blackearowlさんのレビュー
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夏への扉
ロバート・A・ハインライン, 福島正実 / ハヤカワ文庫SF
名作の名に恥じないすばらしい翻訳
24
この作品に関しては、どんなにすばらしいかは他の方々により語り尽くされています。今更何を付け加えることがありましょうか。
あるとすれば、実にこなれた日本語になっている翻訳についてのみだと思います。まるで…、もともと日本人の手になる物ではないかと思えるほどナチュラルです。翻訳調な記述はほとんどないので、読んでいて疲れません。
翻訳者は、初代のSFマガジンの編集長にして、プロの作家でもある故福島正実氏。福島氏の手になる翻訳は、他にフィニィ「盗まれた街」、ハインライン「人形つかい」、アシモフ「鋼鉄都市」、クラーク「幼年期の終わり」などがありますが、どれも名作の名に恥じない翻訳です。
そもそもこの「夏への扉」は、欧米では特にハインラインの代表作として認められていないと聞いています。それが特に日本で人気が出て広く読まれているのは、ストーリーラインが日本人好みであることもありますが、すばらしい翻訳があってのことだと思います。
この本を読んだことがない方は、海外SFの入門書として読んでみてください。私たちは、この本の中の「未来」よりすでに10年以上たった世界に生きていますが、そういうやや古びたところも含めて楽しんでいただけると思います。もし、この本がつまらない、最後まで読めない、という方は、日本語に翻訳された海外SFを今後読むことははあきらめましょう。 続きを読む投稿日:2014.04.05
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虐殺器官
伊藤計劃 / 早川書房
日本のハードSFの新たなスタイル
15
異論も多いだろうと思いますが、私は、この本が21世紀の日本のハードSFの新たなスタイルの提示だろうと思っています。
故伊藤計劃氏の処女長編ですが、その完成度は高く、何ものを足しても引いても全体のバ…ランスが崩れると言った感じの美しさが感じられます。全体の雰囲気も暗すぎず明るすぎず、テーマにちょうど良い感じに収まっています。
プロットは、ゴルゴ13か007ばりの近未来サスペンス。ディテールは、紛れもないハードSF。そして、テロとは、正義とは、といろいろ考えさせられる奥深さもあります。あらすじだけを読むとかなり荒唐無稽な感じになりますが、実際に読むと、そのリアリティがひしひしと伝わってきます。
ヒットした「機龍警察」にもいえることですが、これからのSFは、純SFから他のジャンル、たとえばミステリー小説やサスペンス小説などとのハイブリッド化が進むのかもと思わせる小説でした。それらで提示されるのは、人類とハイテクのバラ色とはとてもいえない未来構図。それが、閉塞感漂う現在の世相とマッチしているのでしょう。
だからといって、この小説が時代に迎合した安易な小説だとはいえないと思います。リーダビリティはすごく良いです。日本SF界に「伊藤計劃以後」という言葉ができるほどのエポックメイキングな小説です。SFに興味がある方なら、是非一読をお勧めします。 続きを読む投稿日:2014.05.02
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夜市
恒川光太郎 / 角川ホラー文庫
静謐で昭和世代にとって懐かしい雰囲気の異世界の物語
11
「夜市」も「風の古道」も静かな印象を受ける美しい異世界物の物語。(賑やかな夜市を指して「静かな」、というのも変な話ですが。)夕方の神社の裏や、普段入らない街角の裏道を見て、異世界への入り口かもと想像を…たくましくした昭和世代の子供の頃の妄想をそのまま小説として提示したような雰囲気があります。
ホラー小説大賞を受賞した表題作も良いのですが、この本のために書き下ろした「風の古道」もまた雰囲気ばっちりでおもしろく読めました。
ホラー小説大賞受賞と言うことで、よほど恐いのかと思う人のために一言。全然恐くありません。和風ファンタジーととらえた方が良いかと思います。 続きを読む投稿日:2014.04.13
