虐殺器官

伊藤計劃 / 早川書房
(1085件のレビュー)

総合評価:

平均 4.2
423
373
146
31
7
  • これだけのテーマが一本の小説に収まるという奇跡

    この濃密さとこの疾走感が両立すること―
    改めて、作者の早すぎた死を惜しむ。

    物語の始めの方で、読者は主人公が母親を殺したことを知る。
    そして、このような「殺人」は自分の身にも起こりうるということも。
    生命維持装置を外すか否か。決めるのは家族。外せば死。
    しかし、そのような状態で生きていると言えるのか?どこまでが生でどこまでが死なのか?

    このテーマだけでも、十分、一つの小説になるだろう。
    しかし、この話は、主人公が行っている違う種類の殺人と、
    この「母親殺し」がクロスし、フラッシュバックする形で進行する。

    彼は米軍特殊部隊に所属し、世界各地で「虐殺」を行っている「悪人」を暗殺することで、
    世界の平和を維持するのが「職務」である。

    こうした「正義の戦争」に対する批判、これだけでも一つの小説になりそうだ。
    小説でなくてもよいかもしれない。

    また、戦場での彼の葛藤。
    自分のしていることは「職務」であり、「命令」の遂行であり、罪の意識から逃れたい。
    しかし、その一方で、その罪が自分のものでないとすれば、
    自分が自分でなくなってしまうような恐怖感を覚える。

    このあたりの心的外傷は少し前に読んだ日本軍BC級戦犯に関する本と通じるものがあり、
    戦争と心的外傷を巡る一冊の本になりそうだ。

    そして何よりも「ことば」と人がどのように関わっているのかという根本的な問題。
    言語論の入門書としても読めそうだ。

    ブックマークをつけたところを振り返ってみると、
    一体何冊分の内容が凝縮されているのだろう、とレビューに困る。

    が、読んでいるときは、そうではなかったのだ。
    主人公は、任務として”ジョン・ポール”なる”虐殺者”を追っていく。
    普通に、続きが気になって読むのが止まらない、スパイ小説のような感じだった。
    が、後になって付けたブックマークを見直していくと、何と濃かったことか!

    良い作家に出会えた。
    が、もう、この人の新作を読むことはないのか・・・と思うと残念である。

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    投稿日:2014.11.05

  • 日本のハードSFの新たなスタイル

     異論も多いだろうと思いますが、私は、この本が21世紀の日本のハードSFの新たなスタイルの提示だろうと思っています。
     故伊藤計劃氏の処女長編ですが、その完成度は高く、何ものを足しても引いても全体のバランスが崩れると言った感じの美しさが感じられます。全体の雰囲気も暗すぎず明るすぎず、テーマにちょうど良い感じに収まっています。
     プロットは、ゴルゴ13か007ばりの近未来サスペンス。ディテールは、紛れもないハードSF。そして、テロとは、正義とは、といろいろ考えさせられる奥深さもあります。あらすじだけを読むとかなり荒唐無稽な感じになりますが、実際に読むと、そのリアリティがひしひしと伝わってきます。
     ヒットした「機龍警察」にもいえることですが、これからのSFは、純SFから他のジャンル、たとえばミステリー小説やサスペンス小説などとのハイブリッド化が進むのかもと思わせる小説でした。それらで提示されるのは、人類とハイテクのバラ色とはとてもいえない未来構図。それが、閉塞感漂う現在の世相とマッチしているのでしょう。

     だからといって、この小説が時代に迎合した安易な小説だとはいえないと思います。リーダビリティはすごく良いです。日本SF界に「伊藤計劃以後」という言葉ができるほどのエポックメイキングな小説です。SFに興味がある方なら、是非一読をお勧めします。
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    投稿日:2014.05.02

  • 旅立つ前の作者の精勤ぶりに脱帽

    朝日の書評につられて久しぶりに手に取ったハヤカワノベルズ。
    生硬な文章,長たらしい漢字の造語にやたらに付された英文字や片仮名のルビが煩わしい前半部を読み通すのに少し時あ間がかかったが,
    それでも,伏線としてちりばめられた沢山のキーワードが一体どのようにまとめられていくのか好奇心を刺激させられる書き出しではあった。

