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総合評価

589件)
3.9
181
174
145
29
6
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    このレビューはネタバレを含みます。

    友達と「家事してくれるアンドロイド欲しいね」という話をしたことがある。 部屋に散らばる洗濯物を回収するところからやってほしい、もちろんご飯も作ってほしい、と私たちは願望を口から吐き出していた。 男性型のアンドロイドだとどうしてもセクサロイド感が出てしまいそうだからという理由で、「やっぱり女性型のアンドロイドがいいね」という話になった。 でも私は、「ヒト型のアンドロイドは奴隷みがあって嫌だ」と思い直した。もっと、猫とか犬とかデフォルメされた動物的なものの方がいいと思った。セクサロイド感も、奴隷みもない。いいと思った。名案だと。 しかしこの小説に出てくるピョコルンは人間の形をしていないのに性的に消費されていく。 怖かった。人間がすごく怖かった。 ピョコルンのAVが撮られていることも、その需要があることも。 確かにこの世には獣姦というものが存在する。エロ漫画とかだとゴブリンに犯されて〜みたいなものもあるだろう。その種類の性癖なのだろうか。 でも、ピョコルンとのセックスは「一部の性癖」的な扱いではなくなっていく。 当たり前になっていく。ピョコルンはすごいスピードで消費されていく。性欲も、出産も、育児も、介護も。愛玩動物としても。 女の苦しさみたいなのを上巻でどんどん出していって、下巻で女の気持ち悪さにスポットを当てるのがおもしろかった。 私たちは確実に苦しいものを背負っているけれど、「女の子は男の子をサポートしてあげなくちゃ」とか「女の子はしっかりしてるんだからバカな男を許してあげなくちゃ」とか「女のくせに生意気」とか「バカな女」とか、いろいろ、いろいろ。 私たちは「教えて」もらっていて、役を「与えられて」いて、それに呼応してこなければならなかった。それに呼応しないとコテンパンにされて、「これだから女は」とやれやれ顔をされた。勝手に評価されて、勝手に消費された。 けれど女だって汚い面はある。 主人公がピョコルンのAVを観ながら自慰をしてピョコルンを罵倒するシーンは特に唸るものがあった。 女は時々「名誉男性」というものになってしまう。あれの感じがあった。 そして自分がピョコルンを養うようになると、また汚い気持ちが増える。 環境によって性格が変わる。人間はいろいろなペルソナがある。 しんどいけどおもしろい小説だった! そこまで気持ち悪さを感じなかったのは村田沙耶香作品を何冊か読んでいたからかも。 私は彼女の書く文章が好きだ。世界が好きだ。癒される。心地よい。

    0
    投稿日: 2026.03.23
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    このレビューはネタバレを含みます。

    上巻のラストで起きた「リセット」後、世界が一変している。汚い言葉や行動、邪な考えを持つことが消えた世界、というよりも押さえつけられ、蓋をされた世界か。 同性婚を発展させた友情婚が成立する世の中、ピョコルンは進化して、ウエガイコクやシタガイコクの下、男女の下など、あらゆる序列の下に位置されている。 上巻が強烈で、読み通せるか、読み通したいのか考えたが、休む間もなく図書館で順番が回ってきたので、どんな結末になるのか、ページをすすめることに。上巻とは違う意味で、読みながら嫌悪感や忌避感を覚える。極端で強烈な世界で、何とも消化しきれない。 ピョコルンは再生された人間だが、出来不出来、見栄えの良し悪しはあるが意思はない。 それでも生殖の本能はあるのか?生殖と性欲処理の機能を持たされ、命懸けで子供を産まされ、赤ん坊を育てる役目を負わされ、役割が終わってからも死ぬまで家事を請け負う。そうやって、人々が受けてきた「負担」「被害」を受け止めるが、それは人々を加害者にしてしまっているという皮肉。

    5
    投稿日: 2026.03.22
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    上巻より抵抗感が薄れてきた感じがしたので⭐️3にした。ピョコルンが子供を産んだり、家事をしたりするのが当たり前。女性は子宮を取ったり、黒目だけにしたり鼻の穴を白くしたりする。友情婚により、同姓2人+子ども+ピョコルンの形が最も理想な世界。女子中学生同士の子どもをピョコルンが産むシーンや、空子がピョコルンになるシーンがグロテスクだった。 〈登場人物〉 空子・白藤さん・波ちゃん・ピョール・音ちゃん・匠くん・琴花ちゃん・アミちゃん・睦月さん・京介さん・奏さん・雨

    0
    投稿日: 2026.03.22
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    本書のキーとなるピョコリンという空想生物が上巻では性的処理と出産と作者の考える女性の忌避する行為を代行するペット?だったものが、下巻では更に進化して家事、育児、と代行可能範囲を広げる一方、能力の格差、美醜の格差と評価(価格など)が広がる世界が描かれる。 その一方で主人公の母親が虐げられてきた奉仕と犠牲の世界は縮小されている。 上巻で若かった主人公が環境や人間関係で変化(順応?)するキャラ(反面空虚な傍観者)の立場から傍観者としていた見ていた(と本人は意識している)大人の年齢(49~50歳)となりながらも空虚な心理状態は不変なまま、ピョコルンになる儀式に導かれる恐怖が描かれる。 ただピョコルンになっても主人公の意識が存続しているのはどうも矛盾しているような気もする。 本書の読書後の感想で印象的なのは世界の階層の単純化(空想小説だから仕方ないかもしれない)を背景にした、女性性の鬱憤であり妊娠、出産、性欲処理、家事からの恨みつらみでどうにも救われない感が強い。 これでは主人公のように人生を諦め死を選択ないし空虚(宗教的な達観?)するしかなくなるかもしれないなと思わなくもない。 ただどうにも作者の世界観が独特なことは認めつつも偏狭でマスターベーションのような印象も強かった。

    0
    投稿日: 2026.03.21
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    下巻は上巻より、重みも気味の悪さが増して読み進めるのがしんどかった。(特にピョコルンがトラウマになりそう。。) 「私たちはみんな人間ロボットで、自動的にできたペルソナに支配されているだけの空洞」とは表現される通り、一部の人を除いては、前半と後半で社会における立ち位置も人間関係も発する言葉もすべてが変わる。 絶対おかしい世界なのに、大衆は考えることを放棄する(放棄させられる)ことでなんだかんだでうまく適応し、自分の意思を強く持つ一部の人たちは狂っていく。世界の基準は定期的にリセットされ、リセット前と後では180℃変わるが、表面的には何事もなかったかのように人々の生活は続いていく。 著書はこの世界をこんな感じで捉えてるのだろうかと思うと、とてつもなく大きいダメージを負う。村田作品はもう当分読みたくないけど、でも次作が出たら多分読むのだろうなと思う。

    8
    投稿日: 2026.03.21
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    この本に生きる人にとってはハッピーエンドなんでしょう。 読み終えた自分にはバッドでもハッピーでもなく、疲れた。頭の体操?つまらない訳じゃないから、自分にしては一気に読み終えたのだけれども。自分が物語の世界に浸食されていく感覚を覚えて、少し慄いた。 これも一種の終末論的な物語。何となくエヴァの人類補完計画みたいな香りもする。

    0
    投稿日: 2026.03.20
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    鬱of鬱。三宅香帆さんが「現代の若者を風刺している」って言ってたから読んでみて、まあそれはあってるんだけど、内容はひたすら絶望アンド失望。上下合わせて600ページ?くらいにわたって絶望なので、鬱ゲー(ブレスオブファイアとか?知らんけど)が好きな人にはめっちゃ刺さるかも。 とにかく僕は後半は早く読み終えたくてサッと読み流してた

    0
    投稿日: 2026.03.19
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    ここ数日狂わされた。。笑 コミュニティによって世界が分裂していくのはわかるなあと思った。個人から分人へ、的。 主体性のない主人公、自分で自分を養っていくのか、家畜となるのか、 家畜となってくれるピョコルン。。 均一な記憶のワクチン。。。 全員が苦しい世の中。誰かを憎みたくてラロロリン人を迫害? 自分がこの世界の男だったらパパみたいにちゃんと搾取するだろうし、女だったら上手く立場見つけてサバイブするかな。 世界が変わってもマジョリティに紛れて記憶を改竄するだろうな。

    2
    投稿日: 2026.03.18
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    ピョコルン。わたしは白いアルパカみたいなのを想像してるけどあってるのかな??? 全部で4章で構成されてるとこ…、 あ、ここからが4章目なんだ…ってなりました。 最終章なのに、序章みたいな、新しい生き方が始まったところで終わったなあ。

    0
    投稿日: 2026.03.18
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    このレビューはネタバレを含みます。

    読み切った。最後の空子の感覚がわからなかった。ずっと「使われる側」になることを恐れていたはずなのに、音と出会ってからオリジナルでいられることへ気持ちが傾き、最終的にはクリーンな世の中に貢献する側(最大の使われる側)に堕ちていく。本当に少しずつ、少しずつ、その変化が描かれて、初期の空子のイメージを拭えずにいると、理解が遅れる。どうしてなんだろう。どうして、そちら側を選んだんだろう。読解力が足りないな。

    0
    投稿日: 2026.03.17
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    このレビューはネタバレを含みます。

    上巻の内容うっすらとしか覚えてない、、、 ”世界99”(ピョコルンの中身が公表されて)以降の話 結局立場が視点が変われば忌み嫌っていたり蔑んでいた連中と同じように感じるし行動するどうしようもないのはやはり人間の意志? 最終的に人類の記憶を共有してカウンセリングで整える(均一化する)という伊藤計劃氏の”ハーモニープログラム”的な着地点 似たような着地点でも世界99は”有機的”でハーモニーは”無機的”なイメージ ピョコルンにだけはなりたくない、、、

    0
    投稿日: 2026.03.17
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    このレビューはネタバレを含みます。

    上巻のほうが評価が良いのは知ってて、 なーんかそれなら下巻読まなくてもいいかも?と思ったりもした。 けど見届けた。 けど下巻どうだった?と言われるとあんま覚えてない。 上巻の「ピョコルンの中におじさんの頭入ってた」が衝撃すぎて、もうそれは超えない。 白藤さんが自分の思想と現実のギャップに悩まされて、太った。そして赤ちゃん返り(?)してキサちゃん、とか呼んできたりする。もうちょっと大人の人だと思った。 ていうかそう、下巻では40代、50代とか描かれてるけど、みーーーんな話し方が変わらなくてほんとに成長してるのか?と思った。時が止まってる。 特に音ちゃん。空子さん変わらないですねー、実際そうですねー、みたいな、あの必殺語尾伸ばし。 50歳の大人がその話し方するの想像できない、、 あとは波ちゃんが怒りとか憎しみを知らないから、起こる時に「ガァァァァ」ってカラスになっちゃうところ、怖かった。 怒りとかって湧いてくるものじゃなくて、周りの人たち(波ちゃんの場合はカラス)に形成されるものなの?!と。新しい考え。 ピョコルンは結局1000万払っても所詮容姿に見合った価格な訳で、高価だから家事ができる、育児ができる、ってわけじゃあないんだな。選ぶの難しっ。 最初、この本の表紙がなんだか宗教チックな割に、内容は「周りの人をトレースして生きてく主人公」ってパンチ弱いなあなんて感じちゃったけど、そんなん序の口の序の口すぎて。 ピョコルン、リサイクル、ラロロリン人、ウエガイコク、、、すごい世界に引き摺り込まれた。こりゃ表紙も意味不明で納得。 すごい読書体験をありがとうございました。

    1
    投稿日: 2026.03.17
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    このレビューはネタバレを含みます。

    「上」とはだいぶ違ったなーって感じ。上手くペルソナを使っていた主人公が、それをやらなくなっていったというか、やらなくて済む社会になったっていう社会側の変化かもしれないけど、何となく単調だったなと。主人公が考えることをせず、社会にうまく適応して過ごしていく姿が、「上」では一つ上からみんなを見て、うまく適応していて面白かったのに、ともの寂しかった。歳を重ねるとそうなってしまうのだろうか。 女性に対する思想?というか、怖かった。どちらかといえば若い女性だけど、そんな社会も男性も何もかも恨んで生きてないよーって思う。恨まなくて済む人生を歩めたっていうのは幸せなのかもしれない。 衝撃的な場面はいくつもあって、どうなっちゃうのと読む手は止まらなかった。最後綺麗にまとまったなぁ。いつかこんな社会が来るのだろうか。 2026/3/17

    0
    投稿日: 2026.03.17
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    上巻の最後に行われた「リセット」後、ピョコルンはいなくなるのかと思ったら意外にも健在だった。ラロロリン人がピョコルンとして搾取されることを引き受けたから。世界は3つの階層に分かれ、それぞれの世界で感情は均質化されている。上巻で被害者だった空子は、下巻では搾取する側にいる。 さらに下巻では空子の次の世代である、波や琴花たち(生まれた時からピョコルンが搾取対象としている世代)が描かれる。どういった経緯でピョコルンが家事労働や性的処理を引き受けることになったのか知らないので、いまだに母親がその役割を引き受けている低所得層の家庭を見て、うちにも「母ルン」がいればいいのに。ピョコルンがかわいそうとのたまうのだ。これを読んだ現役の「母ルン」たちはどう思うのか。ギョッとするし、なんかグサッとくる。 最後は「記憶のワクチン」によって、人々の記憶が共有され均質化された未来が描かれる。ユートピアのようなディストピア。 白藤さんだけは白藤さんのままのようで、なんだかほっとした。「かわいそうな人」としてカタルシスを得るための娯楽にされてしまったのかも知れないけど。

