ABAKAHEMPさんのレビュー
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このユーザーのレビュー
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鳥取力 新型コロナに挑む小さな県の奮闘
平井伸治 / 中公新書ラクレ
やってることは大きな、小さな県の奮闘
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早期検査・早期入院を原則とし、感染者が出ればローラーでPCR検査をかけて囲い込む、積極的疫学調査を実践する県の取り組みと、小ささや弱さを逆転の発想で強みに変える戦略を紹介している。
印象に残ったのは…、鳥取中部地震後に行なった県による、きめ細かな支援の広がり。
規模は大きいが特徴的な揺れ方で倒壊家屋は少ないが国からの支援が一番得にくい一部損壊家屋に対して、現行制度に囚われず損害の程度に応じて切れ目なく助成し、無利子融資が救済とならない零細向けに新たな補助金を創設し、そこからも取り残される家屋に福祉的アプローチで手を差し伸べている。
災害の現場から実情に即した対応を、柔軟に行なっていく姿勢が、現在の感染症対策にも生かされているのだろう。 続きを読む投稿日:2021.04.29
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熊楠と幽霊(インターナショナル新書)
志村真幸 / 集英社インターナショナル
熊楠と猫の話
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"熊楠と幽霊"の話が、やがて"熊楠と猫"の話に変わり、実は私も猫好きでとよくわからない展開に。
熊楠が魂の実在を確信するのは、帰国後の神秘体験や文献狩猟の後だと結論づけているが、本当かなぁ。
南方…家の飼犬が行方不明になり、一家総出で探し回った時、熊楠が「いまポチの魂が通り抜けていった」とつぶやくエピソードを紹介した時も、飼い犬との絆の強さで片付けてしまう程度なので、そもそもこのテーマに向いてない気がする。
読んでて想起したのは、小林秀雄が講演で語った祖母の魂の話で、最初から疑う余地もないほど自明だった気がする。 続きを読む投稿日:2021.04.30
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理論疫学者・西浦博の挑戦 新型コロナからいのちを守れ!
西浦博, 川端裕人 / 中央公論新社
将来の感染対策の礎となるか、反面教師となるか
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ダイヤモンド・プリンスでの感染分析に携わってる時に、米国大使館やCDCの研究者から「お前らでやれんのか? 助けてやろうか?」と心配される場面からスタートする所は、原発事故と同じ。
ただ、数理モデルの…プロが持てるスキルを駆使して、未知の感染症の潜伏期間や発症間隔、重症化リスク、基本再生産数などの推定値を割り出していった点は、原発と異なり、大きな指針を示せたのではないか。
しかし、彼の真の意味での挑戦は、専門的な知見をいかに国や政府に理解させ、擦り合わせ、浸透させるかにあり、その部分においてはやり残した面が多い。
いい意味でも悪い意味でも、従来の諮問機関の専門家の枠からはみ出している。
「ちょっと太り過ぎ」「ストレートに言い過ぎ」「ピュア過ぎる」など、仲間から率直な意見をもらえる懐の深さが国民にも伝わって、親しみやすさとなって「8割おじさん」という愛称で呼ばれることになる。
政府や厚労省も、彼なしには政策の決定の妥当性の確証が得られないが、時に"理屈はいいから結論を"急かし、コミュニケーション不足をデータの信頼性に結びつける。
外したときには格好のスケープゴートとされるが、自らの発信力を強め始めると、外に出された印象も。 続きを読む投稿日:2021.05.04
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ロッキード
真山仁 / 文春e-book
なぜ角栄の名前の公表は伏せられなかった?
