
幻夏
太田愛
角川文庫
水沢尚の幻夏は再生されるのだろうか?
脚本家だけあってストーリーが三重にも四重にもなっていて読んでいて全く飽きなかった。前作の『犯罪者』も含めて脱帽するしかない。それにしても冤罪に端を発した悲しく、切なすぎる物語だった。警察・検察・裁判官の無謬性を信じて疑わないみずあず態度が冤罪を生み出す温床になることに腹も立つ一方で、池袋暴走のじじいやゴーンなどは一方的に叩きのめしてほしいという心情もある。水沢尚が終章でカーテン越しに見た”本当にあった夏”は、幻夏として終わって欲しくない;水沢尚の後半生に幸あれと願わざるを得ない。次作『天上の葦』は積読状態だが、楽しみとしてしばらく置いておこう。
0投稿日: 2020.04.27
狗賓童子の島
飯嶋和一
小学館文庫
政治はいつの時代も自己保身だけ:松江藩の糞侍と現政治家
大塩平八郎の乱に連座して追われた西村履三郎の子息・西村常太郎の前半生がテーマ。子息というだけで15歳で隠岐(島後)に島流しとなった常太郎が医者として活躍。海運が盛んになった江戸時代末期、人々の往来も激しくなり、傷寒・コロリ・麻疹が次々と島を襲う姿は、現在のコロナを見ているような気になる。島民との血の通った交流の一方で、飯嶋氏得意の松江藩の糞侍(ぶさ)どもの愚策と自己保身があぶりだされる。政治とはいつの時代もこんなものか。折しもTBSで仁が再放送。狗賓童子の島・仁・現在のコロナ;重なってるな。
0投稿日: 2020.04.27
星宿海への道
宮本輝
幻冬舎文庫
星宿海に消えた雅人、娘は新たな星宿海を見つけられるだろうか。
久しぶりに読んだ宮本輝小説。氏の小説は何を読んでも『何となくいい』としか言いようがない。星宿海に行くと言って失踪した雅人とその母の数奇な運命は非日常的だが、それを取り巻く人々の生活は多少の波乱があるものの平凡に過ぎて行く。これらの人たちの何気ない会話や関わりを通して“何か”を問い詰めようとする氏の文学は何とも言えない味わいがある。雅人の娘『せつ』は、母親である千春の愛情を受けて新たなる星宿海を見つけるのであろうか。
2投稿日: 2020.02.15
くろふね
佐々木譲
角川文庫
警察小説で有名な佐々木氏だが、彼の歴史ものもお勧め
本書の紹介どおりのまさに黒船とともに生涯をおくったラストサムライの物語。幕末物は戦国時代と併せて人気が高いが、黒船到来時の浦賀奉行所・与力・三浦三郎助の生涯を書いたもので、大変興味深い一冊。三郎助父子が最後に到達する五稜郭といえば、榎本武揚、土方歳三くらいしか知らなかったが、中島三郎助という武士らしい武士(行政官であるとともに軍人)がいたことを、そして彼の生涯が黒船とともにあったことをこの本で知った。それにしても、三郎助自身は十分に生きた生涯だったかもしれないが、恒太郎・英次郎の2人の息子を巻き添えにしたことが親としてよかったのかどうか、唯一疑問の残るところである。
0投稿日: 2018.04.14
幻坂
有栖川有栖
角川文庫
大阪の人には、特にたまらないと思われる上質な短編集
天王寺七坂+2編を加えた短編集。作者は、あとがきで『大阪を舞台とした怪談』と記しているが、いづれも読み応え十分なファンタジー作品になっている。決して怪談などと呼ぶようなものではなく、上質この上ないファンタジーである。有栖川氏といえば推理作家のイメージが強いが、氏の別の側面を見たようで是非とも読んで欲しい佳作。
0投稿日: 2018.02.06
生きるぼくら
原田マハ
徳間文庫
喧騒だけの都会の生活に疲れた方に是非『生きるぼくら』を
既に還暦を意識するようになったおじいの感想としては何だが『マハさんの小説は、やはり心洗われる』というのが素直な表現。引きこもりだった主人公(人生)が蓼科で米作りを通して成長していくというストーリーは、”まぐだらやのマリア”をもっと現実的にしたアナロジーだが、それにしても自然いっぱいの中で米を作りたくなった。そういえば、南魚沼がセカンドライフの居住地としてさかんにPRしているな~。
0投稿日: 2018.01.07
永遠の旅行者(下)
橘玲
幻冬舎文庫
脱税という経済小説と思いきや、てんこ盛りで面白い
永遠の旅行者(PT)とは租税回避の方法論ではあるが、この小説に関しては、真鍋恭一という心に傷を持つ主人公の『”心は”永遠の旅行者』と言い換えることが出来ると思う。サスペンスあり、推理あり、登場人物達のキャラもきちんと伝わり、どことなくハードボイルド調のタッチといい、てんこ盛りの面白い小説だった。ネタバレにならないよう内容は省くが、天子を救ったのではなく、天子に救われたのは僕のほうだったという何気ないラストも意味深い。橘玲氏の初読みだが、私としてはとってもお得な小説を読んだと思う。
0投稿日: 2017.11.11
永遠の旅行者(上)
橘玲
幻冬舎文庫
PTや脱税の方法論のみならず、サスペンスとしても上質。
どこの国にも属さないPerpetual Traveler(PT)恭一が主公だが、単なる脱税や節税方法をめぐる話ではなく、サスペンスとしても上等なストーリーになっている。最初はビックアイランドの観光モノかと思うくらいハワイ島(それもリッチマンの)の話が多かったが、『天子に手を出すな』というフレーズ以降、サスペンスの要素が多くなる。恭一を取り巻く人物達もそれぞれに独特なキャラを有しており(いわゆるキャラが立っており)、面白い展開を期待しながら下巻へ。
0投稿日: 2017.11.04
ファミレス 下
重松清
角川文庫
家族とは、夫婦とは、易しい文章で考えさせる良作。
上巻では何となく冷たい印象を持った桜子の言葉に妙に納得させられた。”一生離れないことを前提に結婚することのほうが不自然”とか、”夫婦にも定年があっていい”とか、なんだかよく分かるような気がする。現実には、制度やしがらみ、生きていくための資金が必要なので難しいとは思うが・・・・。一博には気の毒だが、FA宣言した潔い桜子に拍手を送るとともに、終盤で離婚届を陽平に返そうとした美代子にも拍手を贈りたい。子育て後の夫婦を継続しても、解消しても、どちらもそれぞれに立派な人生。結局はどんな選択をしても核のある人生が大切ということか。
0投稿日: 2017.10.30
ファミレス 上
重松清
角川文庫
中年男たちの日常的な描写、微妙な心理状態を見事に記述。
久しぶりの重松小説。さりげない日常の記述はどの小説でも同じで何となくホンワカしている感じが重松ワールド。でもファミレスに限って言うと『40代後半~50代前半の人生の折り返し点を迎えた人間関係の危機』みたいなものが伝わってくる。上巻を読み終えた今日に限って、我がカミサンは子供たちとともに、ママさん仲間と飲みに行っており、我が身は一人さびしくビールを飲みながら上巻を読了。上巻終盤の主人公・陽平とアナロジーを感じながら下巻へ。
0投稿日: 2017.10.22
