【感想】ハーモニー

伊藤計劃 / 早川書房
(683件のレビュー)

総合評価:

平均 4.3
298
220
80
11
4
  • とある窮屈な世界で

    真っ白な表紙からは、どんな内容か想像できないと思いますが……
    本作は未来の地球を舞台にした物語です。医療技術のめくるめく発達により、そこではほとんどの人類が健康なまま寿命を迎えます。風邪をひくこともなければ、肥満も痩せもありません。そんな世界に違和感を覚える主人公(女)は、大人になってもシステムを騙して煙草を吸ったりしています。誰よりも世界に反感を抱いていた友人、ミァハのことを思い出しながら……。
    これは単なるSFにとどまらない、深い物語です。ときには残酷な描写も出てきますが、それが理由で読まないのはもったいないと思います。独特な人物名やHTMLタグのような文字列を多用した文章形式も、この物語独特の雰囲気を生み出すのに一役買っています(文字列の意味は最後まで読めば分かります)。
    「面白い」の一言では片付けたくない、いろいろな意味で「衝撃的」な作品でした。
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    投稿日:2013.12.05

  • ディストピア小説としての現時点での一つの回答

    テクノロジーが進化して、個々人のあらゆる病気が駆逐された未来を舞台にしたディストピア(見方によってはユートピアなのかも)小説。現実世界でのサラリーマンの企業による健康管理を極端・徹底的にして全人類に適用したような世界が舞台。主人公たちは、そんな体制に陰で反抗する女性(少女)たち。そこで起きた、ある意味必然性をもった大事件とは。
    文体としてはやや取っつきにくい感じもあるが、読み進むうちに気にならなくなる、非常に強烈な魅力を持った作品。エンタテイメントでありながら、(著者の境遇も併せて)考えさせられる問題作。
    このSF小説はすごい。P・K・ディック賞特別賞も当然か。どうしたらこんな小説を考えつくのか。伊藤計劃氏の底の知れなさは慄然としてしまう。早世したのは本当に惜しかったと思えるが、死期が近いことを悟っていたからこその作品かもしれません。
    SFファンなら必読、そうでない人にもお勧め。「虐殺器官」を読めた人なら、抵抗なく読めると思います。

    そういえば、「虐殺器官」共々アニメ化されるとか。実写での映画化はちょっと難しいのではないかと思っていたので、アニメ化は当然と思われますが、気をつけて演出しないと、総スカンを食いますね、これは。
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    投稿日:2014.05.11

  • 意思とは何だろう

    すべての人々が管理され,「健康的に生きること」が最優先されるようになった世界。
    最善の生き方,最善の生活を外部から指示されながら生きていく,人々がそのような道を選び,調和していくとどうなっていくのだろうか。
    人とは,意思とは何だろうか。
    このようなすばらしいSFを書かれた伊藤 計劃さんだが,若くして亡くなられてしまったというのは非常に残念。
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    投稿日:2014.04.23

  • 絶望的なユートピアと無謀な試みに、彼の魂は救われたのか

    わたしという一人称で語られる、人類という種が到達し得る一つの絶望的なユートピアの姿を描いた類稀なるSF小説です。ゼロ年代ベストとの評価は妥当だと思います。

    詳細はネタバレになるので避けますが、時代とテクノロジーの流れとしては『虐殺器官』から繋がっていてより未来の話になっているものの、人間の社会とテクノロジーある種のロジカルな発展をしていった末の姿としての違和感はなく、それゆえに恐ろしくもあります。一人称が女性になったせいか、物語の雰囲気としては前作よりも物静かに感じますが、取り扱っているてテーマはより人間という動物の進化に対する深い仮説から成り立っています。

    色んな作品へのオマージュに作者の遊びゴコロを感じつつも、作者が実生活で死を見据えた病と格闘する中で記したこの小説が、構成員がみな健康的に生きられる社会と自分の意識の死というものを救い得る物語をそれらに対して否定的な『わたし』の視点から書いているところに、作者自身の死に対する距離感をもった諦観や解放などの感情と、意識を失うことへの憧れと恐怖、を感じてしまいます。

    さらに言うなれば、『わたし』の消失を『わたし』が記録することは、体験できる死が常に誰かの死でしかないように原理的には不可能なので、この『わたし』による記録という形式でこの小説を書いたことは、自分の死を描こうとしているような無謀なトライアルに筆者がのぞんでいるように思えてなりません。ひょっとしたら、その無謀な試みにこそ読者は感動させられるのかもしれません。

    この絶望的なユートピアと消失する『わたし』を描くことで、少しでも彼の魂が救われたことを切に願ってやみません。
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    投稿日:2014.01.20