    21
    投稿日: 2026.03.17
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    上巻のラストが、ここで終わっても良いくらいの圧巻のテンションだったこともあり、下巻は淡々と進む。人生のサンプルを集めている音。そこから物語が動き出す。 テーマが多岐に渡り、1人の娘の父親、1人の男性、1人の人として考えさせられ、自分を振り返ることになった。

    0
    投稿日: 2026.03.17
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    このレビューはネタバレを含みます。

    Audibleにて読了。終始不穏な世界だった。 主人公の空子は自分の意思を持たず、相手に呼応することでその場を無難にやり過ごし、どこか俯瞰したような生き方をしていた。登場人物の中でまともに思える白藤さんと上手くいってほしいと思ったが、世界3になってからは白藤さんも有害物質を自らの身体で浄化するなど、行き過ぎた考え方をするようになり、誰が正解なのかも分からなくなった。そして、それぞれの世界を一歩引いたところから見ており、この世に諦めのようなものを感じている世界99の空子が一番可哀想に思えた。むしろ1つの世界で生き、その世界のことを疑うこともせずに暮らしている人が一番現実世界に近く、幸せなのかもしれない。そして、今自分が生活している世界も実は世界##で、常識を疑うこともせずに暮らせているから平凡な毎日を送れているだけなのかもしれない。

    0
    投稿日: 2026.03.17
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    このレビューはネタバレを含みます。

    SFディストピア小説のような、2020年代の現実社会を風刺した小説。ピョコルンという人間にとって面倒で残酷な穢れを押し付けることができる存在を手にしたらという衝撃の思考実験だった。 本作が描くのは、SNSのアカウントごとにタイムライン(世界観)を切り替え、コミュニティごとに正解の振る舞いを「トレース」して生きる私たちの姿そのものだ。我々はすでに、世界①、世界②と無数の世界を所有し、その場にふさわしい人格をアルゴリズム的に最適化して演じている。そして、その無数の「世界」を俯瞰し、画面を切り替えるように自分を操作している一つ上のレイヤーこそが、現実=「世界99」なのだという指摘に、スマホをのぞいてタイムラインを増加している自分の姿が重なり、ゾッとした。 下巻では、ピョコルンという装置によって性欲、家事、出産、果ては「汚い感情」すらも外部化し、人類はさらなるクリーンな世界へと突き進む。一見、おぞましい思考実験に思えるが、現実的とこの点以外何が違うのだろうと思った。 幸せの形は広告やSNSのバズに規定され、美醜の価値観は骨格診断やパーソナルカラー、画一的なアイドル像に収斂していく。正解の行動はYouTubeのコスパ論に集約され、性格はMBTIなどの診断によって規定される。そして、そこから外れた「正しくない行動」は炎上という形で可視化され、排除される。 ピョコルンが実在しないだけで、私たちはすでに自ら進んで「個」を手放し、何らかのアルゴリズムに自分を最適化させて生きているのではないか。 この本を閉じた後、自分がどの世界のアカウントで、どんな役割を演じているのか。そして、世界99にいる「本当の自分」などというものは、果たして存在するのか。個人としての自分の、自己同一性、アイデンティティが破壊されるような恐ろしい体験だった。 「人間」という概念の終わりを見せつけられるような、逆に「人間らしさ」や「人間の本質」が浮き彫りになるような、そんな小説でした。

    0
    投稿日: 2026.03.16
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    このレビューはネタバレを含みます。

    まっっっっじで気持ち悪かった。 最後は気持ち悪すぎて目を細めながら読んだけど、圧倒的に強烈な読書体験をした。虚無。読後、しばらく何も出てこない。 じんわり浮かんだ、はちゃめちゃにディストピア小説だな……という感想と一緒に、そういえば1984年を読んだ後もこんな読後感だったな、と。。 人間が均質化することで利を得る人がいたとして、均質化することで楽になる人がいたとして、果たして損得勘定したときにそれぞれにそれで本当によかったとなるんだろうか。。。ぞっとする世界なのにどこか現実と地続きな世界観なのがまたぞっとさせられる。 正直冒頭は、上巻から時代が飛びすぎて理解できなかった、というか置いてかれた気分になりながら読んだ。小早川さんと離れた直後の空子に何が起こったか、明人とどう別れたか、みたいな部分は直接的には触れられていなくて、40代の空子の様子から想像するしかない。ピョコルンという謎の生物の気味悪さは上巻より身近に、即物的になっていて。 だけど、例えば現代で「こんな姿形が最先端の美」として、気味の悪い何かを流行として、文化として放出したなら、徐々に侵食されて、さもそれが当たり前、みたいに誘導されてしまうんだろうな。。。と思うと、やっぱ本気で顔を顰めるくらいには気持ち悪い!!!! 上巻が「若さ」や「女」という現代人の共感しやすいテーマを扱っているのだとしたら、下巻は未知の、だけどこの先ありえなくないような、えげつない差別を描いていると思った。 それにしても、人間をリサイクルする、何もかも均質化する、といった倫理観ぶっとんだ設定も、村田先生の社会への違和感が呼び起こしたものかもしれないと思うと、住み良く管理されきった生活に浸りすぎるのは危険なのかもしれないよね…… 好きじゃない!と思うのに、定期的に手を伸ばしてしまうのは、私にとってもやはり「かわいそう」とか「気持ち悪い」は娯楽なんだろうな。

    7
    投稿日: 2026.03.15
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    上巻では愛玩動物、なのか? と思っていたピョコルン。 私もかつてピョコルンであり、いつでもまたピョコルンになり得るし、誰かをピョコルンにしていることにぞっとする下巻でした。 「嘘つきじゃない私たちなんて存在するのだろうか?」強烈。

    0
    投稿日: 2026.03.15
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    そうなりたくない像を内面化している自分から逃げ、誰かを下に見ることで自分を正当化する。多かれ少なかれ表情を使い分けて生き延びる現代人を過剰なメタファーで描ききった感じ。クリーンさで誤魔化し続け自己を自覚できなくなる未来は他人事ではない。

    0
    投稿日: 2026.03.15
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    なんと言っていいか正直わからなくなる。 正しいことってなんだっけ??? でも こんな世の中がくるかもしれないなぁ... と思ってしまった。 ピョコルンが蔓延る クリーンな感情の人しかいない世界。 いまの世界とどっちが幸せなんだろう?

    3
    投稿日: 2026.03.13
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    ひたすらまっすぐに悍ましさと歪んだ清廉な微笑みを剛速球で打たれてそれが脳幹に直撃した感じ。 読了後のダメージがすごい。

    28
    投稿日: 2026.03.11
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    上巻が今回の物語の核となる部分なら、下巻はエピローグ的な感じだと思った。主人公が色んな世界を色んなキャラクターで行き来し、世の中の本質をガツガツ突くのが面白かったが、下巻は世界が統一された後の話なので、上巻に比べると少しワクワク感に欠けた。 下巻で男性に搾取され続けていた空子がピョコルンを前にして男性側の思考になるの、大分えぐい。ここの展開が見事。明人ピョコルンの末路もいい。 私はピョコルンがいる世界も、記憶ワクチンで思考が共通になる世界も、とてもいいと思った(笑)。その方がみんな楽だし傷つかないしハッピー★ こんな風に思ってしまうぐらいには、私は今の世界に疲れているんだと思うヽ(^。^)ノツカレタ‼︎ ヨルゴス・ランティモスとかに映画化してほしい。

    0
    投稿日: 2026.03.11
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    社会環境、親族、知人の言葉から知らず知らずのうちに、影響を受けてその場に適したペルソナを確立していくことが得意な主人公。全く異なるペルソナが、目の前の出来事について多角的に受け取るシーンが最後まで続きます。私自身の日常の思考についても唯一でないと思い直すと同時に、自身もまた他者もお互いに影響を与えながら出来上がっているのだなぁ、と思いました。

    0
    投稿日: 2026.03.11
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    第三章の中盤あたりから早く読み終えたいと思いながら、読了。 こんなクレイジーで奇想天外な世界観を描いた村田沙耶香さんの凄まじさを感じた。

    1
    投稿日: 2026.03.10
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    清潔でクリーンな社会に/言葉によって削られるもの。スポットライトが当たるその場所の周縁にあるもの。それはノイズであり不細工な感情であり無意味な思考であり、何より個人的なもの。クリーンの先にある究極は、「人間なんかいらない」だ。 物語化することで人は都合よく事実を捻じ曲げ記憶を改竄する。安心して気持ち良くなってしまうそのあり様はポルノ的で、そういうコミュニケーションをサービスかのように提供するのは果たして誰か。権力は相対的で流動的。わたしたちは誰も無関係ではいられない。男性と女性、人間とペット、人種、資産、思想。 入れ子構造。マトリョーシカ。搾取と感動と暴力の連鎖の中で私たちは生きているということ。

    0
    投稿日: 2026.03.08
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    このレビューはネタバレを含みます。

    ものすごい話をなんとか飲み込んだ。消化にはしばらく時間がかかる。 「記憶の改竄」「ウエガイコク」「性愛をアウトソースしたピョコルンに尽くし、消耗していく」 うっすらと気づいていた恥ずかしい自分が隅々まで開かれ、いたたまれない気持ちになる。 第四章のふわふわしたユートピアのような世界。伊藤計劃「ハーモニー」に似ている。

    0
    投稿日: 2026.03.07
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    このレビューはネタバレを含みます。

    男女差別論に一石を投じる。 男性に搾取されてる女性も搾取する存在がいたらそれをするだろ? 男性は暴力的に描かれてるけど、単なるフェミニズム小説ではない。むしろ女性を批判しているといってもいい内容なのではないか。 被害者だからといって、本当に加害者になってないのかを問いかけている きれいな感情がいいとされているけどそれが本当に良いことなのか?嫌なことから目を背けているだけではないのか? きれいな感情しか持たない人たちしかいない世界になったら? 怒りのない世界は恐ろしい 正しさを貫き続けることは本当に正しいことなのか。 その人を作っているのは環境、人間関係であって、変わりうる 世界の嫌な部分を凝縮させた作品

    1
    投稿日: 2026.03.06
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    電子書籍でちまちま読み進めていった。 上巻は割とスルスル読めた気がするけれど 下巻は中弛みしてしまい、この物語をどう締めくくるのかだけ気になって、少し10%ほど読み飛ばし気味になった。 中身の無い空子のことを全く理解できない人物だとは思えなかった。むしろ相手や環境やコンディションによって自分持っている面を変えている感覚は私にもあるし、 しんめいP著作『自分とか、ないから』にもあるように 自己の確立っていっても、そもそもはこれまで出会った人や環境から刷り込まれたものでできているのだと考えている。 MBTIなどの自己分析系の診断テストも「時と場合によらん?」と思ってしまって出来なくて、そんな自分はブレブレで良くないのでは…と思ったこともあったけど、朝井リョウさんが全く同じことを何かで喋っていて何故か泣きそうになるくらい共感しすぎたりして。 話が逸れた… この作品は非現実的なディストピア小説とはいえ今の現実世界を誇張したような世界観だったように思う。 男尊女卑の世界観とか、女性に求められている世間の厳しい目とか、多様性云々とか、村田沙耶香さんの怒りにも似た主張が伝わってくる気がした。

    34
    投稿日: 2026.03.06
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    ピョコルン、母ルン、ウエガイコク、シタガイコク、恵まれた人、クリーンな人、かわいそうな人、存在しない人 見事なディストピアの描写。そして、それは現実の世界の持つ側面。

    0
    投稿日: 2026.03.06
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    この物語がディストピア作品とよばれているが、ピョコルンかAIだったらと考えると100年後200年後そうならないとは言えないのではないかと思った。 その時代になってしまったら今の私からすると人間なんて居なくなってもいいのではないか? いる意味がわからないなーと思ってしまった。 差別だったり、嫌なことを何かに任せてしまったり、自分自身の醜さとも向き合わされ、考えさせられる重い1冊だった。 読後は何とも言えない気分だけど読んで良かったと思う。 次はライトな本を読むぞ。

    7
    投稿日: 2026.03.06
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    登場人物が「呼応」と「トレース」を 駆使する感覚は分からないでもないが それが題材の全てと思い、頁数より長く感じた。 上巻から半年後に読了したのだが 上巻はもっと様々な感情が 沸き起こったと記憶している。 ラストの第4章は 無くても良いと思った。

    12
    投稿日: 2026.03.03
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    まさかの展開に村田ワールドに楽しませて頂きました。ピョコルンの地位が確立したことで変化した世界。現世で恵まれていたのだから奉仕し続ける事が当たり前と捉える人々。その後、ピョコルンを使い続ける。クリーンな人が増えたと言いながらクリーンってなに?みんなで同じ思想に向かうことって怖い。とにかく村田作品は色々な面で考えさられて私は好きです。

    3
    投稿日: 2026.03.03
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    (仮)感想。 ピョコルンの進化。 クリーン思考。 ラロロリン人。 気持ち悪いほどよくできた小説。

    1
    投稿日: 2026.03.02
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    上巻ほど息苦しくはなく読み進められた。ストーリーとしてすごく面白かったし、もっと村田沙耶香さんの本に触れたいなと思った。

