
犯人に告ぐ : 3 紅の影 下
雫井脩介
双葉文庫
形無しの捜査一課の無能ぶり
完結させず続きがありそうな尻切れとんぼで終わったことが唯一の驚きだった。 作者の狙い通りなのか、苦し紛れなのか、よくわからない。 リップマンこと淡野という天才詐欺師の造形は見事だった。 大胆かつ細心、人間関係や心理状態を読み切り、細部まで策を巡らせ、相手の裏をかく。 「信じるより騙すほうが確実」という信条そのままに、主従関係から意図通り動くことが確実とされる人物に対しても手当を怠らない。 内心では警察の介入を望んでいる黒木の迷いを消すため、わざわざ警察に扮して現れることで安心させたり、秋本の裏切りの可能性を消すため、あえて彼を受け渡し役に指名したりする。 今回は彼の集大成たる最後のシノギに周りが翻弄される様を描きつつ、最後は巻島ら神奈川県警の捜査の網にかかるというという流れだと、始めから予想はついていた。 あっけなく逮捕させるわけにはいかず、淡野の周到な計画の上を行くような策謀で、最後の逆転劇を演出したい、と。 でも、この結末はどうなんだろうな。 秋本の機転と淡野の油断ということになるのだろうが、それでいいのか。 確かに淡野も思いのほかオッチョコチョイだ。 細心の注意を払っているはずなのに、殺害した向坂のシャツにわざわざ手がかりを残し、渉に付き纏う寺尾を事前に排除せず、不測の事態を招いている。 何よりワイズマンからもらった名前を後生大事にあらゆるシノギで使いまわしてしまっているため、顔写真とともに名前から、広域手配が完成してしまっている。 公開捜査についても不満がある。 始める段階ですでに入手していた横顔写真と名前を使って、広くTVで呼びかけていれば、実は簡単に事は達せられたのではないか。 それをわざわざリップマン本人である事を証明するための、専用アバターのログインパスワードととしてしまったため、その後の公開捜査では打つ手がなくなり、ただ巻島がリップマンに向かってだらだらと話しかけるだけの、誰得状態になっている。 犯人側からしたら、ネッテレのいい宣伝になるは、アワノの公開を封じられるは、番組時間帯に受け渡しをぶつけて、巻島の動きを封じれるはのいい事尽くめなのだ。 警察小説ということだが、とにかく警察の不甲斐なさぶりが際立つシリーズだった。 若宮や秋本など、リップマンに弱みを握られ、裏取引を強いられてからの動揺ぶりが半端ない。 警察組織の捜査一課の有能さはどこかに消し飛び、オタオタして、ひたすら無様。 嘘や騙しを見破る側が、逆の立場になるとこうもシドロモドロで、汗かきまくりの挙動不審ぶりでなんなんだと。 この後も続編が出るかはわからないが、巻島の決め台詞「震えて眠れ」とチョンボ小川のどでかい当たりで解決に至るのはお約束なので、きっと踏襲されるだろう。 ただ、もう少し本来の警察小説を読ませてほしいと願わずにはいられない。
0投稿日: 2024.07.13
犯人に告ぐ : 3 紅の影 上
雫井脩介
双葉文庫
犯罪者の行動原理
勘の鈍い読者でも本書の冒頭から、淡野の金主の正体から、警察内部の内通者の名前までわかってしまいとても残念。 前2作から登場させていれば最後の最後に明かしても効果的だったろうに、いつまでも謎のままでは引っ張れないと判断したためか、仕方ないことなのだろう。 ただ、横浜県警に仕掛ける淡野の最後のシノギの内実まで明らかにしてしまったのは、何とも拍子抜けだった。 細部まで読み込まなくても、ワイズマンが何をターゲットとしているのか、それにより何を狙っているかまで透けてしまっているので、下巻へのモチベーションが上がりにくい。 本シリーズは、物語の舞台である横浜へのIR誘致計画だけでなく、「赤福餅」「白い恋人」の消費・賞味期限の改竄事件や、北海道県警による裏金事件など、実際に起こった出来事を連想させるシーンも数多いのだが、そんな既視感も気にならなくなっていたのは、何重にも仕掛けられた巧みな騙しの手口やトラップが読みどころとなっていた。 下巻では、是非あっと驚かせる展開が待ってるといいのだが。 唯一面白いと思ったのは、淡野の行動原理を記した部分。 犯罪を通して、自分自身の生存確認を続けていて、「現実社会をその手でねじり上げ、そのゆがみの形でもって自分の存在を誇示している」社会的動物だとする。 この社会から、本能のように自らの痕跡は消し続けるのに、もう一方では超然的に捩じり上げ続けることで、実行者たる自身の存在を誇示していると。 これほどの浮世離れした天才詐欺師像で造形をしているのに、カモにしていると信じていた老女にはすべてお見通しで、逆に掌で転がされていたことを知る件は、シラケさせるものがあったが。
