あかんたれさんのレビュー
参考にされた数
97
このユーザーのレビュー
-
宅間守 精神鑑定書――精神医療と刑事司法のはざまで
岡江晃 / 亜紀書房
用法・用量注意。リアル「深淵」です。
2
「深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいているのだ」(ニーチェ)。
この言葉に準えるなら、本書はまさにリアルな深淵。
裁判所命令による鑑定のためそれほど時間・時期に余裕が取れなかっただろう事は十分推…察できますが、その限度でこれだけの調査・面談・分析をよくぞ行ったと驚かされます。被告人宅間守の生活・生態が実像を伴ってイメージされる、それほどの情報量。
被告人に殆ど同情の余地が無い(社会規範の認識は十分にある事は本書からも伺え、それでなお犯行に及んでいる)のは事実ですが。
全体像として見ると怪物めいているものの、個々の「腹が立った」「イライラした」エピソードは、それを暴行や犯罪の実行に移すかどうかはさておき、何かしら身に覚えのある感情でもあるのもまた事実。
報道内容や被告人の言動の数々を見ると、「これぞサイコパス(精神病質)」(※サイコパスのカテゴリはDSM4で既に削除済)と言いたくなるところですが、ロバート・D・ヘアの「診断名サイコパス」を振り返るに、サイコパスの脳波等には一般人との間に顕著な違いがある、最早人の姿こそしているもののある意味別種だ的な描写があったかと。しかるに、本鑑定で詳細に行われた調査分析によれば、中脳の一部に軽度の小さい腫瘍の存在が疑われるものの、それが精神状態に影響したとは認められておりません。知能発達の多少の遅れ、幼少時からの情性欠如(共感・思いやりの感情欠如)による人格障害が認められるものの、それ以外の生物的・物理的異常は無い。
つまり、被告人の生態は、へだたる距離に長短あるものの、我々とあくまで地続きなのです。
情性欠如したまま独我論な世界像を抱き、自己愛を延々肥大させて、何かしたい・欲しいとなったらそれが犯罪でも暴力・脅迫など手段を選ばず実行し、一寸たりとて我慢できない。その癖、それ故に離反される自分・抽象的思考に劣る自分が自覚できているために、他者への猜疑心も自己愛に比例するように肥大させて、断続的な精神科通院や投薬と勝手な断薬による離脱症状などでブーストがかかり、この被告人は精神的に常在戦場状態になっていたのだろうと推測しますが、素人の組み立てたストーリーなんぞより著者の鑑定意見の方が億倍有用でしょうから、これ以上の私論は割愛させていただきます。 続きを読む投稿日:2013.10.22
-
グラスホッパー
伊坂幸太郎 / 角川文庫
巧みな伏線と複数視点で描かれる、現代殺し屋群像
2
愛妻を車でひき殺された主人公。しかし運転者に故意どころか悪意まで窺われるのに微罪という顛末。さあどうする!?
そこで復讐を目論む主人公だが、相手は裏社会で相当の顔。ならばそこに自ら踏み入るよりない。物…語はこの段階からスタートします。
メインの主人公は上述の素人。それ以外に2人のプロが語り部パートを受け持つ格好の、複数視点でのストーリー展開。
それぞれが当初無関係だった筈なのに、ある事件を切っ掛けに全員が当事者として関わる羽目になってしまい、さあトーシロのメイン主人公はどうするどうなる、そしてこの騒動の元になった事件の真相は何なのか。
それぞれの語り部パートで提供される情報が絡み合いもつれ解れた末にスパッと決着させる展開はお見事。
リーダビリティーの高い文体でもあるので、一気に読了できます。 続きを読む投稿日:2014.01.02
-
機動戦士クロスボーン・ガンダム(1)
長谷川裕一, 富野由悠季, サンライズ / ヤングエース
貴重なガンダム正史オリジナル漫画
2
少年エース誌創刊時の密かな目玉の一つ、富野監督自身が原作を担当した宇宙世紀ガンダム漫画。
宇宙世紀系ガンダムのファンにとっても、当初オリジナルへの回帰を狙って富野監督・安彦氏と大河原氏によるキャラデ・…メカデによって制作された劇場アニメ「F91」のTVアニメへの移行が頓挫した経緯を考えれば、「企画されども存在できなかったF91の正史続編」という事で意義深いタイトルです。
作画の長谷川氏は「マップス」(本作開始十年前からの連載)に代表されるようにSF・熱血路線の漫画には定評のある人気作家。絵柄が今の読者にはやや古さを感じさせるでしょうが、ちゃんと読めば逆に「漫画の魅力は絵だけでなくシナリオやコマ運び等の画面構成力が大きいんだ」と実感できる事でしょう。
メカデザインのカトキハジメ氏は今や「Ver.ka」でガンプラ・ブランドにもなっていますが、本作ではその路線とはやや毛色を異にして「宇宙海賊としてのガンダム」コンセプトを強調すべく、ドクロマークを大きくあしらった、ややマンガチックなデザインをしており、氏のデザイン史的にも意義が見出せます。
F91から引き継いでいるキャラはキンケドゥ・ナウ(シーブック・アノー)とベラ・ロナ(セシリア・フェアチャイルド)、ザビーネ・シャルの3名のみ。
