
海賊とよばれた男(上)
百田尚樹
講談社文庫
優れた教育小説
歴史経済小説というより優れた教育小説というか、感動に浸るというよりは、いまやってることに真剣に取り組もうという気にさせられる本。 主人公の親身で一貫した指導がどのように培われたのかも興味があるが、家庭教師のアルバイトをしていた頃から鐵造のすぐれた教育方針を見抜いた日田も凄い。 働いてもいない自遊人が一流の企業家を育てる過程でもある。 それと最後まで読者を飽きさせず読ませてしまう作家の力にも感心した。 こんな男たちがいたんだと知ってもらいたいと熱が読者に伝播してくるのは、技巧だけでもないのだろう。
0投稿日: 2024.06.14
海賊とよばれた男(下)
百田尚樹
講談社文庫
読者を飽きさせず読ませる力
「玄冬」編の期日内での製油所建設と生産調整をめぐる最後の喧嘩がもっとも面白かった。
0投稿日: 2024.06.14
おれは鉄兵 (1)
ちばてつや
コルク
相手の癖を見抜く鉄兵の面白さ
何年ぶりかの再読で気づいたこと。 ・相手の癖をアドバイスをする際、たまたま見学中に休んでいた対戦相手は分からなかったが、残りの四天王はバッチリ分かると請け合い、鉄兵がニンマリしたところが一番面白かった。 ・バトルものの原型。どんどん強敵化する対戦相手を次々と破っていく爽快感。手も足も出ない中条が東大寺学園では下から数えた方が早いという、敵の強さの見せ方もいい。 ・相手の癖を見抜きアドバイスして弱い味方を勝たせていくというのも新鮮。
0投稿日: 2024.06.14
永遠の0
百田尚樹
太田出版
インタビューで物語っていく手法
911のテロ攻撃を「カミカゼ・アタック」となぞらえた報道に義憤を覚えたのが本書を書くキッカケだったのかどうかわからないが、途中の元特攻隊要員と新聞記者とのやり取りを読むと著者がどこに力を入れているかがよくわかる。 それにしても、およそ過去の人物を現代から追跡していく歴史物の小説で、徹頭徹尾インタビューで物語っていく手法はあまりにも芸がなさすぎないか? これなら、証言を集めたノンフィクションを読めば十分だと思うのだが..。 共感できる架空の人物と泣ける仕掛けを作らないと多くの読者は手にとってもらえないのだろう。 あと、人命軽視は日本軍だけではなく、戦勝国側のアメリカでも、ニミッツの沖縄線などの損耗率の高い愚劣な戦術は非難を浴びているし、最終的にドイツの息の根をとめたソ連による情け容赦のない進撃も、スターリンの人的損失を歯牙にもかけない戦略によっている。 いつもの現代の官僚批判に通ずる高級将校叩きに終始しているのも新鮮味に乏しかった。
0投稿日: 2024.06.14
医者とおかんの「社会毒」研究
内海聡,めんどぅーさ
三五館シンシャ
1日1食の粗食生活のすすめ
本当にまわりが毒ばっかりでイヤになる? そういえばこれなんかも有害なんだよね、 知ってた? それじゃあ食べるものがない? 金もうけのことしか頭にない大企業の食品なんか買わず自分で作ればいいよ。 有害だってわからなかった? 欧米では市民団体の声が強いので規制がかかりやすいけど、日本人は意識が希薄で「自分から不健康になりたい人の集団」だから洗脳や刷り込みにかかりやすくグーミン脱出も容易ではないよ。 著者が勧めるのは1日1食の粗食生活で、食べきりが基本。 そのかわり調味料にいたるまで食材に安物は使わないことがポリシー。
0投稿日: 2024.06.14
紙つなげ! 彼らが本の紙を造っている 再生・日本製紙石巻工場
佐々 涼子
ハヤカワ文庫NF
紋切り型の味気なさ
エピローグが特に顕著なのだが、車内で聞いた運転手の話を延々とつないで一人語りのようにして書いてあるのを読みながら、あぁこの著者は取材現場で出会った、心を揺さぶられる出来事や話を、自身の中で咀嚼することなくそのまま書いてるんだろうなと感じた。 だから、震災時に石巻の住民のあいだで語られた根も葉もない噂や、ゾッとするような不審者の行動の生々しい描写は印象的だが、途中で挟まれる復興のシンボルとしての野球部の話は紋切り型で味気なく、肝心のマシンが生み出す微妙に異なる紙の手触りや色合いの繊細さが伝わってこないのだ。 工場内で無傷のまま発見されたロールを、あの地震や津波を切り抜けた特別なものと描写するか、たまたま奇跡的に残されたものととらえるかの違いは大きい。 本書でも、震災で従業員が全員無事だったのも無数の偶然のうえに成り立っていたし、工場が燃えなかったのも奇跡みたいな話なのだが、何でもかんでもリーダーの決断や人々の希望と執念に収斂させようとするのは、本質が見失われるように感じた。
0投稿日: 2024.06.14
セブン
乾くるみ
ハルキ文庫
結末の意外性は少ないが....
