
総合評価
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powered by ブクログ過去の歴史、時代背景を踏まえた読書の位置づけの変遷を辿れる。自分も働いてから本を読めなくなったと感じるのでこの本は興味関心のど真ん中。
0投稿日: 2025.11.17
powered by ブクログ自分が、「なぜ働いていると本が読めなくなるのか」を働いているのに読めるのか分かった。 確かに、って事がたくさん書いてある。
0投稿日: 2025.11.17
powered by ブクログタイトルに惹かれて読んでみた。 結果、とても良い!うん、うん、うんと頷きまくりながら読了。過去のわたしに読んで欲しかった!(当時はまだ発売されてないけれど) 自戒の書として、側におきたい1冊。 まず、各時代背景と読書の位置付けについて書かれており、立身出世の成功に必要なのは教養や勉強などの社会に関する知識であり、現代に必要なのは、自分に必要な情報で、不必要な情報はノイズとして除外することだという。 スマホで得られるのは、自分の知りたい情報(ノイズのないもの)で、読書は想定外の展開などノイズ性のあるもの。ノイズがあるか、ないかの違い。 全身全霊で働いていると、ノイズを頭に入れる余裕がなく、自分に関係あるもののみを求めてしまう。ーそれが、働いていると、スマホは見られても読書はできない原因だという。 私自身も、社会人1、2年目の激務時代、ダラダラスマホを眺める時間はあったのに、本を読む時間はゼロに等しかった。というか、本を読むエネルギーが無かった。 この本でいうところの、「全身全霊」で働きすぎていたから。当時の私は、仕事に全力をかける人、自己実現を果たしている人がキラキラして見えていた。周りもそんな環境だったのもあるかも。 最後の方はバーンアウトしかけていて、今思えば鬱の一歩手前状態だった。 出産・育児で、仕事から距離を置いたことをきっかけに、仕事以外のことにも目を向けるように。 以降は、この本のとおり「半身」で働くことを意識出来ているように思う。 社会全体が「半身」で働ける社会になりますように。そして、働きながら本が読める社会になりますように。
0投稿日: 2025.11.17
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
たまたまYouTubeでレコメンドされた那覇のジュンク堂に行ったblogを投稿していた三宅氏の著書。 時代と共に移りゆく労働の持つ意味合いと労働への向き合い方が、その時々の読書の意義を変化させてきたことが分かった。 現代のネットやAIを用いて得る情報はノイズのない欲しい情報そのものであり、それをこなせることがスキルとして評価される今。読書によって、大まかに求める情報とその周辺の情報に触れ、知識とすることを無理のない程度に積み重ねていきたい。 読書をするきっかけをくれた大切な一冊。
0投稿日: 2025.11.16
powered by ブクログ現代人は自己実現のために働きすぎだよ、 仕事は半身でやって本を読もう。 メッセージはわかります。 そこに異論はありません。 貴方すごいペースで本出して、あちこちに顔出して宣伝しまくってるじゃなーい、なんて言いません。 問題は時代を切り取るにあたっての本の挙げ方。 まずストーリーありきで、その文脈に合う当時の売れた本を切り取ってるだけ。 司馬遼太郎はサラリーマンのノスタルジーではなく、前時代の上世代から「読め」と強要された、読んでないと言えない空気、これも多いと思うし、 ネット=情報、知識ではない、も、YouTubeで知識を得るチャンネル(自らの選択以外も流して聴ける)も出てきてて、なーんかなーってなる。 まぁ、それこそ本は読むも読まぬも自由選択。 本を読む時間は作りますが、「好きと〜」からの2作で、三宅さんの本はお腹いっぱい。 書評家としては素晴らしい方と思ってますよ。
5投稿日: 2025.11.15
powered by ブクログ絶対に『花束みたいな恋をした』を見たあとで読んだほうがいい 著者の三宅さんとは同じ高校の出身だということもあって、話題になったこの本を手に取りました。 就職してから大好きだった読書ができなくなった自身の経験をもとに、明治以降・近代化してからの日本人の働き方と、読書のあり方(読書に限らず、文化・教養の受け取り方)の変遷という2本の線を並行をさせて比較し、労働と文化を両立できるはたらき方とは?を追求する1冊です。想像よりもフランクでやさしい文体で、はつらつとした女性の軽やかさと情熱にグイグイと引き込まれます。 「本が読めないのは仕事に時間が取られるから、労働で気力が奪われるからじゃないの?それと時間の使い方の選択肢が増えたからじゃん?時間の潰し方を無限に用意してくれるスマホがあるからじゃん?」だれもが読む前に予想するところでしょう。もちろんそれはそうだけど、かなり深堀りされた解像度の高い答えが著者によって提示されます。 なにより2021年の映画「花束みたいな恋をした」の主人公カップルの社会的な位置づけの違いに注目し、労働と文化のあいだには常に「社会的な格差」が影響しているという文脈を見立てた著者の着眼点がおもしろい。一見関係のなさそうなものがつながってしまう作用、これこそが教養のなせる技であって、この本のメッセージのひとつだと思います。哲学者ブルデューの『ディスタンクシオン』にも通じるものを感じました。これ映画見てたらもっと味わい深く読めたなあ。今後この映画を見る機会に、この本で提示された文脈でしか見られなそうなのがちょっと残念かも(自分のせい)。見てから読めばよかった! 明治時代、海外から自己啓発の概念が輸入され、立身出世を焚き付けられる労働者男性と、それを他人事のように眺めるエリート階級の構図が生まれたと見て取れ、明治すでに『花束みたいな恋をした』のカップルのような構図はすでにあったということが面白かったです。 その他、紙の価格高騰から円本(=全集)や文庫が誕生したエピソードなど、本そのものの変遷も興味深かったです。昭和のころ、中流以上の家庭の戸建てなら玄関からすぐの部屋には洋式の応接間があって、そこの本棚にはかならず日本文学全集、世界文学全集の背表紙がズラリ、教養も誇示できるインテリアとして鎮座していたものです。いまではそんな応接間なんて余裕も必要もなくなったうえに、オンラインで世界中の文学作品が読める。世は遺品整理や終活ブームで、無用の長物は処分したい。”全集インテリア”はもう見られなくなった光景ですよね。 「読書はノイズをはらむ」と著者は言います。2020年代に現れた効率的に手っ取り早く教養を得る『ファスト教養』という言葉。お金と時間をかけて1冊のビジネス書に向き合うより、同じ内容を10数分に要約した有益な情報のみをYouTubeを無料で見るほうがコスパ・タイパが良いという風潮を表したものです。ファスト教養によってバッサリ切り落とされた贅肉こそが『ノイズ』、言ってみればムダな部分ということ。著者のお気持ち、付随するエピソードといった余談や、なんなら本屋に行く手間、買う手間、自分でページをめくる手間、、、コスパ・タイパという俎上のうえで切り落とされるそれらを『ノイズ』という概念に集約させているのが分かりやすいです。詩的で抽象的な部分を含んだメッセージを能動的に受け取りにいくより、具体的な情報をのみを流し込まれるほうがハードルが格段に低い。だから本は読めなくてもスマホは見れるという現象が起こるのだと思います。『読書』は他者の文脈を汲み取りつつ読み進めなければいけないけど、『情報』にはしっかり用意された答えに一本道でたどり着くルートがあるから。 タイトル「なぜ働いていると本が読めなくなるのか」、この問いへの著者の答えは「仕事以外の文脈を取り入れる余裕がなくなるから」。そして大切なのは他者の文脈を遮断せず、一見ムダな知識『ノイズ』をあえて受け入れること、それが働きながら本を読む一歩だと著者は言います。これには本当に同意するところで、わたしも、”風が吹けば桶屋がもうかる”ように、一見役に立たない本(や映画、音楽、美術、etc)がじんわり漢方薬のように自分の人生に効いていたとあとになって気づくことがありました。 いまの働き方の元凶とも言える「新自由主義」について触れた章も面白く読むことができました。新自由主義への懸念、前田裕二著『人生の勝算』への批評的な目線など、著者の論調のギアがグッと上がってドライブしてくるあたりがアツい!「ルールを疑うことと、他人ではなく自分の決めた人生を生きることは、決して両立できないものではないはず」という著者の熱いメッセージは胸に響きました。正直、ところどころ強引なこじつけに感じる部分もあるけれど、ある程度クセがある方が味がしてメッセージとして面白いと私は思います。ファスト教養的観点からすれば、クセや味なんてそれこそノイズなんでしょうけどね。 本も読めない(=趣味を心底楽しめない)社会を改善するには、美徳とされているストイックなオーバーワークを褒めるのをやめること。それからはじめようと著者は提示します。そして仕事も趣味も家事も、全身全霊でなく”半身”でこなすことだと。ストイックという幻想に縛られない生き方については最近自分も考えていました。私は若い頃、ストイックに求道的に生きて名を挙げて、「自分は何者である」という勲章を手に入れないとこの世にいてはいけない、とすら思っていたかもしれません。でも今は違います。自分が自分であるだけでいい、勲章は必要ない。”生きてることそれだけをもって、生きててOKという許可証だ”と思っています。SNSで散見される勲章の博覧会に心揺さぶられないように意識しています。 最後に思わず「そう!」と声が出た、私が大共感した文を引用します。 "好きなことを活かせる仕事── 麦(※映画『花束みたいな〜』の主人公)の言うとおり、それは夢物語で、モラトリアムの時期だけに描くことのできる夢なのかもしれない。しかし問題は、それが夢物語であること、ではない。むしろ好きなことを仕事にする必要はあるのか?趣味で好きなことをすれば、充分それも自己実現になるではないか?そのような考え方が、麦にとってすっぽり抜け落ちていることこそが問題なのだ"
3投稿日: 2025.11.15
powered by ブクログ資料を駆使して説得力ある文章を、とがんばって書かれているのはすばらしい。 年齢を重ねたらまた違う意見も聞けるかも、と期待します。
0投稿日: 2025.11.15
powered by ブクログうーん。タイトルを「読書と労働史」とかにしてほしい。流行ったので期待しすぎてしまった。結構論理飛躍してるな〜と思う部分も。。 文体で入試国語の評論文を思い出した。 働いていると本が読めないのは甘えで、余暇で文化的な営みをするか受動的なコンテンツに甘んじるかは好みとか気力なのでは。。。マルチタスク得意か苦手かとかね。 そういう内容なんだと知って読めば面白いと思う。ノイズを受ける余裕があるかないか。
1投稿日: 2025.11.14
powered by ブクログ「読書は労働のノイズである。」 だから私たちは、働きながら本を読めなくなる。 なんという悲しい現実
0投稿日: 2025.11.13
powered by ブクログよく売れている本とのことで、タイトルにも惹かれて読み始めました。思っていた感じの内容ではなく、中学生の頃に国語で読んだ、論説文だなぁと思いました。面白くのめり込むこともできず、只々著者の思いを読み進めるというつらい時間となってしまいました。もう少し期待していただけに残念で、飲み込みにくい持論に疲れ、もう少し厚みのある本なら投げ出していただろうなぁ。なぜ売れているのかわからず、みなさんの感想も読んでみましたが、しっくり来ずでした。まぁこんな事があるから読書は面白い。著者の方の言うところの『ノイズ』が多い一冊だったと、それでも出会いに感謝しよう!
