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  • 東京タクシードライバー

    東京タクシードライバー

    山田清機

    朝日文庫

    タクシードライバー苦労人と見えて・・・

    妻の不倫で親権までとられたのに妻の借金を抱えたまま、うるさい親から逃げてホームレスになった男。中途入社したディスカウントストアの上場を経営企画室課長と言う立場で切り盛りし、年長の大卒社員をこき使わざるを得ず燃え尽きた男。会社勤めに向かない専業主夫のかわりに勤めに出た女。お嬢様育ちからALSの権威になった医者の夫の代わりにタクシー会社を継いだ女社長。色々な経歴をもつ10人ちょっとの物語。 タクシードライバーには2通りのやり方がある。駅で待つ「着け待ち」は基本的に駅間以上の距離を走ることはなく、いかに回転を上げるか。つまりはどれだけ行き先や道を近いしているかが勝負だ。万収という1万円を超える売り上げはめったにないが程々に堅く、待ってる間に知り合いのドライバーと話をする楽しみもある。一方の流しは「なか」つまり都心3区を目指す。タクシーチケットを持った長距離客をうまくつかまえれば実入りも大きい。そしてそこには微妙なテクニックや勘にも左右される。 パリッとした服装のいかにもお金持ち然とした客が、必ずしもロングとは限らない。金持ち客は都心の高級マンションに住んでたりして、以外と近距離だったりするからだ。では、どういう客が本物の上客かといえば、ヨレヨレのスーツを着て、いかにも疲労困憊した雰囲気を漂わせているサラリーマンだと言う。確かに社内でも飲み過ぎて終点まで行った話やちょっと遅くなるともう開き直ってタクればいいと言う話はよく聞く。一回飲みに行く回数を減らせば一緒だとか・・・ 流しの場合には近場への現金客を合法的にスルーするテクニックが存在する。タクシーは基本乗車拒否は出来ないことになっているので先頭を走った場合にはどんな客を乗せるかは止まってみないとわからない。しかし、2番手であれば少し違う。タクシーチケットを持った客は目当てのタクシー会社を決めているので、先頭のタクシーをスルーして自社を待ってる客はロングの可能性が高い。他にも高速に乗るつもりの客なら同じ場所でも待つ場所は変わってくる。ロジックと直感の組み合わせが万収の確率を高めるのだ。 優先配車にも使い道がある。優先配車は無先客を優先的に回してもらうしくみで、無線の場合普通はオペレーターがマイクのスイッチを話した瞬間に早い者勝ちで了解ボタンを押せば取れる。(今ではGPSがあるのでこの仕組みは無くなってきている)それでも例えば毎週月曜朝に自宅から工場に出社する中小企業の社長の行動パターンを知っていれば呼ばれた瞬間に駆けつけることは出来る。短距離客を無線で乗せると優先配車が取れるので、初乗りで終わるとわかっている客の時は優先ボタンがつくまで待ち、ロング客が乗る銀座の夜間にその権利を使う「銀座・三原橋優先待機入ります」と言った具合だ。 夫の代わりにタクシー会社を継いだ女社長は禁煙タクシーを導入した。イメージとは違い導入の狙いは会社のイメージアップは全く関係なく従業員の健康が目的だった。禁煙タクシーは素人のお思いつきから始まったのだった。 一番面白かったのがPCメーカーの新人コンテストで営業成績2位になり美人の嫁と郊外の一戸建てを建てながら納入先の官庁とはそりがあわずあっという間に借金生活に落ち妻から捨てられたた男の話。この男が40代後半のころ不倫女性に相談された雪の日の話だ。 この男はその瞬間に仕事を放棄し缶コーヒーを買ってきて話を聞きだした。 「最後に捨てられるのはあなたの方に決まってます」 「男はみんなそう言うっていうけれど、それって本当なんでしょうか」 「本当です。間違いない。そんなふしだらな関係、もう明日でやめにした方がいい」 「でも・・・」 「どうしてもやめられないというのなら、どうしてもやめられないなら・・・このばで僕とつき合うことにしなさい」 「えっ、いまなんておっしゃったんですか」 「僕でよければ、絶対にあなたの面倒を見てあげるから、だから・・・いまここで僕とつき合うと言いなさい。いや、僕とつき合え」 そして1週間後「私でよかったら、おつき合いしていただけますか」 この雪の日から7年、そしてこのドライバーはいま、彼女との関係をどうするべきか悩んでいる。

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    投稿日: 2016.05.18
  • 腐った翼 JAL65年の浮沈

    腐った翼 JAL65年の浮沈

    森功

    講談社+α文庫

    2012/2月読了時のコメント

    沈まぬ太陽の後も沈み続けるJAL。 最近の報道ではこれまでで最もうまく行った再建と言われているが、この本を読む限りそう簡単に体質が変わるとは思えない。ググってもリストラの効果や、不採算路線からの撤退の効果がイマイチわからない。 何だかスッキリしないのです。

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    投稿日: 2016.05.18
  • 誘拐

    誘拐

    本田靖春

    ちくま文庫

    昔は良かった?

