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なぜ働いていると本が読めなくなるのか
なぜ働いていると本が読めなくなるのか
三宅香帆/集英社
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総合評価

1445件)
3.8
336
526
371
73
11
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    キャッチーなタイトルと、集英社オンラインでの佐川恭一との対談を読んで、手に取ってみた。 『花束みたいな恋をした』へのアンサー本。かな。 内容は労働と読書の関係を江戸末期から遡って、資料をしっかり読み込んで解説している。ベストセラーと時代の空気などの考察も面白かった。階級と知識への言及もおもしろい。 しっかり参考文献を揃えて論理的に語っているけど、時々、著者のツッコミが入るのが、軽く読めてよかった。 『花束みたいな恋をした』は私も好きで、 麦と絹の間の階級格差みたいなものも感じてたから、それが言語化されてて面白かった。 でも、パズドラは自己啓発本の系列ではなく、ほんとただのパチンコ的な娯楽の一種だと思う。 全身で働くことへの警鐘はほんとそう。 麦くんがイラストを続けることができない社会はなにかおかしい。と私も思う。 そして、絹ちゃんの文化的なものに全身浸かってる危うさに対しても同意。

    2
    投稿日: 2024.07.09
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    読書論を読み進めているといつのまにか労働論に入り込んでいて、まさしく“ノイズ”的な意図を感じる。 体験が民主化され、多くの人に刺さるものを考えるとそれはノイズなしのわかりやすい情報なのだ、というのは読書以外にも当てはまりそうだなと。

    1
    投稿日: 2024.07.09
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    いつもは読み終えてから数時間開けて感想をかくのですが、今回はちょうど読み終わったこのタイミングで感想を書きます。それくらい感情が揺さぶられたからです。 まずはこの本は本を読むためのハウツー本ではなく、時代ごとに読書のあり方を綴った読書学であるということ。 それぞれの時代において、社会的または個人レベルにおいて読書の役割がどういうものだったのか、そんなことが記されており非常に興味深かった。 そしてそれを踏まえた上で現代において読書という選択肢がなくなっている現状とその原因を説明しています。 内容を端折ってこの感想を綴っているので繋がりの悪い文章であることは承知の上ですが、続けます。 筆者の描く「読書ができる社会」すなわち「全身全霊ではなく半身で仕事をする社会」であり、精神的に読書を選択する余裕のある働き方を推奨する社会であって欲しいと述べています。 それに私はとても共感しました。 以下私的な感想になりますが、今自分は仕事をしんどいと感じています。 その理由をこの本は解明してくれている、そう実感しとても心が動きました。 自己啓発書が多くなった2,000年代以降、特に最近は「ミスや失敗に対して自分に矢印を向けなさい」「できないのは自分の努力が足りないから」という傾向にあると思います。 だからいつも心の中でまずは自分を責めてしまう。 もっと頑張らなきゃと思い、休日も仕事のことが頭から離れない。 これが自分がしんどい理由なのだとこの本を通じて理解できました。 そんなことはみんな同じだと思った方、ぜひこの本を読んで欲しい。 読書と仕事の関連性も理解できる素晴らしい一冊でした。

    6
    投稿日: 2024.07.08
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    読書については色々な切り口で語られているが、この本は読書と労働の関係について。 一冊本を読み、感想を「一言でいうと」でまとめるのは無理やなあと思いつつも、後々自分がその本について思い出すためのフックとするべく、とりあえず。 一言でいうと、全身全霊かけて、ずっと仕事ばっかりしてたらよくないんちゃう?ということなのか。本読めるくらいの心の余裕が、人生には大事ってこと? 今では自己啓発本といわれる類いのものが、以外と古くから存在してるジャンルだったとか、本に関わる豆知識的なものとか、よく調べて書かれていると思う。 20代のころ、ビジネス雑誌で企業経営者のおすすめ本みたいな企画に、かなりの確率で司馬遼太郎が入っているなあ、といったほんのりした疑問の氷解があったのもよかった。 最後に、子どもの頃、うちの本棚にはトットちゃん、サラダ記念日、ノルウェイの森、TUGUMIは全部あった(全部親の本です)。あの頃のベストセラーってすごかったんやな。

    2
    投稿日: 2024.07.08
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    思わず題名に釣られで購入。 せめて目次くらい確認しとけば良かった・・笑 思い描いていた中身とは激しく違った。 なんとなく思うよ様に本が読めない事を、自らの怠惰や能力、集中力の無さなどを嘆きながら、面白おかしく書いている軽エッセイみたいなものを勝手に想像していた。でも入れ物が集英社新書ですものね、そんな軽い中身ではない事は少し考えれば分かりそうものですね。 ともあれ、日本の近代以降の読書史を当時のヘンストセラーなどを俎上にあげ丹念に分析して、そこから日本人の労働のあり方や社会を、本書では丁寧に考察している。その論考は的確でこれからの社会のあり方は作者の結論の通りなのかもしれないと感じている。 作者は「半身で働く」という表現をしているが、社会全体に優しさ寛容さ余裕が生まれる事がおそらく大事なのであろう。 ただし、これが読書ができる社会や読者人を増やすかは別問題。 今の世の中、読書より楽しい事に溢れているのも一面の真実であるとも思う。

    27
    投稿日: 2024.07.07
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    労働と読書の歴史を紐解き、働きながらも本が読める社会を目指したいという著者の想いが伝わってきた。 何事においても全身全霊で取り組む姿勢を美徳とする価値観は危険で、ボロボロと大切なものを取りこぼしながら生きてしまいそうだ。

    2
    投稿日: 2024.07.06
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    ちょうど仕事が忙しくて思わず購入。 読み終わって感じた事は、ちょうど忙しいんじゃない、「全身全霊で働いている」(冷静に考えると常に忙しい)。 家に帰るといつも疲れてるなー 布団に入ると本も読めずすぐ寝ちゃうなー 本の題名からは想像もしなかった、自分の働き方(姿勢)を見つめなおすことができる本です。 今忙しい、疲れてるそう思う人にはオススメです。 私も半身で頑張りたいと思いました。 ※すぐに実現できるかわからない為星4としました。

    5
    投稿日: 2024.07.06
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    ついつい働きすぎてしまい自分で自分を追い込んでしまう働き方をしてしまうので、疲労社会についての記述は自分のことを書いているのでは…?と思えました。その後私はこのままではあまりのハードワークに育児との両立どころか妊娠することすら不可能だと悟り、新卒で入った会社を辞め、部下30人の管理職から平社員へとキャリアダウンしました。無事に子供が産まれたのに育休中何か自分を高めたり仕事をしたりしなければ不安になってしまう、そんな自分が怖い…この本はそんな私に読書と労働という側面から自分の働き方を相対化して、仕事以外のこともできる人生を目指そうよ、と光を与えてくれた気がします。良い本でした。

    4
    投稿日: 2024.07.05
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    読書という文化を、歴史的背景とともに遡るところが本編になっています。 日本史が苦手な私にとっては、読みづらさを感じてしまう部分もありました。 本編よりも、序論と結論の方が興味深い内容でした。 タイトルにもなっている “なぜ本が読めなくなるのか” そしてその一歩先の “どうしたら本が読めるようになるのか” この2つの問いに対するアンサーは、揶揄しているわけでは決してなく、令和っぽさを感じました。 【全身全霊】【がむしゃら】【一所懸命】 こんな言葉を背負いながら働いている人は、新たな視点を取り入れる事ができるかもしれません。

    12
    投稿日: 2024.07.05
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    年間170日休める会社にいるから分かるけど、週休3日になっても4日になっても、本を読む人口が増えることはないと思う。 本以外の娯楽が増えたし、頑張らなくても生きていける現代では、「半身」で働いても、残りの半身は読者じゃなくてSNSかゲームになるかな。 読み物としてはめちゃくちゃ面白い。 明治、大正、昭和、平成と移り変わってきた社会と読書の位置付けや流行った本が紹介されている。 現代に近くなって、自分が必要としない情報はノイズとなったけど、ノイズを受け入れること(自分の世界の外に足を踏み入れること)のがいい。 あと、半身で働き口ことで、読書をする余裕が出来る。

    1
    投稿日: 2024.07.05
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    なんか拍子抜けしたというか…まさにこの本こそが「ノイズ」じゃないか、というのはさておき。 小説の引用がたくさんあったので、読んでみたい本がいくつができたのはよかったです。

    0
    投稿日: 2024.07.05
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    読書史と近代労働史 結局、知識とか教養とかよりも、読んでておもしろっ!ってゾクゾクする読書が一番楽しくてそれを求めてる。 読書史についてはほとんど触れたことないので面白かったけど結論がふわふわしてて拍子抜け

    0
    投稿日: 2024.07.04
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    はい、今ワタクシが最も読みたかった(まぁ、結局その時その時で最も読みたい本を手にしているんだがw)乗りに乗ってる書評家三宅香帆さんの『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』です いやもう売れに売れています 爆売れ中ですね ちょっと前までまだマイナー感あったのにな〜 知る人ぞ知る存在だったのがもうここに来て一気に売れちゃいましたね〜 なんか寂しいw そして、真面目な三宅香帆さんも良いねというなんか二段くらい上からの目線で言ってみたりする いやでもほんと売れてるのよ ブクログでも登録数、レビュー数ともにエライことになってまして、すでに良質なレビューがふんだんにありますので、わいはまたぜんぜん関係ないこと書いていいですか?ダメって言われても書きますけど 今日ちょっと帰りにコンビニ寄ったのよ あ、コンビニってコンビニエンスストアの略ね(知っとるわ!) そしたらさ、な、なんと、なんと本のコーナーに寺山修司さんの『旅路の果て』が置いてあるのよ!しかも5冊くらい! なんですとー!って思うじゃないの なぜ今寺山修司?ホワーイ?ってなるじゃないそれわ で良く見たらさ、帯がウマ娘なのよ 「むー」 出版社の商魂の逞しさね ま、わかるんだけどさ いや、わいもね 建前としては「ウマ娘を入口に寺山修司の世界に触れてもらうことで、ひとりでもファンが増えることは歓迎したいです」とか言いたいよ 物わかりの良いおじさん演じたいのよ でもやっぱ「むー」なのよ 本音は「むー」なのよ 顔文字でいったら( ・ั﹏・ั)なのよ ウマ娘から寺山修司は邪道だろーが! (ノ`Д´)ノ彡┻━┻ あれ?でもこれって三宅香帆さんの定義する (インターネットなどで得られる)情報=知りたいこと (読書によって得られる)知識=ノイズ+知りたいこと (*ノイズ…他者や歴史や社会の文脈) 情報と知識の間を取り持つ存在になりうるんちゃうか? ウマ娘こそ「働きながら本を読める社会」を作るきっかけになるんじゃなかろうか! 答えはコンビニにあったのよ!! うん、絶対違う