0投稿日: 2024.07.12
犯人に告ぐ2 (下) 闇の蜃気楼
雫井脩介
双葉文庫
誘拐トリックの進化形
国内外ですでに数千冊はあると言われる誘拐ミステリに、新たなトリックを持ち込むのは相当に難しい。 企業脅迫により株価の暴落を狙ったものから、勝ち馬なのない馬券を大量に買うように指示してレースの配当で回収するもの、さらには身代金持参人を点字で誘導して警察の監視の目を搔い潜るものまで、それこそ多種多様にある。 今回の肝は誘拐に、オレオレ詐欺で培ったテクニックを応用する点にある。 犯人側から被害者家族に要求をどのように伝えるかというのは、常に誘拐トリックの勘所となるのだが、誘拐に見せかけた強請の側面を持たせるとすれば、被害者は解放後に金を支払っても何ら不自然ではなくなるし、逆探知など気にする必要もなくなるわけだ。 受け子によるオーソドックスな身代金受け渡しが失敗した後に発動されるプランAも、携帯すり替えと声真似によって、指示の伝達や運搬人の選択といった問題を楽にクリアできている。 特に声真似は、本書の刊行時には想像もつかないレベルでAI技術が発達した現代では、本書のトリックを超えるさらなる強奪が可能で、それこそ警察の介入前に誘拐した被害者家族に接触し、監禁中の本人になりすまして金品の移送指示が可能なことを考えると、現実は本書以上のサイバー犯罪がいくらでも可能なのだと気づかされる。 声真似などではなく本人そのものの声で、録音など仕掛ける前に指示ができるということは、もうすでにこのような身代金授受が密かに行なわれていてもおかしくない。
0投稿日: 2024.07.10
犯人に告ぐ2 (上) 闇の蜃気楼
雫井脩介
双葉文庫
新手の誘拐ビジネスの指南書
闇の犯罪組織の指南書として使えそうなノウハウが満載で、ある意味ヤバい。 前半の振り込め詐欺のパートではなく、その次の誘拐ビジネスの部分だ。 従来の誘拐が警察の介入をいかに避けるかを前提としていたのが、今回のそれは警察への通報をあらかじめ織り込んで組み立てられている。 親子を別々に監禁するが、決して手荒なマネはしない。 監禁中は父親に、これがお互いの信頼関係の上に成り立つビジネスであると繰り返し語って聞かせる。 一足先に解放させる父親には、それでも数日の監禁がどれほどの苦痛であったかを思い出させ、後に残す子供に対し、さらにそれを強いることがどれほどの負担となるかを考えさせる。 しかも奇妙な話だが、父親の心の中は数日の犯人との共同生活で、彼らへの憎しみより、犯人との取引内容をいかに円滑にすすめか、警察にそれをどう隠すかの思案に占められていく。 鍵となるのが、勝俊の個人秘書である黒木の存在だ。 解放後、表向きの取引に向かう勝俊には警察からのマークがつくが、信頼のおける秘書の行動はマークの対象外で、今度はこちらが犯人側との影の窓口となる。 当然、このやり方は秘書である黒木が、勝俊の意に反して警察に通報しないことが前提となるのだが、先のリストラでもしぶとく会社にしがみつき、如才のなさより従順さや愚直さによって採用された経緯がここで生きてくる。 黒木はこの重要な役割のうってつけの適任者なのだ。 それも数日の監禁中に、勝俊から根掘り葉掘り話を聞き出し、金の運搬役を誰にするのが適任か決定していくのだ。 さらに監禁中の部屋には、壁一面にいろいろな男の顔写真を貼り、被害者の記憶を混乱させるという念の入れよう。 誘拐の際、相手を言葉巧みに誘導し、どのように信頼させて自ら車に乗せるのか、その過程で目撃者の数をいかに減らすか。 本書を読んである程度の能力があれば、きっとこう考えるのではないか。 これを応用していけば、たかだか1回で数十、数百万の金しか奪えない振り込め詐欺より、1回で数千、数億の額が奪える新手の誘拐ビジネスに手を染めてみようかしらんと。 杞憂だろうがその点、少し不安を覚えた。
0投稿日: 2024.07.09