どことなく星新一のショートショートを思わせるが、「ラッキーセブン」と「ユニークゲーム」は『賭博黙示録カイジ』の心理戦を、「TLP49」では映画『メメント』の時間軸の操作に通じる味わいがあって面白かった。 ただ『そして誰もいなくなった』もそうなのだが、誰が語り手なのかで、その人が最後まで生き残るだろうことは容易に類推できてしまうので、何かヒネリがあれば良かった。 総じてどの短編も結末の意外性は少ない。 最後に、反政府軍に捕らえられた英軍と思しき少尉が、会話の中で中川翔子の生年月日を用いてツッコミを入れるのは反則。
0投稿日: 2024.06.14
歩道橋の魔術師
呉明益,天野健太郎
河出文庫
物語によってつながり語られる記憶
龍應台の『台湾海峡一九四九』が良かったので、台湾作家の作品が自然と目にとまるようになってきた。 本書も、実際にあってすでに解体された、中華商場に積み重ねられた記憶を、そこに住んでいた住民たちが各話で再構築していく物語である。 物語は「記憶をそのまま書くもの」ではなく、むしろ「記憶がないところに生まれる」と言う通り、粘土のように融通無碍で、心のどこかに隠され失われた各人の記憶は、物語によってつながり、はじめて語られる価値を持つ。 棟と棟とをつなぐ歩道橋と、そこにいる魔術師は、この舞台の欠くことのできない中心点だ。 「小僧、いいか。世界にはずっと誰にも知られないままのことだってあるんだ。人の目が見たものが絶対とは限らない」 「どうして?」とぼくは訊いた。 魔術師は少し考えてから、しゃがれた声で答えた。 「ときに、死ぬまで覚えていることは、目で見たことじゃないからだよ」 「ぼくらは別れのとき、鍵を必ず取り戻すものだ。あるいはいっそ、別の錠に取り替えてしまう。でも、ときどき考える。ぼくはどこかに鍵を置き忘れたままなんじゃないかって」 「君も知ってのとおり、世界には鍵で開けられないものがたくさんある。ただぼくは、鍵は作られたあと、いつかどこかで、それが開けられるものと出会うんじゃないかって、ずっと信じている」 「ぼくらは歩道橋の端に立って、 列車が川の流れのようにカーブを切っていくのをずっと見ていた。この都市に入ってくる列車も、この都市から出ていく列車も、今、ぼくらが見ているたったこれっぽっちの線路を過ぎたら、その姿を消すのだ」
0投稿日: 2024.06.14
日本史の内幕 戦国女性の素顔から幕末・近代の謎まで
磯田道史
中公新書
権力の都合で情報は操作される
呆れるほどの八面六臂の活躍で、人脈も図抜けている。 本業の研究やTV・雑誌・講演の仕事に加え、友である堺雅人を香の聞きあてに連れ出し、徳川宗家のご子孫と「伊賀越え」ツアーに同行し、熊本城の復興では細川護煕さんに電話で腹案をぶつける。 馴染の古書店主からいい出物があると聞けばすぐに駆けつけ、日本各地の旧家からの古文書の鑑定依頼があれば目を耀かせる。 小学生から古文書を読んでいるので、紙質と書体で書かれた年代を推定し、培った知識を総動員して、真贋を見極めるのだ。 本書は新聞連載のため小文だが、それでも十分に愉しめた。 惜しむらくは、初出の日付を記載して欲しかったのと、タイトルが少し大層すぎて幅広いテーマを扱った連載記事を集めた本書のスタイルに似つかわしくないと感じた。 ちょうど森友文書の改竄をめぐる報道で連日賑やかな時に本書を読んでいたので、次の文章にはドキリとさせられた。 「権力の都合で情報は操作される。ゆえに国家機密の保護は必ず後日の情報公開とセットでやらないと、検証が不可能になり、国を誤る」 実際には織田から十分な援軍を受け、兵力差の少なかったのに大敗した三方ヶ原の戦いは、「神君」家康のイメージを守るため、援軍は少なく敵軍はより多くと記録を書き換えられた。 いまの森友文書をめぐる問題も、近畿財務局はその経過をありのまま記載していたのに、財務省が首相答弁に沿う形で、決裁文書の不都合な箇所を隠蔽する。 歴史の現場に残された史料の「細部」から、虚偽の背景を探り、歴史の真の姿を明らかにする。 本書はまことに時機にかなった出版となった。
0投稿日: 2024.06.14
その裁きは死
アンソニー・ホロヴィッツ,山田蘭
創元推理文庫
メタフィクションの体裁は整えているが...
年末年始は、フロスト警部の下品なジョークを読みながら年を越すものだと信じている創元ファンにとって、魅力的なキャラもなく、ユーモアにくすりともさせられなければ、すっきりしない新年になるのも致し方なし。 現場に残された暗号のような数字の謎解きもパッとせず、巻末に謝辞を持ってきて、それらしくメタフィクションの体裁を整えているのに、一冊も本を読まない男の手紙が整然としすぎた文になっていたりと中途半端だ。 まぁ原文はもう少しそれらしいのかもしれないが。 語り手の消失と入れ替わりは今回もなく、次は本当に死ぬんだろうかね。
0投稿日: 2024.06.14