    1
    投稿日: 2026.03.01
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    ここまで居心地が悪い作品なのにハイスピードで読了した小説はなかった。きっと僕自身が空子と通ずる部分が大いにあるからだろう。僕は子供のころヤンチャ少年だった。少年野球に入って真面目なキャプテンになり、塾ではムードメーカーになり、、進学に連れて新しいコミュニティでの刺激的な出会いは多々あったが、同じところにどっぷりというより、あらゆるところで違う顔をもつのが好きだった。ある意味、その世界ごとに呼応して生きてきた。その呼応は30歳になった今でも続いており、悪く言うと人によって、コミュニティによって態度を変えている。だって、社会で会う人それぞれのコミュニケーションスタンスがあり、それぞれの人に程よく好かれ少なくとも疎まれず嫌われないようにしないといけないから。一定数いるややこしい人たちに媚びる方法もなんとなく掴めるあたりが、空子に対する多いなる親近感に繋がった。 ここからは作品の解釈に映る。以下のテーマをもとに語ろうと思う。①差別②社会③性欲④トレンド⑤AIVS感情 ①の差別について、まず私はこの物語を部落差別のストーリーとして読んでいた。特定のエリアにラロロリン人が一定数住んでいる、「清潔」という言葉で穢れとの境界を引く、一方で被差別者の権利擁護のもと、ラロロリン人は一定恵まれる。「クリーンタウン」という仰々しい街。 しかしこれは誤読なのかと感じた。実際に部落差別のように引き継がれる話ではなく、ラロロリン人は遺伝子の中で突如生まれるわけだ。空子が子供の頃はラロロリン人が差別の対象だが、ラロロリン人の価値が変わると差別の対象がまた変わってしまう。結局なにかを差別する人間の醜い本能は変わらないというのを示しているのが大変恐ろしい。 ②の社会的側面について、社会人やっていると出会う人に当然媚びる。仮に鬱陶しい、話の通じない人に出会うと「かわいそうな人」のレッテルを貼り、その人に何を言われようがダメージを受けないようにセルフコントロールする。一定空子の考えや動きが人間ロボットのようで怖いとの意見もあるが、これに関して私は非常に肯定的で納得できる。 ポジティブな面に目を向けると、空子の35歳での複数世界を渡り歩くのはとても躍動的に見えた。自分もコミュニティが停滞すると同様の気持ちになり、新しい環境に飛び込んでいたりする。空子の場合そこまで能動的でないにせよ、来るもの拒まず精神でイキイキとしている。だが、②の世界で3万円のランチを食べられるほどの経済力はラロロリン人である夫の明人に依存している。その不安定な中での輝きが35歳の空子のリズムある生活をより引き立てる。ここから音との出会いまでのキラキラしつつも絶対にこの生活が続かないことを暗示させる作者の語りがとても上手だった。 ③の性欲に関して見てみよう。この小説では基本的に性欲は男性から女性に向けられ、肯定的には描かれていない。女性にとっての負の側面である性欲をピョコルンが代替するという思想だ。実際アダルトコンテンツの発達やバーチャル化の発展で、リアルの性の価値に頼る必要がなくなっている現代と被る部分がある。一方で性産業従事者の数が減っているわけではなく、日本ではパパ活などのブームさえ起きている。ある種、性欲に依存した経済活動はまだまだ社会に必要とされている中、ピョコルンで落ち着くというのは無理がある設定に感じた。生身の人間の触れ合いからの移行がリアルなようで、そこまでリアルに感じられなかった。 ④のトレンドの話。これは思想のトレンドの移り変わりの恐ろしさ。人間の価値観はめぐるめく変わってゆく。ファッション業界が流行りを生成するのと同様に、思想トレンドも生成されているのではと思わせる。しかしトレンドを作ってそれを消費する人間の欲望の構造は変わっていない。そしてその対象が差別や偏見をマージし、ピョコルンというラロロリン人を元にした動物に向くという生臭さ。トレンドの中でiPhoneが当たり前になるように、トレンドの中で人間を元に作られたピョコルンであることが理解されながらも消費される世の中の流れの速さは、現代に通ずるものがある。 ⑤のAIと感情の話。これはピョコルンの世界で人間があらゆる感情をもたなくなっていること。そのおぞましさを感じる。最後の儀式なんて、はっきり言って異常なのに、誰も異常と思わない。おかしいよね。やっぱり感情というのは、悲哀や怒り、不便など負の側面があるからこそ成り立つものだと思うが、それを利便性で解決すると希薄化するのは当然なのか?私はそうは思わない。人類はあらゆる利便性を手に入れ進化しているが、今ここでも感情を出し切って生きている。そこは作者が人類への問いと挑戦のボールを投げているようにも思える 以上、パラパラと書いたが、僕はこの物語を今後何度も読みたいとは決して思わない。でもおりに触れて気になる物語だと思う。ある意味、空子と自分を重ね合わせ、自身のトレースする生き方が悪くないと思えた。一方で、極端にそのスタンスを貫くと本当に空っぽになり、儀式を受け入れるような極端な人生が待ち受けるかもしれない。そういう意味で、安心感も与えてくれつつ危機感も味わわせてくれる何とも味覚で表現できない作品でした。

    9
    投稿日: 2026.03.01
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    自分や接した人がどのレベルになっているか、どの世界観かフッと考えてしまう。 読書後も残る本。 怖くてすごい。

    1
    投稿日: 2026.02.28
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    人間社会での生き方、女性視点での世界の気持ち悪さ、「正しくいよう」という思考、日常生活では無意識に、少しモヤッとして終わることが全て暴露されてました。 私のモヤッとした部分に光を当てまくって曝け出された気分になりました。

    0
    投稿日: 2026.02.28
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    久々の強烈な読書体験。 凄まじいディストピア小説なのか、人類救済の物語なのか。 特に男性性の描き方がグロテスクとも言えるほどだけど、一方で男性ってそういうものだよねと諦観している女性性の自分もいる。 現実世界でも性愛行動は緩やかに減少しているのかもしれないけど、性愛欲求はなくなるわけではない。 呼応とトレースを繰り返しているのは自分もそうだとも感じるし、空子ほど意識などしていない。 ピョコルンになりたいとは思わない。でも何かすぐ近くで同じようなことが起きていそうで、ぞわりとする。

    0
    投稿日: 2026.02.28
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    「人間社会」の姿を少しだけ大袈裟にいや、本当の意味ではかなりリアルに表現をしている小説だと思った。 「母」という存在に対して、父や子供の便利な道具として表現したりと残酷的ではあるもののみんながあえて口にしない、けども根底では感じていることを言語化されたような感覚になった。 主人公の如月空子は、自分の感情がなくコミュニティごとに自分の言動や行動を変えている。 あるところでは「姫」と呼ばれていたり「おっさん」と呼ばれていたりと、これも少し大袈裟に書かれていると思いきや、自分たちも同じくらいの規模感でコミュニティごとに性格を変えているなと思う。 例えば親の前と友達の前では、性格が全然違うように人間というのは意識していないところで、近くの人に呼応して生きているというのを自認させられた。普通に生きてきて身についていた、無意識下でやっていたことを言語化させられた本だった。 上下に分かれている小説を初めて読んだが中々面白かった。 ただ正直途中などは読み進めるのが大変だったし、盛り上がりは少ないなと感じた 常にじわじわとイヤな感じが続いてくるような小説だった

    0
    投稿日: 2026.02.28
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    上巻は世界が壊れていくようなほのかな絶望感があったが、下巻は、むしろ朗らかな印象さえ受けるトーンで書かれていて、読みやすかった。綺麗な地獄で過ごす、それなりに幸福である(?)人々の様子を読むと、自分が今いる世界は果たして天国なのか地獄なのか、それは自分の認知だけだろうか?他人はどう思っているんだろうか?と、考えしまった。でも、地獄に居るとしても、その地獄を諦め、目を逸らし続けることも、許される行為なのかもしれない、と、肯定された気になり、なんとも言えないスッキリした気持ちになった。

    2
    投稿日: 2026.02.27
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    このレビューはネタバレを含みます。

    上巻では、人格の分裂、世界①世界②世界③の誕生、ピョコルンの登場から始まる。 空子の思春期のシーンで印象的なのは消費に対する絶望である。 男性から性を消費されることへの絶望。 母が家族から人生を消費されることへの絶望。 周囲から理想的な体型、キャラとして消費されることへの絶望。 最初二つの絶望に関しては私も共感する部分があった。 特に母の消費は私も近くでよく見ていた。 私は自分の母を「道具としてこき使っている」とは思っていないが、 母はこの本を読んで共感するのだろうか。 空子から見た世界は常に目上、恋人、はたまた正義にさえ媚びていて、 自分が恵まれてもかわいそうでも無いことに安堵しつつ、「クリーンな人」として生きることに依存している。 ラロロリン人は差別され、そのおかげでそれ以外の差別は目立たない。彼らを差別しいじめることが自分たちの精神安定を担っている。 いじめの対象と本人が仲良くなるとか、自分たちがいじめ殺した同級生が美談になると感動するとか、ここまで不気味な現象なのに現実ではよく起きていることなのだろうと思った。 「誰かを救いたくてしょうがない人は、私のような「救出イメクラ」に引っかかるんだよなあ」 「ほら、白藤さんの大好きなウエガイコクだよ、とつい続けようと思ったが」 といった空子の残酷な言葉は作品の各所に散りばめられていて、定期的に読者を抉ってくる。 その中で特に印象的なのは下巻でもよく登場する「私はばかなので」という言葉だ。 空子は自分を卑下している訳でも、自虐している訳でもないのがよく伝わってくる。 おそらく本当に自分はばかであると思っているし、だからどうかしようというわけでもない。ばかであることを悪いと思っていないのである。 この言葉はたびたび空子が依然世界に絶望していることを呼び起こさせる。絶望すらしていないのかもしれないが。 大人になり、世界①世界②世界③を往復するようになった空子の時代が個人的には一番読んでいて楽しい。 その世界の中にいるときはそれに染まり陶酔しているが、その世界を出た途端にその洗脳は解ける。 とくに世界③はリアルだと感じた。 この世を綺麗にしたい、正しくしたい人たちはそのために生きることを生きがいとしている。しかし、その世界にいない人は彼らを疎ましく面倒くさく思っている。彼らは彼らの正義に媚びていて、その媚びに周りを巻き込んでいるようにしか見えないからである。その証拠に彼らはウエガイコクの研究が大好きであるし、一過性の世界③流行に一時期だけ乗っかることもあるのである。それはその世界外の人間からしたら誠に滑稽なのだ。 ピョコルンは犬や猫に近いようなペットの種類の一つだったのに、いつのまにか性処理を担うようになる。それにより女性は性処理の役目が無くなり「私たちの代わりに犠牲になってくれてありがとう」と思うようになる。そしてピョコルンは愛くるしく鳴くことしかできないので、性処理することを喜んでいるように、人間に媚びているようにしか映らない。この構図も現実でたびたび見られると感じる。 そしてリセットが起こる。 みんなの愛玩動物の真実が明かされる。 下巻は49歳から始まる。 リセット後の世界が描かれているが、世界の様相と価値観の変化がとてもリアルに感じた。 これが現実だとしてもこのように変化するのだろうと感じる。 恋愛は友愛となり人間に対して性欲を抱くのは禁忌とされた。空子自身ピョコルンに性欲を感じるようになるのが集団心理の恐ろしいところである。 また、いつしか女児にとって痴漢は憧れとなり、性的魅力を社会から認められた証拠とされる。そんな世の中になったにも関わらず、空子と白藤さんは京介さんに警戒しなくてはならない。 ピョコルンは家事や育児を担うようになり、それが理想の家族のモデルとして機能するようになる。ピョコルンによる家事への淡い期待と波ちゃんの希望により見た目で選んだピョールは家事ができず、高いお金を払って家事をする空子たちには同情してしまう。さらにおいしくない料理を食べさせられるなど、無邪気で何も知らない波ちゃんだけがピョールを肯定している家の中で空子たちはなぜかピョールに媚びなければならなくなる。 そしてピョコルン同士の性行動。それを無かったことにしようとする白藤さんはピョコルンの人権を守ろうとする正義の人というよりむしろ、汚いことにはふたをする未熟な人間のようにも見える。 正義のために生きる、世界③では輝いていた白藤さんは疎ましい人間の典型となり、世界の変化に適応できず過去にばかりすがって生きている。 賢く世界に適応して生きることを選んだ奏さんは、社会的に地位を得ている。 同じ世界③の住人であった、友愛で結ばれていた二人にどんどん差が生まれていく様子には悲しく感じつつも、どこか「白藤さんの頭が固いだけでは?」という冷めた自分にも気付かされる。 琴花ちゃんと波ちゃんの差もこれまたリアルである。 二人はラロロリンキャリアの違いがあるゆえに会話のレベルにも違和感レベルの差がある。それは事件の後に顕著になる。 母は奴隷から解放され、空子は儀式への参加を決め、事件が起こる。 白藤さんはきっと波ちゃんと琴花ちゃんとピョールに利用されながら正義と過去に媚び続けるのだろう。母は他人に利用される娘を誇りに思うだろう。 奏さん、匠くん、母...そして世界は循環するのだ。