犯人に告ぐ 下
雫井脩介
双葉文庫
「今夜は震えて眠れ」はいいんだけど
日本では現役捜査官がTVで、犯人に直接呼びかけることなどまず起こらない。 ただ海外では、犯人の身勝手な言い分が広く拡散された実例はある。 そうした公開捜査が功を奏して、実際に犯人が捕まった有名な事件はユナ・ボマー事件だ。 数十年に渡り無差別の爆弾テロで全米を震え上がらせた犯人は、ハーバード卒で数学の博士号まで持つ超エリート。 火薬の知識だけでなく爆弾の製造に精通し、しかも半ば世捨て人のような状態で文明と切り離されているがために、誰とも接点がなく、足取りも追いづらい難敵だった。 数少ない目撃情報の線も不確かで、完全に捜査は行き詰まっていた。 この時に突破口となったのが犯人からの手紙で、言語学者が加わって、言葉遣いから世代を絞り込むなど、文章を細かく解析することで人物像を割り出していった。 ただ一番の決定打になったのは、犯人が文明批判を主張する犯行声明を新聞社に送りつけ、公開しないと更なる犯行を予告し脅迫したことだった。 マスコミも警察も理不尽で一方的な犯人の手記をそのまま新聞に掲載することには躊躇したが、結果的にはこれが肉親の目に留まり、身内からの通報で解決の糸口が生まれたのだ。 本書での公開捜査の狙いは2つある。 1つはすでにマークしている容疑者を絞り込むためのもの。 疑惑の濃い数百の不審者をマークさせ、手紙の投函など行動を監視することで、無関係だとわかった人物を潰していく裏付け的意味合いである。 もう一つは、手紙のやり取りを重ねることで、何らかのボロを出させるという罠的な意味合い。 あらためて感じるのは、公開捜査でなければ辿り着けないほどの理由を犯人側に用意してほしかったこと。 それとこの際、情報漏れのくだりや「ワレ」事件の無理くりな決着のさせ方などはバッサリと省いて、班長から組織のすみずみまでを有機的に動かす、全体的な取り組みを見せる本来の警察小説だったら、もっと評価できたのに残念だった。
0投稿日: 2024.07.09
犯人に告ぐ 上
雫井脩介
双葉文庫
「ワシ」か「わし」か
警察小説にはデカとブン屋の絡みがつきものだけど、思わず引き込まれるようなやり取りがのっけからある。 捜査員に駆け寄り情報を取ろうとする番記者が、報道協定が敷かれているため隠語で、野球の試合になぞらえ捜査の進捗状況を聞き出していく。 「回は終盤で、リリーフが登場する頃合いだ」とかなんとか。 極めて自然で阿吽の呼吸といったさりげなさで、とても巧いなぁと感心させられた。 現役の捜査責任者がニュース番組に出演し、事態の打開を図っていく奇策もさることながら、その報道機関との打ち合わせ交渉の過程も丹念に描かれて興味深い。 報道の自主性を確保したい番組側の警戒心と、広く視聴者からの情報提供を呼びかける体裁を取りながら、その裏で犯人をおびき寄せる餌として利用したい警察側の思惑が交差して、ずいぶんと読ませ、下巻への期待感を高めているる。 主人公を苦しめる「ワシ」と呼ばれる犯人、てっきり「鷲」なのだろうと思っていたら、「一人称」とのことだそうで驚く。 それならカタカナではなく、かなで記すべきではないかと思うのだが、どうなんだろう。 「さぁ、やれや。わしを逃したらぁ、何遍でも狙うたるどぉ」は『仁義なき戦い』の広能昌三の有名な台詞だが、広島・岡山の方言は、もはやカタカナ表記の「ワシ」となるほどに異質な言葉になっているのだろうか。 「わしゃぁのう」や「おどれら」も、全国的には人口に膾炙してるのかと考えていたが、単にヤクザ映画を見過ぎただけで、一般的には「ワシャァノウ」や「オドレラ」といった、外国語的なニュアンスを帯びてしまっているのだろうか。
0投稿日: 2024.07.05
イーロン・マスク 下
ウォルター・アイザックソン,井口耕二
文春e-book
死ぬまでに火星に行く、絶対に
