。それもそのはずで、祖母は武家の出であるから、幼少期からの教育や気質が異なるのだろう。しかしその気質は子供たちには引き継がれていない。また、本書の卓越した点として、西洋哲学と比較している点も面白い。武士道のみに注視するのではなく、より相対的な思想として、観念として説いているため、本来なら日本人の特異性を示す根拠にはならないだろうに、偏見というのは恐ろしい。最後に少量だけ描かれた訳者の解説は、解説にしては主張の激しいものであったが、昨今の裏金騒動の中で聞く分には心地よかった。歴史的な資料であるだけでなく、内容も非常に素晴らしいものだった。

    0
    投稿日: 2024.11.27
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    このレビューはネタバレを含みます。

    日本人の心の根底にある武士道。新渡戸稲造が宗教教育のない日本にどうやって道徳教育をしているのかを尋ねられた際に、行き着いた結論。武士道の構成要素は仏教や神道、儒教など様々な宗教や教え。そして7つの徳によって構成されている。義、勇、仁、誠、礼、名誉、忠義。この7つは、今の日本人の心にも息づいている。国際社会と言われる。今だからこそ、日本人としてのより良い生き方を模索すること、古来の優れた考えを見つけておく事は重要。武士道があるおかげで、個人が全体を支えると言う日本の社会システムが成り立っているかもしれない。

    3
    投稿日: 2024.08.17
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    このレビューはネタバレを含みます。

    第6章 礼ー仁・義をもって型となす  「茶の湯は精神修行の実践様式」 目次をパラパラめくっていたら、この言葉に強く惹かれたため、最初に読んでみた。 友人の母が茶道を嗜んでいたため、私も幼い頃から茶道に触れる機会があった。 特に感銘を受けた言葉は、以下の通りである。(以下引用) 「茶の湯の基本である心の平静さ、感情の静謐さ、立ち居振る舞いの落ち着きと優雅さは、正しき思索とまっとうな感情の第一要件である。   騒がしい世俗の喧噪から離れた、塵ひとつない茶室の清潔さは、それだけで私たちの心から現実を忘れさせてくれる。」 「茶の湯は趣を極限まで洗練させることが目的であり、そのためにはいかなる虚飾も宗教的な崇敬をもって排除されるのである。」 「茶の湯に集まり来る人々は、静かな茶室に入る前に、血腥い刀とともに戦場での残忍さや政治的なわずらわしさなどを捨て去り、この茶室の中に平和と友情を見出したのである。   それゆえに茶の湯は礼法以上のものである。それは芸術であり、折り目正しい動作をリズムとする詩であり、精神修養の実践方式なのである。」 私も茶道を学んで、これらの言葉の意味を実際に体感してみたいと思った。

    1
    投稿日: 2024.06.21
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    封建制が先か、武士道が先かは分からないけど、封建制が無くなり民主主義が採られる時代になった今では、武士道の形骸化した部分だけが残っている。これを読むことで、今でも存在する、違和感を覚えるような伝統や慣習の解像度が上がった。

    1
    投稿日: 2024.04.30
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    新渡戸稲造さんの英文を日本語に訳したもの。日本人を西洋の人たちに説明している、興味深い本。現代人のブレブレな生き方に対するアンチテーゼでもあったり、内弁慶的な日本人気質の大元を辿るようなむず痒さもあったり。

    0
    投稿日: 2024.04.14
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    3回目の挑戦にて、初めて読破。 全体通してやっぱり難しくて所々わからない部分があったけど、共感できる部分もあった。 出版当時の日本人の道徳的規律がどこから生まれ、どのように武士および民衆に広がっていったかが記されている。 義、勇、仁などのテーマで、それぞれ当時の日本人の精神的構造が説明されており、現代にも通ずるところが見つけられる。

    1
    投稿日: 2024.01.27
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    武士道とは何か、日本の武士道精神そのものと、それが日本人の心や動作に浸透してきた背景が理解できる。著者が明治維新後30年くらいで外国人向けに書いたという視点で意識して読むと良いと思った。 時代が違うので当然価値観も違うが、少なくとも今でも日本人の心に受け継がれてきているものもたくさんあり、またそれは武士道の元になっている神道や仏教、儒教から今に受け継がれているものも多い。そういった先人の教えを武士道の視点から学べることはためになる。 学びメモ ・知識というものは、これを学ぶものが心に同化させ、その人の品性に表れて初めて真の知識になる。知識はそれ自体が目的とはならず、あくまで知恵を得るための手段である。陽明学の知行合一。 ・文づかいや声音になんの乱れも見せないことは、心の広さであり、余裕である。そうした人は慌てることも混乱することもなく、多くのものを受け入れる余地を持っている。 ・礼は寛容にして慈悲深く、人を憎まず、自慢せず、高ぶらず、相手を不愉快にさせないばかりか、自己の利益を求めず、憤らず、恨みを抱かないもの。心がこもっていなければ礼と呼べない。 ・負けるが勝ちという格言。これは、真の勝利は乱暴な敵にむやみに対抗しないという意味。 ・武士道が浸透していく中で、日本全体の道徳律として提供されていき、大和魂が象徴する言葉になっていった。 ・日本に変化をもたらした行動力の源泉は、劣等国として見下されることに耐えられない名誉心からきている。

    0
    投稿日: 2023.12.09
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     今日の会話の中で私たちは、「彼は侍だ」とか”大和魂”という言葉を使うことがある。しかし、それが何を示すのか明確な定義を教わることはなく、経典のようなものも少ない。だから、著者である新渡戸稲造はこれらを日本人に受け継がれる精神”武士道”として、まとめたのである。  孔子の教えである「五常の徳(仁・義・礼・智・信)」または「八つの徳(忠・孝・悌)」が武士道の基盤となっている。義は人の心、礼は礼儀作法・所作を指し、仁や義を型として表すことである。仁は人の良心、慈悲の心のことを言う。伊達政宗は「義に過ぎれば固くなる。仁に過ぎれば弱くなる。」の言葉を遺している。仁義のバランスを取ることが大事であると説いている。  上記の特徴は、よく日本人に言われていることだが、その他にも特筆すべき点があった。これが名誉、忠義である。これらは、心の強さを指すものとして私は考える。名誉は、いかに恥を感じないようにするかと言い換えられる。自分の心に正直に生きることがより強い武士であった。忠義は、主君の義理に対する恩返しである。時には、家族よりも優先させるべき事であった。これらの名誉と忠義の強さが誠となると私は感じた。すなわち、誠とは面子を保つことである。  武士道は、強烈な覚悟と誇りによって成り立っている。その一つに克己心がある。敵前でもけっして怯まず殺される瞬間まで毅然とした態度で平静を保つのが立派な侍であった。また、切腹もこれらを表す姿勢である。切腹は罪状として存在していたそうだが、逃げることもできる状況下であった。それでも、切腹を受け入れるのはそれなりの責任を感じ、自らの腹の中が潔白であることの証明を示す行為だったそうだ。正直、この描写では常軌を逸していると思ってしまった。  本書では、ちょっと表現が強い場面があって、苦手な人もいると思った。それでも、今私たち日本人が持っている礼儀正しさがなぜ世界から称賛されているのか、外国と何が違うのか知ることができるので、一読すべきである。武士道は、一見誠実すぎて損をしてしまう考え方かもしれない。しかし、長期的に見たときに最後に笑うのは精神力、己の気持ちが強い者であると感じた。これからは、多様性の時代がやってくるが、武士道をどのように馴染ませていくのか考えていきたい。

    0
    投稿日: 2023.12.04
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    外国人に向けて日本の武士道を解説する内容なので、海外と日本の比較する場面で分からない例えがあった。 日本人のオリジナリティでもある武士道について、体系的に説明されていた。

    0
    投稿日: 2023.12.01
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    思った以上に難しく感じて、内容を理解できているか怪しいけど………。 少しだけでも、武士道の精神を知れたのは良かったかなぁと思う。 知識をつけてまた再読できればとも。

    0
    投稿日: 2023.08.11
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    大学の講義で知ったことだが、新渡戸は純粋にそれを日本のよさ、道徳だとして世界に紹介したつもりでいたはずが、これが日本の武国意識の形成に用いられたこと、 新渡戸が書いた桜花のような凛々しき美しき日本はこれを受けた外国人だけが持っているイメージであって、富国強兵の方針の中で利用された日本では厳しい規範としてしか見られない。今で言う「サムライ魂」みたいなものは逆輸入みたいなものなのだと

