
義経(下)
司馬遼太郎
文春文庫
ジャンプ打ち切り作品を思わせる鮮烈なラスト(主人公死亡END)
上巻で描かれた少年時代の那須与一との出会い、藤原秀衡との交流に加え、下巻では静御前が登場します。そしてそれらの伏線を一切回収することなく終了。敦盛も勧進帳も弁慶の立往生もなし。屋島での那須与市より、壇ノ浦の阿佐利余一(別人)の方がまだ会話があるというのはなんなのか。
0投稿日: 2016.02.29
義経(上)
司馬遼太郎
文春文庫
あたらしい義経のはなし
鞍馬天狗から兵法の極意を授かり、五条大橋で弁慶と渡り合う、そんな講談、おとぎ話じみたエピソードは一切ありません。その代わりに鞍馬山を脱走し奥州平泉へと向かう途中で少年時代の那須与一に出会い、平泉では藤原秀衡との交流があったりします。「流石は司馬遼太郎、そうくるか」と感心するとともに、後の再会への期待が高まります。 にもかかわらず、下巻の那須与一再登場の場面(屋島の「扇の的」です)は1ページほどで終わり、義経との会話もまったくありません。藤原秀衡に至っては、再登場そのものが無し。平泉どころか、平家撃滅後、義経が京を追われた後はあれよあれよという間に生首になって頼朝の眼前に出されているという有様。これは何なのか。前振りだけが多くて、本来の見どころがまるっきりスルーとは。作者の意図がまったく分からない。……と、しばし考えた所で、何かに似ていることに気付く訳です。「ああ、これはジャンプ打ち切り作品のパターンだ」と。 斬新すぎる義経が評判悪かったのか、それとも作者のやる気がなくなったのか、伏線を張って下ごしらえを終えた所で、風呂敷を広げたまま無理矢理終了。そう考えると、なんとなく下巻の体たらくも許せる気がしてきます。弘法にも筆の誤り、司馬の打ち切り。 上巻は面白いだけに本当に残念です。
0投稿日: 2016.02.29
日本語に主語はいらない 百年の誤謬を正す
金谷武洋
講談社選書メチエ
タイトルに関する部分の内容は一読の価値あり
日本語に特有の主語の無い文は省略されているのではなく、そもそも主語のない文なのだ、という主張は一理あると思います。その点は中々面白い。上記に関する第一章は一読の価値ありです。が、それ以降の章は蛇足。英語と比較し、日本語に存在しない動名詞を論じていたり、日本語における助動詞の活用といった高校の古文で習うレベルの日本語文法を把握していなかったりと、時間を費やして読む価値があるとは思えません。もし購入されるのなら、読むのは一章までにされた方がよいかと思います。
0投稿日: 2016.02.15
グノーシス 古代キリスト教の〈異端思想〉
筒井賢治
講談社選書メチエ
ちょうどよい入門書
死海文書、アイオーン、偽りの造物主<デミウルゴス>……グノーシスにまつわる言葉の数々に心がざわめく人は一定数いることと思います。しかしグノーシス入門となると文献探しがなかなか難しく、手軽な値段のものを探せばサブカル本にあたり、真面目なものを探せばハードカバーの専門書となり敷居が高かったりします。その点で本書は学術的な姿勢は崩さずに初心者にも分かり易く書かれており、入門書としてお勧めできます。
3投稿日: 2016.02.15
坂の上の雲(一)
司馬遼太郎
文春文庫
合本版がおすすめ
「日本騎兵の父」秋山好古・日本海海戦の次席参謀秋山真之兄弟と正岡子規を中心に据え、日清・日露戦争を描いた司馬遼太郎の(いろんな意味で)代表作。 一巻は秋山兄弟の幼少時代から、それぞれ紆余曲折を経て陸海軍に入隊した経緯や、好古のフランス騎兵修行時代など。ちょうど日清戦争の直前までといった所です。真之と子規の学生生活などもあります。 ただ序盤ということで大きな山場もなく、淡々と進みます。日露戦争は三巻から、最大の山場である日本海海戦は最終八巻となっていますので、どうせなら最後まで読み進めて頂きたい作品です。合本版ならバラで買うよりちょっとだけお得ですし。
3投稿日: 2016.01.07
合本 坂の上の雲【文春e-Books】
司馬遼太郎
文春e-Books
司馬史観の経典
数ある時代小説作家の中でも司馬遼太郎を特異たらしめているもの、それが本作ではないでしょうか。 俗に「司馬史観」というものの、「池波史観」、「鳥羽史観」などとは言いません。ただ司馬遼太郎のみ、その名においし歴史観が人口に膾炙しています。戦前の軍国主義を「鬼胎」とし、明治の近代化と峻別する彼の歴史観は、単なる時代小説というには良くも悪くも「思想」的でありすぎました。大衆的な劇作家出身で分かり易いエンターテイメントに徹した池波正太郎とはそこが大きな違いでしょう。 にもかかわらず本作は単純なエンターテイメントとしても完成度が高く、支持者というか信者が出てくるのも仕方のないことかもしれません。ただ本作に見る「司馬史観」は、著者の追随者たちの「司馬史観」ほど単純ではありません。そこには問題点や反省すべき点があり、限界や制約として同情すべき理由もあり、決して手放しの礼賛はしていません。司馬史観に対する姿勢は人それぞれでしょうが、一読してから態度を決しても遅くはないはずです。ぜひ一度手に取ってみて下さい。
4投稿日: 2016.01.06
せっかち伯爵と時間どろぼう(1)
久米田康治
週刊少年マガジン
原点回帰?
