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ケーキの切れない非行少年たち(新潮新書)
ケーキの切れない非行少年たち(新潮新書)
宮口幸治/新潮社
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総合評価

1319件)
3.8
267
555
349
42
13
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    「ケーキが切れない」のではない。三等分できないのである。そもそも“三等分”という概念そのものが理解できていないのか、あるいは理解していても表現する力が足りないのか。いずれにせよ、そこには明らかな認知の問題がある。 そのような少年たちが、殺人や傷害、性犯罪といった重大な罪を犯し、矯正施設に収容される。そこで求められるのは、自らの罪を見つめ、反省し、再び過ちを繰り返さないと誓うことである。 しかし、もし当人に「自分の行為がなぜ犯罪なのか」を理解するだけの認知能力が備わっていなかったとしたら――そのような教育は果たして意味を持つのだろうか。 著者である宮口幸治は、医療少年院での勤務経験をもとに、こうした少年たちの実態を明らかにする。そして、従来の「教育」や「矯正」中心のアプローチだけでは不十分であり、むしろ「治療」的視点が不可欠であることを指摘する。 彼らは、社会生活を営むうえで基盤となる「見る」「聞く」「想像する」といった認知機能に困難を抱えている。だからこそ、まずはその土台を整える必要がある。 著者が開発した「コグトレ」は、そのための具体的な手法だ。認知機能を構成する五つの要素――記憶、言語理解、注意、知覚、推論・判断――に対応し、「覚える」「数える」「写す」「見つける」「想像する」というトレーニングで構成されている。すでに実践されている現場では、一定の効果も報告されているという。 本書は、非行という現象を単なる道徳や意思の問題としてではなく、「理解する力」の問題として捉え直す契機を与えてくれる。 それは同時に、私たちの社会がどのように人を支え、どの段階で手を差し伸べるべきなのかを問い返す一冊でもある。

    0
    投稿日: 2026.03.22
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    ・認知機能に問題があるために認知行動療法に効果がない ・生活に支障をきたすほどに点数の低い項目があっても総合点が基準に達しているので見逃される というのは他分野でも類似した問題が起こりやすいだろうなと感じた

    0
    投稿日: 2026.03.20
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    これから教員になろうとしている人、実際教育に携わる人、保護者、保護者になろうとしている人、そして職場にいる人に困っている社会人に読んで欲しい1冊だった。 筆者は精神科病院や医療少年院に勤務した経験を持つ、教授である。勤務経験から、日本の教育の問題点や困り感を抱えた生徒たちにどのようにアプローチしていくと良いかが本書にて書かれていた。 私も教員の経験はあるが、まさしく筆者の言う「効果のないアプローチ」をしていたのかもしれないと思った。当時この本を読めていれば、何か変えられたかもしれないと思い、後悔した。 本書には困り感を抱えた子どもたちへの支援方法も少し紹介されている。詳細は他書を参照しなければならないが、本書に書かれた内容でも充分、朝の会や帰りの会や普段の教育に活用できるので、必読の1冊と思う。 そして子どもの発育に携わらない方々に対しては、社会構造、障がい者が抱える困り感、犯罪と障がい、脳の認知機能の関係など、(もしかしてあの人ってこうかも?)と思える内容になっている。 実際この本を読んでいて、私は自身の叔父を思い浮かべた。軽度障がいほぼ当てはまるように感じる。叔父と姪の関係上、私が直接どうこうできる訳では無いが、毎度私の父や母に怒られている姿を見ているので、父や母へのアプローチを考えてみたい。頭ごなしに怒るのではなく、認めて理解して支援する姿勢が必要だと思ったからだ。 この1冊が、困り感を抱える全ての人への支援に繋がりますように。

    8
    投稿日: 2026.03.20
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    このレビューはネタバレを含みます。

     児童精神科医で、病院や医療少年院といった施設での勤務経験を持ち、非行少年と接する著者が、生育環境によって治療も受けられない、発達障害や知的障害を持つ少年たちが非行を起こしてしまう実態やそのメカニズム、構造上の問題、認知トレーニングによる改善の手立てについて述べた本。  本の帯には「2020年のベストセラー」となっていて、確かにひと昔前に、ケーキがいびつに「三等分」された図とともに話題になっていたような記憶がある。確かに今の学校でも「スペクトルの中に位置付けられた発達障害や学習障害」を抱える生徒たちに接することは結構あるし、なんだったらその保護者とか、なんだったらおれも、ある意味では発達障害的傾向があるよな、という世の中だから、別にケーキが多少いびつな三等分になっても仕方ないよね、不器用で下手くそだね、というレベルだけど、ここの本に登場する少年たちはもはやそのレベルではない認知の偏りがあって、でもそれは普通に話していると気づきにくく、さらに貧困とか親にきちんと育てられない環境とか、あるいは誤った指導によってますます悪化し、その結果非行、犯罪という形で発露する、という実態について述べられており、援助のためには親や教員や社会の理解が不可欠、ということは分かった。  ただ、正直に言ってしまえば、学校の教員をやっているおれにとってはとても不愉快な内容で、怒りすら持ってしまった。と感じるのは今のおれには余裕がない証拠で、これは学校批判、教員批判というよりはそれこそ社会や政治の構造上の問題の指摘なのだと思うようにはしたけど、やっぱり結局は教員の理解や努力が足りない、という主張のように思えてしまい、そこで著者が開発した極めて短時間で出来る(と謳う)「コグトレ」と言うものをホームルームで定期的にやれば解決の一助に、みたいな締めくくりだったが、基本的に今の学校現場をなめているのかと思う。その短時間のためであっても、クラスや学年全体に対して、普段の業務に加えて一体誰がその準備や実施や評価や整理や報告やフォローをするのか。だいたい著者の経験談では、自分の指導が通じない少年たち相手に「私はだんだんと指導するのが嫌になり、投げやりになりました。(略)『では替わりにやってくれ』と彼らを前に出させ、私は少年側の席に移りました。彼らに私の苦労を体験させようと思ったのです。」(p.155)という、それくらいの指導しかできない著者になんでそんな努力について提案されるのか、じゃああなたが40人の担任やって成績処理と保護者対応と、加えて担任業務以外の意外と時間と頭を使わされる業務を日々こなす教員をやってみて下さい、と「苦労を体験させようと」思いたくなる。もちろん著者にしてみれば私は教員じゃないので教科や生徒の指導は専門ではありません、と言うのだろうが、だったら「褒めることよりも、忘れ物をしないような注意・集中力をつけさせないと問題は根本的に解決しないのです。こうした問題が発生している場合の『褒める教育』は、問題の先送りにしかなりません。」(p.29)とか、「根本的な解決策は、勉強への直接的な支援によって、勉強ができるようにすること以外では有り得ません。」(pp.123-4)とか、「つまりこの少年の場合、中学校で先生が障害に気づいてくれて、熱心に勉強への指導をしてくれていたら非行化しなかったでしょうし、被害者も生まれなかった」(p.26)とか、「これら社会面は、集団生活を通して自然に身につけられる子どもも多いですが、発達障害や知的障害をもった子どもが自然に身につけるのはなかなか難しく、やはり学校で系統的に学ぶしか方法がない」(p.128)といった厳しい注文や提言やコメントをする前に、学校の教員や多様な生徒の実態とか指導の方法とか、そういうことを十分に知って下さい、という感じだった。「医療現場で超多忙の医師にできるのは、診断と見立て(治療方針)、投薬くらいに限られてしまいます。診察につぐ診察で時間がなく、具体的なトレーニングを実践する機会がなかなかないのです。」(p.131)ということで、医者はそのくらいの理由で時間や労力のかかるトレーニングや指導はできないことが正当化されている。そして学校には色々注文をつけて提言する、という著者の態度が受け入れられない。  という、何ら建設的でない文句をひたすら言うのは良くないと思うのだけど、それこそ医療と学校の溝を深めかねない著者の態度はどうしても受け入れられない。急いで付け加えれば、もちろん少年の実態や、まずい指導の方法についての著者の話はよく分かる。特に印象的だったところは、「現在の矯正教育では本人の理解力などあまり考慮しません。ひたすら矯正局から指定された難しい教材を黙々とやらせていることが多いのです。少年たちも『分からない』と答えると叱られるので、分かったふりをしている、という状態なのです。同じことは学校教育にも当てはまります。悪いことをした子がいたとして、反省させる前に、その子にそもそも何が悪かったのかを理解できる力があるのか、これからどうしたらいいのかを考える力があるのか、を確かめなければなりません。もしその力がないなら、反省させるよりも本人の認知力を向上させることの方が先なのです。」(p.57)という部分で、その話はよく分かる。最近も生活指導の案件になった生徒と話をしたり、ノートを読んでいて、たぶん何が悪いのか結局よく分かっていないんだろうなとか、たぶん起こった事象についての認知がちゃんと出来ていないんだろうな、ということが推測されるようなことがあり、これは反省とか向き合うとかそういう話ではないよな、と思った。そして最悪なのは「悪循環を繰り返していると今度は精神科医が呼ばれ、少年の気持ちを抑え教官の指示を聞けるようにするため、精神科薬が投与されます。効果が出なければ次第に薬の投与量も増え、少年院を出る頃には精神科薬なしではやっていけない患者になってしまうこともあるのです。そもそも弱い存在である、障害のある少年に厳しい処遇をするとどうなるか。多くはうつ病のような状態になったり、精神科疾患を発症したりして、精神科薬で対処することになってしまうのです。本来なら必要でない薬を飲ませ、出院後ももともと必要のなかった精神科病院への通院を余儀なくされるなど、われわれ大人が彼らの人生を台無しにしてしまっている」(p.119)という部分で、これは悲劇。ただ思うに、親でも「自分の子供は発達障害」と言って、やたら薬を飲ませて、親の思う通りに子どもが動かなければ薬の種類や量を変えて云々、という人はいる。多少の発達障害はあるのは認めるけど、それはどっちかと言うと思春期上の問題ですよと思うけど、そう言っても「先生は分かってない、こんなに特殊な子どもはいない」の一点張りで一切通じず、本人は薬漬けになっている、みたいなことも昔あった(一方で、明らかに鬱傾向があるのに薬に頼りたくないと言って無理をさせてどんどん悪化させるケースもあるから難しい)。  あとこれは教員のおれでも活かせるというか参考にできると思った内容は、「人が自分の不適切なところを何とか直したいと考えるときは、『適切な自己評価』がスタートとなります。(略)そして、理想と現実の間で揺れ動きながらも、自分の中に『正しい規範』を作り、それを参照しながら"今度から頑張ろう"と努力し、理想の自分に近づいていくのです。そのためにはやはり、自己を適切に評価できる力、つまり"自分はどんな人間なのか"を理解できることが大前提」(p.150)という話で、そうすると「自覚状態理論」(同)という、要するに理想の自分でない自分が気持ち悪いので直したいと思うようになる、という話らしい。「この理論が正しいなら、学校で先生が子どもに対し、"あなたを見ていますよ"といったサインを送るだけでも効果があります。」(pp.151-2)という、その結論部分は教員の基本だと思うが、とりあえず「適切な自己評価を促す」というのは方法の一つになりうるのだろうと思った。  ということで、どうしてもおれは教員としてこの本を読むから、もちろんこの本の中で書かれているような、著者の研修に参加する教員は尊敬するし、ここに書かれている実践をやればできる教員はたくさんいるのも事実だと思う。でも例えば研修だったら、教員が参加すべき、あるいは参加したいと思う研修というのはそれこそたくさん職員室には掲示されているわけだし、そういう教員は例えば教科教育や「探究活動」に力を入れたり、保護者対応や学校マネジメントに力を入れたり、という、それぞれ取り組むべき部分に労力を使っているということもある。なのである一つの視点や自分の経験しか参照しないで、現場を知らない(最近の担任経験のない)「専門家」が教育を語り、しかもそれがベストセラー、ということにどうしても寛容になれず、非行少年の実態について分かりやすく知れて考えられる点では良い本だと思うが、結構苦々しい思いを持ちながら読んだ本だった。(26/02)

