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なぜ働いていると本が読めなくなるのか
なぜ働いていると本が読めなくなるのか
三宅香帆/集英社
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総合評価

1445件)
3.8
336
526
371
73
11
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    最初このタイトルを見て、「なんで読めないの?空き時間に読めば?」と思った。 まさに、『花束みたいな恋をした』の絹ちゃん寄りの思考。 だが、この本には、単に「忙しいから読めない」という表面的な問題ではなく、仕事によって心身が摩耗し、集中力や好奇心そのものが奪われていく過程や、読書に関する歴史が丁寧に描かれていた。 特に印象に残ったのは、「本を読むことは時間の確保だけではなく、心の余白を必要とする」という指摘。 まさに、麦くんが失ったもの。 確かに、わずかな隙間時間があっても、頭の中が仕事のことでいっぱいであれば、文字を追っても内容は頭に入ってこない。 つまり読書は、単なる娯楽や知識の蓄積ではなく、自分を取り戻す行為でもあるのだ。 また、働くことによって「効率」や「成果」にとらわれる生活が染みつくと、読書のように即座に役立つとは限らないことが後回しにされてしまう。 だからこそ本を読むことは、社会の論理から少し距離をとり、自分の内面と対話する貴重な時間なのだと感じた。 これからは短い時間でも、本を開く習慣を続けていきたい。 『花束みたいな恋をした』を 再読したくなった!!

    71
    投稿日: 2025.09.07
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    現代人は本当に忙しい。 でも、環境せいにせず本を読みたい。 そのためのアドバイスとして 半身で生きる。 なるほどなぁ、参考になりました!

    3
    投稿日: 2025.09.06
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    ◆◇━━━━━━━━━━━━ 1.この本を選んだ目的   ━━━━━━━━━━━━━◆ ・働いているから本を読めないとは、思ったことはないけど、この人は何が言いたいのかと気になって手にしました。 ・まぁ、本を読めない理由は、楽な方向に流れたいるからでしかないと思うけど、興味で読んでみました。      ◆◇━━━━━━━━━━━━ 2.概要 ━━━━━━━━━━━━━◆ ・筆者は本を読むことが好きだったが、仕事に追われて本を読めなくなり、「なんで現代はこんなに労働と読書が両立しづらくなっているのか?」という疑問を持つようになった。 ・そして、日本の近代以降の労働史と読書史を並べて俯瞰することによって、謎を解明しようとするもの。 ◆◇━━━━━━━━━━━━ 3.感想   ━━━━━━━━━━━━━◆ ・読書は人生のノイズなのか?という問いは面白い。人によってはそうだろうし、そうでないんだろう。本を読むのが好きな人は、いろいろなことを知りたいと思う人なんだろうな〜と、感じました。自分が必要なことだけ知っていればいいという人は、本は読まなくなっているかもしれないですね。 ・すごい遠回りに読書について考えていくのは、なかなか面白かった。が、結局結論は、週5勤務では本を読めないという結論になっている。要は、筆者は、対して本を読むのが好きではないし、いろいろなことを知りたい人ではないんだろうと、個人的には結論づけた。 ◆◇━━━━━━━━━━━━━━━━ 4.具体的にどのような点を学習したか? ━━━━━━━━━━━━━━━━━◆ ▫️気になるキーワードとしては下記。 ・明治時代の図書館の利用者の大半は学生にとどまっていたらしい ・戦前のサラリーマンたちは、企業に決められた休日と通勤時間に本を読んでいた。 ・1960年の労働者1人あたりの平均年間総実労働時間は1685時間、2020年は1685時間 ▫️読書する人が減っている理由 ・仕事がアイデンティティになってきていることは理解している。これは、いろいろなところで耳にするし、実際、自分もそれを目指している。 つまり、昔は仕事以外で喜びや、自己表現を求めることで、読者が必要であったが、今は必要ない。 ・読書にはノイズが含まれるが、インターネットはノイズが含まれない。情報が必要なときは、本からではなく、インターネットから得る。そのため、読書が必要ない。情報が洗練され、ノイズのないものが情報として扱われるようになった。 ◆◇━━━━━━━━━━━━━━━━ 5.具体的にどのような行動をするか? ━━━━━━━━━━━━━━━━━◆ ・私は小説が好きです。それは、違う人生を歩んでいるような感覚になることがあるからだと思っています。いろんな人生を歩んでみたい、いろんな世界を知りたい、そんな想いが強いので、本を読みます。 ・自分にとってのノイズは何かを意識しながら、読書をしていくようにしたいと思います。限られた時間、本を読む冊数もおおよそ計算できる年齢になってきました。ノイズだな、と、思ったら、その本を読むのをやめるスピードを上げていくようにしたい。

    76
    投稿日: 2025.09.04
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    圧倒的な文献の上に成り立った、たった一つの結論。 これほどまでに説得力のある本はあっただろうか。 「自分から遠く離れた文脈に触れること」が読書だという主張はもっともであり、それが現代においてはノイズになってしまっている点を指摘しているのもさすがだと思う。 個人的に、他者の文脈に触れないことで起こる問題としては、若い頑固オヤジの増殖なんじゃないかと危惧した。 若い男女が自分の役に立つものだけで生き続けていたら、きっとそれ以外の価値観を受け入れられなくなるだろうし、もっと孤独な社会が訪れるような気がした。

    5
    投稿日: 2025.09.04
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    このレビューはネタバレを含みます。

    主に日本の労働と読書史を時代時代の出来事やベストセラーを交えて考察していくのが主な内容だった。 序章で読書が ・娯楽、文化として楽しむ行為 ・自己啓発の手段、勉強をする行為 の2つに分けて書かれているが、タイトルから見て僕はなぜ働いていると"娯楽、文化としての"本が読めなくなるのかを考察する内容だと思っていた。 しかしそうではなく、この日本の労働と読書史ではこれらがまとめて読書とされている。 最終章で、80年代以前のような「労働のために読書が必要な時代」はもうやってこないだろう。と著者が憂いてはいるが、個人的には 「労働のために読書(教養、修養)が必要な時代」 はこの読書史に則れば 「階級格差の埋め合わせを個人に要する時代」 と同義だった。 つまり日本の労働のための読書とは、社会格差があることによって成り立っていた。という意は説明されていた。 ただ、インターネットの普及によって 労働のための読書は労働のための〇〇と多様化し それは、動画、サロン、SNS、はたまた副業のための〇〇と選択肢が格段に広がっただけで、労働のための読書はここで議論されるべきところではないように思う。『花束みたいな恋をした』を著者は例にあげてるが、注目すべきは勉強というよりも文化的な娯楽という意味合いでの読書だし、僕もそこに論点があると思っていた。 では、娯楽、文化として楽しむ行為のしての読書としての読書史は、その変遷はどうなっているのかというとほとんどこの本では議論されていない。 しいといえば、 社会的な流れによって生まれた傷つきの類(不景気、学歴・コミュニケーション等コンプレックス)の解消、癒しの手段になった。 もしくは、 テレビの普及によるテレセラーの恩恵 くらいだろうか。 この本では、読書の歴史観ほとんどを労働のための読書にページを費やしており、あえてこのタイトルに応えるとすると、「余裕がないから」のありきたりなものでしかない。 娯楽、文化として楽しむ行為のしての読書は、労働のための読書とは違い、余裕がない人に開かれているものでなはかった。だから難しいけど余裕を作ろう。 最終章の10ページだけ読めば十分事足りる内容だった。

    3
    投稿日: 2025.09.04
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    1960年のサラリーマンが一年で2426時間働いているということに驚いた。(休みなしで毎日6時間36分)そのため会社を舞台にした、サラッと読めるサラリーマン小説が流行したのは納得である。 またこの時代は土曜日が唯一の休みで、「8時だよ、全員集合」など土曜の夜8時からの番組が楽しまれた。 90年代にバブルが崩壊し、現代のような非正規雇用での採用や終身雇用を当たり前としない採用が行われるようになった。 インターネットと読書、文芸本•歴史本と自己啓発本がコントローラブルなものとアンコントローラブルなものとして対比されていて面白かった。アンコントローラブルなものは今必要な情報のみでなく、ノイズを含む。 また知識=今知りたいこと+ノイズである。 歴史や社会状況を事前に知っておかないといけない前提の上での会話や情報収集は、疲れている人にとって苦しい。 ただ私たちは安全にノイズから逃れて生活することはできない。余裕のある時に知識に触れることで、ノイズが役に立つ日がくるかもしれない。 私たちは新自由主義社会の副産物である「まだできる」という競争心によって疲弊している。永久に一つのことに熱中することの、周りへの負担や悪影響は計り知れない。だからこそ全身全霊ではなく時に半身を意識して生活したい。

    10
    投稿日: 2025.09.03
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    このレビューはネタバレを含みます。

    非常に優しい評論だと思った 読書という概念について歴史から振り返り、読書がエリートの特権だった時代、ステータスになった時代、趣味なった時代への華麗な移り変わりを説明してくれて、とてもしっくりきた。 最終的には、仕事に集中しすぎてしまうのではなく、全ベットするのではなく、気楽に仕事して読書もしようよというとても優しい評論

