
総合評価
(1438件)| 334 | ||
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powered by ブクログ各時代のベストセラーから読書と労働の歴史を紐解き、そこから現代における情報・教養・知識との関係性、さらに社会提言的なモノが掲げられていた(?)。 巷で話題のライフワークバランスの文言もあり、なるほどな、と思いました。
0投稿日: 2025.10.25
powered by ブクログいい本でした! 半身で働くという本人の意見までの持っていき方が1冊の論文として最高でした。過去の労働史と読書の歴史が折り重なって最高の本でした。幸せな時間すぎたなあ。
12投稿日: 2025.10.22
powered by ブクログスマホゲームはノイズがない=コントローラブルな娯楽。インターネットも必要な情報しか出てこない。 対して読書は、何が向こうからやってかるかわからない、知らないものを取り入れるアンコントローラブルなもの。ノイズ性がある。 他者の文脈というノイズを受け入れる余裕を持つこと。それが働きながら本を読む一歩
2投稿日: 2025.10.21
powered by ブクログ中盤までずっと日本の読書史のような話で、これはいったい何になるんだろう?と思っていたが、最後の結論にとても納得した。 自分から遠く離れた文脈に触れること、それが読書で、その文脈は普段ノイズだから、ノイズを取り入れる余裕がなくて読書ができない、ということだと思った
2投稿日: 2025.10.19
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
働いてると本が読めなくなるのは本の価値が明治と比べてノイズになるから優先度が下がる。なるほど。 同年代の方が書かれてたので読みやすく一気に読めました。
1投稿日: 2025.10.19
powered by ブクログ現代人がなぜ本を読めなくなるのか、というシンプルな問いに対し、答え=「情報」をただ示すのでなく、そもそも日本人と読書はどのような関係だったのか、からはじまる「ノイズ」に溢れた「読書」体験を与えてくれる書だったのかなと思う。
8投稿日: 2025.10.19
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
小難しい パズドラ コントローラブル 読書 アンコントローラブル 言わんとすることはわかるけど、スッとは腹に落ちないのは全身タイプだからかな 半身社会になったらその半身をパズドラに捧げてしまう人もいそう(多そう) AIの隆盛でますますノイズは除去されてしまうだろうなとも思った
0投稿日: 2025.10.18
powered by ブクログめちゃくちゃ面白かった! 新書って実は初めて読んだのだが、文中に入っている知識の量がとんでもなくて圧倒されたし、読み終わった今、こんなに教えてもらっていいんですか?!めちゃくちゃお得では?!?!となっている。 三宅香帆、恐るべし。 なんで読みやすい文章を書くんだろうと感心しっぱなしだった。 最初の方は明治から始まるので、へぇ〜そうなのか程度の興味で読み進めていたが、八章から最終章までは自分が生きてきた時代ということもあり、共感の嵐とあれってそういう事だったのか!という腹落ち感満載で楽しく読めた。 読書についての話であり労働についての話で、結論に共感しつつ、しかし理想論でもあるので、どうやったら自分自身実現出来るのだろうかと考えてしまった。考えさせられるってことは良い読書が出来たのだなと思う。 余談だが、三宅さんが出ているYouTubeで、本を読んでいて気になる部分には付箋を貼るのではなくページ端をどんどん折っていくと言っていたので、途中から真似してどんどん折っていった。本を曲げたり書き込んだりするのが嫌なタイプだったけど、案外いいかも。自分が自分のために買った本だし。
1投稿日: 2025.10.17
powered by ブクログ読書論✖️労働史➕読書する人への応援 とても面白かった。さすがの新書大賞2025。 人はなぜ、読書をするのか。その位置付けが、時代によって変わってきたことを時代を映すベストセラーや世相から読み解く。 私たちの(読書の)敵はスマホだけじゃなかった。自己啓発書や新自由主義、ゆとり教育と「自己実現」を強調する就職指導…などなど。 ところで、自己啓発書とは?と、本書を読んでふと疑問に思った。本書のジャンルはなんだろう?教養書であり、自己啓発書でもあるのでは?教養について書かれた自己啓発書?個人的には大いに啓発された本でした。本当に面白かった!
0投稿日: 2025.10.17
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半身社会で生きたい。 さまざまな分野において「半身」を取り入れるべきだ。「全身」に傾くのは容易だ。しかし「全身」に傾いている人は、他者にもどこかで「全身」を求めたくなってしまう。「全身」社会に戻るのは楽かもしれない。しかし持続可能ではない。そこに待ち受けるのは、社会の複雑さに耐えられない疲労した身体である。
1投稿日: 2025.10.15
powered by ブクログ日本人に読書が果たしてきた役割とその距離感を、歴史を追って解説し、現代の社会人と本との向き合い方に1つのアイデアを提言。 歴史を見れば今ほど自由に本を選べる時代は無い。こんな幸運を使わないのはもったいない。だが現代はあまりにもやることが多過ぎて時間が不足しがち。 仕事や家庭のことも大切だが、それらに折り合いを付けつつ、作者著者の世界に没入できる時間を確保してみては、そのためには1つのことに全力投球しない半身社会が望ましい、という話。 全力社会に比べて半身社会は考察と意図的な行動が必要なので多くの人が面倒を嫌い避ける。だからこそやってみる価値がありそう。
1投稿日: 2025.10.15
powered by ブクログ三宅さんの本を初めて読みました。 人生の、のりしろを持ったり、ちょっとゆとりのある部分を大事にしたり、そんな風に今後の人生を送れたらと思いました。 もっと本が読みたい!
11投稿日: 2025.10.14
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「半身で働く」という考え方が、今の自分の悩みに寄り添ってくれるような気がして嬉しくなった。 三宅さんが、大好きな本についての話を通して、これからの働き方を一緒に考えていこうという本だった。
1投稿日: 2025.10.14
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図書館より 珍しく読了。 うん、確かに読書量減った。 スマホいじってる時間が増えた。 でも、こうしてメンタル切り替えて読書できてる(マンガ読んでる(笑)) 大事なコトだね。
3投稿日: 2025.10.13
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全身全霊で働くことをやめて、半身で生きる。 知識はノイズが乗った情報なので、ノイズが乗らないネットによる知識は見れるが、ノイズが乗る本は読めなくなる。
1投稿日: 2025.10.13
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限られた時間の中で、自分も知りたい情報を知るために、ノイズをキャンセルしてしまっていることに気づいた。 この本を読むときも、最初のところは飛ばして、8、9だけ読んだ でも読書には、自分とは関係ない文脈を増やしてくれる手段がある 読者する時間を作るために、半身で働く、頑張ることの大切さを教えてくれた一冊
2投稿日: 2025.10.13
powered by ブクログ働いているとなぜ本が読めなくなるのか、と言う命題に対して、戦後の労働と読書の関係を紐解き、最後には働くこと以外の文脈を取り入れる余裕がでないからと括っている。 著者が意識しているかは不明だが、私にはこの本自体にもその時代背景、ベストセラー、引用などかなりのノイズが含まれていると感じた。 途中あまりの情報量にちょっと挫折しそうになったが、最終章に入ってからあー私にとって今のノイズはあれだったのかと皮肉にも実感。 著者の述べる他の文脈を取り入れる余裕がある働き方、生き方の社会にしていこうというのは大賛成。 本が読めなくなった時は自分の働き方を見直すように心がけたい。
2投稿日: 2025.10.13
powered by ブクログずっと気になっていた新書 「あの本、読みました?」を見ていると、幾度となく紹介されていて気になっていた 「労働」と「読書」の関係を明治時代まで遡り、ベストセラーと照らし合わせつつ紐解いていく 意外に興味深く、面白く読めた その時代時代にどんな本が流行り、その背景にどんな出来事があったのか 日本人にとって読書はどんな位置づけだったのか なるほどなぁと、とても分かりやすかった 働いていても読む人は読むし、読まない人は読まない SNSの本の紹介についてもサラッと出てくるが、自分はあまりYouTubeやTikTokを見ないので読書に影響はないかなぁ 楽しみ方は人それぞれで良いのではないか と、思う
18投稿日: 2025.10.11