    1
    投稿日: 2026.03.18
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    少年院にいる少年たちと発達障害の関連を実例と共に述べた本。 発達障害によって認知が歪み、それが犯罪の原因になっているというのは、改めて言われてみると「そりゃそうだよな」と妙に納得してしまった。 親としは、定型発達であることを前提にせず、少しでも子が何か困ってそうなことや違和感があれば、すぐにサポートできるようにしたいと思った。 一方で、発達障害があっても真っ当に生きている人はもちろんいるし、逆に高IQで超優秀な人でも罪を犯すことがあると思うが、こういう人達の共通因子って何なんだろうか。

    0
    投稿日: 2026.03.13
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    もっとゆっくり生きて、ゆとりを持って、 毎日穏やかな気持ちで過ごしたい。 人生はあっという間。何もかもはできないんだから、得意なことだけ頑張ればいい。 勉強しても英語なんぞ話しておらんし。 足し引き算すら、スマホでしてる。 好きなことを好きなだけ。 興味のない授業は実らない修行のようだ。 煉獄さんのお母さんの言葉、思い出したわぁ。 ひとに優しく、ひとから優しくされたいわぁ。

    1
    投稿日: 2026.03.07
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    犯罪者と一括りにされてしまう人々の中にもこういった少年たちもいるのだと知見が広がった。 彼らの思考や見ている世界は驚くものだが、本当にそのような世界を見ているのなら、いかにこの世の中が生きづらいものなのか、想像すると苦しくなる。 境界知能という気づかれざる知的障害の存在を知ることができてよかった。

    0
    投稿日: 2026.02.28
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    聞く力、見る力、想像する力などの認知機能が著しく低いと、どんなふうに世界が見えているのか、想像を絶するエピソードばかりだった。 学校教育の中で、対人スキルの方法、感情コントロール、対人マナー、問題解決能力などの社会で生きていく上での必須スキルを系統立てて教えられていないことに筆者が疑問を持っていたけど、とても共感。 「みんな仲良く」のような曖昧な言葉で片付けるのは、認知機能が低い人間にとっては何の意味も持たないな…と思った。 気になったところ: 色々なタイプの犯罪の中で、特に性加害少年への教育方法に関して「欧米式のプログラムを適用しても文化の違いからうまく機能しない」と述べていた。 この「文化」の違いというのは、日本でアダルトコンテンツの年齢別のゾーニングが行われてなくて、幼少期からそういうものに触れて認知が歪んでしまいやすい環境があるって話だと自分なりに解釈した。 医療面で認知トレーニングや地道な更生教育を行うより、市場がアダルトコンテンツを適切にゾーニングする方がもっと根本的な解決につながると思ったけど、そのへん筆者がどう考えてるか気になった。

    0
    投稿日: 2026.02.28
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    なぜ彼らは罪を犯してしまったのか。その裏側に潜む「認知機能の低さ」という、教育や社会が見落としてきた決定的な課題を、鮮やかな筆致で描き出しています。 犯罪を個人の資質として片付けるのではなく、彼らが直面している「世界の見え方」を順序立てて解説する構成には、蒙を拓かれる思いでした。現状への批判に終始せず、具体的な支援のあり方を提示している本書は、教育関係者のみならず、現代社会を生きるすべての人にとって必読の「共生のバイブル」です。

    6
    投稿日: 2026.02.23
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    今さらだけど読んでみた。 低知能や発達に問題があること、いじめ被害などによる心の問題など。罪を犯した彼らのことを可哀想とは思えないけど、気の毒な一面があることは認める。 我々大人の役割は、説教や叱責などによって無理やり子どもの心の扉を開けさせようとするのではなく、子ども自身にできるだけ多くの気づきの場を提供すること、という部分に共感した。 むずかしいことだけど。

    33
    投稿日: 2026.02.21
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    知的にハンデのある青少年たちが、その特性ゆえに被害を受け、やがてあらたな被害者を作り出してしまう悲しい現状をわかりやすく教えてくれる作品 軽度知的障害、境界知能と言われている人たちこそじゅうぶんな支援が必要、「できることを褒める」「じっくり話を聞いてあげる」は根本的解決にならない、など、現在の学校教育の課題が浮き彫りになり、対策は急務である 教育関係者だけでなく、生きずらそうな人と関わるすべての人に読んで欲しい本でした

    0
    投稿日: 2026.02.19
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    3歳と0歳の子供がいます。我が子が境界知能か否かは、10歳頃にわかるとして、境界知能でないにしても認知能力の向上に気を向ける必要がありそうだ。 それとあわせて、我が子の自己への気付き、自己肯定感の向上は、学校等の教育現場ではなく、家庭(親)の役割と考える。

    0
    投稿日: 2026.02.14
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    子どもと関わる仕事をしているので、とても役に立つためになる本であった。子どもの変化を見逃さず、小さい頃から一人ひとりにあった関わりをすることで少しでも非行少年と言われる子たちが少なくなる社会になればいいと願う。

    0
    投稿日: 2026.02.12
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    今まで考えたことのない視点での話で興味深かった。新たな視点を持つことができたが、偏見にならないように気をつけたい。

    0
    投稿日: 2026.02.06
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    このレビューはネタバレを含みます。

    少年犯罪の原因については理解できた。 それを知って、私に出来ることがあるかと考えたが思いつかなかった。いじめがストレスの大半となっているため、学校の対応が不可欠だが私から出来ることはない。 親の理解についても私たちではどうにもできない。理解のある、もしくは余裕のある家庭は病院へ行くが、それに至らない家庭環境の子どもたちが問題に至る。 犯罪に至る構造を知ったところで犯罪者には同情にも、免罪符にもならない。 こうならないように子どもたちを導く構造が必要だが、こうなった中高生にはもう遅すぎる話だと思う。 新書としては良い本です。

    2
    投稿日: 2026.02.06
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    #読了 #ケーキの切れない非行少年たち 著者は、児童精神科医として精神科病院や医療少年院での勤務歴がある立命館大学教授の #宮口幸治 さん。 医療少年院とは何か? そこは「特に手がかかると言われている発達障害・知的障害をもった非行少年が収容される、いわば少年院版特別支援学校」。 そこでの著者の経験は示唆に富む。 知的障害者(IQ70未満)はさまざまな支援が施されている。しかし、境界知能(IQ70-84)の少年たちへの支援は何も行われていない。 様々な生きにくさを抱える彼ら・彼女らへは「忘れられた人々」として支援対象から外れている。勉強についていけないことや、コミュニケーションを苦手にしていることから、学校へ行かなくなったり、いじめられたりしてやがて非行に走る。 それを防ぐために必要な措置は「反省」ではない、と著者は説く。「反省以前」の子どもたち、と題する第1章。認知機能が弱く、想像力がないから「反省」することができない。 非行少年に共通する特徴 ・認知機能の弱さ ・感情統制の弱さ ・融通の利かなさ ・不適切な自己評価 ・対人スキルの乏しさ ・身体的不器用さ 著者は問題の指摘をするだけでなく、実際にこれらの特徴(欠点)を克服していく、特に学習の土台となる認知機能の向上を目指したトレーニングである「コグトレ」を開発されているところがとても興味深いところ。 組織においても「わからない」をいかにサポートするか。教え方がうまい、サポート・フォロー体制がしっかりしているなど人材育成がうまくいく組織はこういったことができているのではないかと思う。 メモ ・苦手なことは「勉強」と「人と話すこと」 ・想像力が弱ければ努力できない ・対人トラブルのもとになるのが“馬鹿にされた”と“自分の思い通りにならない” ・被害的な思考パターンは「自信のなさ」が関係している ・感情は多くの行動の動機付けである ・“自分の今の姿を知る”ことが“自分を変化させたい”という大きな動機付けになる ・褒める教育だけでは問題は解決しない ・勉強ができないことへの根本的解決策は勉強ができるように支援して勉強ができるようにすること以外あり得ない ・認知行動療法 ・自覚状態理論。自己に注意を向けさせる方法として、他人から見られている、自分の姿を鑑で見る、自分の声を聴く。 ・「子どもの心に扉があるとすれば、その取っては内側にしかついていない」 ・大人の役割は、説教や叱責などによって無理やり扉を開けさせることではなく、子ども自身に出来るだけ多くの気づきの場を提供すること ・“人に教えてみたい”、“人から頼りにされたい”、“人から認められたい”、人の役に立つことで自己評価の向上に繋がる ・1日5分から始める 介護福祉の人材育成にも大いに活用できるメソッドがあり、とても面白い本でした。コグトレ、どんなのか見てみたい。 2026年6冊目 6/100 6/8.3 85

    0
    投稿日: 2026.02.02
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    少年院に入るような少年達の中には、犯罪に加担していると気付かず罪を犯しているとは衝撃だった。犯罪をおかしてしまうことを正当化できないが、大多数が知的障害であることや家庭環境に恵まれないなど、社会的弱者であることを世間が知って理解してあげることで彼らが犯罪をおかすことなく生きやすい社会になることを望む。

    0
    投稿日: 2026.01.27
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    自分にも当てはまるところもあったりしてドキッとしながら読んだ。 出版されてから5.6年経ってるが、いまはもう少し良くなっているんだろうか? 問題の原因とどう問題かということ、概要ではあるが解決案とその理由どれも簡潔で説得力があった。

    0
    投稿日: 2026.01.25
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    【内容】 これまで交流してきた非行少年たちの分析から、認知能力の欠落こそがコミュニケーション能力、学力の不足といった諸問題の根本原因と筆者は指摘する。そのうえで認知能力を鍛える「コグトレ」を提唱する。 https://cogtr-online.jp/service/ 【感想】 ざっと読み。認知能力が諸問題の原因という筆者の提唱する視点は斬新だと思った。IQによる学習能力判定を表層的に使用するのではなく個々の要素に着目し、ある要素の欠落が影響を及ぼすという分析も内容はわかる。 個々の点では興味深い内容があるものの、全般に筆者の想いが先走っているのか、エビデンス不足な点も散見されるように思われた。解決として提示された「コグトレ」も唐突に出てきてその有効性の説明やエビデンスも示されていない。とはいえお茶を濁すような紋切り調の分析ばかりを見てきた筆者としては、何かしらの具体案を示したいという想いがあったのだろう。 本書が発行された頃と比べて、2026年現在はADHD(多動性障害)やASD(自閉症スペクトラム)といった発達障害が思ったよりも多いことは浸透してきているように私は思う。一方で社会の高度化に伴い人あたりの生産性向上が強く求められる中で、現代社会が想定する「普通の知能の人」から少しでもズレた人間の生きづらさは依然として存在し、むしろ増しているように思われる。技術の進歩がこういった不幸の解消でも活用され、様々な人々が自分らしく生きられる世界になることを切に願う。