    0
    投稿日: 2026.02.26
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    村田沙耶香の最高傑作であり、これまでの作家人生の集大成とも言える作品だと感じた。 過去作で繰り返し描かれてきた「普通」への違和感、社会とのズレ、個人と集団の関係、そして身体や性の問題。それらのテーマが本作では極めて濃密に結晶化しており、「決定版」とも言いたくなる完成度だった。正直、この先どんな新作が生まれるのか少し心配になるほどの圧倒的な出来。 本作はディストピアSFという形式を取ることで、現実社会の構造や同調圧力、そして適応という行為の不気味さをより鮮明に浮き彫りにしている。 特に印象的だったのは主人公の存在。彼女はあらゆる局面で適材適所に振る舞い、驚くほど巧みに社会へ適応していく。しかしその姿はどこか「無味無臭」にも見える。だからこそ空気を読む能力や同化の力が際立ち、その異様な順応性が強く印象に残った。 人は誰しも場面ごとにキャラクターを変え、相手や空間に合わせて言葉を選ぶ。だが本作を読んで自分が抱いた感情は「安心」ではなく「怖さ」だった。 「みんなも同じように生きているのではないか」 そう思ってしまった瞬間、この物語は一気にホラーへと変わった。もし私たちの会話の多くが建前だけで成立し、本心で語る場がほとんど存在しないのだとしたら。それはかなり恐ろしい世界なのではないかと感じた。 「本音はChatGPTにしか話していない」 そんな現代的な言葉とも自然に重なり、表層的なコミュニケーションと内面の分離というテーマが非常にリアルに迫ってきた。 また、本作は村田沙耶香作品の核心である「性」「身体」「本来の目的と社会的意味のズレ」に対する究極形の問いでもあると感じた。生物としての機能と、人間社会が与える意味との間にある矛盾や違和感。その緊張が物語全体を強く支配している。 とにかく圧倒的な読書体験だった。面白いだけでなく、自分自身の感覚や価値観を深く揺さぶられる一冊。

    3
    投稿日: 2026.02.25
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    このレビューはネタバレを含みます。

    上巻に引き続き、ページを捲る手が止まらない。 あっという間に読み終わった。 気分が良いものではないので読み返すことはないと思うが。村田沙耶香さん天晴れ。 ○女性の人権とは 「女性」として生まれてきた人なら絶対に感じたことのある表現の数々。 自分でもハッキリそれとは知覚できないまま勝手に搾取され値踏みされ「心が擦り減っていく感覚」 「私の子宮が見張られてる」 「性処理の道具、出産家事育児の道具として家族に一生使われる存在」 誇張表現だとしても、目を背けていた物事がこんなに明確に言語化されてしまうとドキッとする。 男性は所詮これは物語、ディストピアだと見るのだろうか?感想を聞いてみたい。 ○「かわいそう」は娯楽 "ちょうどよく"感動できる物語はメディアを通して語られ、人々に消費される。 ○結末 漫画「風の谷のナウシカ」を彷彿とさせた。 「汚い感情」をもたない、穏やかで争いのない世界に、、、 世界に絶望した人類が行き着く結論は同じなのだろうか。

    1
    投稿日: 2026.02.23
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    このレビューはネタバレを含みます。

    上巻のレビュー欄では、作品自体の感想文を書きました。 ここでは、主に村田沙耶香さんに対する感想文を書こうと思います。 インタビュー動画でも、よく村田沙耶香さんは「クレイジー沙耶香」と称されており、自分も初めて村田さんの作品(コンビニ人間)を読んだ時は「この人は狂っている」と思ったのですが、世界99を読み終えた時には考えが改まって、 「この人は究極な俯瞰者」 という言葉が出てきました。とある箱(世界)に人物や要因となる物(例:空子、ピョコルン、ラロロリン人など)を加えていき、一体どのような反応になるのかを上から眺めて、結果を本に書き記す。この過程を極めに極めた方だなと思いました。インタビューでも「村田さんは誰の味方にもなっていない」、本人も「主人公の味方もしていないです、距離を取っています」と仰ったように、常に傍観を徹している様子が窺えます。だからこそ、内包されている人間の真理が読み手に伝わってきたんだと思います。 「結局、人ってこういうものだよね。良し悪しをつけるわけじゃないんだけど、こんな事が周りに起きれば人ってこんな風に変化していくよね」と、村田さんは常に第三視点で、嫌でも自分に教えてくれました。 最後に「世界99」のレビューとして、下記に記します。 初めて読む方々へ。この世界の無機質さと気味悪さに、どうか耐え抜いてください。どうか脱出してください。どうか生き抜いてください。

    3
    投稿日: 2026.02.23
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    この本を読み進めるなかで嫌というほど味わった、悍ましさ、気持ち悪さ、嫌悪感、恐怖、哀れみ、怒り――そうした「マイナスの感情」は、この先も忘れ得ぬほど強烈な教訓として残った。 それは「勉強になった」とか、「ディストピア感がすごい」といった、処理しやすい言葉で片づけられる類のものではなく。 彫刻刀で彫り込まれたかのような、無数の傷が脳に刻まれたまま、鈍く疼くような重さとして残り続けている。深く抉られた彫跡は、元通りに修復できない。だからもう、どんなに直視に耐えない醜悪なものであろうと、見なかったことにはできない。 その上で、このどうしようもない私たち人間が生きる世界を、村田沙耶香はどのように終わらせてくれるのか。小説としての面白さについては、正直に言えば、もう一捻り欲しかったというのが率直な感想である。

    9
    投稿日: 2026.02.23
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    ちょっとわたしにはきつかったです。 途中気持ちわるくて少し体調を崩しました。。 でも、すらすら読ませる文章力の強さはすごいなぁと思います。 性的な内容が多いので、子供にはすすめられないですかね。

    1
    投稿日: 2026.02.22
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    あどけなくて小さくて弱くて愛らしい、支配しやすいイキモノが性的対象とされる暴力に無関心なこの国らしいキモさや認知の歪みの滑稽さは十分味わえた下巻。ただ、ピョコルンと性、少女と性、そこばかりフォーカスされすぎて、世界なんちゃら自体の持つ意味やインパクトが薄まってしまうのが残念に感じられた。 上巻では淡々と周囲を観察するロボットだった主人公は、汚い感情が排除された世界の「クリーンな人」へと移行し、心の中では誰もかれもを蔑み汚い感情を抱えながら、汚いものから衝動的に少女を守ろうともする。「呼応しない」や「媚びない」を「選択する」心の余裕?疲労?諦め?も生まれて、あぁそれって一応自分で選んできた自覚あったんだね、他方も選べたんだよね、選ぶ権利は存在するのよね、と。それなのに他者の選択は一切認めない。マイノリティの彼女を過度に嫌悪するのも、そちらを選択していたかも知れない自分がリアルで怖いだけではないのか。彼女の主体性への僻みもあるのではないか。 こんなにも人間味が増しているのにいつまで「人間ロボット」という言葉に甘ったれているつもりだろうとイライラ。ちゃんと、人間らしく、確実に汚いのに。 下巻はより現実寄りなのが不気味で不快で楽しめなかったものの上巻は興味深く読んでいたので、このカオスな世界をどう収束させるのかと期待したが、彼女が懸命にダウンロードして集めたデータの扱いは思わぬ方向へ。あれほど「ルン」になりたくないと抵抗してきたのになぜ被支配を選ぶのか。コロコロと自分を染め替えながら唯一貫いた部分、屈して欲しくなかったな、と敗北感というか絶望感というか。 そしてなにより。 〈アレにも自我があった〉という衝撃。それを見せつけることでこれまでの不快感激増。再会に首を傾げ媚びていた彼を思い出して吐き気と眩暈がした。 図書館で〈上〉は予約待ちなのに〈下〉はいつでも棚にあるのはリタイアしてしまう人が多いのかも、と想像していたけれど、読んで納得。 完璧主義で躊躇いのないクリエイターだと感じていた作者の荒れはこの下巻で初めて見た気がする。それにしても憎悪に満ち満ちたこの方、一体どんなものなら愛せるのだろうか。

    3
    投稿日: 2026.02.21
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    上巻に続いて醜悪で胸糞悪くてまったく好きになれない世界観だし、読み返したいとも思わない。ただ、その理由はあまりにも今の現実で起こっていることをデフォルメして物語に閉じ込めているからだと思う。小説として、人の心理や醜さを嫌というほど描く著者の現実世界への解像度に驚くし、それをこんなにも荒唐無稽な話としてリアルに感じさせるのは本当にすごい。久々に小説を読んで戦慄した。作品としては好きではないが、心底圧倒されたので評価は5かな。

    2
    投稿日: 2026.02.21
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    村田沙耶香さん初めて読みました。 独特な世界観 周りに合わせた自分、世界ごとの自分が 多少の共感もありつつ、極端な自分観があると 生きづらいよなとか…わりと考えさせられる本でした。 ただ長い…

    1
    投稿日: 2026.02.21
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    このレビューはネタバレを含みます。

    グロテスクなディストピアはさらに進化し、ついに主人公はピョコルンになることを決意する。本当に気持ち悪いが、ついつい読み進めてしまう。

    1
    投稿日: 2026.02.20
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    女性が生きてたら起こりうる嫌ななことがずっと描かれている。 空子視点では白藤さんはずっとかわいそうな人だけど、個人的には、彼女は最後まで自分の好きな自分を選択していてそこまで不幸でないように感じた。

    3
    投稿日: 2026.02.19
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    上巻ほどではなかったけれど、終わり方も衝撃で余韻が残ります。 人間の反応が多様に描かれていて、読み終わったあとも価値観や正しさについて考えさせられる。 何が大事なのか答えは出ないけれど、価値観の問いが残る物語。

    31
    投稿日: 2026.02.18
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    このレビューはネタバレを含みます。

    終始不気味。 環境や記憶が人格に与える影響は勿論、誰しもが何パターンかの自分を持っているとは思うが、ここまで行くと恐ろしい。 個人的に結構きつめの描写も多かった。 結局、人間の欲望は収まることがなく最終的には記憶の改変までしないといけないのか。その世界だとしても、かわいそうな人は娯楽になるという医者のセリフが残酷だけど現実だと思った。 白藤さんは最後まで抗い続けたのだと思うけど、昔の自分をトレースし続けないと維持できないくらい社会の同調圧力の方が、(分かりきっていることだけど)強かったのだろう。 救いを求めてキサちゃんにすがるのも、そうしないと保てないから。 この感想を書きながらも気持ち悪いという感情は抱いている。 社会が均一化されること、倫理観の変容、性的嗜好、どれも気持ち悪い。 均一化され、物語内でいう汚い感情を出せなくなる世界の方が幸せなのか?洗脳されてる時の方が幸せ的なことなのか。 リサイクルされても意思は残るのはきつくないのかなと4章でぼんやりと思った。

    3
    投稿日: 2026.02.17
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    なかなかハードな描写も多く刺激強めで強烈な作品でした。読み終わったらどっと疲れてしまい開放感が凄まじかったです。あの世界観や価値観に共感できない、理解しきれない私はもしかしたらすごく幸せなのかもしれないと思いました。

    1
    投稿日: 2026.02.17
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    不思議な話だった。読み進める中で気持ち悪くなってくる描写もあったけど、なぜか「私」が、世界がどうなっていくのか気になって上下巻読了した。 現実とはかけ離れた世界観だけど、どこか現実の歪みをそのまま表現しているようにも感じる。 この文章が小説の世界観を表していると思った。 「世界は粒子だと思う。いつの間にか吸い込んで身体の一部になっている。 私も、奏さんも、どこまでが私なのか、どこまでが奏さんなのか、どれが世界に言わされている言葉で、どれが自分を存在させるために世界に媚びた服装で、本当に自分から発生している自分なのか、わからないまま、まるで「自分」の核心が自分の内側に存在しているかのように、笑い、視線を交わし、言葉を交換する。 奏さんもまた粒子になっね私の中に入り込んできている。」

    3
    投稿日: 2026.02.17
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    面白い世界創るなぁ。 村田沙耶香の描く世界観、 好きなんだよなあ。 面白いとは言っても、 異様で暗くて重い世界の姿。 異様なのはこちらから眺めているからで、 その中にいるとわからないものだろうな。 今僕らが生きてる世界と、 なにが違うのか? たいして違わないのかもな。

    2
    投稿日: 2026.02.15
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    このレビューはネタバレを含みます。

    まずこの作品は、これまであらゆる小説が描いてきた人間の内側という邪悪で弱い核を思い切り剥き出しに切り刻む異常な包括力を持つ爆弾です。 〇「リトル空子」への羨望と不気味さ 相手によってキャラクターを使い分ける。誰もが無意識にやっている「人間あるある」を極端に純化させた空子の姿に、私はどこか共感を抱きながらも、拭いきれない不気味さを感じていた。 私自身は、彼女のように器用に自分を切り替えることが得意ではない。だからこそ、その「器用さ」への羨ましさも少しだけある。素の自分(=世界99)から、1や2の世界へ滑らかに越境できないもどかしさを抱えているからだ。 〇階級が年齢を飲み込む世界 本作で最も唸らされたのは、登場人物たちの「喋り方」だ。「恵まれた人」「クリーンな人」「可哀想な人」。彼らの言葉は、年齢や個性を反映するのではなく、所属する階級によって徹底的に色分けされている。読み進める中で、年齢が示される度に「あ、そうか、この人はそのくらいの年齢だったのか」と驚かされた。老若男女ではなく、属性としての「クリーンさ」が個人の年齢すらも透明化させてしまう。この描き分けは、階級を強調するための意図的な演出だろう。 また、作中に登場する**「ウエガイコク」「シタガイコク」**という言葉の響きには、冷や汗が出るような既視感がある。 私たちは無意識のうちに、欧米諸国を「ウエ」として仰ぎ、アジアやアフリカの途上国を「シタ」として見下してはいないか。その傲慢な選別意識は、すでに私たちの現実の中に深く根を張っている。 〇「ありきたりな悪」とリアルなディストピア 一方で、ラロロリン・ブレーン・グループが掲げる「人間は地球にとって有害だ」という主張には、少し既視感を覚えた。ムスカや檜山蓮といった、さまざまな作品の悪役が語ってきた「ありきたり」な論理に聞こえてしまったからだ。 しかし、その主張の裏側にある「空気感」は、驚くほど現代と呼応している。 感動や「可哀想」が安全な場所にいる人の娯楽になり、汚い感情が徹底的に排除されていく。この「小説通りになりそうな予感」こそが、本作の真の恐怖かもしれない。 〇記憶のワクチンは「マトリョーシカ」の夢を見る 最後に、どうしても拭えない疑問がある。 記憶のワクチンを摂取し、「典型的な人生の記憶」を共有することで、世界は本当に幸せになるのだろうか。 「こういう記憶を摂取したから、私は今こういう状態だよ」とあっけらかんに明かせる状態は、一見すれば、隠し事のない「世界99(素の自分)」の実現に見えるかもしれない。しかし、おそらくそれは救いではない。「説明している自分」をさらに俯瞰で見ている「別の自分」が、どこまでも入れ子構造(マトリョーシカ)のように存在し続けるのではないか。 空子が要所で目にした、他人には見えない「雨」。もし記憶が自分を守るために改竄されるものだとしたら、あの雨は、終わりのないマトリョーシカの地獄から彼女を守っていた最後の境界線だったのかもしれない。本来の感情を鎮静させ、均質な記憶を打ち込み続けたその先で、私たちの精神は爆発せずにいられるのだろうか。それとも、爆発することすら忘れて、透明なまま増殖し続けるのだろうか… 皆様の感想やコメントもお待ちしております!

