
……絶句(上)
新井素子
ハヤカワ文庫JA
始まりで終わり
この作品はそれまでの新井素子作品のすべての始まりであり、逆にそれまでの新井素子の作品の終着点でもあると思う。 コアな新井素子ファンは当然初版の後書きを読んでいると思うし、本作のネタバレにもなるので理由・詳細は割愛するが、本作が代表作である第13あかねマンションシリーズ(二分割幽霊奇譚、ラビリンス-迷宮-、扉を開けて、ディアナ・ディア・ディアス)、星へ行く船シリーズ、ブラックキャットシリーズのすべてをつなぐ核となっている。 一方、本作を最後として新井素子の作風は大きな変換点を迎える。本作の直後に上梓したのが「あなたにここにいて欲しい」なのだが、この作品のあとから新井素子の作品は急速にサイコホラーへと形を変えて行っている(出版順では「・・・絶句」のあとに「ブラックキャット」が出版されているが、ブラックキャットはコバルトに書き下ろした2作をまとめたもので、掲載順では書き下ろしである「・・・絶句」があとになる。ゆえに「・・・絶句」の次の作品は「あなたにここにいて欲しい」である)。 故栗本薫(中島梓)の書評では「・・・絶句」までの新井素子の作品は「おはなし」であり、「あなたにここにいて欲しい」でようやく「小説」になるとのことだが、この書評は正鵠を射ていると思われる。 ただし、新井素子の「おはなし」が好きなのか、「小説」が好きなのかは全く別の問題ではあると思うが。 おそらくファンの多くは新井素子の「おはなし」が好きだったのだと思う。本作以後の新井素子作品で最も人気があったのは「チグリスとユーフラテス」だと思われるが、この話はかつての新井素子の「おはなし」に最も回帰している小説であると思う。 さて、どうでも良いんだが初版の「・・・絶句」あとがきで書いた第13あかねマンションシリーズはどう収拾を付けるのだろう?
6投稿日: 2014.10.13
D-LIVE!!(1)
皆川亮二
少年サンデー
新しいバトルものを開拓するのが得意な作者
皆川亮二の作品はどれも面白く、すべてが代表作だと思う(逆に言えばこの作者の中で突出したものもないが)。 本作以降のこの作者の特徴は「新しいバトルもの」を生み出すことにある。 現在連載中の「PEACEMAKER」は主に銃を片手に決闘を生業とする人間たちの戦いを描き、「ADAMAS」はジュエルマスターという宝石から力を引き出して戦う超人の物語である。 本作ではエンジン(動力機)がついていればありとあらゆる機械を自在に扱うことができる「マルチドライバー」を主人公に車はもとよりロードバイク、サイドカー、飛行機、電車、潜水艦、スノーモービル、ジェットスキー、砕氷船、ジャイロコプターなどありとあらゆると思われる場面でバトルを繰り広げる(まあ、バトルの相手は猿だったり心中や作品完成までの時間だったりもするが) 新たなジャンルだけあって、今後同じテーマで書く作者もいないだろうし、メジャー感はないのだが常に安定して面白いよい作品を作る作者の一人だと思う。
2投稿日: 2014.10.12
ゴッドハンド輝(1)
山本航暉
週刊少年マガジン
意外なほどしっかりした作り
「ゴッドハンド」とか「患者の死に遭遇したことの無い医者」とか、どう考えてもトンデモ系の医療漫画に思えるかも知れないけど、実はきっちりとした取材・監修によって作られている正統派の医療漫画です。確かに作中に「レーベン(3Dグラフィックを使用した手術シミュレーター)」とか研修上がったばかりの医者が心臓穿孔手術を成功させちゃうとか、胆管・食道重複癌で手術時間8時間とか、けっこう無茶な記載はあります。逆に「こんなの別に外科系の医者なら誰でも知ってるだろ」という知識、例えば自己血回収輸血法なんかがさも特別の技のように書かれているとか、おや~と思う記載もあります。 でもそういった違和感は作者の作り出した世界観の中で過不足無く収まっているというのが本書の人気、長期連載の理由だと思います。 意外に思われるかも知れませんが、「Dr.コトー診療所」より医学的記載は正確です(というかDr.コトーの特に最初の方の医学的記載はめちゃめちゃなので比較対象にもならないレベルです)。 以前どこかで「ゴッドハンド輝にはリアリティがないと言う人がいるが、私はリアリティを描きたいのでは無く夢を描きたいのです」と作者が書いていたのを読んだことがありますが、よく読めばリアリティもけっこうあるマンガです。