    1
    投稿日: 2023.08.02
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    【読もうと思った理由】 直近で読んだ「燃えよ剣」を読んでいる際に、著者である司馬遼太郎氏が、読者に何を伝えたかったのかが、明確に分からなかった。それを理解したく、「燃えよ剣」を読みながら、同じ時代に書かれた思想書で心惹かれる書籍を探していた。そこで本屋で見つけたのが本書、新渡戸稲造氏の「武士道」だ。本屋で立ち読みをしていると、著者である新渡戸稲造氏は、この本を書くことになったきっかけとして、本書序文で語っていた。 ドイツに留学していた際、ベルギーの法学者エミール・ド・ラブレー氏から「日本の学校では宗教教育がない、とおっしゃるのですか?」と聞かれて、ありませんと答えると、「宗教教育がない!それではあなたがたはどのようにして道徳教育を授けるのですか?」との疑問を投げかけられたときに新渡戸氏は、愕然とし、すぐに答えられなかったのだという。 なぜなら新渡戸氏が、子どもの頃に学んだ人の倫(みち)たる道徳の教えは、学校では習わなかった。そのあとで冷静に分析してみると、道徳教育を学んだのは、幼少の頃の家庭教育であり、武士道であったことに気づいたのだという。また本書を記すことになった直接の理由は、新渡戸氏の妻(アメリカ人)から、なぜ日本人は、思想や道徳的習慣が行き渡っているのかと何度も質問を受けたからだという。 この序文を読んだときに思ったのが、確かに日本は宗教の自由が憲法で定められているため、宗教教育は一切行わない。代わりに僕が小学生だったときには、道徳という授業があった。あるにはあったが、その後の自分の人生観において影響が大きかったかと問われれば、うーん、と歯切れの悪い言葉しか返せない。そのとき、ふっと思った。 日本では、何十年も前から、自己啓発書がずっと売れ続けている。それは多分根本となる道徳観であったり、揺るぎない倫理観を日本人は教育されていないからなんだろうと。だから逆境にあったときや、進むべき方向性に悩んだときに、自己啓発書に頼りたくなるんだろうなぁと。僕も昔そうであったと深く納得できた。新渡戸稲造氏が西洋人に対して、日本には確かに宗教教育はないが、人としての倫理観や思想として武士道があると伝えたかったのであろう。そういう熱い想いで書かれた本には、無条件で惹かれてしまう自分がいる。なので、積読本を後回しにしてでも読みたくなってしまった。 【新渡戸稲造って、どんな人?】 1862年9月1日、陸奥国岩手郡(現在の岩手県盛岡市)の、盛岡藩新渡戸十次郎の三男として誕生した稲造。作人館(現在の盛岡市立仁王小学校)を卒業して間もなく、東京に住んでいる叔父から、東京で勉強させてはどうかと言われ、上京。13歳になった稲造は、この頃から農学の勉強を真剣に学ぶことを決意し、札幌農学校(現在の北海道大学)の二期生として入学する。 創立時に副校長として1年間の契約で赴任したウィリアム・クラーク博士(「少年よ大志を抱け」の名言が有名)はすでに帰国していたため、直接の接点は持てなかった。クラーク博士は一期生に対して聖書を教え、一期生ほぼ全員がキリスト教に入信していたため、一期生たちの伝道によって、二期生も入信する人が多くいた。稲造は、入学前からキリスト教に興味があり、英語版聖書まで自ら持ち込んでいたので、すぐにクラーク博士が残していった「イエスを信ずるものの誓約」に署名する。そして後日、同期の内村鑑三、宮部金吾、廣井勇とともに洗礼を受け、「パウロ」というクリスチャン・ネームをもらい、熱心なキリスト教信者へとなっていった。 札幌農学校卒業後、東京大学に入学。入学試験の際、面接官から大学に入って何を勉強したいのかと質問され、「農政学と英文学をやりたい」と答えた。さらに面接官から、英文学をやってどうするのか訊かれ、こう答えた「太平洋の橋になりたいです。西洋の文化を日本に伝え、日本の文化を西洋に伝える媒酌人(ばいしゃくにん)の役を務めたいのです」当時、稲造20歳。この頃から国際人としてはっきりした意志を持つようになる。 しかし、東京大学の授業に失望し、1年で退学。アメリカに自ら費用を出して留学を試みる。留学先のジョンズ・ホプキンス大学で学んでいる際、農業を経済学と結び付けて考える必要を感じ、新たな学問を創設しようとした。しかしその後、ドイツに留学に行った際、農政学が既に創設され、学ばれていたことを知る。ドイツでは農政学、農業経済学、統計などを研究し、更なる知識を身につけていく。 留学の際、稲造は新たな学問だけではなく、生涯でなくてはならないかけがえのない人と出会う。アメリカ留学中、日本について興味を持っているという女性を紹介される。彼女の名前はメアリー・エルキントン。女性の地位向上のために熱心な活動をしていたメアリーと、日本の女子教育の向上について考えていた稲造は、同じような目的を持った者同士、次第に惹かれるようになった。しかし、結婚に至るまでにはさまざまな障害が待ち受けていた。 ある日、メアリーから稲造宛てにプロポーズをするラブレターが届く。現代なら手放しで喜びたいところだが、稲造の心の中は「大変なことになった」という焦りが芽生えた。それもそのはず。当時の日本は西洋文化に対して知識も乏しく、メアリーが日本に嫁いできても周囲から受け入れられない恐れがあり、偏見を持って見られながら生活をしなければならない苦労が待っていることが予想されたからだ。また、メアリーと同じく白人の、黄色人種に対する偏見も相当なものだった。まだまだ発展途上のアジア人に、白人の上流階級の娘を嫁に出すわけにはいかないと、家族や周囲の人々から猛反対された。それまで稲造に優しく接していた周囲の西洋人も冷ややかな目で見るようになり、稲造は西洋人に対する偏見と敵意を強く抱くようになってしまった。 しかし、ここで自らの生涯をかけて成し遂げたい、「太平洋の架け橋になりたい」という目標を思い出す。互いの人種的偏見を乗り越えるためにも、メアリーと国際結婚をして両国間の溝を埋める必要があると考えたのだ。そうしてメアリーのプロポーズを承諾し、結婚をする。すると今まで断固反対をしていたメアリーの兄弟たちが理解してくれるようになり、徐々に周囲の人々も稲造とメアリーの結婚を認めるようになっていった。 メアリーを連れて帰国後、教授として札幌農学校に赴任するものの、夫婦共に体調を崩し、農学校を休職してカリフォルニア州で療養生活を送ることになる。この療養中に、稲造は「武士道」を英文で書きあげた。この著書の中で稲造は日本人古来の精神、武士道がこれまで日本人の倫理や道徳、文化などを支えてきたということを稲造の視点で分かりやすくまとめ、アメリカ人に日本を理解してもらえるような主旨で記されている。 しかし、それだけではなく、日米の異文化間に板挟みにされた自らの苦悶と、両国間にある価値観の確執をどう融合させていけばいいのかという課題についての内容でもあった。当時は日露戦争があり、日本が勝利したことで日本人に対する関心が高まっていた。そのこともあり、「武士道」はドイツ語やフランス語など各国の言語に翻訳され、ベストセラ―になった。 第一次世界大戦後、国際連盟が創設され、稲造は事務局次長として北欧のオーランド紛争の解決や、ユネスコの前身の国際知的協力委員会の創設などに励んだ。しかし、日米関係は平和になるどころかどんどん険悪さを増していく。晩年、稲造は日本の満州政策についてのアメリカの誤解を解いて、対日感情を和らげるため渡米。「日本人最初の国際人として、日米間を協調する役目は自分にしかできない」という信念を持ちながら、日本の立場を理解してもらえるようアメリカで100回以上もの講演を行った。 しかし、アメリカの世論はすでに日本に対して厳しく、稲造の講演によって覆る期待はできなかった。帰国した稲造に、更なる追い打ちがかかる。稲造が事務局次長を務め、評判を上げた国際連盟を日本が簡単に脱退してしまう。自らの努力が報われなかったとしても、稲造は途中で諦めることはしない。体調不良でも、カナダで開催された太平洋会議に日本の団長として出席。その場で国際平和を訴えた。しかし、日本のため、アメリカのために架け橋となって身を粉にして平和を訴えてきた稲造は、無念にもビクトリア市で病床に臥し、1933年10月15日、71歳でこの世を去った。 【本書概要】 かつての日本には、わが国固有の伝統精神があった。その一つが武士道である。それは、新渡戸稲造が1899年に英文で「武士道」を発表し、世界的な大反響を巻き起こしたことでもわかる。本書はその現代語訳である。発行当時の明治期と同様、現代の私たちは急速な国際化の中で、日本人のアイデンティティを失いつつある。「日本人とはなにか」を問い、倫理観・道徳観を見直すことができる格好の書である。 【感想】 まさか、この本が〃きっかけ〃となり日露戦争を終結に持っていけたとは、まったく知らなかった。その逸話が以下である。 アメリカ第26代大統領セオドア・ルーズベルトが本書を読み感銘を受け、自分で何十冊も買い込み家族や友人たちに配った話は有名である。また日露戦争においてルーズベルトは、表向きには中立を保ったものの、実際にはさまざまな形で日本を支援した。具体的には、日本側の形勢が有利になったとみるや、日露戦争を終結させるため仲介の労をとり、ポーツマス近郊にある海軍造船所を講和条約交渉の場として提供した。すでに国力の限界まで来ていた日本は、アメリカの仲介によって救われたのである。 ルーズベルト大統領は、この和平仲介の功績により、1906年にノーベル平和賞を授与された。実はこれがアメリカ人として最初のノーベル賞であった。本書は西洋人にとって、日本と日本人を理解するための格好の教科書となったが、こうして日露戦争終結にも貢献している。そう考えれば、たかだか一冊の本が、世界に与えた影響があまりに大きく驚愕してしまった。 この思想書から僕がもっとも感銘を受けた言葉が以下である。それは、中国の思想家、王陽明が生み出した言葉の「知行合一(ちこうごういつ)」という言葉だ。 恥ずかしながら僕は本書でこの言葉を初めて聞いた。ただ言葉の意味は何も難しくなく、「知識と行動を一致させる」ということだ。また前段に説明として本書で、武士道は知識を重んじるものではない。重んずるのは行動であるといっている。また梅田梅園は、「知識というものは、これを学ぶものが心に同化させ、その人の品性に表れて初めて真の知識となる」と諭してくれる。普段からこの事を常に意識して出来ているかと問われれば、まだまだ不完全なところがある。新渡戸氏も「知行合一」を実践出来ていない人間が多いことから、派生した諺(ことわざ)を本書に書いていた。「論語読みの論語知らず」と。 いま自分が新しい知識や知恵をインプットする機会は、まさしく今行っている読書からがもっとも多い。そこで得た知識(知恵)を自ら試し、その行為や考え方を自分のものにし、無意識レベルでも出来るまで、習慣化することが最も大切だ。ということまでは、今までの読書経験からようやく体得出来てきた。 ただ最近新たに気づいたことがある。それは、一冊の本から得られる知識や知恵をそもそもインプットする量が少ないんじゃないかということだ。実はこの本もたかだか220ページ程の分量であるが、参考文献として引用している哲学者や思想家の人数が半端なく多い。インプット量をもっと増やすためには?と思考した際に、過去得た知識から融合出来そうな知識を見つけた。 それは、アインシュタインの名言である。「6歳の子供に説明できなければ、理解したとは言えない」だ。 この言葉って、つくづく真理をついているなぁと思う。小難しいことを、小難しい言葉を並べて説明するのは、実は知識さえあれば誰でも出来る。だが逆に小難しいことを、簡単な言葉に置き換えて説明するのは、真の意味でそのことを理解していないと、実は出来ない。そうなので、真の意味で理解していないと、自分の脳や心に刻みこめないんだろう。そして脳や心に深く刻みこめていない知識は、すぐに忘れてしまうんだと思った。であれば、どうすれば本から得た知識を、より深く脳に刻み込めるんだろう?という疑問が浮かび上がってくる。 そこで過去に読んだ「人間の建設」の、小林秀雄氏の言葉がより深く染みわたる。それは、「その人が分からないと、文章を読んでいてもつまらない。逆にその人が分かると、つまらない文章でも面白くなる」だ。実はその後に小林秀雄氏は、その人を理解するために著者の伝記をよく読むと言っていた。その言葉に触発されてから、伝記を読むまでに至っていないが、本で読む以外に著者のことをより深く知るために、webで著者のことを時間をかけて調べるようになった。その著者のことを調べれば調べるほど、著者のことに興味関心を持てるし、なんなら好意を抱いていく。僕がよく読書とコミュニケーションは似ていると書くが、その思いは最近より強くなっている。 人間関係において、自分に対して興味関心を持って欲しければ、まず自分から相手に好感を持つというのは、基本中の基本の考えだ。読書においても考え方は同じで、著者のことを好きになってしまうのが、実は本の知識を深く脳や心に刻み込むのに、最も効率の良いやり方だと思えるようになってきた。 また僕が、本書からかなり感銘を受けた言葉がある。それは、柳生但馬守宗矩(やぎゅうたじまのかみむねのり)の言葉で、宗矩が弟子の徳川家光に言った言葉だ。それは「私が教えられるのはここまで。これより先は禅の教えに譲らねばならない」だ。この本は当初西洋人に向けて書かれた本なので、禅とは何かを非常に分かりやすく、説明してくれている。以下だ。 禅とはディアーナ(Dhyana サンスクリット語)の日本語訳であり、「言語による表現範囲を超えた思想の領域へ、瞑想をもって到達しようとする人間の努力を意味する」とある。またその後に具体的方法として、補足説明もしてくれている。その方法は座禅と瞑想であり、その目的は私の理解するかぎりでいえば、あらゆる現象の根底にある原理について、究極においては「絶対」そのものを悟り、その絶対と自分を調和させることである。 まだまだ勉強途中であるが、朧げに感じてきたのは、仏教における真髄(ある意味悟り)とは、自分と他人の境界線をなくすことなんじゃないかなと思っている。以前「私訳 歎異抄」で書いた、自分自身で牛・豚・鳥を殺傷していなくとも、それを食べることによって、その動物を屠ってくれている人(他人)が、自分と繋がりがある人として存在している。その方に対して感謝以外の言葉が出てこない。 もしかすると、私はベジタリアンだからという方もいるかもしれないが、実は植物も立派に生きているし、なんなら植物同士でコミュニケーションをとっていることも、最近明らかになってきた。植物も懸命に生きようとしている。そう考えると、人間が生きていくために、生き物を殺傷せずに生きていくことなど、出来るわけがない。そのことを分かっていれば、人間は生まれてきたその瞬間から、既に業を抱えて生まれてきている。植物を含めて、他の生物と関わりなく生きていくことなど出来ないし、人間(他人)に至っては、言うに及ばずだ。 それを本当に理解して腑に落ちたので、他人だけでなく自然とも繋がっているイメージが何となく持ててきた。この考えをベースに持てたからこそ、最近読んだ岡潔氏の「春宵十話」で書いてあった、「人を先にして、自分を後にせよ」という言葉がより深く納得できたかもしれない。さっきの生物を屠る話ではないが、どこでどの人のお世話になっているかなんて、分かるわけがない。そう、自分の知らないところで、色々な人に助けてもらいながら生きている、というか、生かされているのが深く理解できる。 それが理解できれば、どんな時でも人を優先し自分を後にすることは、ある種当然と思えてくる。岡潔氏のこの言葉に出会うまでは、電車のホームで並んでいた時に自分の前に割り込まれると、心の中で少し負の感情が現れていた。だがこの言葉と出会えてからは、そもそも他人を優先すると決めているので、割り込まれても何も思わなくなった。少しずつではあるが、自分が人間として成長出来ている感覚が持ててきた。やはり名著に触れることによって、いつもより深く思考できることにより、自分の頭の中を整理できるところが好きだ。 【雑感】 次は、4ヶ月以上も積読になってしまっていた加納朋子氏の「カーテンコール」を読みます。この本は、岩田徹氏の一万円選書で、鉄板と紹介されていた本です。岩田氏が鉄板と紹介している本なので間違いないとは思うが、なにせ最近僕が読んでいる本と、まるで系統が違う本だ。なのでずっと読まずに後回しにしてしまっていた。この積読解消タイミングで読まないと、次いつ読むか分からないので今回で読みます。