    1
    投稿日: 2026.01.25
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    刑務所に入ってる非行少年たちの実態として、反省以前の問題、知的な障害をもっていることに衝撃を覚えた。 それゆえに、反省という考えが出てこなかったり、衝動的な行動による先を考えてない犯罪を犯してしまうなど、常識的には考えられないことに驚いた。 子供の知的な障害についても勉強になり、子どもへの支援や、教育現場での今後の支援の仕方、家庭でもできそうなコグトレについて考えさせられることばかりであった。

    0
    投稿日: 2026.01.24
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    非行少年の非行行動は、実は認知機能の低さに起因しているとが多い、という著者の見解なるほどと思いました。ケーキを3等分に切る、というのはあくまでも一例であるが、今般、問題視される軽度知的障害や境界知能を持った人の生きにくさ、それゆえに犯罪に至ってしまう現状がよくわかった。本書の良いところは教育現場で何をすべきかを提案しており、ただの解説本になっていないところだと思った。

    0
    投稿日: 2026.01.18
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    自分は普通に小中高大と勉強をしてきて、勉強が苦と思ったことがないので(むしろ知識や経験が増えることが嬉しい)、著書に出てくるような少年たちの心理がいまいちピンときません。 しかし、自分の感覚ではピンときませんが、このような事実があることを受け入れる必要があると思いました。 犯罪に手を染めてしまう少年たちの思考や行動のパターン、犯罪に至るまでの経緯なども実例を基にわかりやすく伝えてくれています。 自分にできることは、自分の子供たち(4歳、2歳)に、今のうちからたくさんの経験を一緒にすることだと思いました。 評価が低いのは、単純にその子たちの保護者、学校、地域、教育を与えてもらえなかった環境へのバカヤローという気持ちからです。

    0
    投稿日: 2026.01.16
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    このレビューはネタバレを含みます。

    タイトルは、少年院で粗暴な行動が目立つ少年たちに、紙に書いた丸いケーキを3等分、あるいは5等分するように線を引かせるが、等分できない所からつけられている。 漢字が読めない、計算もできない、人の話も完全に理解できない、発達障害や知的障害を抱えた子供が犯罪を犯し少年院に入る率は低くないという。 そのため、低学年のドリルから学習をやり直すという。 そういう子たちには、反省を求める前にケアが必要だと。 ここでふと疑問に思った。 小学生のドリルからやり直して改善するのであれば、そもそも小学校の時にやっているのになぜそれでは効果が出なかったのだろう? どんなにやってもできないというなら納得だが出来るようになるのならいったい何が違うのだろう? 軽度知的障害を含むと人口の14%くらいが障害に該当するらしいが、14%もいたらそれを障害と呼ぶかどうかさえ私は疑問に思う。 知的障害だけでなく、IQが高く勉強ができるにもかかわらず、想像力が弱くそれを行ったらどうなるかの予測をできない子供たちもいるという。 だんだん著者が言いたいことがわからなくなってきた。 子供たちには気づかれない障害があるからそこへのケアが大切だと言っていたのではなかったか? なんだかしっくりこない読後だった。

    1
    投稿日: 2026.01.14
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    題名だけ聞いたことがあり、偶然見かけたので手に取ってみた。ケーキが切れないってそういう意味か。 非行少年の身体と精神の状態について冷静に分析し、変に肩入れすることなく淡々と解決方法を提案する筆者の姿勢が良かった。 非行少年は見る力・聞く力・想像する力が弱いために認知能力が低く、そのせいで集団生活で失敗して自信を無くし社会からドロップアウトするとの説明、正直言って程度の差こそあれ自分にも似た部分があるので他人事とは思えず、少し緊張しながら読んだ。こうして自己分析できている時点で筆者的には非行少年よりも認知能力はあるという事になるのだろうが...(いつまで維持できるのか)。それはそうと、筆者の言う通り認知能力を鍛える教育が小中学に導入されれば、救われる子はたくさんいるんだろう。

    18
    投稿日: 2026.01.14
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    見る力、聞く力、想像する力などの認知が歪んでいるから、どんなにしかったり反省させても理解できないことが根本原因 勉強ができない→いじめられる→イライラする→自分が加害者になる 自己評価がズレている

    0
    投稿日: 2026.01.11
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    後先を考える力の弱さが犯罪に繋がっているのだと知って納得した。今まで未成年者に対して法が甘すぎると思っていたけど、適切な学校教育が受けられなかったことで非行に走ってしまう少年が多いのなら、まず教育制度を改めることが必要なのかなとも思った。

    1
    投稿日: 2026.01.07
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    今までずっと疑問だった、 「なんでどうせ捕まるのにこんなしょうもない犯罪犯すんだろう」 という疑問が解けた。 後先を考える力が弱い人が、安易な非行を行ってしまっているんだということ、それが私にとっての大発見。 目標が立てられないと人は努力しなくなります。 この一文は、自分の身体を貫くような衝撃。まさかこの本から喰らうと思っていなかった一撃。 怒りの背景の一つに、 相手への要求が強い、つまり、相手に期待し過ぎてしまっている(普通の人ならこうしてくれるはず、なのにしてくれなかった)、固定観念が多い(〇〇すべき、〇〇するはず、〇〇しないのはおかしい) 当たり前のことを当たり前と思わないほうがいい、良くも悪くも。

    2
    投稿日: 2026.01.05
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    とても心に残ったのが、『子どもの心に扉があるとすれば、その取手は内側にしかついていない』『発達障害については勉強されているが知的障害については定義すら知らない先生方が多いのが現実』『褒める教育だけでは問題は解決しない』 私は保育士1年目で発達については勉強してきたつもりだが知的はあまり深掘りしていないなと反省した。 なぜそんなことするの?とよくニュースを見て思っていたが、犯罪を犯してしまう子どもたちもなぜ自分が犯罪を起こすのかもわからない、困っている子どもたちがすごく多いのが現実で、その中で知的があるのにも関わらず気付かれないまま大人になり社会に出てしまった人たちも多くそれが犯罪に繋がるのがとてもショックだった。これからの日本で犯罪者を減らすにはまず困っている子どもたちの早期発見、支援が必要だと思う。難しい言葉も何回か出てきたが調べながら読むことで少し知識が増えたように思う。読んで良かった

    11
    投稿日: 2026.01.04
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    ふつうにクラ明日私たちは、日常生活では目を逸らしがちなのだけど、少年犯罪(男女区別なし)の世界でどんなことが起きているのか、すごくリアルに想像できました。 ・非行少年に共通する特徴5+1  認知機能の弱さ:見たり聞いたりで想像ができない  感情統制の弱さ:感情がコントロールできない  融通のきかなさ:何でも思いつきでやってしまう  不適切な自己評価:自信がありすぎたりなさすぎたり  対人スキルの乏しさ:コミュニケーションが苦手  身体的不器用さ:力加減できず身体の使い方が不器用 ・トレーニングや支援を通して、彼らが内側の扉を自らあけること。自分ではっと気づくような機会をつくることがとても大切

    0
    投稿日: 2026.01.01
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    なぜ努力しないのだろう。と他人に思ったことがある。自分が無知だったのだ気付かされた。 この分野の知識がない自分にとってはとてもわかりやすく、読んでいて色々な子ども頭によぎった。 聞く力、見る力が弱い子はとても多い。 自分にできることはなんだろう。 困り感を見逃さない。というのは簡単だけど。

    0
    投稿日: 2025.12.29
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    以前何かの本で、加害者の多くが元々は何らかの被害者で、まずは自身の被害者性を認識できて初めて罪と向き合うことができると読んだ気がします。でもこの本を読み、それ以前に認知能力の問題があることが多いということが分かりました。 境界知能や軽度知的障害の方々から世界がどのように見えているか、また支援の在り方についても学ぶことができました。 感情のペットボトルという、感情を抑圧せずに適切に言語化して誰かと共有する大切さを視覚的に伝える方法が、小さな子どもや知的なハンディキャップがある方にも分かりやすく画期的だと思いました。

    0
    投稿日: 2025.12.28
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    少年院で医師として勤務した著者による、非行少年達の実態とそれに対する解決策を提示した本。 非行少年達は、見る・聞くと言った認知機能が弱い傾向があり、それにより自分の犯した犯罪を反省する土台ができていない。 しかし、認知機能の弱さは気付かれ辛く、社会から「忘れ去られた人」となってしまうことが多い。 彼らの再犯を防ぐためにも、どうやって認知機能を高めれば良いのか。 順序立てて書かれており、非常に読みやすい&わかりやすい。 認知機能の強さは、言うなれば地頭力(機転を利かせる力)とも言えると思った。 親が、学校が、社会が、早期に子供のサインをキャッチし、適切なサポートをすることが、非行を減らし、被害者を減らし、社会を良くする第一歩だと痛感。 子供が出す多くのヘルプサインについても取り上げられており、子育てのヒントにもなる本だと思った。

    0
    投稿日: 2025.12.27
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    子を持つ親として、非常に示唆に富む一冊だった。 「褒める」「話を聞いてあげる」といった関わりは、その場の空気を和らげることはできる。しかしそれだけでは、子どもが抱えている本質的な困難は何も変わらない。問題を先送りしているに過ぎないのだと気づかされる。 大切なのは、できなくて悩んでいることに対して、できるようになるための具体的な支援をすること。環境調整や学び直し、本人に合った方法を一緒に探すこと以外に、根本的な解決はない。 また、本書で印象的だったのは「自尊心」についての考え方だ。 自尊心が低いこと自体は、必ずしも問題ではない。問題なのは、自尊心と実際の能力や状況が大きく乖離していることだという指摘には納得感があった。 大事なのは、低い自尊心を無理に持ち上げることではなく、低い自尊心の自分をそのまま受け入れられる強さなのだと思う。

    1
    投稿日: 2025.12.27
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    非行少年たちには、軽度の知的障害、認知能力の低さが見られ、これによって授業についていけない、同級生の輪に入れない、そして不安や苛立ちが募り、非行に繋がっていく、と。 自分が小中学生の頃には、周囲から浮いた子を指して○イジと呼ぶ文化があった。当時もその発言は教授ら大人に叱られたし、現代ではいよいよ使われないだろう。ただ、当時の使われ方とは違えど、呼ばれていた子たちは、この本でいうところの「救うべきなのに救えていない子たち」なのかもしれない。 自分の息子(5歳)にこどもちゃれんじを受講させているが、これも認知能力を測定して育てるツールの一種なのだとすると、ベネッセさんすごいなぁ。