    吉展ちゃん事件が起きたのは1963年の入谷で東京都は前年に世界初の1000万都市になっていた。翌年の東京オリンピックを控え高度成長経済の建設ラッシュを迎えた時期でもあり入谷にほど近い山谷は出稼ぎ労働者など2万人が集まる町になっていた。またテレビの普及率も5割に近く、この事件では初めて報道協定がしかれ、電話の逆探知により録音した犯人の声をテレビやラジオで流したのが犯人逮捕の情報につながっていたり、FBIで導入された声紋が犯人の割り出し(違うのはわかるが同じとまでは言えないのだが)に使われたりもしている。 吉展ちゃんの実家は工務店でそれほど裕福ではないがちょうど家の前が公園になっていた。誘拐を思いついた犯人の小原保は浅草に遊びに行った時に通りがかったこの入谷南公園で子供が遊んでいたことを思い出しちょうどその時一人で遊んでいた吉展ちゃんを誘い出す。まだ知らない人について行ってはいけないなどと言うのが一般的ではない時代だったのだろう。保はついて来た吉展ちゃんに足が不自由なことを知られ、また見つかると邪魔になると言う理由ですぐに殺してしまう。 この本の主人公は保、当時保と同棲し結婚するつもりになっていた小料理屋の女将、犯人を捜す警察の面々なのだが彼らがどうやってこの町にたどり着いたかというのを親の時代から丹念に追いかけている。例えば保は福島県の石川町母畑温泉と言う所で生まれ子供の頃アカギレが原因で感染症にかかり足が不自由になる。大人になる頃には素早く動けるようになっているのだが早くから容疑者になりながらもシロと見なされていたのにはこの足が一つの理由だった。また歩かないでいい仕事と言うことで時計の修理工になるのだが、預かった時計をかってに換金した借金の返済に困ったことが犯行の動機になっている。借金額は最も大きいのが6万5千円で他にも合わせて12万円ほど。実家に帰っての金策を試みるも結局は頼みに行くまでもなくあきらめ野宿をして上野に帰る。そしてほぼその足で犯行に及ぶのだが身代金は当時としては大金とは言え50万円だった。 最後には逮捕された後細かな証言の矛盾をつかれ自白をするのだが、それまでは尋問中も何時間も黙秘を続け時には猿のまねをしたり、刑事に殴り掛かったりとどうも行動は支離滅裂だ。しかし、自白後はすっかり罪を認め死刑執行までの間に反省を込めて俳句を作り続ける。保の歌は1980年に昭和万葉集に収録されている。 著者の本田靖春は小原保を責めると言うよりはそういう事件が起こってしまった時代背景を書こうとしているように見える。また復刻版の解説の佐野眞一は読者は「小原の犯行の無慈悲さに戦慄する前に、小原のように忘れられた人間に何一つ手を差し伸べてこなかったこの国の政治の無策さに、あらためて激しい怒りを覚えることだろう。」と書いてるのだがこちらは全く共感できない。昔は良かったと捉えられがちだが、やはり今の方が豊かにはなっているだろう。 wikiによると第二次世界大戦後2006年6月までに日本で発生した誘拐事件は288件で被害者が殺害されたのが34件、そして未解決の8件も身代金は取れていない、犯人側からすると成功率0%だ。例えばコロンビアでは2002年に3千人近くが誘拐されているし、誘拐保険に加入するのが当たり前の国もある。格差がいくら問題になっていても日本は暮らしやすいいい国になってるんだと思うけどね。

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    投稿日: 2016.05.18
  • 冬のライオン ナショナル ジオグラフィック ノンフィクション傑作選