ちょうど読んでる時にニュースで、トヨタの豊田章男会長の昨年度の役員報酬が16億で歴代最高と報道されていた。 ただしイーロン・マスクは8兆円なので、トヨタ会長の5千人分ということになるわけだが、本書によればマスクは、テスラだけでなくスペースX(スターリンク含む)、ツイッター、ザ・ボーリング・カンパニー、ニューラリンク、X・AIと合計で6社も経営しているのだから、比較するのがそもそもおかしい話。 「1秒もおろそかにするな、死ぬまでに火星に行かなきゃいけないんだ」 複数惑星に人類の命を広げるという壮大で高邁な長期的な大目標が、短期的で卑近な、現実的な商業利用などによって支えられているのが、マスク流のビジネスモデルだとする指摘がある。 火星行きミッションの資金は、スターリンクによる有料の低地球軌道インターネットサービスで、ニューラリンクの脳埋め込みチップ開発資金は、難病のALS患者に向けた神経サポートで、などだ。 ただツイッター買収に関してだけは、民主主義を守るためだとか、自由に語り合える公共空間を維持するためだとか言っているが、結局は膨大で活きたリアルタイムデータを収集したいだけだろう。 すべては火星での生活を考えれば、物理的な人型ロボットも必要だし、無人の自動走行車も必要になる。 そのためのAI開発だと考えれば、すべてがつながっていく。 ひとりで勝手に警報器を引っ張り、シュラバを宣言するのも、「死ぬまでに火星に何が何でも行く」という切迫感の裏返し。 あり得ない非現実的な納期をかかげ、工場では技師に無理難題を突きつける。 「きっとサボっているに違いない」「計算なんかしてないんだ」「調べてもないはずだ」 - 部下への注文は、こうした心の底からの不信の塊から来ている。 「炭素繊維よりステンレスだ」「1分もかかるはずがない。53秒にしろ」「サーバーの引っ越しなんて30日でやれ」など。 「できません、やれません、無理です」などの言葉には烈火の如く怒り出す。 指示する数字や事項が的確だとか、直感が結局正しかったとわかったとか、それはたぶん何かのバイアスで、膨大な失敗談は無視されてる結果だろう。 確かに、選択肢を提示させてお勧めは何かと聞くリーダーよりは数段マシではあるが。 何を選ぶかは自分で決める。 すべてがオールインで、そのためには現場での長期間の寝泊まりなど躊躇しない。 ただしこれは、親身になっているからではなく、部下が指示通りやっているか不安だからということに尽きるのだが。 ジョブズもシンプルにしろ、あれをなくせ、これをなくせと言っていたが、マスクのそれも負けていない。 接続なし、配線なし、つなぎ目なし、ひとまとまりのパッケージ化が基本原則で、その啓示はおもちゃのレゴブロックから来ている。 何百・何千というパーツを組み上げるのではなく、一塊の一体成型にすれば安上がりだし、品質も保証され、トラブルも少ない。 デカい鋳造機を探せ、なければ自分たちで作れ、と。 あれもなくせ、これもなくせの連続で、その結果、打ち上げに不可欠なパーツをなくしたことが原因で失敗しても、これはいるんだなと納得顔。 とにかくアンパイに走るな、ギリギリを攻めろ、規則や要件は無視しろの一点張り。 「エンジンが爆発しないということは、努力が足りないということ」 つまり、成功の積み重ねなんて大事を取り過ぎてるからで、何の価値もない。 失敗して学ぶ、それが基本原則。 「リスクをなくす設計なんてしたら、どこにも行けやしない」と。 製品の設計と製作を分けてはならないというのも、首尾一貫している。 設計技術者を生産のトップに据えたり、エンジニアリングチームは組立ラインの横に移す。 テスラでも、スペースXでも、ツイッターでも一緒。 あらゆる階層をエンジニアリング主導で作り替える。 生産はアウトソーシングで、などという発想はそもそも頭にないのだ。 状況がひどくなるほど元気になる。 逆に、安泰の状態だと落ち着かない。 シュラバを求め続けるのは、南アフリカ時代から変わらぬマスクの本質で、「狂ったように働きます」が部下に求める基本姿勢。 成功より失敗、安心より切迫感。 "機が熟すまで待とう"とか、"誰かがやってくれるはず"などという他力本願的な思考は一切ない。 自分たちが動かなければ、無理矢理にでも引き寄せなければ、未来なんていつまでたっても来やしないんだから、という固い信念がそこにはある。
0投稿日: 2024.07.03
イーロン・マスク 上
ウォルター・アイザックソン,井口耕二
文春e-book
気が狂いそうな切迫感を常に持て