    141
    投稿日: 2023.07.28
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    「武士道」というと21世紀を生きる自分とは関係のない歴史上の概念と思ってしまいがちだけれど、その内容は特に目新しいものはなく自分が普段から意識しているものばかりで、改めて自分は日本人なのだなと感じた。

    0
    投稿日: 2023.06.30
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    武士道という日本国民に根づく思想を体系化した唯一の思想書。  武士道は日本人の中に深く根付いている考えであるが、教義もないため成文化されていない。権力を持っている者ほど質素に自分を律して生きなければならないという武士の考えが根底にある。  武士道の根幹を成すのは「義」である。これは過去の偉人である西郷隆盛や吉田松陰にも表れており、不合理だとしても正義を通すことである。自分への不都合や時には生命よりも自分に対する信念、正義を優先させる。これは切腹という文化にも表れている。  自分の利益よりも正義を優先する「義」が最も難しく、それを武士は常に守ることを要求されてきた。それにより育まれ、それを見ていた大衆にも伝わったのが武士道である。  富や名声よりも「名誉」を最も重んじる武士道、この信念を資本主義の中でも忘れてはならない。世相も変わってきており、軽視されつつあるがそれこそが日本人の持つ誇らしき思想であると感じる。  

    1
    投稿日: 2023.06.12
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    この本は日清・日露戦争中、日本の武士道精神を西洋に紹介することで、日本の国際的地位向上を図ることが狙いで、いわば「広報」的な目的を持って書かれた本。 世界で日本といえば「サムライ」という言葉が出てきますが、この本によるものだったのですね。 なんならこの本によってルーズベルトが日本びいきになり、日露戦争の調停役になったというのだから胸熱。『武士道』の「その功績、三軍の将に匹敵する」と後書き解説にも書いてあります。そんな本をすっかり平和な時代の日本で読んでいる、というのも感慨深い。。。 ちなみに岡倉天心の『茶の本』も同じ時期に日本の文化や精神性を広めるために書かれている本です。日本が近代化を進め世界と対等になるために、自国の文化を発信する。海外の技術や文化をなんでもかんでも取り入れていただけではなかったんですね。 ちなみに『武士道』は「切腹」など海外から見たら独特に見える作法の元となる考え方を、海外で有名な書籍などから同じもの(あるいは対比できるもの)を引用して説明しているので、海外の人からも分かりやすかったと思います。 切腹の様子を描写しているところはぜひ読んでみてください。「はわぁゎぁ〜(T ^ T)」となります。

    4
    投稿日: 2023.05.26
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    このレビューはネタバレを含みます。

    仏教は、運命を受け入れ、危険や災難を目にしてもストイックに落ち着き、生に執着せず、死に親しむ心をもたらした。 サムライ"義“は、自分の身の処し方を、道理に従い、ためらわず決断する心をいう。 死すべき時に死に、討つべきときに討つこと 勇敢な人は優しい人 愛のある人は勇敢な人 礼は、長い苦難にも耐え忍び、親切で妬みの心を持たず、誇らず、おごらず、非礼を行わず、自分の利を求めず、憤らず、慢心しない 人を泥棒呼ばわりすれば、彼は泥棒となる 「つまらないものですが」は、つまらないものをあなたに贈る、という物目線の言葉ではなく、 「あなたはいい人だからどんなものであってもあなたにふさわしいといったら失礼にあたる」という気持ちを表している

    1
    投稿日: 2023.05.14
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    武士道とはなんなのかを知ることができる。 なかなか一回では理解できないところもあるので読み返す必要あり。

    0
    投稿日: 2023.05.13
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    日本の自己啓発本の原点 現代の自己啓発本では主に、「周りに影響されないブレない自分を持つ」、「すぐに行動する」「自己肯定感を高める」、「人徳を積む」、「承認欲求について」、「部下と上司の関係」等の内容が主であると感じた。 武士道はこれらの問題について、義、勇、仁、礼、誉、忠の項目で説明しており、この本は日本の道徳の根源は武士道である、と紹介する本かと思いきや立派な自己啓発本であると気づいた。

    1
    投稿日: 2023.01.24
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    戦後、日本人から失われつつある日本の精神。 この世界的難局において日本人がもう一度立ち返るべき規範だと感じる

    0
    投稿日: 2023.01.16
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    「武士道」には、日本人の国民性の特徴が詰まっているなと感じた。美化しすぎな印象はありつつも、理想を追い求めたものだからこそか。 比較対象として、騎士道、ドイツのゲミュート、英国のジェントルマン、フランスのジャンティオムなどが挙げられているところでフムフムと思った。 武士道を形成する様々な概念について言語化されたものを読む機会はあまり無いので、あらためて文章にされたものを読むと、なるほど納得できるものがあった。 漢字一文字でいうと「義」に集約されるものが特徴的かな。

    2
    投稿日: 2023.01.13
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    ■感想 仏教とか神道とか興味ありますね 絶対と自分を調和させる、いいですね 座禅やってみたいです。体験してみたいですね。 汝自身を知れって真理過ぎるだろ 知識というものは、これを学ぶものが心に同化させその人の品性に表れて初めて真の知識となる、ということ →その通り過ぎる、知識として手に持ってるんじゃなくて、自分の自然の行動として表れて初めて意味を持つ敵なことだよね。 息をするようにできるってことだよな。 知行合一 高校生の時もこれってマジ大事!って思った気がする 絶対思ってたわ 貴族(力あるもの)を商業から離しておくことはある程度ごうりてきなのかもしれないな お金持っている人が強い社会になっているもんな これが当たり前じゃない世界もあるってことだ。 封建制度にも一定の合理性があるんだわ ちょっとわからないけどさ 侍は本質的には行動の人であるからだ (第10章) 有機を養うのに役経つ場合に限って必要とした 知識は もし1年で辞めるとするならば、目標とかどうでもいいし、評価とかどうでもいいんだから、 自分がやりたいことベースで考えたほうがいいんじゃん? やる事やって、やりたいことだけやって、やめちまった方がいいんじゃねえの? とか思ってたりするわけです。 日本人はほかの民族よりもはるかに多くの朝に何倍ももの度とに感じやすい性質をもっていると →そんなことあるんかな?繊細な心キビとかは大事にしているんかな、わびさびとか でももっと欧米とかは素直にすごいと機や楽しいときは喜ぶし、感情を表に出していくよね こうしないと自分の気持ちにどんどん気づかなくなっていくと思うんだけどそれとはまた違うのかな って思ったら次に書いてた 自然に発する感情を抑えようとすること自体が苦しみをともっているからである。 感情を顔に出すのは男らしくないとされた →俺はこれをかっこいいとはもう思わないよ 感情を出していくやつの方が絶対かっこいい。素直に感情出せるやつの方がかっこいいんだから 思想隠す技術 →何でこれがいいんだろうか? 日本人にとっての笑いは、逆境によって乱されたこことの平衡を取り戻そうとする努力を、うまく隠す役目を果たしているからである つまり笑は悲しみや怒りとのバランスを取るためのものなのだ。 →わからんでもない 逆に出さないから その心の機微に気が付けるみたいなこともあるかもしれないね その気持ちを詩にしたりとかして、違う表現方法に頼ってきたって言うのはあるかもしれないね でもそれは表現方法の違いに過ぎなくて、日本人が感じやすいかって言われたらそうではないだろうっと思うよ。 絶対出していった方が良いもん ポジショントーク多い 聞きたないねんそんなの 日本人の過度に感じやすく、激しやすい性質についても、私たちの名誉心にその責任がある。そして外国人からもよくして切れるような「日本人は尊大な自負心をもっている」という言葉も、これもまた名誉心の病的な行き過ぎによる結果であると言える →自負心持ってるか?よくわからん。  人の目を気にして自分の物事言えない人の方が多いと思うんだけど。  それは自負心とは違うのか? 理想は自己を磨く宗教 →これは本当にそう、何か目指すべき像があるからこそ力が湧いてくるのであって、無いと何をすればいいのかわからない 結局、何を信じるか。何をしたいか。どうなりたいか。だ それは自分の内面から出てくるものであっても、与えられるものであってもいいんだ 後者であればとても楽だ。宗教が無い日本はとても不親切といえるかもしれないな。 何も秀でないことを強制される。何も考えないことを強制される日本は優しくないかもしれないな。

