
あと千回の晩飯 山田風太郎ベストコレクション
山田風太郎
角川文庫
できることなら、自分もこの域へ……
作品の冒頭、大作家たちの老耄の様子が紹介されていて、ちょっとドキドキしてしまった。こ、これを正視していいのだろうか!? しかし、風太郎先生には、諸先輩達を嗤ったり、馬鹿にするような気持ちはないのだ。風太郎先生自身も(そして読者たちも)やがて同じ姿をさらすことになる、それが人間なのだ! という、諦観とも少し違う、おおらかな人間賛歌とでも言うのかな、そんな気持ちが作者の根底にあるような気がする。晩飯千回……と自分の余命をたとえる余裕、ユーモア、自分もそんな境地で老境を迎えたいものだと思った。 ところで、カバーのイラストだけはどうもいただけない。風太郎先生がヘビースモーカーであったことは作品内でも明かされているが、いくらなんでも白ごはんにくわえタバコというのは、あり得ないと思うのだが! そもそも晩酌党だった先生の晩飯です、白飯かっ込むというイラストが適切なのだろうか……。作品内に一時期の献立が紹介されているので、興味ある方は本書でご確認を。
0投稿日: 2016.12.11極北に駆ける
植村直己
文春文庫
解説文にも価値あり
古い作品が電子書籍化される際に、写真、図版、解説などが「省かれてしまう」悪例が少なくない。しかし、この「極北に駆ける」では、それらがきちんと収録されております。さすが大手の文春、良心的だと思います! 解説は、本文中にも登場する大島育雄氏。かつて「エスキモーになった日本人」という好著を書かれた方でもありますが、植村さんの素顔や、この本が書かれた1974年当時と現在のエスキモーを比較した、たいへん興味深い一文を添えています。
0投稿日: 2016.10.12吉里吉里人(上)
井上ひさし
新潮社
辞書片手にゆっくり読みたい
文庫本は3巻で1500頁という大作ですが、その気になれば2日間で読破できるはず……です。なぜなら、筆者には「小説内の1日半の出来事と、読者の読み進む時間が一致するように書く」という実験的意図があったらしいので。そうやって一気読みし、娯楽SF作品として理屈抜きで楽しむのもありです。が、発表から30年も経っていることもあるので、辞書を片手にゆっくり読み解く、という方が、より作品を理解できると思います。 例えば文中には「ア式蹴球」とか「白河夜船」とか、確かに昭和の時代には普通に聞いたけど、今はちょっと分からない、という言葉が数々出てくる。また、主人公の古橋(小説家)の失敗作の例として「目腐心中」なんて作品が出てくるが、これは筆者の直木賞受賞作「手鎖心中」のセルフパロディかと思われます。こういうのも元ネタを知らないと楽しめないので、疑問が出てきたら調べながら読む、というのがいいように思いました。
1投稿日: 2016.05.30一夢庵風流記
隆慶一郎
新潮社
歴史小説の醍醐味
本書を(紙の本の出版当時に)最初に読んだ時の衝撃は忘れられない。自分達が知らない歴史の狭間に、こんなすごい男がいたのか!!という驚き、そしてそんな男に出会えたことへの感動!である。 本作が連載された1988~89年当時、前田慶次は、まだほとんど無名の人物だったように思う。それが今のように、知らない人がいないくらいの人気武将になったのは、間違いなく本書の功績だと思う。
0投稿日: 2016.05.27日はまた昇る
アーネスト・ヘミングウェー,高村勝治
グーテンベルク21
改訂版を希望します
本書「グーテンベルグ21版・日はまた昇る」には、誤訳・誤用・誤変換などが散見されます。読書の興がそがれること甚だしい! 訳者の方は高名な文学者であり、下記のようなミス表記を繰り返すとも思えないので、これは電子書籍化の際の入力、あるいは校正のミスではないのか? 版元さんはすぐに改訂版を出すべし。せっかくの名著が泣いてます! 以下、私が気付いたおかしな箇所を列記。 「彼翌」……辞書等調べたが、どうしても意味不明。喫煙の場面なので、もしかしたら「比翼煙管」の誤変換かもしれない。 「こんばんわ」……小学生レベルか! 「Sバス」……もしかしたら、パリにそういうバスがあるのかもしれないが、たぶん「バス」の入力ミスでは。 