    0
    投稿日: 2025.12.26
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    非行少年(用語として「少年」は女性も含む)たちは、知的障害には分類されないものの、学習能力・身体制御・社会性などの能力が不足している故に非行行動に至ってしまっている子が多いという説明をしている本 非行少年たちに、ただ「反省」を促しても上手くいない 問題を抱えた非行少年は「見る力、聞く力、想像する力」がとても弱く、自分のやった非行としっかり向き合う事、被害者の事を考えて内省する事、自己分析する力が不足している そういった子は学校生活にも上手く馴染めず、イライラを貯め、その発散のために、または善悪の判断を上手く出来ずに誘われるまま暴力行為や犯罪に至ってしまう そんな、本来は保護しなければいけない子達を、非行行動に至る前に如何に支援するかが非常に重要 という主張 非行少年たちとの面談で判明する事 ・簡単な足し算や引き算ができない ・漢字が読めない ・簡単な図形を写せない ・短い文章すら復唱できない 現在は一般的に、IQが70未満で社会的な生活に障害がある人が知的障害と定義されている この基準は1970年代以降のもので、1950年代の一時期はIQ85未満が知的障害とされていたことがある ただ、この定義では全体の約16%の人が知的障害となり、あまりに人数が多過ぎ、支援現場の実態にそぐわないなどという理由で、基準がIQ70未満に下げられた経緯があるらしい そのため、IQ70以下の2%を除くと、以前は「軽度知的障害」とされていたであろう14%もの人が現代は「知能に問題はない」という前提の存在として扱われている 時代によって知的障害の定義が変わっても、境界知能はである事実が変わるわけではないため、社会生活を送る上で困難を抱えているケースが多いとの事 また、知能指数の測定方法にも問題がある 知能指数を判断する項目は限定的なため、各項目の平均値で算出された知能でその人の特性は現せられない 知能を測定する前段階に必要な能力がない場合がある 鑑別書から送られてくる書類の紋切り型の文言 「自尊感が低い」 非行少年自身も「褒められ」たいと思っている事が多い ただ、「褒める」だけでは問題の根本的な解決にならない 必要なのは、適切な自己評価 そして、適切な自己評価は他者との適切な関係性のなかでのみ育つ 自己評価は高すぎても低すぎても不適切であれば対人関係でトラブルを引き起こす 少年たちの能力が低い根本的な原因を理解できていない 原因がわかっても、どう改善すればいいかわからない 改善のための適した方法論がない 外国の手法をそのまま真似しても、文化的背景が異なるので効果は疑問 著者が発案した「コグトレ」による脳の機能を鍛える必要性 Cognitive Training(認知機能トレーニング)の略 見る力・聞く力・記憶力・注意力・想像力といった、学習や生活の土台となる脳の機能を鍛えるトレーニング ゲーム感覚で行える 1日5分からでも始められる 受刑者が一人生まれると年間400万円の社会コストがかかる もしそんな人が社会的に自立した生活ができるのであれば、逆に納税者として換算できる 経済的にも「困っている子ども」の早期発見と支援が欠かせない 学校教育においても、全ての学習の基礎となる認知機能面のトレーニングが必要 内容は大体知っていたので、然程の驚きはなかった ただ、非行少年達のうち、何割くらいが境界知能なのだろうか? 普通の知能でも家庭環境から非行に至る少年も結構いると思っているのだけど もしかして、境界知能でなければそんな境遇でも非行に至りにくいということなのだろうか? 読んでいて、「みいちゃんと山田さん」を思い出した 最近何かと話題に上がる作品ではあるけど 正にこの状況を描いているのだなぁ…… 適切な支援と言うけれども、まず学校でその対象をスクリーニングするのが難しいと思う 小学校2年生くらいからついていけなくなるという事が書かれてあるものの そのぐらいの年齢なら発達の遅い子も普通にいるだろうし そんな子も一緒くたに特別支援学級に入れるべきとなると、それはそれで問題も多い 親の心情として、正常化バイアスが働いて「うちの子がそんなわけない」と頑なに受け入れないケースも多そう 普通学級でコグトレを取り入れるにしても、1日5分で十分なサポートにはならないだろうし 「できる」子にとってはいくらゲーム形式とは言っても飽きる なので授業はどうしても平均的な子の学習能力に合わせたものになりがち よしんばそんな子たちを選り分けられたとして どうやって適切な教育を行うというのだろう? 今の学校にそんな配慮を行えるような余裕はなさそうに感じる 人口の14%が該当する区分になるのであれば 1学年100人程度の学校だとしたら、1学年で14人、6学年合わせて84人が対象になる 2学年ずつ1クラス作れるくらいになってしまう やはり、保護者としては受け入れにくいでしょうねぇ アメリカとかだとどうやってるんだろ? 向こうは日本よりも知能の分布は広そうだし、知能だけでなくそれまでの教育環境も影響してそうな多様性がありそう まぁ、向こうは飛び級もあるわけで 逆に、できない子の場合は小学生の頃から自主的にもう一年同じ学年に留まる選択ができる州もあるようだ ただ、その子にあった教育プログラムを提供出来てるのか疑問 まぁ、この問題は日本だけでなく先進国で世界共通の課題なのだろうとも思った -------------- 児童精神科医である著者は、多くの非行少年たちと出会う中で、「反省以前の子ども」が沢山いるという事実に気づく。少年院には、認知力が弱く、「ケーキを等分に切る」ことすら出来ない非行少年が大勢いたが、問題の根深さは普通の学校でも同じなのだ。人口の十数%いるとされる「境界知能」の人々に焦点を当て、困っている彼らを学校・社会生活で困らないように導く超実践的なメソッドを公開する。 目次 はじめに 第1章 「反省以前」の子どもたち 「凶暴で手に負えない少年」の真実/世の中のすべてが歪んで見えている?/面接と検査から浮かび上がってきた実態/学校で気づかれない子どもたち/褒める教育だけでは問題は解決しない/一日5分で日本が変わる 第2章 「僕はやさしい人間です」と答える殺人少年 ケーキを切れない非行少年たち/計算ができず、漢字も読めない/計画が立てられない、見通しがもてない/そもそも反省ができず、葛藤すらもてない/自分はやさしいと言う殺人少年/人を殺してみたい気持ちが消えない少年/幼児ばかり狙う性非行少年 第3章 非行少年に共通する特徴 非行少年に共通する特徴5点セット+1【/ 認知機能の弱さ 】見たり聞いたり想像する力が弱い「/不真面目な生徒」「やる気がない生徒」の背景にあるもの/想像力が弱ければ努力できない/悪いことをしても反省できない【/ 感情統制の弱さ 】感情を統制できないと認知機能も働かない/ストレス発散のために性非行/ “怒り"の背景を知らねばならない/ “怒り"は冷静な思考を止める/感情は多くの行動の動機づけである【/ 融通の利かなさ 】頭が硬いとどうなるのか?/BADS(遂行機能障害症候群の行動評価)/学校にも多い「融通の利かない子」/融通の利かなさが被害感につながる【/ 不適切な自己評価 】自分のことを知らないとどうなるのか?/なぜ自己評価が不適切になるのか【?/ 対人スキルの乏しさ 】対人スキルが弱いとどうなるのか?/嫌われないために非行に走る?/性の問題行動につながることも【/ 身体的不器用さ 】身体が不器用だったらどうなるのか?/不器用さは周りにバレる/身体的不器用さの特徴と背景 第4章 気づかれない子どもたち 子どもたちが発しているサイン/サインの「出し始め」は小学2年生から/保護者にも気づかれない/社会でも気づかれない「/クラスの下から5人」の子どもたち/病名のつかない子どもたち/非行化も懸念される子どもたち/気づかれないから警察に逮捕される 第5章 忘れられた人々 どうしてそんなことをするのか理解不能な人々/かつての「軽度知的障害」は人口の14%いた?/大人になると忘れられてしまう厄介な人々/健常人と見分けがつきにくい「/軽度」という誤解/虐待も知的なハンディが原因の場合も/本来は保護しなければならない障害者が犯罪者に/刑務所にかなりの割合でいる忘れられた人々/少年院にもいた「忘れ られた少年たち」/被害者が被害者を生む 第6章 褒める教育だけでは問題は解決しない 褒める教育で本当に改善するのか「?/この子は自尊感情が低い」という紋切り型フレーズ/教科教育以外はないがしろにされている/全ての学習の基礎となる認知機能への支援を/医療・心理分野からは救えないもの/知能検査だけではなぜダメなのか「?/知的には問題ない」が新たな障害を生む/ソーシャルスキルが身につかない訳/司法分野にないもの/欧米の受け売りでは通用しない 第7章 ではどうすれば? 1日5分で日本を変える 非行少年から学ぶ子どもの教育/共通するのは「自己への気づき」と「自己評価の向上」/やる気のない非行少年たちが劇的に変わった瞬間/子どもへの社会面、学習面、身体面の三支援/認知機能に着目した新しい治療教育/学習の土台にある認知機能をターゲットにせよ/新しいブレーキをつける方法/子どもの心を傷つけないトレーニング/朝の会の1日5分でできる/お金をかけないでもできる/脳機能と犯罪との関係/性犯罪者を治すための認知機能トレーニング/被虐待児童の治療にも/犯罪者を納税者に --------------

    7
    投稿日: 2025.12.22
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    このレビューはネタバレを含みます。

    犯罪を犯す少年たちが社会から「忘れられた」少年たちであるという点が印象に残りました。一見普通の子の様に見えていても、実際には歪んで物事が見えてしまっていることによって苦しんでいる…。でも社会からはその苦しみを見つけてもらえず、先のことを考える力がないため、その瞬間の欲望を満たすためだけの気持ちで簡単に犯罪に手を染めてしまう…という負のループに陥ってしまっていることに気づかされました。物事が歪んで見えてしまっている彼らを救うためにはどうすれば良いのかと考えさせられました。

    0
    投稿日: 2025.12.21
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    日経xwomanの「頑張らせたいなら「簡単な問題」「先に答えを見せる」が正解な理由」を読んで、昔流行ったけど読んでなかった!と思って読んでみた。 知的障害というと重度な知的障害を想像してしまうが、軽度の場合は気づかれにくいということに結構衝撃を受けた。そしてもしかして自分の子もコグトレが必要ではないか?と思った。調べてみるといろいろと楽しそうなテキストがでていることがわかったので見てみたい。

    0
    投稿日: 2025.12.21
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    このレビューはネタバレを含みます。

    一時期話題になった本だが、センセーショナルな書きぶりではなく著者の真摯な危機感が伝わってきた。安易な褒める教育ではなく実践的なトレーニングをという主張には共感する。ただ、当時よりはるかにSNSが普及し残念ながら軽度知的障害のある人がさらに搾取されやすい社会になってしまっているのではないか。教育や訓練のスピードが追い付いていないことにもどかしさを感じる。 P6 認知行動療法は「認知機能という能力に問題がないこと」を前提に考えられた手法です。認知機能に問題がある場合、効果ははっきりとは証明されていないのです。 P28 ”苦手なことをそれ以上させない”というのはとても恐ろしいことです。【中略】問題が発生している場合の「褒める教育」は問題の先送りにしかなりません。 P37 先のことを考えて計画を立てる力、つまり実行機能が弱いと、より安易な方法を選択したりするのです。世の中には「どうしてそんな馬鹿なことをしたのか」と思わざるを得ないような事件が多いですが、そこにも”後先を考える力の弱さ”が出ているのです。 P87 身体的不器用さについては、発達性協調運動症といった疾患概念があります。【中略】5~11歳の子供で約6%いるとされています。 P100 クラスで下から5人程度は、困っているにもかかわらず診断がつくことはありません(IQ70~84) P111 軽度の知的障害は、中程度や重度よりも支援をそれほどしなくてもいいというわけではないのです。 P123 ”褒める””話を聞いてあげる”は、その場を繕うにはいいのですが、長い目で見た場合、根本的解決策ではないので逆に子供の問題を先送りにしているだけになってしまいます。 P125 そもそも「自尊感情が低い」ことは問題なのか、ということです。【中略】大人でもなかなか高く保てない自尊感情を、子供にだけ「低いから問題だ」と言っている支援者は、矛盾しているのです。【中略】無理に上げる必要もなく低いままでもいい、ありのままの現実の自分を受け入れていく強さが必要なのです。 P131 今の学校では、こういった学習の土台となる基礎的な認知能力をアセスメントしてそこに弱さがある児童にはトレーニングをさせる、といった系統的な支援がないのです。 P136 社会で必要とされる柔軟性、対人コミュニケーションの能力、臨機応変な対応などはWISC検査では計られないので、IQは高いが融通が利かない、IQは低いが要領がいい、といった子供の問題や特徴は見落とされがちなのです。【中略】検査を受けたばかりに逆に支援が受けられなくなる子供たちをたくさん作ってしまうのです。 P150 自己に注意を向けることで自己洞察や事故内政が生じる背景に、自覚状態理論というものがあります。【中略】自己に注意を向けさせる方法として、他人から見られている、自分の姿を鏡で見る、自分の声を聴く、などがあります。 P153 子供の心に扉があるとすれば、その取っ手は内側にしかついていない。