上巻だけで51章、下巻まで含めると全95章。 たいして大著でもないのに、この章数は細かく刻みすぎな気がしないでもないが、それだけ盛りだくさんな人生ではある。 上巻だけで何度も結婚と離婚を繰り返し、何社も会社を立ち上げ、テスラとスペースXを軌道に乗せて終わる上巻だが、マスク自身の心模様は一向に安定しない。 ジョブズの公式伝記本の著者だけに彼との比較の記述は多い。 どちらも穏やかに問題を解決するタイプではなく、部下に辛く当たり、くそ野郎になりがちで、あの性格と成果はセットなのか、共感能力という人間にとって本来不可欠な脳内の配線が欠如しているにも関わらず、いやそれゆえにこそ事業経営を成功させているのではないかなど、共通点も多い。 ジョブズの現実歪曲フィールドは有名だが、マスクも気が狂いそうな切迫感を部下に強い、非現実的な期日を設定して社員を慌てさせる。 それと両者とも悪魔的とも思えるほど直観が鋭く、航続距離の目標を達成するためにテスラに何個のバッテリーセルが必要かについても、社内で何週間も時間をかけて出されたセル数を速攻で否定し、到底無理だというような絶望的なセル数でやれと強いるが、最終的にはその通りとなり、「勘で正解を言い当てた」と周りを唸らせてもいる。 アントンプレナーとは実のところ、リスクを極力小さくする人々なのだが、マスクはリスク大好き男なので、極限までリスクを大きくしようとする。 企業を思いとどまらせようと、ロケットの爆発シーンを集めた動画を見せたって、逆に打ち上げ会社を作るという決心を後押しする結果になっている。 常識では不可能なら、非常識が必要になるだけだと、覚悟を決める。 その際、このリスク中毒男は、船に火をかけ、他の人々の逃げ道をなくしてしまう。 いつでもどこでも背水の陣を敷き、「いいぞいいぞと」アクセルをめいいっぱい強く踏み込むのだ。 問題を上手に避けようなどとは露とも思わず、何なら早く失敗した方がマシだと考える。 何が問題なのかをさっさと突き止め、いかに早く解決するか、失敗して学ぶんだという姿勢。 ジョブズもマスクも、何か問題を見つけると、それを何が何でも解決する、そうせざるを得なくなるという強迫性障害を持っているが、それがいい方に働けば、常に改善のアイデアが生まれる好循環を生むのだが、一方で社員は次々とクビを言い渡され、古参も少しずつ周りからいなくなる、殺伐とした職場も生んでいる。 テスラでもスペースXでも、主要部品を内製化することで、航空宇宙業界という締まりのないぬるま湯だった世界に風穴をあけ、コスト構造の変革をもたらしたという側面は確かにある。 だが、テスラの自動運転による死亡事故に際しては、ひとりふたり死んだからってどうだというのだ、オートパイロットでどれだけ事故が減らせたか考えろと居直ってもいる。 アスペルガー症候群、自閉スペクトラム症などいろいろと呼ばれているが、端的に言えば、他人への徹底した無関心、そして恐怖心が遮断され、周囲と喜びや共感を深いところでは全く結べないサイコパスと言っていいと思う。 ジョブズと異なるのは、彼ほど病的な秘密主義でないこと、それと親族との濃密な関係性、とりわけ影のようについて離れない弟キンバルの存在は見過ごせないものを感じた。 取締役会で、悪魔モードに変身し誰彼となく弾劾を続けるイーロンに、静かに手を挙げ、彼の間違いを指摘し黙らせたかと思えば、二回目の結婚の際には、2年待つように強く勧めて従わせてもいる。 若い頃は取っ組み合いの喧嘩をするほどの仲だったのに、いつのまにか兄を導く指南役になっている。 父親との関係にスポットが当てられているが、この兄弟の関係も非常に興味深い。
0投稿日: 2024.06.22
生きるチカラ
植島啓司
集英社新書
あらゆる選択は誤りを含んでいる
正しい選択と間違った選択があるのではない。 どの選択にも一定程度の正しさと誤りとがともに含み込まれているのである。 幸運は自分のもっとも弱いところに不運となって戻ってくる。 「1つのマイナスでその人を嫌いになる」より「1つのプラスでその人を好きになる」ほうが、はるかに人生を楽しめるはず。
0投稿日: 2024.06.14
罪悪
フェルディナント・フォン・シーラッハ,酒寄進一
東京創元社
2話で断念
語り口は"淡々"というより、体言止めを用いた新聞記事を読んでいるよう。 これなら実際の事件を新聞で読んだ方がいいやと思い手を止めた。
0投稿日: 2024.06.14
