
モノレールねこ
加納朋子
文春文庫
O・ヘンリのような、心温まる8つの短編集
表題作の「モノレールねこ」は、デブで不細工な野良猫。ある日、猫に赤い首輪がつけられているのを見て、ボクは首輪に紙切れをはさむ。「このねこのなまえはなんですか?」「モノレールねこ」 返事をくれた相手とボクは、モノレールねこの首輪を介して文通のようなやりとりを始めます。 ちょっと変わった話のように見えて、実は誰もがこんな経験をしているのではないでしょうか。自分と親友だけが知っている、秘密の冒険のような物語に、わくわく胸をときめかせていた思い出が。 懐かしかったり、せつなかったり、こわかったり、腹立たしかったり、様々な感情を揺り起こして、最後は心に小さな灯りがともるのを感じる。 大切な人へのプレゼントにもおすすめしたい一冊です。
2投稿日: 2014.07.18悪の教典(上)
貴志祐介
文春文庫
恐いのにページをめくる手が止まらない
生徒からの人気が高く、校長や教頭からも慕われている蓮実先生(通称ハスミン)。彼の正体は恐ろしい殺人鬼。 天才的な判断力と、駆け引きを繰り広げながら行動を起こして行くハスミンは、漫画『DEATH NOTE』の夜神月を彷彿とさせますが、この物語に L は登場しません。 すべて計画通りに行くはずだったものは少しずつ綻びを見せ、やがて学校全体を巻き込んだ大虐殺へと発展します。 逃げ惑う生徒たちに救いの手は差し伸べられるのか? 最後までドキドキが止まらない、サイコホラーの傑作。
6投稿日: 2014.07.18日の名残り
カズオ・イシグロ,土屋政雄
早川書房
執事という仕事に一生を捧げた男の回顧録
古き良きイギリスの名家に仕えていたスティーブンスは、新しい主人から暇をもらい旅に出ます。かつて同じ屋敷で共に働いた女中頭のケントンからの手紙を読み、彼女が復職を願っていると信じた彼は、人手の足りなくなった現在の屋敷に呼び戻そうと目論むのです。 旅の途中に湧き起こる幾多の思い出とともに、執事としての人生を振り返りながら、彼は自分が頑なに信じてきたものが間違っていたかもしれないと気付きます。 品格を何よりも大切にし、頑固でユーモアのかけらも持ち合わせなかった彼が、最後につかんだ光とは――? 素敵な齢のとり方をした老執事を思わず応援したくなる一冊。
3投稿日: 2014.07.09水車館の殺人〈新装改訂版〉
綾辻行人
講談社文庫
謎解きとラストシーンが印象に残る
『十角館の殺人』に次ぐ、館シリーズ2作目。仮面をかぶった館の主と、塔に幽閉された美少女が住まう水車館を舞台に殺人事件が起こります。そこにいたのは、天才画家・藤沼一成の絵画を鑑賞しに水車館を訪れていた4人の男たち。家政婦の事故死を皮切りに、不穏な空気が漂い始めて・・・ 途中で犯人がわかってしまう人もいると思いますが、素人探偵・島田潔による鮮やかな謎解きを楽しんでください。
3投稿日: 2014.07.06影踏み
横山秀夫
祥伝社文庫
ファンタジックな横山秀夫
『半落ち』『64(ロクヨン)』などの重厚で生真面目なイメージを持って本書を手に取ると、面食らうかもしれない連作短編集。 何しろ主人公が泥棒というダークヒーローな設定に加えて、亡くなった双子の弟が彼の中に生きていて語りかけてくるのだから。しかもその弟は抜群の記憶力の持ち主で、盗みに入った家の細部や、チラ見した張り紙の一言一句までを完璧に覚えて兄の仕事をサポートするのです。さらに兄弟には共通の想い人がいて・・・。 そんなファンタジックな世界の中にも、ストイックで硬派な横山秀夫の持ち味が同居している稀有な作品。嫌いでなければぜひ。
3投稿日: 2014.06.03権力と栄光
グレアム・グリーン,齋藤数衛
ハヤカワepi文庫
追う方も追われる側も悩ましい
舞台は1930年代のメキシコ。共産主義革命の嵐が吹き荒れるなか、弾圧を受けていたカトリック教会の司祭は、国外へ逃亡するか、見つかって処刑される運命にありました。 そんな時代を生きた飲んだくれの不良神父と、彼を追う警部の追走劇を描いた物語です。 村人を人質に神父を誘い出そうとする警察と、極限まで堕落しながらも逃亡を続ける神父。2人とも自らの信念に則って行動しているわけですが、どちらの立場も悩ましく、最後まで目が離せませんでした。 信仰ってなんだろうな・・・と考えさせられます。
2投稿日: 2014.05.22第三の時効
横山秀夫
集英社文庫
粒ぞろいの良作が凝縮された一冊
殺人事件の時効が迫る15年―-。しかし実際は、犯人が起こしたある行動のために、期間の延長された第二の時効が存在していた。 第一の時効から第二の時効までに狙いを定めて張り込む警察と犯人の駆け引きが繰り広げられるなか、現場の刑事も知らなかった「第三の時効」が浮上する。 表題作を始めとして、F県警を舞台に数々の事件や組織の対立を描いたこの本は、どれも粒ぞろいの良作。警察小説の長編『64(ロクヨン)』に手を出す前に、横山作品を味わいたいという人にもおススメです。
6投稿日: 2014.04.30人質の朗読会
小川洋子
中公文庫
読み終えるのが惜しくなる、死者の朗読会
南米を旅行中にゲリラ事件に巻き込まれた8人の人質。その全員が死亡してしまうというショッキングな事件からこの物語は始まります。 やがて発見された朗読テープにより、この世にもう存在しない彼らの人生が明かされます。 欠けたビスケットをベルトコンベアーから拾い上げる仕事をしている製菓業の女性、談話室で開かれる奇妙な集会に足を運ぶ男性、片目の老人が作るぬいぐるみに心惹かれる少年、それぞれの話はどれも幻想的で美しいのだけれど、それらが死者の声によって語られているというシチュエーションが、物語の緊張感と神秘性を一層引き立てます。 最後の一人が語り終えるその瞬間まで、どっぷりと小川洋子の世界に浸れる一冊。
26投稿日: 2014.04.21華竜の宮(上)
上田早夕里
ハヤカワ文庫JA
現代と地続きのSFファンタジー
地球温暖化と大規模な地殻変動により、陸地のほとんどが海に沈んでしまった地球が舞台です。深刻な環境問題に取り組む2人の学者にリアルな近未来を予測させつつ、プロローグが明けたら一気にファンタジーな世界に突入。 環境に適応するために、陸上民と海上民という2種類の生物に分かれた人類が、やがて対立する存在となって戦う物語?と思いきや、新たな問題が浮上して目が離せない展開に。下巻まで一気に引き込まれます。
8投稿日: 2014.04.02ポーツマスの旗
吉村昭
新潮社
日露戦争を終結させるために命を削った男の物語
強国ロシアを相手にぎりぎりの折衝を重ねて勝ち取った講和条約。しかし、その結果に過度な期待を寄せていた国民からは弱腰外交と罵られ、家族の命まで危険にさらされる日々。決して幸せとは言い難い人生だったろうに、最期まで日本のために尽くした小村寿太郎の生き方に圧倒されました。 彼と共に戦った随員たちやロシア全権の苦悩、したたかなアメリカの様子も描かれていて、読み応えたっぷりの一冊です。
4投稿日: 2014.03.03