    0
    投稿日: 2025.12.21
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    反省することもできない知能指数の犯罪者がいると言う事実。筆者は、しっかりと向き合って支援しようとしてて素晴らしいと思う。私は犯罪者を許せないので支援とかにお金もかけたくない必要ないと思ってしまう。

    0
    投稿日: 2025.12.19
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    このレビューはネタバレを含みます。

    世の中の知的障害者の9割?が軽度で、そのほとんどが周りの人には「すごく頭の悪い人」「協調性がない人」と思われる程度で支援を受けられない(本当は支援が必要なのに、本人すら気づいていない)と言う事実に戦慄した。自分が親になったらもう一度読みたい本。

    1
    投稿日: 2025.12.16
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    このレビューはネタバレを含みます。

    学力試験や知能検査だけでは認知機能の弱さは見抜けず、一度「問題ない」と判断されると、本人や親の責任とされてしまう。しかし実際には、認知機能の低さなどを背景に学校からドロップアウトし、非行や犯罪を経て少年院に至るケースも少なくない。さらに、認知行動療法は一定の認知力を前提とするため十分に効果が出にくく、教育・医療・更生の支援がかみ合わないというミスマッチが生じている。 貧困との関連は本書では扱われていないものの、脳機能の弱さが学習や就労を阻害し、それが貧困につながるという負のループも指摘されている。こうした背景を踏まえると、脳の可塑性を生かした支援や訓練の確立を期待したくなる。

    1
    投稿日: 2025.12.06
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    「ケーキの切れない非行少年たち」は、少年院に入っている子どもたちの多くが、認知機能に問題を抱えているという衝撃的な事実を明らかにした本である。著者の宮口幸治氏は、児童精神科医として長年、少年院で子どもたちと向き合ってきた経験から、この事実に気づいたという。 本書で紹介される子どもたちは、ケーキを均等に切ることができなかったり、簡単な計算ができなかったりと、日常生活を送る上で必要な基本的な能力に欠けている。しかし、彼らは決して知的障害者ではない。むしろ、平均以上の知能を持っているケースも少なくない。 では、なぜ彼らはこのような問題を抱えているのだろうか。宮口氏は、その原因を「認知機能の偏り」にあると指摘する。彼らは、特定の能力は高いものの、他の能力が極端に低いというアンバランスな状態にあるため、社会生活を送る上で様々な困難に直面してしまうのだ。 この認知機能の偏りは、幼少期の虐待やネグレクト、発達障害などが原因となることが多い。また、貧困や家庭環境の悪さも、彼らの認知機能の発達に悪影響を与える。 宮口氏は、このような子どもたちを支援するためには、早期からの適切な教育と支援が不可欠だと訴える。彼らの認知機能の偏りを理解し、一人ひとりに合った方法で能力を伸ばしていくことが、彼らが社会の中で自立し、再び犯罪に手を染めることのないようにするために必要なのだ。 本書は、非行少年たちの実態を明らかにし、社会に警鐘を鳴らす一冊である。彼らが抱える問題は、決して他人事ではない。私たち一人ひとりが、彼らの存在を知り、理解を深め、支援していくことが求められている。

    1
    投稿日: 2025.12.05
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    IQが基準値でも、他の箇所に問題があるかもしれない。そういう子たちは気づかれない。「知能は正常」と判断されるので、反社会的な態度を取ると「怠けている」「性格が悪い」と言われてしまう。そういう子たちにはただ厳しくするのではなく適切な方法で寄り添うのが大切だ。 自分の子供や周りの人がそうだった時、この本はきっと役に立つと思う。

    0
    投稿日: 2025.12.02
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    非行少年は認知機能に問題があり、そこへのアプローチが必要だという趣旨の内容。とても読みやすい本。 一つ反論したい点は、学校教育現場は、認知機能に問題がある生徒を気づいていないという点だ。正直教員は認知機能に問題がある生徒だと気づいている。しかしそこへアプローチする手段や時間もない。保護者の方も自分の子供を障害者扱いするなと言い、対応が難しいのが現状なのではないかと感じた。 一方認知機能トレーニングの向上をもっと教育現場でできたらなとか、トレーニング方法をもっと沢山知りたいなと感じさせられる本だった。

    0
    投稿日: 2025.12.02
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    大学生時代からの積読のひとつ、やっと消化できたぞ〜 小2から違和感として出てくるけど、その事情ひとつひとつが些細な違和感として処理され、いつの間にか犯罪者になっていく、ケアの必要性を気づくのは学校や家族に委ねられているけど、それがそれとして機能していないのだから(するわけが無い要素もでかいと思う)、なんだかな〜という気持ち、 また、他人からの視線(鏡)の有意義性、他人の視線をきっかけに自身を見直すことができるようになる、興味深いな、と、

    1
    投稿日: 2025.11.28
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    やはり学校教育の場も、1教育課程だけのなんたるだけでなく、もっと各所随所専門家たちで、常にupdate取り入れ目指さなきゃ、…っていうのが、この日本の未来にとってすごく大切なことな気がする。

    0
    投稿日: 2025.11.27
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    結局、子供勉強できるかできないかで幸福度が大きく変わる。グレる子供のほとんどが勉強できない。勉強できないと、学校行ったって楽しくないもんね。 でもそれが知的な障害ならば周りの大人が早い段階で気が付いてあげて、適切な施設で成長させてあげて欲しい。 それしか言えない。

    0
    投稿日: 2025.11.25
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    認知の歪み、境界知能の関係があると。 本書の中にあるケーキの切り方なんて顕著に現れているよね。 恐らく本人も何かしらの違和感なりを感じているはず。 今でこそ発達障害など世間の認知も広がってきたけど。 やっぱり周囲の環境は大事よね、と。気付いてもらえたり、適切な対処が受けれたりしないと、ね。

    0
    投稿日: 2025.11.24
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    マンガは読んだことがあったが、書籍は初動。 ケーキ3等分の話を最初に聞いたときは、とても驚いたのを覚えている。 認知機能を向上させる具体的なトレーニングのやり方や、褒める・話を聞く対応では不十分であることへの言及等、改めてなるほどと思う内容も多かった

    0
    投稿日: 2025.11.23
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    これはもっと早いうちから読んでおけばよかった。ケーキが切れない非行少年のインパクトが強くてネタとして使われがちだが、実際に読んでみるとネタになんて出来なくなりますね。実際にそうして出来ないことを馬鹿にされていじめられ、学校などで生きづらくなり非行に走るようになってしまった子供たちもいるわけで。単に問題提起するだけではなく、具体的なトレーニングなどの根本的かつ具体的な解決方法も提示されているのが良かったです。

    0
    投稿日: 2025.11.23
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    非行少年の中には境界知能の子であったり、認知機能に問題がある(福祉が介入すべき障害がある)、ということがテーマの本だったんだけど、少年犯罪という社会問題に限らず参考になるので色んな人が読めばいいと思った。 例えば(私自身もそうなんだけど)子育て中の人、 仕事で部下を育てたりマネジメントしている人も参考になると思う。 なぜこの人(子)は大多数の人たちができることもできないのか? なぜこの人(子)はこんな行動をするのか? 本人のやる気や親/上司の関わり方ではなく、本人のやる気の問題でもなく、認知機能に問題があるのかも?と思ったら対応方法は変わってくる。 コグトレは非行少年のトレーニング用のプログラムだけど子育てにも応用できそうだなと思う。 特に感情のペットボトルのトレーニングなんて、自分の子にやってあげたいなーと思った。 社会的なことをいうなら、著者が言っていたように義務教育の中で認知機能の確認や必要なトレーニング、福祉介入の機会が必要な子たちへのサポートをぜひ組み入れてほしいなあ。

    0
    投稿日: 2025.11.22
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    このレビューはネタバレを含みます。

    犯罪者はなぜ捕まるというリスクを負ってまで罪を犯すのか。今まで、到底理解できなかったが、その実情の一端を知ることができた。

    0
    投稿日: 2025.11.18
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    認知が歪んでいる少年たち。子供と関わるときの参考にしたい。 これを踏まえて他の文献を読んだりするのに最適な一冊だと思った。 コグトレについての本も手に取ってみたい。

    0
    投稿日: 2025.11.17
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    簡単な計算ができない、読解能力がない、計画性がない。少年犯罪者の中には、こうした脳の認知機能に欠落のある子どもが多いということは理解できた。認知機能トレーニングにより脳機能の障害を克服するという活動は素晴らしい。ただ、それを普通の学校へ求めるのはあまりにも負担が大きいのではないかと思う。 なぜやったのか?どうすれば防げるのか?という著者の問いかけに対して、まず最初に浮かぶのは家庭環境の見直しと改善。変わろうと思った少年たちの実際の声を見ると、家族からの承認や愛情に飢えていることがわかる。「先生は僕のことを真剣に考えてくれる」「先生から信頼されていると気がついた」「先生を裏切りたくない」等。 著者曰く、少年院の子どもたちは、「頼りにされたい」「認められたい」という気持ちを強くもっているとのこと。そして子どもが殺人を犯しても、その問題を理解・受容しない親の存在を、著者は目撃している。これが元凶であり、答えなのではないかと思う。 いくら学校で認知機能トレーニングを行なったところで、家庭環境が乱れていれば元も子もない。しかし、成人した人間を矯正することは現実的に難しい。それを踏まえると、まだ幼い少年をトレーニングしたほうが、将来的に改善できる可能性は多少高いのかもしれない。非常に繊細で難しい問題である。 また、家庭と学校の外部に「第三の世界」を持つかどうかは、少年が自尊心を形成できるかどうかを大きく左右する。それは信頼できる他者・自分より弱い生き物・習い事・コミュニティなど、愛情と承認を得られる場所であれば成立する。例えば少年犯罪者たちにとっては、その場所が少年院であり、信頼できる大人が著者の存在だったように。 結局、問題は家庭内だけに閉じておらず、環境の多層化に成功できるかどうかが、少年を非行から遠ざける鍵になっていると私は思う。