    68
    投稿日: 2024.07.03
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    なぜ働いていると本が読めなくなるのか。 ...分かる...分かりすぎるぞこの気持ち...ッ!! 現代人が働いていると本が読めなくなる理由を、明治〜現在までの人々の本と労働との関係にフォーカスして時代ごとに紐解いてゆくことで追った一冊。 豊富な参考文献によって解像度高く提示された昔の日本人の読書生活は、歴史本さながらの読み応えでふむふむと勉強になることばかり。 そこから90年代、00年代と自分の生きてきた時代の話に入ると、ふむふむと肯いていた首の意味が、わかる、わかるよ...といった趣きに変わってくる。 自己責任で自己実現することが是とされる現代のセルフ搾取社会において、本、それも文芸や人文書のようないつ何の役に立つかも分からない、つまり即効性のない知識(もはや情報)はノイズでしかなく、能動的に摂取する気力も余裕もない。 だから、全身全霊で働いている人ほど、本が読めない。 なら、全身全霊で働くことを、やめよう。 みんな全身ならぬ半身で働いて、もう残りの半身で読書とか、スポーツとか、家族との時間とか、必ずしも自分でコントロールできない、自分と違う文脈を味わう余裕を持とうよ。 そんな、半身社会にしていこうよ。 というのが著者である三宅さんの主張であり、本書の結論だ。 「半身で働くってどういうこと?」 「半身社会って、個人のさじ加減だし、理想論の絵空事じゃない?」 そんな冷ややかなツッコミが聞こえてくるが、実際、三宅さんも具体の実現ステップまでは思いついていないと言う。 「ほらやっぱり」 「半身とか、仕事なめんな」 そんなしたり顔の冷笑まで聞こえる気がする。 それでも。 僕もこの、「半身社会」の実現、という理想に1票を投じたい。 学生時代はあんなに本ばかり読んでたのに、社会人になって、だんだん本と疎遠になって、いつのまにか読まないのが普通になっていて、挙げ句働きすぎて突発性難聴と適応障害になって、自分がいかに弱くて脆いかを実感した今、全心全力で働く(時間的、あるいは肉体や精神的でも)ことの楽さと危うさが分かるから。 仕事の代わりなんていくらでも利くけど、わたしの代わりはいないから。 家族仲間にとって、わたしは、わたししかいないから。 つい何事も全力で頑張りたくなっちゃう自分をどうどうと制して、別の頑張りへの余力をキープし続ける。 余力があれば、読書もできるし、世界の美しさに気づけるし、他者にもやさしくなれる。 半身社会、来るといいな。 本書を読んだ皆さん、まずは身の周りから、いっしょに半身社会をつくっていきましょう。 ----- 懐かしさに陶酔する姿は、もしかすると傍から見たら滑稽かもしれない。しかし懐かしさだけが救える感覚があることを、もしかすると、司馬作品を読む通勤電車のサラリーマンは知っていたのではないか、とすら思う。 p.141 「缶チューハイ2本で「嫁さん」になることを決めるかもしれなかった時代、読書や教養を通して、彼女たちは自己表現の手段を手に入れたのだ。 p.161 自分から遠く離れた文脈に触れることーーそれが読書なのである。 そして、本が読めない状況とは、新しい文脈をつくる余裕がない、ということだ。 p.234 決して、自分以外の外部に強制されているわけではない。 自らで自らを競争に参加させ、そして自分で自分を搾取してしまうのだ。 本当は、疲労しているのに。 疲労に気づかないふりをしてしまう。 p.247 全身全霊のコミットメントは、何も考えなくていいから、楽だ。達成感も得やすいし、「頑張った」という疲労すら称賛されやすい。頑張りすぎるのは少しかっこいいし、複雑なことを考えなくていいという点で楽だ。 p.256 現代では「にわか」つまり半身のコミットメントをする人は趣味の世界においても嫌われがちだが、私は「にわか」でなにが悪いんだと心から思っている。 p.259 働きながら本を読める社会。 それは、半身社会を生きることに、ほかならない。 p.264

    5
    投稿日: 2024.07.03
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    109 1950年代 サラリーマンの新しい娯楽が、パチンコ、株、源氏鶏太のサラリーマン小説 全身全霊で働く→半身で働く あとがき、がよかった

    1
    投稿日: 2024.07.03
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    本が読めるようになるコツがまるまる書いてあるのかと思ったら違った。 本がどういう読まれ方をしてきたのかという歴史と最後の方に著者の提言と読書のコツが書かれている。卒論みたい?読みやすい。 政府によって読書が広まり同じく減少する。 自分で自分を疲れさせるのはやめて、余裕のある時間配分をしよう。

    5
    投稿日: 2024.07.03
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    ひいろさん推薦 最終章を読めば、この本がいいたいことはほとんどわかる。 全身全霊で働くのをやめて、半身の世界で生きよう、そして本を読む余裕をつくろうという趣旨がきっと共感を得ているんだと思った。 すごく現代的。 2024年の今、課題に感じる人が多そうなテーマ。 だから、刺さるんだと思う。 結局「働きすぎ」 全てはここに集約されるんだろうね。 労働時間が半分になりたい、 もっと仕事の時間を短くしたい。 そう思っていても、いざそうなると何したらいいのかわからず困る人も出てきそう。 しかし、著者はそんな恐れを想定しているかわからないけれど、 本を読む余裕をつくることを提言。 人は本当にほしいものか、体感したことでないと、なかなか本気で取りに行ったり、実感がわかなかったりするのかも。 なぜなら、今起きていることの方がはるかに現実味があるから。 そんなことを感じさせた。 話は明治時代の長時間労働の幕開けから明治、対象、戦前、戦後、70年代、80年代、90年代そして2000年代2010年代と労働と読書がどのような関係に基づいていたかをひもとく。 この部分もなかなか興味深い。 ・本が読めない状況とは、新しい文脈をつくる余裕がないということ 自分から離れたところにある文脈をノイズと思ってしまう。 そのノイズを頭に入れる余裕がない ・半身で働くことが当たり前の社会を それが働いていても本が読める社会 つまり、仕事以外の文脈を取り入れる余裕がなくやる 明治期 ・長時間労働が始まった ・句読点と黙読が始まったのもこの頃 (それまでは、読書は朗読するもので、舞姫なども家族の前で朗読していたらしい) ・図書館が設立されたのもこの頃 ・男性たちの仕事における立身出世のための、読書の原流はここにある 大正期 ・識字率を下げないために採用された手段が読書だった ・読書人口の増加 ・出版社が定価を決めたのもこの頃 ・書店の数も急増(明治末3000店→昭和初期10,000店越え) 1950〜60年代 ・読書は常に階級の差異を確認し そして優劣を示すための道具になりやすい ・サラリーマンが読む小説が登場 ・読書が他の娯楽に圧迫されていたからこそ、読書術がはやる ・背景は長時間労働 ・みんな働いているから、働いている人向けに本を出せば売れる 1970年代 ・テレサラーとテレビで話題になった本が売れる時代(ドラマなど) ・通勤電車の中で本を読む習慣がこの頃ついた ・日本企業的文化(終身雇用、年功序列賃金制度、企業別労働組合)が根付いた ・昇進のための評価に自己啓発が出てくる この自己啓発とは、姿勢や態度で評価 1980年代 ・出版業界の売り上げはピーク (ただし世帯単位では書籍離れが起きる。 人口増だからミリオンセラーが多い) ・労働時間も右肩上がり ・教養よりコミュ力を求めるように ・戦後、学歴コンプレックスを埋めるために教養を求めた男性と同じく、女性も教養を求め、カルチャーセンターへ 1990年代 ・自己を探求し、内面の時代から行動の時代へ ・バブル経済崩壊後、就職氷河期へ 自己分析という行動を促すマニュアル増大 ・さくらももこ「そういうふうにできている」 波の乗り方を変える時代へ ・読書は労働のノイズ 何がやってくるかわからない 自分でコントロールできるものに注力した方がいい 自己管理の欲望の時代 2000年代 ・労働で自己実現を果たす時代 ・本は読めなくてもインターネットができる理由 インターネットはノイズが除去されている状態で、読めるから ・情報=知りたいこと  知識=ノイズ+知りたいこと←読書 ノイズありきでいかに楽しめるか? 2010年代 ・個人で働く時代  副業、フリーランス増加 ・読書は仕事以外の文脈を知れる ・半身で働くことのすすめ

    1
    投稿日: 2024.07.03
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    全体の8割程度が読書の歴史に関する内容で、残り2割が仕事にコミットしすぎることに注意喚起する内容。 序章と1章を読んで、(思ってたんと違うなぁー)と感じたものの、明治時代は朗読がメインだったので舞姫を家族に読み聞かせる鴎外のエピソードなど、興味を惹かれるトピックが続くので読んでいて苦にならない。 あまり普段読まないジャンルだったのでその点で知らない本に出会えた喜びはありました。 いくつか表題に対する選択肢は提示されますが、結局は仕事量を減らしましょうという感じです。しょうがないよね、という感想。

    0
    投稿日: 2024.07.02
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    スマホをダラダラ見る =自分の好きなこと、知りたいことだけを瞬時に得れる。余計な情報(=ノイズ)がないもの 対して読書は 自分の知りたい情報じゃないことも得れるもの ノイズの混ざったもの。 働いていると読書ができなくなるのは ノイズが混ざった情報を処理できるだけの余裕がないから。時間的にも体力的にも。 だから仕事に全身全霊となることをやめよう、 読書に費やせる時間や体力を残す働き方をしよう。 働いていても本を読むには半身半霊で働くことを 著者は解決策としている。 うーん…言わんとしてることはわかる。 ただ、週3日5時間労働のような働き方をして 現代を生きることは難しい。 生きていくことはできたとしても、 肝心の本を買うお金は残らないだろう。 (図書館で借りればタダだが…) 解決策を述べる前まではおもしろかった。 解決策だけは納得いかない。 読みたくなるほどまで時間と体力に余裕ができたら読もう、それが解決策だと思うし、 私もそうやって生きていきたいと思う。

    13
    投稿日: 2024.07.01
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    日本の読書史を辿って現代日本の「本が読めない」理由に切り込もうとする作品 花束みたいな恋をした、からの引用が多々出てくるので観てから臨んだ方が話がすっと入ってくるかも 遡れば明治時代から現代日本と変わらぬ仕事や余暇に対する嘆きの情景が流れているのはおおっと思った 80年代文芸が「僕と私」に閉じていくと言う話から、のちのセカイ系の登場を感じる

    11
    投稿日: 2024.07.01
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    感想をどこかに書いてコッチに残していなかった?ようで。読書の歴史と働く人の歴史を絡めつつ、何でこんなに本を読めなくなっているのかを紐解いていく試みが面白かった。知らなかった読者層の遍歴や何でこうなったについて感心しつつ、やっぱり働き方で意識も行動も変わるし変えていきたい。

    3
    投稿日: 2024.06.30
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    このレビューはネタバレを含みます。

    タイトルと内容が異なる。 本書は「働きながら本が読めるような社会を作ろう」というテーマの本。タイトルの「なぜ働いていると本が読めないのか?」という内容は全体の1〜2割程度しか書かれていない。 タイトルの問いに対する本書の結論としては、働いて疲れるとノイズ(予想しない展開、意図していない情報)のある情報を得ることが難しく、ノイズのないSNSやインターネットの情報しか取得できないというのが読書できなくなる理由である。 私個人としては学生時代よりも働き始めてからの方が読書量が増えたので、そもそもタイトルに反しているが、疲労していると受動的な娯楽しか受け付けなくなるというのは理解できる。 ただ、私の場合はノイズの有無に関わらず読書も受動的という認識なので大丈夫なのかもしれない。 本書の前半分は読書史と労働史の関係についてのことで、多くの書籍の引用があったり著者が本を好きなことがうかがえる。新書らしく、著者が書きたいことをとりあえず書き綴ったという印象の本でした。悪くはない。

    0
    投稿日: 2024.06.30
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    なぜ働いていると本が読めないのか?という問いに対して、過去の日本はどうだったのか、という切り口で深く整理している。 知らないことも多く教養としても面白く読めた。 また個人的には最後に著者が提示した半身社会というワードが刺さった。 どうすべきかは個人個人が考えるべきであるが、このうような機会に立ち止まり考えることは大切であると感じる。

    6
    投稿日: 2024.06.30
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    タイトルに惹かれ(気になり)読んだ本でしたが、良本だと思います。 前半から中盤までは、読書文化の歴史的な内容が多く、読むのがダレる時もありましたが、、。 中盤から終盤は、タイトル通りの内容で、読書について良い知識を得ることができました。 「大切なのは他者の文脈をシャットアウトしないこと」「仕事のノイズになるような知識をあえて受け入れる」 このフレーズはこの本にあるのですが、昨今SNSがすごく流行ってる今の時代こそ刺さる内容だと思いました。

    8
    投稿日: 2024.06.30
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    このレビューはネタバレを含みます。

    大変分かりやすく解説を頂きました。 これまで、読書と労働という点からの歴史を丁寧に分析した後に、我々はどのようにこの現代を生きていくかを考察しております。 本書の結論として掲げている半身で生きるという点においては、非常に多くの方が納得するものとなっているのではないでしょうか。