大分宇宙世紀シリーズよりジュブナイル的SF活劇路線に踏み込んだ作風になっており、そこに長谷川カラーを強く感じますが、それもまた富野氏の意向でしょう(Gガンダムで今川監督を起用し既存ガンダム像を壊すよう指示した人でもあるだけに)。寧ろ紙の本のカバー折り返しの著者コメントでは、長谷川氏の描く女性キャラが全体に年齢低め・幼めに見える事がやや不満だった様子が窺えます。
そして内容は最後まで徹底して「宇宙に棲まう人類」と「地球」の関係であり、やはり紛れもない「ガンダム」。
「閃光のハサウェイ」同様に映像化からは黙殺されていますが、人気の高い「宇宙世紀ガンダム」である事に間違いはありません。
ゲームのスパロボへの登場を経てコミック廉価版(コンビニ本)がブレイクし、外伝「スカルハート」や続編「鋼鉄の七人」、「ゴースト(現在連載・刊行継続中)」が作られ、本電子書籍のマスターになったと思われる「(本タイトルの)新装版」も作られましたが、基本的に富野氏自身が手がけたのは本書のみ。
とはいえ、最後まで読み通した読者であれば、それら外伝・続編を読むことに最早抵抗は無いでしょう。そちらでも間違い無く本書のコアになったテーマは生かしつつ、「長谷川マンガ」になっているのですから。シリーズが続いて時代設定が後年になるほどに、「Vガンダム」との接続が見出されて興味深いです。 続きを読む投稿日:2013.12.07
-
フッサール心理学宣言 他者の自明性がひび割れる時代に
渡辺恒夫 / 講談社
要・現象学の予備情報
2
発達心理学の知見として、子どもは生まれて間もなくから母親との関係を中心にして、間主観性(自分以外に意志を持った人間が居る)を自明の事として受け入れるとか。
ただ、「意識」が成長して観念的思弁を身につけ…るにつれ、いつか「なぜ(この思弁する意識の)私は、(今ここに肉化された)私なのか」という疑念を抱く時が来る。「なぜ私は今ココの私であって、他の誰かでないのか。別の時代の別の世界の誰かでもないのか」。
多くの人間は自明性に満ちた日常の圧力に流されてそれを忘れたまま過ごす事になるが、そこに躓いたままになってしまう人がいる。それも結構な割合で。
自分自身の自明性が壊れると、その補完処理を試みる果てに他者の自明性も壊れていく。こんな意識を持った自分だけが特別(自分が人であると同時に神である、自分だけが空っぽである等)という独我論に踏み込んだりもする。
著者はそこに現象学の知見を生かせると捉えている。具体的にはエポケー(自明の事を思考の上で括弧に入れ、例えば目の前の花瓶の存在を触覚だけで捉え直すような思考実験)を逃れられず強いられている状態という考え方になるだろうか。
かなり噛み砕いた説明が本書では行われているが、やはりフッサール現象学について何らか(現代思想の入門書等でも構わないが)の予備情報を頭に入れた状態で読み進めないと、なかなか歯ごたえのある内容になっているのでないかと。
個人的には忘れかけていたフッサールを再学習しつつ、マッハやシュレーディンガーといった古今東西の興味深い「症例」に接する事ができたので、楽しめたと思う。 続きを読む投稿日:2013.10.09
-
機動戦士Zガンダム 第一部 カミーユ・ビダン
富野由悠季, 美樹本晴彦 / 角川スニーカー文庫
監督自身によるノベライズ
2
富野監督自身による、TV版Zガンダムのノベライズ。
前作と異なり、美樹本氏のイラストはカバーのみで挿絵は別の方になっているなど、若干有り難みとしては目減りした感はありますが、こちらも巻頭でカラー口絵だ…けでなくキャラ紹介やメカ設定紹介ページを用意しており、文庫本(本電子書籍のマスター)としては豪華な作りになっています。
初っぱなからカミーユの述懐で色々端折られていたりしますが、個人的にはこれくらいの紙面バランスが正解ではないかと思います。
他、続巻(全5巻)を読み進めるとレコア・ロンドがあっさり退場したり、シロッコとの最終決戦の結末が微妙に異なっていたりと、色々ディテールの違いは出ておりますが、基本的にはTVアニメのノベライズとして、アニメの筋をなぞった格好になっているかと。
ある意味アニメよりも重い話になっていますが、この重さあってこそのZでしょう。 続きを読む投稿日:2014.02.11
-
ちょっと!そこの男子!
津留崎優 / ヤングエース
リア喪によるリア喪のための慟哭に満ちたブラック4コマ
1
薔薇色の学園生活とかリア充とか、女子率の高い共学校とか、夢は破られるために観てるようなもんだよね!(断言
……閑話休題。
女子率の高い共学校なのにこれといって美人が居るわけでもなく、マジョリティーの圧…力で男子全員パシリ同様レベルの扱いをされ、それでもメゲずに抗う男子3人の、かなり背中の煤けた4コマです。
ネタがいちいちドス黒い上に男子の(女子からすれば)身勝手な視点がベースになっているため読者を間違いなく選びますが、ハマれば病みつきになるタイトルですね。 続きを読む投稿日:2014.01.02