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著者 三宅香帆 1994年高知県出身 年齢が近いから興味を持ったし、感覚が近くて面白い <読書したタイミング> 2025年9月 ちょうどトップ営業員座談会企画を終えて一息ついていた頃 本屋に寄って、タイトルに惹かれて購入した 個人的にも、最近業務で本が読めていなかったことや、宅建の試験勉強をしているから読書時間が勉強になっていたからだと思う 本を楽しみとして読みたいと言う気持ちが無意識にあって、この本を読むことでより純粋に読書を楽しもうと思えた <感想> 個人的に初めて、読みたいところだけを読めた たくさん読むことや、頭に入るために興味あるところだけを読むと言う人の話は聞いたことがあったが 実行できたのは初めてだった、無意識に頭に入ってこない部分は飛ばした 結果後悔はないし、読んでも覚えてないだろうと感じるから、良いスキルを得た <気になった話題> - 本が読めなくなったから会社を辞めた - なぜインターネットはできるのに読書はできないのか - 司馬遼太郎はなぜ70年代のサラリーマンに読まれたか - 読書とはノイズである - 本が読めない社会なんておかしい - 娯楽が情報になる日 - 全身全霊をやめませんか <本が読めなくなったから会社を辞めた> - 就職して読書が減った - スマホは見れるのに読書ができない - 仕事に没頭していると読書ができなくなる <なぜインターネットはできるのに読書はできないのか> - 映画「花束みたいな恋をした」を題材に趣味があって付き合った男女が仕事に寄ってすれ違いが起きて離れてしまう様子を分析している <司馬遼太郎はなぜ70年代のサラリーマンに読まれたか> - 通勤電車と文庫本は相性がいい - また戦後に高度成長期を迎えている日本は長時間労働が賞賛されるような環境が整っていた - そこに逆境から活動量で掻い潜る主人公がいる司馬遼太郎作品は読者のヒーロー心をくすぐっていたのではないか <読書とはノイズである> - パズドラはできても読書はできない(映画から分析) - どんどん情報が溢れてきて不要な情報を排除して必要な情報のみを取得する時代に入る - インターネットやゲームは不要な情報が入ってこない - だからこそ読書は不要な情報も偶発的に入ってくることからノイズと感じられるのではないか <本が読めない社会なんておかしい><娯楽が情報になる日> - 情報とはノイズが除去された知識である - 読書はノイズ込みの知識である - 自分から離れた情報を取得することを楽しむ - 一般教養とか、人間力とか、そんな表現が近い <全身全霊をやめませんか> - 長時間労働を求められている私たち - 結果、燃え尽き症候群となる、鬱病になる - 仕事も家庭も趣味も、それ一つだけして生きていくなんて不可能(それが一番楽だが) - だからこそ半身で働くことを推奨する - 全てやらないといけなくなっている中全身全霊で働けるという意識を変えたほうがいい - それぞれ、半身で仕事も家庭も趣味も楽しむように動くべきである 『総論』 疲れている時は読書ができない、というか情報が頭に入ってこない、よくそういう体験もする それは仕事しすぎの問題がある 経験と共に労働時間を減少させている 家族との時間を大切にするように改善している 結果、読書をする時間も増え始めた ただ情報として入れるのではなく、娯楽として楽しめるようにしたい 朝、仕事終わりのカフェ、とか、読書する時間を意図的に作るように改善しよう 今後、人間的に成長するにはもっと余裕と人生を楽しんでいる姿が必要である
2投稿日: 2025.10.11
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
この要点を、書評(レビュー文)風にまとめます。 書籍レビュー:疲労困憊の現代社会に問いかける「読書」の意味 「最近、本を読まなくなったな」と感じる現代人は多いでしょう。私も当初、その原因はTikTokやYouTubeといった手軽なスマホ娯楽にあると思っていました。 しかし、本書が指摘するのは、その深層にある**「現代の長時間労働」という社会構造です。単に「読まなくなる」のではなく、「読めなくなる」ほど、私たちは仕事に全力を注ぎすぎ、趣味や教養に心を傾ける気力さえ奪われている**というのです。この指摘は、私自身の「忙しくなると趣味の行動ができなくなる」という実体験と重なり、深く納得させられました。 本書は時代の変遷を追って読書環境を論じ、論旨は明快で分かりやすい(レビューには「卒論味」とありましたが、構成の丁寧さでしょう)です。しかし、最終的な提言が「仕事半分趣味半分で生きる」といった理想論に留まっている点には、正直「それができたら苦労しない」とツッコミを入れたくなりました。 慢性的な人手不足の中で「働きすぎるな」と言われても現実的ではない。読書だけでなく、あらゆる趣味嗜好から人々を遠ざけている**「働きすぎ」という病**に対する、根本的な社会の見直しが急務であることを痛感させられる一冊です。
1投稿日: 2025.10.11
powered by ブクログ明治以降から現代までの読書の位置づけ、労働との関係性を説明しつつ、現代で読書を積極的に選択しなくなっている背景を説明されており、新しい視点で読書という行為を理解することができた。確かに、タイパ、コスパを優先し、自分の欲しいものだけを提供するSNS、インターネットに心が向き、他人の文脈を理解し、自分に取り入れるか否か判断するというちょっとストレスが掛かるかもしれない行為である読書は、自己実現・自己責任が求められる社会では、疎まれるという事なのでしょう。 しかし、自分が検索し選択した情報や意図を持ったアルゴリズムにより提供される情報だけでは、偶然の出会いは得られず、時間とエネルギーを使っても、読書は少しづつでもしていきたいと思わせていただけた本です。
3投稿日: 2025.10.11
powered by ブクログなぜ働いていると本が読めなくなるのかの答え 仕事以外の文脈を取り入れる余裕がなくなるから すごく共感しました。 余裕がないと早くて手軽に知れるような情報媒体にしがみついてしまうんですよね。 今は必要なくても今後の人生、回り回って必要になるかもと思いながら読書していきたいです。 私の場合はスマホの電源切って、静かな部屋で黙々と読むのが1番かなと思いました。
3投稿日: 2025.10.10
powered by ブクログまず、ここに働きながら年間150冊読むオジサンが存在するし、もっと読む人を何人も知っているので、本書のタイトルの命題は偽である。 作者はそんなことは百も承知で、出版社(エージェント?)と協議の上、売れそうなタイトルとしてこういうことになったのだと思う。 で、本書はタイトルの命題を科学的に掘り下げるのではなくて、日本人の働き方と読書の歴史(近代史)を紐解いていく。 で、ベストセラーをピックアップしながら、行きすぎた自己啓発ブームのなれの果ての問題を明らかにするのは良いとして、結論としては日本人の息苦しい働き方が本を読めなくしているという、浅い結論で着地する。 浅い。 労働研究なんて山ほどあるのに、一個人としてのフィーリングをもとに問題提起して結論が着地できず、自己防衛の丁寧語が溢れている感じが好きでない。 冒頭に戻るが、それでも読んでいる人がいる以上、問題提起すら崩れてしまうというのに。 ベストセラーを追いながら、自己啓発で読者を煽りすぎたが故に、誰も読まなくなった仮説とか、そんな展開で構成すれば、もう少し価値ある内容になったと思うんだが。 久しぶりにイマイチな本を読んでしまった。
2投稿日: 2025.10.09
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
気にはなっていたけれど、「今さら読まなくてもいいか」と思っていた。似たような本はもういくつも読んでいた。 「忙しくて読めないですよね。何で読めないのか分かりますか?スマホ見てますよね。読むための時間を作りましょう!朝活です!通勤電車、昼休み、バスタイム——ほら読めた。」 ってオチだろう。なので「読まないで良い本」認定していた。 しかし初版発行以来、平台にずっとある。本屋に行くたびにアピールしてくるのを必死に無視していた。 ところで「実はおもしろい古典のはなし」と言う本をご存知だろうか。古典を身近に感じる良本で、古典に大はしゃぎしている著者のひとりの語り口に魅了された。その著者が三宅香帆さん。 「あの人が書いた本なら面白そうだな」とやっと手に取ったら、想像と全く違う本だった。 まず、執筆にあたりどれだけの文献をあたったか。凄い量の引用に驚かされる。 明治時代から「人々はどんな風に読書をしてきたか」「どんな本を読み、その時代の背景には何があったか」が引用とともに考察される。インターネットの時代になり、私達が得る「情報」に対する付き合い方がどう変わって行ったのか。自分の読書歴の中にも思い当たる話がある。 今、人間がどんどんアホになっている気がする。知性・情緒・教養、そんなものを手放す事に抵抗がない人が増えている気がする。自分は娯楽としてだけではなく、その流れに抗いたくて読書をしている気がする。 これは読書指南の本ではないと思う。 「教養」を巡る戦いと社会変革への提言の本だと思う。(大袈裟かもしれない) 後半にこのような主張がある。 『本のなかには、私たちが欲望していることを知らない知が存在している。 知は常に未知であり、私たちは「何を知りたいのか」を知らない。何を読みたいのか、私たちは分かっていない。何を欲望しているのか、私たちは分かっていないのだ。』 三宅さんがどんなふうにこの「知を巡る戦い」を続けていくのか。 自分の戦いとともに、これからも見届けたい。
6投稿日: 2025.10.08
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ブクログ話題の本で気になった『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』(三宅香帆)。 読んで思ったのは…… 仕事も家庭も趣味も、 ほどほどに。 でないと後に待っているのは燃え尽き症候群と鬱。
4投稿日: 2025.10.06