    4
    投稿日: 2024.06.30
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    このレビューはネタバレを含みます。

     本が好きだったはずの著者が「なぜ働いていると本が読めなくなるのか?」という気づきから、労働と読書の位置付けや、日本人にとっての読書の歴史、時代による教養のあり方の変遷などを多くの参考文献により紐解いた上で、現代の労働と読書というテーマへと続く。  タイトルを見て単に仕事が忙しいから本を読む時間がなくなっただけでは?という考えが浮かんだが、どうやらそう単純なことではないようだということがわかる。  本書でいう「読書」とは、それを「音楽」や「趣味」、もっと大きい括りでいうと「文化」という文脈で読み替えることができ、現代人の働き方において、「労働」と「文化」が両立しづらくなっているというのがテーマであると感じた。  新自由主義における能力主義が内面化され、本を読み多様な価値観に触れて世界を広げることよりも、整理された「情報」を効率よく収集する方に主眼が置かれていることも、読書(文化的な文脈)から遠ざかる原因となっているようだ。  特に共感した部分は、 “自分から遠く離れた文脈に触れることーーーそれが読書なのである”(p.234) という部分。 本が読めない状況とは、新しい文脈をつくる余裕がないということで、 自分から離れた文脈を、自分には関係のないものとしてノイズとして切り捨ててしまう余裕のなさこそが、働いていると本が読めなくなる理由との内容。  自分は、その場しのぎの即物的な利益を求めるだけの情報収集なんてつまらないと日頃から思っていて、いつか自分の人生につながるかもしれない(つながらないかもしれない)文脈に触れ続けることで人生や生活に立体感が出るのかなと考えた。 例えば『ジャガイモの世界史』という本を読んでジャガイモが歩んできた歴史を知るだけで日々の食事に文化的な変遷や歴史のありがたみのようなものを感じたとすれば、それは自分の人生に関係のないノイズなんかではなく、人生を味わうための奥行きなのでは?ということを感じた。

    9
    投稿日: 2024.06.30
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    タイトル通り、疲れているときに読書は出来ないのにダラダラとスマホを見てしまうことが多く本書を手に取ってみました。 スマホは、 ①スマホは手軽で直ぐに必要な情報が手に入る ②無駄な情報が入ってこない しかし… 情報や知識の偏りができ、頭が固く視野も狭まるように思えました。 読書では、自分の気になった本から知りたい情報+新たな発見や知識、興味のあるジャンルに出会うことがあると読書を始めてから感じることが多々ありました。 読書もTikTokを流し見しながらスクロールするみたいに、気軽に手に取り読み進めるぐらいの気持ちで良いと感じました。

    3
    投稿日: 2024.06.30
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    24/06/29読了 どんな書籍が好まれてきたか、どんな働きかたをしてきたか、を綴ったもの。どちらの視点もおもしろく、特に1960年代など入ってくると本や雑誌のタイトルに馴染みも出てくるので共感というか納得というかが高まった。 最近いくつかポッドキャストハマってるんだけど、情報と文脈のバランスがいいのかも

    3
    投稿日: 2024.06.29
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    このレビューはネタバレを含みます。

    話題の新書。 タイトルがキャッチーで、言い得て妙。 めっちゃYouTube見ちゃうので。 前半は主に、戦前からの日本の労働史と、その当時どんな本が読まれてたかについて。 引用元の書籍の種類や年代の幅が広く、著者がかなりの本好きであることが文章から窺える。 締めは、割と平野啓一郎の分人主義っぽい内容。 読書に対して、何か有益な情報、意味や意義を持たせすぎるのは、時間や気力に余裕が無いからだよね。 自分と距離が遠いもの、本書でノイズと説明されている、仕事や生活に関連のない部分にもっと触れたいと思った。

    5
    投稿日: 2024.06.29
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    半身で働きつつ、半身を異なる文脈(未知の文脈)にふれることはエネルギーが必要なことだとかんじた 自己啓発が読めないのは半身である労働に近しいものであるからで、労働から遠い小説とかの方が好きなんだと思った 何かに没頭することが楽なのは納得、 余計なことを考えずに済むしやることが決まっているから。やった気になれるから。 日本で半身で働くことを実現することは難しいと思うが、こういう本を多くの人が手に取って自分事化して考えることが何よりも重要だと感じた

    2
    投稿日: 2024.06.29
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    前職の時の自分はまさにこの状態で、もう少し早く出会いたかった…。(今は転職して逆に本以外のコンテンツに触れられなくなった。なぜ?笑) 本当に今の時代を生きる働く人たち全員に刺さるタイトルではなかろうか。本はノイズで、働いてると他人の文脈に触れる余裕がなくなる。わかる。それどころじゃね〜〜〜ってなっちゃうんだよな。 半身で働く社会、目指したいけど正直どうしたらいいかわからない。まずは自分自身が意識することから始めるのが大事なのかなあ。あと本にまつわる歴史が知れて面白かった。

    14
    投稿日: 2024.06.28
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    明治からの日本の読書史を追い、そして戦後読書はどのような位置づけとされたかを深堀りし、読書離れと言われる現代の読書の傾向について述べた一冊。岩波新書の津野海太郎著『読書と日本人』と構成が似ているが、より現代の読書について論じ、読書に関わらず文化的な生活ができる働き方について述べられたものが本書の特徴である。 読書というのはノイズであって、読書以外の知識や情報についても取り入れることができるが、それが現代ではそのノイズを排除し、自分の欲しい情報だけを取り入れるということが印象に残った。スマホからネットを介して欲しい情報を得ることはできるが、自分が欲しい以上の情報は得ることができない。しかし、新聞などの紙媒体のメディアでは広範な情報を得ることができ、それは余分な情報、すなわち本書でいうノイズである。 本が読める状況というのは、自分自身に余裕があり、ノイズを受け入れられるということである。しかし、現代の社会ではそのノイズを受け入れられない、余裕のない人が多い。余裕を持ち、本が読める状況を確保するために、働き方を変えようというのが本書が最も読者に伝えたいことであると考える。やはり、私たち日本人は働きすぎなのだとデータからもよく分かった。

    23
    投稿日: 2024.06.28
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    このレビューはネタバレを含みます。

    なんか、最終章あたりで、女性政治家の『2位じゃダメなんですかっっ!!』って場面が浮かんできて仕方なかった。全身全霊を傾けることが悪みたいな結論には同意しかねる。手塚治虫など、現代でも神様扱いのクリエイターって、作品を生み出すことに24時間向き合ったと思うし、そのせいで早逝されたとも思っている。近現代の辣腕経営者も同様かと思う。『半身でいいじゃない』ってのは、まだ未知の可能性のある若い人にはしてほしくない。人生の折り返しに差し掛かった中年以降の凡人が『何者にもなれなかったけど、今後は半身でいいじゃない』って苦笑しながら、仕事以外に目を輝かせる、新しいことに人生の最後まで挑戦できるような空気になればいいなと、思う。

    4
    投稿日: 2024.06.28
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    日本人の近現代読書史。読書の受容を労働という切り口で論じていて、目のつけどころが面白い。 ただ、やや結論ありきで話が飛躍しているように感じられる部分も。 知識や教養があることよりも情報の取捨選択ができることが即ち仕事ができること、という情報社会の価値観のなかで、ノイズの多い読書が嫌厭される面は確かにあると思うが、 個人的な肌感覚で言えば、ITの登場により仕事の効率が加速度的に向上し、いつでもどこでも仕事ができ、接触する情報量が爆増したことによって、仕事から解放された後はあえて情報を遮断しなければ脳があまりに疲弊してしまうので人々はパズドラやTikTokなどをぼーっと眺めて思考を停止させることを、無意識に欲望するようになった、というのが実感としては近い感じがする。 つまり一種の逃避行動(コーピング)としてのスマホゲームでありSNSなのではないかなと。 反対に読書は思考を伴う娯楽なので、いまのサラリーマンは本が読めないのではないかと思った

    8
    投稿日: 2024.06.27
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    日本の労働の歴史と読書の位置付けなどを研究した論文のよう。私はむしろ疲れるとスマホから離れて小説の世界に入り込みたい方なので、当てはまらないところもあったけど、なるほど〜と興味深く読みました。

    11
    投稿日: 2024.06.26
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    なるほどたしかにそうだよねって納得感があって個人的には良かった。 気になってて買ってから実は積んで置かれてたんだけど(笑)次の仕事が始まる前に読めて良かった。 仕事で疲れるのってたしかにそうだよね、現代の仕事に対する価値観とかそれに至るまでの歴史の流れみたいなある種の日本近代史をギュッと詰めてる感じ。 それで著者が同世代くらいなので「その気持ちわかる、わかる」ってなってた。 このあと(?)ボクは仕事出来なくてもちょっと凹まなくなるな〜って感覚とあとやっぱり現代の人たちは灰色の男たちに時間どろぼうされてるんだな……って解釈に落ち着いちゃうんだけど(笑)ボクは『モモ』が好き過ぎるね。ミヒャエル・エンデの別の作品もまた読みたくなっちゃったな。 やっぱり書店は出会いの場みたいなとこ大きくて定期的に行きたいな。 もちろんネットでパッと好みの本を検索して読むの好きだけど、書店をふらっとして目を引いたものとの出会いって必要なもんだよなあ……って、その余裕もない時は大抵ストレスでグロッキーなのがよくわかる(よくメンタルで寝込む人の発言)。 暫くの間お守りの本になりそうwボクは好きなのでオススメかなって思った。 あ、ストレスを解消する即効性はないです多分、自分の現状のストレス原因とか理由とか状況を理解と把握するのに良さそうってくらいのそれ。 なんで今こういう問題があるんだ?って環境確認的な意味で納得感が大きかったかな。

    3
    投稿日: 2024.06.26
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    ■どんな本か 自身も働いて本が読めなくなったという文芸評論家(94年生まれ!)が、日本における読書の意義を時代背景と共に紐解きながら、労働と読書の両立の模索する本。 ■内容 序章 映画のセリフを通して、労働と読書が両立しないこと、そこには階級格差の存在も隠れていることが問題として提起される。 明治時代から現代における読書する動機や、読書の立ち位置がベストセラー等から分析される。ここのパートがこの本のメインコンテンツ。 特に現在の問題点として、働くことを通しての自己実現が重要視されるあまり自らを競争させてしまう新自由主義の罠?の存在を指摘。 どうしたら本が読めるか、の解はみんな半身社会で生きようよ、との着地。 ■感想 タイトルで買わせる本。皆ドキッとするから(私もです)ベストセラーになるのも納得。そしてその解答が書かれた本というより、歴史分析がメインなので途中あれっ?てなる。 とはいえ働くこと・本を読むことの関係性をここまで考えることってなかなかないので面白かった。 特に新自由主義によって自らワーカホリックに陥ってしまってることの指摘は確かに、と気づかされる。ノイズのところは、わかるところとそうでないところとあった。(こんまりや断捨離等の片付け本は、コントローラブルな内面を掘り下げることで、外部との関わり方まで変わっていくところまでが価値かと思うので。) 解としての半身社会はまだ遠い未来ではあるものの、育児やその他の理由でフルコミットしない(できないのではなくあえてしない)働き方も、半人前ではなく正当に評価される時代になるといい。

    3
    投稿日: 2024.06.26
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    前半の社会の変化による仕事観の変化に起因して、読書という行為の位置付けが変化していったという考察は興味深いものでした。 が、私個人に関して言えば、働いて疲れてる時にスマホゲームはできるけど読書ができなくなるのは、スマホゲームは脳死状態でできる(あるいはむしろ脳死状態になりたい)からできる一方で読書はそういうわけにはいかない、というシンプルな理由であり、ここで書かれてるような小難しい理由ではなかったりするのです。

    4
    投稿日: 2024.06.26
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    前半の日本人と読書の関係性、歴史の部分は面白かったけど、それ以降は平凡なことばかり書いてあり、うーんとなった。