    3
    投稿日: 2026.02.15
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    第一印象は、とにかく壮絶…。 でも、自分が目を向けていないだけで、どこかでは起きていても不思議じゃない世界だよなと思って、それこそ“自分の中の世界99”なんかもしれないって感じた。 最後に主人公がピョコルンとしてリサイクルされた視点から、その後の生活や物語が少し語られていたけど、“記憶の調合”って言葉もあって、もしかして自我を持ったピョコルンになっているのでは…?と考えずにいられなかった。 綺麗な人、クリーンな人が増えていく流れの中で、思想や時代は結局また別の形で堂々巡りするのかも…なんてこともよぎって。 読後もしばらく考えさせられる作品やった。

    4
    投稿日: 2026.02.15
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    いろんな意味でぶっ飛んでました✨ 普段は自分の中で俳優さんとかをキャスティングしながら読むんですが、今回は全然イメージできず、ストーリーに入り込めませんでした… 特にピョコルンが薄気味悪くてイメージできず、検索してみたら作者本人によるイラストを発見…、なんかウチのワンコに似てて心情的にムリってなりました(泣) 「どこか遠い惑星の人間によく似た生物たちが、独特の社会構造の中で変化しながら生きている」っていうお話しとして解釈し読了。 『あっ、これ無理かも…』ってなった時、『やめる』っていう選択をすることも大切だよなぁって考えらさった1冊

    26
    投稿日: 2026.02.15
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    どう感想を書けば良いのか分かりません。 読みながら、現実世界を思い返して、あー分かるなあーと思ったり。 普段当たり前に使っている、ある事象を表す言葉を、村田沙耶香さんはそう言い換えるのか・・・!と驚いたり。 上下巻あり、それぞれかなりのボリュームがある本ですが、読了までずっと村田沙耶香さんの世界に浸ることができました。 終わりが見えてきたときには、あの言葉に言い表せない不思議な世界が私の中から消えてしまうようで、読み終わりたくないと思いました。 次の作品もとても楽しみです。

    9
    投稿日: 2026.02.14
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    文章でここまで気を滅入らせる、気持ち悪く思わせるのすごい。 村田沙耶香さんの本からはいつも女性の恨みが感じられる。恨みと怒りをいっぱい受けて、読み終わった後とても疲れる。けど本人が話してる動画を見るととても柔らかくほんわかとした印象を受けるのがまた怖い。

    2
    投稿日: 2026.02.14
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    結構読むのは大変でした。上巻最後の展開があって期待した割には、尻すぼみ感が否めない印象でしたし、やや冗長であまり楽しめなかったかな。 初村田さん作品ですがあまりハマらなさそうでこれっきりかと思います。本書は結構評価もされてましたが、残念です。

    8
    投稿日: 2026.02.13
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    めっちゃくちゃ面白かった! でも絶対に自分から友達にはおすすめできない! もっと柔らかい雰囲気で、ドラマ化してくれたら とっても嬉しいです。 珍しい感性かもしれませんが、 わたしは、ピョコルンのいる世界に行きたいです。 家族の形が男女の夫婦だけではなくて、 同性でも可能で+ピョコルンの世界。 家事も出産もピョコルンがしてくれる。 子どもは欲しいけど自分の体に変化を与えたくない、 キャリアを変えたくない女性の私にとっては お金を払ってでも欲しい存在です。 クリーンな世界、綺麗な言葉も 私にとって魅力的な世界観でした! これをこのボリュームで本にかけること、 本当にすごいですね、、、

    0
    投稿日: 2026.02.13
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    現実とファンタジーのバランスが絶妙 あと、自分の嫌なとことか人間関係のタブーとかをガンガンみせつけられてる感じがして、嫌なのに読み進めちゃう麻薬のような危険な小説

    1
    投稿日: 2026.02.12
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    下巻では、世界の仕組みや価値観がより具体的に描かれ、 人が「人」としてではなく、役割や機能として扱われていく構造が一層際立った。 主人公の視点を通して、その仕組みに適応することの容易さと不気味さが淡々と積み重ねられていく。 物語は説明的になりすぎることなく進み、 読者に判断や感情を委ねる余白が多いと感じた。 読み心地は決して軽くないが、違和感を抱えたまま読み進めてしまう力がある。 だが、上巻に比べると、やや話が冗長に感じられた。 共感やカタルシスを与える作品というより、 現代社会の価値観や人間関係の前提を静かに揺さぶる一冊だった。

    2
    投稿日: 2026.02.11
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    人種差別あり性暴力ありと女性作家だから許容されるのか、極めてグロい表現が多く、人にお勧めしにくい作品(ホラー小説と思う方もあるかと)。   同著者「コンビニ人間」を尖った内容にしたイメージ(そっちが断然読みやすい)。主人公は自分のことを、他人を「トレース」して期待される反応をするだけの「空洞」と認識しているが(誰しも思い当たる節はあるはず)、よく読むと、実は主張が強い、ということに途中から気付く。 書いてはいけないところまで人の内面を書き出しながら、最後は人の優しさを表した作品だったなという感想は得られるものの、それに至るまでがいろいろと怖すぎる。

    1
    投稿日: 2026.02.10
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    グロいというか哲学的というかありそう過ぎて怖かった なんでこんな話をナチュラルに進めていけるのか ピョコルンがこんなことになって空子がそんなことになるなんて 頭がぐるぐるゾワゾワし続けるお話でした。

    2
    投稿日: 2026.02.09
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    このレビューはネタバレを含みます。

    あー、気持ち悪かった。不快だった。読者を気持ち悪くさせるのうますぎるだろ作者!!!(褒め) 過去の罪、差別意識、悪意、そういうものを過剰にして気持ち悪い表現にするんだけどじゃあお前はどうなんだって常に問いかけられてる。 読んでて全然楽しくない!!!

    1
    投稿日: 2026.02.08
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    このレビューはネタバレを含みます。

    上巻から引き続き、苦しかった・・・・(レビューにあるまじき第一声) 人間って人の間と書きますが、それって本当にそうだなと思ったというのが第一の感想です。音がプロデュースしたちょっとシュールな儀式によって記憶が均一化された後の世界において、均一化されていないものは恐ろしかったりかわいそうなものとして娯楽になっていく。それを享受するためには、人間の中の相対評価として多数派にいる必要があって。それは結局いつまでも変わらないのだろうなと思いました。 最後の方で音の疲弊が描かれていたのも本当に救いがなくてよかった。やはり人間である以上はどこかに拠り所や世界がなくてはならず、その世界のシンボルになることは人間には荷が重い。音でさえもそれを飼い慣らすのには軋みが生まれる。(それでもなお全うしている音は本当にすごいと思うけれど) 私たちの世界にピョコルンはいないけど、この物語の中で起こっていることはクリーンに抽象化された私たちの世界のことそのもので。それが苦しい。読みやすいのに苦しい。なにこの本・・・・ 好き勝手に書いてしまったのですが、読めて本当によかったなと思いました。 その上で、帯のコメントを振り返って。この本が救済たり得るのってどういう境遇において出会えた場合なのだろうというのも深く考えてしまいました。少なくとも今の私にとっては、「皆どこかでそう思っているよね」の連続がこうして詳らかにされてしまうことは苦しく、この世界をおままごとではないと心から充実したものとして生きるための儀式や信仰対象が無いから。皆そうであるということが救済になる場合もあれば、みんなそうなんだという諦念に近い絶望になる場合もあって。私にとっては後者寄りだなと・・・ そこまで考えて、だから人間は娯楽を求めるのだと思って、そして人間のかわいそうな様子は娯楽になるのだとはっとして、ウワー!人間っておもしろい!!!!!

    0
    投稿日: 2026.02.08
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    このレビューはネタバレを含みます。

    村田沙耶香の世界観が満ちていて、それでいて清々する場面の無さに読んでいて辛くなった。 ピョコルンという動物に精、出産、子育て、家事などを押し付けて均一化された人間になっていくことを願う社会。凄く気持ち悪かった。「キュー」というピョコルンの鳴き声は喘ぎ声にもなり得て、読んでいて次第に吐き気にも近い嫌悪感を抱いた。最後は主人公がピョコルンとして生きる世界で終えていて、「ピョコルンにも理性あるんかい。」と思い至ってまた吐き気がした。無抵抗に色々なものを背負わされる対象は、せめて無機質な感覚の生き物であって欲しかった。

    1
    投稿日: 2026.02.07
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    加害と搾取と差別構造マシマシ 主人公は倫理観が終わってる世界で空っぽ人間として育ったわりにはちゃんと「あの時自分の傍に居てくれたら嬉しかった」大人になってることが凄い。Audibleだから結末まで聞けたけど紙で読んでたら途中でやめてたかもしれない。

    3
    投稿日: 2026.02.07
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    読み進めるごとに陰鬱な気分が深まり、読み終わるまでが非常に辛かった。この居心地の悪い感覚こそが、村田沙耶香ワールドと言えるのだろうけれど、やはり読んでて辛すぎた。あまりにも「被害」「加害」、「搾取」などの視点で、性も含めた人間同士のコミュニケーションが描かれていることに、どんどん息苦しさを感じた。現実で起きている問題を極端にディストピアとして描くという作品なのは理解できるのだが、それだけに回収されない人間の強さも見たかった。

    1
    投稿日: 2026.02.07
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    格の下がった白藤さんとの話がだらだら続く。 キャラクターの成長も特になく、読み進めるのが退屈だった。

    2
    投稿日: 2026.02.06
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    気持ち悪いけど、止まらなくて読み続けてしまった。自分が持っている悪の気持ち、善の気持ちが環境によっては逆転したり、そもそもこの世界に正しさなどないのかもしれないと思えた。正解などないのかとかんじた。だからこそ、自分が楽しいと思える場所に居続けることが幸せなのかもしれないとも思った。

    1
    投稿日: 2026.02.05
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    感情や考え方を均一化していく世界 途中、長すぎて少しだれたと感じた部分もあったけれど、すごいもん描いたなーという感想。 読んで良かったけれど誰にでも薦められる本ではない