「部情報を手に入れる」……これも意味不明。単に「情報」の入力ミスか。 「風が麦にそよいでいた」……そよぐのは麦では? 「風に麦がそよいでいた」だと思うけどなぁ。 「すばらしだったよ」……「すばらしかったよ」の入力ミスか。 「ロースト・ジェネレーション」……これは巻末の解説部分より。失われた世代なら「ロスト・ジェネレーション」じゃないですかねぇ。ローストだと「炙り世代」ですよ。 以上のような箇所が気になり、作品に没入できなかったのが残念! しかし内容は、やはりすばらしくて、一読の価値はあります。決して満たされることのない、不毛の愛にとらわれた主人公とヒロインの関係が切ないのです。虚無を感じさせる場面の乾いた筆致と、釣りや闘牛の場面での活写ぶり、それらの対比も見事です。
3投稿日: 2016.03.23老人と海
アーネスト・ヘミングウェイ,野崎孝
グーテンベルク21
せっかくの名作が~~~
本の内容は、すごくいいです。主人公の「あきらめない心」に共感します。たとえ老いても、自分のやれることをやるんだと、決意を新たにさせてくれる一冊です! が、残念な点も。本書には、シイラ、エイ、という漢字が度々出てくるのですが、「※しいら、魚へん+暑」などと表記され、漢字では出てきません! 無料の青空文庫では、このような表記はよく見ますが、お金を出して買った電子書籍では初体験です。読書の興をそがれること甚だしい!! そもそも翻訳なのだから、「シイラ、エイ」とカタカナ表記にしてくれたら済む話と思うんですがねぇ。版元さんが手抜きしてるように感じてしまいます。
1投稿日: 2016.02.02太陽の子
灰谷健次郎
角川文庫
読み継いでいきたい名作です
主人公の少女が素晴らしく魅力的で、最初の数頁であっという間に物語の世界に引き込まれます。読み進めると、様々なことを考えさせられます。戦争の傷跡――。沖縄の人たちの悲しみ――。本書は昭和54年の作品ですが、登場人物が「戦後30年も経っているのに、まだ戦争の傷は癒えない」と嘆く場面があります。戦後70年の今はどうでしょうか。本書を読んだあとの自分は、戦争法案やら、沖縄の基地問題のことなど、他人事と思ってはいけないと強く感じています。
1投稿日: 2015.10.22城のなかの人
星新一
角川文庫
これも面白い
星新一先生は、SF・ショートショートはもちろんですが、歴史物も面白かったのね! 本書には短編5作が収録されていますが、なかでも実在の人物をモデルにした3作品が面白い。すなわち豊臣秀頼と大阪城を描く表題作、由井正雪のペテン師ぶりが痛快な「正雪と弟子」、幕末の幕府側の英傑・小栗忠順と徳川埋蔵金の秘密に迫る「はんぱもの維新」、これらは出色の出来です。 SFファンのみならず、歴史物が好きな方にもおすすめの一冊です!
1投稿日: 2015.10.22ひとりガサゴソ飲む夜は・・・・・・
椎名誠
角川文庫
飲む人も、飲まない人も
さすがは「怪しい探検隊」のシーナ先生、旅やキャンプや渡航の経験は実に豊富で、従って各地各国のサケとサカナについて、実に色んな事を教えてくれます。うわぁ、美味しそう! と思わず飲みたく(食べたく)なるものから、おえ~~、それは勘弁! というものまであって、読むだけで飲んだ気になれるので、休肝日にもおすすめのエッセイです(笑)。うんちく満載で、飲む人はもちろん、飲まない人も楽しめる一冊です。
0投稿日: 2015.10.17星々の悲しみ
宮本輝
文春文庫
素晴らしい短編集
親友の死を通じて、自身の生きる意味を見つめる……という表題作をはじめ、全7編の短編が収められています。どれも素晴らしい作品ですが、個人的にもっとも惹かれたのは「小旗」という一編。おそらく何かの障害があるであろう青年の、愚直でひたむきな仕事ぶり。それを目にして主人公は感動します。生と死や、健康と病。表裏一体となっていて、誰でもどっちに転ぶか分からないのに、私たちが日頃、つい目を背けている部分。そんな闇の部分にも、人を感動させる何かが、生きる喜びを知らせる何かがあると、この短編集は感じさせてくれました。
1投稿日: 2015.09.28