    2
    投稿日: 2025.09.03
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    出版社の本の販促をかねた本。 読書のススメであり本の広告という側面をもつ。 本書はそうしたセルフマーケティングありきであろう。 そのため分析も甘い。 たとえば本はノイズという宣言。ノイズというだけではフワフワしていて意味がない。ようするに知りたい結論に対してその結論のもつ背景や文脈といった情報の奥行きや想定外の気付きがノイズと言われているのだが、これではまともな分析はできない。 読書とはノイズというより他者の視点でありパースペクティブである。 そのような他者の眼差し・視点に自身の意味を欲望することが読書の本分であり、それは心的外傷を覗くことにも等しい。 対して本書がいう情報とは知識対象のみで、その知識対象をそのように対象化するところの眼差しは排除されているといえば良く分かるだろう。 それが教養の読書と情報との差違である。 とこのように分析しないとまともに分析できないのだが、この程度の基礎的な構造主義の視点が抜けている。 かかる構造主義から読書を捉えれば、本の読み方の変遷に経済、社会、政治の諸プラチックを対応させることができる。つまり本の読み方と社会との連動メカニズムを明らかにできるのだが、そういった洞察を欠いた本書では労働の価値審級を実体化して半身労働へとポストモダン的に労働から退却してゆくしかなくなる。 つまり、どのように本を読むかが最大の問題であって読むとか読まないことそのものは意味を持たないということ。 だから本書では本を読むことと労働の連動がつかめず労働市場の健全化と読書を接続不能となってしまい、半身などとほざき労働から撤退するだけの不毛な提言に停滞してしまう。 あまりに程度が低い。 ようするに読書が情報やハウツーへと劣化していったこと、そうやって他者を迂回した自己獲得をなす教養が放棄されたことの意味が捕まえられていない。 これは他者を迂回しない自体性愛化した自己実現へと変質したということであって、この変質が労働から読書が排除される構造と同一だということ。 これと近年の性的退行とも通底する。 ここでは本の種類ばかりか本の読み方そのものが変質したのだということが肝要だが、その点が見逃されている。 かかる問題構造の内側で当の問題を問題構成しているゆえに本書では半身労働というポストモダン的な逃走論が出てくる。 あまりに駄作。著者の知能がしかるべき水準に至っていない。 この程度の頭の弱い資源ゴミが売れること事態が読書文化の凋落なのである。 この本は本の販促ゆえに売れる。とんだ茶番であって、広告だらけのコンテンツ社会が最大の問題であって、この本そのものが本を読めなくする淵源なのである。 まさに有害図書だろう。 ブロガーが宣伝のための記事を書くように本も何か商材を宣伝するために書く時代となった。この本は本を商材として訴求し出版社をスポンサーにつけたのである。 だから売れる。 くだらない。あまりにふざけた茶番劇。 全てを経済合理性というノイズなき目的合理性に回収する暴力の爆心地といえよう。 このように書かれたこと(読書は経済合理性ではないノイズ)と書かれたことの実際効果(経済的な宣伝)との差異において実際効果を認識から排除することで、かかる差異を抹消すること。 このような言説編制をなすのが、本を読めなくする社会構造それ自体なのである。 だからこの本はマッチポンプであって茶番劇といえる。

    3
    投稿日: 2025.09.01
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    タイトルが気になるし、三宅さんのトークイベント行くし、で購入。とはいえ1日では読めないボリュームだし中身も結構歴史的で難しいね。後半とかは入っていやすい理由とか共感もあってふむふむ、って言う内容。もっと半身で仕事する、を覚えたいよねぇ

    1
    投稿日: 2025.09.01
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    読書本が好きなのでワクワクして読み始めたがガッカリ。 著者は3年で会社員生活をリタイアしたせいか、内容や文章が学生のまま。 題名のなぜ本が読めなくなるか?の問いに対する解が浅い。 著者本人にも解は見えていないと感じた。 また、ではどうすれば本を読めるようになるか?という問いに対する解も持っていなかった。 この本は近代から現代に至るまでの日本人の読書に対する傾向を長々と読ませられただけ。 題名に釣られて内容も無いのに読んでしまった。 まるで幻冬舎のやり口に遭ったようだ(笑) ただ、著者なりに真面目に一生懸命書いたことは伝わったので星2つ。

    4
    投稿日: 2025.09.01
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    読書と労働の関係を多角的に照らし出す一冊でした。特に時代ごとの読書スタイルや環境の変化を丁寧に紐解いていく分析は、知的な刺激があり「なるほど」と膝を打つ場面が多かったです。 一方で、最後のまとめの部分については、やや急ぎ足で収束させた印象を受けました。序盤から中盤にかけての厚みある議論に比べると、締めの言葉がやや一般的に感じられたため、少しもったいなく思いました。ただ、それも本書が扱うテーマの広がりの大きさゆえかもしれません。 総じて、現代における「読書の困難さ」と「働くことのリアル」を往還する知的冒険として、とても価値ある読書体験になりました。

    8
    投稿日: 2025.08.31
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    半身で働く、です。 そしてノイズの捉え方、ですね。 自分が、特に本が読めなくなっているタイミングとはどんな時なのか、言語化できてすっきりしました。余りに仕事に没頭あるいは自信喪失しているときは何も面白くなく、必要最低限しか情報を受け入れるキャパがないのです。 この本を読めた今の私は、少しだけ余裕がある。 本が読めるか読めないかは、こころの余裕のバロメーター✨️ とは言いつつ、前半部分の歴史検証と後半のメインテーマの位置づけや繋がり方は若干違和感ありですが、楽しく読めました。

    8
    投稿日: 2025.08.31
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    このレビューはネタバレを含みます。

    思ったより学術的な本だった。もっとあっさりしたエッセイのような本だと思っていた。日本の労働の歴史と読書の関係を複数の資料から分析している。 私は働きながら本が読めている。著者の言うとおり、半身で働いているのかもしれない。自覚はないが。 p265 まずはあなたが全身で働かないことが、他人に全身で働くことを望む生き方を防ぐ。 全身全霊で働くためには、一方で全身全霊で代わりのことをやる人が必要になる。仕事に全身全霊で臨むためには、家事に全身全霊を捧げる人の協力が必要になる。 現代の社会には半身社会が良さそう。 でもp262の場合、やはり全身5人の方が半身10人よりもコスト調整ができるうえに安くなってしまう。 考えさせられる。 あとがきのコツに「あの本、読みました?」をチェックすることを追加したい。

    0
    投稿日: 2025.08.31
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    映画「花束みたいな恋をした」を下敷きに、明治から現在までの日本人の読書への習慣化と歴史・変遷を論じた上で、現代は働きすぎてるから本読めないんだ、だから燃え尽きない働き方で読書ができる人生を送ろうという内容の新書。その結論と終章の解決方法「全身じゃなくて読書できるくらい余裕をもって半身で働け」「SNSで信頼できる読書家を見つけろ」「iPad買え」「書店に行け」もバカにしてんのかという感じだが全体的に論旨が雑かつ牽強付会にも程がある。 広義の読書をノイズ含めた知と定義したりパズドラをコントロールできる娯楽としたりYouTubeやオンラインサロンの「大学」への批判をかつての女性カルチャーセンターと同じインテリへの僻みとしたり他にもひろゆきについてだったりさくらももこエッセイについてだったり全体的に論じる事実とその解釈がとにかく雑だし、語る対象に対して敬意を感じない。昭和のベストセラーを鼻で笑ってる印象を受けた。 そのスマホとSNSと各種サブスク含めた娯楽の多様化と供給過多、そして労働(及び可処分所得の減少)については広い意味での少子高齢化の影響だがその辺りへの言及はない。これが2024年書店員が選ぶノンフィクション大賞かつ新書のベストセラーいう方が深刻で、この本を広義の知とするならそりゃ読書の習慣は薄れるのもしょうがないんじゃないの。本屋大賞とった小説はだいたいツッコミ所だらけだし、書店員や読書インフルエンサーが推薦するってもう信用できないキャッチフレーズの最たるものになってきてる。

    5
    投稿日: 2025.08.30
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    とても評価が高かったのと、タイトルに惹かれて読んでみた。戦後日本の働き方を振り返りつつ、社会人が読書に求める役割の変遷を辿り、現代においてはどうしたら本が読めるかを提言する本。正直内容はそこまで面白くはなかったが、著者の提言する半身の働き方というのは自分自身も常々実践したいと思ってはいるものの、日本社会全体がその考え方を変えるのはなかなか難しそうだ。

    3
    投稿日: 2025.08.29
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    労働史の話から、余裕のある生活がないと本を読んだりできないよねって話です 読みやすいですし、悪くはないですが、ありきたりと言えばありきたりな話でした

    9
    投稿日: 2025.08.29
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    結論に意外性は感じられなかった しかし、多々引用している点に好感 しかしながら、恣意的と思われる解釈も多く感じられた 総論は同意

    2
    投稿日: 2025.08.28
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    単なる社会人になると本が読めなくなる原因と対策かと思って読んだが、きちんと歴史的背景を戦前から文化背景など押さえてあって読み応えがあった。教養が得れる一冊だと思う。

    1
    投稿日: 2025.08.28
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    読書という行為の歴史は、実は驚くほど浅い。 江戸時代までは、本は高価で庶民には手が届かず、印刷や製本の技術も未熟だった。ようやく昭和になって製本技術が向上すると、本は「知の象徴」として、背表紙を揃えて書斎に並べるインテリア的な価値を持つようになった。 現代ではどうだろう。手軽に買えるようになった結果、多くの人が積読を抱えている。つまり、本が広く流通するようになってからの歴史はまだ短く、実際にきちんと読めている人はごくわずかだ。 だからこそ、そこに大きな夢があるのではないか。読書は人類にとってまだ“新しい営み”であり、だからこそ未開拓の可能性に満ちているのだ。

    1
    投稿日: 2025.08.27
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    こういう難しい系の新書初めて読破できた。 ここに紹介されてる作品全て読みたくなった! さすがかほっちです。

    2
    投稿日: 2025.08.26
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    このレビューはネタバレを含みます。

    前提として、本を読むという行為は偶然性と文脈性のある行為であるということと情報は単体であり、それをストレートに取りに行く行為として差別化した。その上で、前者をできない時代、つまりは蓄積される教養ではなく、使える教養、ひいては自分をドリルダウンしていくための内向きの情報を求める時代になったという話。 社会と労働の関係から、最後は働き方の意識の変遷。視点としては面白く、時代を掴む新書という感じ。ペラッペラの理屈は妙に説得力はあったが、最近のベストセラー参照先の本の印象がペラッペラなので余計に情報化していることを実感した。しかしそのベストセラー自体も、時代の労働や生活と密接に関係している。