powered by ブクログ「読書はノイズ」 「ノイズ」大いに結構! 色々吸収すればいいと私も思いました。 「半身で働く社会」 働き手の減るこれからの社会。 みんなで仕事を分け合って、協力し合って仕事をなしとげる。そして、読書の時間も作れ! そして、我々もだけど、中にご高齢の方や障害のある方、外国ルーツの方…、色んな方が入っていて、大切なのはそんな働き方で食っていける社会であること! 興味深く読ませてもらいました。
2投稿日: 2025.10.06
powered by ブクログ私は本の虫とは言うほど、本を読んでたわけでは無いのですがやはり社会人になり働くようになってからは時間を読書に使うと言う事をしなくなりました。それがストレスになることはありませんでしたが… タイトル的にどう言うアンサーが帰ってくるのかすごく気になり読み始めましたが、内容はかなりアカデミックなもので軽い気持ちで読み始めてしまった私はまぁまぁ戸惑いました。 世代別の情報に関しての考察、ノイズとしての情報の感覚、わかりやすい中にも読書の近代史と言うべき情報をふんだんに盛り込まれていて結果かなり引き込まれました。 わりと私はノイズを心地良く処理できるタイプなのかもなと言う気付きと、半身で仕事をする大切さを諭され、ほんとにそうだよな!と言う気持ちで読了出来ました。 2025年8月12日
9投稿日: 2025.10.05
powered by ブクログ立ち寄ったカフェの本棚にあって思わず手に取った本。本好きなのにずっと読書量が減ってしまい…共感。 帰宅後にAudibleで続きを読んだ。読書本かと思ったら、最終的には働き方本だった。 中間は読書と働き方の歴史の内容だった。そんな着眼点で歴史を考えたことがなかったので、ちょっとびっくり、目から鱗。 また、知識と情報の違いをしたことがなかった。 私自身、Audibleでも仕事関連の本は倍速で聞くけれど、好きな作家の小説は少しゆっくりめな速さで聞くのもその違いかなと思った。 文中で各時代の様々な本が紹介引用されていたけれども、それらもまた読んでみたいと思った。
3投稿日: 2025.10.05
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
趣味としてか、教養としてか。新聞での連載や広告を機に読むって、あるよね。私もそう。 好きな事を仕事に!で育った世代なので、仕事で自己実現しなくてもいい、には心に刺さるものがあった。でも少しくらい関心がないと、働く事がただの苦痛になるよね。半身の働き方は理想だけど、会社の成長的にはどうなんだろう。ただ労働時間を短く、というだけの主張は、日本経済の終焉が見えてきそうで怖い。でも本は読みたい。ほんと、どうするのがいいんだろうね。 身につけるべきものを探す作業。自分とは。どう生きるか。自己啓発本はまさにそれだけど、そうでない文芸書や写真集でも、自分の「好き」を発見できる楽しさがある。たくさんの気づきに溢れてるんだよなぁ、本って。 ところどころで若さが見える文章。良くも悪くも。あとがき記載の「本を読むコツ」は都会暮らしの独身向け。田舎は車通勤だしカフェないし。 本を読むコツに、図書館を入れてほしかったな。あそこは本屋がない町にとって宝物。雑多でジャンルが分からなくて、だからこそ予想外の出会いがある。新刊も結構早く入ってるから、逆に心配になる。本屋さんで買える人は買ってほしい。 欲しい情報をストレートに求めるには、確かに本は向いてない。でも本よりスマホに流れるのは、それだけじゃないと思う。少なくとも私にとっては、お金の問題。スマホは通信量はかかるけど、知りたい情報やゲームがほぼ無料で手に入る。スマホは触るけど本は読まない、には、お金をかけるかどうか、金銭的な余裕も関係してるのでは。ここにも触れてほしかったな! 巻末記載の参考文献、ものすごい量だったけど、あれ経費かな、羨ましいな、と考えちゃう貧乏人。際限なく本が買えたら幸せだけど、現実の私は図書館に通う。(この本は書店で購入) いろいろ思うところはあるけれど、大変興味深い考察だった。
2投稿日: 2025.10.05
powered by ブクログ同じく本が読めなくなっているので、同志ではなかろうか!と思い読ませて頂きました。 原因を、読書の歴史から読み解かれた時には、そっちの方向からかーい!と、焦りましたが ガツガツ読み進んでしまった… みんなが楽しんで本を読める日を待てる気がしてきました。
2投稿日: 2025.10.04
powered by ブクログ先に読んだ「好きを言語化する技術」とは文体も内容も雰囲気がだいぶ違って戸惑いました。 読書やベストセラーの歴史が大半で、あまりピンと来ず、自分には難しかったです。
3投稿日: 2025.10.04
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
ここ数年、仕事量も増えたし、子どもも生まれてくれたしで、明らかに読書量が減っており、「なぜ働いていると本が読めなくなるのか」というタイトルは、まさに自分のことを言われているようで、発行当初から気になっていました。 読み始める前は、一人ひとりの時間は1日24時間と有限で、その限られた時間を、 働く時間に回すのか、 読書(を含めた趣味)の時間に回すのか、 あるいは、家族との時間に回すのか、 という選択肢の中から、働く時間に回しているから本が読めない、ということを証明していく本なのだろうと思っていました。 実際に読み始めると、、良い意味で期待を裏切られました。 構成としては、日本人の働き方の変化と、それに伴う読書の位置づけの変化が、時代背景の解説と共に進んでいきます。 面白いのは、その時代解説自体も他者の色々な「本」からの引用を基に行われていること。 その引用「量」も然ることながら、引用「元」もあらゆるジャンルから持ってこられていて、著者の読書に対する熱量が伝わってきます。 そして、これも読書好きな方が書いているからこそだと思うのですが、冒頭に引用されている小説の内容が実はこの本の骨子だった、と、終盤になるにつれて伏線が回収されていく感じが、「だから、こういう構成を選んだのか」と思わず膝を打ちました。 やっぱり、読書はいいですね。 そう思わせてくれる良本でした。
3投稿日: 2025.10.04
powered by ブクログ人々と本(読書)について労働の歴史と共に分析されており、大変興味深くてよかった SNSで得られる情報と本から得られる情報の違いについても成程と思えて面白かったと思う 三宅さんの本は他の本の事も沢山書かれており、出てきた書籍についても興味が出るので積読がさらに増えそうだ
8投稿日: 2025.10.04
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
非常に読むのに時間がかかった! 私が普段小説しか読まないからか 単純に難しい文章に追いつけていないからか 偏差値がみあっておらず、 最初から8割くらいは、眉間にシワを寄せて何回も往復しながら読みました。 あとがきは簡単で読みやすかったです笑 ↓内容に触れています!ネタバレ 要は、仕事に全身注いでて インターネットは自分が知りたいことだけ知れるから、本が読めんくなるんだわ。 仕事波半身にして、ノイズという知などを入れれる余裕をもちながら読書他を続けていけるように 皆で支え合っていこうやん てきなことを だいぶ過去の歴史から 働き方と読書などの娯楽、人々の移り変わりを 紐解きながら さまざまな文献を参考にして 説明されていた。 明日から、半身で生きていこーう
6投稿日: 2025.10.03
powered by ブクログ著者は語彙の引き出しが豊富で好きだ。本書は気になっていたものの手に取らずにいた。理由は、"私は今が1番人生で本が読めているから"だ。答えもどうせ働いていると時間がなくなるからだろう、と思っていた。なぜそんな私が本書を読む気になったかというと、"本"ではなく"映像"が観れなくなったからだ。以前まで好きだった映画やドラマ鑑賞がまったくできなくなった。『マイリスト』や『後で見る』には積読本のように作品が溜まっているのに、時間が出来きても見始めて数十分でやめてしまうのだ。これは何かがおかしいと感じた。アニメはギリ観れる。1時間は長い、2時間は映画館に拘束されないと無理。 ああ、その答えが本書にはあった。今日はよく眠れそうな気がする。
11投稿日: 2025.10.03
powered by ブクログ勝手に想像していた内容をとても良い意味で裏切られました。まさかの、「本や図書館、出版業界」と労働による読書時間や読む分野の傾向の変遷といった感じの内容かと思います。本に携わる仕事をしている私自身にとって興味深い内容でした。 もっとゆるく働いて読書を心から楽しむ事が許される社会全体であってほしく、この本をみんなに読んで頂きたいです。
4投稿日: 2025.10.03
powered by ブクログちくしょう、労働のせいで本が読めない! そんな作者の言葉からくすりとさせられました。 読書と労働についての近代史をわかりやすくまとめていて、近代史の苦手な自分でも、明治のベストセラーって学問のすすめじゃないの!?や、おお、この文豪は知ってる……なるほど戦後ってこんな時代なのね、そして青春を生きた時代がどんな環境で、読書の空気はどう変わったのか、電車男なつかしいな……と割と身近に思えるところから、作者の言葉もわかりやすく紐解いていたので新書本だけどとても読みやすかったしおもしろかったです。全力の労働は、心と体を壊してしまう、という言葉に身に覚えもあり作者の最後のメッセージは読書も含めて、自分がやりたいことをやるためにこうなる世の中ならいいね!という気持ちも伝わってきました。 読書好きの方に読んでもらいたい一冊です。
13投稿日: 2025.10.03
powered by ブクログ読書は静かで手軽な趣味というイメージはありますが、本気の読書は心身ともに元気でないと取り組めません、というのがテーマの本です。まさにそう。 教養と情報の違いがわかりやすく記述してあり、スマホでニュースなら読めるのに読書ができなかった理由がわかってスッキリしました。 もっと本読むぞー!