    5
    投稿日: 2024.06.26
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    このレビューはネタバレを含みます。

    フルタイムで働いていた頃、一日の疲れで、本が読めなかった。能動的な活動である読書よりも、受動的にテレビを見ることで疲れを癒していた。 仕事を辞めたら、仕事につながる情報を得る必要がないのだから読書はさらに遠ざかるのでは?そう思っていた。でも、答えは否だった。仕事に全力投球しながらも、心の底では学生時代のように思う存分本を読んで音楽を聴きたいと願っていたのだ。 絹と麦の会話からスタートする序章 「花束みたいな恋をした」は恋愛の視点で観ていた。 すれ違いのストーリーにがっかりしたのを覚えている。でも、三宅さんは労働と読書が両立しないという視点でこの二人の距離感を捉えている。 この本のほとんどは読書と労働関係の歴史が論述されている。日本人がどう本を読んできたのかがわかる。特にベストセラーと時代背景の流れが興味深い。 ほしい情報以外の偶然の知を得ること。これが読書の良さ。偶然性に満ちた知を楽しむこと。 ノイズに思えることが他者の文脈につながるかもしれない。 この本の中にも、タイトルに直接つながらない文脈に触れて、興味が生まれた。理路整然という本ではなかったけど、読書の幅を広げたい気持ちが生まれた。 あとがきより 働きながら本を読むために 1 ブクログ、読書メーター、Xなどで読書情報を得る 2 iPadなどで電子書籍を利用する 3 カフェ読書の習慣化 4 書店に行って刺激を得る 5 今まで読まなかったジャンルに挑戦する 6 無理をしない

    70
    投稿日: 2024.06.25
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    このレビューはネタバレを含みます。

    歴史とその時々のベストセラーが提示されているので、流れを見るだけでも興味深い。 今はとにかく全身全霊で働きすぎ。”半身で働く”くらいがよいのではないか。そしてこれが正社員にはならなかった理由の一つでもある。 読書は、知識、教養、娯楽と、幅が広いため、とらえ方が異なってくる。娯楽としての読書はほかの芸術文化と同じく、無駄だと思われるかもしれない。でも人生は無駄”ノイズ”があるから豊かなんだよ。 働き方と同じように、”シリアスレジャー”なんて言葉もあるとは驚き。これも結局は政策的にいいように使われているような気もする。 私としては、ただいろいろな本を読みたいだけなのだ。

    11
    投稿日: 2024.06.25
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    仕事と私生活に対するスタンスでかなり悩んでいた数年前、スタンスといっても何に悩んでいたのかがこれを読んで少し理解できた気がする。全身全霊で何かに取り組むこととそれを強要されている感覚に対する違和感があった。その解決につなかる提言がされている。

    11
    投稿日: 2024.06.25
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    (Kindle版を登録してしまったので、整理のために登録し直し) SNSで見かけてタイトルにハッとし、発売2日後に買ったがかなり良かった! タイトルのとおり「なぜ働いていると本が読めなくなるのか」を一緒に考えていく、さらにはそれを考えるにあたり日本社会において働くことと読書の関係性について、明治時代から2010年代まで、年代ごとに変遷を見ていくような内容。 なぜ働き始めてから本が読めなくなったか、どうしたら本読めるようになるのか、といった原因追及や実践方法を手っ取り早く知りたいという人は求めている内容がメインな本ではないことを事前に分かっていた方が良さそう。 (けどむしろ、著者はノイズのない「情報」のみを求めてしまう社会に対して疑問を呈していることを踏まえると、自己啓発書チックなタイトルに引き寄せられた読書にリーチできるという側面もありそうで面白い。) 自分ならどう思うか、自分の生活には当てはまるかとか何度か読み返して考えたくなる本。 以下メモ: 本書を読んでから自分の生活を振り返って、働きながらも「仕事以外の文脈を取り入れる余裕」は失わないようにしたいと思うし、とても疲れている時や忙しい時以外は、少なくともその方向に向かって意識できているかなと思う。 あとは、仕事での自己実現が良いものだとされる風潮に私はまんまとハマっている気がする。けどこれまでの経験と仕事がかなり繋がってきちゃうから、その考えに親しみを覚えるのも仕方がない気がする。仕事で自己実現するという発想によって自分が苦しまないようにだけすれば、バランス取れそう。 新自由主義については少し問題意識を持てているものの、どうしてもメタ的発想が必要でなかなか深められない。自己責任、と見放す社会は危ういと思うし、システムやルールを作る側の思う通りになりたくない、ルールや社会構造を疑えるようにアンテナをはっていたいと思う。(ルールの中で戦うってきっと楽だと思うが、それを続けてるとどこかで自分を犠牲にしなければいけないところが出てくる。)

    11
    投稿日: 2024.06.25
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    序章に映画「花束みたいな恋をした」の主人公、麦と絹の会話が出てくる。 麦「俺ももう感じないのかもしれない」 絹「……」 麦「ゴールデンカムイだって7巻で止まったままなんだよ。宝石の国の話も覚えてないし、いまだに読んでる絹ちゃんが羨ましいもん」 絹「読めばいいんじゃん、息抜きぐらいすればいいんじゃん」 麦「息抜きにならないんだよ、頭入んないんだよ。(スマホを示し)パズドラしかやる気しないの」 絹「……」 麦「でもさ、それは生活するためのことだからね。全然大変じゃないよ。(苦笑しながら)好きなこと活かせるとか、そういうのは人生舐めてるって考えちゃう」(脚本坂元裕二) 新書の内容は、明治から現代までのアカデミックな読書史なのだけど、基本的にはこの「台詞」の解題で1本筋が通っているところに、この本の特徴がある。つくづく「花束ー」は名作だった。 パズドラはする時間はあるのに、どうしてゴールデンカムイは読めないのか。それは麦の中でパズドラは、70年代お父さんの日曜日のごろ寝のような息抜きであり、カムイは「教養」だからだ(私の中のパズドラとカムイの位置付も同じである)。では、何故絹はいまだに読めているのか。それは絹の職場がたまたまゆとりがあったからだけではなく、絹の両親が中産階級で将来失業したときの不安がなく、麦のそれは労働者階級だからだろう(←この視点は本書から教えられた)。 明治時代から現代まで、読書階級は一部エリートから、どんどん大衆に降りてきて、読書の目的も教養から自己啓発、娯楽、今や情報というふうに変わっていると分析する(あくまでもベストセラー読書層についての分析)。←ちょっとザクッとまとめ過ぎ。もっと丁寧に分析しているので、読んでほしい。 では、どうやって「働いていても本が読めるようになる」のか。三宅さんは「半身社会を生き」ればいい、と提案する。全身全霊で労働するのではなく、例えば「週3勤務、兼業、持続可能、ジェンダーフリー」の労働に切り替える。勿論、「読書」は「労働に関係しない文化的な時間を楽しむこと、或いは介護や育児」ということでもある。 バブル崩壊あと、民営化・グローバル化のもと、仕事=自己実現となり、自己啓発に必要な情報以外は「ノイズ」として遠ざけられるようになったと三宅さんはいう。それがファスト教養などの流行にもつながる。それが「良し」とは、三宅さんも考えていない。だから、半身社会の提言などをしているのではあるが、全然深められていない。そこが「本書の限界」である。 三宅さんは今年30歳。生まれたときは既にバブル崩壊。本書の史実はすべて「歴史=過去」として記述している。その後の展開は総て「仕方ない」ものとして受け止めているのが特徴である。三宅さんには、「何故このような社会になったのか」という視点がない。原因分析ができていないから「具体的にどうすれば「半身社会」というビジョンが可能なのか、私にもわからない」(265p)ということになるのである。 イラストを描いていて生きていきたいと思っていた麦の夢が、何処で捻じ曲げられたのか、何が彼をそうさせたのか。 まだまだ名作は、何度も観られ続けなれなくてはならない。

    182
    投稿日: 2024.06.25
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    「読書の役に立つ」って言葉は素敵だ。 多くの人は読書を「何かの役に立つもの」と考えている。実際、読書は人生の役に立つし、人生の転ばぬ先の杖になる。 だけど、読書が目的の人生も悪くはない。10年前に読んだけどよく分からなかった本が、今日読んだら突然わかるようになっている。そんな経験がきっとだれにでもあるはずだ。 本が読めるようになったのは、社会で生きて様々な体験をしたから。仕事でも、家事でも、友人との会話でも、家族との会話でも、そんな些細なことの積み重ねが読書の幅を広げていく。 明日は、読書のために仕事をしてみよう。

    6
    投稿日: 2024.06.24
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    「花束みたいな恋をした」の本を巡るエピソードで、心掴まれて、この本の着眼点面白そう!と読むことにした。 この映画は見てないけど、なるほどそんな小道具に本を使ってたのか。この映画はなかなかすごいなと思った。 パズドラしかできなくなる麦(ちなみに菅田将暉!)。「人生の勝算」を書店で手に取ってしまう麦。滝口悠生の小説を放り投げる麦。 切ない…。 小説の持つノイズ性こそが麦が読書を手放した原因だと作者は分析する。 なるほど、小説はノイズね。確かに! だからみんな頭空っぽにして没頭できるパズドラをするのね。だから、みんな筋トレを熱心にするのね。 そしてそのノイズを受け取れる余裕を持つには、「半身で仕事をする」ことだという。 全身全霊で仕事をしてしまいがちな私たち。 資本主義を内面化してしまった私たち。 そんな私たちは半身で仕事をすることができるかな。 ところで、半身で仕事をすることについて。基本的には大賛成だし理屈もわかるけど、具体的な像が少し結びにくいかなとは思う。 なぜなら私自身は本もまあまあ読めてるのだけど、結構全身全霊で仕事をしてるんだけどなあ。仕事も趣味みたいなんだけど笑。 残業とかまでしないで仕事しようということかな。仕事の職種にもよるのかな。資本主義にどっぷりの仕事は確かに本は読めないのかも。 欲を言えば、そこのところまちっと詳しく分析して欲しかった。 でも、この本が提案する生き方には賛同できるので、おまけで星5個としとこう!

    42
    投稿日: 2024.06.24
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    本書は、「なぜ働いていると本を読めないのか」というキャッチーな問いから出発し、教養というものの社会的位置づけを歴史的に俯瞰しつつ、読書と社会との関係を読み解こうとする本である。 なお、ここで言う読書は基本的には人文学的な読書であり、いわゆる自己啓発本やハウツー本を読むことに対しては、別の位置づけを行っている。 本書では、90年代以降の傾向として、読書は知らなかったものを知る手段としての地位が相対的に低くなり、新自由主義の台頭を背景とした自己責任重視かつコミュニケーション重視の社会の中で、「ノイズを除去したインターネット的情報」に対置されるノイズ性を有するようになったとしている。ファスト教養に見られるように、情報収集の対象となった物語や知識は、その人文的背景や社会性をそぎ落とされ、別の目的を果たすための「情報」となる。 これは文化資本に由来する知識ヒエラルキーを転倒させる力を持つ動きである一方で、本書では市場適合と自己管理という目的にのみ特化した「安手の情報知」だけで果たして人間は生きていけるのかと疑問を投げかけている。 結論としては、あえて自らの欲望を規定しないことによって「他者の文脈」に触れることのできる読書の重要性を説く。読書によって自分の中に「新しい文脈」を取り入れるために、新自由主義的なフルコミットをする働き方をやめ、「半身で働く」べし、としている。 以上は自分なりの簡単な概括であるが、本書の豊かな比喩と説明を記述しきれなかったことはとても惜しい。そんな風に思うくらいには、この本はまず読み物として面白かったなと思う。教養の辿った語義の変遷を歴史的に見ることは、実は本書の重要な視点-別の文脈の面白さ-をうまく伝えることに寄与していたと思う。 さて、以下は本書の内容をふまえて個人的に思うところをつらつら書きたい。とりあえず僕は本書の内容にあまり反論すべきところを見いだせなかったため、基本的には筆者の記述に頷いている。(一方で、本書もまた文化資本的強者の側から弱者をやんわりと否定する教養エリートしぐさがないわけでもなかったことはひとつの限界だろうか) それはさておき、「インターネット的情報知」がノイズとして排除したものは、歴史などの人文知によって形作られる「社会的な要素」であることを本書が指摘していたことは重要だと思った。 そう、「安手の情報知」は市場適合と自己管理を志向するために社会的な視座が欠けているのだ。これによって、「近視眼的な判断」が誘導されているように個人的には思うところだ。コントロールできるものばかりに目を向けると、どうしても広範な視野が保てなくなる。短期的な、あるいは局所的な利益にばかり目を向けるのではなく、社会としての利益、あるいは長期的な視野に立った利益を見据えるためにこそ、「文脈の複数性」は必要だろうと思う。 また、生物社会学的な見方をすれば、ひとつの考え方(ひとつの文脈)に染まってしまうことは、単一遺伝子よろしく、社会に重大な危機が訪れたときに対応できなくなる危険性を孕んでいるのではないかと思う。市場適合と自己管理への欲望が席巻する社会に在っても、読書による知識によって、社会にガードレールを作るような考え方をしていきたいものだと感じた次第である。