    6
    投稿日: 2026.02.05
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    p.106 中学生や高校生、いや大学生になってからも、恋の話は一番喜ばれた。私がヘテロセクシャルの形式で恋愛をし、その経験をお喋りで披露するのは、世界に対するサービスだった。心の中では自分の恋愛の話を「持ちネタ」と呼んでいた。今は、違うタイプのプライベートを披露して皆にサービスをしなければいけない時代になっていたのだと、初めて気がついた。 微笑んでこちらを見ている八木さんと西山さんの後ろに、夏の旅行の宣伝ポスターが貼ってある。 そこには、露天風呂がある広々とした旅館の部屋に浴衣を着た人間の男性が二人座っている。二人にお茶を淹れる幸福そうなピョコルン、そしてピョコルンが産んだのであろうかわいい女の子がはしゃいでいる様子が写っている。 p.124 見かける。 ピョコルンを飼うことにしたんだ、と打ち明けたときのアミちゃんの顔が浮かぶ。「へえ、そうなんだ!」と満面に笑みを浮かべたアミちゃんから「汚い感情」を絶対に抱かないぞ、という強い意志が感じられ、かえって強い反発を抱かれていることを意識した。必要以上ににこやかに説明してくれたアミちゃんによると、ピョコルンに育児が全部できるわけでは到底なく、ベビーカーを押す、抱っこする、指示でおむつを替える、人間が用意したミルクを与える、程度のもので、結局は女性が、女性がいない家ではしぶしぶ男性がやることがほとんどらしい。人間たちが完全に安心して赤ちゃんを預けられるほどピョコルン改造手術は発達していないはずだとアミちゃんは言う。 「それなのに、旦那からお前は育児をピョコルンに任せっきりで楽でいいな、なんて言われるんでしょ。それってすっごい地獄じゃない?」 「クリーンな人」であることをキープしようとしているアミちゃんの笑顔の唇の隙間から、透明な「怒り」がこぼれ落ちていた。アミちゃんが人間の女性の味方なのか、ピョコルンの味方なのか、また別の観点で怒っているのか識別できず、私は「そのピョコルンが作るご飯、正直いまいちなんだよねー」という愚痴をアミちゃんには吐き出さなかった。 p.187 ドアを開けて、私は思わず静止した。 部屋自体は何も不思議なことはない。アンティーク調の家具がいくつか持ち込まれた、白藤さんの部屋だ。私がぞっとしたのは「音」だった。 世界③の音がする。 反射的にそう思い、思わず部屋を見回した。世界③はずっと昔にばらばらになったはずなのに、世界③の人たちに接続したときにいつも聞いてきた「音」と同じものが、この部屋に流れている。 はじめて、それぞれの世界にはその世界の音があったことを認識した。世界①にいるとき、@にいるとき、③にいるとき、確かにそれぞれ違う音が流れていた。 文庫本を抱きしめたまま部屋の中を歩き回った。遠くから奏さんの声が聞こえる。皆の笑い声の重なり。「サラー」を食べる音。飛び交う言葉。クローバーちゃんが好きで聴いていた音楽。世界を傷つけない新しい素材でできた靴の音。皆が使っていたバッグのファスナーの音。食器の音。 部屋中を探し回り、小さなスピーカーをいくつも見つけた。開いたままのパソコンからは、奏さんと暮らしていたときらしき映像が流れている。 「遥、見て。波が笑ってる」 映像は奏さんが撮影したものらしく、赤ちゃんだった波ちゃんが映し出されている。10年近く前の白さんへとカメラが動き、微かな笑い声が重なる。 白蔵さんは世界③の「音」を保存していたのだ。そして、この小さな部屋の中で再生し続けてい るのだ。 本棚にはびっしりと、私にも見覚えのある世界③の皆が読んでいた本が並んでいた。パソコンはもう一つ画面が開かれていて、それは「リセット」の前に多くの人がやっていたSNSで、白藤さんのアカウントには世界3の残党らしき人の言葉が並んでいた。白藤さんは、ここで人格を補充していたのだ。 白場さんは意図的に世界③の白藤さんをダウンロードし続けていたのだ。だから、白藤さんは 「リセット」のあとも世界③の白藤さんであり続けているのだ。 白酸さんに世界③をダウンロードしている白藤さんは、一体どの世界の白さんなのだろうか? 手の中の湿った文庫本が、白藤さんの体液に思えた。なぜ、意図的にこの音で満ちた部屋に私を導いたのだろうか。私は、いつか白藤さんが私をダウンロードして、私の断片が彼女に入っていき、「新しい性格」になると思っていた。けれど、自分が相手に伝染することを望んでいたのは白さんのほうだったのだ、もっと、強く、激しく、計画的に。 明人だった物体が頭に浮かんだ。白藤さんの部屋の天井も、床も、シーツも、全部が白藤さんの皮膚に感じられ、貧血でしゃがみこみそうになった。 白藤さんは、私に、白藤さんをダウンロードさせようとしている。 他の世界をダウンロードすることを許さず、白藤さん自身をダウンロードさせて、完璧な友愛パートナーを完成させようとしている。 私は白藤さんの本を本棚に押し込み、急いで部屋を出た。 廊下に飛び出して息を香んだ。そこには、裸に半継を羽織った白藤さんが立っていた。真っ黒な白藤さんが、窓からの街灯の光でぼうっと表面だけ発光しているように見えた。 「シロ・・・・・ちゃん、どうしたの?風邪をひいてしまうよ?」「キサちゃん、私の部屋、懐かしかったでしょう?」 私は急いで、何度も頷いた。肩が震えていたが、わからないように明るく声を張り上げた。 p.211 「どうせそのうちピョコルンになるんでしょ?ね、練習だよ、練習。だって、『恵まれた人』だもんね?いいなあ。おじさんなんて、ずっと、ラロロリン人のための奴隷みたいなものだよ。俺も、きみみたいにラロロリン人に生まれたかったなあ」自分を過剰に下げるような言い方とは裏腹にどこか高圧的な、ねっとりと絡みつく声を男性が出しているのは子供の頃からよく見てきた光景だった。ああ、やっぱりなくなるわけないよな、と、思わず笑い出しそうにすらなるのを堪えて、足音を立てずに、男性からも琴花ちゃんからも見えない角度から様子を窺った。 男性が、「『恵まれた人』なんだからさ。ほら、ちゃんとピョコルンになって鳴いてよ、キューキューって」と言いながら琴花ちゃんの制服のスカーフに触れた瞬間、「ナナコちゃん!ごめん待たせたね。こっち!」 と、琴花ちゃんの手首を掴んで引き寄せた。「荷台に座って」と小さな声で指示を出し、まだ戸惑っている琴花ちゃんを乗せて走り出す。 公園にも歩道にも他に人影はなく、「加害してくる人間を周りから奇妙な目で見られるように仕向ける」という、自分が琴花ちゃんの年齢のときに実践していた最初の抵抗は、ここでは難しそうだった。 人目がない場所はどんなに広くても密室で、「自分の世界」から出てこないままに感情を増幅させ、平然と抵抗なく異常に暴力的な状態になる人間もよく見てきた。数えることもできないほどそんな出来事があったので、具体的に人相と場所と年齢を挙げてみせろと言われても、もうそれらは溶けて一つの光景になっていてわからなくなっていた。なんどか「失敗」して身体を触られたり精液をかけられたが、何事もなく逃げるのに「成功」したいくつかの記憶の中の私がしている行動パターンをとにかくなぞっていく。 男性が何か怒鳴っているのを完全に無視して、自転車のスピードを上げる。無意識に自分の家に向かってしまってから、アミちゃんの家まで送るとしたら反対方向だったと気がついた。 後ろを何度も振り向いて男性が追いかけてきていないのを確認しながら、「琴花ちゃん、強引に連れてきてごめんね、ちょっと危ないかな、って思って」と囁いた。 「・・・・・・・・ありがとうございます」 p.302 やがてピョコルンに妊娠させることが定着し、性欲は「どこかへ吐き出して処理するもの」へとイメージを変えていった。恋愛より友愛の話をみんな求めるようになった。恋愛は自分の肉体を使わず見学するだけだという人も増え、同時に自分の性愛について話す機会は激減した。私も、自分が今はピョコルンに欲望を抱くようになったことを、音ちゃんにしか話していない。ただ自分のそうした性欲処理が「多数派」であることはだいたいわかっていた。 「なんとなく、空子さんは気がついているのではないかと思いますが。感じていらっしゃる通り、私は琴花さんや波さんに欲望を抱くことはありません。けれど、研究室では未だにそういう話をする人がよくいますし、私もそれなりに参加します。そうしたことは潤滑油なので」睦月さんの言葉に、私は小さく首を横に振った。 「いえ、わかっていませんでした、あの時は睦月さんがピョールに対して少し「反応』しているように見えたので。でも、睦月さんのことは元から疑ったりはしていません、これはただのなんとなくの勘ですが」 とありのままに言った。 p.303 「そうですね。今もそう思ってます。ただ、「子供の頃、本当は自分が会いたかった大人』を演じているとうっとりとする気持ちになりませんか?そういうのってインナーチャイルドが喜ぶとかなんですかね。なんか、自分で自分をカウンセリングしてるみたいな快楽で恍惚とするような感じなんですけど。たぶん、これってそういう類の娯楽なんです」と説明した。 「なるほど、理解できます」 睦月さんは微笑んで小さく頷き、胸元のポケットから名刺を取り出した。 「私も、自分のことを話すときに「典型例』にあえてなることがあります。そういうときに、相手がどんな人物を求めているか大体わかるので。誰でもそうだということは、『子供の頃会いたかった大人』なんて本当はどこにもいないということなのでしょうね」 p.344 「私も趣味で感動することってけっこうあって。楽でいいですよね。あと、感動って、一時的にめちゃくちゃ視野狭くなりません?結局、感動って安全な場所にいる人間の娯楽なんだなーって思います。すごい盛り上がって一瞬、エネルギーっぽくて、中毒性ありますよね。一回味わうと、どんどん強いの欲しくなりますしね」 p.347 ちゃんの希望を二人に伝えた。 琴花ちゃんが波ちゃんに「私は両親と妹の老後のための金稼ぎ機」と言っているのを耳にしたとき、さすがに思春期の自虐にしても可愛げがないのではないか、と思ったが、アミちゃんの態度を見て考えが変わった。それは事実だった。奏さんも白藤さんも、すぐにそのことを察知し、「アミ ちゃん夫婦と妹がゆったりと生きていけるだけの金銭的条件」「アミちゃん一家にとって不利にならない二人の友情婚のプラン」を提示すると、拍子抜けするほどあっさりと受け入れた。 生きていくには、ラロロリンキャリアの頬に寄生するしかない。 アミちゃんは、ごく自然にそう考えているのだろう。生きていくために明人に寄生するしかなかった自分にとっては身近な感情で、ああ、システムが変わっても世界って結局それほどには変わらないのだな、と思った。 奏さんは彼女たちが家族にならないほうが残酷な結果になると白藤さんを説得したらしい。 中絶がない以上、白藤さんにピョールを殺すという判断ができるはずがなかった。彼女は結局、娘たちの描いた未来予想図に可能な限り協力することが一番「ピョールを人間として扱う」対応であることを受け入れざるを得なかった。少女たちの未来を、同時にピョールと生まれてくる赤ちゃんのことを守るため、赤ちゃんの世話をする覚悟をしている様子でもあった。 子供を持ったことがないので世話がどれだけ大変であるのか、実際に自分が体験しているわけではないが、どんどん消耗し、衰弱して自分の意思を確認する余裕も時間も失っていく母やアミちゃんの姿が自然に浮かぶ。私自身が「母から母自身の人生を奪った存在」であるだけに、育児とは自分の人生を終わらせる可能性を孕んでいる出来事だとわかっていた。 しっかりと自分の身を守る環境を確立してからにしないと、自分はピョールに並んで産ませた人間に従属する家畜になる。白藤さんがそのことをわかっていないはずはなかったので、それを受け入れるつもりなのだろう。白藤さんは二人の少女の都合のいい母として、ピョールの子供を世話し続ける日々を送るのだろう。かわいそうに。その未来に私はいない。本当によかった。

    1
    投稿日: 2026.02.04
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    このレビューはネタバレを含みます。

    面白く最後まで読んだ。 読んだけれど、上巻の面白さから期待しすぎて、ややテンションが下がる展開。 上巻に比べて、空子という個人の特徴が際立っていないと感じた。異質な子供であったはずが、普通の人になってしまった印象。 それから、みんながクリーンになって=何も考えないバカになっていくのに従って、読者もその虚無的平和の空気に浸っていくことにより、この物語は何に怒っていたっけ、何が狂っていたっけということを見失いそうになる。 世界3の人たちの正義や批判的な思考が登場しなくなると、ぴょこるんをabuseすることへ罪悪感などもう感じなくなって、全てがnormalizeされて読後感の気持ち悪さも減っている。それが模倣&トレースなんだろうけれど読んでいる側もなんとなくぼんやり終わってしまう感じがする。上巻の終わり方と対照的。 自分の身体を未来の社会に捧げる手術のくだりなどはカズオイシグロのnever let me goを思わせるが、あちらのお話では主人公たちに完全なsympathyを持った状態で最後を迎えるけれど、このお話では空子のことを好きになる隙がないし、悪感情を奪われてぼーっとしているし、全くsentimentには訴えかけられずに読了した感じがする。 SF的に必要なのかもしれないけれど、記憶の手術で記憶をあげたはずなのにぴょこるんになっても認識が続いている風な最後の描写は蛇足ではないかなと思った。 それから、空子が自分の母親に対して感じる攻撃性などが非常に痛みを持って断罪されていたのに対して、登場人物が子供に抱く感情が不鮮明な気がした。妊娠や出産まではリアリティを持って描かれているけれど、親になるとか子を育てるとかそういう部分には何も感じない登場人物のように読めたからピンと来なかった。長編だからといって、全部の登場人物に対して同じ厚みで書けないことは分かる。著者にとって「親側である」という主体への寄り添いは切り捨てられているということだろう。 コンビニ人間の時もそうだったけれど、「少女のまま」の主人公が彼女を取り巻く周りの人間に興味を持てないで大人になっていく感じが、「親」として一旦そこを離れざるを得なかったことを意識している私にとっては、作品との距離を感じさせられる所以かもしれない。