12投稿日: 2025.11.12
powered by ブクログ興味のあるタイトルだったのですが、この本の文面が難しすぎて、働いていては、頭に入ってこなかった…?なるほどと思える内容もあったが、今の私には、イラスト入りや、マンガタイプの方が入る頭だった…。
1投稿日: 2025.11.10
powered by ブクログ「全身全霊からの脱却。」 「半身で働こう。」 字面だけ見ると、世にあふれた耳障りの良い、あなたはあなたのままでいいという、傷の舐め合いをしているような言葉かと疑われるかもしれない。 しかし、1つのことにフルコミットした果て、自身のアイデンティティであったものができなくなったとき、「それができないやつはダメ」と思っていた人は自我を保てるだろうか。 仕事が好きだからこそ、家事や育児を妥協したくないからこそ、趣味を極めたいからこそ、半身なのだ。 正直、仕事が好きな人からこんな言葉が出るとは思っておらず、狐に摘まれた思いだった。 ただし忘れてはならないのは、全世界的に競争が激化しているグローバル社会において、簡単に受け入れられるものではないということ。 自身も、仕事ができない人、家事育児ができない人、趣味で頑張れない人はダメだと思っている節がある。 ただ、本当を言えば、週4勤務くらいで、家事代行やベビーシッターを使って、程よい趣味をいくつか持つことが理想と思っている自分もいる。 私自身も、全身と半身の間にいるのだ。 半身でいることは、現代社会において容易ではない。 楽に生きたら、そのツケは必ず未来の自分に回ってくる。今後相応の期間はそういう社会なのだろうと思っている。 ただ、いつの日か、皆が半身であっても、健康で文化的な最低限の生活を送れるような、そんな世界を見てみたいものだ。
7投稿日: 2025.11.10
powered by ブクログタイトルについて明治期から現代までを読書と労働の観点から検証し、読めなくなる理由と提言をする内容。 理由の記述は避けるが、本が読めなくなるのは働いている自分にも当てはまる。 私は2年ほど公務員試験の就職浪人を経験した。その2年間は1日1冊を読むほどの読書量だった。 お金がない中でブックオフの100円棚で本を買い漁り、就職できない苦しさを読書で癒してもらっていた。 いまは公務員として働いているが、読書をしたいと思っても余暇に読書ができない。その理由が明快に理解できた。 みんなが読書ができる社会にするために、著者の提唱する「半身」で働ける社会は賛成だ。 入庁して10年で職場にフレックス制、テレワークが導入された。 週休3日、兼業解禁この辺りは私が退職するまでには実現するように働き方を変えていかなければならない。
1投稿日: 2025.11.10
powered by ブクログ現代人が本が読めない原因を明治以降の日本人労動史や本の位置付けから探る本。 1990年代以降新自由主義のもとに仕事に自己実現、自己責任、自己決定が求められようになった。 また、日本経済が停滞していく中で社会や経済は自分でコントロールできないものである為自分のコントロールできる範囲に集中し必要な情報だけを効率よく集め自己研鑽に励む事が良しとされる社会になった。 そのような価値観が人々に根付いていく中で読書はそれと反対の物であるノイズ(自分が知ろうとしていない事、歴史や他者理解など自分とは関係ない事)が多いため忙しい社会人は本が読めなくなってしまうと述べられている。 確かに今の社会を見るとコスパ・タイパが重視されているし、自分自身も「自分を磨いて仕事で自己実現しよう」という考えを強く持っている。 まさに自分の価値観を言い当てられていて驚きがあったと同時に第三者視点かつ歴史の文脈で述べられているので、もしかするとこの考えは自分の意思ではなく社会的な雰囲気の中でそういう考えに染まってしまった、という側面もあるのではと思った。 そして、それ以外の考え方・生き方があるのだとも気づかされた。 読書を通じて出会える偶然の知識、歴史、他者の考えが巡り巡って自分の人生を豊かにすることに繋がるのだ、と感じた。
2投稿日: 2025.11.09
powered by ブクログ前半は日本人と読書の歴史、後半は全身全霊で取り組むことへの警鐘に重きが置かれていたと思います。 「本が読めなくて、スマホゲームはできるのか」については以下の2つの理由を考えました。 ①ゲームの方が頭を使わないから ②ゲームはカラフルな一方本は白黒のものが多く、ゲームの方がドーパミンが出るから。 仕事には全力で取り組みたいですが、魂は捧げないようにしたいです。 会社にとって従業員は代替の効く駒だと思うので。 食べていくためにこれからも自己啓発本を読みたいと思います!
5投稿日: 2025.11.09
powered by ブクログ良かった! タイトルからいわゆる読書術本の延長のような内容を想像して読み始めたけれど、読書を切り口に、より良い働き方・生き方について考える肉厚な内容だった 「一つのことに全身コミットするのは楽」、「人間は疲弊すると他者の文脈(=ノイズ)を受け取る余裕がなくなる」という指摘がグサグサ心に刺さる 平日は文字通り仕事だけに時間を費やし、土日はYouTubeや何度も繰り返しみた古いドラマを垂れ流して自室に篭る。悪いことじゃないけど、まさに一つのことに全身コミットして自分の文脈の中だけで過ごす生活じゃん、、、 仕事も日常も趣味も半身で、どれも諦めずに、でも持続可能な形でやっていきたいね
2投稿日: 2025.11.09
powered by ブクログあなたの「文化」は「労働」に搾取されている 江戸時代 読書といえば朗読だった! 本は朗読しながら家族で楽しむものだった 明治時代初期に「黙読」が誕生 活版印刷技術で個人の趣向に合わせた読書の誕生 目で読みやすく⇒句読点の使用 修養 教養と 階級格差の歴史 自己啓発書とは、社会を遠ざけようとするジャンル(牧野智和 社会学者) アンコントラブルな社会のノイズを除去し 自己のコントローラブルな「行動の変革」を促し、自分の人生を変革する。 文芸や人文書のような社会や感情について語る書籍は、むしろ人にノイズを提示する作用を持つものだ。知らなかったことを知ることは、世界のアンコントローラブルなものを知る、人生のノイズそのものだからだ。 90年代以降の、「行動の時代」社会を知っても自分には関係がない。それより自分でコントロール出来るものに注力した方がいいという時代。 ノイズのないスマホゲーム。(コントローラブル) 読書(アンコントローラブル) 2000年代 ; 仕事で自己実現を賞賛する時代。 仕事への過剰な意味づけ。好きなことを仕事にという夢追い。ゆとり教育。 若者を長時間労働にのめり込ませる 読書離れ。読書時間の減少。 インターネット :本質はリンク、シェア、フラット 現実のヒエラルキーの無効化の効果 歴史性や文脈性を重んじる人文知VSノイズのないインターネット情報知 2010年代: 働き方改革 ノマド 副業 個で生きる。 1990-新自由主義(ネオリベラリズム);福祉公共サービスの縮小。市場原理が重視される社会。個人も自己決定自己責任が重視される。 映画を娯楽としてではなく 情報として楽しむ人の増加。 芸術-鑑賞物-鑑賞モード 娯楽-消費物-情報収集モード 読書は、自分から遠く離れた文脈に触れること 本が読めない状況とは、新しい文脈を入れる余裕がないということ。 「半身で働く社会」に 21世紀の私たちの問題は、新自由主義社会の能力主義が植え付けた「もっとできるという名の、自己に内面化した肯定によって、人々が疲労してしまうこと」(ビンチョルハン 疲労社会) 資本主義は全身を求める(ジョナサンクレーリー 眠らない社会)
0投稿日: 2025.11.09
powered by ブクログなぜ働いていると本が読めなくなるのか このような単純な疑問を、労働史と『花束みたいな恋をした』のストーリーに準えて読み解く一冊。資本主義が現代の我々に強いる圧力を端的に鋭く指摘している
1投稿日: 2025.11.09
powered by ブクログ読書系YouTubeを眺めていると必ず流れてくるであろう著者の本。題名からは「そりゃ、学生時代より忙しんだからだろう」以外の何をどう掘り下げるのかに興味を持ち。 「花束みたいな恋をした」(今村夏子のピクニックまで読むほどには好きな映画)の導入から読書史と労働史を絡めて理由を説く話。時代時代のベストセラーや社会状況、労働環境を踏まえながら。なるほど。そういう視点か。意外に大衆の読書の文化って新しいことと、トレンドも変わってることを知る。しっかり引用を交えて説明が分かりやすい(簡単の意味でなく)のは好感。 読書家の著者は、読書自体が素晴らしいというよりも、仕事でない文化的な活動は一見役に立たないような話でも回り回って意味があると。ネット(調べもの)は純粋に求めているものがダイレクトに出てくるが、読書は何だか分からない、認知負荷が高い、意味がない(と思われる)、自分がコントロールできない、複雑な他人の社会の実情実態→文脈(ノイズ)も提供される。そのノイズ、受け入れる余裕が大事であり、ノイズも知識の一部であり、本が読めないということは、新しい文脈に触れられず、新しい文脈を作れないということだと。確かに、あの時に何となくやっていたことが、あとあとそういうことだったのかといろいろ繋がる。歳をとってから。 で、その余裕を確保するにはもう全身全霊の時代ではない、変えようと繋がる。全身全霊はかっこよく、分かりやすく簡単(それだけ考えていればよいの意味で)、賞賛の対象になっているけど、最終的には (本も読めないほど余裕がなくなり特にメンタルの) 疲弊社会を産む。もう止めよう。半身で仕事をしようと。絹の視点である。 どのようにの答えは著作にはないが、資本主義、競争社会からの脱却をしないと難しいのではと思う。半身ではガチな人には勝てないという現実がある。現在の社会環境 (インフラ含め) 自体が全身全霊、資本主義、競争社会の結果である。既に末端には血が通わない。維持すること自体が困難な時代であり「スローダウンする社会」を目指す (許容する) というコンセンサスが必要であろう。経済的には豊かではないが、文化的には豊かな社会を作ろうと。ワールドシリーズの全身全霊の日本人の活躍を見るとまだその時代は遠い気はするけど。AIでどんなに効率化されても更なる高みを目指して欲望のままに破綻するまで忙しさは変わらない気がするのは悲観過ぎか。 麦は疲弊、搾取され幸せになれないのだろうか。