    言葉(パロール),言語(エクリチュール),現実と仮象,父の自殺,母の生命維持装置を外す決定,そして罪と罰・・・こうした重い概念やエピソードを読者にさしだすときの著者の語り口は
    その勤勉をいささかわかりやすく示しすぎているきらいがあるが,話半ばにさしかかる頃には,新しい知識は物語の勢いにほどよく流されて,違和感は少なくなる。

    全章を通して描かれているのは,理性と感情,リアリティとファンタジー,復讐と罰,加害と被害といった対概念が徹底的に個人的具体的な体験(戦闘)の中で,
    結局のところ対抗概念足りえない境界不鮮明なアマルガムとして同時に立ち現れてくる諸相である。
    著者は,主要な語り手である「ぼく」ことクラヴィスを戦わせるたびに彼にはりついてくる,
    よく噛んだガムのように払い落しにくい生と死の双方向への欲動を切り分け,理性(論理)の中に落とし込もうと試みさせる。
    しかし予想通りにその試みは大抵うまくいかず,「ぼく」は混沌の淵に近づくばかりである。

    彼は,殺しつつ罰せられることを望んでいる。
    そう遠くない未来に実現するだろうと予想できる程度の電子装備を身に纏って巧みに任務を遂行しながら,「ぼく」はまたしても生残してしまったことに臍をかむ。
    クラヴィスが節目ごと呻くように呟くのは,「地獄はここ(脳の中)にある」という自殺した戦友アレックスの言葉である。

    著者の勤勉は,トマス・ホッブズ,ジョン・ロック,デイヴィッド・ヒュームなどによる黙示的な社会契約説から,
    社会構築(構成)主義(social constructionism / social constructivism),加害者のPTSD(デーヴ・グロスマン「戦争における『人殺し』の心理学」),
    サヴァイヴァーズ・ギルト,ミシェル・フーコーに依拠する監視社会の概念,
    その他進化心理学やマイケル・ガザニガらの神経心理学(「脳の中の倫理」)等々に関する書物を読み漁った形跡から窺い知ることができる。

    戦闘員の話なのだから当然といえば当然すぎるのだが,本作の至る所から死の匂いが立ち昇っている。
    しかしそれは実のところ戦闘の描写に由来するだけではない。
    大森望による巻末解説を読んで腑に落ちた。
    作品の理解にその作家の個人史に関する知識を用いることにはストイックでありたいと思っているが,
    この作家の早すぎる晩年における熾烈な闘病の日々が作品に与えた陰翳の深さを無視することはできないだろう。

    作家自身による次のようなWEB上発言が解説の中で紹介されている。
    「テクノロジーのために成熟が不可能になっている」主人公に一人称で戦争を語らせようと決めていた。
    「テクノロジーによっていくつかの身体情報から切断された結果出現する,ユニークなパーソナリティ」は,
    「最新のテクノロジーの成果が投入される軍事領域において最初に起こるだろう」

    舞台の外の発言ではあるが,これは現代の若者に関する一つの洞察といってよいのではないだろうか。
    社会構造(制度)の進化に伴う個人の成熟の困難性,そしてテクノロジーの進化に伴って剥奪されてゆく身体性。
    つまりそれはいわゆる社会制度の成熟とともに未熟になってゆく若者たちを暗示させると同時に,
    一見作家の意見とは異なって,何のテクノロジーも必要とせずに現出する解離や身体化の心的メカニスムの再考を誘導する。

    少し気になるのは,描かれた極端にネガティブな「母」のイメージだ。
    物語の終わりに明らかにされる情緒的ニグレクトを,作家はリアリティの一つとして「ぼく」に変換したというだけなのだろうか。
    もちろん家族に贈られた献辞を尊重すべきであろうが,この点については,
    本作からわずか数年後に公刊され,遺作となった「ハーモニー」(2008年)を読んだ後に再考したい。
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    投稿日:2014.01.17