    2
    投稿日: 2024.06.24
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    まさにタイトル通りの感覚があったので購入 思った以上に歴史的な話が多めだった。 ただ、その分労働と読書の関係性の変遷がわかりやすく、なぜ現代の価値観が読書から離れてしまうのかということに説得力を感じた。 あとがきを読んでここを有効活用するべきだと改めて感じた

    2
    投稿日: 2024.06.24
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    読書と労働の歴史かと思って読み進めたら、知とは何かや現代社会への提言まで。 全身全霊ではなく半身社会へ。 明日から意識して行きたい。 所詮は仕事。 あとがきの働きながら本を読むコツは白眉。

    2
    投稿日: 2024.06.23
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    キャッチーなタイトルで読みはじめたらなんと近代における文学史、労働史などいろいろな角度からの歴史を紐解く本であった。かなりの読み応え。内容的にも本書で触れている、働きながら読むにはキツイタイプの本だという自己矛盾があるが…(だからこそオーディオブック版とてもよかった)。今の自分とちょっと離れた世界に触れ続けることを大切にしていきたい。

    2
    投稿日: 2024.06.23
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    それは本からの情報は、まだ見ぬ新たな情報で あるから、その人にとっては「ノイズ」でしか ないからです。 どういう意味かと言いますと、現代のネットに よる情報収集は「自分がすでに知っていること、 興味あること」だけが意図せず集まってくる状 態を指しています。 ネットサーフィンしていると似たような話ばか り出てくることを自覚している人は多いと思い ます。 そこへ「未知」の情報が入る余地はありません。 なぜなら皆、疲れているから。 「でもそんなのは知的好奇心が低い人であって、 そういう人はネット以前は漫画とかスポーツ新 聞とかを読んでいて、民度が高い人はちゃんと 読書をしていたのでは?」と反論がありそうで す。 確かに誰も彼もがネット中毒ではありません。 エリート層、エスタブリッシュ層は知的好奇心 が高いはずだ。しかしそれでも現代は、そうい う人たちでも「本が読めない」状況に陥ってい ると著者は指摘します。 なぜか。 それは資本主義社会とは「全身全霊」に物事に 取り組むことを要求する社会だから、というこ とです。 仕事のことだけを言っているのではありません。 育児や家事、趣味や最近では資産運用にまで「 これでもか」というぐらい「全身全霊」の取り 組みを要求してきます。そりゃ疲れるわけです よね。 と、結論を書いてしまうと「なんだそんなこと か」と終わってしまいます。 では、なぜ現代ではここまで人に「全身全霊」 を求めてくるのか。 明治時代から辿る労働史とそれに関わる読書史 も語られています。これを読みますと、現代の 「読書という行為」が見えてきます。 仕事をしていてもこの本を読むことができた自 分って、もしかして時代の先を行っているのか な?となんとなく誇りを持ってしまう一冊です。

    2
    投稿日: 2024.06.23
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    タイトルに惹かれて購入。 過去は教養としての読書、仕事としての読書だったが、現在は趣味としての読書に様式が変わってきた。 情報過多な現代に、読書に費やす時間はなかなか確保するのは難しいが、半身半霊での生活で良いではないか?読書を諦めず心に余裕が出来たらまた呼んでみよう、そんな話でした。

    1
    投稿日: 2024.06.23
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    会社に入って一年。頑張るのが当たり前で業務時間外に勉強することが普通になっていた。好きなことだからと自分を騙しているうちに本当に好きなことができなくなっていたと気づき、この本の半身半霊で生きるという言葉が本当に心に刺さった。 仕事は好きで頑張るのはいいことだけど、それは人生の全てじゃないから全身全霊である必要なんてない。

    2
    投稿日: 2024.06.23
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    働いているの本が読めなくなるのは何故なのか?という疑問から、明治時代まで遡り日本人の読書習慣について語られている 読書が教養から娯楽になり、現代では情報取得のノイズとして扱われているというのは興味深かった エリート層は教養をつけようとする低学歴な人を軽蔑するような視点がずっとあったのは、日本人は明治から変わらないのだと思った。 読書をするために半身で働く社会を提言しているのは、急に話が大きくなっている感は否めない。労働を中心に生き急いでいる社会は頷けるが、読書論の本なので仕方ないとしても、読書に対して重きを置きすぎている感はあった

    2
    投稿日: 2024.06.23
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    黙読が始まったのは明治からとか、図書館の成り立ち、自分は全く読まないけど何故サラリーマンは司馬遼太郎が大好きなのかとか、知らなかった読書についてのトピックが面白く、特に読書人口とベストセラーの変遷は興味深かった。 脳内革命とかソフィーの世界とかスピリチュアルブームで心理学が流行ったんだとか、村上春樹や俵万智が自分探しというトレンドと相性が良かったんだとか、当時無自覚に接していた本が世相とリンクしてたんだなあと。 一番の収穫は祖母がよく読んでいた源氏鶏太の正体。今ではほとんど話題にならないけど祖母世代にとって手軽に読める、我々世代の赤川次郎的な存在だった事。 の様な「最初に知りたかったものでない事」に出くわす事が読書という行為であり醍醐味が、現代は自分が知りたい情報だけにアクセス出来ない事が「余計なノイズ」のストレスとされ、人は読書をする時間があれば何のノイズもないパズドラをするという内容。 ノイズだらけの良書だった。

    10
    投稿日: 2024.06.23
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    好きだった!私が読書に対してぼんやり抱いていた考えを、もっと時代を鑑みた広い視野から考察してくれた本だった 。 個人的には、読書を通して自分にとって未知の世界と出会い、そこから知見を広げることで、深みのある人間になれると思っている(&こうした大人がかっこいいと思っている)から、興味深かった。前半は読む度眠くなった。 本書でいう「ノイズ」が蓄積されることで「その人らしさ」が形成されると思うから、私は積極的にノイズを取り入れていきたい。 そう思うと、やっぱり転職して余裕をもてるようになって良かったなあ 著者は私より少し年上なだけなのに、多角的な視点から分析を重ね、1 つの結論にたどりついてるの、すごい…。参考文献も多く的確だし、著者の賢さが伺えた。格好いい。

    5
    投稿日: 2024.06.23
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    明治から現代まで、読書がどういう立ち位置にいたかということが概観できる。 本を読むための具体的な方法論というよりは、労働と読書を切り口にした歴史・社会学の本だと思う。 ビジネス書としても人に勧めたくなる。

    0
    投稿日: 2024.06.23
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    このレビューはネタバレを含みます。

    感想 文芸評論家として活躍し、文章術などの発信する作者が読書論を書く。 本好きの作者が働き始めると、スマホを見る時間はあるのに本が読めなくなった経験をネットに綴ると共感の声が多く寄せられ、「なぜ働いていると本が読めなくなるのか」という問いを設定。 「スマホをダラダラ眺める時間はあるのになぜか本は読めない」 「本を読む時間がまったくないわけではない。」 「電車に乗っている時間や夜寝る前の時間、スマホを眺めている時間、飲み会の時間、休日の睡眠時間がある。本を開いても、すぐ眠くなったりスマホを見てしまう。」 別に怠惰さゆえではない。 「余裕なく仕事にのめり込む労働者たちにとって、趣味もまた仕事のノイズになる。そのような社会で、読書のような偶然性を含んだ媒体が遠ざけられるのは当然のこと」 現状に心苦しく思っている人にとっては嬉しい分析と指摘だと思った。 近代以降の日本における働き方と読書の関係に注目しながら、この問いの答えを導き出していく。「労働と読書の変遷」という表が分かりやすかった。 書籍内に紹介される本はベストセラーになった作品紹介など、読書史としても楽しめた。 提示された結論と「働きながら本を読める社会」を実現するための提案は、誰もがやってみようかなと思えるやさしい提案だ。  読書であれ、映画であれ、推し活であれ、仕事のために奪われてしまわない社会、それは自分の人生を丁寧に生きることにつながる。 本文より <日本人の成功観の変遷> 明治~戦後   成功に必要なのは「社会に関する知識」 ↓               現代      成功に必要なのは「自分に関する行動」 現代において「自分に関係ない知識」はノイズ ◆「観る」と「知る」は違う体験。ファスト映画 映画鑑賞の「情報」として楽しむ人が増えている(稲田豊史『映画を早送りで観る人たち』  芸術-鑑賞物-鑑賞モード  娯楽-消費物-情報取集モード ◆読書を置き換えると ①読書-ノイズ込みの知を得る ②情報-ノイズ抜きの知を得る  (ノイズ 歴史や他作品の文脈・想定しない展開)  ※前提として、ここでは「勉強・学問」と「娯楽としての本・マンガ」を区別しない →速読法や仕事に役立つ読書法:②の情報をいかに得るか 「自分に関係ない知識」 ・教養とは本質的に自分から離れたところにあるものに触れること。明日の自分に役立つ情報ではない、 <仕事以外の文脈を思い出す> →働きながら本を読む一歩に →「半身社会」の実現へ たとえ、入り口が何であれ、情報を得ているうちに、自分から遠く離れた他者の文脈に触れることを大事にすべき。 「大切なのは、他者の文脈をシャットアウトしないことだ」 「仕事ノイズになるような知識を、あえて受け入れる」 「仕事以外の文脈を思い出すこと。そのノイズを、受け入れること」 p.233 「半身で働く」とは  自分の文脈のうち、片方は仕事、片方はほかのものに使える。半脈の文脈は仕事や育児、介護や復調趣味に使える ※読書とは「文脈」のなかで紡ぐもの。  自分から遠く離れた文脈に触れること 読みたい本を「選ぶ」とは自分の気になる「文脈」を取り入れること 「知は常に未知であり、「何を知りたいのか」を知らない。何を読みたいのか、私たちはわかっていない。何を欲望しているのか、私たちはわかっていない。 本が読めない状況=新しい文脈をつくる余裕、仕事以外の文脈を取り入れる余裕がない。 →「休む」ことが大事 p.264 疲れたら休むために。元気が出たら、もう一度歩き出すために。他人のケアをできる余裕を残しておくために。仕事以外の、自分の人生をちゃんと考えられるように。他人の言葉を、読む余裕を持てるように。私たちはいつだって半身を残しておくべきではないだろうか 働いていても本が読める社会 働く以外の文脈というノイズが聞こえる社会。 半身で働くことが当たり前の社会 「本が役に立つかどうかなんて関係ない」= あなたのいまの文脈にすぐつながるかどうかはわからないくらい遠いかもしれない p.267 あとがき  <働きながら本を読むコツ> ①自分と趣味のある読書アカウントをSNSでフォローする:「次に読みたい本」が流れてくる寛容をつくる 働いていると「次に読みたい本」が見つからなくなる、ということが重大な危機 ②iPadを買う 隙間時間で読むことに適している媒体。SNSアプリは入れない。通知を来ないようにする ③帰宅途中のカフェ読書を習慣にする 読書の時間と決める。癒される趣味の時間 ④書店へ行く ⑤今まで読まなかったジャンルに手を出す  今の自分にフィットする本、分野をさがす(書店) ⑥無理をしない