2投稿日: 2014.09.09
ギャンブルレーサー(1)
田中誠
モーニング
どうにもならないほど品性下劣なのだが、、、
本作に出てくるキャラクターの大半が箸にも棒にもかからないほど品性下劣である。中でも主人公の関優勝はその品性下劣の代表格。選手としては一流でタイトルにこそ恵まれないものの特別競輪(現G I )の決勝に9回も乗っているが、稼いだ金の大半をギャンブルに費やし、本業の競輪でも他人に乗っかって旨い汁を吸うことだけを考え、相手には見返りを渡さないというどうにもならないキャラクターで、そばにこんな人間がいたらさぞストレスがたまるだろうと思われる。 ところが、時折弟子のウリ(売二)、金作、武蔵(桐山)にだけは先輩競輪選手・師匠として良い面を見せる(本っっ当に時折なのだが)。 (以下ネタバレ) 中でも23巻の地元西武園ダービー準決勝は白眉。展開に恵まれてウリと同じ準決勝に乗れた関(競輪では先行選手とその後ろにつく選手が上手く連携を取れば他者に対して有利になれる。従って連携を取れる選手と一緒のレースに乗れるのは有利な展開)。3位までに入れば決勝進出という場面。スロースタートの展開でウリと離れてしまった関だがレース途上でウリと併走する形になる。前方側方が囲まれてしまったウリは師匠である関に競りかけて位置を奪おうとするが、ウリ、関ともに着外となる。 関の人格からすると罵倒しそうなものだが、関はウリを見やってポンと肩を叩いてにやりと笑い「ど~~~だ オレッチだってそう簡単に飛なねえだろう! まっああいうところで横を一発で決められねえ様じゃまだまだだな ゲッハッハ」というのである。このシーンはちょっと感動ものだった(他が酷いので相対的によく見えるだけだがw)。 本当に時おりだがこう言う場面があるので本作は人気漫画とは言えないまでも続編の「ギャンブルレーサー 二輪の書」とあわせて18年もの長期連載となったのだろう。 ちなみに筆者は競輪はやったこともないし今後もやろうとも思わない。本作をきっかけに競輪をやろうと思う人もそういないだろうw。そこが競輪界にとって残念なところだろう。「モンキーターン」をきっかけに競艇をやるようになった人がけっこういるのとは好対照である。
0投稿日: 2014.08.27
銀翼のイカロス
池井戸潤
ダイヤモンド社
ちょっとパワーが落ちたか
トータルとしてはそこそこ読み応えもあるし、まあまあの出来ではあるのだが、前作の出来があまりに良いのでそれと比べると、で減点。 今回のテーマは民主党政権下の日本航空再検に題材を取っているのは他のレビュアーも書いているとおり。 減点した理由。 もともと「半沢直樹」シリーズが極めてデフォルメ・カリカチュアの側面が大きい作品なのだけど、なまじっか実在の人物をデフォルメして描いているだけに、敵役のキャラクターに心情的な入り込みができにくいというのが問題だと思う。蓑部はどう見ても小沢一郎(+陸山会事件)がモデルだろうし、白井亜希子は扇千景と小池百合子と蓮舫を足して3で割ったキャラだろう。実在の人物をモデルにしているだけに、前作の敵役だった三笠副頭取や第二作の大和田常務と比べても立場・役職ははるかに上のはずなのに小物感が否めないキャラクターにしか描けていない、そこが残念なところ。やはりこの手の勧善懲悪ものは敵キャラに魅力が無いとダメだというのがよく分かる。 その部分を除けばトータルとしてはまあまあ読み応えのある作品にはなっている。
4投稿日: 2014.08.03
笑う大天使 1巻
川原泉
花とゆめ