  • 伊藤計劃、初の書き下ろし長編。

    「 SFが読みたい2008年度」の第一位ということで手に取ってみた。作品そのものは、以前から知ってはいたのですが、なかなか初物というのは踏ん切りがつかないもので、、結局、この雑誌に後押しされて読んだ。
    面白い。9.11以降、世界で繰り返されるテロとそれを背景にした大国の正義とは?個人認証によってセキュリティを担保したと考えている世界とは?と現代社会が抱えている問題を取り上げており非常に考えさせられる事が多い小説。表題に関しては、言語・言葉を人間が獲得した「器官」として捉えるというテーマを中心に話は展開するのですが、この手の先駆者である神林長平の「言語兵器」という扱いとは別物でこの点もなかなか良かった。
    また初長編とは思えないほど小説の完成度は高い。初っ端なからクールで乾いた文体で語られる虐殺された人々の死体のディテール。その後も主人公の一人称で淡々と凄惨な戦場シーンが語られるのですが、この熱からず寒からずの文体が主人公の性格とマッチしており、謎めいたストーリーと相俟って先へ先へと読んでしまう。不思議な魅力ある文体だった。
    とりあえず、SF好きにはオススメ。ミリタリーSFですが、あまりアクションを期待すると駄目。(派手じゃないので)
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    投稿日:2013.09.24

  • 絶望と解脱感がない交ぜになった心地よい感覚

    久々に読んだ、読み応えのあるSF。というか、戦記物。

    この本から受け取ったテーマは、意思とは何か、その意思によって求められる自由とは何か、ということ。主人公は、(ことばや記憶やテクノロジーや組織やの影響を受けている)自分の選択が自分の意思によるものだったのか、を常に思い悩む。その過程が圧倒的な論理性と文章力で展開される。結果、主人公の抱える問題は、読み手である私にも突きつけられて、内省することになった。

    主人公とともに内省を始めると、ルツィアやジョン・ポールが語る、ことばや良心も人間の進化の過程で生まれた産物、器官のようなものだ、という考えには強く引きつけられる。私もまた、主人公と同様に。

    そのままラストまで突入すると、絶望と解脱感がない交ぜになった心地よい感覚がやってくる。エンディングは弱いという意見もあるようだけれど、この小説が主人公の内面を主軸にしたSFである以上、このくらいでいいのだろうと思う。
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    投稿日:2014.04.29

  • 突き抜けていた、伊藤氏。

    著者の早過ぎる訃報を耳にした当時、本当に言葉にならなかった。

    読み手を選ぶジャンル。
    それだけに、難解さはある。
    自分も完全には理解しきれていないと思う。

    それでも、たまらなく好きな作者だった。
    ダークな世界観の筆力は勿論、
    全体から滲む独特の雰囲気が、無双。

    もう伊藤氏の著作が読めないとは、辛い。
    「メタルギアソリッド」は渋く、
    こちらは深い。

    あれから月日は流れてしまいましたが、
    心よりご冥福をお祈りいたします。
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    投稿日:2015.04.26

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ブクログレビュー

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  • ピスタチオ

    ピスタチオ

    クラヴィス、ルツィア、ジョンは根本的に本質的に似ていたのだろうか、罰を受けられる幸せと赦してもらえる相手がいること。ドミノピザをかじりながらブドヴァイゼルを飲みたい。自分はただの幸せな人間なのかもしれない。続きを読む

    投稿日:2020.12.29

  • ゆん

    ゆん

    このレビューはネタバレを含みます

    伊藤計劃の著作は初読。”虐殺器官“が言語であり、“虐殺の文法”が存在するというストーリーは面白かった。ジョン・ポールが発言するたびに、知らず知らずのうちに文法に乗せられているのではないかと怖くなるのも一興だった。またポールはそれを愛しているアメリカのために行い、ぼくはそれをアメリカ以外の国のために用いるという構図も整っていたと思う。荒削りな所はあるが、他の著作も読みたいと思った。