『かってに改蔵』、『さよなら絶望先生』と続いた小ネタ羅列スタイルは健在。とはいえ直近の『絶望先生』と比べると下ネタが多く、初期の『改蔵』、あるいは後期『南国アイス』に近いノリです。古くからの久米田康治読者であれば問題ないでしょうが、『絶望先生』の様な作品を求める向きには厳しいかもしれません。 また読んで不安になる著者の近況報告も健在です。ですので、本作を購入して著者の支援をしたい所です。幸か不幸か、本作はそれほど長くないですし。
2投稿日: 2016.01.03
サガとエッダの世界 アイスランドの歴史と文化
山室静
現代教養文庫ライブラリー
トルフィンも出るよ!
北欧神話の本かと思いきや、(人間の)歴史の本でした。『ヴィンランド・サガ』がお好きな人にもお勧めです。(ネタバレになっちゃいますが……)
0投稿日: 2015.08.20
社会をつくれなかったこの国がそれでもソーシャルであるための柳田國男入門
大塚英志
角川EPUB選書
信者向け
柳田國男、田山花袋、民俗学と、本書のキーワードを挙げてみれば「ああ、またか」といった感じなのですが、若かりし柳田國男と田山花袋の関係を、柳田の理想と問題意識に絡めた話は、そういえば無かったかもしれません。 ただ柳田國男論以外の議論はあまり有意義とは言えません。「ちょしゃのかんがえたすごいしゃかい」(そして柳田國男が目指した社会)と比較してあの時はどうだ、この時はどうだ、という空論の上に空論を重ねた虹の架け橋の様な議論です。近代化論や国民国家論(明らかに著者の言う「社会」に一番近いのはいわゆる西欧的「国民国家」)に一切触れずに、言いたい事を言うために都合のいい材料を集めているという印象が拭えません。 また著者は現在の政府や世相を腐さずにはおれないようで、二言目には総理がどうの、ネトウヨがどうのと言い続けています。気になる人は気になるかと思いますので、そういった方は本書を避けるが吉かと思います。歴史的な事柄を扱っている割に、「価値判断を排除する」という歴史学の基本中の基本を心得ていない人なのだな、と流せる人なら読んでみても良いのではないでしょうか。一応、弁護しておきますと、漫画の表現技法の変化などを扱った本などでは、著者もかなりストイックにきちんと書いていますので、そもそも本書の企画があまり気に入らなかったのかもしれません。
0投稿日: 2015.08.20
私と西洋史研究 歴史家の役割
川北稔,玉木俊明
創元社
生きた日本西洋史学史
日本におけるイギリス近世・近代史の第一人者であり、世界システム論と社会史という、マクロ、ミクロ両端の歴史研究において日本西洋史学をけん引してきた著者が半生を語ります。大塚史学、マルクス主義史学との軋轢(というか一方的かつ教条的な攻撃)から現在の西洋史研究が抱える問題まで。 インタビュー形式でとても読みやすいのにも関わらず、内容は専門的です。いわゆる「歴史ファン」が読んでもなんのことか分からないかもしれません。しかし、西洋史専攻の学生にはぜひ読んで頂きたいし、もしイギリス史専攻であるならば学部の早い段階で必ず読んでおかなければならない一冊と言えます。
1投稿日: 2015.08.20