    6
    投稿日: 2025.11.17
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    いつ頃からか、Xの煽りで「ケーキ切れなさそう」といった文言をよく見るようになり、何となく本書のタイトルは知っていたものの読んだことはなかったので、気になり読んでみた。 少年犯罪者たちの実態、発達障害や知的障害について、現在の教育上の問題点、じゃー結局なにが有効なのか?という点(コグトレ)について、へぇ〜と思うことが多く、勉強になった。 一番は、こういった少年犯罪者たちに真摯に向き合い、解決の方法を探り研究を続ける筆者に頭が下がらない、という点を強く感じた。特に非行少年を納税者に変えて日本の国力を底上げするという想いには感服した。犯罪のニュースを見ると、軽率に「一生刑務所から出てくんな!」と思いがちだったので、その視点がいかに浅はかだったかを感じて反省した。 筆者はきっと、Xでの煽り文句に本書のタイトルが使われるような状況を、嘆いているだろうと思った。

    0
    投稿日: 2025.11.15
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    さまざまな犯罪を犯すような少年たちはただの非行少年ではなくなんらかの障害をもち適切な教育や福祉を受けれていないんだなと。発達障害や知的障害はわかりやすければすぐに発見されるがいわゆる境界性の人たちは健常者として扱われ苦しい生活を送りそれが非行へとつながっているらしい。 適切な教育を与えれば犯罪は減らせるんだろうけど教師たちの負担が大変そう。本編で非行少年たちの特徴が挙げられていてなんか自分に当てはまるやんとか思ったけど程度が全然違うんだろな。見たり、聞いたり、想像したり、記憶したりと認知機能の低下が重要らしい。

    0
    投稿日: 2025.11.15
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    何年か前にとても話題になった本ですね。タイトルの付け方が秀逸で感心した覚えがあります。こないだいつも行く図書館の返却棚に入っていたのでついでに借りてみました。 タイトルにもなってる少年たちは第一章に出てきます。 現実が正しく認知できない。見たもの、聞いたものが理解できずアウトプットもできない。時間の概念もないので我慢ができない。 今までそういったものを学習する機会を奪われた、もしくは習得できなかった、本来なら保護されるべき少年たちが加害者となり少年院に入ってしまう現実を教えてくれます。 少年たちのズレは確かに衝撃だし、これでは説教したところでわかるわけがないと思います。 鈴木大介さんの『貧困と脳』とアプローチは違うけど同じ方向性だなと思いました。 世間が持つ偏見や制度の未整備などを訴えつつ、地道に取り組んでいる中で書かれた本で、説得力があると感じました。

    17
    投稿日: 2025.11.14
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    最初にこのタイトルを見た時は教育をちゃんと受けられなかった児童の話だと想像したけど結構違った 教育ももちろんそうだけど障害を持った子について詳しく述べられていた 褒める教育は一見良いように聞こえるけれど問題を先延ばしにしてるだけってその考え方は初めてだった 最もだと感じた 思ってたよりも専門用語やIQなどについてのアルファベットが多くて理解するのが難しい部分もあった

    0
    投稿日: 2025.11.07
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    イジメや虐待で被害者だった少年達が加害者になってしまっている現状、また支援がされていれば加害者ならずに生活できていたかもしれない少年達。 会社にいる境界知能だと思われる人達も同じミスを繰り返したり、質問に対する返答がズレていたりする。 彼らの子供の話を聞くと、遺伝してるなと感じる事が多い。 知能の高い低い関係無く、子供の教育の一環にコグトレの様な内容を入れても良いのでは無いかと思いました。 家庭学習としても楽しめそうな気がしました。 そもそもイジメや虐待は、しなくて良い経験だと思うので早く無くなって欲しいかぎりです。

    0
    投稿日: 2025.10.23
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    ケーキの切れない非行少年たち 2025.10.22 大学で現代社会と人権の講義をうけ、この本の存在を思い出した。 講義内でも『3等分せよ』と先生が投げかけて、結構色々な答えがあった。ある程度同じぐらいの学力を持つ集団内でさえそれはないだろ〜と思ってしまうようなものもあって、本当に人それぞれ世界の見方は違うと実感。この話は非行少年に限らず、誰にでも当てはまるものだ。またバックグラウンドがどの程度私たちの価値観に影響を与えるのか気になる。 ひとはだれでも置かれた環境では頑張っているという話があるが、頑張る方向が正しく認められないだけで非行少年も頑張っているのだろう。 偏見や価値観とどのように向き合っていくべきなのかなにが正しくてなにが違うのか、それを誰が決めるのかよくわからなくなってしまった。

    2
    投稿日: 2025.10.22
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    小耳に挟んで読んでみた。そもそも論見えている世界が違う可能性を聞いた時は度肝を抜かれた。自分にとって当たり前に見えていた世界や価値観が彼らにとっては当たり前じゃないのかもしれない。特に認知的段階での違いとなると外部からのアプローチや気付きがしにくかったり遅れたりすることもあるだろうし、教育現場での把握や対応にも限界はあるだろう。だからこそ、そのバランスや線引きが非常に難しく感じた。何がいいのか正直答えは出ないが、少し考えの幅が広がったと思う。

    0
    投稿日: 2025.10.21
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    図形が正しく模写できないことが衝撃だった 今目の前に広がっている光景が歪んで見えてるのか 自分が見えている世界とは違うかもしれないとは 共感できるはずもないと思った またそうしたことが気づかれずに大人に、親になって虐待を行うということも、恐ろしいと同時にああそうかとも思った 普通だと思っている忘れられた人が気づけないことはもちろんだが、おそらく普通の大多数が気づいてあげられないことが恐ろしいと思った 自分の中のかもしれないがひとつ増えたので読んだ価値があったと思う

    0
    投稿日: 2025.10.21
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    話題なったのは少し前だけど読んでおいてよかった。 自分が属している社会にはいない人が存在するということ。それを認めるとか認めないとかの以前に、存在するという事実を知るかどうかで、さまざまな社会ニュースの見方が変わると思った。

    0
    投稿日: 2025.10.18
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    そうなのか!と気づきのある内容でした。 自身には思春期の女の子がいて、犯罪からどう守るかを考えることが多いですが、加害者になってしまう可能性のある人のことも知れました。 かと言って、仮の話として、もし、私たちの娘が被害者になることがあれば、どんな理由があっても加害者を許すことはないでしょう。 そのような負の連鎖が起こらないように、多くの日本人、特に子どもの関わる人、教育のやり方を考える人には読んでもらいたい本だと思いました。

    0
    投稿日: 2025.10.16
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    タイトルからもっとアグレッシブな内容を想像していたが、実際には「境界知能」とされる人たちへの支援のあり方を問いかける一冊だった。 著者は、当事者やその家族が直面する困難、社会制度の隙間、そして支援が必要なのに届かない現状などを、丁寧に掘り下げている。 昨今話題のみいちゃんと山田さんが扱っているテーマとも近く、読んでいて胸が締めつけられる思いもあったが、それでもこうした現実を知ることは私たち全員に必要だと感じた。 弱い立場の人々が置かれている状況や支援の不十分さに光を当て、社会全体で考えるきっかけを与えてくれる本だと思う。

    6
    投稿日: 2025.10.04
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    児童精神科医としての病院勤務を経て、少年院で法務技官となり、現在大学の先生となった筆者の仕事ぶりがわかる書籍。医師であり法務技官であったからこそ出てきた結論が書かれている。 少年院に送られてきた子どもたちにはどんな特性があるのか、そこに焦点を当てて対応策を考えないと、出所後も彼らの人生における困難は変わらない。対人スキルの問題も理解力の問題も、知的境界領域にある子どもたちゆえの特性とわかれば対応の仕方も変わってくるのだろうが、彼らの場合は、彼らの特性に気づける大人がいなかったから少年院に来るようなことになってしまったと筆者は言う。 主張は明確で繰り返されているので読みやすいが、終始同じ主張が繰り返されている感もある。

    6
    投稿日: 2025.09.23
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    いつもとはまた違ったタイプの本にチャレンジしました。何回も読んで反芻することをしてみたいと思う本でした。

    2
    投稿日: 2025.09.21
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    非行少年は元より脳に障害がある点にフォーカスしてた。例示読んでくると自分に当てはまってる気がした。非行止まらん。

    2
    投稿日: 2025.09.19
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    レビューを書き損ねていたので、今覚えてることのみメモ。 適切な支援を受けられずに困っている子どもたちは本当に山ほどいると思う。その親も然り。その先生も然り。国はもっと教育に予算をかけて、一人一人の子どもに合ったプログラムを提供すべき。現場の教師の裁量に頼るのはいい加減にやめてほしい。全国一斉学力テストをやめたら毎年約35億捻出できる。一人一人が輝く、とまではいかなくても、普通に暮らしていけるように、義務教育のあり方をみんなで見直していけたらと切に思う。そのために尽力されている作者に尊敬の意味を込めて星5です。

    8
    投稿日: 2025.09.17
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    タイトルがなかなかに衝撃的でちょっと話題になった書籍、読了 (今日テレビで語彙を増やす話をちょっと見たので、そういう感じにメモを残すことにする) 思っていたよりも、いわゆるボーダーの割合が多いことに驚いた。 そして著者の経歴にも驚いた。 京大の工学部出て、神戸大の医学部を卒業とか、わけわからん。 いろんな人がいるもんです。 自分が想像できる範囲は、自分の想定内だけということを思い知った感じ。 犯罪を犯して、現に被害者がいるという状況においても、自分は優しい人間であると言えてしまう、なんというか、、自分の常識を超えてくる チョットナニイッテイルカワカラナイ 同じ言葉を使っているのに、どんなに言葉を尽くしても絶望的に分かり合えない感じに似てる 恐ろしいとすら思う。 読み進めるにつれ、痛い、しんどいと感じた。 認知機能に問題のある少年に絵を写させるテストで、あぁ、多分全然違うものが見えてるんだろうな、ということだけはわかった ちょっと違う、と気づかれていても、適切な対応をしてもらえないことで、虐待やいじめの被害者となり、犯罪を犯して、被害者をつくってしまう。 そんな負の連鎖のようなことが起こっているかもしれないことをとても悲しく思う。 以前見た、映画プリズンサークルで行われている、対話による更生プログラムも共感から想像を促し、犯罪によってもたらしたものを理解してもらう、みたいなことをやっていたけれど、そもそもの認知機能に問題があったとするなら、それすらわからないのではないだろうか。 友人にこの本の話を向けたら、こうゆう人いっぱいいるよ、と返ってきた。 犯罪は犯していないけれど、ちょっと困る人は確かに存在する。 こちらが困る人はきっと、困っている人(自覚があるかどうかは別として)でもあるんだろうな。 そういう気づきを得た。

    1
    投稿日: 2025.09.13
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    若年からの知的障害がもたらす障害と非行の関係、認知機能の欠如が子供の成長に大きな災禍の元となる。 表題にある「粗暴な少年がケーキを等分に切れない」という意味の深さと、周囲に理解されずに育った故に社会との接点を無くしていく。 一括りに非行少年=悪と言えない葛藤やもどかしさがあった。

    0
    投稿日: 2025.09.11
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    世界が歪んで見える。犯罪という認識が弱い非行少年たちの生きずらさは読んで共感した。実際僕もIQ73の境界知能と診断されました。学生時代は勉強もスポーツも一切できないのび太くんみたいな生徒でした。授業は上の空言語理解が低いから答えの際先生に当てられるのが怖くてビクビクしてた。結局当てられた際は何も回答できずずっと突っ立ったままで叱責されるのが日常茶飯事でした。小学生までは右と左を瞬時に判断できず体育や集会の際回れ右と指図された際自分だけ一歩遅れて回ったりとか頭の回転が鈍い子供でした。スポーツも本書にかかれてたキャッチボールができないまさに僕のことみたい球技なんか全般壊滅です。