    1
    投稿日: 2026.02.04
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     物語を補完する上でとても重要である。そして、新たなる世界をより構築し、読者に対して上巻とは違った思想を植え付ける素晴らしい下巻であったのは間違いない。しかし、上巻の後に読むと退屈ではあった。上巻では刺激的な描写がそこら中に散りばめられてあったのもあり、下巻ではひたすらクリーンに平穏に荒立てず隠れて逃げて生きている。主人公の行動自体は一貫しているが、周りの環境が大きく変わり、刺激のないものになった。  ラロロリン人、ピョコルンと主人公が生きた20年程度で、世論は二転三転している。この2つが生まれているせいで起こる、他の出来事(性欲処理、出産、育児、家事)以外のものを少しでいいので所々に散りばめて欲しかった。下巻の20数年では、大した進化が起きてないのが違和感を感じる。あるとすればピョコルンの体外受精、料理、ハンドサイン、形態変化(上巻だったかも)ぐらいしかない。だが、物語の本質は、そこには無いことも分かっている。主人公の心情変化や上巻との対比構造を描くためにはノイズとなるから。なので、最後の方に、ピョコルンの知能が大きく向上して会話や意見をしだす、ピョコルン初の政治家?とか、ラロロリン人2人とピョコルンの子供は更なる知能の向上or汚い感情の持ち主だった「???人」とか、大きく詳細に書かなくてはいいけれど、その後の想像が少しは膨らむことを書いてほしかった。だって、後半だけ著しく進化や世論が落ち着くなんておかしい。思ってもないところの業界や企業、製品に影響を及ぼすのが当然の理屈。 「何度も言うけど、それは本質じゃないので作者は書かなかった。あまりにもSFチックになってしまうしね。けど、私はこういうことを書いた方が好きだしリアルじゃない?」っていう素人の意見です。

    0
    投稿日: 2026.02.04
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    すべて読み終わっての感想。実は途中、次から次から付け足しのようにいろいろなことが起こって食傷気味だった。しかし、最後の儀式の場面に入って(この場面を残して、昨日は仕事に行った。そのあとを、今朝読んだ。)なんとなんと、どんどんメッセージが押し寄せてくる。重たいことばの数々。何が善い生き方なのか、何が善い世界なのか。開かれた問いを考え続けないといけない。最後の場面で青空が広がっていたような晴れ晴れとした爽快感は持てない。ずっしり重たくて深い読後感であった。上巻で世界①から④いや⑧そして99へと広がっていくのだが(Geminiに登場人物など忘れたことを確認で聞いてみると世界35とか72とか出てきたのだけれど、雑誌連載中にはそういう表記があったのだろうか)下巻になってそれが大きく「恵まれた人」「クリーンな人」「かわいそうな人」と仕分けされている。もっとも、上巻の世界は個人的な区分けで、下巻でいう3つの区分は社会的なものか。ただ「クリーンな人」が大半を占めるようになった世界は本当に幸せなのだろうか。格差がないという意味では良いのだろう。汚い感情を持たないこともある意味平和かもしれない。しかし、嫉妬や怒りは本当に必要ない感情なのだろうか。うーん、悩ましい。それで結局、ピョコルンは人間だったときの記憶を残しているのか。言葉は発することが出来ないがある程度の意思疎通はハンドサインでできるようだし。どうなっているのか。まあそれはともかく、村田紗耶香という人は本当にいろいろな言葉を発明する人だなあと妙に感心してしまう。以下、読みながら書いていたメモ。 えー、いきなり49歳か。実家に白藤さんと住んでいる?波って誰だった?白藤さんの子ども?奏との子どもか。アミの娘の琴花はラロロリン人で早くピョコルンになりたいと思っている。のんびり薬味会?ラロロリン系?49歳でしょ、今さら車の免許取りには行かないよね。でも、こういうところって車運転できないと不便なんだろうな。僕はペーパードライバーなんで近場はどこでも自転車で行くけど、まあまあ年取ると疲れるしなあ。ラロロリン人は死んだあとピョコルンになる。性欲のゴミ箱で子産みマシーンであるピョコルンに。ラロロリン人は生きている間「恵まれた人」だからこれで公平なのだ。恋愛や性欲は「汚い感情」になってきている。ピョコルンはリサイクルされるようになる。あるいは培養される。そして安価になり誰でも手に入れることができるようになる。そうすると理想的でクリーンで美しく優しい世界になる。鼻の穴をホワイトニングするだけでなく唇まで白くするって。波がトイレ前で痴漢にあう。「私は中学生だったころ、大人に守られることなど期待していなかった。大人は馬鹿だから。肝心なときに何の役にも立たないくせに介入してきて、かえって事態を悪化させるだけだから。私たちの現実も真実も何もわかっていないから。」うーん、匠が誰だったか思い出せない。調べてみたけどピンと来ない。元夫は明人だったはず。ピョコルンに性欲を感じる。伯父と姪、そうだ、匠は白藤さんの兄か。ピョコルンで性欲処理をする。そのピョコルンをペットショップで選ぶ。ラブドールを探すような気分(知らないけど)にならないのかな。ピョコルンは大して家事ができなかった。料理の腕前は僕と同じくらいか。作ってもらっているんだから文句言わずに食えよな、と言われるのはちょっと辛いかな。音との再会。「クリーンな人」で全部うまくやって行けるのだ。「飢えすぎると、喜びは痛みに変わる。」政治や外交のこととかは「恵まれた人」に任せて「クリーンな人」は「汚い感情」を持たずに感謝の気持だけ持っていればいい。「感情のお手本」を見ながら自分の感情を作っている。えっ、ピョコルンにはリサイクル前の記憶や感情があるのか?音と奏の家にいるピョコルンは明人のリサイクル。「母ルン」か、その待遇を少しでもよくするためにピョコルンができたことを波は知らない。キサちゃん?40歳?戻ってるのか。キサちゃん、如月空子かあ!「藤と月の部屋」白藤さんは空子と同居を始めて、その後、過食が進むのか。そして、また49歳に。そうか、それでキサちゃんに戻って来て欲しいのだな。しかし、この49歳、到底49歳に思えない、読んでいて30歳代にしか思えないのはなぜだろう。また痴漢か。学校で感謝の会、非ラロロリンキャリアの人がラロロリンキャリアの人に感謝の手紙を書いて読み上げる。二分の一成人式といっしょで余計なお世話だ。過去に自分が見つめていた明人の行動と、ピョール(ピョコルン)に対する自分の感情が同期している。なぜこんなにピョールに気を遣わないといけないのかと思うと苛立ちが強まる。なんだか家事をしている自分とピョールを重ね合わせて考えてしまうと辛くなってくる。奏と音の部屋でホームパーティ。白藤さんと波と空子とアキちゃんの娘の琴花、それから音の兄とその友情婚のパートナー、さらにピョールと明人のピョコルンと音の兄のところのピョコルン。8人と3匹。何が起こるのか。「世界の見え方が違う人が集まってると、どこに照準合わせた価値観で喋ればいいのか難しい」「経験と記憶によって行動と感情が生成されるロボット」記憶のワクチン?脳から記憶を収集?すると死ぬ?空子が?明人ピョコルン何してるんだ。空子も、ピョコルンになる?音がそれをする。どうしてそんな簡単に決断しているのか。というかどうしてそんな重要な会話がパーティの席で行なわれているのか。皆、花火に夢中になっているすきにか。ピョールが妊娠、8月出産予定。空子が儀式でピョコルンになる日に近い。ピョール自身の精子と卵子を使って妊娠している。琴花が音の兄の睦月つながりで妊娠させた。波と友情婚をして育てると言う。「環境って性格工場みたい」「未来がないと世界が明るい」「見捨てる相手には、人間はとても優しくすることができる」空子は人工愛情自動販売機、音は人工感動製造機。みんな同じ、人工記憶を動力にした、人工清潔行動製造機。「差別者じゃない人間なんていないのに、あたかもそうであるような気分になれるのが、差別される唯一のいいところですよね!」「結局、感動って安全な場所にいる人間の娯楽なんだなーって思います。すごい盛り上がって一瞬、エネルギーっぽくて、中毒性ありますよね。一回味わうと、どんどん強いの欲しくなりますしね」そうそれで僕は芥正彦の舞台を見たあとほとんど舞台を見なくなった。ピョールの出産をスマホで撮影している空子の感想「わかったわかった、もう大体わかった、凄いですね。壮絶で感動的ですね。でも私、疲れてるんだけどな。もうわかったんで、なるべく早く産んでもらえないかな?」僕もそうだったかもしれない。ピョコルンの精子と卵子を使っているのにヒトが生まれるのか。もともと人間をリサイクルしているからか。しかも会陰裂傷をして縫合までしてもらっている。だいたい出産させるために作った動物なのに、なぜこんな難産なのか。雨の子育ては白藤さんとピョールでやる。白藤さんはすでに限界を迎えている。「たとえば忘却がそうであるように、または記憶の改竄がそうであるように、私を守るために私の脳は世界を変化させる。記憶の傷口は、まるで血小板や白血球が肉体にそうしているように、あっという間に修復されていく。その証拠に、雨が生まれた直後には確かにあったはずの鈍い痛みが、私の記憶から少しずつ消え去っているのを感じていた。」「ドアの場所やスイッチの位置、廊下の幅を肉体が記憶していて、電気をつけなくても夜に1階のトイレまで容易に行くことができる。」僕もそうだ。実用的輪廻転生用大量均一記憶人間リサイクル製造施設、記憶奉納祭、「彼らは特別な実験に協力してくださった方々です。今までに試験的に創ってきた記憶のワクチンを、誰よりも先に接種されました。加えられた記憶が人間にどういった影響を与えるか、何度も手術を繰り返して記憶を混合し、調合され、『同じ性格』になるように記憶をデザインされました。それは同時に、記憶によって製造される行動も、均一に、公平になるということでもあります。この方々は、その、最初の99人です」なるほど、この中に匠はいる。これで匠は死んだことになる。「これから私たちの記憶は統一されていく。記憶は個人的なものではなく、総合的な、善良な私たちになるための材料として、調合されることになる。そういう時代に、生まれたほうがラクですよね。見学席にいる私の友人は、典型的に苦しい人生だったんじゃないかと思うので。 だったら、均一に記憶が調合されて、脳に配置されて、その記憶にきちんと操作されて清潔な行動と感情しかない世界で生きていく、これからの未来のほうが、本当はあの人には向いていたんです」かわいそうなことは、素晴らしい。それは将来、娯楽になる。かわいそうな人を見て泣くと、心が綺麗になる。家族としか言っていないのに、なぜ親子になるのだろう。空子の母親も「見守り人」の中にいたのだな。「青い空に私にしか見えない雨が無数の傷のように散らばっていた。それが、空子が人間として見た最後の光景。」どうしてこうも冷静に最後の手術を受けることができるのか。達観しているのか。それでも最後まで呼応しようとしていたのか。ナミ、コトハ、アズミと暮らす四代目のピョールとなった空子。アメと友情婚のハヤト、ピョコルンが産んだその子シュン。シュンだけはまだ記憶のワクチンがよく効いていない。母親が「おばあちゃん」と言っているのに子どもが「ひいおばあちゃん」と言えるだろうか。最近では、ほとんど見ることがなくなった「表情」がそこにあるのを一瞬だけ見つめた。ワクチンを接種していない白藤さんの「表情」か。空を見上げると、そこには均一な青が広がっていた。ピョコルンとなった空子が見た光景。まだしばらく命は続いていく。

    3
    投稿日: 2026.02.04
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    人の健康には多少のストレスが必要って耳にしたことがあるけど、今ならその意味がもっと分かる気がした。 空気を読むを、凄まじい解像度で形容していた。 人間の膿みが詰めたみたいなやりとりと世界なのに、想像ができて、何なら共感してしまう。 女性が出産で命を落とさないようになるといい 子育てを機にキャリアから離れない方がいい 怒る人がいないといいし 全ての人が平等で 平和な世の中になればいい よく聞かれるそんな願いが全て叶っているのに、薄気味悪い世界 1回読んでもイメージできない部分も多くて、所々ウトウトしつつ読んだ笑

    2
    投稿日: 2026.02.04
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    読み終わった直後に残ったのは、スッキリでも感動でもなく、静かなモヤモヤだった。けれどその感覚こそが、この作品の本質なのだと思う。 印象に強く残ったのは、異様な世界観とそこに生きる人々の思考だ。最初は「どこかおかしい世界」の物語として読んでいたはずなのに、物語が進むにつれて自分の感覚のほうが少しずつ揺さぶられていく。気づけば「普通」とは何かを考えさせられている自分がいた。 読んでいる間に感じた怖さは、派手な恐怖ではない。 それは、世界の前提が静かに書き換えられていくような不安や、人間の感覚そのものがずれていくような気味の悪さに近いものだった。極端な世界を描いているはずなのに、どこか現実と地続きに感じられてしまう。その距離の近さがじわじわと効いてくる。 登場人物に強く共感することはなかったが、理解はできてしまう。そのこと自体がまた不安を深める要素になっている。読者は物語を外から眺める立場のはずなのに、気づくと自分自身の価値観のほうが試されている。 正直に言えば、誰にでも勧められる作品ではないと思う。読後感は決して爽快ではないし、人によってはただ不気味に感じるかもしれない。それでも、読めば確実に何かが引っかかる。そしてその引っかかりは、「当たり前」に対する見方を少しだけ変えてしまう力を持っている。 『世界99』は楽しむための小説というよりも、読むことで自分の思考の輪郭が少し変わってしまうような一冊だった。読後、現実の見え方がわずかにずれて感じられる――そんな体験を残す作品だ。