    冬のライオン ナショナル ジオグラフィック ノンフィクション傑作選

    セバスチャン・ユンガー,尾澤和幸,河野純治

    日経ナショナル ジオグラフィック

    ナショジオのアドベンチャーマガジンより

    戦場などの極限の地や、野生動物を追ったナショジオのアドベンチャーマガジンのドキュメンタリー以下10編を収録、ただし原著はこの倍くらいらしいが。 「冬のライオン」 アフガンでタリバンに対する抵抗勢力を率いるムジャヒディン、マスード 「軍閥のボスとグリーンベレー」 グリーンベレーの協力を受けタリバンと戦うドスタム将軍 「エボラウイルスと闘う人々」 ウガンダで発生したエボラと闘い自らもエボラに倒れたマシュー・ルクヤはじめとする医療関係者たち 「死の迷路からの帰還」 ピクニックやちょっとした散歩でも道に迷うと助からないこともある。気をつけるべきなのは低体温症。 「地下洞窟に身を潜めた人々」 ナチスから逃れ、ウクライナの地下洞窟で344日暮らした人々 「人喰いライオン追跡」 ケニア最大の国立公園ツァボ(殺戮の地)、1898年には2等のライオンが推定140人を食い殺した。 「震える大地」 5千頭の野生のゾウが暮らし、時に餌を求めて村を襲うインドのアッサム州では被害が無いことをゾウの神ガネーシャに祈る。 「反捕鯨の戦いに命をかける海賊たち」 日本の捕鯨船に自爆に近い体当たりをかけ操業を妨害するシーシェパードのポール・ワトソン。 「受難のマウンテンゴリラと対面するまで」戦乱のコンゴを取材するキラ・サラク 「極冠の地の皇帝たち」 コウテイペンギン繁殖地ツアー 日本からすればただのならず者にしか見えないポール・ワトソンの描き方がらしいと言えばらしい。日本側の見解も載せてはいるが、著者がワトソンよりなのは明らかで日本の調査捕鯨は偽装で実際には商業捕鯨であり、ワシントン条約にも違反し、南極海クジラ保護地域内で行われているとするワトソンの主張を首肯している。ワトソンは言う「国際的な法や規制や条約があるのだから、それを遵守させればいいんだ」と。自分がその法を無視したやり方で捕鯨船に体当たりしたり(実際にはぶつかるとシーシェパードの船が沈みかねないので捕鯨船の方が避けている)、ワイヤーをスクリューに絡ませて故障させようとしたり、酪酸入りの瓶を投げつけたりしているのだが。目的が正しければ手段は正当化されると言うのがシーシェパードのやり方だ。それを理性的かつ断固たるやり方と誉めるので中立の記事では無い。船長の妻が網を切ろうと潜り込んで逮捕された太地のイルカ漁に関しても原文では一桁多い2万3千頭、日本全体の捕獲漁と混同しているらしい。主張がどうあれ数字をきちんと検証できてないドキュメンタリーは割り引いて読まざるを得ない。一方的な見解を載せるだけではなく、もう少し裏を取った方が良いレポートになるのに。 日本側にも弱点はある。水産庁は調査捕鯨に関するQ&Aをウェブに掲載しているが肝心の調査結果の報告が貧弱なのだ。日本鯨類研究所のHPには94-99で行われたJARPN、87-05に行われたJARPAと言う二つの研究成果が報告されている。最新のレビューが06年のものだ。 http://www.icrwhale.org/Research_results_jp.html 個人的には内容以前にこの頻度では日本の調査捕鯨に学術的な価値が無いと言われても仕方が無いと思う。またリンク先の資料も英文レビューはともかく和文の簡単な方ははっきり言ってしょぼい。国際司法裁判所は2014/3/31南極海における調査捕鯨に対し即時停止を求める判決を下した。「日本の調査捕鯨は科学的な研究に該当しないから中止すべきである」と。この判決に日本の食文化を持ち出して反論するのは結局調査捕鯨が事実上の商業捕鯨であったと認め判決の正しさを補強することになる。争うのであれば調査の有用性、合理性を訴えるしかないはずだ。

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    投稿日: 2016.04.19
  • 東日本大震災 石巻災害医療の全記録 「最大被災地」を医療崩壊から救った医師の7ヵ月

    東日本大震災 石巻災害医療の全記録 「最大被災地」を医療崩壊から救った医師の7ヵ月

    石井正

    ブルーバックス

    今できることは?

