虐殺器官

伊藤計劃 / 早川書房
(1092件のレビュー)

総合評価:

平均 4.2
419
380
147
31
7
  • これだけのテーマが一本の小説に収まるという奇跡

    この濃密さとこの疾走感が両立すること―
    改めて、作者の早すぎた死を惜しむ。

    物語の始めの方で、読者は主人公が母親を殺したことを知る。
    そして、このような「殺人」は自分の身にも起こりうるということも。
    生命維持装置を外すか否か。決めるのは家族。外せば死。
    しかし、そのような状態で生きていると言えるのか?どこまでが生でどこまでが死なのか?

    このテーマだけでも、十分、一つの小説になるだろう。
    しかし、この話は、主人公が行っている違う種類の殺人と、
    この「母親殺し」がクロスし、フラッシュバックする形で進行する。

    彼は米軍特殊部隊に所属し、世界各地で「虐殺」を行っている「悪人」を暗殺することで、
    世界の平和を維持するのが「職務」である。

    こうした「正義の戦争」に対する批判、これだけでも一つの小説になりそうだ。
    小説でなくてもよいかもしれない。

    また、戦場での彼の葛藤。
    自分のしていることは「職務」であり、「命令」の遂行であり、罪の意識から逃れたい。
    しかし、その一方で、その罪が自分のものでないとすれば、
    自分が自分でなくなってしまうような恐怖感を覚える。

    このあたりの心的外傷は少し前に読んだ日本軍BC級戦犯に関する本と通じるものがあり、
    戦争と心的外傷を巡る一冊の本になりそうだ。

    そして何よりも「ことば」と人がどのように関わっているのかという根本的な問題。
    言語論の入門書としても読めそうだ。

    ブックマークをつけたところを振り返ってみると、
    一体何冊分の内容が凝縮されているのだろう、とレビューに困る。

    が、読んでいるときは、そうではなかったのだ。
    主人公は、任務として”ジョン・ポール”なる”虐殺者”を追っていく。
    普通に、続きが気になって読むのが止まらない、スパイ小説のような感じだった。
    が、後になって付けたブックマークを見直していくと、何と濃かったことか!

    良い作家に出会えた。
    が、もう、この人の新作を読むことはないのか・・・と思うと残念である。

    続きを読む

    投稿日:2014.11.05

  • 日本のハードSFの新たなスタイル

     異論も多いだろうと思いますが、私は、この本が21世紀の日本のハードSFの新たなスタイルの提示だろうと思っています。
     故伊藤計劃氏の処女長編ですが、その完成度は高く、何ものを足しても引いても全体のバランスが崩れると言った感じの美しさが感じられます。全体の雰囲気も暗すぎず明るすぎず、テーマにちょうど良い感じに収まっています。
     プロットは、ゴルゴ13か007ばりの近未来サスペンス。ディテールは、紛れもないハードSF。そして、テロとは、正義とは、といろいろ考えさせられる奥深さもあります。あらすじだけを読むとかなり荒唐無稽な感じになりますが、実際に読むと、そのリアリティがひしひしと伝わってきます。
     ヒットした「機龍警察」にもいえることですが、これからのSFは、純SFから他のジャンル、たとえばミステリー小説やサスペンス小説などとのハイブリッド化が進むのかもと思わせる小説でした。それらで提示されるのは、人類とハイテクのバラ色とはとてもいえない未来構図。それが、閉塞感漂う現在の世相とマッチしているのでしょう。

     だからといって、この小説が時代に迎合した安易な小説だとはいえないと思います。リーダビリティはすごく良いです。日本SF界に「伊藤計劃以後」という言葉ができるほどのエポックメイキングな小説です。SFに興味がある方なら、是非一読をお勧めします。
    続きを読む

    投稿日:2014.05.02

  • 旅立つ前の作者の精勤ぶりに脱帽

    朝日の書評につられて久しぶりに手に取ったハヤカワノベルズ。
    生硬な文章,長たらしい漢字の造語にやたらに付された英文字や片仮名のルビが煩わしい前半部を読み通すのに少し時あ間がかかったが,
    それでも,伏線としてちりばめられた沢山のキーワードが一体どのようにまとめられていくのか好奇心を刺激させられる書き出しではあった。