    1
    投稿日: 2023.01.08
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    知行合一という普遍的道徳を説いた言葉があり、武士道精神の本質的原理と一致するらしい。 その精神は日本が近代化を果たす原動力となり、現代では役目を終えて消える灯心となる。 何事も終えるタイミングを誤らなければ美徳化され残り続けるだろう。

    2
    投稿日: 2022.12.30
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    日本人が日本人観を客観的に学べる。5年に1回くらいで一生そばには置いておきたい。海外でも知られている本なので、知っておくとなぜ日本人は他の国と違うんだ?という問いに答えられる。

    0
    投稿日: 2022.12.24
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    和製聖書というべき日本人の心をまとめた本 「道徳教育には宗教教育が基になる、貴国は宗教がないならばなにを柱に道徳教育をしているのか?」という質問に対し著者が答えをまとめた。 打算的な世の中の今こそ読んでもらいたい。 日本人ならば必ず読むべき本です。

    1
    投稿日: 2022.12.06
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    このレビューはネタバレを含みます。

    日本人とはナニモノか。西洋思想に半端にかぶれてしまった今、まさに再学習するのに良い。 武士道の根本はノブリス・オブリージュにある。なるほど言われてみるとそうである。昨今嘆かわしい事態が引き起こされている。ネットでのヒトの振る舞いもなかなか酷い。 武士道精神を学び直し、現代の社会様式に合わせて更新する。これが必要だと痛感する。

    1
    投稿日: 2022.10.16
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    この本は、「武士道を体系化した思想書」です。 武士道を西洋文化、キリスト教等と比較しながら、丁寧に考察している本であり「日本人の元!」が、ここにあるように思いました。 ぜひぜひ読んでみて下さい。

    9
    投稿日: 2022.06.30
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    日本人の考え、古くからの道徳心を、新渡戸稲造がわかりやすく外国人のために書かれた英語の本を、日本語訳された本だったから読みやすかった

    5
    投稿日: 2022.03.01
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    新渡戸稲造さんが日本人の伝統的精神について、外国人向けに書かれた本作。聞きなれない言葉が多く、わたしには少し読みにくい箇所がいくつかありましたが。。。 平成生まれのわたしでも共感できるところがいくつかありましたが、時代劇などを見ていても感じることですが、本当に同じ日本人なの?と思う箇所もたくさんあり。。。 今の資本主義経済やグローバル化が浸透しきった世の中にあって、武士道精神は馴染まない部分が多いですが、日本人の伝統的な精神であるこの武士道について、日本人として決して忘れてはならず、自分の子供たちにも伝えていきたいなと思いました。

    6
    投稿日: 2022.01.10
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    私は、「礼」の章がとても好きです。 非常におかしいと思えることも、相手を思ってのこと。 贈り物を渡す時の欧米と日本の台詞の違いは、改めて理解できた気がします。 今の日本、そして日本人のどれほどの人達が良きにしろ悪しきにしろ、武士道の心を持っているのでしょう。 私は嫌いではありません。

    6
    投稿日: 2022.01.02
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    このレビューはネタバレを含みます。

    無駄な余談に走ることがなく、武士道という漠然としたものをキーワードに分けて定義付け。そして、ビックリするほど理路整然として客観的な見解!不安げにあたりを見回す読者に対してスマートにエスコートしてくれるジェントルマンに見えてきてしまった。 加えて日本だけでなく、海外の学者や聖書の言葉まで引用しており、武士道への理解を深めて貰おうとする工夫の仕方が素直に凄かった。次々と繰り出されるもんだから注釈を見るのに忙しかったし、相当な読書量やなと脱帽。さすが国連事務局次長! (天皇を「天上の神の代理人」と表していたのには時代を感じた) 個人的にささったのは「名誉」の章。(英語版では“honour”)` 間違った解釈かもしれないけど、ここでいう名誉は今の汚らしいニュアンスの名誉とは違う気がした。筆者曰く名誉はこの世の中において「最高の善」で「若者が追求しなければならない目標」との事。名を成すまでは帰還せず、そして勝ち取った名誉は年が経つにつれて大きく成長する。 若者の純粋で崇高な志がいずれ彼らの夢、名誉に辿り着くのかと心にストンと落ちた。 一方でこの志に「野心」が混じると今の汚らしいニュアンスになってしまうのかな、とも。 厳めしい章もあったけど最終章の結びも含めて武士道は情緒に溢れ、繊細な部分も併せ持っていた。そろそろチャンバラのようなイメージは切り捨てておきたい。

    15
    投稿日: 2021.10.21
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    難しかった〜 いろんな知識持ってないと読み進めても、???ってなるんだなって思った 昔の人って頭よかったのね

    0
    投稿日: 2021.10.08
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    岩波版に比べると読みやすい文章になっており、自身の道徳の基礎に「武士道」があることをぼんやりと確認出来た。 ただ、内容が思った以上に深く、かつ、発散していて、一回読んだだけでは理解しきれなかった。 繰り返し読んで、理解を深めたい。

    3
    投稿日: 2021.09.23
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    武士や日本人というものを美化しすぎではと感じた。当時の感覚では普通なのかもしれないが、外国人と日本人がまるで異なる思想を持つかのように書かれている点に違和感を感じた。 私としては宗教、法律、武士道どれもルソーのいう社会契約によって生まれたものだと思う。 土地や、気候と言った環境要因が異なるので異なる思想になっているが、根本的な人の考え方、感覚といったものはほとんど変わらないのではないかと思う。 明治維新で日本は先進国からは猿真似、周辺国からは己の文明を捨てた愚か者と悪評を得た。 武士道は西洋技術を受け入れながらも文明、文化は揺るがないという表明かもしれない。

    2
    投稿日: 2021.09.10
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    自分の頭が悪すぎて難しすぎる。笑 すごく心に刺さった言葉。 「じっさい日本人は、人性の弱さが最も酷しき試煉にあいたるとき、常に笑顔を作る傾きがある。-中略-逆境によって擾されしとき心の平衡を恢復せんとする努力を隠す幕である。それは悲しみもしくは怒りの平衡錘である。」 失敗した時、焦った時、逃げたい時、傷付いた時、 誤魔化すようにいつも笑ってしまう。 それを強さと履き違えていたけど、違うのかも。 もっと早く気付きたかったな。

    2
    投稿日: 2021.08.14
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    新渡戸稲造1899年M32米国発表。日清戦争で眠れる清国に勝利したが未だ西洋から幼稚で野蛮と思われていた日本を武士道を通して正しく理解させようとした本書。武道鍛錬、禅、和歌、茶道、儒教を学び銭勘定を嫌い「仁、義、礼、智、信」義の為なら死ぬことさえも恐れない勇猛果敢なフェアプレー精神で知識と行動を 一致させることを目指す生き方は西洋でブームになり当時の米国大統領は感動し家族や知人に配ったらしい。

    1
    投稿日: 2021.07.20
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    長く色々と書きたいのですが簡潔に。 大河ドラマをきっかけに読みました。 「青天を衝け」を観ていると、その中で理解できない場面が多々あった。自殺行為の計らいに強く志願する青年たち。「大義のために死ぬことは本望だ」、その心が私にはピンと来なかった。その他にも、武士の上下関係や絆、武家の姫の振る舞い等、現代のものとはかけ離れていて、この本を読まなければその時代背景をはらんだ本当の意味はわからなかったと思う。 これまでに、人との考え方の違いや振る舞いの差はどこから来るのだろうと考えた時に、この武士道が関わっているのではないかと未読にも関わらず思っていた。例えば「夜に爪を切ること」や「調子に乗ると痛い目をみる」と言った縁起が悪いことを平気でする人としない人。私は後者であるが、前者はどうしてできるのかと考えた時に、都会育ちか田舎育ちか、という理由に行き着いた(あくまで個人的な見解)。私は田舎育ちであり、幼い頃から祖父母などから教えられていた言い伝えにより、縁起の悪いことは避ける傾向にある。そしてその元は地域の言い伝え、昔の文化、いわゆる日本の武士道のようなものなのか、と。 直接的な関係はさておき、親を大切に思う心や自分を戒める武士的な心持ちは共通しているところがあった。 大河ドラマ好きには強くお勧めする。と言っても、多くの大河ドラマ好きの人は私と違い、そもそもこの武士道的思考や時代背景を理解しているものなのだと思う。笑 それに加え、人はなぜそう考え、そう言い、行動するのか。その由来のひとつに触れることができる。私はそれを知りたくて、この本を読んだのだとも思う。

    3
    投稿日: 2021.07.09
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    このレビューはネタバレを含みます。