    1
    投稿日: 2025.08.26
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    説明不要の2024年のベストセラー新書。 本は読めなくともこの本は読めるんかい、と少し冷めた目で見てましたが、売れてる本には理由があったりするので手にとってみました。 新書らしいタイトルは釣り要素が多めですが、実際の内容はまえがきにもあるとおり「近代以降の日本の働き方と読書の関係」。まあ、これがタイトルだと売れないからね。 明治時代から2000年代までの「労働と読書の関係の歴史」は予想以上におもしろかった。 自己啓発本の源流は明治時代にはすでにあったとか、「片づけ本」が「自己啓発書の一種」であると言っているところとか、なるほど。 2010年代以降の「読書がノイズとなる社会」あたりから論がやや急になり、ここらへんはあまり納得できなかった。 かつては自分を向上させるものとして労働に必要だった「教養」は、「情報」だけを搾取したい現在においてはノイズとなるというのは理解できなくもないんだけど、結論が「働いていても本が読める社会」、「ノイズを許容する」、時間的にも精神的にも余裕のある働き方をめざそうという、ごく当たり前のところに着地したのもなんだか。 私が一番本を読んでいたのは、学生時代を別にすると、仕事が最も忙しい時期だったんだけど、あれも仕事の一貫として読書が必要だったから、なんだろうか。 全編にわたってフューチャーされている『花束みたいな恋をした』はずっと敬遠してきたのだけど、そろそろ見てみようかと思う。 最終的に「本が読みたい」テンションは上がったので良しかと思います。 (こういうところ自己啓発本のエナジー効果っぽいよな) 以下、引用 22 近代以降の日本の働き方と、読書の関係 労働と読書の関係の歴史 49 「自己啓発書の流行」というと現代において最近はじまったもののように感じられる。しかしその源流は明治時代にすでに輸入され、「成功」「修養」といった概念とともに日本の働く青年たちに広まっていたのである。 64 「サラリーマン」という言葉が日本に浸透したのは大正後期から昭和初期にかけてのことだった。 76 現代の私たちが持っている「教養を身につけることは自分を向上させる手段である」といううっすらした感覚は、まさに「修養」から派生した「教養」の概念によるものだった。それは大正時代にエリート学生たちの間で生まれた、教養を身につけることによって人格が向上する、というひとつの流行思想だった。 78 『文藝春秋』や『中央公論』等の総合雑誌を読む読者としてサラリーマン層は自らを差異化した。 108 「ベストセラー」という単語が日本で広がったのは、戦後1950年代のことだった。 114 労働者1人あたりの平均年間総実労働時間 1960年 2426時間 2020年 1685時間 129 1971年 講談社文庫 1973年 中公文庫 1974年 文春文庫 1977年 集英社文庫 162 読書や教養とはつまり、学歴を手にしていない人々が階級を上がろうとする際に身につけるべきものを探す作業を名づけたものだったのかもしれない。 178 現代の自己啓発書の一種である「片づけ本」 220 スマートフォンの世帯保有率 2010年 9.7% 2015年 72.0% 2020年 86.8% 226 フリッパーズ・ギターのどこが「教養」らしさを帯びているのかと言えば、「過去」というノイズが存在しているにもかかわらず、その情報にたどり着いたところにある。 233 読書とは、「文脈」のなかで紡ぐものだ。 読みたい本を選ぶことは、自分の気になる「文脈」を取り入れることでもある。 本のなかには、私たちが欲望していることを知らない知が存在している。 知は常に未知であり、私たちは「何を知りたいのか」を知らない。何を読みたいのか、私たちはわかっていない。何を欲望しているのか、私たちは分かっていないのだ。 245 21世紀を生きる私たちにとっての問題は、新自由主義社会の能力主義が植えつけた、「もっとできるという名の、自己に内面化した肯定によって、人々が疲労してしまうこと」なのだ。 新自由主義は決して外部から人間を強制しようとしない。むしろ競争心を煽ることで、あくまで「自分から」戦いに参加させようとする。なぜなら新自由主義は自己責任と自己決定を重視するからだ。だからこそ現代において──私たちが戦う理由は、自分が望むから、なのだ。

    2
    投稿日: 2025.08.26
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    なぜ働いていると本が読めなくなるのか? 現代の労働社会に適応する上で、読書は不必要なノイズであるから。 ネット情報や自己啓発書から必要な情報だけを集め、必死に適応しようとする現代人。でもそれでいいのか。 ノイズって本当に不必要なのか。 読書により、未知の世界に触れ、興味や世界が広がり、それが引いては知恵につながるのではないか。 そんな本が読めなくなるような社会でいいのか、 と警鐘を鳴らされてる気がした。 昔に比べ本が読めなくなっていることを実感し、興味深く読めた。

    0
    投稿日: 2025.08.24
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    三宅さん2冊目。 本が大好きで、本に詳しい三宅さんだからこそ書ける1冊。 また人柄もあるのだろう。 時代を遡り、 本の誕生から今まで人間はどう本と付き合ってきたのかを明確にしたり、 日本の労働環境を深堀し、何が大切なのかを教えてくれる。 ボリュームと安心感。読みやすさ。

    0
    投稿日: 2025.08.21
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    勉強になりすぎた。 全身じゃなきゃいられないのは自分の職場だけかと思ってた。どこもそうなのね。 所詮仕事だ。仕事に人生を奪われたくない! シリアスレジャー、もっと知りたくなった。 ニートになった理由、めっちゃそれだとなって、社会の潮流・ゆとり世代の証だったんだなあ。社会が及ぼす自分の判断への影響って、想像の何十倍もあることを認識しておきたい。

    1
    投稿日: 2025.08.20
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    このレビューはネタバレを含みます。

    自己啓発は男性中心のメディア 自己啓発の源流は明治にある 月給と月払いの相性の良さ 円本と積読 ノスタルジーだけが救える感覚がある いつの時代も大学でない場所で学ぼうとする人々には蔑みの視線が向けられる ノイズとしての読書、ノイズを除去する自己啓発本 情報と読書の最も大きな差異は、知識のノイズ性にある 読書とは他者の文脈に触れること 半身で働くことができる社会 トータルワーク 全身コミットメントしてほしいが資本主義社会の欲望なのである 読書という観点から中庸について語っているように感じた。言葉の重みや深さについて考えるきっかけになると思う。花束みたいな恋をしたにとても影響を受けたのか??

    0
    投稿日: 2025.08.20
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    新書であり、かつキャッチーな書名から簡単に読めるだろうと高を括っていたが、いい意味で期待を裏切られた。 読書と労働の関係性を明治以降の歴史を通して丹念に考察し、そこから新しい働き方を提言するまでの過程に、作者の真摯な姿勢が強く感じられ、非常に感銘を受けた。 どの時代にも「教養」を求める人々が一定数存在し、そのニーズを捉えたビジネスは成功するという法則は、様々な社会現象を理解する上で有用な視点になると思う。

    1
    投稿日: 2025.08.19
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    初めて手に取った新書。 いつも物語ばかり読んでいたので、ペースは上がらなかったけど、花束みたいな恋をしたの作中の話なんかも出てきて、想像がしやすい場面も多かった。 今の働き方、生活の仕方など考えさせられる本だった。

    1
    投稿日: 2025.08.17
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    社会人になってから本を読み始めたけど、本をもっと楽しもうとも思えたし自分の生き方を再度意識するきっかけになりました。

    0
    投稿日: 2025.08.17
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    思っていた内容とちょっと違ったな。本書の大部分がビジネスマンと読書のあり方についての歴史的な変容についてだった。もう少し現代人についての内容を膨らませてほしかったな。

    2
    投稿日: 2025.08.17
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    明治以降の労働環境やそれに関連する人々の読書活動の変遷に触れながら、働いていると本が読めなくなる理由について、筆者の考えを述べている本。 2000年代の新自由主義社会化によって、 ①労働そのものが「自分探し」の舞台となり、自分の好きなことを仕事にしないといけないと考える環境になった ②自己責任と自己決定を重視されることにより、自ら頑張ることの望み続けたことの結果としてうつ病や、燃え尽き症候群といった、精神疾患に至る人が増えた という内容は自分に置き換えても実感を得られるものだった。 だからこそ、筆者が推奨する「半身」での生き方、一つのことに全力を注ぐのではなく、仕事や家庭や趣味等のさまざまな場所に居場所をつくる。さまざまな文脈のなかで生きている自分を自覚する。他者の文脈を取り入れる余裕をつくる。という内容に共感を感じられる本だった。

    13
    投稿日: 2025.08.17
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    タイトルがいいなと思って読みたいと思った。実家で姉と父が既に読んでて、家にあったので読んだ。 この本で表現する所謂ノイズが文中に多くあり読むのにエネルギーを使った。 過去の読書の歴史が長く、啓発表現や筆者の考えが後半の後半だけで短かかった。 人に勧められるかと問われたら難しいが、最後の労働やマインドに対する価値観は新鮮で良いものだと思った

    1
    投稿日: 2025.08.17
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    結論は、情報の取得手段が多様化した後にノイズ(自身の興味の範囲外)のない情報を得ようとしてしまう行動が問題である。 教養の本質は自分の意識から離れたものに触れることであり、除去してしまうことは長いビジネスシーンを駆け抜けるにはリスクが大きい。 なので意図的に情報の取得手段を限定し、本から多くを学ぶよう行動を変えること。(江戸時代や大正の頃の生活文化を例に)

    10
    投稿日: 2025.08.16
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    役職があがって仕事が増えて、プライベートの時間に読書を組み込めなくなった自分にとって、まさにドンピシャなタイトルだった。昔は年間50冊とか読んでた時期もあったのが、今は数冊程度。原因と解決策を求めて手に取った。 思ってたよりも歴史本だった。明治時代から2010年代まで、各時代の労働と読書の関係を丁寧に追いかけていく。最初は軽い新書かと思ったら、しっかりした研究書の側面もある。歴史好きとしては嬉しい誤算だった。 特に面白かったのが、現代の問題だと思ってた「働いてると本が読めない」が、実は大正時代からずっと続いてる問題だったこと。戦前や戦後の小説にそのような記述があるらしく、100年前から同じ状況なんだなと。小説って、歴史書に載らないその時代の空気感を教えてくれるんだなと改めて思った。  1980年代のカルチャーセンターから現代のオンラインサロンまで、大学以外で学ぼうとする人を蔑む風潮が昔から変わらないのも面白い。 最終章の「半身で働く」という提案は理想的だが、著者も絵空事と認めている通り現実的には厳しい。でも自分も管理職として、少なくとも自分の部署ではそういう働き方を目指していきたいと思った。 歴史の流れで現代の問題を捉え直すアプローチが新鮮で、他の社会問題についても歴史的視点から考えてみたくなった。この本をきっかけに、もっと社会の歴史に目を向けた本を読んでみようと思う。

    6
    投稿日: 2025.08.16
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    普段新書は読まない私でも、読みやすい文体と好きな「花束みたいな恋をした」と「推し、燃ゆ」が出ていて一気に最後まで読むことが出来た。 一生懸命働くことは好き。だが、全身全霊働くことが最高の美徳では無い。これは今後の人生観として揺さぶられた。 正直、この本の提言は理想的であり、絵空事といえる。しかし、絵空とは言えなくなる未来が来て欲しいと願う本だった。