  • ハーモニープログラムの必然性

    大災禍の後、高度医療社会が到来しハーモニープログラムにより人間は自意識を失い、究極の平穏を手にしました。核兵器が「使える」兵器だと世界が認知した状況ではこのような結末は現実的だと言えると思います。結果的に虐殺器官をどう抑制するかという課題は解決されました。それは健康状況が管理された肉体的には死が無い医療社会。そして、選択、決断の必要のない社会。それは管理された潜在意識に支配される自意識の存在しない幸福な社会。
    ハーモニープログラムはやはり必然である。自意識があるからには、死ぬことが許されない社会にあっては集団自殺は不可避である。肉体が健康であっても精神は崩壊する。まさに高度医療社会とハーモニープログラムはユートピアの臨界点である。
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    投稿日:2014.02.09

  • 荒削り感に耐えると報われる魂の救済

    冒頭の仲良し少女の語らいから興味をそそられ読み始めるも意味不明なプログラム記述のタグ記号や13年後にサハラの紛争地域にいるとか何とも変な展開に嫌気が差して数ヶ月放置してあったが気合を入れて読み終えると凄いテーマでSFディストピアながら、あの「夜と霧」と対になる程の深い感動があった。やはり、癌に蝕まれた作者の遺作というバイアスが掛かって、より一層切なく想えた。彼自身の「意識」は喪失しても作品が魂の救済に繋がったと信じたい。ハレルヤ!続きを読む

    投稿日:2014.01.03

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ブクログレビュー

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  • aqua

    aqua

    このレビューはネタバレを含みます

    人間に意識や意志は必要か、そうでないか。最後まで読んでも自分の中で答えが出せなかった。
    争いもなく自死もない世界は望ましいのだけれど、「わたし」というものが無くなったら、それは生きている意味があるのだろうかと悩んでしまう。時には自らを傷つけもするこの自我を、どれだけ厄介であっても、持ってしまった以上は捨て去る勇気は出ないだろうなと思う。
    読んでいる最中、病気や体調不良をなくしたいという気持ちと、空気を読むなんて真っ平御免、何にも指示されたくないという気持ちが拮抗してつらかった。
    ユートピアでありながらディストピア。少女が夢見た世界を、少女自身は見られなかったのが切なくて、でもその決断をしたトァンのことも嫌いになれなかった。私の印象では、終盤でトァンがどんどん魅力的になっていった。真実を知ることでシンプルになっていったのかもしれない。大人になったとも言える。ミァハを神格化する向きが無くなったからかもしれない。
    最終的に色んな要素が削ぎ落とされ、ミァハとトァンの個人的な話になっていくところが良かった。世界を元少女たちが動かしているという、すべてはあの、本気かどうかも分からないたわいもない会話から生まれたのだと思うと感慨深かった。

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    投稿日:2024.03.27

  • apapatti

    apapatti

    ・こちらのほうがなんとも残ってる
    ・重い本を持つことは社会的正義に反する
    ・ワッチミーによる完全監視社会
    ・こどもは守られなければならない
    ・スコアリング ドミネーターみたいな社会感
    ・キアン、ミァハ
    ・ひところしのほんは良くない
    ・リソース意識
    ・さよなら、わたし、さよなら、たましい。
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    投稿日:2024.01.14

  • たろう

    たろう

    ユートピア感のあるディストピアの話は個人的にとても大好き。終わり方も最高に好き。
    戦争や暴力、疫病や無秩序は間違いなく人の不幸を招くけれども、逆に振り切れば(完全な健康と秩序)人類は幸せになれるのか。「病気にならないこと」と「病気になることが許されないこと」は似て非なるものではあるけれど、じゃあどうすれば人類は幸福になれるのかと言われると難しい。社会性とプライベートを両立させるためには、人は傷つきながら進むしかないんだろうな、と思う。続きを読む

    投稿日:2023.12.16

  • かんろ

    かんろ

    SF小説が少し苦手ながらも一気に読了。壮大なストーリーでまだまだ余韻が抜けません。こんなユートピアは厭ですね……。ありきたりな言い方出すが、色々と考えさせてくれました。文章が好き。ミァハの、孤独への持久力は紙の本がいちばん頑丈、という意見に頷きました。続きを読む

    投稿日:2023.11.03

  • keiko

    keiko

    勧められなかったら読まなかった本。
    すごい完成度の高い未来の世界に次々と予測出来ない事が起こる。
    この世界ならではの少女達の自殺の動機。
    なかなか斬新な一冊。

    投稿日:2023.10.22

  • おうどん

    おうどん

    このレビューはネタバレを含みます

    何度読んでも面白い!優しさに殺される世界の少女たちの話。
    世界を巻き込む規模の話で、最終的に世界は大きく変わってしまうけど物語の形としてはひたすら主人公の個人的な話で、セカイ系だな〜としみじみ
    トァンが良いキャラしてる。好き。
    なんのために考えて生きてるんだろうってたまに思考するけど、そういうものをロジカルに突き詰めたSFでとても引き込まれる。
    最後は世界が幸福で満ち溢れる「ハッピーエンド」だけど、意志をもつ私たちからしたら素直にそう受け取れないのも良い。

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    投稿日:2023.10.17

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