    0
    投稿日: 2025.09.11
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    新たな視点だった。行われている矯正プログラムが、何の為にしているか分からない少年たちもいると初めて知った。私たちは改めて日々、実はすごい頭を使って生きているんだなと実感する。当たり前のように出来るから、それが出来ないということが全く頭を過ぎらない。だからこそ余計に気づきにくいのだろう。 朝の会でコグトレを取り入れるのはとてもいいと思う。

    0
    投稿日: 2025.09.06
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    この本は2019年に発行されたとあるので、もう6年も前なのかと驚いた。 書かれていることは結構な衝撃で、その対策も本当に急務なのだなあと実感した。必ずしも犯罪者が全て知的障害者な訳じゃないが、この著者が提唱されているようなことで再犯を防ぐことは可能なはずで、まずはそこを国を挙げてやって行く必要があるのだろう。 しかしその方法を持ってしても、犯罪者となっていない予備軍という人たちはなかなか治せないわけで、いかに犯罪者となってしまう前に見つけるのか、気が遠くなるような思いがした。 それはそうと、案外、自分も何らかの障害は実は持っているのかもしれない…

    0
    投稿日: 2025.09.04
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    ★★★★☆星4 知らない世界がありました。発達障害、知的障害、何らかの生きづらさを抱える少年たち。はるか昔自給自足の生活であれば今ほど生きづらいことも少なかったのかなと思います。全体の14%という数字の高さにも驚きました。社会が高度化すれば便利になり、生活の質を上げようと頑張っているのに、苦しむ人たちが増えて、落ちこぼれ、犯罪にそまっていく社会。

    0
    投稿日: 2025.08.29
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    法を犯すのにも理由がある。 その認知の仕方を明らかにして、治療(教育)していくことが大事。 それがたとえ学校でも。

    1
    投稿日: 2025.08.28
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    このレビューはネタバレを含みます。

    自分自身も発達障害でこの本読んで共感できることだらけだった。 日本の刑罰制度についてもっと熟慮すべきだと感じたし、犯罪心理学や犯罪抑止の徹底化(被害者を出さないよりも加害者を作らない教育)が必要だと強く考えさせられた。 また、認知機能の強化により、歪みをある程度矯正できることもわかったので、主治医と相談してなんかかしらのモノを試せたらやってみようと思う

    0
    投稿日: 2025.08.20
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    目から鱗の内容でした。勉強以前の段階、全ての土台となる認知機能が低いことによって勉強ができないだけでなく適切な治療を受けられない・周りから理解されないと言う点は深く心に残っています。コグトレを通じ、犯罪者を納税者にという締め方も驚きです。

    0
    投稿日: 2025.08.14
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    衝撃的な内容でした。まだ若い少年が 犯罪を犯したニュースを観るたび、 昔に比べてキレやすい子が増えたなぁ、 家庭環境が悪かったのかなぁなんて 漠然と思っていたけど、既にこの状態が 社会問題だっていうことに気づかされました。 この子達は、反省以前の問題で、 認知機能が弱いことにより、そもそも 何が悪かったのかすら理解できていない とのこと。 勉強不得意で対人関係も苦手とする 彼らにとっては、とても生きづらい 世の中だったのだろうと想像がつきます。 さらに過去に親からの虐待を受けていたり、 クラスメイトからいじめを受けていたり、 それが非行の根源となることも多いらしく、 読み進めれば進めるほど、同情の感情が 出てきました。 著者のいう本書の目的は、以下の5点。 ①非行を防ぐためにはどうしたらよいかを 考えること ②非行少年やそのリスクをもつ少年に対する 効果的な教育法を考えること ③加害少年への怒りを彼らへの同情に変えること ④非行少年によるさらなる被害者を減らすこと ⑤犯罪者を納税者に変え、社会を豊かにすること。 私のように、この本のタイトルに 引き寄せられ、読んでみようとする人達が 増えたらいいなと思いました。

    7
    投稿日: 2025.08.12
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    このレビューはネタバレを含みます。

    自尊感情は低くてもいい 等身大の自尊感情を持つのが良い 形の恒常性 認知行動療法は認知行動に問題がないことを前提としている 自覚状態理論 自己への気づきと自己評価の向上

    0
    投稿日: 2025.08.11
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    2025.8 1冊目 学習障害等で特別支援学級に入る子が昔と比べて増えたことに対して、気にしすぎな人が増えたなぁ…昔だったら今入るような子も同じクラスで生活してたのに。と思っていたけど、子供のことを考えるともっと気にして考えなきゃいけないんだと考え方が変わった。 国語や数学のような教科も大事だけど道徳って本当に必要な授業だったんだなと、この本を読んで気付かされた。もっと真面目に受けておけばよかったなぁ…。

    2
    投稿日: 2025.08.10
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    このレビューはネタバレを含みます。

    第6章 褒める教育だけでは問題は解決しない p.123  支援案で定番なのが「子どものいいところを見つけてあげて褒める」です。 …やはり事例に挙がってくる子どもは勉強が苦手、  運動も苦手、対人関係も苦手で、褒められると  ころはそうそう簡単には見つかりません。  そこで、少しでもいい所を見つけてあげようと  通常なら社会で褒められるほどのことでもない  ようなことでも褒めてしまいます。 …褒める。話を聞いてあげる。は、その場を繕うの  にはいいですが、長い目で見た場合、根本的  解決策ではないので逆に子どもの問題を先送り  にしているだけになってしまいます。 …小学校では、褒めることや話を聞いてあげること  で、何とか乗り切れたかもしれません。しかし、  中学校でうまくいかない、高校でもうまくいか  ない、社会ではさらにうまくいかないとなった  ときに、「誰も褒めてくれない」「誰も話を  聞いてくれない」と言ったところで、何の問題  解決にもなりません。   p.125  自尊感情が低くても社会人として何とか生活  できているのです。逆に、自尊感情が高すぎる  と自己愛が強く、自己中のように見えてしまう  かもしれません。大人でもなかなか高く保てな  い自尊感情を、子どもにだけが「低いから  問題だ」と言っている支援者は、矛盾している  のです。問題なのは自尊感情が低いことではな  く、自尊感情が実情と乖離(かいり)しているこ  とにあります。何もできないのにえらく自信を  もっている。逆に何でもできるのに全然自信が  もてない。要は、等身大の自分をわかっていな  いことから問題が生じるのです。 …無理にあげる必要もなく、低いままでもいい、  ありのままの現実の自分を受け入れていく強さ  が必要なのです。 p.140  ソーシャルスキルトレーニングは認知行動療法  に基づいていますので「対象者の認知機能に  大きな問題がないこと」が前提になっています。  認知行動療法は、考え方を変えることによって  不適切な行動を適切な行動に変えていく方法  ですが、考え方を変える以上、ある程度の聞く  力、言語を理解する力、みる力、想像する力、  判断する力が必要なのです。 …対象者の能力を考慮せずに、ソーシャルスキルを  あげるにはとにかくSSTを、といった形式的な  対応がなされていることもあるのです。 P150  自己への気づきと自己評価の向上  人が不適切なところを何とか直したいと考える  ときは、「適切な自己評価」が、スタートと  なります。自己洞察、自己内省が行えるのです  そして、理想と現実の中で揺れ動きながらも、  自分の中に「正しい規範」を作り、それを参照   しながら、今度から頑張ろうと努力し、理想の  自分に近づいていくのです。  そのためにはやはり、自己を適切に評価できる  力、つまり、自分はどんな人間なのかを理解  できることが大前提なのです。  事故に注意を向けることで自己洞察や自己内省  が生じる背景に、自覚状態理論というものが  あります。自己に注意が向くと、自分にとって  とても気になっている事柄に強く関心が向く  ようになります。その際、自己規範に照らし  合わせ、その事柄が自己規範にそぐわないと、  不快感が生じます。この不快な感情を減らした  いという思いが、行動変容するための動機づけ  になる、というものです。 P145  自分が変わるための動機づけには、自分に注意  を向け、見つめ直すことが必要です。  これまで社会で失敗し続けて自信をなくして  きた彼らが、集団生活の様々な人との関係性の  中で、自己への気づきがあること。そして様々  な体験や教育を受ける中で、自己評価が向上  すること。の2つなのです。

    0
    投稿日: 2025.08.09
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    どうして、後先考えない、場当たり的な事件を起こす人達がいるのか不思議だったけれど、この本を読んで理解出来た。このような脳の仕組みの人がいる事に衝撃を受け、まだまだ分からない部分が多いとしても、著者が解明した事の大きさは計り知れないと思った。

    0
    投稿日: 2025.08.07
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    第1章p.20、非行少年によるRey複雑図形の模写の再現図を見た時の衝撃は忘れられません。これを見て一気に引き込まれました。 認知の歪みがこれほどまでとは…と、非常にショックを受ける内容でした。わたしたちが出来るサポートは一体どういうものなのか、非常に考えさせられる一冊でした。

    0
    投稿日: 2025.08.05
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    非行少年が犯罪に至る根本的な原因、また彼らに対する教育のあり方を解説されていて、非行少年への理解が深まった。

    0
    投稿日: 2025.08.02
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    このレビューはネタバレを含みます。

    人は更生できる、だから犯罪を犯した場合はとことん反省し、毎日被害者のことを考えながら生活し、2度と同じ過ちを繰り返してほしくない、だから死刑なんて意味もないと考えていた。ずっと読みたいと思っていた本。 恥ずかしながらこんな実態であることを知らなかった。むしろ犯罪を犯す人は貧しさや家庭環境などの負の連鎖で自暴自棄になって起こすものだと思っていたし、自分の子供を含め発達障害の人との関わりがなかったためどんな人なのかも知識がなかった。 これまでに事件のノンフィクションを読むことも多かったが(本棚に登録してないけど)、事件を犯した経緯が理解できないものもあり、おそらく配慮上、発達障害の特質が描かれてなかったのかなと思う。 序盤は簡単な図が描き写せないという実際の絵が掲載されており、衝撃を受けた。これでは自分が何をしたのか、相手がどれだけの被害を受けて傷ついているのか、周りからの注意なども理解できない、同じことを繰り返すことの理由がわかった。 後半には凶悪事件の犯罪者の診断結果が少しだけ載っており、本人がというよりも脳の機能の問題が本人を操っているような気がして恐ろしく感じた。 それでは具体的にどうしていけばいいのか、国は早急に考えるべき。無意味に少年院や刑務所に入れてもなんの解決にもならないことを。 発達障害のテストがどういうものか、具体的に掲載してほしかった。