カーラ教授にしか書けない作品
川原泉は決して絵の上手い漫画家では無い。キャラの書き分けが上手いわけでもないし、一枚絵のレベルでも上手い人はもっといる。ストーリーが際立って上手い漫画家でも無い。本作もそうだが、設定もありきたりと言えばありきたりのものがほとんどだし、ストーリー構成が優れているというわけでも無い。 なのに、なぜ面白いのか説明しようが無いのに圧倒的に面白いのが川原泉の真骨頂だと思う。デビュー作からずっと追いかけている漫画家の一人。 ちなみにだが番外編の「夢だっていいじゃない」に出てきた「チャールズ人形・ダイアナ人形」は初出時死ぬほど笑い転げた。どうやったらこんなことを思いつくのか、と小一時間(ry
3投稿日: 2014.06.28
彼方から 1巻
ひかわきょうこ
LaLa
LaLa全盛期の名作の一つ
80年代後半から90年代前半の白泉社系の作品は名作が目白押しだがその中でも名作の一つに挙げて良い作品。 いわゆる異世界冒険奇譚に分類されるファンタジーなのだが、ヒロイン典子(こう書くより「のりこ」とひらがなで書く方がイメージに合う)の懸命さが好感度高い。 ひかわきょうこの作品は好みもあると思うがほぼ外れなしなので他の作品も是非配信して欲しい。
4投稿日: 2014.06.28
ライジング!(1)
藤田和子,氷室冴子
Sho-Comi
演劇漫画の名作
宝塚をモデルとした「宮苑音楽学校~歌劇団」を舞台に主人公「仁科祐紀」が本物の舞台女優へと成長していく話。 「エースを狙え」などの鬼コーチ+教え子のテンプレートに従った古典的なスポ根少女漫画(スポーツではないが)の系譜に位置づけて良いと思う。圧巻なのは祐紀が宮苑を離れて自分の力で役を掴んだ「メリィ・ティナ」の稽古シーン。役を降ろされそうになってからの祐紀の巻き返しが説得力のある展開で語られる。 原作の氷室冴子は当時「クララ白書」でようやく売れ始めたばかりの時期だったが、本作のために宝塚に移住し、小説家であることを隠して宝塚のファンクラブに入り準幹部にまでなったとか、本作の劇中劇のためにすべて脚本を作ったなど逸話も多い作品である。 絵柄も話もやや古さを感じるものでは有るが、一読の価値あり。
3投稿日: 2014.06.24
ああ探偵事務所 1巻
関崎俊三
ヤングアニマル
読み進めるほど面白い
鬼太郎カットで事件解決のためなら非常識なことをやりまくるホームズヲタ探偵妻木。 範疇としてはギャグなんだろうけど、それなりに感動的なシーンもちりばめられており、15巻一気に読み進めれる面白さがある。出だしより後半に行くほど面白くなっていく。 特に最後の探偵連続殺人事件は出色の出来。
3投稿日: 2014.06.07
アド・アストラ ―スキピオとハンニバル― 1
カガノミハチ
ウルトラジャンプ
素材は良いのに消化し切れていない
まだ5巻までの感想になる。 古代ローマ史は面白いエピソードが満載だが、その中でも特に面白いのがポエニ戦争、カエサルに関する一連の物語(ガリア戦記から内乱記、その死に至るまで)、オクタビアヌスとアントニウスの葛藤の物語ではないかと思う。 この漫画はそのポエニ戦争のうち第2次ポエニ戦争を大スキピオとハンニバルに焦点を当てて描こうとしている、のだろうが、、、 正直、消化不良感が酷い。今(5巻目)はカンナエの戦いの手前だが、「アルプス越え」のエピソードをあまりにもあっさりさせすぎているし、人物描写も掘り下げが足りないと思う。素材が良いもので画力もあるだけに何か淡々と事実を連ねているだけに感じられるのがあまりに惜しい。歴史書を読んでいるのではなく漫画を読んでいるのだから、もう少しデフォルメ(絵ではなくエピソードの)や実在以外の人物を出しての語りなんかが合っても良いのではないだろうか。 この漫画を読むと「キングダム」や「チェーザレ」がいかに良く出来ているかがよく分かる。 完結するまで購入すると思うが、最後にはこの評価を変えてくれることを望む。
2投稿日: 2014.05.28