10投稿日: 2025.10.02
powered by ブクログこの本を読めば、働いていても本が読めるようになるようなハウツー本ではない。明治以降の近代から現代にかけ、労働者は何を求めてどんな本を読んでいたか、そして、これから私たちは労働とどう付き合っていくのかを書いた本。読書好きが読んでこそ面白い本だと思う。 女性とカルチャーセンターの章で、大正9年生まれの亡き祖母が、60代の頃に申し込みするでもなく、カルチャー系の通信教育の新聞チラシを熱心に読んでいたのを思い出した。 戦時中に結婚、夫不在で子供を産んで間もなく未亡人に。その後は子供を育てながら仕事には就かず、姑・小姑と同居生活の青年期を過ごしているわけで、今思えば教養に対する渇望あるよなって。
6投稿日: 2025.10.01
powered by ブクログ本が好きというのは幼少の頃からで、それが私のアイデンティティーにもなっている。 その思いはずっとあったが、ふと気づくと本を読んでいない自分がいる事にショックを受けていた。ショックと言うか、本が好きだからいつでも本は読めるだろうと思っていたかもしれない。スマホやPCでゲームをしていたり、仕事で疲れて本を読めないでいる時はそう思って、本が好きな自分を保っていた。 本書は、社会人が本んが読めなくなった原因を日本の読書史から考察するものだ。個人的に斬新な切り口だった。 読書史を読み解くと、社会人は昔から読書というものについてどのように向き合ってきたのかが分かる。 読書についての悩みはこういう事かもという気づきと同時に、本は意識しないと読まないと実感じた。 そして、改めて読書を実施すると、本は何て面白いんだ!と実感する。 自分自身が本が好きなんだと改めて実感したし、本が好きということも声高らかに主張していきたいと思う。
11投稿日: 2025.09.30
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
読書と労働について明治時代から振り返って、 その時代の特色をまとめていて面白かった 当たり前なことだけど時代によって好まれる本って全然変わってくるね 仕事に熱中しすぎて自分を壊さないようにしないとなあ そして新しい業務が増えても、部署の中で立場が変わっても、部署移動したとしても 働きながら本を読み続けたい
4投稿日: 2025.09.30
powered by ブクログAudibleで聴読。 本が読めない原因を知りたい人にとっては、遠回りになる内容で、明治大正時代の教養の歴史や当時の人はいつ本を読んでいたかなどが書かれていた。 近年のファスト教養の時代には合わないが、伝えたいことは、時間の余裕があったり、余計な(ノイズになる)情報を楽しめる人が本を読めるようになるということだ。余計だと思った情報が後々繋がって価値を生むことがあるし、その経験をしたことがある人が本を読み続けられる人かと感じた。 けして、教養がないことに焦って本を読んだり、他者からの優越感を得るために本を読もうとすると読めなくなるのだと思った。
5投稿日: 2025.09.30
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
情報過多のこの時代において、ノイズと表される読書は効率の観点から選ばれにくいのは共感できます。情報集めるだけでも疲れ切ってしまいますので。インターネット社会になる前は教養、修養として本が選ばれるのはよくわかる。
2投稿日: 2025.09.29
powered by ブクログ近代史に遡って現代までの労働者の状況、本の位置、娯楽や社会について解説。 ざっくり、労働時間の増加とより興味ある娯楽の存在、本の価値観による。 確かに疲れてると読む気力がなくなるが、毎週図書館に通い、タイトル借りでもなんでもよく、読める自信がなくても借り続けること。 166冊目読了。
12投稿日: 2025.09.28
powered by ブクログタイトルを見て気になり、目次を見て読めるかなと不安になった本。 長々と読書を取り巻く文化の移り変わりについて述べられていて、正直途中は離脱しかけたが、最後の方はよい。 ノイズの有無の観点から読書とインターネットについて語られている点もよかった。 一方で、読書の能動性と動画の受動性について触れなくていいのだろうかと思った。
4投稿日: 2025.09.28
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
読みたい本があるのに、気づけばスマホばっかり見てしまう、、、。その習慣から抜け出したくて読んでみました。文章はスルスル読めるし、映画「花束みたいな恋をした」も観ていたのでシーンを思い返しながら読めて分かりやすかったです。 面白かったのは、本がどうやって社会に広まっていったかを歴史とセットで解説してるところ。それから「読書はノイズ、スマホは情報」っていう考え方。確かに仕事と育児で溢れていて、ノイズを入れる余裕がないのかもと、自分のことを思いました。 でもノイズ=自分から遠い文脈のことに触れない人生ってつまらないので、定期的に遠い文脈に触れられる生活がしたいです。やっぱり本読みたい、、、。 ということでこれからは、自分と趣味が合う人をフォローして、本を見つけやすい環境にしたいなと思いました。「半身で働く」っていう一番の提案については、今はちょっと難しいので、余裕ができたら、ということで、、、。
2投稿日: 2025.09.28
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
読書にはノイズが多く、SNSやネットの情報はそうではないから楽、という視点にはそうかそうかと共感できた。が、読書にまつわる歴史的変遷は、図書館で調べたような卒論のような記載ぶりで、少しあっさりし過ぎでは、と感じる。全体を通して著者が若いことが文体?からなのか滲み出ていて、半身で仕事しようよ!と提案されても、そんな気軽に、、、などと斜に構えてしまう。メディアへの露出も最近多いようで、インスタなど覗いてもみたが、著者自身、本当にそれが半身の働き方なのか?と心配してしまう多忙ぶりを感じた。
1投稿日: 2025.09.27
powered by ブクログなぜ働いていると本が読めなくなるのか? これはなにも本に絞った話ではなく、仕事と自分の趣味.娯楽を両立するのがなぜ難しくなっているのかを考えさせる本である。現代の働き方について明治以降の働き方の変遷をふまえて解説されている
1投稿日: 2025.09.27
powered by ブクログタイトルから単なるハウツー本かと思ったら、深い中身でした。おもしろいです。 明治大正の頃から、労働者の状況と、読書が果たしてきた役割が分析されています。戦前までは教養をつけたい、戦後は娯楽として。それが時代ごとの労働者の意識と立場が反映したものだという論説が、その時々の出版物から引用されて展開していてなるほどと思います。 そして現在。スマホとの対比、情報とノイズ。新自由主義まで掘り下げて、自己実現、自己責任の風潮と、全身全霊がんばることに、そうじゃない社会であるべきではと投げかけてくれたのが、光明を見た気がしました。 本が読めないのは自分だけのせいじゃない、ですね。 半身で仕事して、本を楽しんで読みたいです。
11投稿日: 2025.09.27
