マンデリンさんのレビュー
参考にされた数
90
このユーザーのレビュー
-
茶の本
岡倉覚三, 村岡博 / 岩波文庫
「不完全」を崇拝する
0
岡倉覚三(岡倉天心)は、日本美術院を創設した、明治日本における美術の開拓者です。本書は、岡倉天心が英語で書いた"The book of tea"を村岡博が訳したものであり、茶会のことに触れながら人の道…を語り、芸術鑑賞にまで広く及んでいきます。
茶には不思議な魅力があって、人はこの味を愛さずにはいられないのですが、真に茶を愛でるには、深い精神性が必要なのです。
古代中国において茶は飲む薬とされていましたが、茶が粗野な状態から洗練された域へと達するには、唐の時代精神を必要としたのだそうです。8世紀に出た陸羽という人が茶道を開き、著書「茶経」に於いて茶道を体系立てました。
宋代には抹茶が流行し、新しい茶の流派が生まれましたが、茶道として確立するには、道教や禅宗の教えを必要としました。茶道の中心には、本当に大切なことは完成に至る過程であって、完成したものではないという思想があります。宋代の流派は、モンゴル帝国による侵略で中国では失われてしまいましたが、日本に受け継がれていきます。
茶は、南宋へ禅を学びに行った栄西禅師によって1191年日本へと伝えられました。禅とともに茶の儀式も日本中へと広がっていきます。中国ではモンゴル襲来で、茶道を追究する文化は中断しますが、日本において継続発展されます。茶は単なる飲む形式の理想化という枠を超え、生きる術に関する精神性を追究する道となっていきます。
岡倉は茶道の奥義を「不完全なもの」を崇拝することだと言い切っています。
「茶道の要義は『不完全なもの』を崇拝するにある。いわゆる人生というこの不可解なもののうちに、何か可能なものを成就しようとするやさしい企てであるから。」
「不完全なもの」とは何でしょうか。それは、茶会に於いて、参加者たちによって何か完全に近いものを成就しようと試みられることを指しているようです。道教に於いては、「完全そのもの」ではなく、完全を求める過程に重きをおいています。
ここで「不完全なもの」という時には、完全を目指していることが暗に含まれています。もし、「完全そのもの」を目指していなければ、それはただの混沌でしかありません。岡倉は「不完全」について次のようにも言っています。
「真の美はただ、『不完全』を心の中に完成する人によってのみ見出される。」
茶室に入った人は、その精神世界において、茶室の造り、掛け軸、花などと一体となり理想世界を瞑想します。「不完全」を成就するために日本人によって追及された精神性の現れです。完全を追い求めて、「不完全なもの」を一期一会に成就すること、そういうことを語っているように感じました。
続きを読む投稿日:2013.12.23
-
さっさと不況を終わらせろ
ポール・クルーグマン, 山形浩生 / 早川書房
経済停滞と「子守り協同組合」
0
クルーグマンは、2008年金融危機を端緒としたアメリカの長期経済停滞をいかに脱してあるべき経済成長へと回復させるべきかを説いています。
経済停滞は様々な苦痛をもたらしますが、もっとも深刻なものが失業…問題です。職が無い人は、所得が無いだけでなく、職業に就けないことで自分の価値の低下を感じることから、非常な苦しみを強いられるのです。人は職業を通じて、自らの社会における存在価値を確認して生きています。だからこそ、大量の失業は、大きな悲劇なのです。
本人の問題でなく経済停滞が原因であったとしても、長期の失業は、職業的なスキルを低下させ、また長期に職に就いていないという理由から雇うに不適当な者と見做されてしまうこともあります。特に若者の失業は深刻です。長期経済停滞で、一度も職に就けないまま、スキルを身につけることもできず、雇うに不適当な存在と見做され、これが一生続くのです。好況と不況の時期に社会に出た若者の人生を調査すると、好況の時期に社会に出たものの方が出世し経済的にも裕福な生活を送っているのです。
では、長期経済停滞の理由は何かというと、それは消費者、事業者、政府が十分なお金を使っていないことからきているのだそうです。対策はというと、需要を十分に大きい規模に増やせば、社会全体は技術も生産能力も有しているので自然に回り始めるという主張です。需要を増やすのは政府の役目なのです。これは、ケインズが20世紀初頭に説いた話と同じだそうです。
この意見に対する態度は様々で、当たり前すぎて不況への解答になっていないとか、不十分な需要で世界全体が苦しむのはありえないと否定するのが多いそうです。そもそも人々は自らの所得を何かに使わざるを得ないのであるから、需要不足が起きる筈が無いというのです。
この意見に対して、クルーグマンの出した「子守り協同組合」のアナロジーは、社会経済構造の要点を的確に説明しており面白いです。社会全体の心理が悪化すると需要が不足する仕組みを説明しています。:
若い議会職員(約150組)が、ベビーシッター代を節約するために、交代でお互いの子供の面倒を見る仕組みを作りました。互いが公平に子守を受け持つように、クーポン制にしてありました。子守をしてもらうときにクーポンを相手に渡し、自分が子守をするとクーポンを受け取る、そして、初めに受け取るクーポン数を脱退するときに返すのです。ところが、クーポン制にしたせいで、手持ちのクーポン数を気にするようになりました。いざという用事にクーポンを取っておきたいために、それまでであれば頼んでいた子守の依頼を控えるようになったのです。皆が子守の依頼を控えることで、クーポンが回転しなくなり、手持ちのクーポン数が少ない者は一層子守の依頼を控えるようになります。こうして、子守協同組合が機能しなくなったのです。この子守協同組合は、クーポンを増刷して増やすことで、参加者の心理を変化させ需要が出るようにしたところ見事に改善したそうです。
この実例は、以下のわかりやすい主張を説明しています。
「あなたの支出はぼくの収入であり、ぼくの支出はあなたの収入になる」
単純明快なことですが、現実の社会経済で世界規模にやるとなると難しいと思います。現実には、事業者も消費者も不景気な状況でお金を使いたがらないので、需要を回復するには政府が大きな支出をするしかなくなります。政府は普通政策金利(公定歩合)を下げることでお金の流通量を増やしますが、政策金利が0%に近いと、0%を切って金利を下げることができなくなります。ですから、もっと広範囲に金融緩和を行い、政府支出を増やすべきだというのです。非常にわかりやすい説明で、かえって本当にこれだけでいいのだろうかと迷ってしまうところに問題の本質があるのかもしれません。
続きを読む投稿日:2014.08.23