    5
    投稿日: 2025.08.16
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    本を読みたくて会社を辞めたという三宅香帆さんの読書論。 かなり話題になったし、実際2024年1番売れた新書だし、新書大賞も受賞されていたので気になっていたけど読むきっかけがなく、最近三宅香帆さんのYouTubeチャンネルを見て読んでみたくなりようやく手に取った。 働いていると本が読めない、疲れてスマホばかり見てしまう、そんな声がたくさん寄せられ、「そもそも本も読めない余裕のない社会はおかしい」と訴えるまえがきから始まり、映画『花束みたいな恋をした』を下敷きに読書史と労働史へと大風呂敷を広げた展開は、よくよく読み進めてみれば、なぜ本を読む事が出来ないのかを、読めなくなってしまった人へ実感させるための仕掛けだった。(ネタバレになるので言及はしないので読んでみてください) 明治・大正から始まり、現代に至るまでの道のりを辿り、作者が1番訴えたかった提言と結論は最終章の3行にこめられている。 もちろん、働きながら本を読むコツについても、あとがきでしっかりと書かれているので、これから本を読めるようになりたいという人たちへの一助にもなる。 ちなみに私はまったく同じ方法やってました。 働きながら本を読める方にも読者人を増やす布教のために読むのをオススメします。

    10
    投稿日: 2025.08.16
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    働いていると本が読めない 自身にも心当たりがある。全身で働かず半身で働くという受注。面白い発想で、実践してみようと思った。半身で働き本やテレビ、趣味を楽しみたい

    2
    投稿日: 2025.08.16
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    本を読む について、時代との関わり、繋がり、人の意識、など、いろんなことを知り、考えさせられた。けど、ただ本が好きだから読む という意見もあると思う。 現代で本が読めなくなるのには、自己実現のために身を削ってがんばってしまうことにある。心身ともに疲労しないよう、著者の半身で生きていこうという思いは理解でき、伝わった。自分だけでなく、周りの人のためにも。

    3
    投稿日: 2025.08.15
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    このレビューはネタバレを含みます。

    ファスト教養について、映画を「観る」人と、「知る」人が存在するという話に共感した。 自己啓発本の普及と労働環境、政治経済とみるみる繋がっていくのは面白かった。 読書をするというのはインターネットのように必要な情報にすぐアクセスできるわけではなくノイズも多い。その分、未知の出会いがある。それが「読書をする」本質なのだと思った。本を読めるということは、自分の中に余白がありノイズを許せる疲労度であること。疲れすぎていたら読めないよね。 読書アカウント作ろうかな~ 帰り道カフェ読書しようかな〜

    1
    投稿日: 2025.08.15
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    とても良い本だった。 中盤は「労働史から見る読書史」といった体でやや硬めの内容ではあるが、タイトルの「なぜ働いていると本が読めなくなるのか」という身近でキャッチーな問いが頭にあるので関心を持って読み進められる。 自分の著者の年代が近いからか、全体を通して漂う「働きたくねぇ」という労働に対する姿勢に親近感を覚えた。 終盤に語られる労働も趣味も全身でコミットメントすることを求める社会への疑念は、自分も以前から感じていたことで関心が高く、読者と結びつけて語ってくれたので自分の心の靄が晴れたような気分になった。

    1
    投稿日: 2025.08.14
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    考え方を見直すきっかけとなった。 冒頭でも記していたようにこの本における「読書」というのは、自分にとっての文化的な行動を指している。 本の大半は近代以降の日本人の本との関係性を当時の社会情勢を交えながらさらっていくというものだが、過去の人間にとっての本のあり方は必ずしも現代のそれではないということを知れて、読書を少し高尚なものとして見ていたが所詮娯楽の一つだと良い意味で考えを改められた。 働き始めてからは特に自己実現の方向性は労働しかないと思いきってしまっていた。自己実現のためには必要な情報を集めなければならないという固定観念を持ちつつあったが、本来読書とは自分の知りたい情報+αを得られるもので、いつしかその+αを軽視するようになっていた。SNSを見る時だって自分の見たいものしか見ていない。少し視野を広げようと思わせてくれた。 本を読めていたあの頃の自分を少し思い出せたような気がする。ノイズを受け入れてたあの時の自分を。

    1
    投稿日: 2025.08.14
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    いわゆるフルタイムの労働時間(週5日、8時間勤務+残業)は長すぎると常々思っていたので、賛同できる内容だった。ワークシェアリングという言葉は以前からあるが、それを本腰入れて実現していく時代になって欲しい

    0
    投稿日: 2025.08.13
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    ただの読書論ではなく、社会や働き方への提言までなされるとは。 半身で働く、生きる世界を望みます。 読書とは、「文脈」のなかで紡ぐものだ。たとえば、書店に行くと、そのとき気になってい ることによって、目につく本が変わる。仕事に熱中しているときは仕事に役立つ知識を求め るかもしれないし、家庭の問題に悩んでいるときは家庭の問題解決に役立つ本を読みたくな るかもしれない。読みたい本を選ぶことは、自分の気になる「文脈」を取り入れることでもある。 半身で働けば、自分の文脈のうち、片方は仕事、片方はほかのものに使える。半身の文脈に 仕事であっても、半身の文脈はほかのもの――育児や、介護や、副業や、趣味に使うことができるのだ。 1冊の本のなかにはさまざまな「文脈」が収められている。だとすれば、ある本を読んだこ とがきっかけで、好きな作家という文脈を見つけたり、好きなジャンルという新しい文脈を見 つけるかもしれない。たった1冊の読書であっても、その本のなかには、作者が生きてきた文 脈が詰まっている。 本のなかには、私たちが欲望していることを知らない知が存在している。 知は常に未知であり、私たちは「何を知りたいのか」を知らない。何を読みたいのか、私たちは分かっていない。何を欲望しているのか、私たちは分かっていないのだ。 だからこそ本を読むと、他者の文脈に触れることができる。 自分から遠く離れた文脈に触れること―――それが読書なのである。 そして、本が読めない状況とは、新しい文脈をつくる余裕がない、ということだ。自分から離れたところにある文脈を、ノイズだと思ってしまう。そのノイズを頭に入れる余裕がない。 自分に関係のあるものばかりを求めてしまう。それは、余裕のなさゆえである。だから私たちは、働いていると、本が読めない。仕事以外の文脈を、取り入れる余裕がなくなるからだ。

    0
    投稿日: 2025.08.13
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    大学生の卒論みたい。 勿論、自分にここまでまとめられる技量は皆無。労働と社会の変化が読書にも結びついているという流れや、ノイズを無くした情報を選び取る社会に自分たちが生きているという意見には納得がいく。勉強になる部分もあったし、自分の卒論も思い出しつつ読んだので星は3つ。 でも結論も他者の言葉の引用に近いし、筆者の主張にはこじつけを感じる部分も多い。文体のライトさも卒論感に拍車を掛けている。同じ事を言葉変えて何度も繰り返す感じも。新書というよりはサブカル読み物のような軽さ。 流れ上仕方ないけれど、「結局現代の我々はなぜ本を読めないのか」の答えは中々出てこない。手っ取り早く知りたい方は終章を立ち読みしよう。そして、結論を読んでも「じゃあどないせい言うんじゃ!」という思いは拭えない。この本がよっぽど社会を変えるくらいのムーブメント起こしてくれない限り現状のまま、自分は読書できないままだろうと感じてしまった。働きながら本をコツも大したことは言っていない。 あときっかけだからって「花束みたいな恋をした」登場し過ぎだわ。飽きるわ。

    3
    投稿日: 2025.08.12
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    このレビューはネタバレを含みます。

    自分が抱えてたなんとなくの不満を言語化してくれてるような本だった。 例えば「入試問題」 近年、分量が増えて制限時間内に早く処理することを求めるものが多い。これはまさにノイズを含んだ膨大な文章から、答えに必要な情報を取得する訓練のようなもので、社会の変動と沿った変化をしている。 これは学力を測るものとして適切なのだろうか。学問を学ぶ・教養をつけることと、社会に適応するために情報を素早く取得する能力。近年の入試問題は目的が後者に傾いているようでとても悲しい。

    0
    投稿日: 2025.08.12
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    第一章の著者の男女蔑視に目眩がし、読むのをやめてしまった。 第一章では『花束みたいな恋をした』の主人公である麦を引きながら、日本人の労働観…特に出世に関する姿勢を分析する。しかし、その中でとにかく麦をこき下ろす。サブカル文化人からビジネス脳になるなんて愚かな行為だという声が聞こえてきそうなほど、こき下ろす。 その一方で、もう一人の主人公である麦にはほぼ触れない。言動は紹介するが、その言動を批評することはない。肯定も否定もしない。本著において、彼女は話を進めるための無色透明な置き物程度に成り下がっている。 私が頭で“男女”蔑視と書いたのは、これが理由である。 特に私が頭にきたのは、著者自身は本書で「仕事してたら読書できなくて辛いので退職しました!」と言っておきながら、生活のために不本意な仕事に就いてその世界で足掻く麦に侮蔑的な視線を送る醜さにである。仕事程度で読書できなくなるのは、麦のように見栄えばかり気にして体力も能力も足りないくせに分不相応な生き方を選んだからだろうと悪態をつきたくなる。 なお、このようは批評は『ファスト教養』でも見られた。『ファスト教養』自体は、「手っ取り早く教養を手に入れるキモい珍獣の生態、皆さん気になりますよね?」という徹底的なほどの差別意識をむき出しにした著作だから、サブカル文化からビジネス業界に堕ちた麦をこき下ろす動機があるのはわかる。しかし、本著にその必要はあったのだろうか? 『花束みたいな恋をした』を引く新書は、麦をキモチワルイ生き物としてこき下ろし、絹を透明無色な麦こき下ろしツールとして使うルールでもあるのだろうか?