    言葉(パロール),言語(エクリチュール),現実と仮象,父の自殺,母の生命維持装置を外す決定,そして罪と罰・・・こうした重い概念やエピソードを読者にさしだすときの著者の語り口は
    その勤勉をいささかわかりやすく示しすぎているきらいがあるが,話半ばにさしかかる頃には,新しい知識は物語の勢いにほどよく流されて,違和感は少なくなる。

    全章を通して描かれているのは,理性と感情,リアリティとファンタジー,復讐と罰,加害と被害といった対概念が徹底的に個人的具体的な体験(戦闘)の中で,
    結局のところ対抗概念足りえない境界不鮮明なアマルガムとして同時に立ち現れてくる諸相である。
    著者は,主要な語り手である「ぼく」ことクラヴィスを戦わせるたびに彼にはりついてくる,
    よく噛んだガムのように払い落しにくい生と死の双方向への欲動を切り分け,理性(論理)の中に落とし込もうと試みさせる。
    しかし予想通りにその試みは大抵うまくいかず,「ぼく」は混沌の淵に近づくばかりである。

    彼は,殺しつつ罰せられることを望んでいる。
    そう遠くない未来に実現するだろうと予想できる程度の電子装備を身に纏って巧みに任務を遂行しながら,「ぼく」はまたしても生残してしまったことに臍をかむ。
    クラヴィスが節目ごと呻くように呟くのは,「地獄はここ(脳の中)にある」という自殺した戦友アレックスの言葉である。

    著者の勤勉は,トマス・ホッブズ,ジョン・ロック,デイヴィッド・ヒュームなどによる黙示的な社会契約説から,
    社会構築(構成)主義(social constructionism / social constructivism),加害者のPTSD(デーヴ・グロスマン「戦争における『人殺し』の心理学」),
    サヴァイヴァーズ・ギルト,ミシェル・フーコーに依拠する監視社会の概念,
    その他進化心理学やマイケル・ガザニガらの神経心理学(「脳の中の倫理」)等々に関する書物を読み漁った形跡から窺い知ることができる。

    戦闘員の話なのだから当然といえば当然すぎるのだが,本作の至る所から死の匂いが立ち昇っている。
    しかしそれは実のところ戦闘の描写に由来するだけではない。
    大森望による巻末解説を読んで腑に落ちた。
    作品の理解にその作家の個人史に関する知識を用いることにはストイックでありたいと思っているが,
    この作家の早すぎる晩年における熾烈な闘病の日々が作品に与えた陰翳の深さを無視することはできないだろう。

    作家自身による次のようなWEB上発言が解説の中で紹介されている。
    「テクノロジーのために成熟が不可能になっている」主人公に一人称で戦争を語らせようと決めていた。
    「テクノロジーによっていくつかの身体情報から切断された結果出現する,ユニークなパーソナリティ」は,
    「最新のテクノロジーの成果が投入される軍事領域において最初に起こるだろう」

    舞台の外の発言ではあるが,これは現代の若者に関する一つの洞察といってよいのではないだろうか。
    社会構造(制度)の進化に伴う個人の成熟の困難性,そしてテクノロジーの進化に伴って剥奪されてゆく身体性。
    つまりそれはいわゆる社会制度の成熟とともに未熟になってゆく若者たちを暗示させると同時に,
    一見作家の意見とは異なって,何のテクノロジーも必要とせずに現出する解離や身体化の心的メカニスムの再考を誘導する。

    少し気になるのは,描かれた極端にネガティブな「母」のイメージだ。
    物語の終わりに明らかにされる情緒的ニグレクトを,作家はリアリティの一つとして「ぼく」に変換したというだけなのだろうか。
    もちろん家族に贈られた献辞を尊重すべきであろうが,この点については,
    本作からわずか数年後に公刊され,遺作となった「ハーモニー」(2008年)を読んだ後に再考したい。
    続きを読む