5投稿日: 2025.11.09
powered by ブクログ以前から話題になっており、読んでみたかった一冊。日本における読書の近現代史をたどりながら、働く人が本を読まなくなった背景を社会構造の変化から描いている。私自身は働き始めてからも読書習慣は続いているが、「役に立つ本」を求める傾向が強まった点には共感した。筆者が指摘するように、自己啓発的な読書や「読書=差別化の手段」という発想は昔からあったという指摘は興味深い。 また、現代人が情報を効率的に求めるあまり、ノイズと本書では呼ばれていた直接的には役に立たないものを含む読書を避けているという分析にも納得させられた。
6投稿日: 2025.11.09
powered by ブクログ長々と読書習慣の変遷を明治→大正→戦前→戦後→昭和→平成と解き明かしている部分が冗長に感じた。 タイトルにある問いの答えだけ知りたければ、最後の40ページ程度を読めば足りる。 要は、働いていると本を読む余裕がなくなるから、ワークライフバランスを半々にして本を読む余裕を持ちましょう、という提言。
4投稿日: 2025.11.09
powered by ブクログ大ファンの三宅さん。 ようやく代表作が読めた。 半身で働くことは、妊娠・子育て中ずっと考えていたことだったから奇遇だった。 私はただ楽ができてラッキーと思っていたけど、三宅さんは「様々な文脈に半身ずつ浸かることで、他社を受け入れられる、読書というノイズの多い情報を楽しめる」と考えていて、思ってもみなかった良い点を教えてくれた。 以下に各章事のまとめをかく↓ 第1章 明治時代 長時間労働の誕生。 黙読するようになり、自己啓発本が生まれた。 第2章 大正時代 サラリーマンの誕生 労働者階級との違いをアピールするため、 仕事の一部である「修養」ではなく、仕事とは関係の無い「教養」を持てる余裕を見せるために読書をする。 第3章 昭和戦前 円本が大ヒット 月額制、選りすぐり、インテリアになる 教養あるアピールができる サラリーマンの読書時間は現代と一緒 通勤時にスマホ代わりに新聞を読むため、連載小説がヒットした。 第4章 昭和戦後 テレビの台頭 読書危機 最も長時間労働 労働者階級も読書するようになった 第5章 昭和終盤 サラリーマンの評価基準は、成績ではなく自己啓発してるか 司馬作品はオイルショック後に、高度経済成長期のよき時代を思い出させてくれる存在 第6章 サラリーマンに大事なのは、学歴や教養よりも入社後の処世術 教養文化は女性に移動した 第7章 自己啓発本は、知識や心構えだけでなく、行動を指示するようになった。 「会社に人生を捧げる」から「自分のキャリアは自己責任」になる 自己啓発本は特に、アンコントローラブルな外部の社会をノイズとして排除し、コントローラブルな自身の行動に注力するものが多い 逆に人文書や文芸書はアンコントローラブルな面を見せてくるものが多い 「知らなかったことを知しりたい」欲望から、「コントロールしたい」欲望に 社会のことを知るよりも、自分自身でコントロールできるものに注力するほうがいい 第8章 好きなことを仕事にすること 教養ではなく労働(行動)で自己実現する 週休二日になったため平日だけを見ると1番長時間労働 インターネットの登場 知識 → 読書が予期しなかった情報も含む 情報 → 上記のようなノイズを排除したもの 過去や文脈など複雑な背景は考えない 自分の求めているどんぴしゃ今、ここの情報 文脈や歴史的背景を排除すると、偏った完成になりやすい 第9章 読書は「娯楽」ではなく処理すべき「情報」になる 読書とは、自分とは遠く離れた文脈に触れること 働いてると、仕事以外の文脈を取り入れる余裕がなくなる 最終章 明治~戦後: 成功に必要なのは教養や勉強といった社会に関する知識 現代: その場で自分に必要な情報を得て、不必要な情報はノイズとして除外し、行動に移すこと 現代は自己責任と自己決定だから、強制されていなくても自ら頑張りたくなってしまう 職場も、家庭も、商品メーカーも、「24時間(自分たちに)費やして欲しい」と思ってる ひとつの文脈に全身を集約させる方が楽だが危うい 様々な文脈の中で生きることで、読書というノイズ込みの情報を楽しむ余裕ができる
1投稿日: 2025.11.06
powered by ブクログ装丁からもっとかたい内容を想像していたけど、語り口も柔らかくてユーモアがあり、読みやすかった。大正からの文学史に加えて、著者が若いだけあり、現代の話題も豊富に出てくる(TikTok、オンラインサロン、ひろゆき、など、、)こんなに幅広い視点で読書について書いた人はいなかったんじゃないか?ととても興味深く読んだし、ベストセラーにも納得。 映画「花束みたいな恋をした」の登場人物と著者は同世代らしく、仕事に忙殺されて文化的生活から遠ざかってしまう登場人物の描写に自分も共感した。文学史(読書史?)も面白かった。「痴人の愛」は新聞連載で通勤中のサラリーマンをターゲットにしていた、とか。ヒットした本は時代を表すということが分かりやすく説明されている。脳内革命とか電車男とか、忘れてたけど昔流行った本が色々出てきたのも単純に面白かった。 結論、本は雑音のようなものなので、余裕がないと読めない。本を読むには、仕事や物事に対して全身全霊を止める(=半身になる)とのこと。言いたいことには共感だけど、そのために著者がいう雑音系の読書(純文学とか)と対極にある自己啓発本を手に取っちゃうんだよなあ、、と思った。著者みたいに会社員をやめない限り、やはり本当の意味でゆっくりと読書は楽しめないんだろうか、、
8投稿日: 2025.11.06
powered by ブクログ読書と労働の関係を、明治大正昭和平成令和と時代ごとに着目していて面白い。 過去の日本人も長時間労働していたが、本は読んでいた。明治頃は武家制度が撤廃され、農家の子は農家、商家の子は商家ではなく、立身出世で何にでもなれる 社会を変えていける時代だった。 昭和は、外じゃなく内面に注目が当たったため、血液型診断やスピリチュアルなものが流行った。 飛ばすが、現代は社会は変えられず、変えられるのは自分だけという価値観が広がった。コントローラブルな物だけを変えるかんじ。 自己実現として、将来の夢が労働と強く結びついた。お嫁さんになるとか、趣味に生きるとかを夢と言うのではなく、夢は職業を指すものとなった。 労働が自己実現=夢となるなら、労働を頑張らざるを得なくなっている。 でも、労働に全身で取り組んでも体壊すだけなので、まずは私から 半身で取り組んで半身を余暇に使うようにしていきたい。 労働に全身を投げ込むのは、企業としては嬉しい行為。だが、それは育児家事を女性が専業主婦で担ってくれていた時代には問題なかったが、現在男女ともに労働に全身を投げ込ませているので、育児家事の可処分時間がなく、少子化の一原因となっている。 みんな半身で頑張ろう。
4投稿日: 2025.11.06
powered by ブクログ本を読むことについて、モヤモヤしていることを言語化してもらった気分です。 日本人は自ら働きすぎることを望んでいるという指摘には、痛いところを突かれた。 半身で働く姿勢は、ちょうど実践し始めたばかりなので賛同します。 日本人の読書史としても面白かった。 本を読むことは、仕事には役立たないノイズになるという。 ネットやSNSなどノイズを除去した情報の方に流されがちですからね。 読書が自分から遠く離れた文脈に触れることなら、自分はそんな人生でありたいなと思う。
8投稿日: 2025.11.04
powered by ブクログタイトルを見て、「まったく世の中のやつは読書できないのか、俺は読んでるけどね」と読書家が優越感に浸るための本かと思って嫌厭していたが、予想外に素晴らしい良書であった。 読書の歴史的背景を踏まえている点が素晴らしい。なぜ本が読めないかという問いに対して、決して短絡的ではなく、広い視野で捉え、理解することができる。 私達は好きなことを仕事にして全身全霊を費やすように動機づけれられている。人生がうまくいかないのは自分の努力が足りないからだという自己責任論の非道さはまさに昨今の格差社会で浮き彫りになっている。 世の中は私達が幸せになるようにはできていない。それどころか不幸になる読書の仕方をしているかもしれない。そのことに気付かされた。
14投稿日: 2025.11.03
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
私も忙しい職場だったときには、本を読む気が起きなかった。 頭が仕事一色になって、余計な情報は入れられなかったし、ちょっとでも小難しいことは受け入れられなかった。 今は幸いにも通勤電車を中心に、よく読めている。 本作も話題になっていることは知っていたけど、精神論かな?と思っていたので、日本社会の労働と読書の変遷が思いがけず、面白かった。 印刷博物館に行った時に、なんで円本が売れたのか疑問だったけど、月払いであることや書斎のインテリアだったとわかり、なるほど!と納得。 別に読書が特別だとは思っていない。音楽でも映画でもスポーツでもなんでもいいし、ゲームだって友達に聞くと、オンライン上で空気を読んだり、チーム内で揉めたり、人間関係が大変だけど面白いそうだ。 そういえば、忙しいときは映画も小難しいものは観られない。じっくり考える系のだと、なおさらキツイので、極力ファミリー映画のようなものにしている。音楽もメッセージ性が強すぎるものはダメ。口ずさむ程度で気楽に聴きたい。 今の日本では仕事して家事して子育てして、さらに趣味も楽しめとは、1日何時間あっても足りない。 ただ、最終章のタイトルは「「全身全霊」をやめませんか」だったけど、この年で時々思うのは、せっかく生まれてきたからには、1回くらい寝食を忘れて何かに没頭してみたかった。 それに、長時間をつぎ込むのだから、やっぱり仕事は好きなことができるのが理想だけど…古い考えになってしまうのか。
1投稿日: 2025.11.03
