くっちゃね村のねむり姫さんのレビュー
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話が長くなるお年寄りには理由がある
増井幸恵 / PHP新書
タイトルにひかれて読み始めました
7
常々、一億総活躍社会というワードに違和感を抱く人には、一読をお勧めします。
高齢者に対する実証研究に基づいた心理学ですので、なかなか説得力がありますよ。ここに掲げられている「老齢的超越」とは、85…歳を超えた超高齢者を指していると書かれていますが、老いの程度そのものは、人それぞれだと思います。そして、「生涯現役」こそが正しい生き方というのも、少々おかしい気がしていましたが、やはり著者の書かれているとおりなんだろうなぁという、納得できる一冊でした。
興味深かったのは、「長寿の秘訣は何ですか?」と聞かれたとき、日本に住む高齢者は、「ありのまま、自然のまま、あれこれ考えない。」と胸をはって言う方が多いですよね。でも、アメリカ人は絶対にそんなことは言わないという点です。そもそも「自然のまま」というフレーズは、訳すことが出来ないとのこと。無理に訳せば、「Let it be.」つまり、ビートルズのあの名曲も、アナ雪のあのテーマ曲も、国によって、ずいぶん受け取るイメージが違うというわけです。
また、よく介護の問題で、キーワードとして使われる「頑張らない。」という言葉、当然これは介護する側の話としてとらえられていますが、介護される人にも「頑張る」ことを強いてはいけないと言うことも記されています。自分の身内だからこそ、知らず知らずのうちに、無理をさせてしまうかもしれません。個人的な話をすれば、私の父は超高齢者となる前に亡くなってしまいましたが、母はまだ健在で、超高齢者となっています。今後のことを考える上にも、示唆に富んだ一冊でありました。 続きを読む投稿日:2015.11.25
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櫛挽道守
木内昇 / 集英社文庫
最近、骨太な小説を読んでないなぁとお嘆きのアナタへ
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今も残る「お六櫛」にまつわるお話です。
時は幕末、ペリーの来港で風雲急を告げ、世はまさに激動の時代が始まろうとしています。そんな中、木曽の薮原で、ひたすら櫛を作っている職人一家が舞台です。
神業…の技術を持ち、無口でひたすら板の間で櫛を挽いている父親。そんな父親に尊敬と憧れを持ち、女性ながら、いつか自分も、と願う主人公。一方、こんな田舎でくすぶって、母親のような生き方はしたくないと思う美人の妹。また、父親に期待される腕を持ちながらも、広い世間を見てみたいと考えていたらしい早生した弟。そして、家を守ることのみを考えているような母親。と、ここまでは、今にも通じる家族の物語ですが、時代の動きなど無関係と思われる田舎にも、ヒタヒタと時代の変化の波が押し寄せてくるわけです。
そんな家族の中に、江戸で卓越した技を習得した男が弟子として入り込み、主人公の夫となります。新時代を象徴するかのような彼の振る舞いに、主人公は何の愛情も持てず、苛立ちと戸惑いを感じるばかりです。そして迎える新しい時代。でも変わらない職人魂。夫の真意に気づかされる主人公。
おそらく「あらすじ」は?と聞かれれば、書籍説明に少々付け加えるだけの非常に短い文で済んでしまうでしょう。でも、筋だけを追い、その展開と結末を楽しむだけの小説では決してありません。
実に沢山の要素が含まれています。時代小説でもあり、家族小説でもあり、また早生した弟である直助の残した絵にまつわるミステリー的要素さえ持っています。
勿論フィクションなのでしょうが、あの時代に、櫛を作る職人のワザを女性が継承しようとする筋立てを通して描かれる当時の世相は圧巻です。木曽の山中でも幕末の騒動はあったんですね。和宮降嫁しかり、天狗党の残党しかり。一方、名もなき職人達の恵まれない境遇を描き、それに抗う新しいシステム作りや、そんな拝金主義?よりも、今まで同様、ただひたすら技の向上を追求したいという考え方を描く等々。様々なエピソードが複合的に絡み合って、物語文学の醍醐味を十分に味わうことができます。
小説のタイトルが、櫛挽「業」守となっていないところがミソです。
「おらの技はよ、おらのものではないだに」「おらのこの身が生きとる間、ただ借りとる技だ。んだで、おらの技というこどではねぇ」と父親は言います。つまり、その土地に根付き、長い歴史に培われ、引き継がれてきた技と言うことですね。その技を追求し、現代に通じるよう継承していくと言うことは、まさに「道」なのでしょう。
物語のラスト。様々な思いや真意を理解した後に、主人公が、病床の父親の手を取り、板の間から聞こえてくる夫の櫛を挽く音に二人して耳を澄ませるシーンが、静かな感動を呼びます。三冠に輝く、まぎれもない名作でありました。 続きを読む投稿日:2017.01.28
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出星前夜
飯嶋和一 / 小学館
教科書ではわずか数行。この長編こそが真実を語る!