    「実は災害救護活動で最も重要なのが、救護活動を支えるロジスティック(後方支援)なのである。」必要な業務は救護チームの登録と抹消、毎日更新されるアセスメントデータの管理と維持、各避難所の症状日報と受信者数などのデータ整理、支援物資の管理と配布などなど。 阪神・淡路の教訓から災害発生から48時間以内に活動できる専門的な訓練を受けた災害医療派遣チーム「日本DMAT」が誕生している。その基本対応はCSCATTT、C(災害医療の指揮統制)S(救助者を含めた安全)C(効果的な情報伝達)A(医療ニーズや活動の評価)と言う指示命令系統が確立してようやくTTT(トリアージ=患者の優先順位付け、治療、搬送)ができる。ボランティアにしても自分の面倒(食事や宿の確保)を見られない者は邪魔になるだけで、石巻のケースでは被災後2週間しか経ってないのに到着したばかりで酒盛りをしたボランティア集団もいた。 「災害現場の第一線に立つ実務者どうしが、お互いに顔がわかり、密接に連携できる関係でなければ、災害発生時に何の意味も成さない」石巻では災害発生時の担当者をあらかじめ名指しして責任を持たせることで実際に使えるマニュアルを作っていた。さらには一民間病院ながら消防、警察、自衛隊、海保の実務担当者と会合を重ねた。この結果を地域防災計画に反映する前に震災に見舞われたのだが、このネットワークが情報共有に力を発揮した。 「HELPの声が聞こえない、見えないのはそのこと自体が『HELP』のサインと捉えるべき」情報は向こうからやってこない。力ずくでもアセスメントを優先し全体の状況を把握することが優先だった。 Googleの取り組み、必要な情報が何かを決めてから集めるのではなくとにかくあらゆる情報を集める。集まった情報をどう処理するかにかけてはGoogleはプロで、アセスメントデータを整理し時系列で並べ替えるソフトを無償で構築し提供した。現場にいなくてもできる支援はいろいろあるということだ。 山積みの支援物資は仕分けのプロに任せた。石巻市は佐川急便の職員を動員し、支援物資の配給システムを構築した。行政がやるべきなのは物資の中継地点を決め、誰に頼むかを決め、官僚機構が行動を邪魔するのを防ぐことのようだ。だから平時の事前準備が重要になる。 災害救護の現場に必要なのは、次々に現れる問題に際し、「こうあるべき」とか、「誰がやるべき」などという「べき」論を唱えることではなく、「どうするか」「どうしたらできるのか」と救護者ひとりひとりが知恵を絞り、みなで協力して実現可能な解決策を生み出すことである。 http://news.yahoo.co.jp/story/151 さて、では今熊本支援でできることはと言うと募金かな。

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    投稿日: 2016.04.17
  • 習近平の権力闘争

    習近平の権力闘争

    中澤克二

    日本経済新聞出版

    不要叫我 習大大

    文化大革命の反省から権力が一人に集中しないように鄧小平時代に作り上げられた中国の集団指導体制は習近平に寄って崩されようとしている。江沢民も胡錦濤も総書記になってから実際の権力を掌握するまでには前任者の影響をなかなか排除できず時間がかかったが、習近平は僅か2年ほどで反腐敗活動の名の下に政敵を次々葬り去っていく。一般大衆は習近平を崇拝し権力基盤には隙がないように見える。しかし、反習派に命を狙われると感じるほど不安定な時期もあったらしい。 2015年の全人代、習にお茶を汲む女性スタッフの動きは黒服に監視されていた。開幕前に習は北京の公安局長と中央警衛局長を交代した。前任者の人事を取り仕切ったのが先に摘発された令計画であり、薄熙来、周永康、徐才厚と組み習政権誕生を阻止しようとしたと言われている。反腐敗運動という権力闘争は一歩間違えると習も返り討ちにあいかねない。 前総書記の胡錦濤は影が薄くむしろ習がターゲットにするのは江沢民の影響排除だった。江蘇省の鎮江と言えば一時期爆発するスイカで有名になった街だが、江沢民の故郷の揚州の対岸にあり、江を鎮めるという名前と相まってこれまで江を怖れる過去の要人は鎮江には近づかなかった。橋の名前一つとってもわざわざ旧名を持ち出して潤揚大橋と名付けられている。橋の北側には江の揮毫した看板がかけられ江が満足したのは間違いない。しかし習はいきなり鎮江を訪問し、新しくかけられた橋は習に恭順する鎮江市の要請で鎮江大橋と改名が決まった。 2014年夏、周永康、徐才厚を次々に摘発した習は反腐敗との戦いつまり江派との戦いが膠着状態にあると見ていた。北戴河会議を乗り切った習は南京に江を訪ね気を遣ってもいる。「医療機器の国産化急ぎ、民族ブランドが光を放つようにしたい」ここで訪問したのが江の息子で中国汚職の王とも呼ばれる江綿恒が実質支配する会社だ。つまり江一族の利権は保証している。 2007年江沢民は共青団の李克強だけはトップにつけたくなかった。そこで習に目をつけたのが手下の曽慶紅であり、二人は習のことを「血筋と性格は良いが、何もしないぼやっとした人物」と見ていた。しかし福建省時代の習は猫をかぶっていたのだ。江沢民も胡錦濤も就任1年は前任者の院政を受け入れ安全運転に徹した。胡錦濤に至っては自らの引退まで江沢民の影響を排除できていない。習は1年目から幹部を次々に摘発し、李克強からも経済政策を奪い集団指導体制から権力の一極集中へと強引に舵を切った。なぜか?習は前任者からの指名を受けたわけではない。金正恩のように世襲でもない。元々権力基盤が弱いのだ。習が頼ったのは幼馴染だ。 盟友の反腐敗の司令塔王岐山は習が下放された際には5歳年上で頼れる先輩だった、読書家の王は陜西省の洞窟式住居に習を迎え当時貴重だった本も貸している。10代からの知り合いは裏切らないそれが王との関係だ。2015年7月上海市場が暴落した際に空売り規制を主導したのは公安省次官の猛慶豊、経済犯罪が専門の浙江省時代の習の懐刀だ。周永康が仕切っていた公安省を自分の部下で次々固めて行く。経済政策のブレーンは101中学で1年先輩の劉鶴、そして政権運営を担うのが栗戦書、実務能力は不確かで江沢民の曽慶紅や胡錦濤の令計画のような切れ者ではない。習は昔からの知り合いしか信用出来ない危険な状況に置かれている。 2012年夏の北戴河会議は次期指導部を決める重要な会議だった。チャイナ・ナインはセブンとなり、内習と王を含めて5人が江沢民に近く江が胡錦濤に圧勝したとみられた。この流れを決めたのが令計画の息子の事故死でフェラーリにはほぼ裸に近いチベット族の女性が乗っていた。令は胡には報告せず周永康にたより事件をもみ消した。習ではなく李克強をトップにつけようと画策したのが令でだったが事故の件を知らない胡は江沢民に隠蔽を聴かれても答えられず押し込まれた。事故の翌日には中南海に銃声が響いたが真相は機密扱いだ。この二つの事故をきっかけに薄、周、令、徐の新4人組は次々に失脚し習は自分を引き上げた曽慶紅と江沢民すら抑えにかかっている。 毛沢東以来の個人崇拝の対象となりつつある習近平だが、言論統制はより厳しくなっている。7つの禁句「普遍的な価値観、報道の自由、公民社会、公民権利、共産党の歴史的誤り、特権資産階級そして司法の独立」左右のイデオロギー対立が激しい党内をまとめるに危うい言論を規制する方向に走った結果だ。2017年の党大会でこれまでの規定を守れば盟友の王岐山は引退し、反腐敗運動は緩むことになる。次の戦いは習と李以外の常務委員に誰がなるかだ。