powered by ブクログ歴史から日本の労働について読み解く流れだったため、想像していたより難易度が高かった。日本人が働きすぎというのは昔から変わらないんだな… 本であれなんであれ、仕事以外の本書でいう″ノイズ″をキャッチする余裕がないと少なくとも私は、生きていくのが辛くなる。 今の自分は今のところバランスよく生きているとは思うが、余裕がない時って″時間をつくろう″という発想にならないし、余裕がないことすら気づけない。 やっぱり社会が変わっていくしかないし、まずは個人個人で変えていくしかないんだろうな。
25投稿日: 2025.11.02
powered by ブクログ自分の読書量が減ったのはスマホが原因と思っていた。 働き方の変化と共に本を読まなくなったという考察に、なるほどと感じた
1投稿日: 2025.11.02
powered by ブクログパラパラとめくったとき、1960年代など各時代の労働環境や当時流行った読書について書かれていたので、歴史を振り返るような本かと思い、正直興味が持てなかった。 しかし、実際に読んでみるとなぜ今の社会では本が読めなくなるのか、という理由が描かれていて、引き込まれた。
20投稿日: 2025.11.02
powered by ブクログタイトルに惹かれて興味を持つ人が多い本だと思う。私もそのひとり。著者の実体験に基づく素朴な疑問から始まる本書だが、内容はそれほど簡単ではなく、読み易くはない。主に日本人の労働と読書の関係について、明治以降の時代毎に丁寧に解説している。その時々のベストセラーが紹介され、どのような人々がどんな本を読んでいたのかの分析は面白い。自己啓発本のブームや知識のノイズ性の話しも興味深かった。 「働きながら本が読める社会」のために、半身で働くことを著者は提言しているが、実際のところ実現可能性には疑問が残るし、なんとなくモヤモヤした気持ちが残ってしまったところが残念。
2投稿日: 2025.11.01
powered by ブクログ仕事が繁忙期だったり、プライベートでバタバタしたりすると、どうしても読書の時間は減ってしまうけど、たとえ3ヶ月や1年に一冊であっても、細々読むことは続けていきたいなと思った。
1投稿日: 2025.11.01
powered by ブクログ2025年10月10日 ふんわりゲスト 京都をベースにご活躍 書店員の経験をお持ちです あの本屋さんかしら(^^) 今年の話題の新書 本好きの方なら気になりますよねー 忙しいからというのは当たり前で 歴史をさかのぼるような内容もあるとの事 ダイレクトに答えが求められる現代 ピンポイントに情報が得られないと他をノイズに感じる人が多い 教養を求めて幅広い読書をする時代では無くなった それでひらめく事もあるはずなのに
1投稿日: 2025.10.31
powered by ブクログ<OPAC> https://opac.jp.net/Opac/NZ07RHV2FVFkRq0-73eaBwfieml/El2_QmIFaZlNZvbQ2H_J1hTqyHp/description.html
0投稿日: 2025.10.31
powered by ブクログ三宅さんのYouTubeチャンネルを楽しく観させてもらっているので、まちLibraryで目の前に現れすぐ手に取りました。 読書という文化を哲学していて、さすが専門家。 じっくり紡ぎ出された言葉で三宅さんの思考をたどることができ、また一味違う一面を見られました。 「自分から遠く離れた文脈にふれること。それが読書」 「新しい文脈を作る余裕がないから本を読めない」 「半身で働く」 働いていても、働く以外の文脈というノイズが聞こえる、聞ける、それをノイズと感じなくていい社会、そんな社会を子供に残したいと思った。
1投稿日: 2025.10.30
powered by ブクログ正直あまり良い本とは思わなかった。 読書スタイルの変遷と労働環境を年代順によくまとめているが2000年代頃より迷走ポエム生煮えでリリースした感じに。 「仕事で自己実現」は危ういと言いつつ自身がプロ書評家(読書が仕事)。自己啓発、自分を変える(世の中は変えられない)というスタンスを批判的に語りつつ最後は「半身で働く」等個人のスタイルやライフハック的な読書のコツ(個人の世界)に着地する等、語り口の矛盾、しりすぼみ感は大きい。 所論を「仕事忙しすぎて余暇(読書)の時間がない」と煎じ詰めると、労働需給の問題として勝手に解消するかもしれない(氷河期世代は貧乏暇なし読書どころじゃないが、今若い人は売り手市場)が世代の問題に切り込むでもない。新自由主義的な労働者待遇切り下げの前提としてソ連崩壊にふれるべきでは(世の中が貧乏人解雇労働者に溢れたら革命という懸念が後退している)。 解雇困難故正社員採用を絞って残業前提化で多忙になる点が問題とよく言われるけども、それは大手に限った話であるし(中小零細では大手ではしない解雇を違法でもすると思われる)、ワークシェア的に人員余裕もたせたら随時の残業から随時の解雇にバッファーが変わり別の問題が立ち上がると思われるが、そこへの言及がない。
1投稿日: 2025.10.29
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
Audibleにて 疲れすぎて読書できないくらいに精一杯働きすぎないということと、読書の"ノイズ"から得られるものがあるという話が印象に残った。 最後に本を読みたくなるコツとして書店に行くと言った記載があったが、この本を読むことそのものでわ本を読みたくなった
0投稿日: 2025.10.29
powered by ブクログ「どういう働き方であれば、人間らしく、労働と文化を両立できるのか」それが問題だ。「働きながら本を読める社会」をつくりたいという著者の思いに共感します。 「半身社会」の実現、個人の自由な時間の拡大、労働時間の短縮には、新自由主義からの脱却、社会の変革が必要だと思いました。
0投稿日: 2025.10.29
powered by ブクログ各時代のベストセラーから読書と労働の歴史を紐解き、そこから現代における情報・教養・知識との関係性、さらに社会提言的なモノが掲げられていた(?)。 巷で話題のライフワークバランスの文言もあり、なるほどな、と思いました。
0投稿日: 2025.10.25
powered by ブクログいい本でした! 半身で働くという本人の意見までの持っていき方が1冊の論文として最高でした。過去の労働史と読書の歴史が折り重なって最高の本でした。幸せな時間すぎたなあ。
11投稿日: 2025.10.22
powered by ブクログスマホゲームはノイズがない=コントローラブルな娯楽。インターネットも必要な情報しか出てこない。 対して読書は、何が向こうからやってかるかわからない、知らないものを取り入れるアンコントローラブルなもの。ノイズ性がある。 他者の文脈というノイズを受け入れる余裕を持つこと。それが働きながら本を読む一歩
2投稿日: 2025.10.21
powered by ブクログ中盤までずっと日本の読書史のような話で、これはいったい何になるんだろう?と思っていたが、最後の結論にとても納得した。 自分から遠く離れた文脈に触れること、それが読書で、その文脈は普段ノイズだから、ノイズを取り入れる余裕がなくて読書ができない、ということだと思った
2投稿日: 2025.10.19
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
働いてると本が読めなくなるのは本の価値が明治と比べてノイズになるから優先度が下がる。なるほど。 同年代の方が書かれてたので読みやすく一気に読めました。
1投稿日: 2025.10.19
powered by ブクログ現代人がなぜ本を読めなくなるのか、というシンプルな問いに対し、答え=「情報」をただ示すのでなく、そもそも日本人と読書はどのような関係だったのか、からはじまる「ノイズ」に溢れた「読書」体験を与えてくれる書だったのかなと思う。
7投稿日: 2025.10.19
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
小難しい パズドラ コントローラブル 読書 アンコントローラブル 言わんとすることはわかるけど、スッとは腹に落ちないのは全身タイプだからかな 半身社会になったらその半身をパズドラに捧げてしまう人もいそう(多そう) AIの隆盛でますますノイズは除去されてしまうだろうなとも思った
0投稿日: 2025.10.18
powered by ブクログめちゃくちゃ面白かった! 新書って実は初めて読んだのだが、文中に入っている知識の量がとんでもなくて圧倒されたし、読み終わった今、こんなに教えてもらっていいんですか?!めちゃくちゃお得では?!?!となっている。 三宅香帆、恐るべし。 なんで読みやすい文章を書くんだろうと感心しっぱなしだった。 最初の方は明治から始まるので、へぇ〜そうなのか程度の興味で読み進めていたが、八章から最終章までは自分が生きてきた時代ということもあり、共感の嵐とあれってそういう事だったのか!という腹落ち感満載で楽しく読めた。 読書についての話であり労働についての話で、結論に共感しつつ、しかし理想論でもあるので、どうやったら自分自身実現出来るのだろうかと考えてしまった。考えさせられるってことは良い読書が出来たのだなと思う。 余談だが、三宅さんが出ているYouTubeで、本を読んでいて気になる部分には付箋を貼るのではなくページ端をどんどん折っていくと言っていたので、途中から真似してどんどん折っていった。本を曲げたり書き込んだりするのが嫌なタイプだったけど、案外いいかも。自分が自分のために買った本だし。
1投稿日: 2025.10.17
powered by ブクログ読書論✖️労働史➕読書する人への応援 とても面白かった。さすがの新書大賞2025。 人はなぜ、読書をするのか。その位置付けが、時代によって変わってきたことを時代を映すベストセラーや世相から読み解く。 私たちの(読書の)敵はスマホだけじゃなかった。自己啓発書や新自由主義、ゆとり教育と「自己実現」を強調する就職指導…などなど。 ところで、自己啓発書とは?と、本書を読んでふと疑問に思った。本書のジャンルはなんだろう?教養書であり、自己啓発書でもあるのでは?教養について書かれた自己啓発書?個人的には大いに啓発された本でした。本当に面白かった!