     かつて五千円札の肖像となっていたことで有名な新渡戸稲造。そしてこの『武士道』も国際的に有名な作品ですね。少なくとも名前は結構聞きますよね。  こちら、一言で言えば、日本人論です。もっと詳細に言えば、日本人の道徳論です。  明治の開国以来、それまで明文化されていなかった日本人道徳論を文字に表した初めての作品であろうと思います。  ただこれ、理解するのはなかなか簡単ではないと思います。  まず、日本人が意識せずに持っている中国の儒教的思想を知らないといけません。本書では、義、勇、仁、礼、誠、名誉、忠義、等々が語られます。これらが大まかにどのような意味なのかを知っていないとちょっと分かりづらい。ってか、学校でやりませんよね、こんなの!  さらに、これら日本人道徳観の具体例として多くのエピソードが語られます。市井の武士の話から、太田道灌、源義家、林子平、新井白石、などなど。人選が現代人からすとちょっとビミョーな気もしますが。  で、この後がすごいん。これら具体的エピソードは実は西洋の中にも見られるものだ、ということで、プラトン、シェークスピア、ニーチェ、バルザック、モンテスキュー、ヘーゲル、ソクラテス、ドン・キホーテ、ディケンズ(オリバー・ツイスト)、等々の引用、リファーをしまくるのです。  武士がこれこれするというのは、かつて林子平がなした○○のごとくであるが、西洋ではそれをバルザックが××と唱えたのと一致するものである、的な表現です。  実を言うと、なんだ引用ばかりで結局よくわからないや、この人は自分の知識をひけらかしたいだけにしか見えないや、と感じました。  しかしながら、解説を読んで考えが変わります。  彼が本作を出版したのは1899年、アメリカはカリフォルニアで英語で執筆したものです。当時は明治開国から程ない時期、日清戦争を経て、西洋社会で日本と言う小さい野蛮な国があるとやっと認知されたばかりだったのだと思います。  おそらくは偏見に満ちた物言い、心無い誹りもあったのだと思います。白人でもないし。また、本人にも日本人とは、日本とは何かというアイデンティティ・クライシス的なものも、西洋に赴くなかで持ち始めたのではないかと思います。  そのように考えると、本作は、彼が彼自身のために書いた本ではなかろうかという気がしてきました。自分が書くことで日本人の道徳とは何かをはっきりさせたかった、と。相当の博識の持ち主であったことは疑うべくもありませんが、持てる知識を総動員して日本人の道徳観は西欧にも通じている普遍性を持つと説明したかったように思えてなりませんん。  でも、スーパー凡人の私は通読二回目にして、やっぱり十全に理解したとはいえません。もっと西洋の話も儒教の話も勉強してから再チャレンジをしなければと思いました。  ましてや、解説にあるルーズヴェルト大統領が読後感動して家族や友人に配りまくったというエピソードがありますが、私はこの大統領は内容は殆ど理解していないに賭けますよ笑 そんなに簡単じゃないと思います。 ・・・  おわりに、きっかけを。  私は本作は以前読んで本棚に眠っていましたが、先日、戦争の本で某イギリス人作家が日本兵の暴虐を表現して、これが彼らのBushidoなのだ、と批判しており、いやいや違うでしょ、と思い、再読してみたものです。  私自身、今回読み終わった後でも日本人の道徳心を他人に説明できる気がしませんが、ましてや外国人が本作を読んでも決して日本人を理解できないだろうなと感じました。  であるならどうするか。私たち自身が日本人の道徳心・感じ方・考え方を私たちなりに言葉に紡いでいく必要があるのでは?と思いました。海外に住んでいるから特にそう思うかもしれませんが。  本作はまた儒教系の本を勉強したら再読してみたいと思います。

    4
    投稿日: 2021.07.09
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    義、勇、仁、礼、誠、名誉 日本の武士道たる考え方は、 海外の宗教で学ぶ教育基盤の様です。 ベースとしては、やはり儒教のエッセンスが入っているようです。 日本人の文化としても改めて学べて良かった。

    2
    投稿日: 2021.07.01
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    自分にとって、わかるような、わからないようなものである武士道が、200ページ程度で簡潔に説明されている。 納得できる内容もあれば、そうでない部分もあるが、内容は普遍的で、時代が変わっても学べる項目が多い。 ◾️義は人の道なり ◾️義を見てせざるは勇なきなり  勇気の精神的側面は沈着、すなわち落ち着いた心の状態となって表れる  真に果敢な人間は常に穏やかである  決して驚かされず、何事にもその精神の均衡を乱されない  心の広さを余裕と呼び、それはさらに多くのものを受け入れる余地である ◾️義に過ぎれば固くなる、仁に過ぎれば弱くなる  もっとも勇気ある者はもっとも心優しい者であり、愛ある者は勇敢である ◾️礼の根源は、他人の気持ちを尊重することから生まれる謙虚さや丁寧さ ◾️真実と誠実がなければ、礼は茶番であり芝居である ◾️武士道の枠組みを支える柱は「智(知恵)」「仁(仁愛)」「勇(勇気)」

    2
    投稿日: 2021.06.19
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    百年前にかかれたとは思えない。よくある外国人からみた日本人のイメージを作りあげるもととなったのはこの書なのだろう。

    1
    投稿日: 2021.04.09
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    近世以降の武士の倫理観、道徳を体系化させた書物。 読むのは2回目で、浮ついていると思ったときに、足場を固めるつもりで読んでいる。 . 行いとしての武士道は、明治以降と現代とでは、外部環境が異なるため、一概に当てはまるとは言えないが、相手を立てようとする謙譲心や純潔さを追求する心は見習わないといけない部分がある。 . 力と美を兼ね備えた生きる対象とでも言うのか、思いやりの詰まった素晴らしい日本人ならではの道徳心だと思う。

    2
    投稿日: 2021.02.04
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    今の自分には難しかったです。 日本人に古くから美徳とされていた精神、武士道精神に興味を持って手に取りました。「国家の品格」にて著者が、論理は論理だけで完結しておらず、その出発点となりうるのが情緒や武士道精神で、それは普遍的な価値を持つ、と言っておられました。 ・・・・・・・・ 自己犠牲の精神、強い覚悟など、個人的にもかっこいいな…と思います(これも日本人の感性なのかもしれません)。しかし現代、自分を犠牲にすることに対しては、賛成する人は少ないでしょう。 名誉を欲するあまり自己犠牲を乱用することは、卑怯だと自分も感じます。ただ、自分の中の義勇を成し遂げたい時に身を差し出すような気概・行動には多くの人が惹かれるのではないでしょうか。その自己犠牲は、それに値するものを追求する際に、自然に湧いてくるものなのかもしれません。 フィンランドの不屈の精神SISUと共通する部分があるかもしれません。 重きを置く部分としては、自己犠牲に値するものとしないもの、これらを識別する能力だと思いました。

    2
    投稿日: 2021.02.01
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    かつての五千円札に描かれた新渡戸稲造が書いた本ということで興味を持って読んだ。 武士道の内容もさることながら、著者の西洋に関する教養•知識がものすごいことに驚かされた。だからこそ英語で書かれたこの本が広く西洋で読まれたのだと思う。 すごく勉強になったけれど、文章が難しくて疲れました!

    2
    投稿日: 2020.12.05
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    欧米の人向けに書かれている雰囲気があったが 内容はもちろんのこと 新渡戸稲造の海外の教養の広さが素晴らしい。 肝心の内容はどうかといえば 儒教や仏教を薄く広く紹介されて 武士道と関連付けしてる印象 (欧米の書物への教養をみると、儒教の素養なんかは抜群にありそうだけど、そこは控え目にかかれているのかな?) ただ当時の時代背景がちらほら見えるのが良い。 自分としては、もうちょっと日本文化をえぐって 解説してほしかったので、星は少なめ

    2
    投稿日: 2020.09.08
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    このレビューはネタバレを含みます。

    外国人のビジネスパートナーに日本人の文化を伝える本として、「JTのM&A」の著者が紹介してました。たまにはこういうもの読んでみようと思い、購入、 感想。 立派な本。価値ある本。これを新渡戸稲造が1899年に英文で発表した、というのもまた凄い。こりゃ凄い本だ。 備忘録。 ・「日本には宗教教育がない。日本人はどのようにして道徳教育を授かるのか」の質問に対し、新渡戸稲造が研究したのがこの武士道。 ・「これぞ武士道」として成文化されたものはない。武士道はあくまで日本の長い封建風土のなかで、武士のあるべき姿として自然発生的に培養され、時代に応じて磨かれた、不文の倫理観・道徳感、修養精神。 ・元来は戦闘を職業とする猛々しい武士が、支配階級となり、名誉と特権が大きくなるとともに、責任や義務も重くなる。それと同時に、組織内での行動様式についての共通の規範が必要になってきた。その中で生じた道徳的な拘束力が発祥か。 ・孔子、孟子の教えが武士道の形成に影響。 ・「義」が武士の掟の中で最も厳格な徳目。ある者の定義によれば、「義は自分の身の施し方を道理に従ってためらわずに決断する力」。派生語「義理」は、「正義の道理」を意味する。 ・「勇」。「義を見てせざるは勇なきなり」という孔子の論語での定義。肯定的な文に正せば「勇とは正しきことを為すこと」。 ・「仁」。最も気高い、王者の徳。仁は優しく柔和で母のような徳。 ・武士の子は経済のことをは全く無縁に育てられた。経済のことは下品とされ、金銭の価値を知らないことは育ちの良い証拠だった。武士道が倹約を説いたのは、経済的理由からではなく、節制の訓練のため。 ・武士という高い階級で培われた「武士道」が、「大和魂」という形で民衆に広まる。 ・武士道は、いくつかの徳目(義、勇、仁、礼、誠、名誉、忠義)の合成体で成立しているが、各徳目自体は武士道のみの特別な徳目ではない。個別にはヨーロッパの封建社会とかでもあった徳目。 ・「武士道」としての独立した道徳体形は、長い年月をかけて消滅するかもしれない。しかし「武士道」はその廃墟を超えて、各徳目等、時代に合わせて残っていくだろう。

    1
    投稿日: 2020.08.08
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    非常に難しく自分としては読みにくい本だったがなんとか最後まで読み切った。勉強になる点や日本人として忘れかけていた部分などを再認識できてよかった。この本はもう一度ゆっくり読みたいところ。

    0
    投稿日: 2020.07.25
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    日本人とは何か? 失われつつある現代で敢えてその意味を考えるきっかけになる。 その中でも義という考えに感銘を受ける。 正しいことを行う。人として正しく生きる。言うは易しである。武士道とはいえ武士にもできていなかったことである。 自律。日本人として人間としてどう生きるか。考えさせられる。

