SHOE DOG(シュードッグ)―靴にすべてを。

フィル・ナイト, 大田黒奉之 / 東洋経済新報社
(139件のレビュー)

総合評価:

平均 4.2
54
50
19
4
0
  • 熱をおびた“bad face”(ダメ男)たち

    エアマックス、フットスケープ、ワッフルトレーナー…
    学生時代に“ハイテク&ローテク”スニーカーブームを通過し、暇があればNIKEのレザーコルテッツやSwooshマークをスケッチしていた私ですが、
    NIKEの経営や創業者については殆ど知らないことばかりでした。

    成功の裏に秘められたエピソードを知り、NIKEブランドを築き上げた人間の熱量に驚きながら本書を一気読み。創業者フィル・ナイトのビジネスと熱量の原点が「オニツカ」(現asics)のスニーカーに魅せられたことであったり、そのオニツカシューズの販売代理店としてビジネスをスタートしていたりと、まだ「戦後」の影を引きずる日本との関わりが非常に多いです。

    また、スタンフォードでMBAを修めた優秀な方らしい冷静な状況把握がありながら、行動は「超熱量偏向型」。常識外れの成長戦略が仇となり、度重なる経営危機に苛まれる、あるいは“bad face”(ダメ男)と自称し宿敵アディダスへの素直すぎる本音を吐露してみたり(名作「コルテッツ」命名の由来は秀逸)と、愚直さやハラハラが楽しめます。

    「みんなに言いたい。自分を信じろ。」 を始めとする熱いメッセージも散りばめられた良作だと思います。
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    投稿日:2017.11.18

  • 巡り合えて良かった一冊です。

    ナイキの創業者であるフィル・ナイト氏の自伝。
    しかし、単なる立志伝中の記録という訳ではない、勇気と感動を与えてくれる物語だ。
    一貫して自立することと、品質に妥協を許ぬ姿勢を貫き、国家に対してもファイティングポーズを取り続ける。
    ナイト氏はビジネスマントとしてだけではなく、一人の人間として尊敬出来る人物だ。
    意志ある所に道は開けるという言葉がピッタリはまる。
    巡り合えて良かった一冊です。
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    投稿日:2018.07.06

  • 世界は繋がっている

    始まりは神戸1962、徒手空拳、アイデアだけのフィル(バック)・ナイトはタイガーを売らせて欲しいとオニツカ(現アシックス)に飛び込んだ。アディダスが独占する北米のランニングシューズ市場に、安くて品質の良い日本製を持ち込めばいけるんじゃないか!カメラがうまくいったのだから靴だって。とはいえバックは世界一周旅行の途中でもあり、目的の日本の前にはハワイで3カ月近くサーフィンを楽しんだりもしている。

    とにかくオニツカはバックを代理人と認定し前金50ドルでサンプルを送ると約束した。金は振り込まれ12足のシューズが届いたのは1年後だった。1963年のバックは地味に重要なキャリアを積んでいる。会計士の資格を取り収入基盤を手に入れた。のちに妻となるペネロペ・パークスと出会ったのは輸入業のかたわら収入を得るために助手として働いた大学でだ。倍々ゲームで成長を続けるブルーリボン社の弱点はキャッシュフロー、売れて喜ぶのはオニツカでバックたちの商売は回り続けるが危なっかしい。「会計士としての私にはリスクが、起業家としての私には可能性が見えていた。そこで私はその中間をとって、とりあえず進む事にした。」

    バックの重要な資産となったのがオレゴン大コーチでのちにアメリカオリンピックチームのコーチになったビル・バウワーマンだ。タイガーのサンプルを気に入ったバウワーマンは共同経営者に名乗り出た。靴を良くするための多くのアイデアはバウワーマンが出したものだし、彼の弁護士ジャクアはオニツカとの対決では交渉役を務め、ジャクアの義理の兄チャック・ロビンソンは日商岩井との提携、中国進出そして上場と重要な場面でバックにアドバイスをした。

    バックには徐々に仲間が集まってくる。手紙魔のランナーで安月給でも働き続けるナイキの名付け親ジェフ・ジョンソン、トラブルシューターで最後に頼りになる車椅子のボブ・ウッデル、PWcの先輩でのちにナイキで働くヘイズとオニツカの裁判からナイキの仲間になった弁護士ストラッサーなど。そしてのちに対決するオニツカではフジモトがバックの情報源となった。

