竃猫さんのレビュー
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変身・断食芸人
カフカ, 山下肇, 山下萬里 / 岩波文庫
【評価はパス】不条理?どこが?
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物語の構造としては変身譚であるが、本作を特徴付けているのは変身したものが「毒虫」である点である。我々、理系の人間はそのモデルを理解するために変数を変化させて結果を観察することが多い。そこで、主人公が変…身したモノが「毒虫」でなかった場合を考えた。例えば、愛くるしい子犬に主人公が変身していたらどうだろう?「毒虫」と同じく家計には貢献できないが、嫌悪されることなく主人公も一家の中で一定の位置を占めることが出来たかもしれない。そうすると、本作を理解するポイントはカフカは何故、敢えて「毒虫」を選んだかということにあると思える。そして、更に何故、そのようなモノに主人公を変身させたか?である。
ところで、あなたははこう考えたことはあるだろうか?「私がもし働けなくなったら家族はどう思うだろう?」、「私の顔が事故や病気でキズを負っても恋人はそれでも愛してくれるだろうか?」、「私が周囲に受け入れて貰えるのは、何か私に価値があるからだ」等々・・・。つまり、自分自身の存在意義とか存在価値とかは何であるかと自問するということ。
歳をとるとか、病気で少しづつ、その価値が減少していくことは一般に多いが、カフカはそれを「目が覚めたら」という劇的な変化で、主人公を最も無価値で最も嫌悪する対象に”変身”させることで、読者に人間の存在の不確かさを提示したのだと思う。主人公の内面、妹への優しい気遣いとか、家族への貢献意欲とかは全く変化が無いのに、外見を変化させただけで、こうなる危うさを人間社会は持っているのだと。
世間では本作を不条理の代名詞と呼ぶ。曰く「なぜ変身したか説明されていない」、「人間が毒虫に変身するとは荒唐無稽だ」と。しかし、変身の理由は重要ではなく変身による結果をカフカは表現したかったのだし、毒虫に変身することはないがそのような極端な存在になった状況が必要だったので、本作を不条理と表現するのは不適切のように思える。
ここで、閑話休題。しかし、やり切れない話ですなぁ。
いや聞きますよ。リストラされたら即離婚されて慰謝料まで請求されたとか。労災でそれまでの仕事が出来なくなっのに結局会社に居づらくなったとか。家族間でもお互いに迷惑は掛けないで欲しいとか。
まぁ、事情は色々だと思いますが、やり切れない話ですなぁ。
一方でこんな台詞を書く作家もいて、少しホッとしたりもする。
息子「家族には迷惑を掛けないから、やりたいことをやらして欲しい」
父「家族なのに、迷惑かけ合わんでどうする!」
ところで、「転校生」(平田オリザ作)を見たのが、本作を読むきっかけであった。
その朝、突然、転校してきた生徒と、明日、転校して行く生徒のたった一日の邂逅。その2人の生徒が夕方の教室で友人たちの座席を、ひとつひとつ確認して行く場面が印象的だった。本作を読んで改めて考えると、あれは友人たちとの関わりの中で位置付ける自分というものを確認する作業を表現していたのかも知れない。中々、興味深い劇であった。
※★は総合評価に影響を与えたくないので、既レビュー者の評価に合わせました。
続きを読む投稿日:2015.10.28
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秘密結社の手帖
澁澤龍彦 / 河出文庫
かの人の語る如く語る人を知らず
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昔から、『カソリック教会の転覆を諮る秘密結社の首領を、謀略が成就する一歩手前で追い詰めたら、地方の平凡な修道院の”うだつ”の上がらない万年修道士だった』、といったモチーフの物語が読みたいと思っていた。…残念ながら本書は実在の秘密結社を紹介した真面目なものである。知識欲が旺盛な人には興味深く読めると思う。
翻訳物を巡る係争および世評に関しては、一旦、置くとして、それを煽るかのような本人の言動や露悪的な態度は、もしかしたら演出または屈折した心理の発露でもあったのだろうか、と思える。本作などは噂に違わぬ博覧強記ぶりを遺憾なく発揮しているほか、行間に垣間見える著者の判断能力は健全な良識人のものである。澁澤龍彦という個性についての更に深い今後の研究が待たれよう。
”営業妨害”になるやも知れないので、”あちら”にはコメントを付さないが、桐生操の秘密結社に関する著作の主要部分は本書からの引用でもある。より硬派ではあるが、オリジナルを味わうのも一興と思う。
続きを読む投稿日:2016.06.13
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シングルママの涙と誓いの出生届け
良歌の宮・こころ / いるかネットブックス
シングルママの涙と誓いの出生届け
良歌の宮・こころ
アダルト分類は違うと思う。この作者にもっと語らせるべきでは?あと女性はどう読むだろう?
