
笑う大天使 1巻
川原泉
花とゆめ
ある意味、少女漫画のエポックメイキング的タイトル
川原泉さんの代表作と言っていい作品。 デビュー作からこのあたりの作品まで、一貫したスタイルで描かれてきたものが、 この『笑う大天使』で一つの形を成した……そんな作品です。 歴史あるお嬢様学校で、真のお嬢様になりそこなった三人の女子高生。 お嬢様のメッキがはがれないよう細心の注意を払って学生生活を送る……という目新しさのないコメディ要素に加え、三人のそれぞれの家族背景も実はいろんな作品で散々使われたパターンです。(※例:両親の事情で長年離れて暮らした兄と妹の再会……など) ただ、それらの構成要素を組み立てるネームが非常に怜悧でクール。 典型的少女漫画設定とクールでウィットに飛んだネームのバランス感覚は、川原女史ならではのものでしょう。 そういう意味でこの作家さんは独特の立ち位置をキープしていると思いますし、「こういう少女漫画もアリなんだ!」と思わせたエポックメイキング的タイトルかとも思います。 川原作品はそれなりの数がありますが、これから初めて川原女史の作品を読む……という方には、このタイトルをお勧めします。
1投稿日: 2014.06.20
スキエンティア
戸田誠二
ビッグスピリッツ
どんなに科学が発達しても
書籍説明にあるとおり、スキエンティアタワーという超高層ビルのある街を舞台に繰り広げられる7編のオムニバス短編集です。 科学が発達し、それが商業ベースに乗っている未来を舞台にした物語ですが、全話を通じて同じ雰囲気が低層に流れている感触です。 日々の暮らしの行き詰まりを、発達した科学技術で補うようにして生活するが、人が明日を生きる原動力はやはりそうした物質的なものではなく、人の心---といったテイスト。 第一話『ボディレンタル』が『世にも奇妙な物語』にてドラマ化されたそうですが、『世にも奇妙な物語』のヒューマニスティックなエピソードが好きだった方には、心に響くものがある短編集だと思います。
3投稿日: 2014.06.17
Dの魔王 from Joker game(1)
柳広司,霜月かよ子
ビッグスピリッツ
『ジョーカー・ゲーム』の良コミカライズ
柳広司『ジョーカー・ゲーム』を全3巻でコミカライズしたタイトルです。 私は先にこの漫画を読み、それから原作小説を読んだクチです。 コミカライズにあたって霜月さんがアレンジした部分もありますが、決められたページ数や小説と漫画の文法の違い……という範囲内のアレンジだと感じました。 後日原作小説を読んだとき、原作に引けを取らない漫画版の出来に改めて感心したものです。 霜月さんの絵柄自体は少女漫画よりなものの、今回のタイトルではより線を硬質&太めにして全体的にかっちりした画面を作っているので、少年漫画的雰囲気に仕上がっています。 そういう意味では男女問わず手に取りやすい作画かと。 『C-blossom』や『シーラカンス』など、サスペンスやミステリー系作品に実績ある作家さんなので、原作読了の方でも楽しめる作品だと思います。
4投稿日: 2014.06.09
DEADLOCK
英田サキ,高階佑
キャラ文庫
世界背景が骨太なBLタイトル
出だしからしてFBI対CIAってかなり派手な展開……という感じですが、まだ1巻は刑務所内が舞台なのである意味世界はコンパクトです。2巻以降は刑務所どころかアメリカすら飛び出し、南米まで舞台が広がります。かなりグローバルな展開です。 テロリスト撲滅を掲げFBI対テログループがテロリスト検挙に躍起になる一方、CIAとの根の深い確執がライバル意識を刺激し、やもすると二大組織の凌ぎあいになる。 刑務所内では人種・肌の色によるグループが存在し、まるで世界の縮図のように抗争を繰り広げる。 またシリーズの敵役として設定されている爆破テロ組織にも、その背後にアメリカ経済の重要な歯車の1つとなった刑務所産業複合体の問題を敷き、更にその向こうにアメリカの軍需産業と政府の緊密な関係と南米政策を設定してあります。アメリカという超大国の抱える矛盾と現状を上手く絡めて、しかも3冊のうちに納まるようまとめてあって、素直に驚きました。 ここまでがっちりした背景を構築したBLはこの作品で初めて出会ったので、サスペンスとしてわくわくしながら読み進めました。 が。 どうにも主人公ユウトの思考に水を差されることしばしば。 頭が回って行動力もある青年なのに、思考が乙女モードになるシーンがちょくちょく挟まります。 あれだけハードな任務中なのに、なんで突然しんみり乙女思考になるの?と、サスペンス部分に夢中になっていたため、思わずぽかんとしてしまいました。 そもそもBLレーベルですから恋愛モードが入って当然ながらサスペンス部分が秀逸なだけに、どちらに重きを置いて楽しめばいいのか少々当惑しました。 これでもかと派手な舞台を展開しながら、きちんと全3巻で物語にエンドマークが付くシリーズです。 BLカテゴリに抵抗がない方には、一つの物語として秀逸なのでお勧めしたい内容です。
1投稿日: 2014.05.24
HEARTBEAT
小路幸也
創元推理文庫
じわりと記憶に残る青春ミステリー