    1
    投稿日: 2020.07.15
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    この本も会社のメンバーが貸してくれた本。 「武士道」って言葉は聞いたことがあり、何となく知っているくらいだったのでありがたく読んでみた。人生の指針となるようなキーワードがたくさんあった素晴らしい本であった。 【なるほど!そうだよな!と思ったフレーズ】 武士道は過去の遺物ではない。 明治になって怒濤のごとく西洋の新しい価値観が導入され始めると、社会全体がことごとく文明開化の波に呑まれて西洋化していった。その変わりゆく姿をみて、心ある人々が「日本人とは何か」を問い直し、失われていく日本人の伝統精神を振り返ったとき、改めて和魂としての「武士道」がもてはやされるようになった。

    0
    投稿日: 2020.07.13
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    「知的に知っているに過ぎざる者をば、論語読みの論語知らずと嘲る。学問は臭き菜のようなり、よくよく臭みを去らざれば用いがたし。少し書を読めば少し学者臭し。余計書を読めば余計学者臭し。困り者なり。」

    0
    投稿日: 2020.05.10
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    支配階級が自身を律するために研鑽された精神。今で言うと精神面のガバナンスのようなものか。 時代による価値観の変化がギャップを感じさせるところがある(女性の地位、死生観)が、基本のところは揺るがず、むしろ今の方が価値があるようにも思う。 という感想を持つこと自体が、年なのだろうが、、、

    0
    投稿日: 2020.01.07
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    このレビューはネタバレを含みます。

    1899年に出版された武士道。この時点で新渡戸稲造は「武士道が失われつつある」と言っている。日本人よりもむしろ外国人の心に響き、現代まで名著として残っている。 日本人とは何か、現代社会に生まれた人たちが何気なくやっている行動や仕草、習慣が武士道からきていることを知れると同時に失われつつある考え方も分かる。 義…義は人の道なり。正義の道理=義理は義務以上の物で、無条件で従うべき絶対命令。厳しい監督者になって鞭を手にし、怠け者にするべきことを実行させる。 勇…義の双曲。義の為の勇でなければ価値がない。勇のある人はどんな時でも冷静で、動じない。余裕があり、心の広さがあり、時には歌や詩を口ずさむ。 仁…王者の徳。人間の魂がもつあらゆる性質の中でもっとも気高いもの。 礼…仁義を型として表す愛。「礼は寛容にして慈悲深く、人を憎まず、自慢せず、高ぶらず、相手を不愉快にさせないばかりか、自己の利益を求めず、憤らず、恨みを抱かない。」 ○義に過ぎれば固くなる。仁に過ぎれば弱くなる。伊達政宗 ○もっとも勇気がある者はもっとも心優しい者であり、愛ある者は勇敢である ○惻隠の心は仁の端なり 孟子

    2
    投稿日: 2020.01.04
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    ー武士道ーそれは、日本人に宿る魂そのものであること ー武士道ーそれは、学びであるということ ー武士道ーそれは、絶やしてはならないということ ー武士道ーそれは、奉仕すること ー武士道ーそれは、何かを守ること 本書をバイブルにしている方は多いのではないでしょうか。 私もその一人です。 あえて内容に触れることはしません。 何故ならみな一人ひとり、宿っている”武士道”の形は違うのだから。

    9
    投稿日: 2019.09.04
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    世界的ヒットとなった名著、らしい。 新渡戸稲造が国際連盟の創立メンバーに選ばれたのもこの著書に拠る所も大きい、らしい。 外国人向けに武士的考え方、行動規範を著したもの。 外国の参考文献をふんだんに用い、あくまで客観的に武士道を分析、解説しており、日本人への理解を得るのに多いに役に立ったと思う。 出版当時でも、既に武士的考え方は希薄になってたようで、現代ではなかなか相容れない部分もある。

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    投稿日: 2019.02.16
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    1.この本を一言で表すと? ・日本人に根付く道徳観 2.よかった点を3〜5つ ・「礼」…つまらないものですが(p71)   →相手に対する思いやり。表面的ではなく深い意味がある。 ・「誠」…嘘→心の弱さ→不名誉→恥(p82)   →罪ではないが戒めとして嘘をつかない。道徳は恥の意識の上に成り立っているということ? ・「武士の教育」…贅沢は人間を堕落させる(p108)   →権力と富は分離が必要。現代にも当てはめられる。 ・「名誉」…劣等国として見下されることに耐えられない名誉心(p178)   →恥の意識で国を変えることが出来る。個人にも当てはめられるのでは。 ・「過去の遺物ではない」…日本人が無くしてしまったものはバックボーンたる精神(p218)   →今の世の中に足りない物、何となくある閉塞感は「武士道」に変わる精神的支えが無いことが原因。 2.参考にならなかった所(つっこみ所) ・金銭の価値を知らないのは育ちのよい証拠(p108) →現代では通用しない考え。価値を知らないと非難されそう。 3.実践してみようとおもうこと ・恥の意識を持つ。まず、「子供に堂々と説明できる言動ですか」という基準で考えてみよう。

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    投稿日: 2018.12.30
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    このレビューはネタバレを含みます。

    武士道についての英語の本を和訳したもの。 徳というものについて、時代を超えて普遍的な価値について、考えさせられる一冊。 時々読んで振り返りたい本。 <メモ> ・武士道とは一言で言えば武士の掟、ノーブレスオブリージュ(高き身分の者に伴う義務) ・知識というものは、これを学ぶものが心に同化させ、その人の品性に表れて初めて真の知識となる。知性は行動として現れる道徳的行為に従属するもの。 ・「義」とは。自分の処し方をどうりに従ってためらわずに決断する力。死すべき時には死に、討つべき時には討つことである。 ・「勇」とは。義を見てせざるは勇なきなり。勇とは正しきことを為すこと。生きるべき時は生き、死ぬべき時にのみ死ぬことこそ真の勇気である。 ・「仁」とは。愛、寛容、他者への情愛、哀れみの心。王者の徳とされるもの。偉大なる王者にこそふさわしい徳。君子は徳を慎む。徳あればここに人あり、人あればここに土あり、土あればここに財あり。徳は本なり、財は末なり。封建制は武断政治に陥りやすいが、その体制のもとでも最悪の専制政治から人民が救われたのはこの仁の精神があったがため。 ・礼とは。他を思いやす心が外へ表れたもの。物事の道理を正当に尊重するうこと。 ・義とは不正や卑劣な行動を自ら禁じ、死をも恐れない正義を遂行する精神。 ・五常の徳。仁義礼智信のこと。仁は思いやり、義は正義の心、礼とは礼儀・礼節、智とは叡智・工夫、信とは信用・信頼のこと。忠とは偽りのない心、孝とは、父母を大切にすること、悌とは年長者に従順なことを言う。

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    投稿日: 2018.11.17
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    全体的に、新渡戸稲造の教養の幅広さとその深さについて感銘を受けるのみである。国によって違う思考の癖を踏まえたうえで、物事を一面的でなく多面的に捉えようとしている様は学ぶべき点と感じた。 ・義/勇/仁/礼/誠/名誉 ・武士道とは、武士の掟。言い換えれば、ノブレスオブリージュ(高貴なるものの義務)という道徳的価値観である。これは、公家・大名・士農工商という社会的地位の差異が発端となっているが、文中にある武士の道徳観を意味していて、それらは一般大衆の模範的行動にもなっていた。 ・武士道は知識を重んずるものではない。重んずるものは行動である。 ・士農工商で、損得勘定を権力から遠ざけたことや道徳観を重視していたこの順列は非常に興味深い。落合陽一さんが、士農工商が良いよね~。って言う理由も少しは理解できたかも。

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    投稿日: 2018.07.17
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    有名すぎて読まず嫌いだった、1冊。 非常に分かりやすく、読みやすかった。標題の通り現代語訳されていることもあり、すっと入ってくる。 武士道という思考を中心に据えているが、女性問題、キリスト教、道徳など、現代でも問題とされる多くに言及している。2015年現在、政府は女性の社会進出を課題としている。しかし新渡戸氏が言うように、男女は同じカテゴリで比較できるものではない。女性の進出を妨げる事項は排除しなければならないが、平等は強制的に作り出されるものではないと感じた(本質的箇所ではないが…) 武士道の崇高さだけでなく、それが抱えていた問題点も無視していない。 色褪せる事の無い、いつ読んでも発見がある名著だと思う。

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    投稿日: 2017.03.05
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    武人として生きたいと思う。が武人とは何やら?新渡戸稲造の「武士道」は難しくて読めなかったので、それを解説してくれている本が有ると知り、読んでみる。 心に響く所も多いが、分かりやすくするためか、外国との対比など多角的に説明され、内容としては薄い感じになっているのは物足りない。今度は 新渡戸稲造の「武士道」を再チャレンジするか。 【学】 座禅と瞑想をし、「絶対」そのものを悟り、その「絶対」と自分を調和させる事である。 常に心を平静にし、生に執着せず、死と親しむこと。 主君に対する忠誠、祖先に対する尊敬、親に対する孝行の考え 不平不満を言わない忍耐と不屈の精神を養い、他方においては他社の楽しみや平穏を損なわない為に、自分の苦しみや悲しみを外面に表さないという、礼を重んじた。 #私をリーダーに導いた250冊

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    投稿日: 2017.01.13
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    外国人に日本人を説明するのなら一度は読んだ方がいい。日本に信仰心が薄い理由の一因が分かった気がする。

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    投稿日: 2017.01.03
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    「義」のない世の中、経営者の資質、国家のリーダーの姿勢、将来に対するビジョンがあるのか?若い人の夢を創造できるたくましい社会にしたい。

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    投稿日: 2016.06.13
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    キリスト教、イスラム教、ギリシャ神話、世界史など多岐にわたる分野から引用して、武士道を解説しています。相手の文化や宗教と比較して説明するのは、相手を理解してなければできない。これが、1899年アメリカで、それも英語で出版されたのには尊敬に値する。海外の人々向けに書かれたこの本を今、日本人に読んでもらいたい。

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    投稿日: 2016.02.18
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    英語で海外向けに書かれたものなので、ふんだんに、西洋哲学の素養がうかがわれる。 彼のような人材が近代日本の良さを伝えてくれたおかげで、日本はアジアの中でも欧米列強に一目おかれたのだな。