    1971年ブルーリボンの売り上げは1300万ドルに達したが、銀行は新たな融資を拒否しオニツカは買収を提案してきた。呑まなければ別の代理店に切り替えると。当面はオニツカを繋ぎながら自前のブランドの準備が始まった。ナイキの誕生だ。

    新生ナイキには日商岩井が大きな支援をしている。資金を出しオニツカに変わる日本の靴メーカーを紹介したのが始まりだ。ポートランドオフィスでは世界中の工場をよく知るトム・スメラギがバックを支援し続けた。ニッショーファースト、まず日商岩井に払えその裏でスメラギは金回りに苦しむナイキのためにわざとインボイスの発行を遅らせ実質的なサイトを伸ばしていた。ナイキが不渡りを出した際に融資責任者のアイスマン・イトーに問い詰められるとスメラギは彼らが好きだから助けたと告白する「ナイキは私にとって我が子のようなものです」

    銀行を始めとする債権者達を前にイトーが宣言する。「日商がブルーリボンの借金を返済します。全額」イトーに礼を言うバックへの返事はこうだ。「何とも愚かなことです」「私は愚かなことは好みません、みんな数字ばかりに気をとられすぎです」バックではなく銀行のことだ。二人のサムライがバックを支えていた。

    ナイキのアイコンといえばジョーダン、コービーそしてオニツカではないタイガーが思い浮かぶ。そのタイガーが使ったことで花開いたトップブランドの開発初期を隣の研究室で見ていた。ひょっとしたら自分が担当していた可能性もなくはない。ゴルフシャフトのディアマナだ。当時の社長は皇芳之さんでその弟がトム・スメラギこと孝之氏。世界は繋がっているのだな。
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    投稿日:2019.03.01

ブクログレビュー

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  • kazzu008

    kazzu008

    この本はあるシューズメーカーの若き創業者の活躍を描いた物語― リアル『陸王』のストーリーだ。

    本書は、世界的スポーツメーカー・ナイキの創業者フィル・ナイト氏の自叙伝だが、実際に読んでみると、これがとてつもなく面白い。
    立身出世の道を行くナイト氏の活躍。若者が出世していく読み物としても面白いし、各登場人物が生き生きと描かれていて、それぞれのキャラクターに感情移入できる。
    僕が特に好きなキャラ(キャラと言っても実在の人物なのだがw)は「社員第1号・手紙魔のジョンソン」と「社員第4号・車いすのウッデル」だ。目次の後に登場人物の紹介の一覧が載っているところなど読者への心憎い配慮もあり、本書はもはや完全に小説だ。

    ナイト氏を例えるならば『三国志』の劉備玄徳や『太閤記』の豊臣秀吉のよう。オレゴン州の片田舎出身の20代半ばの若き主人公フィル・ナイトがほぼ無一文で日本に来日し、日本のランニングシューズ・タイガーに魅了されたナイト氏が「このシューズをアメリカで売りたい」とオニツカ社に単身乗り込むというところから始まり、一人、また一人と強力な味方を獲得しながら、広大なアメリカスポーツシューズ市場に打ってでていく。
    その過程にはライバル達との熱きバトルがあり、仲間の裏切りがあり、かけがえのない仲間との死別もあり、そして、また強力な助っ人が現れる。まるでロールプレイングゲームの主人公のように数々のピンチを切り抜け、レベルアップしていき、装備を整え、さらに次の挑戦へと突き進んでいくのだ。

    本書は大成功した経営者の自叙伝なのだが、全く自慢話になっていない、それどころかピンチの連続、ナイキが世界で大成功した企業であると知っていても読んでいる時のこのドキドキ感。ナイト氏の能力は経営能力だけじゃない、池井戸潤も真っ青の文才もあるのだ。

    恥ずかしながら僕は若きナイト氏が興した個人企業ブルーリボンスポーツ社が日本のシューズメーカーのオニツカ社(現アシックス)からタイガーシューズを買い付け、それを最初にアメリカで売って生計を立てていたということを全く知らなかった。
    ナイト氏がオニツカ社からシューズを買い付けていたのは、終戦後の復興からまだ間もない1963年頃、20代半ばのナイト氏は裸一貫で日本に赴き、手八丁口八丁嘘八百でオニツカ社を説得し、アメリカでのタイガーシューズの販売許可を得る。ランニングシューズ・オニツカタイガーは『低価格で高品質』を武器に瞬く間にアメリカ中で人気の火がつき、ナイト氏の会社は毎年倍々の売り上げで業績を伸ばしていく。
    その頃はアメリカのスポーツシューズ市場はアディダスの独占状態であった。アディダスはドイツの会社であり、ちなみにアディダスの創業者アドルフ・ダスラーの兄ルドルフ・ダスラーが作ったのがプーマだ。