powered by ブクログ独身未婚中年男性の自分が読んでみました。 もうわかり味が激しい、以外に言葉が浮かびません。 思うところはいろいろありますが、1点だけ。 ジェンダーとも関係があるかもしれません。 私自身、本書で出てくるような「半身で働く」ことをしたいのですが、残念ながら今の日本では男性が稼得能力から解放されることはなさそうです。 働くことが男女問わず全員、週20時間程度の労働で月収40万円ぐらい稼げれば、今の日本が抱えるいろんな問題はだいたい解決されそうな気がするんですけどね。 (現在自分は週40時間働いて、大卒初任給程度の給料で、手取りはギリギリ20万円を切っています) 本書中に引用されている映画「花束みたいな恋をした」でも、男性が全身全霊の労働を求められているわけですが、この映画も男女が逆転していたらおそらく成立しないわけです。 自分自身は子どもの頃から、外で働くことはおそらく向いていないだろうという感覚は持っていました(競争が苦手な自分は、労働が競争を強いられるものだと認識)。小学生の頃、クラスで先生が、生まれ変わったら男と女どちらになりたいかという話で一時間授業をしていたのですが、そのとき私は女になりたいほうを選びましたが、50人近いクラスで半数が男子の中で、女になりたいを選んだ男子は私を含め4人だけでした。 もっとも、自分の「女になりたい」は(専業)主婦として家庭に入りたいという意味でしたので、現在では(専業)主夫という選択肢もあるわけですが、その場合、相当家事能力なりコミュニケーション能力なり、働く女性にかわいがられる要素を持ち合わせた人でないとなり得ないので、かなり難しいです。 (他責にはなりますが、子どもの頃料理なども努めましたが、自分が作った料理を父親が食べなかったことがあり、そのことがトラウマになって料理を作ることもしなくなったため、料理は今でもまったくできません) 自分も男性がゆえに、夜道で襲われる確率が格段に低いことなどは自覚していますし、そういう優位性は持ち合わせているわけです。でも、自分の性格が変わらないのであれば、来世は女性に生まれて、好きな男性に守ってもらえるように尽くす人生を生きたいなと思っています。 今の世の中、マッチョなマジョリティ男性にでも生まれない限り、生きづらさを感じないことはまずないんでしょうね。もっとも、そうした人たちは人を傷つけることにも思いが至らないので、それよりは自分の人生のほうが人の道には反していないかと思うことで、溜飲を下げています。単なる嫉妬なんですが・・・。 そんなことまで考えさせられる、良書でした。
2投稿日: 2025.09.27
powered by ブクログ読書を切り口に労働や社会の変遷をまとめた本。なぜ働いていると本が読めないのか、の結論はおそらく誰もが思いつくであろうことではありますが、時代とともに読書の在り方がわかったのは面白かった。 著者の三宅さんの本好き、そして読書を推奨したい気持ちが伝わってきます。 また論説している部分とご自身の気持ちや想いを伝えるときの言葉選びやトーンが変わるので、お若い方なんだろうなということも感じます。(良くも悪くも) 祖母の家に同じ体裁の本がシリーズで置いてあり、図書館みたいだなと不思議に思っていた謎が解けました(笑)
4投稿日: 2025.09.23
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
タイトルの通り、現代人がなぜ本を読まなくなったかを論じている。面白かったのが、(仕事とは直接関係のない)知識を得るための「教養」と、自己鍛錬による「修養」の対比。自分は自己啓発本やスキルアップの類の本をまったく読まないが、読書には偶然性による新たな知識を求めているということなのだろう。
3投稿日: 2025.09.23
powered by ブクログタイトルから、すごく薄っぺらいものを想定しており、避けていた一冊。三宅さんのYouTubeなどをみて、なんだか面白い予感を感じ取って読んでみた。 やられた。切り口、語り口、どちらも最高。 ここ15年くらいの労働史の振り返りから、自分がいかに時代の考え方にしっかり染まって生きてきたか、認識できた。そこまでネガティブな意味ではなく、自分のアイデンティティなんてそんなもんという、人間なんて周りに規定されているんだという、そんなもんだと思えた。 諦めではなく、自分の考えの相対化や、他社への押し付けは厳禁という意味で。 ありがたや。
9投稿日: 2025.09.23
powered by ブクログ〜自分から遠く離れた文脈に触れること−それが読書なのである〜 これが読書の楽しみ。 「全身」が過去のもので「半身」が望むべき新しい生き方?それこそノイズや自分から遠く離れた文脈に触れることが減ってしまうのでは? 全身も半身もどちらもあったらいいと思う。というノイズが言える社会。
3投稿日: 2025.09.21
powered by ブクログ明治からの働き方や考え方の変遷が、ちょうど最近読んだ本とつながっていて、個人的に面白い読書になった。 ついつい仕事人間になりがちな自分を戒める一文をメモ ・疲れたら休むために。元気が出たら、もう一度歩き出すために。他人のケアをできる余裕を、残しておくために。仕事以外の、自分の人生をちゃんと考えられるように。他人の言葉を、読む余裕を持てるように。私たちはいつだって半身を残しておくべきではないだろうか。 なんとなくだけれど、半身で生きるというのは、何か一つのこと(仕事とか、考え方とか、)に依存せず、複数の依存先をもっておく、ようにも感じたり。 以下メモ 1990年代に起こった変化は、社会と自分を切断する。仕事を頑張っても、日本は成長しないし社会は変わらない。現代の私たちはそういう実感を持っている人がほとんどではないだろうか。・・・そのような環境が、ポジティブ思考という「行動」で自分を変える自己啓発書「脳内革命」のベストセラーを生み出したのだ。 牧野は自己啓発書とは社会を遠ざけようとするジャンルであると語る。・・・自己啓発書の特徴は自己のアンコントローラブルな行動の変革を促すことにある。つまり、他人や社会といったアンコントローラブルなものは捨て置き、自分の行動というコントローラブルなものの変革に注力することによって、自分の人生を変革する。・・・自己啓発余は「ノイズを除去する」姿勢を重視している。 90年代のバブル崩壊を経て、2000年代の新自由主義社会化による労働環境の変化を受けた若者たちは、もはや消費で自己表現することは難しくなった。その結果、労働そのものが「自分探し」の舞台になったのである。 倫理や教養は常に過去や社会といった、自分の外部への知識を前提とする。しかしそのような外部の知識を得るには、そもそも持っている文化資本が必要である。知識の前では歴然として、経済資本・文化資本の差異が見える。 新自由主義(ネオリベラリズム) 国家の福祉・公共サービスが縮小され、規制緩和されるとともに、市場原理が重要視される社会のことである。このような社会においては、資本主義論理、つまりは市場の原理こそが最も重要だとされ、国家の規制は緩和されるため、企業間の競争は激しくなる。同時に、個人の誰もが市場で競争する選手だとみなされるような状態であるため、自己決定・自己責任が重視される。・・・もし、これを読んでいるあなたが「自分の責任でやりたいことをやるべきだ」「失敗しても、それは自分のせいだ」と思うことがあるならば、ひと昔前なら「社会のルールに問題があるのかもしれない」と発想をしたかもしれない、ということを思い出してほしい。新自由主義的発想は、私たちの生きる社会が作り出したものである。 21世紀を生きる私たちにとっての問題は、新自由主義の能力主義が植え付けた、「もっとできるという名の、自己に内面化した肯定によって、人々が疲弊してしまうこと」なのだ。・・・ ハンが名付けた「疲労社会」とは、うつ病になりやすい社会のことをさす・それは決して、外部から支配された結果、疲れるのではない。むしろ自分から「もっとできる」「もっと頑張れる」と思い続けて、自発的に頑張りすぎて、疲れてしまうのだ。
13投稿日: 2025.09.20
powered by ブクログ「現代人は必要な情報ばかりを求めている。自分が今必要と思っていないものや展開が読めないものいわゆるノイズがたくさん書いてある本を読むことができない。snsは自分が得たいと思うものだから疲れていても見れる」 要は我慢できないということだ。 似たような話を聞いた。 朝井リョウがオードリーのオールナイトニッポンにゲスト出演したときだ。 「エロを言語化しようとしてみた結果、その人がコントロールできない状態がエロいと考える。僕はコントロールできている部分が好きなのでインタビュー部分が好き。若林さんの言う「最高の自分磨き」が出来てしまうことで、うまくいかないことに対する免疫が落ちてる世代なのかもしれない。」 最近の若者は我慢できなくなっている。自分のコントロールできないものへの免疫が落ちている。 だからこそ無駄を愛したい。非効率なものを愛したい。そんな余裕のある人間になりたい。