0投稿日: 2025.10.17
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
半身社会で生きたい。 さまざまな分野において「半身」を取り入れるべきだ。「全身」に傾くのは容易だ。しかし「全身」に傾いている人は、他者にもどこかで「全身」を求めたくなってしまう。「全身」社会に戻るのは楽かもしれない。しかし持続可能ではない。そこに待ち受けるのは、社会の複雑さに耐えられない疲労した身体である。
1投稿日: 2025.10.15
powered by ブクログ日本人に読書が果たしてきた役割とその距離感を、歴史を追って解説し、現代の社会人と本との向き合い方に1つのアイデアを提言。 歴史を見れば今ほど自由に本を選べる時代は無い。こんな幸運を使わないのはもったいない。だが現代はあまりにもやることが多過ぎて時間が不足しがち。 仕事や家庭のことも大切だが、それらに折り合いを付けつつ、作者著者の世界に没入できる時間を確保してみては、そのためには1つのことに全力投球しない半身社会が望ましい、という話。 全力社会に比べて半身社会は考察と意図的な行動が必要なので多くの人が面倒を嫌い避ける。だからこそやってみる価値がありそう。
1投稿日: 2025.10.15
powered by ブクログ三宅さんの本を初めて読みました。 人生の、のりしろを持ったり、ちょっとゆとりのある部分を大事にしたり、そんな風に今後の人生を送れたらと思いました。 もっと本が読みたい!
10投稿日: 2025.10.14
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
「半身で働く」という考え方が、今の自分の悩みに寄り添ってくれるような気がして嬉しくなった。 三宅さんが、大好きな本についての話を通して、これからの働き方を一緒に考えていこうという本だった。
1投稿日: 2025.10.14
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
図書館より 珍しく読了。 うん、確かに読書量減った。 スマホいじってる時間が増えた。 でも、こうしてメンタル切り替えて読書できてる(マンガ読んでる(笑)) 大事なコトだね。
3投稿日: 2025.10.13
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
全身全霊で働くことをやめて、半身で生きる。 知識はノイズが乗った情報なので、ノイズが乗らないネットによる知識は見れるが、ノイズが乗る本は読めなくなる。
1投稿日: 2025.10.13
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
限られた時間の中で、自分も知りたい情報を知るために、ノイズをキャンセルしてしまっていることに気づいた。 この本を読むときも、最初のところは飛ばして、8、9だけ読んだ でも読書には、自分とは関係ない文脈を増やしてくれる手段がある 読者する時間を作るために、半身で働く、頑張ることの大切さを教えてくれた一冊
2投稿日: 2025.10.13
powered by ブクログ働いているとなぜ本が読めなくなるのか、と言う命題に対して、戦後の労働と読書の関係を紐解き、最後には働くこと以外の文脈を取り入れる余裕がでないからと括っている。 著者が意識しているかは不明だが、私にはこの本自体にもその時代背景、ベストセラー、引用などかなりのノイズが含まれていると感じた。 途中あまりの情報量にちょっと挫折しそうになったが、最終章に入ってからあー私にとって今のノイズはあれだったのかと皮肉にも実感。 著者の述べる他の文脈を取り入れる余裕がある働き方、生き方の社会にしていこうというのは大賛成。 本が読めなくなった時は自分の働き方を見直すように心がけたい。
2投稿日: 2025.10.13
powered by ブクログずっと気になっていた新書 「あの本、読みました?」を見ていると、何度となく紹介されていて気になっていた 「労働」と「読書」の関係を明治時代まで遡り、ベストセラーと照らし合わせつつ紐解いていく 意外に興味深く、面白く読めた その時代時代にどんな本が流行り、その背景にどんな出来事があったのか 日本人にとって読書はどんな位置づけだったのか なるほどなぁと、とても分かりやすかった 働いていても読む人は読むし、読まない人は読まない SNSの本の紹介についてもサラッと出てくるが、自分はあまりYouTubeやTikTokを見ないので読書に影響はないかなぁ 楽しみ方は人それぞれで良いのではないか と、思う
13投稿日: 2025.10.11
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
著者 三宅香帆 1994年高知県出身 年齢が近いから興味を持ったし、感覚が近くて面白い <読書したタイミング> 2025年9月 ちょうどトップ営業員座談会企画を終えて一息ついていた頃 本屋に寄って、タイトルに惹かれて購入した 個人的にも、最近業務で本が読めていなかったことや、宅建の試験勉強をしているから読書時間が勉強になっていたからだと思う 本を楽しみとして読みたいと言う気持ちが無意識にあって、この本を読むことでより純粋に読書を楽しもうと思えた <感想> 個人的に初めて、読みたいところだけを読めた たくさん読むことや、頭に入るために興味あるところだけを読むと言う人の話は聞いたことがあったが 実行できたのは初めてだった、無意識に頭に入ってこない部分は飛ばした 結果後悔はないし、読んでも覚えてないだろうと感じるから、良いスキルを得た <気になった話題> - 本が読めなくなったから会社を辞めた - なぜインターネットはできるのに読書はできないのか - 司馬遼太郎はなぜ70年代のサラリーマンに読まれたか - 読書とはノイズである - 本が読めない社会なんておかしい - 娯楽が情報になる日 - 全身全霊をやめませんか <本が読めなくなったから会社を辞めた> - 就職して読書が減った - スマホは見れるのに読書ができない - 仕事に没頭していると読書ができなくなる <なぜインターネットはできるのに読書はできないのか> - 映画「花束みたいな恋をした」を題材に趣味があって付き合った男女が仕事に寄ってすれ違いが起きて離れてしまう様子を分析している <司馬遼太郎はなぜ70年代のサラリーマンに読まれたか> - 通勤電車と文庫本は相性がいい - また戦後に高度成長期を迎えている日本は長時間労働が賞賛されるような環境が整っていた - そこに逆境から活動量で掻い潜る主人公がいる司馬遼太郎作品は読者のヒーロー心をくすぐっていたのではないか <読書とはノイズである> - パズドラはできても読書はできない(映画から分析) - どんどん情報が溢れてきて不要な情報を排除して必要な情報のみを取得する時代に入る - インターネットやゲームは不要な情報が入ってこない - だからこそ読書は不要な情報も偶発的に入ってくることからノイズと感じられるのではないか <本が読めない社会なんておかしい><娯楽が情報になる日> - 情報とはノイズが除去された知識である - 読書はノイズ込みの知識である - 自分から離れた情報を取得することを楽しむ - 一般教養とか、人間力とか、そんな表現が近い <全身全霊をやめませんか> - 長時間労働を求められている私たち - 結果、燃え尽き症候群となる、鬱病になる - 仕事も家庭も趣味も、それ一つだけして生きていくなんて不可能(それが一番楽だが) - だからこそ半身で働くことを推奨する - 全てやらないといけなくなっている中全身全霊で働けるという意識を変えたほうがいい - それぞれ、半身で仕事も家庭も趣味も楽しむように動くべきである 『総論』 疲れている時は読書ができない、というか情報が頭に入ってこない、よくそういう体験もする それは仕事しすぎの問題がある 経験と共に労働時間を減少させている 家族との時間を大切にするように改善している 結果、読書をする時間も増え始めた ただ情報として入れるのではなく、娯楽として楽しめるようにしたい 朝、仕事終わりのカフェ、とか、読書する時間を意図的に作るように改善しよう 今後、人間的に成長するにはもっと余裕と人生を楽しんでいる姿が必要である
2投稿日: 2025.10.11
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
この要点を、書評(レビュー文)風にまとめます。 書籍レビュー:疲労困憊の現代社会に問いかける「読書」の意味 「最近、本を読まなくなったな」と感じる現代人は多いでしょう。私も当初、その原因はTikTokやYouTubeといった手軽なスマホ娯楽にあると思っていました。 しかし、本書が指摘するのは、その深層にある**「現代の長時間労働」という社会構造です。単に「読まなくなる」のではなく、「読めなくなる」ほど、私たちは仕事に全力を注ぎすぎ、趣味や教養に心を傾ける気力さえ奪われている**というのです。この指摘は、私自身の「忙しくなると趣味の行動ができなくなる」という実体験と重なり、深く納得させられました。 本書は時代の変遷を追って読書環境を論じ、論旨は明快で分かりやすい(レビューには「卒論味」とありましたが、構成の丁寧さでしょう)です。しかし、最終的な提言が「仕事半分趣味半分で生きる」といった理想論に留まっている点には、正直「それができたら苦労しない」とツッコミを入れたくなりました。 慢性的な人手不足の中で「働きすぎるな」と言われても現実的ではない。読書だけでなく、あらゆる趣味嗜好から人々を遠ざけている**「働きすぎ」という病**に対する、根本的な社会の見直しが急務であることを痛感させられる一冊です。
1投稿日: 2025.10.11
powered by ブクログ明治以降から現代までの読書の位置づけ、労働との関係性を説明しつつ、現代で読書を積極的に選択しなくなっている背景を説明されており、新しい視点で読書という行為を理解することができた。確かに、タイパ、コスパを優先し、自分の欲しいものだけを提供するSNS、インターネットに心が向き、他人の文脈を理解し、自分に取り入れるか否か判断するというちょっとストレスが掛かるかもしれない行為である読書は、自己実現・自己責任が求められる社会では、疎まれるという事なのでしょう。 しかし、自分が検索し選択した情報や意図を持ったアルゴリズムにより提供される情報だけでは、偶然の出会いは得られず、時間とエネルギーを使っても、読書は少しづつでもしていきたいと思わせていただけた本です。
3投稿日: 2025.10.11
powered by ブクログなぜ働いていると本が読めなくなるのかの答え 仕事以外の文脈を取り入れる余裕がなくなるから すごく共感しました。 余裕がないと早くて手軽に知れるような情報媒体にしがみついてしまうんですよね。 今は必要なくても今後の人生、回り回って必要になるかもと思いながら読書していきたいです。 私の場合はスマホの電源切って、静かな部屋で黙々と読むのが1番かなと思いました。
3投稿日: 2025.10.10
powered by ブクログまず、ここに働きながら年間150冊読むオジサンが存在するし、もっと読む人を何人も知っているので、本書のタイトルの命題は偽である。 作者はそんなことは百も承知で、出版社(エージェント?)と協議の上、売れそうなタイトルとしてこういうことになったのだと思う。 で、本書はタイトルの命題を科学的に掘り下げるのではなくて、日本人の働き方と読書の歴史(近代史)を紐解いていく。 で、ベストセラーをピックアップしながら、行きすぎた自己啓発ブームのなれの果ての問題を明らかにするのは良いとして、結論としては日本人の息苦しい働き方が本を読めなくしているという、浅い結論で着地する。 浅い。 労働研究なんて山ほどあるのに、一個人としてのフィーリングをもとに問題提起して結論が着地できず、自己防衛の丁寧語が溢れている感じが好きでない。 冒頭に戻るが、それでも読んでいる人がいる以上、問題提起すら崩れてしまうというのに。 ベストセラーを追いながら、自己啓発で読者を煽りすぎたが故に、誰も読まなくなった仮説とか、そんな展開で構成すれば、もう少し価値ある内容になったと思うんだが。 久しぶりにイマイチな本を読んでしまった。
1投稿日: 2025.10.09
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