    15
    投稿日: 2024.06.23
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    明治時代から現代にかけての読書事情。 一部のエリート層のものだった教養と働くために必要な知識の修養。それが大衆化して本を読むという習慣が広まる。その後、テレビドラマの原作と結びついたり、より世間に広まっていくことに。 インターネットの登場や社会の娯楽の多様化で、嗜好性の幅が広かったことで、読書の相対的な地位も低下した気もします。一方で読書を無駄な情報も流れるノイズとするなら、スマホのゲームを含む情報は、ノイズを取払った自分にとって、都合のよい情報ということでしょうか。 自分が欲しい情報だけに囲まれたフィルターバブルという言葉もありますが、効率だけを重視すると、人間関係もギクシャクするよなと改めて、思います。 そういえば、池上彰さんも、すぐに役立つものは、すぐに役に立たなくなると言っていたなと。ファスト教養しかり 、入口としては良いかもしれませんが、深く考える習慣はやはり大切なんだなと。

    2
    投稿日: 2024.06.23
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    仕事が忙しくて本が読めない(好きなこともできない)。 いや、そもそも、本も読めない(好きなこともできない)働き方が普通とされている社会っておかしくないか。 と、問題提起をしたうえで、本書ははじまり、労働と読書を両立できるような社会をテーマに掲げ、日本における明治から現代に至るまでの読書と労働を巡る歴史が大半の内容になっている。 タイトルだけみて、速読とか読書術みたいなのを期待している人は、そういう内容の本ではないので、別の本をあたってもいいかもしれないが、別の意味で発見があると思う。 作者自身も言うように、労働と読書を両立できるような社会の実現に向けた具体的なビジョンを与えてくれるような本ではないのだけれど、 日本における読書と労働の歴史は面白かったし、日本ってずっと長時間労働が問題なんだなと呆れもした。 自己実現とか、仕事の中でやりたいことをやるというテーゼの中で就活もやってきたところがあるので、 それこそ正しいみたいに思っていたけれど、 仕事を賛美して、自分を削るよりも、もうちょっと力を抜いて、やりたいこともやっていくようなやり方もあるような気がした。

    17
    投稿日: 2024.06.22
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    読み終えて最初に感じたことは、 この本は、『読書』の価値観ではなく、 『労働』の価値観を揺さぶる一冊ということ。 「読書ってやっぱり素晴らしいんだな、再認識」とか、そんなんじゃない。 「今の労働の仕方ってヤバくないか?」という問いかけが重点。 なぜ働くと本を読まなくなるのか? 時間がないから本を読まないのではなく、 余計な情報(ノイズ)があるから読まないのだ。 ノイズ――簡単にいえば、ストレスがたまるし、仕事に不必要だから読まない。 労働においては、読書、本に含まれている歴史や社会、他者、偶然性といったものはノイズである。不必要。 歴史・社会・他者・偶然性――それらは私にはどうすることもできない、アンコントローラブルなものである。 労働においては、それらはノイズでしかなく、不要である。 逆に必要なのは、そういったノイズを除去した情報や、コントローラブルな行動である。 読書が遠ざけられるのに対し、インターネット的情報や自己啓発書が求められているのはそのためである。 労働と読書には相関関係がある。 現代の労働はどうか? 今、我々は仕事に全身全霊である。 仕事に全身全霊だと、必要な情報だけを求め、ノイズを頭に入れる余裕がない。 未知なもの、アンコントーラブルなものを受け入れる余裕がない。 また、現代には、全身全霊で働くことを美徳とするような価値観がある。 新自由主義もそれを後押ししている。 しかし、自分から離れた存在、遠い文脈に触れることを、私たちは本当にやめられるのだろうか。 私たちは、他者の文脈に触れながら、生きざるをえない。『推し、燃ゆ』の最後の結末のように。 読書は、そのような離れた文脈に触れることである。 「仕事に全身全霊を注ごう」という価値観を捨て、半身で働くことで、働きながら本を読める社会へとしていこう。 ――という、簡潔にまとめれば、そういった主張の本である。 最終章にも書かれているように、 著者が伝えたいのは、読書というより、労働の仕方について一言申したいのではないかと思った。 ちなみに以下の3作品は本書と連動しているので、あわせて読む(観る)と理解が深まる。 ・『映画を早送りで観る人たち ファスト映画・ネタバレ――コンテンツ消費の現在形』 ・『ファスト教養 10分で答えが欲しい人たち』 ・映画『花束みたいな恋をした』 余談だが、最近の新書には、やたらと『花束みたいな恋をした』が出てくるなぁという印象。イメージしやすいからいいのだけど。

    17
    投稿日: 2024.06.22
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    このレビューはネタバレを含みます。

    【本が読めないという危機】 とても共感しました。 私はこの本を読むタイミングで、仕事を少し再会したのですが、 無職の4か月間、読書を満喫していました。 なので、ついに私にも本を読めなくなる状況が来るのかも、と読み始めました。 とはいっても、正社員フルタイムではまだ働いていないので、 引き続き本が読めています。 この本では、 社会人生活と読書の関係が、時代を少し遡って論じられています。 都会で働く労働者が生まれ、彼ら(主に男性)にとって、本とは何だったのか、 それを、どんな本が流行ったか、を時代の流れとともに分析しています。 著者の執筆動機は、 働き始めたら本が読めないなんておかしい!ということ。 異議を唱えるだけではなく、なぜ仕事をしながらも読書ができる社会を作って行くべきなのかがが述べられています。 本当にそうですよね、 今日、本を読んでいないわけではない、たしかに自己啓発書やビジネス書は読んでいる、売れている本はある。 でも著者は、それらを、いわゆる「ファスト読書」として、文化を楽しむ読書とは区別しています。 自分の労働市場での価値を高める本なら読む。 つまり、「仕事以外の文脈を取り入れる余裕」がない状態。 でも本来、本にはさまざまな「文脈」が収められている。 労働に切羽詰まっている状態では、それらの関係ない文脈は「ノイズ」になる。 効率よく労働者を極めるには、それらのノイズは不要になる、というかむしろできるだけ取り入れないようにする、そうしないと、キャパが足りなくなる、という感じ。 一方、著者の言う読書とは、 「関係ない他者を知る文脈を増やす」もの。新しい、未知の文脈を作ること、偶然にゆだねること。 本当に、私は図書館に行ってたまたまその日に返されていた本や、目に入った本を開いて借りて読む、それを楽しんでいますが、 フルタイムで働き始めるとそんな余裕はなさそうです。 ・・・ 著者は、読書を許さない長時間労働う職場で職場で全身全霊のコミットメントを求める信仰がいかに形成されていったのか、という問いにも答えながら、「疲労社会」、’「燃え尽き症候群」、トータル・ワーク」社会ともいわれるような現代の働き方に異議を唱えます。 __そう、「全身」は過去のものだ。「半身」社会こそが、「働きながら本を読める社会」をつくる、私たちが望むべき新しい生き方なのである。(本文より) 男性中心の労働ゲームという視点と通づるところがありまして。 持続不可能な働き方。 1970年代ぐらいからの新自由主義のロジックをまだ続けているだけではなく、その志向がさらに極まっているなんて… 本当に、今にでもその流れを断ち切る時だと思いました。 面接のときに残業できるか聞かれたら言いたい。 いつまで余裕のない働き方を強要するつもりなのか。

    2
    投稿日: 2024.06.22
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    タイトルからは想像もできないところに連れて行ってもらえる力作!! 時代の空気を追いかけ著書の指摘にはっとつつ、読書ができない自分にも納得が行く上、今後の労働観読者観にも示唆をもらえる一冊です。

    1
    投稿日: 2024.06.22
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    腑に落ちない部分はちょこちょことあるけど、多彩な文献をリズムよく引きながら、「読書」という日常の問いをスケールの大きな「社会への提言」に落とす荒技に昂りました。 軸に邦画を置いてくれたのも、「だれもこの映画からその視点は持たなかっただろう笑」という着眼点で、あっぱれでした。 そしてなにより、このタイトルの本を読み終えて最後に残る後味が「忙しいけど本読みたいなー!」であることが、読んでよかったと思える一冊です。

    3
    投稿日: 2024.06.22
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    https://www.nikkei.com/article/DGKKZO81552900R20C24A6MY5000/ https://www.nikkei.com/article/DGKKZO84639590X01C24A1TB2000/

    0
    投稿日: 2024.06.22
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    【タイパが悪い】 読書はタイパがよくないと思います。 本を1冊読んでも重要な部分は2,3行しかありません。 その2,3行は全文を読んで初めてわかるもので、しかも、その重要な部分は人により異なるのです。 その2,3行はその人にとってすごく重要な事柄になります。 読書は砂金探しに似ています。 「金がありそうなところを探していきますが、なかなか見つからない。やっと見つかったと思ってもわずかな量しか得ることができない」 読書はほしい情報だけを捉えることができるネットとは異なり、タイパがよくないので時間的な余裕が必要となります。 ただ、読書がいいところは高速でほしい情報にたどり着けない代わりに、いろいろなところへ寄り道をしながら脳みそを動かし考えている行為が重要だと感じます。いっけん無駄と思える行為が脳を活性化させ、脳パワーを増幅させあたかもそれを経験したかのように感じさせることで、経験値を豊かにしていると考えます。 わたしは無駄と思える動きが将来の自分に役に立つときが来ると信じます。

    18
    投稿日: 2024.06.22
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    私は仕事で忙しくなるとSNSゲームの方が出来なくなる。 エンタメ小説は物によっては疲れるが 純文学は癒しになる。 個人が働くのをセーブするのではなく 国が程よく働いても豊かな生活が出来るようにしていってほしい。 この本の影響で『花束みたいな恋をした』を観た。

    2
    投稿日: 2024.06.21
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    後半までは読書と労働の歴史のような内容で、思っていた内容と違うなと思いましたが、 人生に余裕がないと、自分と関係がない情報を受け入れられないという分析は納得できました。 確かに大学生までは小説をよく読んでいましたが、忙しい社会人になりビジネス書ばかり読むようになりました。子育てで忙しくなると子育て本ばかりでした。 仕事と子育てに心の余裕ができた今だからこそ、いろいろな種類の本が読めているのかもしれません。

    13
    投稿日: 2024.06.21
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    年代を追った読書と労働の歴史はとても興味深いものであった。最終的な結論は全身全霊ではなく、半身で働く。そうすると読書をしたり、誰かのケアをしたり出来る余裕が生まれる。確かにそうだと思う。私も仕事で行き詰まると好きな本が読めなくなった。半身で働くは私の中で生きるためのキーワードになりそうだ。読書好きの方は一読の価値あり。

    6
    投稿日: 2024.06.20
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    著書のタイトルからは想像だにしない、長い長い読者の歴史を辿った上での満を持しての現代の読書観に対する解釈をしている本です。 読書とはノイズありきの娯楽で、現代はノイズをいかに除去するか(つまりは情報処理)を求められているため、今の社会人の生き方とは本当に相性が悪いのだなと感じさせてくれます。 少し気になったところとしては、本書は多量の文献からの引用が多く、それ自体は良いのですが、綴っている文が著者の本文なのか引用なのかが分かりにくいと感じました (いいこと言うなぁ…え、引用だったの? 昔からからこんな考えが…え、本文だったの? ということがしばしば…) 全体としては日本における生き方と読者の相互関係を俯瞰しつつ、生きやすい(読書が気軽にできるような)社会を目指していきたいな、という前向きな内容となっており、とても良い読後感でした。

    4
    投稿日: 2024.06.20
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    このレビューはネタバレを含みます。