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誰かに勧めるには、難しい種類の本です。でも、多くの人に読んで欲しいと願いたくなる本です。
勧め難い理由は、本作がアダルト分類になっているからではありません。
(この作者の他の作品は別として)このシリー…ズは、いわゆるアダルトとはちょっと違うと思います。
勧め難い理由は、余りにつらい体験が語られているからです。
こういう感想を持つのは作者や同じ境遇の人たちに悪いと思いますが、自分の平凡でささやかな幸福を有り難い、と感謝する気持ちになりました。
私は男性なので、女性は本作を読んで、どう思うのか分かりませんが、捨てるのも母親という存在ですが、この作者のように頑張ってくれるのもまた母親なんですね・・・。
取り敢えず、自分のお袋に優しくしてやろうと思います。なんだかんだと言っても、女性って凄いですね。
きれいごとと思う人も多いでしょうが、社会的弱者が悲しまずに生きていける世の中を、良い社会と言うのだと信じています。
本作を世に出してくれた作者、関係者に敬意の念を表します。
続きを読む投稿日:2014.12.02
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科学の知が伝統的手法を進化させる 意思決定プロセスのカイゼン
トーマスH.ダベンポート / ダイヤモンド社
【評価はパス】電子版で読めるダベンポート
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BPRの提唱者ダベンポート。今じゃBPRなんて当然かも知れないけど、20年前は『プロセス・イノベーション』に驚かされたものだ。ダベンポートを読むなら『プロセス・イノベーション』が初歩にして基本だけど、…権利関係の都合で再版されることはないらしいので、替りに電子書籍で読めるならこれでも良いのではないかと。
『プロセス・イノベーション』の訳者によると、ダベンポートは原書からして関係代名詞とかが複雑で難解で、翻訳に苦労したそうだ。本書の訳者も同様だったろうか。
続きを読む投稿日:2015.12.13
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マネジャーの実像 「管理職」はなぜ仕事に追われているのか
ヘンリー・ミンツバーグ, 池村千秋 / 日経BP
【評価はパス】
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『マネージャーの仕事』から始まるミンツバーグの主要テーマ。ドラッカーは確かに偉人だけど、日本人ならミンツバーグを読むことを勧める、と言う年長の同業者の知人もいる。個人的に同感である。
ドラッカーは使…うのがコワイんだよね。長い人生で色々な事を沢山言っているから、主要な論拠として引用した日には、正反対の事を言っている文献がひょっこり出て来るんじゃないかって心配になっちゃう。
そこいくと、ミンツバーグは反アメリカの軸がブレないので、安心。
続きを読む投稿日:2015.12.13
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零式戦闘機
吉村昭 / 新潮社
【評価はパス】祝!MRJ初飛行成功!
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小生がレビューを追加するまでもないが、枯れ木も何とやらとか。
同じ無理でも、武蔵の建造の無理と零戦の無理では性質が異なる。零戦の無理は、コンフリクトする要求を如何に制約条件内で実現して見せるかという…もの。
本書を紙書籍で読んだのは、約15年前だったか・・・。丁度、YS-11の開発史についてレポートを書いていたので参考になればと思って読んだ。対比してみると、東条氏も堀越氏も細部にまで理論的な理由付けに拘りぬくという設計姿勢が同じであると思う。それは、上記のように飛行機というものの特性に由来する当然の類似なのかも知れない。
面白い体験談をご紹介しよう。レポートの参考になればと当時新橋の航空会館で一般向けにMRJの概要を紹介するセミナーが夕方からあったので聴講したときのことである。講演が終わり質疑応答になったので、仕事に戻るため席を立った。ドアに静かに近づきサッと会場の外に出たら、ビックリ!白人のスーツ姿の若い男がドアに耳をくっけて講演を盗み聞きしているのと目があった。こちらも驚いたが、向こうはもっと驚いた様子で、愛想笑いを浮かべ非常に流暢な日本語で話しかけて来た。曰く「どうですかぁー?良い飛行機が出来そうですか?ハハハハ」とね。小生は毅然と「当たり前じゃないですか!」と断言し立ち去った(笑)。
あくまでも個人の感想だが、なるほど「国家に真の友人はいない」と思った瞬間であった。
続きを読む投稿日:2015.12.13