    投稿日:2014.01.17

  • 伊藤計劃、初の書き下ろし長編。

    「 SFが読みたい2008年度」の第一位ということで手に取ってみた。作品そのものは、以前から知ってはいたのですが、なかなか初物というのは踏ん切りがつかないもので、、結局、この雑誌に後押しされて読んだ。
    面白い。9.11以降、世界で繰り返されるテロとそれを背景にした大国の正義とは?個人認証によってセキュリティを担保したと考えている世界とは?と現代社会が抱えている問題を取り上げており非常に考えさせられる事が多い小説。表題に関しては、言語・言葉を人間が獲得した「器官」として捉えるというテーマを中心に話は展開するのですが、この手の先駆者である神林長平の「言語兵器」という扱いとは別物でこの点もなかなか良かった。
    また初長編とは思えないほど小説の完成度は高い。初っ端なからクールで乾いた文体で語られる虐殺された人々の死体のディテール。その後も主人公の一人称で淡々と凄惨な戦場シーンが語られるのですが、この熱からず寒からずの文体が主人公の性格とマッチしており、謎めいたストーリーと相俟って先へ先へと読んでしまう。不思議な魅力ある文体だった。
    とりあえず、SF好きにはオススメ。ミリタリーSFですが、あまりアクションを期待すると駄目。(派手じゃないので)
    続きを読む

    投稿日:2013.09.24

  • 絶望と解脱感がない交ぜになった心地よい感覚

    久々に読んだ、読み応えのあるSF。というか、戦記物。

    この本から受け取ったテーマは、意思とは何か、その意思によって求められる自由とは何か、ということ。主人公は、(ことばや記憶やテクノロジーや組織やの影響を受けている)自分の選択が自分の意思によるものだったのか、を常に思い悩む。その過程が圧倒的な論理性と文章力で展開される。結果、主人公の抱える問題は、読み手である私にも突きつけられて、内省することになった。

    主人公とともに内省を始めると、ルツィアやジョン・ポールが語る、ことばや良心も人間の進化の過程で生まれた産物、器官のようなものだ、という考えには強く引きつけられる。私もまた、主人公と同様に。

    そのままラストまで突入すると、絶望と解脱感がない交ぜになった心地よい感覚がやってくる。エンディングは弱いという意見もあるようだけれど、この小説が主人公の内面を主軸にしたSFである以上、このくらいでいいのだろうと思う。
    続きを読む

    投稿日:2014.04.29

  • 突き抜けていた、伊藤氏。

    著者の早過ぎる訃報を耳にした当時、本当に言葉にならなかった。

    読み手を選ぶジャンル。
    それだけに、難解さはある。
    自分も完全には理解しきれていないと思う。

    それでも、たまらなく好きな作者だった。
    ダークな世界観の筆力は勿論、
    全体から滲む独特の雰囲気が、無双。

    もう伊藤氏の著作が読めないとは、辛い。
    「メタルギアソリッド」は渋く、
    こちらは深い。

    あれから月日は流れてしまいましたが、
    心よりご冥福をお祈りいたします。
    続きを読む

    投稿日:2015.04.26

Loading...

ブクログレビュー

"powered by"

  • あんみつ

    あんみつ

    このレビューはネタバレを含みます

    映画化のときのSFマガジンを読んで。

    映画の監督の村瀬さんが「これはクラヴィス個人の物語」と言っていて、たしかに読後感はポール・オースターぽい。クラヴィスの一人称なんだけど、クラヴィスが何考えてるのか今ひとつ分からず…ジョンポールやウィリアムズの方が分かりやすく共感しやすい。

    虐殺の文法、が具体的に何なのか、明示されていないことが怖い。今まさに使われていてもおかしくない気がする。

    レビューの続きを読む

    投稿日:2019.06.12

  • yoshi2013

    yoshi2013

    近未来のSFでありながらも現代が抱える苦悩、テロ、認証システム、貧困、軍事、環境問題、DNAそして人の倫理観や家族愛を盛り込みつつ、虐殺を促す言語という魅力的な仕掛けを軸に物語は展開する。
    軍事的ディテールや哺乳類の筋肉を使った機器、モジュール化された意識をON-OFFする発想なども秀逸。多数の文献が盛り込まれているであろう、圧倒的な情報量、そして残忍性に独特な世界観を感じる。濃密な読者体験。
    これを映像化するのは無茶な話だと感じる。
    自分の置かれた環境を守るために遠い国を内戦にするという発想は、愛するものへの懺悔が根底であることを考慮してもいささか無理はありそう。そういう意味では主人公であり語り部であるジョンシェパードが起こした内戦も、愛するルツィアを失ってなければおよそ実行しなかったろうし思い読了感に少々の疑問符が。
    人の死を強く意識する内容は作者が置かれた病魔との戦いにも無縁ではないであろう。人生を紡ぐ渾身の物語を。
    続きを読む