    ナイト氏はアディダスの牙城を切り崩しながらタイガーの売り上げを伸ばしていく。
    しかし、全米での売り上げが上がるにつれ、オニツカ社からの要求も強くなり、最終的にはオニツカ社と決別、ナイト氏は自社で靴を製造していくことになる。これがナイキだ。
    本書では、ナイキ社が設立するまで本の半分が費やされる。

    この本を読んで非常に興味深かったのは1960、70年代、当時の日本企業が『低価格で高品質』な商品を武器にして欧米市場の各市場へ乗り込んでいった時のその強気な姿勢だ。
    日本のビジネスマンは、一般的に世界市場においては「謙虚で、ひかえめ、そして押しが弱い」と思われている。
    しかし、この本に登場するオニツカ社の社員たちはアメリカの中小企業の経営者であるフィル・ナイト氏から見るとかなり傲慢で、態度がでかく、一言で言えば嫌なヤツ達なのだ。これは目からウロコが落ちる思いだった。

    考えてみれば、日本は1945年に敗戦を経験してから、飛ぶ鳥を落とす勢いで経済的に飛躍していった。1968年には日本のGDPが世界第二位になり、世界中の市場で日本製品は猛威を振るったのだ。その快挙を担っていたのは間違いなく当時の日本のビジネスマン達であり、彼らの活躍があってこその日本経済の復活があったのは間違いない。
    そのような日本のビジネスマンが海千山千の商人たちがひしめく海外市場で「謙虚で、ひかえめで、押しが弱かった」訳がないのだ。

    そして、オニツカ社との決別後のナイト氏を救ったのも日本の貿易会社である日商岩井(現・双日株式会社)であったということも興味深い。この本に2人の日商岩井のビジネスマンが登場するのだが、その二人が格好いい。ナイキ社を救う為に、奔走する。こう考えてみるとナイキと日本のつながりは切っても切れない関係にあるのだ。
    そして、本書は1980年にナイキが株式公開し、中国に工場を確保するところで物語としては終了する。

    本書を読むと、当時の日本企業の状況やアメリカでのスポーツ用品市場の状況、そして世界貿易における、いわゆる『世界の工場』が日本、台湾、韓国、中国と移り変わっていく状況も良く理解できる。
    ビジネス成功者の自叙伝など、いままであまり読んだことはなかったが、この本は面白かった。特にアメリカ人中小企業の社長が当時日本人をどう見ていたかが分かったことが一番の収穫であった。

    この本を読んだ読者は間違いなくナイキのファンになるだろう。
    ランニングシューズと言えば、僕はいつもアディダスを履いていたので(笑)、ナイキのシューズをいままで履いたことはないが、ナイキを見る目が変わったのは間違いない。これからは、ナイキはスポーツウエアだけじゃなく、シューズも試してみようか・・・って、もう完全にナイト氏の術中にハマってるじゃん(笑)。

    最後にフィル・ナイト氏の言葉を引用してこのレビューを締めくくりたい。

    『20代半ばの若者たちに言いたいのは、仕事や志す道を決めつけるなということだ。天職を追い求めてほしい。天職とはどういうものかわからすとも、探すのだ。天職を追い求めることによって、疲労にも耐えられ、失意をも燃料とし、これまで感じられなかった高揚感を得られる。』

    『権力を打破しようとする人たち、世の中を変えようと思う人たちに言っておきたいのは、背後で目を光らせている連中がいるということだ。成功するほど、その目も大きくなる。これは私の意見ではなく、自然界の法則だ。』

    『みんなに言いたい。自分を信じろ。そして信念を貫けと。他人が決める信念ではない。自分で決める信念だ。心の中でこうと決めたことに対して信念を貫くのだ。』
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    投稿日:2019.08.23

  • holmes

    holmes

    僕自身サッカーをやっていて、ちっちゃい頃からNIKEのスパイクを履くと自分の足に合わずに靴ずれをよく起こしていました。それ以来あんまりNIKEのブランドを自ら購入することはありませんでしたが、世界に名高いNIKEの創業秘話を聞けると聞いて思わず購入してみました。
    この本はそこら辺のフィクションよりも圧倒的に情報量が濃く面白かったです。何より学びが多い!