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    投稿日: 2016.04.15
  • 哀しき半島国家 韓国の結末

    哀しき半島国家 韓国の結末

    宮家邦彦

    PHP新書

    事大は廻る

    歴史的に中国は統一と分裂を繰り返してきた。中華と言えば黄河を中心にした漢民族の地域というのが一般的なイメージだが河北は北魏から唐辺りまでは遊牧民系が幅を利かせた。だがこれらの遊牧民は中華の文化に取り込まれ一体化して行く。中国の統一政権で漢民族系でないのはモンゴルの元と満州族の清、満州平野は歴史的には中華の枠外であり朝鮮から見れば清の時代までは満州は同じく中華に朝貢する属国であり自らを小中華と見なす朝鮮にとっては文化的にはむしろ格下と映る。江戸時代までの日本に対しても同様なのだろうけど。 中国は漢の時代を除けば朝鮮を直接支配したことはない。中国からすれば朝鮮半島は侵入しやすいが支配を維持するコストが高い割に合わない土地だ。中華は歴史的にはその範囲を拡大してきたのだが必ずしも直轄を求めてきたわけではない。中華からすると度々華北を侵略する遊牧民や満州への対策の方が重要で、押さえるべきは満州との回廊になる遼東半島であり、朝鮮半島は行き止まりの視線となる。 朝鮮半島の地政学からすると中華が強大になれば朝鮮は従属し、分裂して弱体化すれば対抗する。現在の朝鮮半島は中国も手を焼く金正恩の北朝鮮とアメリカと中国の間に二股をかけどちらにもいい顔をしようとして見透かされる朴槿恵の韓国、そして国内の不満を強権的に押さえつけ影響力を拡大しようとする習近平の中国と言う構図だ。 著者の宮家氏も朴槿恵の告げ口外交にはうんざりしながらも、感情的に反発するのではなくこれからの中韓と日本の関係がどうなるかを歴史を参考に中国が強力かするか分裂するか、南北朝鮮は戦争にまで陥るのかそれとも統一するか、金正恩は権力を維持できるのかそれとも中国の傀儡政権に取って代わられるのかなどを場合分けしてそれに対して日本がとるべき戦略を導き出そうとしている。 朝鮮を理解する為のキーワードとしてあげられているのが「事大主義」と「小中華思想」。事大主義とは大につかえることで、朴政権はその先をアメリカから中国へと変えていっている。この事大主義主義の対局にあるのが北朝鮮の主体(チュチェ)思想で自主独立をうたっている。その手段が原爆とミサイルと自棄になって何をするかわからないと思わせる態度だろう。 事大主義が大国に対するコンプレックスだとすれば表裏一体をなす小中華思想は満州や日本だけでなく中国人も格下に見る優越感の表れとなる。さらには何でも韓国発祥と言い張るあたりはギャグとして見れば微笑ましい。中韓の間にも歴史認識の違いはありコリア国家発祥の地とされる白頭山は中国では長白山と呼ばれ満州族の神聖な山とされる。さらに高句麗が独立国ではなく、中国の地方政権とする発表まで行ったあたりは北朝鮮に傀儡政権を作った後朝鮮半島の統一に反対する中国の意図が見えるようだ。 さて、著者によると最善のシナリオは中国が強大化せず分裂はせずとも安定した状態にある中で朝鮮半島が民主的に統一されることで、反対に最悪のシナリオは中国が強大化し、朝鮮半島を完全に勢力下に置くことだ。そうすると日本の基本戦略は少なくとも韓国が日米側に留まり民主的な価値を共有し続けるようにすることだろう。反日感情にヘイトスピーチで返していては向こうに追いやることになる。敬して遠ざけると言ったところか。