一セクションが短めの章をひたすら積み重ねるスタイルで綴られた長編小説です。 委員長こと原之井と、失踪してしまった不良少女のヤオ。そして二人のクラスメイトだった巡矢。 この三人を巡る大人サイドの失踪事件と、資産家の坊ちゃんを中心に巻き起こる幽霊騒動がじわじわとリンクしていくあたり、ハードボイルド的ミステリーとして読ませます。 しかし終盤に差し掛かったところで、まったく別ベクトルのオチがつきます。 このオチを「そうだったのか!」と飲み込めるか、「反則技だ!」と捉えるかで、評価が真っ二つに分かれる予感。 でも苦い現実を透かして見る高校時代の思い出や、子供たちの友情など、読後感は爽やかなタイトルですから、青春系ミステリーとしてお勧めします。
2投稿日: 2014.05.23
ルピナス探偵団の当惑
津原泰水
創元推理文庫
少年少女探偵団だけどジュヴナイル感は皆無
やっと津原作品が電子書籍化しました。 これはかつて「津原やすみ」名義で発表した少女小説作品を、大幅リライトのうえ推理小説として再刊行したものです。 (「冷えたピザはいかが」「ようこそ雪の館へ」「大女優の右手」の中篇3本が収められています。 「大女優の右手」が今回書き下ろされたタイトルで、他2本がリライト分です。) スタートが少女小説だったため、主人公は当然女子高生ですし、片思いの少年も出てきます。 が、全体を通して学校生活などの青春らしい甘酸っぱさは1%もありません 少女小説らしい「きゃっきゃうふふ」成分も残っているかと読んでみたら、見事に徹頭徹尾推理小説でした。 津原作品らしいどこか浮世離れしたキャラクターたちが軽妙な会話を交わしながら、飄々とすすむミステリーです。 津原泰水さんの作品を初めて読む人には入りやすいタイトルかと思います。
9投稿日: 2014.05.23
不法救世主 1巻
篠原烏童
朝日新聞出版
オカルト時代劇のようでありながら、実はラブストーリー
篠原烏童さんの作品でも、とりわけ好きなタイトルです。 江戸時代中期、江戸吉原と長崎丸山という二つの遊郭を舞台に、親子二代にわたる戦いが描かれます。 救世主誕生を阻みたい組織の暗躍を描くのに、キリスト教が弾圧されていた江戸時代、そして唯一外交窓口が開いていた長崎を設定してくるあたりが、かなり特異な筋書きと言えます。 一方、障害が横たわる男女の恋愛がしっかり描かれてるのも特徴。 遊女たちの在り方や、異人とのままならぬ恋など、単なるオカルト戦記で終わらせない魅力があります。 全3巻で江戸時代編が終わり、転生した現代編『セフィロト』で物語が完結する流れになっていますが、この『不法救世主』だけでも十分満足できる密度の物語です。
2投稿日: 2014.05.16
イノサン 1
坂本眞一
週刊ヤングジャンプ
圧倒的な作画
代々続く死刑執行の家業を継ぐことに戸惑いを隠せないシャルルが、やがて家業を継ぎ、4代目として成長していく物語です。 ヨーロッパでは死刑執行は出店も並ぶ一種の見世物でしたが、一方でその当事従業者はこれほどまでに忌み嫌われるのか、という群衆の身勝手さがよくわかります。 あと死刑のやり方のために人体に精通する=医業として地域還元、というのも目から鱗でした。 必要職でありながら世間への知識還元を通じて地域に根差すあたり、本当に業の深い仕事です。 死刑執行(およびそれに付随する拷問)がこれでもかと繰り広げられるので、どう頑張っても明るい物語とは言えませんが、引き込まれる吸引力あるタイトルです。
5投稿日: 2014.05.14
アルスラーン戦記(2)
荒川弘,田中芳樹
別冊少年マガジン
過不足ない快調ペース
アルスラーンの16翼将のうち、4人までが登場した2巻。 今回はナルサスとギーヴに焦点が当たった流れになっています。 原作よりも展開ペースがやや速めにも感じますが、描くエピソードのつなぎ方が上手いので、スピーディーな展開がむしろ心地いいです。 そして最終ページを見て驚きました。 導入のためだけに描かれたとばかり思ったオリジナル前日譚が、伏線として重要キャラクターに紐づけられていました。 奴隷に関する描写から見て、アルスラーンの成長を奴隷解放エピソードに重点を置いて描き出すのかも……など、あれこれ読者の想像を逞しくさせる2巻でした。 続刊も楽しみです。
7投稿日: 2014.05.09
三国志ジョーカー 1
青木朋
ミステリーボニータ
猛剛速変化球な「三国志」
1巻の表紙が黒スーツの青年ってところからして、普通の「三国志」コミカライズと一線を画しているタイトルだとわかりますが……。 (ちなみに、この黒スーツは本タイトルの主人公・司馬仲達です。) どのあたりが剛速球の変化球かというと ・「三国志」なのに ・バリバリの古典的SFモチーフで ・黒スーツ萌え という、「なぜ混ぜた」と思うような3要素が均等割合でミックスされている点です。 青木朋さんは中国史の史実考証をきちんとされている作家さんなので、とんでも要素に見える設定でも、読み進めると違和感を感じさせないところはさすが。 このタイトルは赤壁の戦いで幕を閉じますが、きちんと納まるところに納まってますから、変わり種「三国志」としてお勧めします。 (原典を知っている方が、作者のアレンジなどがわかってより楽しめるかもしれません。) ただ、諸葛孔明がとても変態的なので、その点だけご注意の程。
2投稿日: 2014.05.04