    本が読めないのは忙しいだけじゃないよね、という話。例えば、スマホは見れるのに読書はできないのは何故か? 2000年代から労働による自己実現ブームが起きた。「自分はもっとできる」という自己圧によって仕事を中心に生きるようになる。そうなると、仕事のため(自己実現のため)に情報を得るようになり、自己啓発本が流行りだす。 そして文化的な読書は「ノイズ」でしかなくなる。同時に読書は「教養」の意味合いが強くなり、「読みたいもの」以上に「読むべきもの」になっていく。 結果、僕たちは本を読まなきゃいけなくて、でも本が読めなくて、そして同時に本を読みたくないのだ。 いま、「文化」は「労働」に搾取されている。人が日々を充実した生活と思えないのも、そして生き方に迷うのも「文化」の欠如が影響しているように思う。 本書は「全身全霊」で生きるのではなく「半身」で生きることを推奨する。週3勤務、兼業などなど。ノイズを、文化を受け止めるスキマを体につくらなければならない。

    2
    投稿日: 2024.06.19
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    2日に分けて一気読み。読み終わったあとに帯の『読書史と労働史でその理由がわかる!』を読んで「なんだしっかり考えられた本だったのか」と納得。何だったら著者はこれ以上のネタで倍以上の分厚さの歴史書を書くんじゃないかと期待してしまうぐらい良くまとまってた本でした。

    2
    投稿日: 2024.06.19
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    働きながらいかに本を読むか、という主張では「なく」、私たちが暮らす現代において、なぜ本を読むことができないのか、を社会の変化と読書の役割の変化をもとに紐解いている。新自由主義の社会における全身全霊での労働と、それに比して自分の時間が持てないことの分析から、半身で働く社会が理想的と説いている。半身社会への社会全体のシフトは理想論だが、個人の意識変化を促す意味では十分に役割を持った本。

    3
    投稿日: 2024.06.18
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    日本の社会と読書の歴史から、現代人がなぜ働いていると本が読めなくなるのか?を読み解いていく。 私自身も、働いていると本が読めない、と感じていたので、「情報」社会であることで納得できた。 教訓として心にずっと置いておきたい。

    1
    投稿日: 2024.06.17
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    忙しかった時期に教科書と自己啓発本は読めたのに小説は読めなかった理由が分かった 確かに勉強のためや情報を得るために文章を読む時と,小説を読む時では,世界に対する自分の在り方が違う感じがする 小説を楽しめる存在で在りたい

    2
    投稿日: 2024.06.17
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    noteでフォロワーさんから薦められて一読。 タイトルからわかる通り、サラリーマンの多くが一度は思い悩む話題に切り込んだ、画期的な一冊でした。 読書の歴史が中心ですが、メインメッセージは本に限った話ではありません。 余暇を資本主義に削られている 人から強制されないが強迫観念で働いてしまう 結果自分の好きなことができない そんなわたしたちが、 どう働くべきか、生きるべきかを考える内容です。新書だからこそ、今ここの問題に対する考察だとより強く感じることができました。 また、作中で、文脈というワードが何回も使われます。 大昔、大学の教授が「本を読むときに、他の国、他の人のコード(文脈)を知らないと、かんたんに誤読するぞ」と注意してくれた事をこれを読んで20年ぶりに思い出しました。 他人への理解と配慮という道徳観念にもつながりそうな話題です。 まだ気づきがありそうなので、もう少し読み返そうと思います。

    8
    投稿日: 2024.06.17
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    働いていると本が読めなくなるのは何故か?という疑問について、労動史と読書史から読み解いていく本。 メインの内容が上述の通り労働と読書の歴史になるためイメージしていた内容ではなかったものの、これが普通に面白い。特に労働史とか今まで気にしたことも無かったけど、関連する本を読みたいと思った。 自己啓発書は今始まったものではなく、明治時代が走りだった…教養を身につけるために本を読んでいた…円本により積読が生まれる…小説の大衆化…などなど。円本が売れた背景とかも面白く読んだ。一定昔の人の家には円本があり、みんなこんなすごい本読んでたのかな?と思っていたが、売られた背景がわかり面白かった。 本題の何故働いていると本が読めなくなるのか、という点については、現代、労働で自己実現することが重視されており、そのための情報が求められた。自己啓発書は必要な情報だけが書かれているためノイズがない。また、インターネットも台頭してきた。ネットも自分の求めている情報を読むことができてノイズがない、一方で読書にはノイズがあるから排除してしまう、という話だった。 ここの解決策として、全身全霊で働かずに半身で働き様々な場所に居場所をつくり幅広い文脈を取り入れる余裕を持つこと。その末に読書のノイズを受け入れることができるということだった。 全身全霊で働くが故に本が読めなくなっている、は同意だし確かにその通り。本がノイズというのは正直ちょっと分からなかった。自分の感覚としては、仕事に脳と体力の全リソースを割いているため仕事が終わったあとに「考える」ことができないから本が読めないと思っている。 Twitterでひたすらタイムラインを眺めることはできる。必要な情報は何もないどころかノイズだらけだけど、考える必要はないから見てられる。パズドラしかできないってのもそういうことなんじゃないかなと思った。

    2
    投稿日: 2024.06.16
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    現代人の多くの人が持つ疑問に対して歴史や文献、映画を参照しながらその革新に迫る。しっかりとした筋立てを持ちつつもあらたな見方も提供している。

    1
    投稿日: 2024.06.16
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    明治期から現在に至るまでの労働環境と出版の状況を並列にすることで新たな景色を描いています。自分が生きてきた時代については特に実感を持って読み進められました。私的クライマックスは最終章手前の第9章。そう感じてしまった後に、この本に手に取った時から本書に「情報」を求めており、最終章の著者の意見に本書でいう「ノイズ」を感じたからと気がつきました。しかしそれこそが読書の醍醐味なのでしょうね。「本が読めていないなら、読めるようになるまで少し休もう。」

    2
    投稿日: 2024.06.16
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    タイトルがもう読書好きにはグサーっときますよね。これは読まなきゃでしょ。 本が読めなくなる原因だけでなく、読書の歴史から紐解いていくところがとても分かりやすかったです。 映画「花束みたいな恋をした」をまだ観ていないので、これも、観たくなりました。 若い頃よりは仕事に余裕が出てきたけれど、忙しくなるとやっぱり本が読めなくなる。まだまだ全身で仕事してるというサインだと思って半身で働くことを意識して行こうと思いました。

    21
    投稿日: 2024.06.16
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    24.06.15 3時間で一気に読了。 ネット上で騒がれていて、どの書店でも山積みにされている注目の本。 まさに、働きながら本が読めないことを実感していた。2年ほど前に得た3ヶ月の無職の間は、難解な図書を何個も読めたのに、再び働き始めるとそんなことはできなくなっていた。 読書の歴史を明治時代に遡って現代まで描く本書。常に階級社会を埋めるためになされてきた読書。明治時代に、読書は修養のためになされる。サラリーマンが差別化のために教養を得る読書をする戦前。 円本、全集がなぜ広まったかの経緯も面白い。 そして、自己啓発書。私自身も2018年に社会人になって、まさに世は自己啓発書ブームのなか、何冊も何冊もなんの疑問持たず読み漁った。こんなに読みやすい本があったなんて知らなかったと当時思った。その理由は、自己のコントローラブルな今に焦点を当てることで、アンコントローラブルな社会や歴史文脈というノイズを除去した情報だったから。この説明には納得。 SNSで得る情報もまさにこのノイズのない情報。ビジネスや自分の関心事に活きる情報をつらつらと得る楽さ。読書とは本来もっと複雑な、自分の知らない文脈のうえに成り立つものだからこそ、その文脈を知らないと読め解けない。ここにノイズがある。 最後に半身で生きるという著者からの提言。全身で生きることは確かに楽ちんなのかもしれない。今僕自身は独身だから仕事に全身で臨んでいるけど、まさにこれからライフステージが変わればそんなこと言ってられなくなっていく。その時に備えるという意味でも半身で生きる姿勢を少しずつ取り入れるのはいいのかもしれない。そして、やはり読書をできる社会になってほしい。

    2
    投稿日: 2024.06.15
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    ・読書は、なにが向こうからやってくるのかわからない、知らないものを取り入れる、アンコントローラブルなエンターテインメントである ・従来の人文知や教養の本と比較して、インターネットは、ノイズのない情報を私たちに与えてくれる。情報の氾濫するインターネット空間で、いかに必要のない情報を除去し、ノイズのない情報を伝えるかが重要視されることは、説明の必要もないほど私たちも痛感するところだろう。本が読めなくてもインターネットができるのは、自分の今、求めていない情報が出てきづらいからだ。 ・情報=知りたいこと ・知識=ノイズ+知りたいこと ・共用余波、本質的には、自分から離れたところにあるものに触れることなのである ・私たちは新しい文脈を知るとする余裕がないとき知りたい情報だけを知りたくなる ・個人が「頑張り過ぎたくなってしまう」ことが、今の社会の問題点なのである ・バーンアウトには「ひそかな自画自賛」と「自分は悪くないという気分」が込められている。仕事ができない人に比べたら、仕事を頑張りすぎる人は褒められるべきだ―という文化 ・全身全霊のコミットメントは、なにも考えなくていいから、楽だ

    2
    投稿日: 2024.06.15
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    仕事終わりに自宅近くの書店へ寄った時に、「最近、忙しくて全然本読めてないなー」と考えていた自分にとって「え、心読まれてる?」と感じるタイトルだったので思わず購入した。 作者の主張には共感する部分とそうでない部分があるが、効率や即実践を求められる現代において、本が読まれなくなったのは自然な流れなのかもしれないなという感想をもった。別に本を読まなくてもググったりSNSを見れば欲しい情報はいくらでも手に入るので。 本を読んでいる人の中にも、「読む前に目的を決める」や「読んだ後に行動に移すことが大事」など、読書自体を具体の知識や知見を獲得するための手段として捉えている人が増えているようにも見える。 確かにそういう考えもあるよね、と思うと同時に、「別に読んだ本がすぐ役に立たなくても良いじゃないか」とも思っていたので、今後も引き続きもう少し肩肘張らずに本を読む時間自体や未知との遭遇を楽しんでいきたいと思う。

    25
    投稿日: 2024.06.15
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    巷で話題になっていたので読了。 日本の労働史と読書史を組み合わせて紹介することで「我々にとって読書とはどんな意味あったのか?」というのを端的に知ることが出来て面白かった。半身で働くということは好きな娯楽がある人間にとってはとても大事なことでこの本を手にとった人の殆どに当てはまることだと思う。ただそれを社会の当たり前にしてしまうと別の弊害が生じてしまうような気がする。 私はこの半身の生き方そのものを否定しているわけではない。私が主張したいのは「自分自身がその結論にいたり、自分『だけ』がその道に抜け出してくるべきだ」ということである。新しい自分だけの生き方を見つけたとしても色んな人を引き連れてきてしまうとその群れをターゲットに食い物しようとする人やその群れごと元の道に戻そうとする人が現れてしまう。言い方が良くないかもしれないが、自分が救うのは自分と自分が本当に大切にしている人だけで良いと私は思う。だからこそ、この生き方をすることを私は否定しないが進むのは自分だけで良いと私は思う。 この本が面白いと思った人は『怠ける権利!』『モモ』等を合わせて読むと良いかもしれない。

    4
    投稿日: 2024.06.15
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    なぜ働いていると本が読めなくなるのか? .Q1ホントに何で読めなくなるの? 自分から長時間労働を好むように、個人が仕向けられている。 自分で自分を搾取してしまっている .Q2対策はありますか? 全身全霊で働くことを辞める バーンアウトに警戒する 自己実現を、仕事で果たそうとしない 半身こそ理想と考える .Q3作者が一番伝えたい事は何ですか? 労働と文化をどう両立させるか 読書で自分に関係のないノイズの文脈を取り入れる余裕を持つ事のできる半身の働き方を提案する 要は「頑張るな」 読書は、自分とは関係ない他者を知る文脈を増やす手段。 働きながら本を読める社会をつくるために、半身で働く。それが可能な社会を作る .お勧めするかどうか 読書論を通じた人生論。 お勧め メンタル不調のアドバイスにも用いたい .診療にどう使うか 特に長期休職者は、元々の職場に合っていない場合が多い。 職場や働き方を変えないと再発する。 そのためには、今までのやり方を変える必要がある。 そのベクトルの1つとして、「半身で働く」を推奨する。 残り半分の半身で、読書や運動をやってもらう。 これが真の診療なのだと思う。