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ハーモニー
伊藤計劃 / 早川書房
ディストピア小説としての現時点での一つの回答
7
テクノロジーが進化して、個々人のあらゆる病気が駆逐された未来を舞台にしたディストピア(見方によってはユートピアなのかも)小説。現実世界でのサラリーマンの企業による健康管理を極端・徹底的にして全人類に適…用したような世界が舞台。主人公たちは、そんな体制に陰で反抗する女性(少女)たち。そこで起きた、ある意味必然性をもった大事件とは。
文体としてはやや取っつきにくい感じもあるが、読み進むうちに気にならなくなる、非常に強烈な魅力を持った作品。エンタテイメントでありながら、(著者の境遇も併せて)考えさせられる問題作。
このSF小説はすごい。P・K・ディック賞特別賞も当然か。どうしたらこんな小説を考えつくのか。伊藤計劃氏の底の知れなさは慄然としてしまう。早世したのは本当に惜しかったと思えるが、死期が近いことを悟っていたからこその作品かもしれません。
SFファンなら必読、そうでない人にもお勧め。「虐殺器官」を読めた人なら、抵抗なく読めると思います。
そういえば、「虐殺器官」共々アニメ化されるとか。実写での映画化はちょっと難しいのではないかと思っていたので、アニメ化は当然と思われますが、気をつけて演出しないと、総スカンを食いますね、これは。 続きを読む投稿日:2014.05.11
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アンドロイドは電気羊の夢を見るか?
フィリップ・K・ディック, 浅倉久志 / 早川書房
「ブレードランナー」とは印象がかなり異なります。
6
有名な映画「ブレードランナー」の原作としてあがっているP.K.ディックの日本で最も広く読まれている作品。
正直、おもしろいおもしろくない以前の問題として、何を言いたいのかよくわからない、曖昧模糊とした…語り口が私は嫌いです。それでも、いくつか読んだP.K.ディックの作品の中ではこの作品はかなりわかりやすい方だと思います。
映画との共通点は、プロットの芯の部分と舞台のロサンジェルスの雰囲気と登場人物の名前くらいで、ディックはこの映画の原作があなたの作品ですと言われてもぴんとこなかったのではないかと思われます。
ただ、小説全体に漂う八方ふさがりな絶望感と数少ない希望という雰囲気はよく表現できていまして、それを楽しむには良い本だと思います。
しかし、ディックの作品のどこが良いのか、どこがそんなに多くの人を魅了するのか、全然理解できない私でありました。 続きを読む投稿日:2014.04.26
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天地明察(特別合本版)
冲方丁 / 角川文庫
素直に面白く読める。
5
和算を大成した関孝和のことは学校で習ったことをある程度覚えていましたが、安井算哲という人物については、正直、この本を読むまでほとんど知りませんでした。日本独自の暦を作成するにあたり大きな貢献をした偉大…な学者と言えそうです。もともとは江戸城で将軍の前で御前囲碁試合を行う当時としては最強の碁打ちの一人だったようです。現在のプロ棋士に数学者のような理論派の棋士が何人かいますが、安井算哲という人もそんな頭の構造を持っていた人なようで、碁所としてつとめる傍ら、精密な測量と複雑な算術を必要とする暦学を修得しています。
この小説の特徴は、作者が登場人物各人にそれぞれ思い入れをいれるというか、公平な目配りをしているというか、軽く扱われている登場人物がいない点にあるように思います。ですから、関孝和や徳川光圀のような脇役も実に生き生きと動いていて、読者を飽きさせないだけでなく、(一つ間違えば主人公をくってしまうような)独特の緊張感を醸し出しているように思います。
映画は見ていませんが、結構ビジュアルな描写が多いので、自分なりのシーンを思い浮かべながら楽しく読める小説だと思います。本屋大賞受賞作品に外れはほとんど無いといえますが、この小説も個人的には「当たり」でした。
すべての本読みにおすすめです。但し、冲方丁ファンには、この冲方丁はややおとなしく感じるかもしれません。 続きを読む投稿日:2014.12.23