4投稿日: 2025.09.19
powered by ブクログ基本的には文系脳による論文で組み立てたバルサ材の楼閣的な考察なんで文系臭が激強。 自分で過去を調べて考察するのではなくて、先人論文をいっぱい引用して、それらを土台にして論を展開している。そもそも、その手の論文の信憑性はどうなんだろうとか気になってしまった。文系なんちゅうもんは、結論ありきの適当胡散臭論文だらけなんだから。 「本を読めなくなる理由」はあくまで著者の考察なので、本を読まなくなったという実態の切り口は本書の意見以外にも存在する。提言に関しては月並みで、無理矢理感があった。問題設定と題名で大いに売れた本なんだろう、そこはうまくやった。 本の主張に対していちゃもんつけられたら案外に理屈っぽく反論してたのをみた。理屈や論理力にかなり自信を持ってるらしい。ちょっと驚いた。お気持ちエッセーのつもりじゃなかったんだと。
1投稿日: 2025.09.19
powered by ブクログ「働いているとなぜ本が読めなくなるのか」を探るため、近現代の読書について振り返りを通して、それに答える(提言する)といった内容。読書の変遷が知れてとても面白かった。 問いに対する答えが、現代の読書のあり方に帰着する。そこから先の提言については若干の強引さがあった。そもそも著者の中で、2000年代以降に主流になった本たちは、読書の対象なのだろうか?あと提言内容が、単身者(または時間が自由に使える人?)の視点から出られていない感じがしました。 近現代の読書事情がわかる9章辺りまではとても楽しく読めました。
26投稿日: 2025.09.18
powered by ブクログ半身の気持ちで心に余裕を持つ意識を持つ事って確かに大事だなって思った! 本って自分自身が今知りたい事(=情報)だけでは無いから、知りたくない情報はノイズとなる。こういったノイズを受け入れる余裕を持つことが大事とのこと。確かにな〜。 何かに集中して、周りに余裕がなくなってしまった事が人生でかなりあって反省してる。だから、心にスペースを空けておく。自分を大切にしながら生きていきたいな
5投稿日: 2025.09.18
powered by ブクログ話題になっていたので、読んだが特別面白いという感じはなかった。 わかるけど、それが難しいんだよねっていう内容だった。
5投稿日: 2025.09.18
powered by ブクログ働いているとなぜ本が読めなくなるのか、の問いに対して、読書の意味や目的の歴史的変遷を辿りながらの考察。サラッと読めてしまうようで、丁寧に因果関係を確認したりすると深く難解な箇所もあり、読み応えのある一冊だった。 単に趣味としての読書についてだけでなく、ノイズを避けたくなる状態の背景にある社会についての課題提起に及んでおり、似たような課題意識を持っている身として共感。一方で、「半身」については個人的にも切望しているし三宅さんの提案に乗るのだが、実現という意味ではどうしても理想論過ぎる印象が否めない。とはいえ、社会の課題でありながら、一人一人がどうするかこそが大事なテーマだとは改めて感じた。
10投稿日: 2025.09.18
powered by ブクログ読む前は、どうやったら働いていても読書の時間が確保できるのか、というライフハック的な内容をイメージしていたのですが、そんなものはあとがきにさらりと書かれているだけで、結果的には非常に歴史の勉強になった一冊でした。 労働者の、労働に対する向き合い方の変遷を、書物、読書、出版ビジネス等を通して表現されていて、リアルな歴史を感じ取ることができた気がします。自分自身、この本によって働くことへの認識が変わった気がして面白かったです。 最後には筆者自身の提言もあり、興味深い内容でした。 本書の影響で「花束みたいな恋をした」も視聴してしまいました。 あと、膨大な引用や文献リストから、筆者の読書に対する「好きが止まらない」感じが伝わってくる気がしてそこにも好感が持てました。
8投稿日: 2025.09.18
powered by ブクログ昨年の12月に図書館で予約して、順番待ちでやっと読めた。 というか、予約していたことを忘れてた。 読んだ感想としては、 途中までの論調について少し危ういなと思った。極めて自分基準でものごとを評価する。大正時代の人はすでに我々と同じ感覚を持っているんだ!と、現代の私たち基準で述べてるが、これは逆で、いまだに働き方、労働観が変わってないだけなのでは、と思った。 また、わかりやすくするためか「今で言えばSNSでこうしてるみたいなこと!」と例えるのだが少し無理矢理な部分がある、物事を単純化しすぎている。単純化すれば衆愚は喜ぶ・ついてくるのかもしれないが、本著の語り口的にその態度はどうなんだろう…。 そして最終的にはこういう社会にしようよ、と提言があるのだが、 私としては多様な労働観とそれに対する受容があるほうがいいと思っていて 一生懸命働く人がいたっていいし、著者が提言するような働き方があったっていいと思う。 結局ゼロ百みたいな提言って息苦しい。 私は仕事が悔しくてでも楽しくて、もともと好きな読書は余暇でもあり、仕事に活かすための強みだ。超疲れてても「頭と身体のリフレッシュのために」行き帰りの電車で本を読んだり、休日に本を読んだりしてた。 本著を読んだ前後で変わらない考えとしては、 仕事をしていて読書ができない、の要因は、時間がないか体力がないか、という、物理的なものしかないと思ってる。だって時間と体力があれば、仕事全力でがんばってても、読みたいなら読めるよ本。 それに、本は「必要な情報にノイズが混ざったもの」「ノイズがあるからいまの働く人は読書を選ばない」と著者は言うが、いま働いてる人でクリエイティブなことをしてない人はいない、どの人にも偶然の知=ノイズは必要だよ、そんな(ノイズがあるから読書を選ばない)人、いる?? ノイズがあるからこそ本を読むでしょ。 と、納得いかないところも多々だったが、カルチャーセンター(に対する認識)の変遷を知れたのがおもしろかった。カルチャーセンターって老人の暇つぶしのためのものだと思っていたので、もともとは違ったのだなと。 もともとは教養を求めるもの→中には小説講座から女性の芥川賞受賞者も出た/働いてるとカルチャーセンターには行けない→主婦の暇つぶしと見られるようになった
1投稿日: 2025.09.18
powered by ブクログ日本大学図書館生物資源科学部分館OPAC https://brslib.nihon-u.ac.jp/opac/opac_link/bibid/1000347742
0投稿日: 2025.09.18
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
確か東洋経済で紹介されていた本だったと思う。日本人における労働と読書の歴史がテーマになっており、初めて知ることも多く「なるほど」と思う点もあった。ただ、タイトルからイメージしていた内容とは異なり、正直なところ期待外れだった。タイトルから自己啓発書のような実用的な指南を想像していたのだが、そうではなかった。結びでは「全身全霊で働くのではなく、半身で働くことから始めてほしい」と提示されていたが、具体性に欠けており「それはどうすればよいのか」と疑問が残った。評判になっている割には、特別面白いとは思えなかった。
2投稿日: 2025.09.17
powered by ブクログ「簡単じゃないか。活字はハードル高いけど、パズドラは子どもでもできるぐらい直感的だから疲れててもできるんだ。」 「活字より絵本、絵本よりアニメがラクなのと同じ。」 ……と思いませんでしたか? そんなレベルじゃなかった。 感動しました。 是非ご一読……いや必読です!!!!、!、!!
4投稿日: 2025.09.17
powered by ブクログタイトルを最後で無理やり回収した感!!素直に読書史的なタイトルにしたらいいのに!だってほとんど読書の文化史なんだもの!その内容自体は面白いのに!