    2
    投稿日: 2025.08.11
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    リサーチ力に感服しました。 当時の大ヒット作品を、現在の自分の視点と、当時の時代を生きていた世代の視点から分析しようとしている部分にも驚き、尊敬します。 逆に私は、働き始めてから本を読むようになった人間なのですが、 これだけ情報が散乱している時代に生きている私たちにとって、「読書」とは何だろう。そんなことを考えたくて読んでみました。 人が自分の興味のあることについて考察・研究・言語化しているのは読んでいて楽しいし、その上で自分の考えを改めて見つめ直すのもまた楽しいです。

    0
    投稿日: 2025.08.11
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    このレビューはネタバレを含みます。

    人々における読書の立ち位置、捉え方が時代とともにどう変わったか?を考察し、 インターネット化による情報を得やすい時代だからこその、ある種の選り好みや、それを逆から捉えた"ノイズ"という概念によって、タイトルの問いに迫っていく。 1点、全身全霊が楽。というところだけ、著者の意図を掴みきれず、再読するならその箇所か。

    0
    投稿日: 2025.08.09
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    時代の変遷と、それに伴う読書の(意味や主格の)変遷。読書はノイズを含む、現代社会はそのノイズを許容する余裕がない(全身で働くことを求められる、自ら望む)から、本が読めなくなるという論旨。娯楽である映画もノイズをなくした「情報」として取り入れようとするから早送りで観るという着想は、なるほどと思った。

    0
    投稿日: 2025.08.09
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    社会人になると本が読めなくなるのかの分析。 著者の経験を歴史的背景などから紐解いていく一冊だが、あまり納得感は得られず。 ただ、明治以降のいわゆるインテリ層についての分析は面白かった。 社会人になっても読む人は隙間時間を見つけて読むし、そうでない人は疲れや時間のなさを理由に読む無くなるのかと。(この著者も含めて) もちろん、抑うつ状態などになって読めなくなる可能性は社会人になると激増するのはわかるが。(自分も経験あり)

    1
    投稿日: 2025.08.09
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    手軽に読めて、読書史を知ることもできた。 筆者はpivotというYouTubeチャンネルを出演をきっかけに認知し、妻から書籍を勧められて読んだ。 確かに現代は、全身全霊→半身社会を目指すべきだと思うし、実際に自分自身も仕事と家庭を両立させるべくスケジュール管理をしている。つもり。 ただ、実際のところ残業も月40時間はするし、朝から晩まで職場にいる。 半身社会を目指すべきだと思うが、仕事に温度や体重をかけないと職場が回らなくなる。非常に理想論ではある。 結局は一人一人が今日は仕事頑張る日!今日はとにかく休む!今日は外でリフレッシュする! とスケジュール管理をし、心身をうまく休ませたり、稼働させて、現代社会を生きていくことが大事なのかな。と思う。 無理したら休む。 確かに大事だが、無理をした先に手に入るスキルやアイデアもある。 そう考えました。

    0
    投稿日: 2025.08.09
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    タイトル見た時は、そんなん忙しいからと スマホの普及とかで本より良い娯楽が増えたからだろ、くらいしか思ってなかったけど、結構しっかり時代ごとの日本人と読書の軌跡をまとめていて勉強になった。最後のメッセージ、全身全霊をやめて半身でいこう、にすごく共感。

    0
    投稿日: 2025.08.08
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    Audible にて読了。読後感が素晴らしい本はすぐに☆5を付けてしまうんですが、この本もそう。「なぜ働いていると本が読めなくなるのか?」というタイトルからは遥かな旅から、最終的には毎日を生きる私たちにエールをくれるような本。それにしても、読書から辿る歴史は面白い。同書中に出てくる「ノイズ」という言葉の実践にあたるような本。

    0
    投稿日: 2025.08.05
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    このレビューはネタバレを含みます。

    全身全霊で頑張るのを止める、全身全霊を称揚するのを止める。表題の回答はシンプルだった。 現代人は読書=ノイズでスマホの情報は求めているものだけだから受け入れやすいというのも納得はいく。スマホの情報は玉石混交過ぎてそもそも信用できるかのチェックが必要だからそれ自体が巨大なノイズの気もするが… まあ働き過ぎは良くない。日本人昔から働きすぎよ…というのはよく言われるけど、なかなか解決しない。何かあればお金が足りない、あれは高いこれが欲しい、物欲や見栄、射倖心にキリがないからどうしようもないか。

    0
    投稿日: 2025.08.05
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    読めないよりも読まないが正しいような気もしたし、ネットの方が大いなるノイズだと思うけど…読書の歴史は分かりやすかった…

    1
    投稿日: 2025.08.04
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    同世代の女性が、仕事をして書いた本に、全身全霊で仕事をするのをやめよう、全身全霊を称揚するのをやめよう、と書いていて、ちょっと感動したのでした。今のわたしの抱いている違和感を見事に言語化してくれていた。ありがとうございます!

    0
    投稿日: 2025.08.03
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    ノイズを受け入れる余裕を持つために、まずは個人が半身で働くよう働き方を変えていこうとまとめられているが、短時間で高収入を得られる実力を身につけるために、結局は全身で働くことになりそうだと感じた。 ただ、絞られた情報だけでなく、ノイズと感じるものにも広く触れることが、俯瞰的に物事の流れをつかむためには必要だと思うので、実現方法はわからないが変化を作る努力をしたいと思った。 読み進めやすい文章で引用文献にも興味がでたので、関連するものも読んでみたいと思う。

    0
    投稿日: 2025.08.03
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    目次見てたらあまり興味が湧かず、最初と最後だけ先に読みました。最初は結論はあまり納得できなかったけど、気になるところを拾い読みしていったら面白かったです。働き方や余暇、読書について、考えるきっかけになりました。 読書はノイズ。新しい知識を得ること。ネットの情報が増え、読書が減る。情報はノイズのない知りたいこと。知識はノイズ➕知りたいこと。 シリアスレジャーというお金にならない趣味を生きがいとする人が増えている。 労働小説の紹介は読みたい本があった。 新自由主義は、自分で決定し責任を持つ社会。 他人の文脈をシャットアウトせず、仕事のノイズになるような知識を、あえて受け入れる。それが働きながら本を読む第一歩。

    15
    投稿日: 2025.08.03
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    読書という視点から、過去から現代までの働き方について考えていく本。 今の自分に刺さった。 「全身全霊」が「一生懸命」だと思って仕事をしていたけど、自分を忘れないために半身で働くようにしていきたい。 まずは自分が変わろうと思う。

    1
    投稿日: 2025.08.01
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    このレビューはネタバレを含みます。

    100%納得できる内容。 女性で歳が近めということもあるのだろうが、どの章で語られている内容も、確かにね、なるほどね、って思う事柄ばかりだったし、何より読みやすかった。 全身全霊で物事に取り組むことが楽なのとか共感の嵐。自分も一つの事に全力(以上)で取り組んでしまって思い詰めてしまってメンタルが疲れてしまうことがよくあり、でもそれは自分だけじゃないんだ、みんなそうなんだ、と分かり、そういった面でもこの本を読んでよかった。 引用も多いが、多くの著者の考え方を学びつつ読み進められた。 これからも労働は人生と切っても切り離せないものであるから、半身で働くことを意識して、また周りの人にも意識してもらって取り組みたいと感じた。

    1
    投稿日: 2025.08.01
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    現代に生きる人々が自分の知りたいこと以外はノイズとして遮断していると言う考えは、電車の中で多くの人がイヤホンをしスマホの画面から顔を上げようとしない光景を端的に説明していると思いました。 またそれに至る明治時代からの歴史の考察もとても興味深く、あっという間に読んでしまいました。 結論として新自由主義的な考えで自ら全力で働く事を強制する今の社会は確かに無理があると言う点には同意しますが、働く時間を短くするとイヤホンをしてスマホに齧り付く人が減り、みんなが本が読めるようになるか?と言われるとそこは微妙な気がします。 他者の文脈に触れると言う事をノイズ+知識と言い、何かを知る事の入り口は問わないと言うのであれば、今も電車の中で映画や動画などを観ている人はたくさんいますし、動画でも読書と同じような効果はありそうです。 私はそもそも、自分の外側の世界への関心の有無はその人の土台の部分でそれがあるか否かではないかと思います。 自分から触りに行く事と相手に触ってもらう事には大きな違いがあります。 入り口は何であれ情報を得ていくうちに遠くの他者の文脈に触れる事もあるにはあると思いますが、これも単なる偶然に期待するだけの事です。 生きる土台のない知識を肯定するようなインターネット的な考えだと思ってしまいました。 高度経済成長期やバブル期とは違う自ら生きる道を選び取らなければならない現代と言う時代では、自分が立脚する何かしらの土台を持っていない事は、あまり考えない多くの人にとってむしろ逆に不利になっているような気がします。 本書でもたびたび出てくる映画の話は、私は土台を持つ彼女と持たない彼の差の話であり、2人の間にある階級的なものもいわゆる土台の一種と考えると、その差は当然の話だなと感じました。 「だれでも持っている人は更に与えられて豊かになるが、持っていない人は持っているものまでも取り上げられる。」‭‭マタイによる福音書‬ ‭25‬:‭29‬

    1
    投稿日: 2025.07.31
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    このレビューはネタバレを含みます。

    これまでの日本の労働状況とその時々の読書の位置づけをもとに、なぜ現代の社会で働いていると本が読めなくなるのか分析した1冊。前半は、世の移り変わりについてで、どんな結論になるのか見えなくて退屈する場面もあったが、その前半部分を根拠に語られる現代の見え方、読書の位置づけが腑に落ちるもので面白かった。堅い読書が苦手な人は210ページからの部分からでも核心に迫れるのでいいと思う。帯にあるように、「仕事とスマホで毎日を終えたくない人」にぜひ勧めたい。そして、自分の働き方や生活を見直すいいキッカケになると感じた。 印象に残っているのは、教養とは、本質的に自分から離れたところにあるものに触れること。私たちは、他者の文脈に触れながら生きざるを得ない。だから、現代において、「自分に関係の無い知識をノイズ」として認識しているからこそ、そのノイズを多く含む読書は情報を得るためには遠回りであり、労働以外のことを取り入れる余裕のないぐらい全身で働いているとスマホはできても読書は厳しいという結論部分。タイトルを見てなんとなく感じていたが、上手く表現できなかったところをはっきりと言葉にしてくれたのがとても気持ちがいいし、納得できた。 働きすぎの日本人だからこその部分もあるし、時代によってあらゆるものが登場したり、流行りが変化していったりする中で、読書の位置づけが変わったからこそ、読めなくなった。今の社会の問題にもきちんと向き合ったからこそ出せる結論が分かりやすい。 自分自身も作者と同じできっと働くことが好きで、頑張ってやることを美徳と感じている部分もある。怠惰な自分は嫌い。でも、少しずつ働きながらもちゃんと自分らしく好きなことをするのを大切にしようとここ数年間思えてきていた。そんな自分も好きになれつつあるのが、間違いじゃない。ちゃんと休める時に休んで自分の心の栄養も大切に、働くこと。半身で色んなことに取り組み、心も体もちゃんと自分の居場所を作っておくことが大切だと感じた。私自身にも戒めとしてすごく刺さった。身体は仕事だけにとどまらず、自分が楽しく人生を過ごすための資本である。それを大事にこれからも読書を楽しめるような働き方をしていきたい。