気にはなっていたけれど、「今さら読まなくてもいいか」と思っていた。似たような本はもういくつも読んでいた。 「忙しくて読めないですよね。何で読めないのか分かりますか?スマホ見てますよね。読むための時間を作りましょう!朝活です!通勤電車、昼休み、バスタイム——ほら読めた。」 ってオチだろう。なので「読まないで良い本」認定していた。 しかし初版発行以来、平台にずっとある。本屋に行くたびにアピールしてくるのを必死に無視していた。 ところで「実はおもしろい古典のはなし」と言う本をご存知だろうか。古典を身近に感じる良本で、古典に大はしゃぎしている著者のひとりの語り口に魅了された。その著者が三宅香帆さん。 「あの人が書いた本なら面白そうだな」とやっと手に取ったら、想像と全く違う本だった。 まず、執筆にあたりどれだけの文献をあたったか。凄い量の引用に驚かされる。 明治時代から「人々はどんな風に読書をしてきたか」「どんな本を読み、その時代の背景には何があったか」が引用とともに考察される。インターネットの時代になり、私達が得る「情報」に対する付き合い方がどう変わって行ったのか。自分の読書歴の中にも思い当たる話がある。 今、人間がどんどんアホになっている気がする。知性・情緒・教養、そんなものを手放す事に抵抗がない人が増えている気がする。自分は娯楽としてだけではなく、その流れに抗いたくて読書をしている気がする。 これは読書指南の本ではないと思う。 「教養」を巡る戦いと社会変革への提言の本だと思う。(大袈裟かもしれない) 後半にこのような主張がある。 『本のなかには、私たちが欲望していることを知らない知が存在している。 知は常に未知であり、私たちは「何を知りたいのか」を知らない。何を読みたいのか、私たちは分かっていない。何を欲望しているのか、私たちは分かっていないのだ。』 三宅さんがどんなふうにこの「知を巡る戦い」を続けていくのか。 自分の戦いとともに、これからも見届けたい。
5投稿日: 2025.10.08
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
ブクログ話題の本で気になった『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』(三宅香帆)。 読んで思ったのは…… 仕事も家庭も趣味も、 ほどほどに。 でないと後に待っているのは燃え尽き症候群と鬱。
4投稿日: 2025.10.06
powered by ブクログ「読書はノイズ」 「ノイズ」大いに結構! 色々吸収すればいいと私も思いました。 「半身で働く社会」 働き手の減るこれからの社会。 みんなで仕事を分け合って、協力し合って仕事をなしとげる。そして、読書の時間も作れ! そして、我々もだけど、中にご高齢の方や障害のある方、外国ルーツの方…、色んな方が入っていて、大切なのはそんな働き方で食っていける社会であること! 興味深く読ませてもらいました。
2投稿日: 2025.10.06
powered by ブクログ私は本の虫とは言うほど、本を読んでたわけでは無いのですがやはり社会人になり働くようになってからは時間を読書に使うと言う事をしなくなりました。それがストレスになることはありませんでしたが… タイトル的にどう言うアンサーが帰ってくるのかすごく気になり読み始めましたが、内容はかなりアカデミックなもので軽い気持ちで読み始めてしまった私はまぁまぁ戸惑いました。 世代別の情報に関しての考察、ノイズとしての情報の感覚、わかりやすい中にも読書の近代史と言うべき情報をふんだんに盛り込まれていて結果かなり引き込まれました。 わりと私はノイズを心地良く処理できるタイプなのかもなと言う気付きと、半身で仕事をする大切さを諭され、ほんとにそうだよな!と言う気持ちで読了出来ました。 2025年8月12日
8投稿日: 2025.10.05
powered by ブクログ立ち寄ったカフェの本棚にあって思わず手に取った本。本好きなのにずっと読書量が減ってしまい…共感。 帰宅後にAudibleで続きを読んだ。読書本かと思ったら、最終的には働き方本だった。 中間は読書と働き方の歴史の内容だった。そんな着眼点で歴史を考えたことがなかったので、ちょっとびっくり、目から鱗。 また、知識と情報の違いをしたことがなかった。 私自身、Audibleでも仕事関連の本は倍速で聞くけれど、好きな作家の小説は少しゆっくりめな速さで聞くのもその違いかなと思った。 文中で各時代の様々な本が紹介引用されていたけれども、それらもまた読んでみたいと思った。
3投稿日: 2025.10.05
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
趣味としてか、教養としてか。新聞での連載や広告を機に読むって、あるよね。私もそう。 好きな事を仕事に!で育った世代なので、仕事で自己実現しなくてもいい、には心に刺さるものがあった。でも少しくらい関心がないと、働く事がただの苦痛になるよね。半身の働き方は理想だけど、会社の成長的にはどうなんだろう。ただ労働時間を短く、というだけの主張は、日本経済の終焉が見えてきそうで怖い。でも本は読みたい。ほんと、どうするのがいいんだろうね。 身につけるべきものを探す作業。自分とは。どう生きるか。自己啓発本はまさにそれだけど、そうでない文芸書や写真集でも、自分の「好き」を発見できる楽しさがある。たくさんの気づきに溢れてるんだよなぁ、本って。 ところどころで若さが見える文章。良くも悪くも。あとがき記載の「本を読むコツ」は都会暮らしの独身向け。田舎は車通勤だしカフェないし。 本を読むコツに、図書館を入れてほしかったな。あそこは本屋がない町にとって宝物。雑多でジャンルが分からなくて、だからこそ予想外の出会いがある。新刊も結構早く入ってるから、逆に心配になる。本屋さんで買える人は買ってほしい。 欲しい情報をストレートに求めるには、確かに本は向いてない。でも本よりスマホに流れるのは、それだけじゃないと思う。少なくとも私にとっては、お金の問題。スマホは通信量はかかるけど、知りたい情報やゲームがほぼ無料で手に入る。スマホは触るけど本は読まない、には、お金をかけるかどうか、金銭的な余裕も関係してるのでは。ここにも触れてほしかったな! 巻末記載の参考文献、ものすごい量だったけど、あれ経費かな、羨ましいな、と考えちゃう貧乏人。際限なく本が買えたら幸せだけど、現実の私は図書館に通う。(この本は書店で購入) いろいろ思うところはあるけれど、大変興味深い考察だった。
2投稿日: 2025.10.05
powered by ブクログ同じく本が読めなくなっているので、同志ではなかろうか!と思い読ませて頂きました。 原因を、読書の歴史から読み解かれた時には、そっちの方向からかーい!と、焦りましたが ガツガツ読み進んでしまった… みんなが楽しんで本を読める日を待てる気がしてきました。
2投稿日: 2025.10.04
powered by ブクログ先に読んだ「好きを言語化する技術」とは文体も内容も雰囲気がだいぶ違って戸惑いました。 読書やベストセラーの歴史が大半で、あまりピンと来ず、自分には難しかったです。
3投稿日: 2025.10.04
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
ここ数年、仕事量も増えたし、子どもも生まれてくれたしで、明らかに読書量が減っており、「なぜ働いていると本が読めなくなるのか」というタイトルは、まさに自分のことを言われているようで、発行当初から気になっていました。 読み始める前は、一人ひとりの時間は1日24時間と有限で、その限られた時間を、 働く時間に回すのか、 読書(を含めた趣味)の時間に回すのか、 あるいは、家族との時間に回すのか、 という選択肢の中から、働く時間に回しているから本が読めない、ということを証明していく本なのだろうと思っていました。 実際に読み始めると、、良い意味で期待を裏切られました。 構成としては、日本人の働き方の変化と、それに伴う読書の位置づけの変化が、時代背景の解説と共に進んでいきます。 面白いのは、その時代解説自体も他者の色々な「本」からの引用を基に行われていること。 その引用「量」も然ることながら、引用「元」もあらゆるジャンルから持ってこられていて、著者の読書に対する熱量が伝わってきます。 そして、これも読書好きな方が書いているからこそだと思うのですが、冒頭に引用されている小説の内容が実はこの本の骨子だった、と、終盤になるにつれて伏線が回収されていく感じが、「だから、こういう構成を選んだのか」と思わず膝を打ちました。 やっぱり、読書はいいですね。 そう思わせてくれる良本でした。
3投稿日: 2025.10.04
powered by ブクログ人々と本(読書)について労働の歴史と共に分析されており、大変興味深くてよかった SNSで得られる情報と本から得られる情報の違いについても成程と思えて面白かったと思う 三宅さんの本は他の本の事も沢山書かれており、出てきた書籍についても興味が出るので積読がさらに増えそうだ
7投稿日: 2025.10.04
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
非常に読むのに時間がかかった! 私が普段小説しか読まないからか 単純に難しい文章に追いつけていないからか 偏差値がみあっておらず、 最初から8割くらいは、眉間にシワを寄せて何回も往復しながら読みました。 あとがきは簡単で読みやすかったです笑 ↓内容に触れています!ネタバレ 要は、仕事に全身注いでて インターネットは自分が知りたいことだけ知れるから、本が読めんくなるんだわ。 仕事波半身にして、ノイズという知などを入れれる余裕をもちながら読書他を続けていけるように 皆で支え合っていこうやん てきなことを だいぶ過去の歴史から 働き方と読書などの娯楽、人々の移り変わりを 紐解きながら さまざまな文献を参考にして 説明されていた。 明日から、半身で生きていこーう
6投稿日: 2025.10.03
powered by ブクログ著者は語彙の引き出しが豊富で好きだ。本書は気になっていたものの手に取らずにいた。理由は、"私は今が1番人生で本が読めているから"だ。答えもどうせ働いていると時間がなくなるからだろう、と思っていた。なぜそんな私が本書を読む気になったかというと、"本"ではなく"映像"が観れなくなったからだ。以前まで好きだった映画やドラマ鑑賞がまったくできなくなった。『マイリスト』や『後で見る』には積読本のように作品が溜まっているのに、時間が出来きても見始めて数十分でやめてしまうのだ。これは何かがおかしいと感じた。アニメはギリ観れる。1時間は長い、2時間は映画館に拘束されないと無理。 ああ、その答えが本書にはあった。今日はよく眠れそうな気がする。
10投稿日: 2025.10.03
powered by ブクログ勝手に想像していた内容をとても良い意味で裏切られました。まさかの、「本や図書館、出版業界」と労働による読書時間や読む分野の傾向の変遷といった感じの内容かと思います。本に携わる仕事をしている私自身にとって興味深い内容でした。 もっとゆるく働いて読書を心から楽しむ事が許される社会全体であってほしく、この本をみんなに読んで頂きたいです。
4投稿日: 2025.10.03
powered by ブクログちくしょう、労働のせいで本が読めない! そんな作者の言葉からくすりとさせられました。 読書と労働についての近代史をわかりやすくまとめていて、近代史の苦手な自分でも、明治のベストセラーって学問のすすめじゃないの!?や、おお、この文豪は知ってる……なるほど戦後ってこんな時代なのね、そして青春を生きた時代がどんな環境で、読書の空気はどう変わったのか、電車男なつかしいな……と割と身近に思えるところから、作者の言葉もわかりやすく紐解いていたので新書本だけどとても読みやすかったしおもしろかったです。全力の労働は、心と体を壊してしまう、という言葉に身に覚えもあり作者の最後のメッセージは読書も含めて、自分がやりたいことをやるためにこうなる世の中ならいいね!という気持ちも伝わってきました。 読書好きの方に読んでもらいたい一冊です。
13投稿日: 2025.10.03
powered by ブクログ読書は静かで手軽な趣味というイメージはありますが、本気の読書は心身ともに元気でないと取り組めません、というのがテーマの本です。まさにそう。 教養と情報の違いがわかりやすく記述してあり、スマホでニュースなら読めるのに読書ができなかった理由がわかってスッキリしました。 もっと本読むぞー!
