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洒落者たちのイギリス史
川北稔 / 平凡社ライブラリー
ファッションと贅沢禁止令と社会の変化
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歴史上、あちこちの国や地域で度々出されてきた「贅沢禁止令」。近世イギリスもまた例外ではなく、たびたび議会に提出されては否決されたり可決に至ったりしています。本書はその贅沢禁止令の可否から近世イギリス社…会の変化を読み解いていきます。
「近世イギリスの贅沢禁止令」というと、我々とは縁遠いテーマの様に思われますが、背景にある考えを理解すると、決して我々とも無縁ではないということが分かります。新入社員が安物のスーツから始めて、少しずつ良いものにしていく、それでいて上司より高いスーツや腕時計は遠慮する、そんな有形無形の圧力も、根底にあるのは贅沢禁止令と同じ「既存秩序の維持」という考えです。社会が変動し、既存の身分秩序が揺らぐとき、地位の表象としてのファッションにどのような影響と圧力があるのか、それは現代の我々にとっても無関係ではありえません。その点で本書は現在においても読む価値のある本だと言えます。
元々、著者の初期の名著と名高い『工業化の歴史的前提』と一連のものとして構想されていたとのことですが、一般向けに再構成され、特に歴史が専門でなくとも問題はないでしょう。 続きを読む投稿日:2016.09.16
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北欧神話と伝説
ヴィルヘルム・グレンベック, 山室静 / 講談社学術文庫
有名どころを網羅した入門書(やや上級編)
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いわゆる「北欧神話」といわれるお話にはざっくり分けて、エッダ(オーディンとかトールとかの神話)とサガ(怪物とかも出てくるものの基本的には人間が主役の伝説・伝承)があります。エッダは新旧、二つのエッダに…ほぼ纏められている(二つしか残っていない)のに対し、サガは無数に存在し、とても一つに纏められるものではないといわれています。
訳者によると本書は、エッダに加えてサガの有名どころを網羅し、それぞれの話をなるべく時系列順に並べて分かり易くしたものとのことです。実際、テュルフィング、グラムといった有名な武器やビョーウルフ(ベオウルフ)、シグルド(ジークフリード)といった英雄、勇者がかなり登場します。意外なところでは、フン族のアトリ(アッティラ大王)、デンマークの王子アムレード(ハムレット)なども。その他にも古ゲルマン的な習俗(復讐や従士たちへの財宝の分配、王位の分割相続など)が各所に見られ、まだ部族社会であった頃のヨーロッパの貴重な資料ともなっています。北欧神話に興味のある方だけでなく、初期~中期中世のゲルマン社会に興味のある方にもおススメです。 続きを読む投稿日:2017.08.08
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一般意志2.0 ルソー、フロイト、グーグル
東浩紀 / 講談社文庫
既に部分的には実現されている
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テクノロジーによって一般意思を可視化し参考にしつつ、場合によってはそれを無視する。早い話が、ツイッターなり、ニコニコ動画のコメントなりを国会に流せということです。技術的には十分可能、というか部分的には…既に実現も実装もされているという点、一般意思を賛美するだけでなく、場合によっては理性に基づき、それに反した決断をする必要があることを指摘している点が特筆に値すると思います。
少なくとも民主主義の実装についての議論のスタートにはなるかと。 続きを読む投稿日:2016.11.25
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人間の性はなぜ奇妙に進化したのか
ジャレド ダイアモンド / 草思社
生き物のなかのひとつとしての人間
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『銃・病原菌・鉄』、『文明崩壊』、『昨日までの世界』のジャレド・ダイアモンドが三部作の前に書いた本です。
他の動物の霊長類や他の動物と比べると、人間の結婚という制度は実に奇妙です。「奇妙」という言葉が…悪ければ、生物のなかでは少数派と言ってもいいでしょう。人間と生物学的に近い種に限っても、人間のような「再生産システム」を採用している動物はほとんどいません。なぜ人間はこのような制度を採用したのか、そしてその時期は進化と分岐の途上でいうとどの時点なのかを論じています。三部作でいえば『昨日までの世界』に比較的近い内容でしょうか。第一作である『若い読者のための第三のチンパンジー』を発展させた内容とも言えます。
実証というよりも思考実験と論証という感じで論が進むので、気になる人は気になるかもしれません。また進化論が受け入れがたかったり、人間も動物の一種であると考えることが許せない人も読まないほうが良いでしょう。 続きを読む投稿日:2016.11.25
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ヴィクトリアン・レディーのための秘密のガイド
テレサ・オニール, 松尾恭子 / 東京創元社
ヴィクトリアンでもなければレディでもない
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タイトルから受ける印象に反して本書はイギリス史ではありません。基本的に「19世紀アメリカ」です。「ヴィクトリア朝といえばロマンティックなイメージだけど、実際は臭くて汚くて差別的だった」ということを19…世紀アメリカ(!)を例に、皮肉と冷笑を交えて紹介します。確かに当時のアメリカはヴィクトリア朝イギリスの文化的影響下にあり、ヴィクトリアニズムとも言われる禁欲主義はアメリカでも強く見られましたが、物質的な側面から言えば、むしろ君ら「西部開拓時代」だよね、と言いたい。
このように本書は歴史書ではなく、エッセイ?くらいの内容です。歴史的な写真、図版、イラスト(ほぼすべてアメリカのもの)は豊富ですが、出典や解説はなく、著者のコメントが付いているだけです。
また、あまり値段については言いたくないのですが、これで4000円はかなり割高感あります。4000円といえばちょっとした専門書が買えます。専門書ではないですが、ルース・グッドマン『ヴィクトリア朝英国人の日常生活』がハードカヴァー、上下2冊でちょうど4000円。おなじ4000円ならそっちを推します。 続きを読む投稿日:2019.08.10
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ガリア戦記
カエサル, 近山金次 / 岩波文庫
岩波文庫にこだわる人向け
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カエサルの代表作。ローマ史だけでなく、西洋古代史を見る上で避けて通れない名著……なのですが、いかんせんいささか翻訳が古い。読みにくいというほどではないものの、時々漢字づかいなどが慣れてない人にストレス…となるかもしれません。またカエサルによって著されていない八年目と九年目が省かれて七年目で終わってしまっています。文学的に見ればカエサルの著作という点を重視するのは正しいのでしょうが、史料として考えるとポンペイウスとの決戦を描いた『内乱記』との間に二年間の空白を生じさせてしまっており、不完全と言わざるを得ません。
岩波書店からは電子化されていないものの、新訳が発行されていますし、電子化されたものであれば、講談社学術文庫版や平凡社ライブラリー版があります。そう考えると岩波文庫にこだわる理由がないのであれば、他の版を読まれるのが良いかと思います。 続きを読む投稿日:2016.06.24