    5
    投稿日: 2025.07.31
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    なぜ働いていると本が読めなくなるのか、その理由を知りたい人には良い本です 我が国の読書の歴史の知識を知れたのも面白かった だが敢えてなのか、どうしたら本を読めるようになるかへの答えは「弱い」と感じた その答えだけを求めるならchatgptでも足りるというのが作者主張では無いかと

    1
    投稿日: 2025.07.31
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    仕事やSNSで忙殺され、読書から遠ざかる現代人の悩みを鋭く分析し、多くの人が「あるある」と感じる内容により、共感できる問題提起をしている。また、読書を通じて「自分の時間」を取り戻し、精神的豊かさや自己理解を深める方法を提示。仕事中心の生活にバランスをもたらす視点も書かれている。 この本は、忙しい日常で読書を諦めがちな人に、読書の喜びと生活への取り入れ方を具体的に教えてくれる実用的かつ心温まる一冊のような気がした。

    10
    投稿日: 2025.07.30
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    全身全霊で働くと本は読めなくなる。 そんな社会になった歴史的経緯を可視化し、それを変えて、半身で働くことができる社会に変えていこうよ、というメッセージ。 そういうふうにしていきたい。

    0
    投稿日: 2025.07.30
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    読書と働き方の歴史についてがメインで、歴史が好きな私にとっては面白かった!ただ、「働きながら本を読むにはどうするか」という内容が出てくることを期待してしまっていたので、少し期待とは違っていた。でも読みやすかったし、私も半身で働いてもっと本を読もうと思わされた!

    1
    投稿日: 2025.07.30
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    簡単に言ってしまえば、皆が全身全霊で働く現代社会において、人は余裕がなくなり、余裕がない時には本を読むことは難しくなる。だから半身で働ける社会を作っていこう。まぁ、そうですよね、という感じの内容でした。

    27
    投稿日: 2025.07.30
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    Audibleで聞いたよ! 今フリーターで半身生活だから本が読めるのだ!!と思ったよ笑 新書って読みにくいものだと思ってたけど、そうでもないかもしれない。(これが異例かもだけど)いろんなジャンルに挑戦したいなって思った。

    0
    投稿日: 2025.07.30
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    いつもYouTubeでお世話になってる三宅さんの本を読んだことがない事に気付き、手に取る。 半身で働く。この歳(43)になり、ちょうど数年前から同じような感覚のもとで半身で働き、読書などの趣味に時間を掛けるようになった。 けど、正直パフォーマンスが落ちた感覚はなく、むしろ充実感が生まれてる。けど、それはこの歳になったからこそのマインドセットだったけど、この本をもう少し早くに読めていればもう少し早く気づけたのかもしれない。 読書は心を豊かにする。 そんな営みの時間はこれからも大事にしたい。

    1
    投稿日: 2025.07.29
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    気になっていたもののなかなか読めずにいた新書大賞本。労働と読書の歴史をひもとき、日本人の「仕事と読書」のあり方の変遷を辿るところが新鮮だった メモ 読書は、自分とは関係ない他者を知る文脈を増やす手段である。 問題は、読書という、偶然性に満ちたノイズありきの趣味を、私たちはどうやって楽しむことができるのか、というところにある。 今の自分には関係のない、ノイズに、世界は溢れている。(略)大切なのは、他者の文脈をシャットアウトしないことだ。仕事のノイズになるような知識を、あえて受け入れる。 半身で働く。 本のなかには、私たちが欲望していることを知らない知が存在している。知は常に未知であり、私たちは「何を知りたいのか」を知らない。何を読みたいのか、私たちは分かっていない。何を欲望しているのか、私たちは分かっていないのだ。だからこそ本を読むと、他者の不満脈に触れることができる。自分から遠く離れた文脈に触れること―それが読書なのである

    12
    投稿日: 2025.07.27
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    半身で働く 表現は違うけれど、まさに自分が今やっていることだった。全身全霊で働いて余裕も無くし、自分自身にも嫌気がさして働き方を変えて一年。半年経ったあたりから回復してきて人と接する時にも余裕を持てるようになってきていた。まさにこれだった。

    0
    投稿日: 2025.07.27
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    なぜ自分は本が読めなくなってしまったのか、それを解消したいと思ってこの本を手に取った方は、今すぐ全てのやるべきことをやめましょう。今やらなくてはいけないことは休息です。 さて、この本では読書とは自分から遠くにある文脈触れること、その余裕がないから本が読めないということだった。そうとも言えると思うが、そうだとしたら、自分の文脈の近くにある本は読めるということなのだろうか?そんなことはなくて、文脈は近くても本は読めないよなって思った。活字をおうほどの活力が体内に残っていない、そんな感じがする。 そう個人的な感想から言えば、疲れていたら読めない、ただそれだけだと思った。 疲れている度合いや、ここまで疲れていたら何々ができない度合いなども人によって違うから、もちろん読める人もいる。合わせて本を読むことが好きな度合いも人によって違うから、同じ疲労度でも、やりたい人や好きな人は読めてしまう可能性がある。 とは言えどんなに疲れていても本を読めるという人はごく一部だと思う。だから繰り返しになるが、疲れていたら読めない、ただそれだけだと思う。 あんなに好きだったことができなくなってしまったというあなた。一度手を止めてとにかく休息です。寝ましょう。子どもが泣くから寝る暇もない?凌ぎましょう。今すぐ解決はしませんが、時が解決してくれると信じて。 可能なら、ちょっと羽を伸ばしてゆっくりすることが、本を読むこと、好きなことをすることの活力を回復させてくれるはずです。 以下抜粋 - そんな明治時代初期に読書界に起きた革命と言えば、「黙読」が誕生したことだ。 江戸時代、読書と言えば朗読(!)だったのだ。(P.35) - ベストセラーとは、時代の空気にベストタイミングで合致した本を出したときにだけ起こる、台風のようなものだと私は考えている。(P.43) - 「痴人の愛」のサラリーマン・譲治も仕事をやめてから小説を読み始めたように、仕事に関係のない教養を身につける余裕のあるサラリーマンは、意外とどの時代であっても、少ないのかもしれない。(P.81) - 懐事情が厳しくなった出版社は、戦前の「円本」ふたたび、と狙ったのである。その狙いはまんまと大当たり。「円本」と同様に新しい家のインテリアとして、「全集」は大量に購入された。(P.108) - ちなみに現在まで続く「文庫」の普及もこの時期だった。紙が高くなり、とにかく少ない紙で本を発行するために考えられたアイディアが、すでに売れている本の文庫化—単行本より小さいサイズでの刊行—だったのであ。(P.108) - 本書は「なぜ働いていると本が読めなくなるのか」というタイトルを冠している。 普通に考えれば、長時間労働によって本を読む「時間」を奪われたのだという結論に至る。だが第一章では、それにしては日本人はずっと長時間労働を課されてきており、現代に始まったことではない、と指摘した。(P.176) - だからこそ本を読むと、他者の文脈に触れることができる。 自分から遠く離れた文脈に触れること—それこそが読書なのである。 そして、本が読めない状況とは、新しい文脈をつくる余裕がない、ということだ。自分から離れたところにある文脈を、ノイズだと思ってしまう。そのノイズを頭に入れる余裕がない。自分に関係あるものばかりを求めてしまう。それは、余裕のなさゆえである。だから私たちは、働いていると、本が読めない。(P.234)

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    投稿日: 2025.07.27
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    確かに、仕事に追われ忙しくて、 本を読む時間は少なくなるだろうけど 「読めなくなる」ってことはないかも? 自分には当てはまらないけど ちょっと気になって読んでみました なるほどぉ。。。と思うこともありましたし 働きながら本を読むコツっていうのも書かれていて 参考になりました。