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この事件も、本能寺の変と同じく、"本当の真相はこうだ"とか、"黒幕は誰だ?"といった謎解き合戦と化していて、角栄人気が続く限り、止むことはないのだろう。
春名氏の『ロッキード疑獄 角栄ヲ葬リ巨悪ヲ逃…ス』と比較すると、面白い。
問われた罪は正当なものではなかったのではないかという、著者の立場はあらかじめ表明されているので、わかりやすい。
週刊誌連載のためか、細かい所を深堀りしてるというよりは、事件関係者の証言を幅広く拾い、著者のフィルターを通して、印象や感想が述べられるというスタイル。
著者は、角栄を蛇蝎のごとく嫌ったキッシンジャーの策謀という説を否定し、全日空-田中-ロッキードという従来のルートではなく、児玉-CIA-ロッキードというラインが事件の本筋と見ている。 続きを読む投稿日:2021.05.10
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BAD BLOOD シリコンバレー最大の捏造スキャンダル 全真相
ジョン・キャリールー, 関美和, 櫻井祐子 / 集英社学芸単行本
日本語の副題が冴えないが内容は大満足
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この手の花形スタートアップの転落物にありがちな、ジェットコースターのように、悪事を徐々に小出しにしながら読者に一度「ユニコーン」と持て囃されるようになる高みを見せ、一気に落とすのではない。
ど頭から…許しがたたほどの嘘や捏造の証拠を積み重ね、並行してあれよあれよと多額の投資が集まっていく様を見せつけられるので、やきもきさせられ、早く露見しろと念じながらページを繰ることになる。
リーダビリティは抜群で、章ごとに主に元社員の複数の視点が切り替わり、小説を読んでいるよう。
だから18章から19章に切り替わる瞬間は最高。
エリザベスは、ジョブズを信奉して真似ていたのではなく、そのものだと言っていい。技術的な制約などお構いなしに、まずイメージする大きさとデザインがあり、それを技術陣に開発を強要し、現実歪曲空間を作り出し、聴衆に訴えかける力は抜群。
あの若さで、CEO解任されかけた絶体絶命のピンチを乗り越えるなど、ジョブズ以上の一面も。
ジジ殺しぶりも堂が入っていて、キッシンジャーやシュルツ、バイデンなど、彼女の手玉に取られた大物も数知れず。
現役士官でも呼びだされて無事生還したことを祝われるほどの狂犬マティスまで彼女に入れあげた。
パラノイアじみた極端な秘密主義も、社員に対する非人道的な扱いも、どれをとってもジョブズそのもので、欠けていたのは、彼女の構想を実現できなかった開発陣の力量なのかという気もさせられるが、唯一ジョブズとの決定的な差異はサニーの存在だろう。
本書で唯一明かされなかった謎は、エリザベスとサニーとの関係で、ほとんど利用価値もないマヌケを社内の幹部として遇していたのは、マヌケの増殖をとことん嫌ったジョブズと異なり、なぜ彼が必要だったのか最後までわからなかった。
ちょっとベールに包まれた魅力的なキャラで、映画化が楽しみだ。 続きを読む投稿日:2021.05.16
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エマニュエル・トッドの思考地図
エマニュエル・トッド, 大野舞 / 筑摩書房
今日の突然で極端な変化を捉える
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日本では"フランスを代表する知性"と持て囃されてるが、実は国内の知識人からは批判され無視され続ける引退間近のハグレ者。
執筆時の昨年夏前、ブルゴーニュに避難してきたはいいが、すでに妻と末娘はパリに帰…ると言い出し、長女とは何ヶ月も口も聞いてもらえないなど寂しい一面も。
こういう率直すぎる繰り言の次には、突然と研究者の卵に向けての至言が飛び出すという、不思議な魅力を兼ね備えた一冊。
いいアイデアが浮かぶのは決まって鬱状態か、精神的に追い込まれている時で、ソ連崩壊の予言につながる発見も、恋愛上の問題を抱えていたから。
「うまく機能しすぎる知性では、突飛な関連性を見いだせない」
「未来を見たいと思うのであれば、一歩下がって歴史的な観点からの考察が必要不可欠」
「社会には複数の教会がないと、個人の居場所を確保できない」
「決断への恐れとは、他人の反応に対する恐れではなく、自分が決断することへの恐れだ」
「アイデアを得るためには、ひたすら何でも読むべき」
コロナ後の世界は、エリート層への復讐心が燃え上がり、新たな階級闘争の始まりを予言するが、正しさを見届けるのは、余命少ない私ではなく、あなたたちだと結ばれている。 続きを読む投稿日:2021.05.28