    ・個人的にはオニツカタイガーが日本のブランドとして有名な事自体知りませんでした。笑
    ・あの大企業のNIKEのルーツが日本にあったり。
    ・NIKEの名前の原点がニケから来ているんですね。

    こんなもんではありませんが、本を読むほどにNIKE、フィルナイトの人生に触れることができます。
    ”ルールを守ったことではなく、ルールを破ったことが人々の心にのこる”
    "ビジネスとは、人間という壮大なドラマの中に身を投じることだ"

    創業の凄さと家族を十分に大切にできていなかったというジレンマもページを追うごとに伝わってきて、またNIKEの商品を購入しようかなと思います。
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    投稿日:2019.08.17

  • roomtopo

    roomtopo

    創業当時からの苦労が。
    最初乗っ頃は海千山千の人からも身を守り
    色々な事を乗り越えてきたんだと、思った。

    投稿日:2019.08.04

  • mysterymanbo

    mysterymanbo

    1962年から1980年までのナイキ創業の経緯を遅れること36年、2016年に出版したのは、現役関係者の名前が出てくることに配慮したためかとも考えたが、「謝辞」で引退後に出版社に自伝執筆を勧められたこと、その後執筆の勉強もしたことが書かれているので、単なる書く気になるタイミングの問題だったようです。
    本書ではナイキというもう1つの自分の分身を存続させるために四苦八苦する姿が赤裸々に語られています。
    そのエネルギーの根源は、もちろんシューズへの愛情もあったのでしょうが、それ以上に本書から伝わってきたのは自分の家族を路頭に迷わさせたくないという現実問題だったということを正直に書いている点に共感できました。
    ナイキが少なくとも3度の経営危機を乗り越えられたのも、人との出会い、信頼関係、運という経営学とはまったく関係のない要素だったのも興味深い。

    最初のクライマックスは1972年のナイキブランドが誕生した年前後のストーリーです。
    オニツカタイガーの販売代理店として開始したブルーリボン社が契約打ち切りを通告してきたときの、口下手のフィルが社員に向けて語ったスピーチ(P296)は感動的です。(後に、裁判沙汰になった時、社長の鬼塚氏はこの件は知らなかったと証言し、必然的に担当のキタミ氏の独断だったような経緯になっているが、本当にもしそうなら越権行為
    の方が問題になりそうだが・・)

    2つ目のクライマックスは、捨てる神あれば拾う神あり、日商岩井が救世主として現れ、さらに不愛想でアイスマンとあだ名された財務のイトー氏が、「みんな数字のことばかりに気を取られ過ぎます」と財務マンらしくない言葉でフィルの窮地を救った場面です。(P387)

    最後に経営者としての機転を感じたのは、韓国で違法コピー(相変わらず中国やこの国はマネばかり)が出回り始めたころ、あまりに精巧なコピー振りにこんな手紙を違法コピー工場主に書いています。(P442)
    「製造を中止しなければ100年間刑務所に入れてやる、ちなみにうちで働いてみる気はないか?」

    ナイキの成功は、やはり経営者がランナーで自分の好きな分野で起業したこと、例外はありますが比較的正直で人情的な日本企業と組んだこと、プロスポーツアイコン(ジョーダン、コービー、タイガーなど)と専属契約を結べたこと、良い商品を供給し続けたことに尽きるようです。
    経営者モノでは、「ハードシングス」とそん色ない面白さでした。
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    投稿日:2019.07.22

  • owsky

    owsky

    ナイキの創始者が人生を振り返って書いてるのでそういう話はおもしろいし、悪い人じゃないんだろうけど、どこにでもいる「世界をバックパッカーで周ってきました!」みたいな、ちょっと海外旅行しただけでいろんなことを見たし経験して人間的に成長しましたって思ってる若い人と同じところが痛かった。仕事での取引もあるのにこの浅さはなんだろうと思った。
    アーティストの自伝みたいな本をよく手掛けてる訳者のせいか、とてもテンポよく読ませてくれる文で、内容も内容だし売れる本ですね。世界各地のオフィスの電話番号を調べようと思ってまだ調べてません。
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    投稿日:2019.07.15

  • majinboo09

    majinboo09

    ナイキ創業の話。面白かった。ベンチャーが辿る銀行との交渉と株式上場の経緯からキャッシュフローの重要性がよく分かる。信念なのか運なのか、大半がエピソードを見るに人格のおかげだと思うが、この人はたくさんの失敗をしたが人には恵まれていた。最後のまとめは本当に勉強になった。続きを読む

    投稿日:2019.06.30

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