【感想】虐殺器官

伊藤計劃 / 早川書房
(1100件のレビュー)

総合評価:

平均 4.2
418
378
153
32
8
  • これだけのテーマが一本の小説に収まるという奇跡

    この濃密さとこの疾走感が両立すること―
    改めて、作者の早すぎた死を惜しむ。

    物語の始めの方で、読者は主人公が母親を殺したことを知る。
    そして、このような「殺人」は自分の身にも起こりうるということも。
    生命維持装置を外すか否か。決めるのは家族。外せば死。
    しかし、そのような状態で生きていると言えるのか?どこまでが生でどこまでが死なのか?

    このテーマだけでも、十分、一つの小説になるだろう。
    しかし、この話は、主人公が行っている違う種類の殺人と、
    この「母親殺し」がクロスし、フラッシュバックする形で進行する。

    彼は米軍特殊部隊に所属し、世界各地で「虐殺」を行っている「悪人」を暗殺することで、
    世界の平和を維持するのが「職務」である。

    こうした「正義の戦争」に対する批判、これだけでも一つの小説になりそうだ。
    小説でなくてもよいかもしれない。

    また、戦場での彼の葛藤。
    自分のしていることは「職務」であり、「命令」の遂行であり、罪の意識から逃れたい。
    しかし、その一方で、その罪が自分のものでないとすれば、
    自分が自分でなくなってしまうような恐怖感を覚える。

    このあたりの心的外傷は少し前に読んだ日本軍BC級戦犯に関する本と通じるものがあり、
    戦争と心的外傷を巡る一冊の本になりそうだ。

    そして何よりも「ことば」と人がどのように関わっているのかという根本的な問題。
    言語論の入門書としても読めそうだ。

    ブックマークをつけたところを振り返ってみると、
    一体何冊分の内容が凝縮されているのだろう、とレビューに困る。

    が、読んでいるときは、そうではなかったのだ。
    主人公は、任務として”ジョン・ポール”なる”虐殺者”を追っていく。
    普通に、続きが気になって読むのが止まらない、スパイ小説のような感じだった。
    が、後になって付けたブックマークを見直していくと、何と濃かったことか!

    良い作家に出会えた。
    が、もう、この人の新作を読むことはないのか・・・と思うと残念である。

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    投稿日:2014.11.05

  • 日本のハードSFの新たなスタイル

     異論も多いだろうと思いますが、私は、この本が21世紀の日本のハードSFの新たなスタイルの提示だろうと思っています。
     故伊藤計劃氏の処女長編ですが、その完成度は高く、何ものを足しても引いても全体のバランスが崩れると言った感じの美しさが感じられます。全体の雰囲気も暗すぎず明るすぎず、テーマにちょうど良い感じに収まっています。
     プロットは、ゴルゴ13か007ばりの近未来サスペンス。ディテールは、紛れもないハードSF。そして、テロとは、正義とは、といろいろ考えさせられる奥深さもあります。あらすじだけを読むとかなり荒唐無稽な感じになりますが、実際に読むと、そのリアリティがひしひしと伝わってきます。
     ヒットした「機龍警察」にもいえることですが、これからのSFは、純SFから他のジャンル、たとえばミステリー小説やサスペンス小説などとのハイブリッド化が進むのかもと思わせる小説でした。それらで提示されるのは、人類とハイテクのバラ色とはとてもいえない未来構図。それが、閉塞感漂う現在の世相とマッチしているのでしょう。

     だからといって、この小説が時代に迎合した安易な小説だとはいえないと思います。リーダビリティはすごく良いです。日本SF界に「伊藤計劃以後」という言葉ができるほどのエポックメイキングな小説です。SFに興味がある方なら、是非一読をお勧めします。
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    投稿日:2014.05.02

  • 旅立つ前の作者の精勤ぶりに脱帽

    朝日の書評につられて久しぶりに手に取ったハヤカワノベルズ。
    生硬な文章,長たらしい漢字の造語にやたらに付された英文字や片仮名のルビが煩わしい前半部を読み通すのに少し時あ間がかかったが,
    それでも,伏線としてちりばめられた沢山のキーワードが一体どのようにまとめられていくのか好奇心を刺激させられる書き出しではあった。

    言葉(パロール),言語(エクリチュール),現実と仮象,父の自殺,母の生命維持装置を外す決定,そして罪と罰・・・こうした重い概念やエピソードを読者にさしだすときの著者の語り口は
    その勤勉をいささかわかりやすく示しすぎているきらいがあるが,話半ばにさしかかる頃には,新しい知識は物語の勢いにほどよく流されて,違和感は少なくなる。

    全章を通して描かれているのは,理性と感情,リアリティとファンタジー,復讐と罰,加害と被害といった対概念が徹底的に個人的具体的な体験(戦闘)の中で,
    結局のところ対抗概念足りえない境界不鮮明なアマルガムとして同時に立ち現れてくる諸相である。
    著者は,主要な語り手である「ぼく」ことクラヴィスを戦わせるたびに彼にはりついてくる,
    よく噛んだガムのように払い落しにくい生と死の双方向への欲動を切り分け,理性(論理)の中に落とし込もうと試みさせる。
    しかし予想通りにその試みは大抵うまくいかず,「ぼく」は混沌の淵に近づくばかりである。