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    投稿日: 2016.01.14
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    『武士道』は、新渡戸稲造が1900年(明治33年)に英語で発表、1908年に邦訳が出版された。明治時代に日本の思想や文化を欧米諸国に紹介するために、日本人が英語で書いた作品として、内村鑑三の『代表的日本人』、岡倉天心の『茶の本』と並ぶものである。 新渡戸氏は序文で、執筆のきっかけについて、欧州の著名な学者から、「日本の学校では宗教教育がない、とおっしゃるのですか・・・宗教教育がない!それではあなたがたはどのようにして道徳教育を授けるのですか」と驚かれ、自分が子供の頃に学んだ人の倫たる道徳の教えは“武士道”だったと気付いたことと語っている。そして、キリスト教の『聖書』、儒教の『論語』、イスラム教の『コーラン』のような成文化されたもののなかった武士道について本書を著し、その後、武士道精神を体系的かつ総括的に記した唯一の思想書として読まれ続けるとともに、多くの欧米人を魅了し、日露戦争の講和においては、「“ブシドー”・・・あの崇高なる精神を持った国ならば、およばずながら協力したい」と語った米大統領セオドア・ルーズベルトの調停が大きな効果を持ったとも言われている。 新渡戸氏は、「義」を武士の掟の中で最も厳格な徳目とし、「義は自分の身の処し方を道理に従ってためらわずに決断する力である。死すべきときには死に、討つべきときには討つことである」と書いているが、敷衍すれば、「不正や卑劣な行動をみずから禁じ、死をも恐れない正義を遂行する精神」のことである。東日本大震災の際の人々の冷静かつ勇気ある行動について、世界中から驚きと感動と称賛の声が上がったことは記憶に新しいが、日本人のこうした行動の根底には「義」を柱とした武士道精神があると言えよう。 100年以上前の著作であり、時代背景を踏まえて柔軟な解釈をするべき部分はあるものの、その根本にある精神が我々を日本人たらしめていることは間違いなく、今後も読み継がれていくべき書と思う。 (2012年1月了)

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    投稿日: 2016.01.11
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    古今東西からの豊富な引用。 明治維新からわずか30年でここまで博識なことは驚き。同時に、日本の教育水準が高さを示している。

    1
    投稿日: 2015.09.05
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    改めて読むと忘れていた精神世界に出逢う。しかしこれを今の日本の若い人たちがどう理解するのだろうか。日本語を勉強する海外の人たちに重宝されているというが、その捉え方は自分が感じるものと同じなのだろうか。

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    投稿日: 2015.05.20
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    仁や礼、忠までは理解できる。 しかし義を貫いて美徳になるほど当時の日本はみな共通した価値観を持っていたのか疑問に思う。

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    投稿日: 2015.03.31
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    武士道。 日本の魂について、なんとなくは理解しているものの、説明が難しい。 色々な引用をしながらわかりやすく説明がしてある。文書を読んでると、作者が相当頭が良いことがわかる。 日本人であれば知っておきたい

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    投稿日: 2015.01.09
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    ・武士道とは、「武士の掟」であり、武士が日常生活において守るべき道を意味する。 ・武士道は、不言不文の語られざる掟、書かれざる掟であった。それだけに武士道は、いっそう侍の心の肉壁に刻み込まれ、協力な行動規範としての拘束力を持った。 ・武士道は知識を重んじるものではない。重んずるものは行動である。 ・義:自分の身の処し方を道理にしたがってためらわずに決断する力。死すべきときは死に、討つべきときには打つこと。 ・義に過ぎれば固くなる。仁に過ぎれば弱くなる。 ・礼:形だけではなく、他を思いやる心が外へ表れたものでなければならない。 ・日本国民が一様に礼儀正しいのは武士道の賜物。忍耐力、不屈の精神、そして勇気は、日清戦争によって十分に証明された。 ・日本人の過度に感じやすく、激しやすい性質についても、私達の名誉心にその責任がある。

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    投稿日: 2014.08.13
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    「札幌農学校では内村鑑三と同期であった新渡戸稲造は、熱心なクウェーカー教徒であったが、キリスト教の信仰を直接日本の社会に浸透させることには無理があると考え、信仰としてではなく、あくまで宗教的な教養、素養としてのキリスト教を伝えようとした。彼の著作、『武士道』(1900)は、まさに武士の生き方の中に、高潔なキリスト教徒としてのあり方を見出そうとする試みに他ならなかった。」『教養としての日本宗教事件史』島田裕巳 2009 p.157

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    投稿日: 2014.03.15
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    このレビューはネタバレを含みます。

    [読んだ理由]================== 前々から、一度読んでみたかったので。 [読んだ後の感想]============== 武士道を、義や勇、仁など構成要素別に分類。それぞれの要素については、特に武士道に特異な要素は少なくて、中国の論語やキリスト教、騎士道など海外の精神にも共通する要素があることを解説。 内容をよく理解するには、バックグラウンドとして結構な教養が必要な感じで、また改めて再読してみたい。 [備忘録]====================== ■第一章:武士道とはなにか ■第二章:武士道の源はどこにあるか ■第三章:義 武士道の礎石 ■第四章:勇 勇気と忍耐 論語:「義を見てせざるは勇なきなり」 プラトン:勇気とは「恐るべきものと、恐るべきではないものとを識別すること」 ■第五章:仁 慈悲の心 伊達政宗:「義にすぎれば固くなる。仁に過ぎれば弱くなる」 侍の慈悲は盲目的な衝動に駆られるものではなく、常に正義に対する適切な配慮を含んでの慈悲であった。 ■第六章:礼 仁・義を型として表す もし礼が「品性のよさ」を損なう恐れがあるがために行われるのであれば、それは貧弱な徳といわねばならない。なぜなら、礼は他を思いやる心が外へ現れたものでなければならないからだ。 ■第七章:誠 武士道に二言がない理由 ■第八章:名誉 命以上に大切な価値 「ならぬ堪忍、するが堪忍」 徳川家康:「人の一生は重荷を負うて遠き道を行くが如し。急ぐべからず。堪忍は無事長久の基…。己を責めて人を責むるべからず」 熊沢蕃山:「人のとがむとも咎めじ、人は怒るとも怒らじ、己が信ならざるを思え」 ■第九章:忠義 武士は何のために生きるか ■第十章:武士はどのように教育されたのか 武士道の数学では計算出来ない名誉を重んじる精神は、近代経済学以上に真実の教訓を人々に教えていたのである。すなわち、賃金や俸給というのは、その仕事の結果が明確で、具体的に計測可能な場合にしか支払うことはできない。これに対して、教育における最良の仕事、あえて言えば魂の育成などは、明確でも具体的でも計量可能でもない。計測できないもの忍耐して、外面的な価値で測る金銭を用いることは不適当である、としたのでる。 ■第十一章;克己 自分に克つ 「喜怒を色に表さず」 日本人にとっての笑いは、逆境によって乱された心の平衡を取り戻そうとする努力を、うまく隠す役目を果たしているからである。つまり笑いは悲しみや怒りとのバランスをとるためのものなのだ。 ■第十二章;切腹と敵討ち 命をかけた義の実践 シェークスピア:「汝の魂魄あらわれ、我が剣を逆さにして我が腹を刺さしめる」 切腹が私達日本人にとっていささかも不合理とは感じられないのは、外国にもこれを連想させる礼があるから、という理由だけではない。身体の中でも特にこの部分を選んできるのは、底に魂と愛情が宿るという昔からの解剖学的な信念に基づくものだからである。 「私は己の霊が宿るところを開いて、その状態をお見せする。それが汚れているか、潔白であるか、とくと貴方の目で確かめよ」 ■第十三章:刀 武士の魂 「負けるが勝ち」真の勝利は乱暴な敵にむやみに対抗しないという意味だ。 ■第十四章:武家の女性に求められた理想 妻(wife)の語源が織り手(weaver)、娘(daghter)の語源が乳搾り(duhitar)に由来するように、漢字の「婦(箒を持った女)」の場合も、それに劣らず家庭的であったということである。 ■第十五章:武士道はいかにして「大和魂」となったか ■第十六章:武士道はなお生き続けるか ヘンリー・ノーマン:日本が他の東洋の専制諸国と異なる唯一の点は「人類が考えだしたことの中で、もっとも厳しく、もっとも高尚で、かつ厳密な名誉の掟が、国民の間に支配的な影響力を及ぼしたこと」 科学分野では国際的な名声を得ている人がいるというのに、深慮な哲学の分野では誰もまだ偉業を達成した人は居ない。この原因は武士道の訓育にあっては形而上学的な思考訓練が疎かにされていたからである。 ■第十七章:武士道が日本人に遺したもの 騎士道は封建制から離れた後、キリスト教会に引き取られて、新たな余命を与えられた。だが、日本の武士道にはそのような庇護する大きな宗教がなかった。そのため母胎の封建制が崩壊すると、武士道は孤児として残され、自力で生きなければならなかった。 確かに武士道は知性と文化を独占的に支えた人々によって組織された特権階級の精神だった。同時に武士道は道徳的な等級と価値を自らの掟として定めていた。だが、民主主義はいかなる形式、いかなる形態の特権階級をも認めないのである。 たしかに、武士道は独立した道徳体系の掟としては消え去るであろう。だが、その力はこの地上から滅び去るとは思えない。サムライの勇気や民族の名誉の学院は破壊されるかもしれないが、その光と栄光はその廃墟を超えて生き長らえるであろう。 内村鑑三:武士道とキリスト教の関係において「自分の場合は、武士道という精神的土壌が、接ぎ木における台木となり、その台木にキリスト教が接ぎ木されたにすぎない」

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    投稿日: 2013.12.31
  • 大切な心。生き方が変わるかもしれない。そんな本です。

    義、勇、仁、礼、誠 現代の日本人が忘れている心が書かれています。 武士とはどのような生き方をしたか。 それを吸収するか、しないかはあなたの自由です。 ですが、その心は否定されるものではなく、誇るべきものです。 何かパッとしない毎日を過ごしている方が読むべき本でしょう。

    13
    投稿日: 2013.11.10
  • 武士道

    新渡戸稲造の武士道、現代語訳版です。失いつつある日本人としてのアイデンティティを見つけられるかもしれません。

    3
    投稿日: 2013.11.07
  • 武士道は未だ我々の中にある

    江戸時代に生まれ、明治初期の教育を受け、キリスト教徒となり、外国人と結婚し、最終的には国連事務次長を務めた新渡戸稲造が、アメリカで日本を紹介するために英文で書いた本。否応なく西欧の文物を取り入れる世にあって、自らもキリスト教徒となった新渡戸の精神的支柱はやはり日本の美意識だったということを示す本。 騎士道の薔薇と武士道の桜の対比は鮮やか。薔薇の花びらは西洋人の生への執着を表すが、我が日本人は、散り際一瞬に全てが凝縮される桜を愛でる。そこには生についての美意識が投影されているのだろう。 昨今の日本人は、古来からの美意識を失い西欧化されつつある、つまり、生への執着を強めつつあるように見えるが、それに対して何か据わりの悪さを感じているつつあるようにも思える。要するに、美しくないと感じているのだろう。 我々の中に、武士道は未だ息づいているのだなと気付かせてくれる。 李登輝の「武士道解題」、岡倉天心の「茶の本」もお勧めです。

    39
    投稿日: 2013.11.07
  • 日本の魂

    ビジネス書扱いには少し納得し難い所もあるが、読んで損はない、というか日本人なら積極的に読むべき倫理哲学書。 五千円札だからビジネス書?だれか教えて!