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    投稿日: 2016.04.05
  • ある日突然40億円の借金を背負う――それでも人生はなんとかなる。

    ある日突然40億円の借金を背負う――それでも人生はなんとかなる。

    湯澤剛

    PHP研究所

    明けない夜はない

    1999年父親が倒れた時の湯澤氏は36才、殿様商売と言われたキリンビールがスーパドライに追い上げられた逆風の時期だ。親の仕事を継ぎたくない湯澤氏は一点突破・全面展開でなんとか販路を広げていく。当時の営業現場ではなんのためにやってるのかわからない行動があまりにも多かった。誰か1人の成功体験が理由もなく受け継がれていたからだ。湯澤氏は常に一般化する事を考え「セールスの達人になるための50の事例」という冊子を社内に配る一方で、浪花節のドブ板営業で結果が出る事を覚えていった。まるで将来の予行演習をするかの様に。ニューヨーク駐在に続いて医薬事業の海外子会社の管理業務を務めそろそろまた海外転勤という時に居酒屋を経営する株式会社湯佐和を継ぐ事になったのだ。 湯佐和の年商は20億そして借金は40億、1日当たりの返済が105万なのに資金はショートの連続でなし崩し的に仕事を継ぐ事になった湯澤氏はとにかく資金繰りに奔走する。28億を貸している地元の信用金庫は返済額を下げる事に合意してくれたが、サブのメガバンクは非情だった。「よかったですね。・・・・つきましては、その下げてもらった分の一部を当行への返済に回していただきたい。」結局メガバンクも支払いを月100万円下げてくれる事になったが止めのセリフがこうだ。「湯澤さん、もう一度、ここで手をついて「お願いします」と支店長に頭を下げてもらえますか?」資金を引き揚げられるとひとたまりもない湯澤氏は銀行に対しては最新の注意を払う。そう簡単に倍返しはできないのだから。まずい状況ほど自分から出向いて説明し、すべてにおいて銀行を優先した。「相手の意向や事情をつかんでおかないと、ある時ばっさり切られる事になると思った。」銀行相手に限らないのだが。 社内もボロボロだった。板前の勤務中の飲酒は常態化し、売上金の持逃げや板前同士の喧嘩、お客様への暴言など、信じられない事が続々と発生した。グループ33店舗に店長は2人、各店舗にスポーツ新聞の3行広告で集めた流れの板前が2-3人、金銭管理とお客様対応は責任感の強いパートに押し付けられ、社員は本社に女性事務員が1人。数年前に営業部長と管理部長が子飼いの店長や板前を引き抜いて退職し独立して成功していたというのだから元々問題はあったのだろう。そして店舗はほったらかしで運営されていた。 とにかく資金を回すのを優先するため、板前が止めて店が開けないと途端に行き詰る。不正を働いた社員を問い詰めると開き直られそれ以上追い込む事ができなかった。今ならそんな会社は潰して継がなきゃいいだけだと考えるのだろうがまだ倒産はそれほど一般的ではなかったのだ。そんな中で湯澤氏は死ぬ気もないのに地下鉄に無意識に飛び込もうとする自分に気がついた。2000年4月湯澤氏は覚悟を決め5年間だけ頑張る事に決めた。この時残り34億。 最初にしたのが破産計画の立案、最悪の最悪で何が起こるのか?冷静に考えると連鎖倒産を防ぐため支払いの順番を決めると後は破産するだけだ。家は差し押さえられたとしても夜逃げすることもない。 ・5年の間、たとえ借金が減らなくても、逆に増えたとしても気にしない。 ・とにかくこの5年間は会社を継続することだけに専念する。 ・5年経って状況が何も変わっていなければ、最終計画に従って会社を清算する。 サラリーマン時代同様にまずは1店舗だけの成功を目指した。後の店舗は金さえ回れば大きな問題以外はほったらかしだ。選んだのは営業時間を守らず、板前がお客様の横で一緒に飲んでた「戸塚店」だ。500万かけて改装しアルバイトを雇って丁寧な接客をさせた。新たに店長を雇い板前を外に出させないようにした。そして、その店は以前より流行らなかった。若い感覚を入れようとして外してしまい誰もが居心地の悪い店が出来てしまったのだ。 そしてようやくターゲットを絞る。架空の山本さんは53才、〇〇電気の部長でいつも2-3人でやって来て刺し盛りと冷奴と竜田揚げを頼む。1杯目はビールで後は芋焼酎、この山本さんを喜ばせるのだと。コンサルの勧める女性向けのこぎれいな居酒屋路線は捨て、目当ての店がいっぱいだったらとにかく入れる嫌われない店を目指した。ここまでして成功店が増えてからようやく縮小均衡に舵を切れたのだ。2003年残り30億。 この後も狂牛病、ノロウイルス、火事に支えてくれた社員の死と逆風は続く。ここで湯澤氏がまた変わる。「原因はすべてわたしにあった」と。つまり借金を返すための無理が従業員に無理が従業員に無理を重ねさせたということだ。借金を返したい、楽になりたい、利益を落としたくない。それもすべて我欲なのだと。そんな結論だが少しも説教臭くはなく文章も上手いので引き込まれる。2015年残り1.5億だ