9投稿日: 2025.10.02
powered by ブクログこの本を読めば、働いていても本が読めるようになるようなハウツー本ではない。明治以降の近代から現代にかけ、労働者は何を求めてどんな本を読んでいたか、そして、これから私たちは労働とどう付き合っていくのかを書いた本。読書好きが読んでこそ面白い本だと思う。 女性とカルチャーセンターの章で、大正9年生まれの亡き祖母が、60代の頃に申し込みするでもなく、カルチャー系の通信教育の新聞チラシを熱心に読んでいたのを思い出した。 戦時中に結婚、夫不在で子供を産んで間もなく未亡人に。その後は子供を育てながら仕事には就かず、姑・小姑と同居生活の青年期を過ごしているわけで、今思えば教養に対する渇望あるよなって。
6投稿日: 2025.10.01
powered by ブクログ本が好きというのは幼少の頃からで、それが私のアイデンティティーにもなっている。 その思いはずっとあったが、ふと気づくと本を読んでいない自分がいる事にショックを受けていた。ショックと言うか、本が好きだからいつでも本は読めるだろうと思っていたかもしれない。スマホやPCでゲームをしていたり、仕事で疲れて本を読めないでいる時はそう思って、本が好きな自分を保っていた。 本書は、社会人が本んが読めなくなった原因を日本の読書史から考察するものだ。個人的に斬新な切り口だった。 読書史を読み解くと、社会人は昔から読書というものについてどのように向き合ってきたのかが分かる。 読書についての悩みはこういう事かもという気づきと同時に、本は意識しないと読まないと実感じた。 そして、改めて読書を実施すると、本は何て面白いんだ!と実感する。 自分自身が本が好きなんだと改めて実感したし、本が好きということも声高らかに主張していきたいと思う。
10投稿日: 2025.09.30
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
読書と労働について明治時代から振り返って、 その時代の特色をまとめていて面白かった 当たり前なことだけど時代によって好まれる本って全然変わってくるね 仕事に熱中しすぎて自分を壊さないようにしないとなあ そして新しい業務が増えても、部署の中で立場が変わっても、部署移動したとしても 働きながら本を読み続けたい
4投稿日: 2025.09.30
powered by ブクログAudibleで聴読。 本が読めない原因を知りたい人にとっては、遠回りになる内容で、明治大正時代の教養の歴史や当時の人はいつ本を読んでいたかなどが書かれていた。 近年のファスト教養の時代には合わないが、伝えたいことは、時間の余裕があったり、余計な(ノイズになる)情報を楽しめる人が本を読めるようになるということだ。余計だと思った情報が後々繋がって価値を生むことがあるし、その経験をしたことがある人が本を読み続けられる人かと感じた。 けして、教養がないことに焦って本を読んだり、他者からの優越感を得るために本を読もうとすると読めなくなるのだと思った。
5投稿日: 2025.09.30
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情報過多のこの時代において、ノイズと表される読書は効率の観点から選ばれにくいのは共感できます。情報集めるだけでも疲れ切ってしまいますので。インターネット社会になる前は教養、修養として本が選ばれるのはよくわかる。
2投稿日: 2025.09.29
powered by ブクログ近代史に遡って現代までの労働者の状況、本の位置、娯楽や社会について解説。 ざっくり、労働時間の増加とより興味ある娯楽の存在、本の価値観による。 確かに疲れてると読む気力がなくなるが、毎週図書館に通い、タイトル借りでもなんでもよく、読める自信がなくても借り続けること。 166冊目読了。
12投稿日: 2025.09.28
powered by ブクログタイトルを見て気になり、目次を見て読めるかなと不安になった本。 長々と読書を取り巻く文化の移り変わりについて述べられていて、正直途中は離脱しかけたが、最後の方はよい。 ノイズの有無の観点から読書とインターネットについて語られている点もよかった。 一方で、読書の能動性と動画の受動性について触れなくていいのだろうかと思った。
4投稿日: 2025.09.28
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読みたい本があるのに、気づけばスマホばっかり見てしまう、、、。その習慣から抜け出したくて読んでみました。文章はスルスル読めるし、映画「花束みたいな恋をした」も観ていたのでシーンを思い返しながら読めて分かりやすかったです。 面白かったのは、本がどうやって社会に広まっていったかを歴史とセットで解説してるところ。それから「読書はノイズ、スマホは情報」っていう考え方。確かに仕事と育児で溢れていて、ノイズを入れる余裕がないのかもと、自分のことを思いました。 でもノイズ=自分から遠い文脈のことに触れない人生ってつまらないので、定期的に遠い文脈に触れられる生活がしたいです。やっぱり本読みたい、、、。 ということでこれからは、自分と趣味が合う人をフォローして、本を見つけやすい環境にしたいなと思いました。「半身で働く」っていう一番の提案については、今はちょっと難しいので、余裕ができたら、ということで、、、。
2投稿日: 2025.09.28
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読書にはノイズが多く、SNSやネットの情報はそうではないから楽、という視点にはそうかそうかと共感できた。が、読書にまつわる歴史的変遷は、図書館で調べたような卒論のような記載ぶりで、少しあっさりし過ぎでは、と感じる。全体を通して著者が若いことが文体?からなのか滲み出ていて、半身で仕事しようよ!と提案されても、そんな気軽に、、、などと斜に構えてしまう。メディアへの露出も最近多いようで、インスタなど覗いてもみたが、著者自身、本当にそれが半身の働き方なのか?と心配してしまう多忙ぶりを感じた。
1投稿日: 2025.09.27
powered by ブクログなぜ働いていると本が読めなくなるのか? これはなにも本に絞った話ではなく、仕事と自分の趣味.娯楽を両立するのがなぜ難しくなっているのかを考えさせる本である。現代の働き方について明治以降の働き方の変遷をふまえて解説されている
1投稿日: 2025.09.27
powered by ブクログタイトルから単なるハウツー本かと思ったら、深い中身でした。おもしろいです。 明治大正の頃から、労働者の状況と、読書が果たしてきた役割が分析されています。戦前までは教養をつけたい、戦後は娯楽として。それが時代ごとの労働者の意識と立場が反映したものだという論説が、その時々の出版物から引用されて展開していてなるほどと思います。 そして現在。スマホとの対比、情報とノイズ。新自由主義まで掘り下げて、自己実現、自己責任の風潮と、全身全霊がんばることに、そうじゃない社会であるべきではと投げかけてくれたのが、光明を見た気がしました。 本が読めないのは自分だけのせいじゃない、ですね。 半身で仕事して、本を楽しんで読みたいです。
10投稿日: 2025.09.27
powered by ブクログ独身未婚中年男性の自分が読んでみました。 もうわかり味が激しい、以外に言葉が浮かびません。 思うところはいろいろありますが、1点だけ。 ジェンダーとも関係があるかもしれません。 私自身、本書で出てくるような「半身で働く」ことをしたいのですが、残念ながら今の日本では男性が稼得能力から解放されることはなさそうです。 働くことが男女問わず全員、週20時間程度の労働で月収40万円ぐらい稼げれば、今の日本が抱えるいろんな問題はだいたい解決されそうな気がするんですけどね。 (現在自分は週40時間働いて、大卒初任給程度の給料で、手取りはギリギリ20万円を切っています) 本書中に引用されている映画「花束みたいな恋をした」でも、男性が全身全霊の労働を求められているわけですが、この映画も男女が逆転していたらおそらく成立しないわけです。 自分自身は子どもの頃から、外で働くことはおそらく向いていないだろうという感覚は持っていました(競争が苦手な自分は、労働が競争を強いられるものだと認識)。小学生の頃、クラスで先生が、生まれ変わったら男と女どちらになりたいかという話で一時間授業をしていたのですが、そのとき私は女になりたいほうを選びましたが、50人近いクラスで半数が男子の中で、女になりたいを選んだ男子は私を含め4人だけでした。 もっとも、自分の「女になりたい」は(専業)主婦として家庭に入りたいという意味でしたので、現在では(専業)主夫という選択肢もあるわけですが、その場合、相当家事能力なりコミュニケーション能力なり、働く女性にかわいがられる要素を持ち合わせた人でないとなり得ないので、かなり難しいです。 (他責にはなりますが、子どもの頃料理なども努めましたが、自分が作った料理を父親が食べなかったことがあり、そのことがトラウマになって料理を作ることもしなくなったため、料理は今でもまったくできません) 自分も男性がゆえに、夜道で襲われる確率が格段に低いことなどは自覚していますし、そういう優位性は持ち合わせているわけです。でも、自分の性格が変わらないのであれば、来世は女性に生まれて、好きな男性に守ってもらえるように尽くす人生を生きたいなと思っています。 今の世の中、マッチョなマジョリティ男性にでも生まれない限り、生きづらさを感じないことはまずないんでしょうね。もっとも、そうした人たちは人を傷つけることにも思いが至らないので、それよりは自分の人生のほうが人の道には反していないかと思うことで、溜飲を下げています。単なる嫉妬なんですが・・・。 そんなことまで考えさせられる、良書でした。