    1
    投稿日: 2024.06.15
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    近代労働史を読書の観点からサクッと読めて結構面白かった。最後の結論がなんかこう、ちょっとゆるいのはご愛嬌って感じだけど笑 タイトルに惹かれて「情報」を得ようとしてきた人に「知識」取得を勧める、という文脈は、著者・出版社の戦略としてはうまくできているかもしれない。

    1
    投稿日: 2024.06.15
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    結論は本が読める環境を作ろう。 半身で働くですね、あえて、読書でノイズを入れ文脈からの新たな発見や繋がりを楽しもう❣️ また、今の働きかたや自分が行動していることに、クリティカルシンキングを与えてくれるのが読書だと。 それにより、私は良く「これが私がしたいことかな?」と思うことがあるがそれも良い機会だ、まさに半身で働く。 あ〜楽しくて一気に読んでしまいました。 すべてのことにありがとう。

    4
    投稿日: 2024.06.15
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    結論はシンプルで、労働によって今必要なもの以外を受容する余裕がなくなっており、更に社会の在りようによってその状態から抜け出すのが困難になっているから。そこに対する具体的な解決策を提示しているわけではないので、実用を重んじて読む本ではないと思った(自分も其処に対する答えを求めて読んだので、後半に出てくるTipsはもうやっているよ、で肩透かしだった)。ただ、どういう姿勢が健全か、余暇を楽しむにはどういう状態を目指せばよいか、理想論ではあるが、この本を読むことで自分ごとで再認識できた気がする。 本に限らず娯楽と労働者の関係を戦前から振り返って、現代までその変遷が描かれていてうんちく本としてはとても面白い。

    2
    投稿日: 2024.06.15
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    このレビューはネタバレを含みます。

    読書にはノイズが多く、ネットには少ない。よってノイズで疲れるから、ネットを見る。とあった。 個人的には逆のような気もする。 タイトルの内容に辿り着くまでの労働と本の歴史が長かったが、円本など知らなかったことが多くおもしろかった。

    1
    投稿日: 2024.06.15
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    読むのが苦痛。タイトルと内容が噛み合ってない。 仕事が忙しいと本が読めなくなる、という思い当たる人が多いであろう疑問がタイトルになっている本。 ただ、内容はベストセラーの歴史と当時の社会の振り返りが大半を占めている。 それは承知で読んだのだが、あまりにも「忙しいと本が読めない」というテーマと全然関係無くて、なんの話を読まされているんだ???という疑念が常に頭に浮かび、読むのが辛くなってしまった。 そもそも「誰がどんな本を読めなくなっている」という問題提起なのかが曖昧なまま進む。 個人的な考えだけど、率直に言って、本が好きなら寝食より優先して読む。読まないならさして読書が好きではない。忙しいから、という言い訳言ってる時点で大して好きではない。それか本以上に優先する趣味や楽しみが出来ただけだと思う。 本書中で近年流行った邦画からの引用で「本読む気力が無くてパズドラばっからやってる」という話がある。 要するにその人にとってその程度なんだろ、ってだけの話である。 もう一点、この本の中で納得できないのが娯楽としての読書と学習のための読書を一緒くたに論じているところだ。本書の前半部分でどちらも本質的に同じ、と言っているが理解し難い。読んで成長する充実感と読んで楽しいワクワク感は似て非なるものです。 論理構成がチグハグで、著者の詳しい事を適当にこじつけた話にしか思えなかった。 そして俺は結局「どうして忙しいと本が読めなくなるのか」 の答えがどこに書いてあるのかもよく分からなかった。 面白くなかったなぁ

    4
    投稿日: 2024.06.15
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    このレビューはネタバレを含みます。

    ★4.5くらい 話題の本で、タイトルがすごく気になって購入。 流行りに乗って勝手良かった。 私はすぐ何か1つに集中したり、お金稼ぐことにのめり込みやすいし、全身全霊で頑張らないと!と思ってしまう人で、そのくせ結局しんどくなるし、求めてる豊かさじゃなかったりして長らく違和感覚えてたけど、それをいい感じに代弁してくれた気がする(あ、モヤモヤの正体これかーってこの本で気づけた) 労働史と読書を追っていくのが面白い。当時の時代背景的に、人間が陥りやすい心理とか(80-90年代は自分自身を探求するような試みが流行り、90年代後半は、内面見つめていたことから行動を重視するようになった、とか) 結構ズバズバ書いてたり、尖った引用してたりするが痛快 読んでみたい本も増えた ・花束のような恋をした ・電車男 ・司馬遼太郎作品 ・さくらももこ「そういうふうに生きている」 この本と同じ日に、友人のすすめで買った有吉佐和子も出てきたし、推し燃ゆもでてきた ---- 情報=しりたいこと 知識=ノイズ+知りたいこと →私は知識人になりたい ❶読書=ノイズ込みの知を得る ❷情報=ノイズ抜きの知を得る 最近の読書術や速読法は「❷情報をいかに取るか」に集約されている。労働に情報は求められるけど、読書は求められていない →そう!!!!そうだ!!てスッキリ 私は一見関係ないようなことからヒント得たり、視野広がるきっかけもらったり、心の豊かさを感じる。読書がしたいなと思った。 紙辞書→電子辞書 本屋さん→インターネット検索、Kindleでダイレクトにたどり着く なども、便利だけど寂しさもあった 「セレンディピティ」てやつこそ、豊かにしてくれるものだなぁと思う 読書は他人の文脈(=ノイズ)に辿り着く手段 (みたいなの書いてた) 半身で働く 司馬遼太郎「経営者やビジネスマンが私の書いたものを、朝礼の訓示に安直に使われるような読み方をされるのは誠につらい」 自己実現を仕事で果たそうとする→バーンアウト→鬱 全身全霊は楽だがあやうい ニーチェ「自分を忘れるために激務へ逃げるな」 仕事以外の自分の人生をちゃんと考えられるように。 (全身全霊をやめませんか?という著者の主張)

    3
    投稿日: 2024.06.15
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    本書を読んでいると、自分のことを言っているかのような気分になる。まさに身につまされるとはこのことか。 本書では、なぜ働いていると本が読めなくなるのかをテーマに、書籍と労働を取り巻く関係性を時系列で整理し、縦断的に解説する。「そんな昔から解説してどうするんだ」と思わない点もないではないが、最終的に読んでみると複眼的な読書に対する知見と労働への向き合い方を得られると思う。最終的には読書ができる程度に半身で仕事をすることが提唱されるが、果たして私は半身でいられているだろうか。全身全霊で物事に向かいすぎていないか

    0
    投稿日: 2024.06.15
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    このレビューはネタバレを含みます。

    全身、コミットメントするのは楽であるが、危うい。過剰な自己搾取が長期化すれば鬱病(ドロップアウト)になる。 (24時間、全身全霊で仕事だけをするなど) 全身全霊コミットメントは、他社によるケアを必要としたり、社会全体では不利益になることが多い。 全身全霊のコミットメントを辞め、半身社会にし、読書しよう。読書は自分とは関係ない他者を知る手段だ。

    2
    投稿日: 2024.06.14
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    読みやすいし、社会時評的なところも面白い。ただ、最後の結論部分は無理があるように思う。些か牽強付会ではないか。 テレビより魅力的なコンテンツを掌に置いていつでもどこでも指先で操作して見ることができるようになって、それこそノイズの無い画面の垂れ流しに依存してしまっているということではないか。

    3
    投稿日: 2024.06.14
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    そうだよ!!!!!!!!!!! こんな読書できないような労働環境に満ちた社会間違ってるよ!!!!!!!!!!!助けて!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!! いや、でも読書垢フォローはしてないけど、情報収集はしてるな… でもiPadで読書は腕力皆無マンにはつらいんよ……

    3
    投稿日: 2024.06.13
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    良い意味でのタイトル詐欺、だった。 現代社会に対する考察で終わるのかと思いきや、日本での金属活字による大量印刷により書物が普及し、読書という習慣が広まったのが明治時代。その明治時代から現代に至るまで、読書を軸として、社会や文化に対する丁寧な考察が前半を占めている。 特に、戦後から平成にかけての考察は、あ!そういうことだったのか!と腑に落ちることも多い。 結局、読書ができなくなるのではなく、時間に追い立てられているために、ノイズ、言い換えるなら、遊び?余裕?冗長?そういった余白部分を楽しめなくなるんだろなと読めた。 その点から興味深いのは、この20年ほど隆盛を極めていると思われる、ラノベとネット小説についての言及がないところかな?と。 個人的な感想としては、ラノベはノイズが少ないから、スマホを触ってる時間として扱われて読書に入らないのだろうか? などなど、色々と考えさせられて、久々に、ノイズを楽しめた、そんな1冊

    4
    投稿日: 2024.06.13
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    現代においては、読書=ノイズ。 本好きの者からするとなかなかにインパクトがあり、ショッキングな言葉でありました。 しかし、日々の自分自身の行動を思い返してみる。 こんなことやあんな事をやりたいが、いつも時間がない。 そういう風に御託を並べて遠ざけてしまっている物事は案外にも、身の回りに散らばっているんじゃないか? たまたまそれが本ではなかっただけで、自分の中で、所謂「ノイズ」と無意識に捉えてしまっていたものがあるんじゃないか。 気を抜くと身の回りに対しての視野が狭くなってしまうなぁと痛感いたしました。もっともっと豊かに、文脈を広げていきたいところ。 社会背景の流れが基盤となり、その時代ごとに売れゆく書籍たちの変化がとても分かりやすく、とても興味深い内容。 また著者のなかなかに切れ味鋭い見解に 思わず笑ってしまう部分も随所に。 最後に述べていた、疲れている時は無理して読まない。少しの親近感とほっとさせてくれる感。 これからも、本と離れっきりにならずに済むような気がします。 楽しく拝読させていただきました。

    5
    投稿日: 2024.06.12
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    話題の本で気になり手に取ってみました。 元々本を読んでいる人ではなく、むしろ社会人になってから本をよく読み始めた人間ですが、共感できるところは多かったです! 現代の人は頑張りすぎてしまうので、『半身』の姿勢が大事だなあとしみじみ感じました。自身の働き方も見直さないとなぁ…。 また同世代の著者であることにも驚きと尊敬の気持ちを持ちました。社会人になってから、自身の読書ができなくなったことに対して、社会の構造に対する問題意識を持って、これまでの日本の歴史を振り返りながら本書を書いているのが凄いなと感じました!

    28
    投稿日: 2024.06.12
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    労働史や働き方などと読書の関係に触れており、興味深く読めた。本好きなら、読めるような働き方ということには共感できる。 好きなことでも消耗するときついし、自分よりも優先できることを見つけて、かつ、それに依存しないような感じがいいかもしれない。 通勤も読書があると楽しいし、価値観も増える。会社の近くに住むと体は楽かもしれないが、仕事とプライベートの区別はつきにくくなると思う。ただ、育児の関係もあるだろうし、難しいところ。 なお、『アメリカは自己啓発本でできている: ベストセラーからひもとく』と一緒に読むと、さらに面白いと思う。

    3
    投稿日: 2024.06.12
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    タイトルが気になり、話題の本ということで購入しました。 誰もが思い当たることがある内容だと思います。 日本人が全身全霊を仕事にかけ、それが出来なくなると自分が良くないと思ってしまう。読書に求めるものが時代によって移り変わりながらも、その本質は変わらないという文化に対する提起です。 仕事は「全身」ではなく「半身」として、他のことをする余裕を作れる社会にしたいという結びが、とても腑に落ちました。

    3
    投稿日: 2024.06.12