    0
    投稿日: 2025.07.20
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    非行少年の中には、反省する以前の、自分のやった非行に向き合い被害者のことも内省すること”自己洞察”ができない子が多い、まずこの部分に衝撃を受けました。 発達障害、知的障害、そして認知機能障害、様々な障害を複数またがった状態で持つネットワーク障害による非行や犯罪というものに対して、既存の教育や司法の取り組みだけではなく認知機能トレーニング、コグトレの可能性にも宮口さんは言及されています。 非行や犯罪の背景には、生活や家族的背景、トラウマや虐待の可能性すら見えてくる… 先に読んだ凸凹のためのおとなのこころがまえ。ここに出てくる人たちは、周りの大人が当該の患児に対して何らかの障害を感じて、医療的介入のために医師のもとを訪れたり、学校の先生などに教育的援助を求めたりしているが、ここに出てくる非行少年たちはそこからあぶれた存在、忘れられた存在として語られており、そこにすら経済的というか、なんらかの格差を感じた。 IQが高くても低くても、何らかの障害を持ち犯罪や非行に至るところの理解は、様々な障害が関係しているのだと少しばかり理解できた気がする。そして脳機能の話が特に興味深かった。ちょうど認知症の始まりに前頭葉の衰えの話がある。怒りっぽくなる、いわゆる易怒性の話。前頭葉の神経障害や脳腫瘍の話と犯罪を絡めて語っているところが印象に残った。

    14
    投稿日: 2025.07.18
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    「少年院にいる子どもたちはケーキを等分に切れないくらい認知機能が低い」から始まり、少年院の子たちの実態を描きつつ、更生や犯罪予防に必要なことを論じていく本 周りから気づかれないくらいに視力や聴力が低かったり上手く体を使えなかったりして、そのせいで勉強や運動が苦手になり、そのせいでいじめをうけて、学校からドロップアウトして非行に走った人が多いというのがなんか納得がいった

    10
    投稿日: 2025.07.11
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    犯罪を犯す人たちの気持ちや考えがずっと理解できなかったが、そもそも認知能力が低く、自身の行為さえよく分かっていない人がいるということが衝撃だった。自己評価の低さから非行に繋がる流れも腑に落ちた。そして、IQ検査では取りこぼしてしまう、本当は支援が必要なのに支援に繋がれない子どもが1クラスあたり約5人もいるとは…教育現場でそういう子が取りこぼされない仕組みができるといいな、何か私も支援できたらいいなと思った。

    0
    投稿日: 2025.07.08
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    犯罪を犯して少年院に入っている子どもには、「反省以前の子ども」が沢山いるようだ。 ここにいる多くの子どもたちは、何かしらの知的障害や身体的障害を抱えている場合が多い。 非行少年たちと関わる機会は少ないだろう我々は彼らの矯正治療は直接することはできない。しかし、認知機能が低いといったハンディキャップを抱えている子どもが出しているサインにいち早く気づくことはできるかもしれない。彼らは小学生低学年頃から何かしらのサインを出しているようなので、犯罪者を出さないためにも、多くの人がこの本を読んで現場を知ることを願う。

    0
    投稿日: 2025.07.06
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    一時期話題になった新書を読んでいなかったので、試しに。子ども達と密に関わる人は読んでおくべきだろう。

    0
    投稿日: 2025.07.02
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    このレビューはネタバレを含みます。

    非行少年の特性について、その少年たちの特性と自身の体験談を交えてまとめた本ではあったが、同じような内容の連続や、結局的にどうすればいいのかという部分も大きな示唆をもらえたわけでもなく、事実としての情報や知識を得られたというレベルになってしまった。 印象的だったのは、問題行動を起こす場合のほとんどは、その認知能力にあること、計画性 【こういうことをすると、後でこうなる といった先読みを行う力など】が弱いことで、人から見ると理解しがたい行動を引き起こすことがあるということ まずは周囲がその人間の持つ能力を理解し、本人もまた自分を等身大で理解する力をもち、そのうえで他者から認められたい、他者と理解しあいたいという思いを共感できるようにすることが大切

    0
    投稿日: 2025.06.29
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    この本は娘の読書感想文の題材として買ったものだが、彼女が読まなかったので代わりに読書感想文を書いてみる。 前に読んだ最貧困女子に対して、精神科の先生の視点で解像度を高めることができた。 本書はあくまでも医師による解説書ではあるが、非常に興味深い内容だった。 なにやら映画化?されるようだが、おそらく全く別物だろう。 まず、人の「認知」についての説明があり、パーソナリティー障害などの開設でよく語られる、「認知のゆがみ」が犯罪行為の根底にあるそうだ。ややアンタッチャブルな問題ではあるが、受刑者の半数は知的障害を抱えているそう。 本来、こういったハンディキャップを持った人は保護対象である。しかしながら家庭環境に機能不全がある場合、その補足は学校にゆだねられる。(少年院の子供の半数は被虐待児だ)しかし、現在発達障害は周知されているが、学習障害、境界性知能の人は、「不真面目」「やる気がない」といわゆる不良少年としてくくられてしまうことが多いそうだ。 社会というのは知らずのうちに階層分けされているもので、社会に出ると基本的にある程度の選別を受けて仕事に就く。学歴や入社試験によって。 しかし、義務教育では私立校を除き小中学校はほぼすべての子供が一堂に会する。 境界性知能以下のIQの人はなんと16%もおり、これを40人クラスとすると6~7人の子供がその疑いを持つ。 すぐカッとなる。授業に集中できない。いじめられてしまう。 彼らは自分に起こる感情を理解する術を自分で学ぶことができていないのだ。 先生の声が聞き取り切れず、黒板を写すことが人より難しいのだ。 すると「俺は勉強ができないから嫌いだ」となり、最悪アウトローに走るわけだ。 仕事もうまくできないのであれば、ほかの、もっと短絡的な方法をとるしかない。 人から嫌われ、いじめられ、異性にも相手にされず、子供に感情を向けてしまう。 本書の先生によれば、認知のトレーニングを行えば、彼らも通常の人同様に改善できるそうだ。福祉や教育で救うことができれば、普通に生活できるのだ。 彼らの犯罪行為は当然許されることではないが、彼らは社会から切り離されるべきなのだろうか? 自己責任と言い切れるのだろうか。 「子供の心に扉があるとすれば、その取っ手は内側にしかない」 彼ら、少年院の子供たちは、人に認められたい。必要とされたい。というのが本音なのだそうだ。 私自身の考えとしては、社会はある程度、強者が弱者を助ける力学が必要ではないかと思う。 そうでなければ、生まれながらにして不幸や歪んだ世界を持つ人間はその中でもがき苦しみ、人からも社会からも捨て置かれることになってしまう。 かくいう私も、幼少期は上記の子供たちのような特徴を持つ子供であったと親から聞かされたことがある。私は幸いにも教師などの大人によって学習の機会をもらい、何とか社会に溶け込めたのだと思っている。 人間が自己肯定し、幸福感を得るには他者貢献が欠かせないものなのだそうだ。 資本主義とか、実力主義とか、自己責任論とかあるが、人間なんだから各々ができることをやって生きてゆかなければならないと思っている。

    4
    投稿日: 2025.06.28
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    「悪いことをしよう」と思って犯罪を起こす人ばかりではなく「頭の悪い子」「要領の悪い子」として過ごしてきた善悪の判断能力が低い境界知能、知的障害者が加害者となるケースは稀では無い。反省させる以前の問題を抱えている子達を厳しく罰するだけでは再犯防止は難しく、それぞれの背景や課題に合わせてまずは知能を上げるトレーニングを行う必要があると書かれていました。 子育てにおいても、どうしてこれができないんだろう?他の子はこうなのになぜ?と思うことがたくさんあります。社会の当たり前がその子の当たり前ではなく、特性や課題に合わせて親も頭を使って一緒にハードルを超えないといけないなと改めて思いました。 健常者としてそのまま見過ごされて大人になった人も社会に多く存在し、不可解な事件が起きてしまう現状にも納得しました。また、一人の受刑者に対して年間約300万の税金が掛かっているそうです。今税金は値上がり、異様な事件は年々増えているように感じます。より良い社会にするにはどうしたら良いのか、目の前だけでなく目線を変えることも必要だし、色々な立場の大人がこの本を読んで自分にできることを考えるきっかけになって欲しいと思いました。

    4
    投稿日: 2025.06.27
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    図が挿入されているのでどれ程認知が歪んでいるのか分かりやすかった 治しようがない、じゃあどうするのかという点で正直絶望しかないと思う 同じように知的障害や何かしらの障害がある人が全員非行する訳では無いのでこのケースの精査が必要なのかな

    2
    投稿日: 2025.06.24
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    非行少年には認知機能に問題があることが多く、「ケーキを三等分にする」という課題に正答出来ない少年が多いことをその一例として挙げている。認知機能にそもそも問題があると、更生のための教育も正しく認知できないので意味が無い。また、発達障害や境界知能の者も多く、周囲から孤立した結果、反社会的行動に巻き込まれてしまうこともある。少しでも早い段階で支援にたどり着くことが大切ではあるが、学校の現場の教員の工夫だけでは対応は難しいだろう。行政が予算を組んで支援が必要な子を支援に繋げる体制作りをするべきだとは思ったが、現実的にはなかなか厳しそうで、暗澹たる気持ちで読み終わった。

    1
    投稿日: 2025.06.23
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    精神科医の著者が非行少年たちを調べていくと軽度の知的・発達障害を抱えたグレーゾーンの子どもが多い。生きづらさを感じながら放置された結果、非行に走るという傾向があった。

    1
    投稿日: 2025.06.02
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    思い当たる節がたくさんー。 2017年の新規受刑者のうち約20%が知的障害 また約34%が境界知能なのだそう。そしていわゆる世間の軽度知的障害と境界知能相当を合わせると15-16%。6人に1人位は該当するということ?全然めずらしい存在ではないことになる。 生きづらい子は (我が家も含め)たくさんいるのに そこに目を向けきれない大人がたくさんだなと痛感。もとい本書にもあるように困り事は後から出てくるので 結果として目を背けたことになっているかも。 本当に 一人ひとりに寄り添った支援は小学校の時こそ必要なはずなのに 肝心の小学校指導にムラがありすぎるんだよね。 コグトレの本は我が家でもぜひやってみたい。

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    投稿日: 2025.05.25
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    児童精神科医で「コグトレ研究会」主催者による、知的障害や境界知能といった認識機能の低い人に焦点を当てたルポや提案 社会的にあまり取り上げられないような人達について調べて言語化して問題を浮き彫りにすることは素晴らしく、こういった類の本はより良い社会に少しでも近づくきっかけになるのかもと思わせてくれる。 教育において、褒めて育てるや自尊感情を育てるといったことが唱えられがちであるが、そもそも反省以前の人がいるという事実は無視されてきている。天才も居ればその逆も居るのは当然ではあるが、社会や教育を考える上でこういった知識は大切であるように感じる。

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    投稿日: 2025.05.25
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    このレビューはネタバレを含みます。

    学校教育の在り方に警鐘を鳴らす内容であり、医療が介入するには難しい領域だという無力感は否めないけど 児童精神の分野で働くなら知っておくべき内容だった 以下備忘録 ・子どもが少年院に行くということはある意味、“教育の敗北”でもある ・“苦手なことをそれ以上させない”というのは、とても恐ろしいこと。⋯ある意味、支援者が障害を作り出していることにもなり兼ねない ・“褒める”“話を聞いてあげる”は、その場を繕うのにはいいが、長い目でみた場合、逆に子どもの問題を先送りにしているだけになってしまう ・非行少年の変わるきっかけとなった出来事に共通するのは、“自己への気づき”と“自己評価の向上” ・「あなたを見ていますよ」というサインを送るだけでも効果がある(自覚状態理論) ・「子どもの心に扉があるとすれば、その取手は内側にしか付いていない」

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    投稿日: 2025.05.22