    本作の中のテーマで興味を惹いたのは、「わたしという意識はどこからどこなのか」と「死者に赦しを乞うことはできない」という二つ。前者は考えきれていないテーマ。後者は最近ずっと考えていること、私の行動は自己満足にしかならない、けれど赦しを乞い続けてしまう

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    投稿日:2020.11.28

  • ふう。

    ふう。

    このレビューはネタバレを含みます

    なんとなく少し恐る恐る読んだのだけど、読み止まらないくらい面白かった。訳のうまい海外SFを読んでいるような気になったのは文体というか文章表現のせいか。
    事前にどこかでネタを知ってしまっていたので、それに対する驚きなく読むことになったのが少し残念だったなと思う。が、それでも魅力にあるアイディアで、もちろんそれだけが作品の要・華ではなく様々なディテール、表現が物語を彩り、濃いものにしていて、しかも読みやすかった。次を次をとページを繰ってしまった。
    ただ、政治や歴史や技術、心理、学術、文化、といったことには、ぐっとひきこまれる深さを感じるのに比べ、人と人の間のことになると少しチープなつくりな気がした。これが「説得力に欠ける」ということだろうか。わからないけど。個人的な欲求だけで言えば、執着するならルツィアよりもジョン・ポールにしてほしかった。いやすみません。

    余談ではあるが、個人的にパイソンズが出てきたところで萌え悶えた。そもそもウィリアムズが好きだというところから覚悟してしかるべきだったか。「まさかのときのスペイン宗教裁判」「悪魔的笑い」が巧いこと組み込まれてやられた感。そのうえ「SWD(シリー・ウォーク・デバイス)」だなんて。そしてホーリィグレイルがそのまま出てきて、黒騎士のくだりでああー、と。
    解説からすると、他に幾つも「知っている人にはわかる」ネタが仕込まれているのだろうと思う。が、特に引っかかることなく読めたということは、知らなくても大丈夫=巧く書かれているということではないだろうか。

    元々神林先生の文章を読んで読みたくなった作品だけど、「ハーモニー」を読んだら(その神林先生の文章を)再読したい。

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    投稿日:2020.09.09

  • oz

    oz

    読みながら、ハックスリーの「すばらしい新世界」を思い出しました。
    この本を書くために、一体どれだけの参考文献を当たったのだろう。ひとつひとつのトピックがバラバラと無秩序に並べられているわけではなく、一連の話として綴られていて、どうやったらこのような話が思いつくのだろう、と純粋に不思議に思った。続きを読む

    投稿日:2020.08.01

  • カナ

    カナ

    2020/07/05読了

    支店長から借りた本
    グロなシーンいっぱい(そりゃ内戦とかだもん)
    虐殺器官ってタイトル、とても適している…意味を知ったら深いなぁ…ってなった。
    個人的に残ってるのは、地獄はここ(頭の中)にあるっていうのと、言葉でのコミュニケーションが増えた今言葉は内臓とかと同じ器官のひとつっていう考え方。
    言葉って一つ間違えたら恐ろしい凶器になるんだなぁ〜
    続きを読む

    投稿日:2020.07.05

  • 人喰亭悲熊(かきあげ団団員)

    人喰亭悲熊(かきあげ団団員)

    もし僕が作家で、コメディではないエンターテイメント作品を書きたいと思っていたとして、この作品を読んだら、翌日ハローワークに直行することでしょう。

    書きこぼしがない、必要な全てを書ききっている、なのに無駄がない。
    完璧な作品です。
    この世に完璧など存在しないとしても、です。


    命について書くにしても、罪と罰について書くにしても、はたまた単純にエンターテイメント作品を書くにしても、どうしたってこの作品を超えるものが書ける気がしません。



    もし、「虐殺器官」を超える作品を書けるとすれば、被らない分野を探すしかなく、例えばコメディ、恋愛、子供に優しい描写、くらいでしょうか。


    森のどうぶつさん達と新米妖精さんが繰り広げるドタバタラブコメディを書くしかありません。


    作家じゃなくてよかった、と心から思いました。
    続きを読む

    投稿日:2020.05.08

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