4投稿日: 2025.09.16
powered by ブクログはじめから終わりまで、わりとスラスラと読み終えました。読みやすく、手応え抜群の一冊です。 映画『花束みたいな恋をした』を観た私も同じようなことを考えたので、まさにその謎、違和感を解決してくれた本でした。そして麦よりも絹寄りでありたい私の根拠を述べてくださっており、働いていても本を読んでいいんだ、仕事はあくまで半身でいいんだぞ、と。まだ、周りには誤解されることもあるかもしれないが、私はこの生き方を堂々としたいと、そう思えることができた本でした。
4投稿日: 2025.09.16
powered by ブクログ働いていると本が読めなくなるというタイトル通り、大正時代くらいからの読書、労働との時代の流れについて知ることができました。 読書の変遷を辿っていく構成のため、若干中弛み感も否めなかったです。 「半身で働く」や「ノイズを受け入れる」といった考えを得れたのは非常に良かった。 最初らへんの章と終わり2章は何度も読み返したいと思えるほど勉強になりました。
3投稿日: 2025.09.16
powered by ブクログ長時間労働とノイズが原因。 たしかに週40時間は働き過ぎだ。 燃え尽きるまで頑張らなくても価値がある、全身全霊じゃなくても半身でいいと思える社会になってほしい。 社会がなるのを待つ前に、自分が思おう。 最近読んだ「仕事なんか生きがいにするな」でも、現代は有意義病(休日ですら有意義に過ごさないといけない)にかかっていると書いてあり、なんかリンクする。 過去の流行音楽を知っている、というのは教養なのか・・・ 教養とは本質的には、自分から離れたところにあるものに触れること。 情報とは読者が知りたかったことそのもの。 知識は情報+ノイズ。文脈や説明の中で読者が予期しなかった偶然出会う情報のこと。 仕事で自己実現することがもてはやされる時代 新自由主義…自己決定権と自己責任論 読んだ本 ・推し、燃ゆ ・映画を早送りで見る人たち ・何者 ・舟を編む ・コンビニ人間 ・夢をかなえるゾウ ・電車男 ・自分探しが止まらない ・13歳のハローワーク ・ノルウェイの森 ・窓際のトットちゃん ・さくらももこエッセイ 気になる本 ・ファスト教養 ・痴人の愛 ・花束みたいな恋をした(映画)
4投稿日: 2025.09.16
powered by ブクログ私は三宅香帆さんの『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』を、次作が近日中に出版されると知り、その前に著者の考えを頭に入れておきたいと思い購入しました。 本書では「本が読めなくなった理由」を、明治時代から現代に至るまで様々な書物を引きながら解説しています。批評家である三宅さんならではの幅広い視点から、本の歴史や読書文化の変遷が語られていて、とても刺激的でした。 とくに印象に残ったのは、働き方についての考察です。現状の働き方に対して、著者が自分の言葉で提言している箇所は、もっと深く聞きたいと思わされるほどでした。 そして本書の結論は「何事も半身で過ごし、そのうえで本を読もう」というもの。私自身も、仕事のスタンスや考え方を少し変えて、自分に優しくしながら読書を楽しんでいきたいと感じました。 一気に読んでしまったので今は余韻と疲れが残っていますが、改めて読み直し、著者の文脈をもっと深く理解したいと思っています。
4投稿日: 2025.09.15
powered by ブクログ2025新書大賞とのこと。そんなものがあったこともよく知らなかったが(苦笑)。なんかすごそうな賞をとったし、題名も以前から気になっていたので、読もうと思い、前に買ったのだが積ん読状態の本の一つだった。 数週間前に本棚に目を向けたときに、この本を見つけ、そうだこの本買っていたっけと思い、読むことにする。 全くもって、働いていると本を読むことはできなくなるものである。 私は、この本は忙しい中でも本をうまく読む方法的なものを学べる本なのかと勝手に思っていたのだが、そんな内容ではなかった(しかし、あとがきにちょっとしたそんなコツも書いてあります)。 働いているとなぜ本が読めないのかという社会論みたいな内容でした。 働きながら本を読める社会。 それは、半身社会を生きることに、ほかならない。 なるほど、働いているとなぜ本が読めないのかを社会論までつなげてしまうのか、と思いました。そこまで話を広げていく作者のものの見方に感心してしまいました。私はそこまで考えを広げることはできないなと、自分の考えの浅はかさもつくづく痛感してしまいます(苦笑)。
15投稿日: 2025.09.15
powered by ブクログ私も日常でスマホゲームやドラマを観る時間(本書の中でのパズドラ)はあっても本を読む時間が社会人経験長くなるにつれて短くなっている気がしていた。 そんななかこの本が話題となり、やっと手にとれたが本を読むことは情報+ノイズを取り入れること、 となっているからというのに納得した。 読書の立ち位置を歴史とともにみていくと、 その時代により読書の役割があったのだとわかる。 本は流行が反映されやすいものだからか時代によりジャンルやどんな文体が流行るのかも変わってきていた。 著者が半身の状態で本を読める余裕をもつこと推奨していた。 簡単なことではないし医者など命を扱う職業は週休3日は母数が増えないと難しいとおもうが、 私自身は今後常にといわないまでも読書できる気持ちの余裕をもった生活をしたいと思った。
6投稿日: 2025.09.14
powered by ブクログスマホを見る時間が多くなり、本読んでないなーってタイミングで情報が入り、即買い。 これからもたくさん本読んで、いい「ノイズ」知って、もっともっと楽しい人生過ごしたい!
2投稿日: 2025.09.14
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
話題の本。 タイトルからもっと主観的に書かれてるイメージもあったが、どうしてどうして。参考文献のページだけで8ページ、しっかり客観的な論説が述べられていた。半分くらいは、明治から令和にかけての、読書事情のようなものが、それらの引用も伴いながら書かれていた。 ただ著者は我が子とほぼ同じ年代。それ故に、私が肌感覚で知ってる、或いは想像できる事柄も少しあり、見解が異なる部分もあった。例えば、土曜の夜の「全員集合」。文脈から、世のサラリーマンも見てた感じになってた。けど、その時代を知ってるものとしては、アレはやはり当時の子どもがメインの視聴者だったんでは…と。当時のサラリーマンである父は、少なくともあの手のバラエティ(?)は好まなかった。見てたのはナイターのようなスポーツ系、時代劇(大河も)、ドラマも主にNHKだったと思う。あの時代の大人からすれば、あの番組は漫画やテレビ漫画(アニメ)と同類ではなかったかな⁇ それにしても『花束みたいな恋をした』を一つの象徴として持って来たのは効果的だった。実際、私も覚えてたシーン。働き始めてパズドラしか出来ない、というもの。あの話、どうも坂元裕二さん自身の体験に依るものがあったみたいで、筆者が意図してるのとは別のニュアンスもあった気がするけど、表現としてはバッチリこの本の主題と重なってた。 要は、「本すら読めない社会なんて」ということなんだろう。ワークライフバランスという言葉が市民権を得た今こそ、手に取るべき本なのかもしれない。というか、流行りというつもりはないけど「生きのいい内に読むべき」という感じもする。 いろいろな気づきも得られたけど、なかなかこういうところにまとめるのは容易ではないな。
3投稿日: 2025.09.14
powered by ブクログ労働環境の変化と読書の歴史がまとめられていて、単純に「へー」と面白かった。「なぜ現代人は本が読めないのか」の答えに辿り着くまで、この歴史を知らないと、「新自由主義」の考え方にどっぷり浸かった私たちは多分腑に落ちない。 最終章の著者の労働に対する提言は、絵空事だけど共感できる理想だと思う。人に優しくするには、「知識」が必要だもの。
10投稿日: 2025.09.14