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    投稿日: 2016.03.21
  • 人工知能は人間を超えるか

    人工知能は人間を超えるか

    松尾豊

    角川EPUB選書

    アルファ碁の衝撃

    グーグルのα碁がイ・セドルに完勝した衝撃から1週間、もはやα碁が世界トップクラスの実力を持ちさらに強くなっていることは疑いようも無い。相手の能力を吸収する人造人間セルに対する人間界の英雄ミスター・サタンになぞらえられたイ・セドル(元々囲碁界の魔王と呼ばれている)が一矢報いた4局目ではα碁はまるでバグを起こしたようにミスを連発した。今日行われたコンピューター囲碁大会では日本のZENが優勝したが、ここでもディープラーニングを用いてレベルが上がったようだ。 本書の発行は2015/3/10、そしてちょうど1年後の今年3/9のα碁の勝利でディープラーニングの有効性は証明されたと言って良い。1,2局はイ・セドルにもチャンスがあるように見えた。4局目ではα碁がバグを起こしたように見えた。しかし、3局目や5局目はほぼ完勝に見える。どうやったらこんなに強くなるのか本書にディープラーニングがどういうことをやってるのか解説されている。 チェスや将棋では駒得を点数化したり最近の将棋ソフトでは3つの駒の位置関係を点数化したりしてどの手を選ぶかを判断している、この場合点数の重み付けをするのはプログラマーだ。そしてモンテカルロ法という手法で手を選ぶ。将棋の場合先手の勝率が52%程度でこれがベイズ確率で言う事前確率だろう。モンテカルロ法ではランダムに次の手を選び何通りもの対局をさせてみる。点数の重み付けは勝率に跳ね返るので、例えば次の手が10通りなら一番平均点数の高い手を選べば良い。 しかし囲碁ではこれまでは良い重み付けができなかった。またオセロが10の60乗、チェスが120乗、将棋が220乗に対し囲碁は360乗の変化がある。ちなみに100乗はgoogolと言う単位だ。1年前までは人工知能学者以外は囲碁はAIは人間の敵では無いと考えられていたし、α碁がヨーロッパチャンピオンに5連勝した昨年10月でもイ・セドルに勝てるようにはとても見えなかった。ではどうやったらこんなに強くなるのか。 コンピューターに黒白どちらが優勢かを教えるのは難しい、そこで取られた方法がディープラーニングで簡単に言うと画像処理装置を持ったα碁は過去のプロの対局を学習し、どうなれば優勢かの特徴を自分が集めた画像データーを元に解析した。α碁は過去の対局から独自に特徴を見つけだし、自分で重み付けを作り出す。残念ながらそのアルゴリズムを言語化する事ができないのでα碁が何を考えているのかはわからない。手だけを見てると、過去の常識が通じない、新しい常識が生まれるというような感想が出てくるわけだ。「特徴表現をコンピューター自らが獲得する」ことができれば後はひたすら学習を繰り返しセルのように成長していく。 何がディープかと言うと人間の神経系を模式化したニューラルネットワークの階層が深い層になっている。特徴表現は何種類もあるので例えば10通りの特徴の程度を入力し、さらにその影響度に重みをつけて次の階層に送る。人間の場合は刺激によって神経同士をつなぐシナプスが強化されて重み付けをしている。そこに色だとか形だとかの情報が取り込まれ統合されて一つの認識を作る。コンピューターも多層化するとAからJの10通りのうち次の層ではABC、BDIなど複数の組み合わせでデーターを処理しさらに次の層に送る。そうして高次の特徴を積み上げていくとそこに概念が生まれる。 ここで面白いブレークスルーが入力と出力を同じにするようにした事だ。多層にすると浅い層までフィードバックがうまく働かなかった。平社員の情報を統合して社長まで伝え、それに対する答えを平社員に伝えるといつの間にか前提が変わっていたと言うようなものだ。そこで、出力を同じにして答え合わせをし処理がうまくいっている事を確認する。他にもある特徴はまとめて集団化したりわざとノイズを与えて頑健性を強めたりという事もする。 2012年グーグルは「ネコ」を認識するのに1000万枚の画像をニューロン同士のつながりが100億個という巨大なニューラルネットワークを使い、1000台のコンピューターを3日間走らせている。金額にして1億円相当だ。α碁の場合はCPU1202、GPU176からなりグーグルのHPで見積もるとお値段は60億を超えるらしい。 「目の誕生」によるとカンブリア大爆発は視覚の獲得によって起こったとされる。コンピューターはすでにイメージセンサーという視覚とGPUという視神経を手に入れ自ら学習するようになった。コンピューターが自分より賢いコンピューターを設計できるようになる日は思ったよりも近いかも。