    1
    投稿日: 2026.02.03
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    この世はすべて、世界に媚びるための祭り。 性格のない人間・如月空子。彼女の特技は、〈呼応〉と〈トレース〉を駆使し、コミュニティごとにふさわしい人格を作りあげること。「空っぽ」の空子の一生と人間世界の終着点を描いた、究極の思考実験。 終始、不気味で気持ち悪くて最高。 村田沙耶香さんは共感できる部分とそうでない部分の散りばめが絶妙過ぎて、自分の首の手綱を常に握られてるような感覚になってハラハラしてしまう。それが好き。 自分が様々な場所で相手に「呼応」し、「トレース」する事が常だからこそ、空子に感情移入してしまう。しかしながら、共感してしまったら最後、読了まで、なんなら本を閉じた後も少しずつ何かに迫られているような、静かな狂気を感じさせられる。 村田沙耶香さんの小説で、その世界観を読者にたらしめる造語がすごい面白いと毎度思う。「ギンイロノウタ」に収録されている「ひかりのあしおと」に登場する、「ピジイテチンノンヨチイクン」や、「地球星人」の「ポハピピンポボピア星」など、全く意味のわからない文字の羅列であるように思えるのに、読み終わった後にはいつも頭から離れないし、その本の世界を思い出そうとする時の手助けをしてくれる。本当に凄い。 「差別されるのっていいですよね。一種類の差別をされているだけで、まるで自分が他の種類の差別を全くしていないような気持ちになれませんか?そんなわけないのに」 本書にて登場した凄い好きな台詞。 差別に関する話題を耳にする度に感じていた違和感を言語化してくれたと感じた台詞。この台詞を読んだから違和感を感じていた事に気付いたような気もさせられる。自分で気付きたかった。悔しい。

    12
    投稿日: 2026.02.03
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    最後まで不気味。ありえない状況の連続で、非現実なのに、あれ、なんか似たような事起こってないかしら、と気づき、自分の世界と重ね合わせて、ゾッとする。 少し前まではおかしかった事が、いつの間にか正当化されてることはしばしば、あれっ?おかしく無い?と言おうものなら群衆心理に押し付けられて爪弾きに。白藤さんの様に。 はたまた、おかしな人と思われたく無い、クリーンな人達は、考えるのをやめて、世の流れに乗っかった結果、ワクチンを打つハメに。 何千年後かしらないが、人類の行き着く先として、この世界は十分にあり得ると感じました。 楽しみだなぁ。ワクチン打つの。

    8
    投稿日: 2026.02.01
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    このレビューはネタバレを含みます。

    分裂を繰り返してという部分では、誰もが自分のコミュニティやペルソナをそれぞれ持ってるし、すごく共感できるような場面が多かったけど 下のクリーンになりたいっていう部分がなんとなくぞわぞわする感じが一生続いてて、白藤さんほど過激ではないけど、主人公のように全てを捨てるようなこともできないと思った。ずっと薄気味悪い物を見ているような雰囲気だった

    0
    投稿日: 2026.02.01
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    男と女、それとピョコルン。性の役割分担を超越しその他の生き物であるピョコルンが担うこととなっても完全に女に求められること、男に求められること、母に求められること、父に求められることの根本は変わって行かないこと。 そして、クリーンな人というマイナス感情、疲れる感情を表に出さないことがごく一般的となったとしても、結局はまた別の形で現れてくる。 呼応とトレース。多かれ少なかれそれが必要とされる社会はまだあると思う。現世もそこらじゅうに空子がいるのだと思っている。

    0
    投稿日: 2026.01.31
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    このレビューはネタバレを含みます。

    リセットされてからの世界の恵まれた人、クリーンな人、かわいそうな人が妙にリアルな感じがして面白かったです ピョコルンが最後まで喋ったりもっと人間っぽく進化しないところもノソノソ歩く所も気持ち悪い感じが最後まで残ってて良かったです ピョコルンにはなりたくないけど記憶ワクチン打ちたいかも 読んでる間も読了後もこの本の話したい!と思ってたけど人には勧められない、、 特に最近読書にハマりだした息子にはこの本は読まないでね!と言いました、、

    0
    投稿日: 2026.01.31
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    audible 面白すぎてどんどん聴き進めたくなった 世界99の感覚、すっごい共感した と同時に、痛いところつかれた感じ。 物語として見ると色々と気持ち悪い世界なんだけど 現実と照らし合わせてみると こういう世界になることもあり得るよなと思わされる内容。 ぴょこるん、見てみたいけど見たくない。 鼻の穴を白くするやつ、将来的にありそうで笑った

    0
    投稿日: 2026.01.30
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    このレビューはネタバレを含みます。

    長かったー!こんだけかかって主人公がピョコルンになる話か…日本人のメンタル傾向を捉えた社会問題寄せ集め悍まし悪趣味エンタメ超ロング小説!! あー早く楽しそうな「成瀬は〜」シリーズ読んで口直しならぬ心直ししよ! というのが読み終わってすぐの感想。 詳しくはまた書く。

    1
    投稿日: 2026.01.30
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    すごい!!書ききってる。 この世界を世界観を直視できる人は世界99の人なんじゃないかな。 私の中でマストバイ。でも年齢制限ありだな。

    4
    投稿日: 2026.01.29
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    え…やばい… 今までの人生で群を抜いた読書体験。 暗すぎる世界観に一瞬後悔したけど、この読後感を味わえるならみんな挑戦すべき。 村田沙耶香さんの「皆が世界へ抱いてるもやもやとした感情」の言語化能力がすごすぎるよ… もう私は元の世界に戻れない。

    1
    投稿日: 2026.01.29
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    このレビューはネタバレを含みます。

    読み終わって悍ましいとも美しいとも言えないなんとも言えない気持ちになった。ピョコルンや世界の価値観が変容していくにつれて、人間とはなんなのか?を間接的に問いかけられているような感覚だった。 性愛→友愛へ、出産の代行、記憶の統一化等、一見狂ったような世界観の中でも、どこか理解できてしまえる部分もあったりしてかなり疲れたけど楽しく読むことができた。 最後の白藤さんの心境はどうだったのだろう?

    0
    投稿日: 2026.01.28
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    このレビューはネタバレを含みます。

    まず読み終わって考えたのは作者のこと どんな人がこの本を書き上げたのだろうかということでした、ちゃんと調べました! 個人的には上と比べると心理描写が多く感じたので少し手が止まるところが多かった、それこそが思惑かな?!学生時代との年齢的な違いが下に現れてるのかな?!と今は思ってます! 普段社会に出てる人が感じているであろうこととSF?みたいなのが織り混ざってできてる話で見透かされているようで怖い、ある意味人間らしい 主人公気持ちを見てきた私たちこそが世界99の住人かな

    3
    投稿日: 2026.01.28
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    このレビューはネタバレを含みます。

    早く読まなきゃと急かされるように読んだ下巻。なかなかの読み応えがあった。 スッキリエンディング好きなわたしにはスッキリしないどころかなかなかの恐怖エンディングで、そこがまた面白かった。苦手な人もいると思う! 読書中も読後も脳内には映像が浮かんできて、それだけ想像力が掻き立てられる本で、読んだことを誰かに伝えたくてしょうがなくなる。 ピョコルン、途中まではあってもいいかも欲しいかも?と思ってたけど、だけど、どんどん人間の便利さだけ追求した世界の道具になっていくさまが恐ろしかった。 少しだけ自分を演じて、周りに合わせて、ほんとの自分ってなに?って思ったこと誰でもあると思うけど、その感覚をどんどん深く追求してく主人公の気持ちはわたしの中にもあると思った。

    0
    投稿日: 2026.01.26
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    この物語の主要人物は空子、白藤、音の3人。 空っぽな空子と、信念に頑なな白藤の対比が印象的で、面白い。 音は空子をさらに上回る「世界99」の人物で、空子にとっては唯一の理解者なのだろう。物語が進むにつれて、空子や白藤を上から見下ろす「神」のような存在に感じられた。 随所に「わかる!」と思えることが多々あった。感動は娯楽、悲劇も娯楽。差別者じゃない人間はいない。事実は歪曲され、記憶は変わる。感動は視野を狭くし、中毒性もある――そのような「真実」が言語化され、突きつけられる。 後半、空子は自分の「記憶」を差し出し、ピョコルンになる「儀式」に向かう。自殺に近い行為なのに、描かれ方は晴れやかだ。空子の苦悩からの解放でもあるのだろう。 最後の第4章では、人間の肉体的・精神的苦悩から解放される未来が描かれて、物語は終わる。 しかし、果たしてこれは理想なのだろうか?人間らしさからの解放なのだろうか?汚い感情を捨て去り、均一化した人間になる未来には、薄気味悪さを感じた。

    0
    投稿日: 2026.01.26
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    このレビューはネタバレを含みます。

    強烈な近代dystopia小説でした。 主人公の空子が現代の分人主義的な立ち回りをしており、ちょっと分かるなーという場面もあり、強制的に世界観に移入させられる場面が個人的にすごく心地よかったです。 上巻では人間の穢れが強く前に出されているように感じたが、下巻では人間らしさを排除していくことを前に出されていき、それに抗う人間白ちゃんに少し感情移入もいたが、もはや登場人物も設定も全て狂っているのでもはや感情移入ではなく、自分の世界(価値観や思考)が一つ拡張される読後感でした。 これを機に村田さんの作品を色々読んでみようと思います。

    1
    投稿日: 2026.01.25
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    最後までテンポよく読み切ることができた。最後は、ピョコルンになった後も自我があるってこと?それに1番ぞっとした。じゃあ、初代ピョールを襲っていたピョコルンはやっぱり明人の自我が残っていたのか、とか、性的消費とか出産とか請け負うの地獄...

    2
    投稿日: 2026.01.25
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    『村上春樹の読みかた』で石原千秋氏が提示した「二人の村上春樹」という切り口を携え、上巻で感じたあの奇妙な違和感の正体を突き止めるべく下巻へ飛び込んだ。読み終えた今、私の脳内には「もやっとした霧」ではなく、作品の構造を多角的に解剖したあとのような、冷静でいてリアルな手触りが残っている。  上巻で抱いた最大の違和感は、カオスであるはずの子供の心理が、あまりに理路整然と、かつ冷徹に分析・言語化されている点だった。賢くないはずの設定なのに、瞬時の判断で困難を乗り切る子供たち。その姿は伊坂幸太郎作品の寓話的なキャラクターのようでもあった。しかし、下巻を読み進めるうちに、この「違和感」こそが村田氏の仕掛けた計算ずくの罠であり、読者を「人間というシステムの外部」へ連れ出すための装置であったことに気づかされる。  物語のクライマックス、主人公・空子が「ピョコルン」になることを選んだ結末について、私の中にいる「二人の読者」が激しく対立した。  一人の私は、これを「究極のハッピーエンド」として祝福した。空子はついに、自分を「やり過ごす術」だけで摩耗させてきた残酷な現実から脱獄し、魂が安らげる場所へ天に召されたのだ。物語がピタリと着地したようなスッキリとした充足感。そこには確かに救いがあった。  しかし、もう一人の私は、これを「救いのない不全感」として拒絶した。どれほど過酷であっても、人間を辞めることでしか辿り着けない結末はあまりに悲しく、読後感として受け入れがたい。この相反する二つの感情が同時に成立すること自体が、村田マジックの真骨頂なのだろう。  村上春樹が深い葛藤の末に「あちら側」と「こちら側」を往来するのだとしたら、村田氏の描く空子たちは、多角的な検討の末に「人間性の放棄」を驚くほどスッキリと選び取ってしまう。その冷静な切り口は、読者である私に「へー、そんな風に感じるのか」と、ある種、知的な頭の体操を強いるような客観性を与えてくれた。この冷徹さがあるからこそ、読者は没入するだけでなく、物語を「設計図」として俯瞰することができる。  星をいくつにするべきか、非常に迷った。星1をつける自分(人間性の喪失に不満を抱く自分)と、星5をつける自分(システムからの脱出を肯定する自分)が同居しているからだ。だが、最終的に星5を選びたい。それは、一つの結末に対してこれほどまでに多層的な評価を可能にし、自分の中の批評眼を呼び覚ましてくれた、この読書体験全体への敬意である。  正しい読み方などない。ただ、補助線を一本引くだけで、物語の解像度は劇的に上がる。本作は、私に「読み手としての自由」と、多角的に物事を捉えることの快感を教えてくれた。このリアルな充足感を抱えたまま、次の一冊へ向かいたい。

    0
    投稿日: 2026.01.25
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    人間の世界を便利にするために生み出されたピョコルンのはすが、いつのまにかピョコルンに行動を支配されてる様子が生々しかった。 究極的にクリーンな方へ向かおうとすると、無機質・画一的になってしまうのかな。シンプルで統制されてて、整った美しさはあるけど、そこに豊かさはあるのかな。世界の未来の姿を想像しながら読んだ。 全体を通して、 コンビニ人間でも感じた、自分が違和感を覚えてるけどその場のために取り繕ってることが、この物語では鮮明に描かれてて、共感したり居心地の悪さを感じたり、どこか自分ごととしても捉えながら読んでいた。

    2
    投稿日: 2026.01.23
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    読み終わったあと、何だか体の力が抜けて心地よさもありました。 『生命式』に収録されていた短編の「孵化」が好きだったので、長編として『世界99』を生み出してくださり感謝の気持ちでいっぱいです! それぞれの環境で『呼応』していく主人公の空子に共感するところは多くの人が当てはまるのではないでしょうか? 私も『トレース』+『呼応』してきたことが多々ありました。 現在仕事でも、一対一の接客業をしているので日々多少なり行なっている行為です。 ただ、こうしてると本当の私はどんな人間なんだと考えることもあり、また、『呼応』が下手な人は苦手というか、そういう面が過敏なんだろう、空子のような人が身近にいれば私は生きやすいのかなと思いました。 「普通とは何だ?」「こう思っているのは異常?」と思うことも沙耶香さんが代弁してくださっていて、救われることがとても多いです。 是非読まれる際は、上下巻合わせて読み始めてほしいです!

    15
    投稿日: 2026.01.22