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    投稿日: 2025.07.26
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    クラスが一緒だったらマジで仲良くなりたい!と、私は三宅香帆の書いた本を読むと毎度思う。 〈半身で働こう〉という著者の意見に大賛成。 育児に大半の時間をもっていかれる私は、すでに仕事は半身。「半身でしか仕事できなくてすみません…」と思っていた。そういえば、半身だから、参加を見送った社内プロジェクトがあった。どう見ても、残業ありきのプロジェクト。参加するのは無理があった。「チッ。みんな半身になればいいのに!」と、そういえばその時思った。 本書は、図書館で予約して、1年経ってようやく手元にやってきた。その前に、VERY2024.10月号にこの本の紹介が出ていて、共感ポイントが多そうで、とても楽しみにしていた。雑誌の一部を引用する。 コーナーのタイトルは、〈願わくば、『仕事』と『お母さん』も半身な世の中に〉だった。 〈育児は短期的にフルコミットが求められることもあるだろうけど、やっぱり半身でやっていくことしか健康に生きる方法はないと思う〉 〈「半身」だから真面目にやっていないわけじゃない。持続可能性を考えているからこそのあり方。その考えが広まっていってほしい〉 この考えには、心底救われた。おそらく出産しているわけではない三宅さんが、こう言ってくれているのはうれしかった。 仕事も半身、家事や育児も半身でも、果たして本が読めるか?その時間を作るには、どうしたらいいのか? 結論から言って、本書は時間術の話ではなかった。 「心が疲れていると本が読めない」 という視点で書かれていて、それはそれで「だよね!」と思う部分も多くて、おもしろかった。 頑張りすぎることを求められる。いつも、いつも。 全身全霊が美徳になる。 もう、そういうのやめようよ…という最終章の著者のメッセージには、たくさんたくさん共感ポイントがあった。 三宅さん、これ、もう、国会議員になっちゃってくれませんか!? 折しも、参議院議員選挙の投票が近づいているあたりで読んでいた私は、こう願ってしまう。 でもハタと思った。国会議員こそ、半身で働くことを(世間の皆さんが)許さないよな、と。税金使って半身で働くってどうなのよ、という話になるよな…と。 本書の話に戻す。 持ち上げておいてナンだけど、ちょっとわからない部分があったので、星はひとつ減らした。 前半に書かれた、労働史と読書史を照らし合わせた日本社会の歴史は、オトナの教養講座、という感じでおもしろかった。 私にとってブクログは三宅さんのオススメする、〈忙しくなったときもとりあえず「次に読みたい本を」が流れてくる環境〉である。次々読みたい本が出てくるためには、ブグログで他の人の本棚を覗いてみるのはとてもいい。納得である。 ただ… 本書でいう「本が読めない」とは、どんなジャンルを指しているのか…途中でよくわからなくなってしまった。 星を減らした理由はココにある。 仕事や生活に役立つようなノウハウ本は、いつの時代も売れているんじゃないのか?と。 三宅さんからしたら、「それは〈ノイズ〉にならない〈情報〉で、そんなものは本じゃない」ということなのか?と。 〈情報=知りたいこと〉〈知識=ノイズ+知りたいこと〉で、インターネットの世界は情報に溢れている。情報を得るのにあたり、本はインターネットには勝てない。そこはわかったけど… 私にとっては、いっぱいある情報こそ〈ノイズ〉感があって、本から得る〈ノイズ〉は煩わしく思ってないような…?と思ってしまって、イマイチよくわからなくなってしまったのだ。自分に興味のある本を手に取ることだって、それが情報を得る目的だったとしても、読書は読書なんじゃないのか?と。 たしかに、心が疲れていると本が読めない状況に、私も心当たりがある。 直近でいうと、育休中だ。 たくさん時間はあったはずだけど、読んでも全然頭に入ってこなかった。 その状態を救ってくれたのは、作家たちの育児エッセイだった。そこからまた、私は本を読めるようになった。 そして、ブクログを始めた。 毎日新聞のオススメ記事で勝手に流れてきた『母娘問題』の記事で、初めて三宅香帆さんを知った。そしてこの本を知った。いわば、「情報」から手にした1冊。 情報と、本が絡み合っているのが私の読書なのかも。 気づけば私は、現実世界がつらければつらいほど、本を、特に小説を読んでいる。そして、自分の関心事を本のタイトルで見つけると、読みたくなる。それらの多くは、情報を得るためのノウハウ本である。 だから、どんなジャンルであっても、自分の心がおもむくままに本を読めたら、それでいいと思う。 三宅さんのいう「本」はなんだかわかったような、わかんないような感じだけど、今、私が本を読んでいる、いや、読めているのは、自分の心が案外健やかな証拠なのだと確信した。 その確信は、ちょっと自分で自分を元気づけることにつながった。 だから、もし三宅さんが同級生だったり友達だったとしたら、「かほちゃん、ありがとうー!私、元気でたー!」と言っていただろうなと想像するのだ。

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    投稿日: 2025.07.25
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    今まで味わったことのない本を読むということの分析でした。スマホの情報取得の意味は考えたことがなかったのでとても興味深かったです。 ノイズを含めた読書というのはとても納得できるなあと思いました。それから半身で働くというのも面白いけど、生活かかっているので理想ではありますね。

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    投稿日: 2025.07.25
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    タイトルからもう少し根拠や説明がしっかりしているかと思ったが、近代の日本の労働史に照らして説いていくのは興味深かった。でも時間が取れないからという理由を突き詰めるのはどうかな。読んでて退屈だった。筆者は半身で働こうと言うが、半身って給与が半分になったら大変よと思う。本を読むからこう言えるのであって、筆者のせいではない。全身コミットメントできる仕事を選ぶのは大事だね。時に読書以上の価値を持つ。ノイズのない情報、SNSの時間は減らさないとなあ。ノイズのない情報って口から出ると分かるんだよね。

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    投稿日: 2025.07.24
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    明治から現代にかけて、読書がどのような役割を果たしていたかが簡潔に纏められている。 花束みたいな恋をしたの例を軸に、過去も現代も読書が同様の役割だったことが示される。 筆者の結論の半身で働くことに共感できないため、評価は4。

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    投稿日: 2025.07.23
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    いやいや、そりゃ働いてたら忙しいから本読めないんだろが!と思ったけど、この本ではどういう分析をしてるのか気になって読んでみた。(あと三宅さんのファンなので笑) 後半は、すぐ情報が手にはいりすぎてしまうネット社会に疲れて読書を始めた私にとって、ほんとそれな!の共感の嵐… この本の前半はノイズだったけどでもおかげで読書の歴史を知れてパワーアップしました。笑 ネットもGPTも便利でいいんだけど、強制的にノイズが入ってくる本もまたいいんだよな♪ ノイズを楽しめるようになってから読書が楽しくなった気がする! 週3日勤務…いいなぁ…(´-`).。oO

    0
    投稿日: 2025.07.23
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    ■はじめに 先日再読した際、この本のタイトルって、やっぱりキャッチーだよなぁ…と、書店で初めて見た時と同じ印象を抱く。 『なぜ◯◯なのか?』という問いかけタイトルは読者の思考を揺さぶる定番技。その問い掛けに首肯する人もいれば、僕のように必ずしもそうとは言えないでしょ〜って思う人もいるわけで。 改めて言われなくたって、働いていると忙しい→疲れる→余裕がなくなる→だから読めない。ごくごく当たり前のこと。 だからと言って、『新卒入社で60歳定年まで働くと約40年。その間、ずっと読めまへんか⁈ 』ってツッコミを入れたくなる。この間、沢山読める時もあれば、ぐっと落ちる時もある。そういう偏りが生じるって当然のこと…と私は思うわけです。 駆け出しの広告マンだった頃、電通のPR局長でディスカバージャパンのキャンペーンを手掛けられた藤岡和賀夫氏の著作『オフィスプレイヤーの道』を読んだ。そこで、一口に働くと言っても3段階あるとステージ論を開陳されていた。 それは労働(レイバー)→仕事(ワーク)→遊び(プレイヤー)という3段階。同じ仕事も習熟度により関わり方が異なる。ステージを進む内にやらされている感は薄らぎ、見える景色も変わり、やがてクリエイティブ思考が生まれ、仕事の中に遊び感覚が芽生えてくる。それがオフィスプレイヤーであると。 そこに至るまでの道程を説いた本で、今もってそう思う。クリエイティブって、別にクリエイティブ職だけではなく、経理や総務もしかり。 …という考えを抱いているので、キャッチーすぎるなと思うわけです。 著者の三宅香帆さんは、はたして僕の疑問に対し、いかに返答するのか?…再び本を開いた。 ■内容 著者は〈働いていると余裕がなくなり読めない〉ってこと、そんなの当たり前じゃん!とは見なさないですな。 むしろ、『それって、どういうこと?』と問い直し、労働史からフェミニズムに文学論までも総動員し、『なぜ本が読めないのか?』という極私的疑問を社会的構造や文化史へと押し広げていきます。 要は…本が『読める・読めない』という二元論を時間の問題だと捉えずに、『どう読むか』『何を読むか』『なぜ読むか』という根本的な問いに転じていく過程が本書の読みどころ。 ■本書のハイライト 読んでいて、一番しっくりし、膝を打ったのは 『読書はノイズが魅力』いう見解。 この意味は、読書とは〈何かを効率的に得る〉手段ではなく、〈何かが気になってしょうがない〉〈全然関係ないことを思い出してしまう〉…。そんな『脱線』が起こる行為であり、それがノイズだと定義し、読書の醍醐味だと畳みかける。 この視点って、現在の『目的意識まみれの自己啓発的読書法』に対する、ちょっとしたアンチテーゼにもなっている。 世は何かつけタイパ タイパのオンパレード。TikTokのショート動画に若年層の倍速視聴…。例えば、『TikTokで小説を紹介するときは、作家名はノイズだから言わないのがセオリー』らしい。なぜなら固有名詞はノイズで、面白いあらすじがあればいい。(なんだそれ⁈) そもそも読書って、実用書や自己啓発本を除いて、効率・非効率という視点で見れば非効率だし、情報を吸収する活動には不向き。心のどこかに『引っかかり』ができたり、極めてアナログで気まぐれな営みである。 ゆえに、読んでる時って、その時の自分の立ち位置・体調・気分・働き方等々…つまり“今の自分”そのものと共鳴し合っているから、同じ本を再読しても、まるで違う手触りになる。 ■総括 本書は『読めないあなたはダメじゃないよ』と優しく寄り添いつつ、同時に『読むって何だっけ?』という問いを静かに差し出してくれる。 大仰に言えば、働きながら本を読むって、それだけで立派なレジスタンスな行為であり、文化的な営為であるんだと。 『本が読めない…』と嘆く人たちへの小さな光になる一冊として、よく出来た“読書の処方箋”でもある。 ■最後に… 僕が抱いた『働いているとそんなに本が読めませんか?』という問いについては、今回再読し、様々な“ノイズ”をかき集め、自分なりの答えを導き出しました。 それは… 『仕事で一人前になるまでは、その間は余裕もなく疲れ果てて本なんて読めません。それが普通です。読めるということは、一人前になったことの証左。新卒でも、35歳で転職しても、60歳定年後の再就職も同じ。一人前というステージ到達までの『揉みくちゃ』期間は本は読めません。そして、また必ず読める時が必ずやってきます!以上!』

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    投稿日: 2025.07.22
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    最近よく著者をSNSで見かけるようになったので思わず手が出る。 【ザッと内容】 日本人と本を明治時代辺りから追っていき、読書量の変化がどのような時代背景と紐づいているか、本の位置付けがどう変わっていくのかを見た上で、現代における読書の位置付けと働きながらも本が読めるようになるための提言した一冊。 【こんな人にオススメ】 ・本を読みたいと思っているサラリーマン 【感想】 これまであまり良い新書と巡り合う機会なく、新書=つまらないと勝手な偏見があったが、本作はとっても面白かった。 本書が訴える本の効用(意図しない情報を受け取ることができる)をまさに体現しており、本著内で語られるサラリーマンの社会的背景と読書の関係性、その経示的な変化はとても興味深かった。 特に「高度経済成長期にあった自分が頑張れば社会は変えられるという空気感から90年代から既にそこに大きな波があり、自分が頑張っても社会は変えられないが、その波にうまく乗れたかどうかで自分は変わるという社会と自分が分断される世界観になっている」という表現には鳥肌がたった。これほどまでに今のサラリーマンの潜在的な感覚を言語化している文章は初めて見たからだ。30代前半にしてこの文章力を持っていることに頭が上がらない。 一方で著書が語る「半身で生きる」という話は完全に消化できなかったというのが率直な感想。「半身≠中途半端」なのだと理解はしたが、どうしても「半身」という言葉からは「そこそこにやる」、「気持ち半分でやる」というニュアンスを受け取ってしまう。ここもしっくりくるワードチョイスができれば⭐︎5にしていた。

