
祈る時はいつもひとり(上)
白川道
幻冬舎文庫
やはりハードボイルド・・・上巻では主人公・茂木の魅力が今ひとつだが。
氏の代表作と言える天国への階段・最も遠い銀河(この二作は設定があまりにも似すぎているが)と比較すると、上巻の最初から登場人物が多々出てくる。登場人物全体を把握しきれないうちに中巻に突入することになった。一方で、“株式の仕手線”や“香港返還を目前にしての華僑の動き”など虚々実々の不気味な動きが見えてくる。これはこれで面白く読める。それにしても、主人公・茂木と純子の接近があまりにも早くないかな。全体としてハードボイルド調を貫いているが、この部分だけ妙に違和感を感じる。それはさておき中巻へ。
0投稿日: 2017.03.20
海炭市叙景
佐藤泰志
小学館文庫
虚無感を感じるようなドライな短編集の中にも、人間を見つめる作者の温かな想いが感じられる佳作
海炭市(函館がモデル)に住むフツーの人々の暮らしをつづった18の短編からなる作品。それぞれの短編が関連するような、しないような。それでいて一貫したテーマを訴えてくるようにも感じられる。うまくは表現できないが、『生きる上でのある種の悟り-あきらめとも開き直りとも異なるが-』が感じられる。短編のテーマとは別に、この本は第一章、第二章にわかれており、第二章の標題:物語は何も語らず・・・に全て集約されているような気がする。41歳で自ら命を絶った佐藤氏だが、もう少し書いてほしかった。
1投稿日: 2017.03.19
死国
坂東眞砂子
角川文庫
内容は結構重いがページ数も多くなく気軽に手にとって読める。何もしたくない時の読書にうってつけ。
何も考えずに淡々と(時間潰し的に)読むにはうってつけの物語だと思う。ストリーとしては結構面白かった。期せずして兄妹間の近親相姦の結果として鵺(ぬえ)を導くための闇が生まれてしまったのか、あるいは、どんな場合でも息子は母親を守りたいという彼の強い意志の結果、鵺となってまで闇を生んでしまったのか・・・、男はいくつになっても母親が好きであるとすると後者を選びたい。
0投稿日: 2017.03.18
COCORA 自閉症を生きた少女 1 小学校 篇
天咲心良
講談社
広汎性発達障害の人の方が、ある意味で重い自閉症の人よりも生きにくいかもしれない。全てが個性として捉えられるような世の中になってほしい。
知的な遅れを伴わない広汎性発達障害の女性が成人した後、“~小学校時代まで”を記述した本で、自身のこともあり内面描写が良く書けている。我が家の長男は、知的な遅れを伴う自閉症スペクトラムだが、彼の幼児期の???に満ちた行動がこの本を読んで腑に落ちた(彼も結構きついんだと思う)。長男を見ていると普通の子より優れていると思われる面も多々あり、人の持つ知的な容量はどの人も同じようなもので、全体的にフラットなのか、激しく凸凹を伴うのかの差異と考えている。どなたかの感想に自閉症の人が書いたと思えないというくだりがあるが逆である。自閉症ゆえに、感情を伴ったすぐれた記憶を持つ人もいて、作者がその一人だと思う。保育士さんやら教師に読んでほしい本。
0投稿日: 2017.03.18
そして、星の輝く夜がくる
真山仁
講談社文庫
経済小説の多い真山氏の渾身の震災小説:子供たちの無垢のひたむきさが涙をそそる!