    0
    投稿日: 2013.11.07
  • レガシィ

    サムライの美学から学ぶ失われつつあるわが国固有の伝統精神論。 全ての日本人に読んで貰いたい一冊。

    0
    投稿日: 2013.11.07
  • プロパガンダに過ぎない。はっきり言って後世のひとを混乱させただけ

    江戸時代の封建制の元でなあなあでやっていかざるをえないから、領主に信伏したんであって、戦国以前の武士は実利を重んじたんだからな。日本版プロ倫みたいなもんかね

    0
    投稿日: 2013.11.06
  • 武士道精神

    120年も前に書かれた本ですが、 今でも日本人の精神の根っこの部分は変わってないと感じました。

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    投稿日: 2013.11.05
  • 戦中の武士道ではなく

    しっかりとした生き方としての武士道 日本人の心です グローバル化の今だからこそ日本人の心を見直そう

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    投稿日: 2013.11.04
  • 日本の伝統的精神と日本人であることに誇りが持てる

    日本人の伝統的精神がどのようなものであったかを振り返り、日本の伝統的精神と日本人であることに誇りが持てる良い本だと感じました。 内容は、明治の終わり頃、西洋では得体のしれない東洋の野蛮な国と認識されてた日本について、日本の戦闘集団である武士における道徳観を「武士道」として、騎士道やキリスト教など、西洋の道徳観と比較しながら、同一な部分と異なる部分を解説した本です。義・勇・仁・礼・誠・名誉・忠義・品格・克己・刀(魂)・武家の女性などについて書かれています。 武士道、大和魂など、現在の日本人にどのように影響しているか、人としてどうあるべきか・・・を考えさせられます。

    10
    投稿日: 2013.11.04
  • 明治の知識人すげー

    あなた方の社会には宗教教育がないというが、どうやって子弟に道徳教育をするのか? ベルギーの法学者からの問いに対する、新渡戸稲造の回答が、この本である。 日本より海外の評価が高く、英語の原著は無料で入手できる。しかし、英語自体が古めかしいので、現代日本語文で訳されたものの方が読みやすいだろう。 かくすればかくなるものとしりながら やむにやまれぬ大和魂

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    投稿日: 2013.11.03
  • これぞ「和の心」

    武士の在り方を元に、 日本人の在るべき姿を示した本です。 時代劇・歴史本離れが進む日本人(特に若者)は今や 武士に対して明確なイメージを持たないどころか、 本質を全く知らないでしょう。 この本は 武士の本質(つまりは、本来の日本人の本質)を描いており、 現代の私達が忘れてしまった「和の心」を呼び起こす力を持っています。 新渡戸稲造氏の名著であり、 日本を代表する作品と言えるでしょう。

    0
    投稿日: 2013.11.03
  • 初めて読んだ

    五千円の人にこんな著書があるなんて知りませんでした。失われつつある美しき日本の文化に触れられたような気がしました。

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    投稿日: 2013.11.02
  • 「武士」が滅び去った後に書かれた憧憬の書

    明治維新により、武士が支配する徳川幕府体制が瓦解してから33年を経過してから、異国の地で英語で、外国人向けにかかれた「武士道」の書である。 時間的にも空間的にも遠いところから、憧憬の目でみる「武士道」はいろんな意味で純化していったようである。 新渡戸は幕末の生まれなので、封建体制での生活は幼少の数年であり、新渡戸の描く「武士道」は体験から得られたものというよりも、年長者との対話や古い書物などから得られた観念的なものだろう。 そして新渡戸の「武士道」がいまだ読み継がれるのは、その憧憬の心が共感を呼ぶからではないだろうか。 この共感は国内にとどまらず、海外でも広く読まれ、日本の「武士」のイメージを決定的に形づけたのがこの書である。 この書のどのページをひらいても、失われた古き良き古風への憧憬の心があふれている。

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    投稿日: 2013.11.02
  • 英語を勉強しようとおもったら合わせてこの本を読みたい

    明治期に英語で堂々と武士道を世界に発信してくれていた偉大な先達の存在に、 英語を勉強しようという姿勢の背中を押してもらえる本だ。 この本のおかげでセオドアルーズベルトは日露講和条約の仲介役を担ってくれました。 それほど影響のある本を、日本人が母国語ではない英語で、また、明治に新渡戸さんが されていたことに素直に驚きを感じられる本です。 これからの国際社会で生きていくにあたって自分たち日本人の心のよりどころを知って おくことは必須です。

    0
    投稿日: 2013.11.02
  • 美しき日本人の心

    今は失われつつある古き良き日本人の美しき心がここにあります。

    0
    投稿日: 2013.11.01
  • お勧めします

    以前、映画の「ラストサムライ」を見てから、日本人としての心や気持ちや、物の考え方を意識するようになり、いろいろ本を読んでいるうちに「武士道」に辿り着きました。 読んでいるうちに自分の心の奥で表現できなかった物が、文字で表現されているように感じられ、なんとなく気持ちがスッキリしました。 私の考えや行動に大きく影響した一冊です。

    0
    投稿日: 2013.10.01
  • 読んで損はない

    神様がどーたらといった、宗教が抜きのものだから、いろんな人間に届くのではないだろうか、武士道 人間として当たり前のことが書かれているはずなのに、自分自身、どれだけ出来ているのかな?? あー、考えたくない、でも考えなければ……… 学校の教科書に載っても良いんじゃないかと思える程の良書 おすすめです

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    投稿日: 2013.09.24
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    日本人の心の損失は、今ではなく新渡戸稲造氏が生きている昔から始まっていたんだと思った。 でも、武士の心は今でも日本人の中に眠っていると信じている。

    1
    投稿日: 2013.08.10
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    清廉で強靭 その実行力 日常の苛立ちや忍耐の場面で 「武士ならこんな振る舞いはしない。 恥ずかしい真似はやめよう」と自分を律してくれる本。 読んで良かった。

    0
    投稿日: 2013.04.10
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    旧五千円札の肖像の著者が、日清戦争後の1899年に出版した本。武士道はサムライが作り育て上げた日本固有の修養精神で、日本と西洋の考え方の違いを上手く表現しており、大和魂が正しく理解されるように書かれている。明治維新後の急速な発展の背景は、劣等国として見下されることに耐えられない「名誉心」などの武士道が背景にあると分析しているが、現在の日本の状況と重ね合わせると興味深い。

    0
    投稿日: 2013.03.09
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    このレビューはネタバレを含みます。

    100年以上前に欧米人向けに英文で書かれたもの。この本で五千円札。ギリシャ哲学やキリスト教との対比なので確かに欧米人にも理解しやすいかも。しかし武士道といってもやはり根本は儒教。それが日本で純粋に残ったという事か。

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    投稿日: 2013.03.03
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    決して精神や文化に正解はないけれど、生きていく上での指針に間違いなくなる。 武士道は日本人の伝統的精神・伝統的遺産。 名著で、「The Soul of Japan」と言われれば堅く感じるが、それほど堅くならず、柔軟に。 そのために、『和魂洋才』、『和魂=武士道』をもって今の世を生きていきたい。

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    投稿日: 2013.02.18
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    この本は近くの書店でみつけてとても欲しかったのだが、美装本で割高だった。買おうか買うまいか迷っていたら、書店の本棚から消えていた。 読んで、うなる本だった。20世紀初頭、日本という国が理解されていない時代に、アメリカの日本のかけはしになろうと努力した筆者のいきごみがうかがわれる。そうか、こういうふうに日本の文化を紹介すればいいのかと納得、また納得である。もちろん多少強引な論理もあるような気がするが、西洋文化と比較しながら、東西の先哲の箴言を引きながら、ぐいぐいと論をすすめていくてぎわのよさはさすが!英語がすばらしい!

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    投稿日: 2013.01.15
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    仁、義、礼、智、信を基礎とする武士道。現代人としてもちろん理解できるけど自分が持ち合わせているかというとそうではないと思う。 理想的な生き方ではあるので意識したいと思わせる一冊だった。 あまり関係はないが義の代表例として、塩不足で苦しむ武田信玄に敵である上杉謙信がフェアプレーの精神で塩を送ったというのは感銘を受けた。これが敵に塩を送るという諺の始まりだそうだ。

    0
    投稿日: 2013.01.05
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    このレビューはネタバレを含みます。

    「武士道」読了。2012年38冊目(38/100)。 読書をしていると、”読んでよかった本”、”読まなくてもよかった本”、”お薦めしたい本”などという分類の他に、”読まなくてはならない本”というのに出会う。この本はまさしく最後の「読まなくてはならない本」だと思う。 内容としては、「日本人として生きる上での徳とは何であるのか?」というものがわかりやすく説明されている。徳というと感覚的な部分が大きいが、この本ではそれを体系化して説明している。もし道徳の時間を自分が担当するのなら、きっと本書を教科書に選ぶだろう。 本書の面白いところは、本書が逆輸入品だということ。元々は海外で発刊されベストセラーとなったものだそうだ。海外から自国を見つめ直すことで、自らの民族に流れる精神を体系化できたのかもしれない。客観的に自分達を評価できない我々にとっては、こういった逆輸入品は、誇らしくもあり自信にもなる。それは明治の時代でも同じだったのだろう。 本書の解説に 「新渡戸の記した『武士道』は、人間としてかく在るべきという道徳規範の本でり、たとえ国や民族が違っても、人が健全なる社会を築き、美しく生きようとするときの”人の倫”に変わりはなかったのである」 と書かれている。まさに武士道は人の生き方を普遍的に記しているのだろう。その精神が日本人の中に流れているということを少しでも確認するために、是非一度読んでみてはいかがだろうか。本当にお薦めの一冊。

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    投稿日: 2012.12.03
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    江戸・明治期の日本人がもつ独自の哲学を「武士道」と名付け体系化した書。ヨーロッパの文化・価値観と比較しながら論をすすめるやり方は西洋人にはわかりやすいのでしょう。ただ鼻にかけたようなうんちくが多く、あまり好みじゃありません。 内村鑑三の『代表的日本人』の方が個人的には好き。

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    投稿日: 2012.10.05