7
タイトルにひかれ、書籍説明にひかれて手に取りました。この作者の作品を読んだのは「始祖鳥記」が最初でしたが、タイトルの付け方が上手いですね。
さて、この小説は、誰もが知っている島原の乱が題材となって…ます。手元に残してある40年近く前の私の高校の日本史の教科書を見ると、わずか6行の記述になっています。(昭和51年発行山川出版社詳説日本史)そこには、島原城主や天草の領主の圧政が原因となって発生したこと、領民の中にキリスト教徒が多かったこと、牢人が指導者となっていたこと、天草四郎時貞が総大将だったこと、武器や食料がつきて敗北したこと等が書かれており、その結果、ポルトガル船の来港を禁じて鎖国が完成したとされています。
単なる歴史上の事実としてはそうなのでしょうが、当然、その時代を生きた人には、それぞれドラマがあったわけです。それをこのような長編小説に仕立て上げる作者の力量は、流石と言うほかありません。
全体は大きく1部、2部と分かれ、一カ所だけ過去に遡ってますが、細かく時系列に並んでいて、その時代を生きた人々の生き様を順番にたどっていくことが出来ます。正直言うと、第1部の方は、少々もどかしい展開や表現がくどいなと感じるところもありました。これに対し第2部は、一転して戦中心のダイナミックな展開を見せてくれます。そしてその描写は、次第に作者自身の体制に対する反骨心というか、為政者に対する抑えきれない怒りというか、感情を爆発させて書いていることが、ヒシヒシと感じられる筆使いになっていきます。「討伐軍の下郎ども」などという表現にもそれは表れていますし、当然、読んでいるこちらも、立てこもる人々に肩入れをしていきます。
その一方で、戦争そのものに対する嫌悪感、違和感も強くて、「古来より戦というものは、一人歩きを始め、当初の意義などどこかへ消え失せて、結局は自国の民を大量に殺すだけのこと。」と言う様な記述などは、現在の戦争にも当てはまる作者の思いです。
島原の乱が題材ですが、カリスマ天草四郎は、あまり登場しません。というか、物語上もさほど重要な位置を占めていません。逆にコレが、作品にリアル感を与えている様な気がします。主人公は別にいるわけですが、どなたかがレビューで指摘なさっている様に、もっと彼に力点を置いても良かったかもしれません。何しろ、もの凄く多くの登場人物が出てきますので、その人物を追っていくのも結構大変でした。 それにしても、この乱のそもそもの原因は、結局は貧困です。立て籠もる人々の願いが「人としてふさわしい死を迎えることにあった。」との表現は胸を打ちます。考えてみれば、シリアの内戦も、異常気象からの干ばつによる食糧不足と聞いていますし、世界中で起こっている紛争の大部分のきっかけは、貧困でしょう。本作品を過去の話とは単純に片付けられないものがありますね。
さて、物語としては、大団円の後、主人公は大阪にて開業するワケなのですが、なぜ大阪に出てきたのかは記述がありませんでした。そこは読者が考えてみようという事なのでしょうか?そこだけが少々気がかりではありますが、読みごたえたっぷりの、ずっしりとした作品でありました。 続きを読む投稿日:2015.08.12
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猫鳴小路のおそろし屋 2 酒呑童子の盃
風野真知雄 / 角川文庫
想像の翼広がる物語
7
ちょいとワケありのお縁が主の骨董屋物語第二段。四つの骨董品にまつわるお話が収められています。勿論、作者の創作なのでありますが、これがなかなか面白い。ホントの歴史を知らずして読むと、ちょっとヤバイかも…しれませんが、ここまで想像の翼を広げられると、作者の創造力に感服せざるを得ません。ただ、大石内蔵助の太鼓だけは、少し腰砕けだったかな?一方、それぞれのエピソードにお縁の過去も追いかけてきます。次の三巻で完結とのことですので、それも読んでみたいと思います。
一話完結型式が四つですので、通勤通学にはもってこいの一冊であります。 続きを読む投稿日:2017.04.20
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青の障壁
白井かなこ / OtoBon
香子と未知。名前が象徴していた物語
7
私にとっては、少々ストーリー展開がワサワサしていて、もう少し整理して欲しかった気がしないでもありませんが、物語の趣旨はよく理解できました。
主人公の香子と未知は、過去と未来を象徴し、また、青の障壁…の青とは、青春の意味があるのかな?