    彼は,殺しつつ罰せられることを望んでいる。
    そう遠くない未来に実現するだろうと予想できる程度の電子装備を身に纏って巧みに任務を遂行しながら,「ぼく」はまたしても生残してしまったことに臍をかむ。
    クラヴィスが節目ごと呻くように呟くのは,「地獄はここ(脳の中)にある」という自殺した戦友アレックスの言葉である。

    著者の勤勉は,トマス・ホッブズ,ジョン・ロック,デイヴィッド・ヒュームなどによる黙示的な社会契約説から,
    社会構築(構成)主義(social constructionism / social constructivism),加害者のPTSD(デーヴ・グロスマン「戦争における『人殺し』の心理学」),
    サヴァイヴァーズ・ギルト,ミシェル・フーコーに依拠する監視社会の概念,
    その他進化心理学やマイケル・ガザニガらの神経心理学(「脳の中の倫理」)等々に関する書物を読み漁った形跡から窺い知ることができる。

    戦闘員の話なのだから当然といえば当然すぎるのだが,本作の至る所から死の匂いが立ち昇っている。
    しかしそれは実のところ戦闘の描写に由来するだけではない。
    大森望による巻末解説を読んで腑に落ちた。
    作品の理解にその作家の個人史に関する知識を用いることにはストイックでありたいと思っているが,
    この作家の早すぎる晩年における熾烈な闘病の日々が作品に与えた陰翳の深さを無視することはできないだろう。

    作家自身による次のようなWEB上発言が解説の中で紹介されている。
    「テクノロジーのために成熟が不可能になっている」主人公に一人称で戦争を語らせようと決めていた。
    「テクノロジーによっていくつかの身体情報から切断された結果出現する,ユニークなパーソナリティ」は,
    「最新のテクノロジーの成果が投入される軍事領域において最初に起こるだろう」

    舞台の外の発言ではあるが,これは現代の若者に関する一つの洞察といってよいのではないだろうか。
    社会構造(制度)の進化に伴う個人の成熟の困難性,そしてテクノロジーの進化に伴って剥奪されてゆく身体性。
    つまりそれはいわゆる社会制度の成熟とともに未熟になってゆく若者たちを暗示させると同時に,
    一見作家の意見とは異なって,何のテクノロジーも必要とせずに現出する解離や身体化の心的メカニスムの再考を誘導する。

    少し気になるのは,描かれた極端にネガティブな「母」のイメージだ。
    物語の終わりに明らかにされる情緒的ニグレクトを,作家はリアリティの一つとして「ぼく」に変換したというだけなのだろうか。
    もちろん家族に贈られた献辞を尊重すべきであろうが,この点については,
    本作からわずか数年後に公刊され,遺作となった「ハーモニー」(2008年)を読んだ後に再考したい。
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    投稿日:2014.01.17

  • 伊藤計劃、初の書き下ろし長編。

    「 SFが読みたい2008年度」の第一位ということで手に取ってみた。作品そのものは、以前から知ってはいたのですが、なかなか初物というのは踏ん切りがつかないもので、、結局、この雑誌に後押しされて読んだ。
    面白い。9.11以降、世界で繰り返されるテロとそれを背景にした大国の正義とは?個人認証によってセキュリティを担保したと考えている世界とは?と現代社会が抱えている問題を取り上げており非常に考えさせられる事が多い小説。表題に関しては、言語・言葉を人間が獲得した「器官」として捉えるというテーマを中心に話は展開するのですが、この手の先駆者である神林長平の「言語兵器」という扱いとは別物でこの点もなかなか良かった。
    また初長編とは思えないほど小説の完成度は高い。初っ端なからクールで乾いた文体で語られる虐殺された人々の死体のディテール。その後も主人公の一人称で淡々と凄惨な戦場シーンが語られるのですが、この熱からず寒からずの文体が主人公の性格とマッチしており、謎めいたストーリーと相俟って先へ先へと読んでしまう。不思議な魅力ある文体だった。
    とりあえず、SF好きにはオススメ。ミリタリーSFですが、あまりアクションを期待すると駄目。(派手じゃないので)
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    投稿日:2013.09.24

  • 絶望と解脱感がない交ぜになった心地よい感覚

    久々に読んだ、読み応えのあるSF。というか、戦記物。

    この本から受け取ったテーマは、意思とは何か、その意思によって求められる自由とは何か、ということ。主人公は、(ことばや記憶やテクノロジーや組織やの影響を受けている)自分の選択が自分の意思によるものだったのか、を常に思い悩む。その過程が圧倒的な論理性と文章力で展開される。結果、主人公の抱える問題は、読み手である私にも突きつけられて、内省することになった。

    主人公とともに内省を始めると、ルツィアやジョン・ポールが語る、ことばや良心も人間の進化の過程で生まれた産物、器官のようなものだ、という考えには強く引きつけられる。私もまた、主人公と同様に。