    投稿日:2019.06.02

  • koyama1026

    koyama1026

    12/3/25
    志村 和明
    「人間の自由とは、危険を回避する能力のことでもある」(『虐殺器官』/伊藤計劃)
    仕事の合間のご褒美的にチビチビ読み進めている『虐殺器官』だが、グッとくるフレーズがとても多い
    伊藤計劃という才能を失ったのは大変に残念だ。
    続きを読む

    投稿日:2019.05.31

  • ぽん

    ぽん

    昔の相方にもらった本。タイトルと表紙的にあんまり興味がなくて、もう7年も寝かしていた。
    一言で言うと、良い本でした。
    ストーリーの流れも設定も、そして言いたいこともよく考えられている。とても10日間で書かれたとは思えない。
    最初に伊坂さんを読んだ時に近い、この人の本をもっと読んでみたいという感覚になった。
    人間とは何か。どこまで機能が失われれば人間ではなくなるか。その機能でさえ、遺伝子で決められているとすると、個々の人間としての違いや意識、思考、言語などはどこまで意味を持つのか。
    とりあえず30年少し生きてきて、残りの時間はわからない。あと1年かもしれないし、あと60年あるかもしれない。こうやって自分の考えを表現したり、そもそも自分でいられる期間は非常に短い。”生きている”という、何かを発信したり、誰かに影響を与えられる間に、一体自分は何をしたいんだろうを考えさせられる。
    続きを読む

    投稿日:2019.04.14

  • sigatuyukai

    sigatuyukai

    三部作の中では最も好み。
    言葉がもたらす洗脳をテーマに戦争・テロリズムに切り込んだSF小説。かなりストイックかつハードボイルドな趣。登場人物の掛け合いは映画みたいにオシャレだし、シェパード大尉と同僚の軽口など楽しめましたが、全編ほぼシリアス。
    作中ギクリとする言葉が何個もあり考えさせられた。
    人は基本見ないものしか見ないし自分の半径50メートルが平和ならそれでいい。
    よその国で今起きてる虐殺より、自分を取り巻く日常を守る習性が悲劇を拡散させている。
    フィクションの壁を挟んで安全圏にいた読者をも共犯者にひきずりおろすような底力がある(引きずり下ろすといったが、ただ当たり前の事実に気付かされるだけかもしれない)
    知らないでいることは悪なのか。知ろうとしないこそ悪なのか。善悪とはなにか、正邪とはなにか。
    妻子を亡くしたジョン・ポールの選択は非情で過激だが、カウチに寝そべってピザやポテチを摘まみ、テレビの戦争映画に一喜一憂する私達は聖人気取りで彼を断罪できまい。

    映画も視聴済みだが、エンターテイメントしてはあちらのラストのほうがまとまりがよかった。
    原作のラストは蛇足と見る向きもあるが、個人的には気に入ってる(なんとなく浦沢直樹「MONSTER」と同種の雰囲気を感じる……)
    シェパードと亡き母の確執も挿入されるが、記録された言葉や映像は現実を補強するだけで事実を担保するに足り得ない皮肉が、作品の主題に通底していてぞくりとする。
    続きを読む

    投稿日:2019.04.12

  • midnightwakeupper

    midnightwakeupper

    小松左京指摘の欠点はもっともで大賞を逃したが。感覚も感情もマスキングした殺しのスペシャリスト達。国連のタスクチームが世界各地で“なるべく”平和になるようなツボの人物をターゲットに選んで除去していく。外科手術のようなものだから血の流れるのは止むを得ない!主人公にはナマの感情が残っていて倫理とか(延命措置を拒否して亡くなった母の)魂とかを気にしている(日本人らしい)。最大の標的に“自らは手を汚さずプロパガンダのみで虐殺内戦起こせる男”があった。彼は核テロで妻子を失い平和の為米英を標的とするプロジェクトを単身で続きを読む

    投稿日:2019.03.23

Loading...

クーポンコード登録

登録

Reader Storeをご利用のお客様へ

ご利用ありがとうございます!

エラー(エラーコード: )

本棚に以下の作品が追加されました

本棚の開き方(スマートフォン表示の場合)

画面左上にある「三」ボタンをクリック

サイドメニューが開いたら「(本棚アイコンの絵)」ボタンをクリック

このレビューを不適切なレビューとして報告します。よろしいですか?

ご協力ありがとうございました
参考にさせていただきます。

レビューを削除してもよろしいですか?
削除すると元に戻すことはできません。