どんな障害があろうとも、また、どんな理不尽な運命に翻弄されようとも、ヒトは過去を想い出に変え、未来に生きていかねばなりません。青色一色で塗られた看板は、決して一色ではなく、グラデーションで段々明るくなっていました。そうやって生きていくんですね。
内容とは直接関係ないのですが、スマートフォンについて、面白いフレーズがありました。「(スマホは)小道具の一つだけじゃない。それを持つ誰かの人生、そのものかもしれない。」そっかぁ、今の若者はそんな風に考えているのかもしれないなぁ。といまだにガラケーの私は思いました。
また、美術館に展示された仏像には手を合わせて拝まないとの記述もありました。展覧会等に行くと、手を合わせているお年寄りもいるにいるんですが、それにどかこ違和感を感じている自分を、私自身不思議に思っていたところです。これも作者の人間観察力でしょう。感服です。 続きを読む投稿日:2017.03.31
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氷結の森
熊谷達也 / 集英社文庫
「森」三部作の最後を飾るのは、ハードボイルド!
7
「相克の森」では、自然と人間の関係を抉り、「邂逅の森」では、マタギ青年の波瀾万丈の人生を描き、そして、期待高まる三部作の最終章は、どんな話だったかというと、なんと緊張感あふれるハードボイルドタッチの…冒険小説でありました。
勿論、主人公はマタギであります。でも、この主人公、ゴルゴ13なみの凄腕スナイパーでもあります。ところが、物語は、タイトルからは想像もつかない、鰊の漁場から始まります。え?森じゃないの?山じゃないの?と思って読んでいる内に、このミステリアスな物語が、どんどんハードボイルドタッチになってきます。
どーもこの主人公は、何者かから逃れるために、内地から樺太へ渡ってきたことが判ってきます。でも、何故追われているのかは。なかなか明かされません。ミステリアスな状況の中、様々な人と出会い、別れ、そして主人公は、大きな時代のうねりに否応なしに巻き込まれていきます。いや飛び込んでいったという方が正確かもしれません。
私自身は、日露戦争直後、樺太やシベリアに於いて、日本とロシア、そして革命勢力との間に、このような歴史があるとはまったく知りませんでしたし、また、アイヌ民族は知ってましたが、ニブヒ、ギリヤーク等という少数民族の人々の事もまったくの初耳でした。
少女の恋あり、大人の恋あり、仇っぽい姉さんやフィクサーの様な黒幕も登場、戦闘シーンあり、サバイバルシーンあり、そして勿論、狩りのシーンあり。疾走する犬ぞりや極寒の樺太の大自然の描写ありと、あまりにも盛りだくさんな内容を含んだ大河小説であります。読みごたえは言うまでもなく、映像化したら見応えのあるシーンが連続する作品に仕上がると思いますよ。そしたら、タイグークは誰に演じさせましょうか?私としては、サンタフェの頃の宮沢りえが適任だと思うけれど、今の役者さんでは、適任者は誰かなぁ。主人公の矢一郎は。。。。
それにしても、死に場所を見つけるために彷徨っている様な主人公が、他人のことを思って行動した結果、最後まで生き残るというのは、皮肉と言えば皮肉な物語と言えなくもありません。ささやかながらも極寒の地で幸せに暮らして欲しいと願うばかりであります。
ところで、物語の中で度々登場するコロッケカレー。とても懐かしく思いました。昔、学食でよく食べました。カツカレーより廉価でしたからね。これも青春の味の一つかもしれません。 続きを読む投稿日:2015.09.30