2投稿日: 2025.09.27
powered by ブクログタイトルでもある、「なぜ働いていると本が読めなくなるのか?」という問いに対し、歴史的な背景を丁寧に紐解きながら最終的には「半身で働くこと」を推奨されている。単なるハウツー(それもあとがきに記載はされているが)ではなく、著者が提唱したいことがハッキリと表れていて気持ちが良かった。まだまだ理想論にしかならない部分もあるが、大きな気づきにはなった。
6投稿日: 2025.09.26
powered by ブクログ読書を切り口に労働や社会の変遷をまとめた本。なぜ働いていると本が読めないのか、の結論はおそらく誰もが思いつくであろうことではありますが、時代とともに読書の在り方がわかったのは面白かった。 著者の三宅さんの本好き、そして読書を推奨したい気持ちが伝わってきます。 また論説している部分とご自身の気持ちや想いを伝えるときの言葉選びやトーンが変わるので、お若い方なんだろうなということも感じます。(良くも悪くも) 祖母の家に同じ体裁の本がシリーズで置いてあり、図書館みたいだなと不思議に思っていた謎が解けました(笑)
4投稿日: 2025.09.23
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タイトルの通り、現代人がなぜ本を読まなくなったかを論じている。面白かったのが、(仕事とは直接関係のない)知識を得るための「教養」と、自己鍛錬による「修養」の対比。自分は自己啓発本やスキルアップの類の本をまったく読まないが、読書には偶然性による新たな知識を求めているということなのだろう。
3投稿日: 2025.09.23
powered by ブクログタイトルから、すごく薄っぺらいものを想定しており、避けていた一冊。三宅さんのYouTubeなどをみて、なんだか面白い予感を感じ取って読んでみた。 やられた。切り口、語り口、どちらも最高。 ここ15年くらいの労働史の振り返りから、自分がいかに時代の考え方にしっかり染まって生きてきたか、認識できた。そこまでネガティブな意味ではなく、自分のアイデンティティなんてそんなもんという、人間なんて周りに規定されているんだという、そんなもんだと思えた。 諦めではなく、自分の考えの相対化や、他社への押し付けは厳禁という意味で。 ありがたや。
8投稿日: 2025.09.23
powered by ブクログ〜自分から遠く離れた文脈に触れること−それが読書なのである〜 これが読書の楽しみ。 「全身」が過去のもので「半身」が望むべき新しい生き方?それこそノイズや自分から遠く離れた文脈に触れることが減ってしまうのでは? 全身も半身もどちらもあったらいいと思う。というノイズが言える社会。
3投稿日: 2025.09.21
powered by ブクログ明治からの働き方や考え方の変遷が、ちょうど最近読んだ本とつながっていて、個人的に面白い読書になった。 ついつい仕事人間になりがちな自分を戒める一文をメモ ・疲れたら休むために。元気が出たら、もう一度歩き出すために。他人のケアをできる余裕を、残しておくために。仕事以外の、自分の人生をちゃんと考えられるように。他人の言葉を、読む余裕を持てるように。私たちはいつだって半身を残しておくべきではないだろうか。 なんとなくだけれど、半身で生きるというのは、何か一つのこと(仕事とか、考え方とか、)に依存せず、複数の依存先をもっておく、ようにも感じたり。 以下メモ 1990年代に起こった変化は、社会と自分を切断する。仕事を頑張っても、日本は成長しないし社会は変わらない。現代の私たちはそういう実感を持っている人がほとんどではないだろうか。・・・そのような環境が、ポジティブ思考という「行動」で自分を変える自己啓発書「脳内革命」のベストセラーを生み出したのだ。 牧野は自己啓発書とは社会を遠ざけようとするジャンルであると語る。・・・自己啓発書の特徴は自己のアンコントローラブルな行動の変革を促すことにある。つまり、他人や社会といったアンコントローラブルなものは捨て置き、自分の行動というコントローラブルなものの変革に注力することによって、自分の人生を変革する。・・・自己啓発余は「ノイズを除去する」姿勢を重視している。 90年代のバブル崩壊を経て、2000年代の新自由主義社会化による労働環境の変化を受けた若者たちは、もはや消費で自己表現することは難しくなった。その結果、労働そのものが「自分探し」の舞台になったのである。 倫理や教養は常に過去や社会といった、自分の外部への知識を前提とする。しかしそのような外部の知識を得るには、そもそも持っている文化資本が必要である。知識の前では歴然として、経済資本・文化資本の差異が見える。 新自由主義(ネオリベラリズム) 国家の福祉・公共サービスが縮小され、規制緩和されるとともに、市場原理が重要視される社会のことである。このような社会においては、資本主義論理、つまりは市場の原理こそが最も重要だとされ、国家の規制は緩和されるため、企業間の競争は激しくなる。同時に、個人の誰もが市場で競争する選手だとみなされるような状態であるため、自己決定・自己責任が重視される。・・・もし、これを読んでいるあなたが「自分の責任でやりたいことをやるべきだ」「失敗しても、それは自分のせいだ」と思うことがあるならば、ひと昔前なら「社会のルールに問題があるのかもしれない」と発想をしたかもしれない、ということを思い出してほしい。新自由主義的発想は、私たちの生きる社会が作り出したものである。 21世紀を生きる私たちにとっての問題は、新自由主義の能力主義が植え付けた、「もっとできるという名の、自己に内面化した肯定によって、人々が疲弊してしまうこと」なのだ。・・・ ハンが名付けた「疲労社会」とは、うつ病になりやすい社会のことをさす・それは決して、外部から支配された結果、疲れるのではない。むしろ自分から「もっとできる」「もっと頑張れる」と思い続けて、自発的に頑張りすぎて、疲れてしまうのだ。
13投稿日: 2025.09.20
powered by ブクログ「現代人は必要な情報ばかりを求めている。自分が今必要と思っていないものや展開が読めないものいわゆるノイズがたくさん書いてある本を読むことができない。snsは自分が得たいと思うものだから疲れていても見れる」 要は我慢できないということだ。 似たような話を聞いた。 朝井リョウがオードリーのオールナイトニッポンにゲスト出演したときだ。 「エロを言語化しようとしてみた結果、その人がコントロールできない状態がエロいと考える。僕はコントロールできている部分が好きなのでインタビュー部分が好き。若林さんの言う「最高の自分磨き」が出来てしまうことで、うまくいかないことに対する免疫が落ちてる世代なのかもしれない。」 最近の若者は我慢できなくなっている。自分のコントロールできないものへの免疫が落ちている。 だからこそ無駄を愛したい。非効率なものを愛したい。そんな余裕のある人間になりたい。
4投稿日: 2025.09.19
powered by ブクログ基本的には文系脳による論文で組み立てた楼閣的な考察なんで文系臭が激強。 自分で過去を調べて考察するのではなくて、先人論文をいっぱい引用して、それらを土台にして論を展開している。そもそも、その手の論文の信憑性はどうなんだろうとか気になってしまった。文系なんちゅうもんは、結論ありきの適当胡散臭論文だらけなんだから。 「本を読めなくなる理由」はあくまで著者の考察なので、本を読まなくなったという実態の切り口は本書の意見以外にも存在する。提言に関しては月並みで、無理矢理感があった。問題設定と題名で大いに売れた本なんだろう、そこはうまくやった。
1投稿日: 2025.09.19
powered by ブクログ「働いているとなぜ本が読めなくなるのか」を探るため、近現代の読書について振り返りを通して、それに答える(提言する)といった内容。読書の変遷が知れてとても面白かった。 問いに対する答えが、現代の読書のあり方に帰着する。そこから先の提言については若干の強引さがあった。そもそも著者の中で、2000年代以降に主流になった本たちは、読書の対象なのだろうか?あと提言内容が、単身者の視点から出られていない感じがしました。 近現代の読書事情がわかる9章辺りまではとても楽しく読めました。
25投稿日: 2025.09.18
powered by ブクログ半身の気持ちで心に余裕を持つ意識を持つ事って確かに大事だなって思った! 本って自分自身が今知りたい事(=情報)だけでは無いから、知りたくない情報はノイズとなる。こういったノイズを受け入れる余裕を持つことが大事とのこと。確かにな〜。 何かに集中して、周りに余裕がなくなってしまった事が人生でかなりあって反省してる。だから、心にスペースを空けておく。自分を大切にしながら生きていきたいな
5投稿日: 2025.09.18
powered by ブクログ話題になっていたので、読んだが特別面白いという感じはなかった。 わかるけど、それが難しいんだよねっていう内容だった。
5投稿日: 2025.09.18
powered by ブクログ働いているとなぜ本が読めなくなるのか、の問いに対して、読書の意味や目的の歴史的変遷を辿りながらの考察。サラッと読めてしまうようで、丁寧に因果関係を確認したりすると深く難解な箇所もあり、読み応えのある一冊だった。 単に趣味としての読書についてだけでなく、ノイズを避けたくなる状態の背景にある社会についての課題提起に及んでおり、似たような課題意識を持っている身として共感。一方で、「半身」については個人的にも切望しているし三宅さんの提案に乗るのだが、実現という意味ではどうしても理想論過ぎる印象が否めない。とはいえ、社会の課題でありながら、一人一人がどうするかこそが大事なテーマだとは改めて感じた。
9投稿日: 2025.09.18
