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本居宣長(上)
小林秀雄 / 新潮社
源氏物語と「あはれ」
4
本居宣長の学問に対する態度、つまりは短歌、源氏物語、古事記の研究、同世代の学者や弟子達との交流や先達からの影響などが、小林秀雄の解釈によって、仔細に深く描かれています。小林秀雄の宣長に対する思いがいっ…ぱいに詰まった作品です。特に、本居宣長の主たる業績である源氏物語や古事記に関する説明は非常に面白いものですが、ここでは源氏物語に関して紹介します。
本居宣長は、源氏物語を通して紫式部が語りかけてくるのを感じる位に深く源氏物語を読みました。それほど深く源氏物語を読んだ人はいなかった位に。それは、宣長が、「此物がたりをよむは、紫式部にあひて、まのあたり、かの人の思へる心ばへを語るを、くはしく聞くにひとし」と書いているのにも現れています。
宣長は、源氏物語を研究していて、「あはれ」という言葉の重要性に気がつきました。「あはれ」という言葉の意味を問われ、容易に説明できないのは、この言葉が含蓄する意味が深く広いからだという事実に驚いたのです。「あはれ」の根本を追究しようとすると、「あはれ」という言葉の意味はどんどん拡がって行くわけです。
「あはれ」がそのように驚くべき表現性を持っているのは、「あはれ」が繋がっている人の心というものによるのではないかと思います。「あはれ」という言葉は人の心を表現している、人の心ほど深く広く全てのものに対して感じ行き渡り、そしてまた微妙に揺れ動くものはないのでしょう。そんなことを小林秀雄は語りかけてくれます。
宣長の人間観、つまりは人の心についての考えは、次第に、次のようなものへとなったようです。
「おほかた人のまことの情といふ物は、女童(めのわらは)のごとく、みれんに、おろかなる物也、男らしく、きつとして、かしこきは、実の情にはあらず、それはうはべをつくろひ、かざりたる物也、実の心のそこを、さぐりてみれば、いかほどかしこき人も、みな女童にかはる事なし、それをはぢて、つつむとつつまぬとのたがひめ計(はかり)也」(「紫文要領」巻下)
成人男性といえども、その心情の底を探ってみると、女童(めのわらは)のように未練で愚かでめそめそした気持ちが誰にでも潜んでいて、ただ、その女々しい心情を隠すか隠さないかの違いだけだというのです。宣長の言葉に、それを解釈する小林秀雄の言葉が重なって、改めて自分の心に響いてきます。それは、源氏物語は、人の心の真実を描いた作品だということです。今まで気づかなかった世界がそこに広がっているのを知りました。
読みやすい本ではありませんが、じっくりと味わう如くに読み進められたら、新しい世界が現れるのではないかと思います。
続きを読む投稿日:2013.10.05
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黒猫・モルグ街の殺人事件 他五篇
ポオ, 中野好夫 / 岩波文庫
推理と心理
1
この本には、推理と心理の短編小説がいくつも収められています。そのうちの2つを紹介します。
推理小説 「モルグ街の殺人事件」
探偵デュパンは、怪事件の捜査に当たって、その外面の悲惨さの裏に隠された事件…の本質を追求していきます。捜査によって集められた事実をいかに結び付けて結論に達することができるのか、その結論が一般的には不可能なものに見えても、論理的に説明できるのではないか、そういう態度で事件に臨みます。この態度は、著者ポウがこの作品を通して読者の心理にいかなる心象を投影しうるかを考える方法とも重なっていると思います。デュパンが「あるものを否定し、ないものを説明する」と言う時、我々読者ははっとして著者の意図に気がつき、不可能と思われる結論を導き出して鮮やかな説明で納得させる見事な文章に驚かされます。
心理小説 「ウィリアム・ウィルソン」
イギリスの上流階級に属す主人公ウィリアム・ウィルソンは品行が悪く、人を騙しては自分の欲望を満たす人生を送ります。しかし、主人公が悪事を行おうとすると必ず邪魔をするライバルがいて、彼は生涯ライバルと争い続けるのです。イギリスのうっそうとした雰囲気の中、主人公の薄暗い人生が描かれます。物語の最後でその意外な結末に驚き、途中でうすうす予想していたとはいえ、自分が物語のどこで論理の道を踏み外したのかを探ろうして読み返してみても判然としない時、この作品がいかに我々の心理へ巧妙に怪しげな心象を投影することに成功したかがわかります。
続きを読む投稿日:2013.10.05