    そのままラストまで突入すると、絶望と解脱感がない交ぜになった心地よい感覚がやってくる。エンディングは弱いという意見もあるようだけれど、この小説が主人公の内面を主軸にしたSFである以上、このくらいでいいのだろうと思う。
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    投稿日:2014.04.29

  • 人間の本性とは

    虐殺器官。 え、機関じゃないの?と思って読み始め、改めて人の残虐性を、そして社会性や愛情について考えさせられました。作者が亡くなられていること、執筆中も闘病中であったことを考えると、生と死に対する思いが冷静に、執拗に描かれているように思います。大量虐殺は、当事者にとってどんなものなのか、なぜそんな残酷なことができるのかと思うことなんて、平和に暮らしている限りほとんど無いと思いますが、この作品を読んだことで、少しでもそういうことについて思いをめぐらすことができたのは良かったと思います。あるものは淡々と作業のように人を殺し続け、あるものは、熱に浮かされたように人を殺す。そんな現実に放り込まれた時に、それを止めることができるか、少なくとも、他者が行なっているのだからと、自分も手を下すことがないようにありたいと思いました。でもそうなると、殺される側になってしまうのかな。自分の大切な家族を守るために、誰かを殺すことがないように祈るばかりです。
    現在のいわゆるボタン戦争でも、PTSDに苦しむ兵士が多数出ているというニュースもありました。人を殺すということの重みは、直接か間接かということではないのだろうと思います。人は、考え、想像できる生物ですから、直接手を下さなくとも、遠隔操作で人が死んだことを自らの行為として感じることができ、それが重荷となって苦しむ事こそが、本来の人の在り方であると信じたい。ゲーム感覚で人を殺すようになったら、あっという間に世界中あちこちで大量虐殺が始まるでしょうから。本作の主な登場人物は、そこをきちんと受け止めているところが描かれていました。世界の平和を思うために、ぜひ一読を。(残酷な描写に耐性のない方は、難しいかもです。)
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    投稿日:2017.02.07

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ブクログレビュー

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  • 充実大豆

    充実大豆

    内戦や虐殺の場に必ず現れる男を追う近未来SF

    かなりハードな軍事ものだけど、主人公の一人称が「ぼく」だったりしてやっていることと内面のアンバランスさの描写が良かった

    投稿日:2024.04.13

  • くるみもち

    くるみもち

    このレビューはネタバレを含みます

    表現力が逸脱である。伊藤計劃はすごい。何がすごいかって、こうして小説に、文章として言語に落とし込めていることがすごい。すごいから理解できない。しかし、とても惹かれる文章である。彼の言葉を理解するには時間がかかる。難しい。私の知能の未熟さを実感せずにはいられなかった。
    読む時にものすごい想像力が必要だし、面白いと同時に大変に疲れた。本書はテロが背景となっているが、根幹は言語学である。「言語は思考より先行しない。」これがまさに虐殺器官の定義であり、言語学無くして本書は語れない。読了後は疲労と共に達成感を感じられるだろう。私は読了後、何か腹の底から湧き出るような、それこそ言語化できないような思考(感情)が私の中に存在していた。

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    投稿日:2024.04.04

  • 星月夜

    星月夜

    このレビューはネタバレを含みます

    SFの皮をかぶった哲学小説。
    自由とは、選択とは。テロ対策のため情報統制された世界で、ひたすら人間としてどうあるべきかを突き詰めていく作品だった。
    虐殺を促す文法や、器官としての言語など、興味深い考察も多く、なるほどなと思わせる説得力もあった。終始難しい内容だったが、読む価値はあったと思う。

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    投稿日:2024.04.01

  • 生活委員会

    生活委員会

    戦争を引き起こすことができる構文。

    9.11のテロは様々な作品で俎上にあがる問題である。その後の問題としてある種の風刺的な作品かと感じた。

    戦争を引き起こすのは決まって人ではないか。その国の人間が望んで起こす場合にも他国との関係は切っても切り離せない。
    そんな世界の情勢を考えさせられる作品だった。
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    投稿日:2024.03.28

  • 加糖 紅茶

    加糖 紅茶

    タイトルや表紙に何か特別なものを感じていたわけではなく、知人に教えてもらわなければおそらく手にとることすらなかったと思う。
    ところどころでグロテスクな表現や受け入れ難い出来事が起こるがそれはこの作品において必要な残虐さではないかと感じられた。
    良心とはなにか、残虐とはなにかといった価値観についてSFという思考実験を通して考えさせてくれるため、自分たちが当たり前だと思うものは結局周りの環境や見てきたものに左右される上で本当の正義とは何かわからなくなるのもこの作品の魅力だと思う。
    続きを読む

    投稿日:2024.02.28

  • apapatti

    apapatti

    夭逝した伊藤計劃の本、ハーモニーのほうがビビットに残ってる
    そうそう、戦争の最新化だ。心理技官。
    虐殺の正当化、正義の暴走、、かな

    投稿日:2024.01.14

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