敢えて言えば、一昔二昔前の学園ドラマの様な感じもするが、くさいと思いつつ、のっけから”まいど先生”にやられた。震災後の子供たちの弱さ・大人への遠慮(がまん)が徐々に生きる上でのたくましさに変化する様子が良く書けている。『頑張るな!我慢するな!』とはよく言ったものである。まいど先生こと小野寺も良かったが、ここに登場する校長が格好よく、こんな校長がいてくれたらと切に思う。実際には、フクシマ苛めに鈍感な教師達とさらに輪をかけてだらしない教育委員会の対応を見ると、現実の“教師と言う村社会”にむなしさを感じる。6年後の3.11を前にして何気なく手にした小説だが、この本はあたり:是非とも多くの方(特に教師たち)に読んでいただきたい。
0投稿日: 2017.03.15
黄金の騎士団(下)
井上ひさし
講談社文庫
若葉ホームの子供たちの奮闘、未完だが、この本にはハッピーエンドが良く似合う。
未完と分かりながら読んだが・・・本当にプツンと切れた感じの終わり。この後どう展開するかは人によって違うと思うが、黄金の騎士団(若葉ホームの子供たち)に最後まで勝ちまくってほしいと思う。政治家の悪を追求するために開催される偽物パーテーに参加する俳優たちを生かす道は映像の公開しかなく、本当の映画として封切られれば面白い。そして、若葉ホームの子供たちには、是非とも花咲で日本版ベンポスタを作ってほしいと思う。『この小説には、ハッピーエンドが良く似合う』
0投稿日: 2017.01.28
黄金の騎士団(上)
井上ひさし
講談社文庫
井上ひさし氏の未完の小説 : 孤児院の子供たちの生きる知恵に喝采
恥ずかしながら井上ひさし初読。作家として(どちらかと言えば劇作家として)有名な作家を外していたのは、私自身が若かりし頃に何となく氏に軟弱な印象があったため。この本、とにかく面白い。IQ 280の少年がいるのかとか、素人の先物取引で勝ち続けることができるのかと言った若干非現実的(ご都合主義的) な要素はあるものの、若葉ホームに集う"親に捨てられた子供たち"が自らの力で生きていくために知恵を絞ってパワーゲーム(マネーゲーム)に突入していく。拾い親たちの温かい視線も良い。子供たちに大いなる幸あれと祈りながら下巻へ。
1投稿日: 2017.01.28
出星前夜
飯嶋和一
小学館
飯島和一に外れなし。出星前夜も素直に凄い本だが、いかんせん寡作すぎ。
紀伊国屋書店『飯島和一に外れなし』の書評とおり、一言“凄い本”だった。島原の乱の後半戦・原城跡の戦いの場面が長すぎる気もするが、多くは蜂起軍が鎮圧部隊(糞侍=幕藩体制そのもの)を良いように愚弄する場面が多く、やはり、体制側 vs 抑圧された庶民と言う構図にあって、庶民側に氏の温かい目が注がれている。この対比は典型的な飯島ワールドだが、今回に限っては、蜂起軍に対して必ずしも100%好意的ではなく、喧嘩両成敗的なニュアンスの方が強い。どんな大義を持ってしても戦そのものが悪と言う事か。そんな中で脱・戦を果たしたジュアンの医師としての終生の活躍が最終章を温かいものにしている。
2投稿日: 2017.01.15
自閉症の僕が跳びはねる理由
東田直樹
角川文庫
発達の偏った人々へ、息苦しい世界かもしれないけれど、それなりに楽しく頑張れ!
我が家の長男も発達障害があり、幼少時に『自閉傾向』と診断されました。対して作者・東田君は“重度の自閉症”と言われていますが、こんなにも豊かな文章表現力があり、思考も感情もいわゆる健常者と何ら変わることが無いことに気付かせてくれました。実は本書を読み進めるうちに、彼は知的な側面は比較的高い高機能アスペルが-ではないかと疑いましたが、本書の英訳者のあとがき(まさに健常者側)を読んで小難しい文ゆえに納得するあたりは、まだまだ発達障害を上から目線で見ている自分自身が情けなくもなりました。確かに長男を見ていると、人は誰でも能力は同じようなもので誰にでもそれなりの偏りがあり、この偏りが極端にある人々が、『発達障害(普通を押しつけられると我慢できない人たち)』と言われているだけの様な気がします。我が家の長男君も、それなりに生きにくい世の中だろうけど、楽しく頑張れ!
3投稿日: 2017.01.14
汝ふたたび故郷へ帰れず
飯嶋和一
小学館文庫
飯島氏の初期作品で時代設定は現代だが、その後の名作に繋がる萌芽を感じる佳作。
飯島氏の初期の作品群。表題の中編とスピリチュアルペイン・プロミストランドの2編の短編から構成されている。この本のテーマは、『再生』ということか。いずれの登場人物も“どこか崩れているけど何となくいい”、読んでいて結構引き込まれる / 飯島氏は最初から筆力のあった作家だと認識できた。彼の現代ものも良いと思うが、やはり飯島先生は江戸時代が良く似合う。この表題作で文藝賞を受賞したのが1988年、30年近く経過しているが、その後の氏の作品は全て題名が言える程度の数 : いくらなんでも寡作すぎないか。彼の小説を待ち続けている人は数多いると思うが。
0投稿日: 2017.01.06