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    投稿日: 2025.07.21
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    日本人の労働と読書の関係について解説した本。 現代の人間は必要な情報のみを効率よく得ることを求めているので、予期しない知識(ノイズ)の入ってくる読書は効率が悪い。etc ノイズを許容できるような働き方を目指して、全身全霊を良しとする社会をやめようという呼びかけで終わった。 まぁまぁ日本の労働の歴史の勉強になった。

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    投稿日: 2025.07.21
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    なんと筆者は94年生まれ! やはり同じような感性 改めて本を読むことについて考えた 本読むことで頭使って知識つくことって 大切です必要ですよね

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    投稿日: 2025.07.21
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    結構、全身全霊で仕事と家事と育児をこなしているつもりだけど、読書もしているということは、案外、全身全霊でもなかったのだろうか?と思ってしまった。 歴史背景と読書を掘り下げていくという、なかなか興味深い内容で、この類の本をあまり読まない私は、久しぶりに見る歴史上人物の名前にも、懐かしさを覚えた。 時代が現代になるにつれ、懐かしい本の名前も出てきて、そういえばと思い出すこともあった。 新書はあまり読まないので、もう一度読みたいとは思えないけど、読んで良かったなとは思う。

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    投稿日: 2025.07.20
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    このレビューはネタバレを含みます。

    三宅香帆さんの書籍初体験。 文中で散見される三宅さんの口調(つっこみなど)が脳内再生されてYouTubeでもみてるような感じだった。 読む前の本書の問いに対する印象は、長時間労働+スマホ/SNSの普及が原因で読めなくなってるんじゃないの?と思ってた。が、浅はかだった。。 江戸、明治、大正、昭和、平成、そして令和。 戦前戦後で読書に対する国民の認識がこんなにも流動的に変化していったなんて、興味深すぎた。 そして現在なぜ読めなくなっているのか、その一つの考え方が三宅さんにより提唱された。 何事にも半身で取り組む気持ち、大切にしよう。 ※先日読了したニーチェ「ツァラトゥストラ」や、現在読んでるジョナサン・マレシック「バーンアウト症候群」についても引用されていて、読書は回り回ってつながっているんだなぁ。としみじみ実感した。 ノイズを取り入れる余裕は新しい発見につながるね。

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    投稿日: 2025.07.19
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    働いていると本が読めない理由と、どうしたら読めるようになるのかの答えの部分が斬新でおもしろかった。本の歴史とかベストセラーの流行についても知ることができておもしろかった。

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    投稿日: 2025.07.18
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    毎日少しずつ読み進めてやっと読み終わった。 日本人の「読書」についての時代の移り変わりと共に立ち位置の変化も分かりやすく説明されていたので大変興味深かった。確かに実家に豪華な図鑑セットのような、一度も開いた事のないようなハードカバー本あった(笑) 本は「動画」と違って自分のペースで読み進められるので自分の心と向きあえると思うんですよね。忙しい毎日だからこそ、読書で心のゆとりをもって欲しい。 あなたの好きな物の1つに「読書」が入りますように。

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    投稿日: 2025.07.18
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    流し読みできなくてちょっと疲労しました。 読書のハウツー本ではなくて、 労働と読書の変遷が8割を占めてる。 最後は半身で働く、 読書できる余裕がある働き方を目指そうっていう 働き方の提案やった。 確かに仕事の多忙さと読書時間は反比例する。

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    投稿日: 2025.07.17
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    あまのじゃくな性格なので、あまりにもベストセラーな本は手に取らないことも多いので、今になってしまった。 しかし、ベストセラーと言ってあなどるなかれ。 なかなか気骨のある内容。 「半身社会」大いに賛成。

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    投稿日: 2025.07.16
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    明治以降の読書史を通して、私たちが何故読書できなくなっているかを論評した本である。その理由はズバリ、社会構造の変化とそれに伴う、読書の意義の変化にあるという。読書=単に本を読むこと、と捉えていた私にとって、寝耳に水だった。決して仕事をしながら本を読むためのhow to本ではないが、私たちの仕事に対する姿勢を見直す良いきっかけとなる本だった。

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    投稿日: 2025.07.16
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    時代に合った内容で、自分の関心にもマッチして面白かった。 一方で「ノイズ」という観点はあまり良い説明になっていないと思う。私は「刺激の量・頻度」の問題ではないかと思う。

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    投稿日: 2025.07.15
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    読書がもともとエリート層のものだったことは知らず、意外だった。日本には古来から源氏物語など有名な書物がたくさんあるので、ずっと大衆娯楽的な位置付けかと思っていた。 著者の何事も半身でいきませんかという問いかけには大いに賛成というか、学生の頃に部活に全身全霊捧げてしまい後悔した側面から何事も半身で生きている自分の考えが肯定された結論だった。

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    投稿日: 2025.07.15
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    明治時代から現代の労働と読書の変遷が細かく書いてありました。私自身もこの本をとったきっかけが本の通り働いていて本が読めなくなりました。 なぜ読めなくなるのかと考えた時、忙しいから。 でも携帯を見る時間はあるのに、、 この本と自分の考えが全く一緒でした。 最終章にかいてある全身全霊をやめませんか? の部分を読み終わった後に、私も仕事は全身→半身で働くようにしようと思いました。そうすることにより読書の時間をより確保出来ると感じたからです。 1冊の本には文脈が収められている 作者が生きてきた文脈が詰まっている だからこそ本を読むと他者の文脈に触れることができ、自分から遠く離れた文脈に触れること これが読書である。そして本が読めない状況とは 新しい文脈をつくる余裕がない。自分から離れたところにある文脈をノイズ「雑音」だと思ってしまう。そのノイズを頭に入れる余裕がない。自分に関係あるものばかり求めてしまう。→余裕のなさである 仕事以外の文脈を取り入れる余裕がなくなる。 人生を仕事だけで終わらせたらもったいない。 自分自身が人生を作っていきましょ。 繰り返すようだけど仕事は半身で働き本を読める社会を作って人生を変えましょう! という内容がかいてあり私自身も心をおされた本でした。

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    投稿日: 2025.07.14
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    仕事しているといつしか音楽が聞けなくなったり、本が読めなくなったりしているように感じていたから、ドンピシャのテーマの本に出会って嬉しかった。寝る前にTiktokは見れるのに、本は開けない、そんなことがよくある… 本を読むことで今までの自分の視点に新たな視点が加わって、世の中の見え方、物事の捉え方が大きく変わるようなきっかけに出会えることがある。それが分かっているのに読めなくなるのは、本の情報ノイズになってしまっているからなんだね 仕事をしてる時、今日は何も気にせずに残業ガッツリできるぞ!と嬉しくなる時があるけど、それは確かにおかしい。半身というキーワード忘れないようにしたい。

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    投稿日: 2025.07.13
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    自分が新自由主義を内面化していることに全く気づいていなかった。 コントロールできるものに行動を集中させることを常に意識しており、それが正しいと信じて疑っていなかった。 自分から遠い文脈に触れる機会がないとだめだなと心から感じた。

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    投稿日: 2025.07.13
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    このレビューはネタバレを含みます。

    話題になっていたこともあるけど、やはりタイトルでやられちゃった本。だって知りたくなるもんね。 一見関係なさそうな日本人の読書の歴史から始まり、タイトルに掲げた問いにつながっていく。 コスパ、タイパの時代。教養はそれに対極をなすものになってしまった。自分自身に直接関係ない本を読むって、金と時間の無駄なんだ。 それでも私は教養こそが大切だと思っている。仕事柄大切にしているところもあるけど、自分をつくる上で大事なんだ。 読みたい本はたくさんあれど、時間は限られている。死ぬまで毎日1冊ずつ読んでも、きっと全部を読むことはできない。 だから私は人生を無駄にしないために、できるだけの時間を読書に充てる。 そう心に決めていれば、仕事はしていたって本は読める。

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    投稿日: 2025.07.12
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    三宅香帆さんの『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』を読んで、まず印象的だったのは「全身全霊で働くことが正しい」という価値観が、自分を苦しめることがあるという点だった。仕事は人生のすべてではない。もし人生の中心を仕事に置いてしまったら、読書のような自分の大切な時間すら楽しめなくなってしまう――それは、私が望む未来ではないと強く感じた。 また、読書についての考察にも深く共感した。読書とは、ノイズを含んだ娯楽であり、単なる情報とは異なる。他者の文脈に触れることで、自分とはまったく違う場所や価値観に出会える。それこそが「教養」であり、読書をする意義なのだと改めて気づかされた。私はこれまで、効率よく「正解」に近づける自己啓発書ばかりを手に取っていたが、それは読書というより“情報摂取”に近かったのかもしれない。 本書を通して、自分の内面だけでなく、社会や文化といった外の世界に目を向けることの大切さを実感し、新書をもっと読みたいという気持ちが湧いた。そして同時に、疲れたときはきちんと休むこと、その余白もまた人生に必要なのだと気づかされた。

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    投稿日: 2025.07.12
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    読書史や労働史にかんする記述と読書離れに対する著者の見解はおもしろかった。 終盤の「半身で働こう」という凡百な主張の繰り返しにはやや辟易した。 終章で本書を航海だの旅路だのと喩えていたのは自己陶酔的で鼻についた。勘弁して欲しい。

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    投稿日: 2025.07.11
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    働き方の歴史と読者を絡めた視点がおもろい 半身で働こう 読者はノイズなのでノイズを受け入れられるライフスタイルを!

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    投稿日: 2025.07.10
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    最初の労働と読書の歴史は難しく感じたけど、その後の何故読めないか、何故ネットならみれるのかが分かりやすくてよかった。学生よりも社会人になってから始めた読書、2年目になってからより読書を楽しめるようになった理由がわかった気がした。 本が読める社会にしたいと思う三宅さんの思いと理由に、ふと涙が出そうになった。半身の社会に私も賛成したい。そんな社会になるように、私に出来ることは本を読み続けることかな。

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    投稿日: 2025.07.10
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    面白かったし、引用の本のチョイスがいいなあと思った。センスが良い。最後の結論もサッパリしていて良かった。中途半端にちょっとずつやることって結構難しいけど、たのしいよなぁ。わたしは半身社会に向いてると思う。

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    投稿日: 2025.07.08