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    投稿日: 2016.03.20
  • 満州と岸信介 巨魁を生んだ幻の帝国

    満州と岸信介 巨魁を生んだ幻の帝国

    太田尚樹

    角川学芸出版単行本

    著者の歴史観は共感できないが満州の躍動感は面白い

    「満州を侵略のシンボルとしてネガティブにみるか、無国籍の大地に日本人の英知を傾けて創った新興国家だったと、ポジティブにみるか」「満蒙は中国のものという中国人の主張は、じつは疑問だらけなのである。そもそも満州族と漢民族は別の民族なのだ」 歴史的には確かに中国は漢民族の王朝と北方民族の王朝がいずれも繰り返してできては消えている。満州が歴史的には漢民族の土地ではないというのはその通りだろう。清朝が倒れ孫文政府の影響力は満州には及ばず軍閥が各地を支配した満州をこの本では「無国籍」状態と書いているが「無政府状態」の方が適当だろう。 五族協和と言う理想があったとしてもおそらくはその前提として「日本人が主導する」があった。産業の基礎を日本が作ったにせよそれは基本的には日本のためであり、当時の常識では自国の生存圏を拡げるために他国に負担を押し付けるのはやられる側はたまらないがそういう時代だったと言うことだ。日本の立場を正当化するとしてもその程度のものだ。 さて、この満州で力をつけたのが本書の主人公、岸信介だ。長州出身の優秀な学生が陸士を目指すのは当然とされた時代に岸は東京帝大に入り、教授からは後を継ぐように要請されたのだが、岸が選んだのはこれまたエリート官庁の内務省でも大蔵省でもなく二流とされた農商務省だった。しかもこの時すでに政治家を志望しており、これからは実体経済だと言うのが岸の見立てだ。岸が目指したのは持てる国アメリカの大量生産ではなく、資源の無いドイツが選んだ「高い技術力と徹底した国家統制化」だ。その岸が乞われて赴任した満州で力を発揮し、敗戦前に帰国して東条内閣を総辞職に追い込んだことが評価され東京裁判でも極刑を免れた。岸、甘粕などが活躍する満州時代の話はやはり活力があり面白い。 一方で満州はとても理想の国家だったとは言い難い。国家予算の歳入の1/6はイギリス商人経由で入手したアヘンの販売だし、鉱物資源が豊富なのに石油が取れなかったとあるが岩瀬昇氏の本によればアメリカの最先端の物理探鉱会社を雇っていれば石油が発見できた可能性は充分あった。農業にしても大農場が適した土地なのにロシアに対抗するためにできるだけ多くの日本人を入植させるのが目的の石原莞爾の方針は農業は二の次だ。陸軍の満州派と関東軍が陸軍中央の慎重論を無視して大隊長や参謀クラスが好き勝手にやっていたのが満州のもう一つの姿だ。「何でもまかり通る満州」この中で岸は軍部を接待漬けなどでうまく懐柔し、経済活動の実権を握り続けた。 大半の国民が反対した日米安保改定を「国民は30年後にはわかる」と言って強行した岸のことを著者は「まさにぶれない政治家」と評価する。今やっている大統領予備選のようにあまりにポピュリズムに走るのもどうかと思うが、「信念を貫くぶれない政治家」が好き勝手にやる「何でもまかり通る日本」は孫の安倍総理が目指している姿に重なる。まあそれを許す野党がだらしないのだし、次の選挙に勝てば追認されることになる。 偶々この本を読みながら向かっていたのが出所後の岸が一時監査役を務めた日東化学工業から残された事業所だというのがなかなか感慨深いとこでした。

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    投稿日: 2016.03.03
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