powered by ブクログ借りたもの。 現代を映すようなタイトルだと思ったが、そもそも日本人は何故「読書をする」のか?読書は「教養」なのか?「娯楽」なのか?など、その根本を紐解きつつ、日本の社会人の読書する歴史を紐解いていく。 読んでいると、そこには社会人(読者層)の「階級闘争」――時代が下れば闘争という自覚は無くともそういった意識――があったことが意識させられた。 「教養」←→「娯楽」、「エリート(文化的生活)」←→「労働」という対立、分断、競争構造とも絡めて分析している。 現代の象徴のように取り上げ有れている映画『花束みたいな恋をした』では、長時間労働と文化的趣味は相いれないものとされるが、長時間労働は明治期から問題視されており、それでも明治期では読書人口が爆発的に増えた時代であったと指摘する。 ここから、日本人と読書の歴史を追ってゆく。 明治期前…つまり江戸時代まで読書といえば「朗読(音読)」が主体であり、それが明治期の活版印刷の普及と「言文一致運動」によって黙読が普及する。それによって目で読みやすい文章にする、句読点のある文章が普及した。 インテリ(エリート)階級と労働者階級。それを隔てる指標が「教養」であり「読書」だった。 明治期は一部エリート層のものであった読書階級は、時代が下れば大衆に降りてきていく。 大正、昭和と経て、そこには労働階級からインテリ階級を目指そうとする、憧れ、見栄も織り交ざってゆくように感じた。 各時代の書物のミリオンセラー(多くの人々に読まれ指示された)それらは、読書の大衆への普及に伴い、知識教養というより「自己啓発本」か「娯楽」へと遷移してゆく。 インテリ(教養)どこ行った? それでも、時代が変わっても変わらないものが見えてくる気がした…… それは「いかに時代合わせた生き方ができるか」であり、本の内容はその世相を反映する。 知識と情報の差異は、情報=知りたいこと、知識=ノイズ(他者や歴史や社会の文脈)+知りたいこと。 そしてインターネットは情報のみの世界である、という指摘。 現在の書籍の象徴のような自己啓発本を「ノイズを除去する」姿勢であるという指摘は、なるほど鋭い。 昨今の片づけ、断捨離ブームも、不要なものを手放すという点で、正に「ノイズの除去」に他ならない。 ……それだけ現代社会は物質的にも、情報にもあふれかえっている訳だが。 やはりと言うべきか、文中に牧野智和『日常に侵入する自己啓発』( https://booklog.jp/item/1/4326653930 )が紹介されていた。 スマホゲームばかりやってしまうのは、やはり短絡的に成果が得られてしまう、そういうシステムだからでは無かろうか。 ゲームはそういう仕組みだし。その辺はあまり絡められていないけれど、ノイズが除去されたものの文脈のひとつとしてか。 教養は娯楽にとってかわられ、娯楽でさえ情報となった。 タイパ・コスパ重視の傾向とやらに警鐘を鳴らす言説をよく聞く。 私もその通りだと思う。 ミヒャエル・エンデ『モモ』( https://booklog.jp/item/1/4001106876 )では、時間の節約することを薦める灰色の男たち(時間どろぼう)の策略によって、人々の生活が無味乾燥としていく様を描いていたが、現代にそれをリアルで感じる日が来るとは思わなかった……!! まえがきにある‘労働と文化を両立できる社会のために(p.21)’の結論は「全身全霊」で働くことへのカウンターとして「半身社会」というキーワードを挙げている。 【余談】 電子書籍サービスが普及し、神の本の重さから解放されても、 今度はオーディオブックで、目で読むことから解放されても、 現代日本人は本が読めなくなってしまうのだろうか……? ヘンな話だけれど、私は片道2時間くらいの通勤をしていた頃が、一番本を読んでいた気がする…… スマホゲームはオートで周回しつつ、どうせ初手からは座りにくいので、座われるまでは本を読んでいよう、と考えていたから。
9投稿日: 2025.09.13
powered by ブクログ明治以降の日本の労働史と絡めながら読書の歴史をさかのぼる。昔から人々は働きながら本を読むことは困難だったことがわかる。 読書と労働の歴史を絡めてわかりやすく説明する著者に拍手を送りたい。
1投稿日: 2025.09.13
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
なぜ働いていると本が読めなくなるのか 円本として全集をまとめて売るシステムは、爆発的にヒットした。その要因は、インテリアとして機能していたから。また安い。教養がある人物であることをアピールできた。実際に読んでいた人は何人いたのだろう。 1950年代にヒットした坂口安吾のエッセイには、「昔は囲碁を娯楽として楽しんでいたサラリーマンや労働者は今は、パチンコや競輪に向かっている」と説いている。 人生雑誌への掲載は、低学歴というコンプレックスを抱える人々にとって、優越感をもたらした。「生き方」「教養」への志向。 1950年代〜1960年代は、余暇も職場の人と過ごしていた。職場の人間関係に関する本が爆売れ。 「海音寺潮五郎、テレビ売れに激怒引退宣言」 「新興メディアの登場によって文学の影響力が衰退することを危惧する」傾向は、昭和から令和に至るまで変わっていない。70年代のサラリーマンの「休息」の象徴が、小説ではなくテレビとなったのは、現代の私たちが、小説やテレビではなく、スマホとなったのと同様ではないのか。 石油ショックによって失業の危機が起きると、政府は日本企業の雇用慣行を活用して、解雇を避けるように補助した。1974年の雇用保険法制定。 ここから私たちが想像する「日本企業的文化」が生まれた。 内部昇進制における評価基準位には、「情意考課」として、仕事において積極的に取り組む「姿勢」や、他者と強調しようとする「態度」を評価において重視するということ。企業が期待するサラリーマンであってくれるための努力を、社員が勤務時間外に自発的に行うこと。つまりは、「自己啓発」という概念に収斂されていった。 第一流の人物というのは、少々、馬鹿に見える。少々どころか、凡人の目からすれば大馬鹿の間抜けに見える時がある。そのくせ、接するものに何か強い印象を残す。「竜馬がゆく」 当時のサラリーマンは、「坂の上の雲」や「竜馬がゆく」も読んでいた。 ノスタルジーこそが、最も疲れた人間を癒すことを彼らは知っていたからだ。 →失われた高度経済成長期への懐古 カルチャーセンターに通っていた女性の1人だった重兼芳子が、芥川賞を受賞した。 「若者の読書離れ」という言説も、本を読んでいたエリート層の優越感を確認するための言説であることが指摘されている。 重兼のいう「学問への欲求」を大学で満たせなかった人、あるいは大学を出ても満たせなかった人はどうしたら良いのか、その答えをエリート層は探そうとしない。 読書とは、学歴を身につけていない人々が階段を上がろうとする際に身につけるべきものを探す作業を名付けたもの 就職氷河期に「自己分析」という行動を促すマニュアルが増大したと言われている。 自己啓発書は、社会を遠ざけようとするジャンルである。 →コントローラブルなもののみに焦点を当てて、少しでも現状を好転させようという意識。 コントロールできないものをノイズとして除去し、コントロールできる行動に注力する。 本を読むことは、働くことの、ノイズになる。 1990年代から世間に浸透していった新自由主義的な思想が、教育現場にも流れ込み、「個性を重視せよ」「個々人の発信力を伸ばそう」という思想に基づいた教育がなされるようになった。→ゆとり教育 「グローバルメリットクラシー(国際能力主義)社会とメディオシンクラシー(個性浪費)社会という、二兎を追う社会」 競争しなければいけないのに、個性を活かさなければいけない。このジレンマは、当時生まれた。 ニートを作り出したのは、「やりたいことを仕事にすべきだ」という風潮 「自己実現系ワーカホリック」社会学者の阿部真大が趣味を仕事にする職業として、それに没入する若者を批判的に名付けた言葉。 情報には、従来のヒエラルキーを転覆させる力がある。「歴史的や文脈性を重んじようとする従来の人文知」や「リベラル派のメディアや知識人など、とりわけ知的権威とみなされている立場」に対して、ひろゆきは情報という価値でもって、その権威性を転覆させようとする。それはまさに、インターネットの情報が、従来の知的権威を転覆させる性格を帯びていることを利用したトリックスターのあり方だった。 歴史や文脈を重んじていないところ。つまり、人々の知りたい情報以外が出ていないところ、そのノイズのなさにひろゆき的ポピュリズムの強さがある。 インターネット的情報と自己啓発書の共通点は、読者の社会的階級を無効化するところ 市場という波にうまく乗ることだけを考え、市場という波のルールを正そうという発想はない人々。それが、新自由主義の生み出した赤ん坊だったと言えるかもしれない。 欧州に赴任した日本人は帰国後、意図的に労働時間を少なくする傾向がある。「情意考課」がもたらした影響。
1投稿日: 2025.09.13
powered by ブクログAudibleで聴いた。帯に2024年度一番売れた新著とあるが、自分にはあまり良さが分からなかった。 本書のタイトルは「なぜ働いていると本が読めなくなるのか」であり、読者は”本を読みたいと思っている社会人”だ。目的は、純粋な趣味的な楽しみのための読書であったり、ビジネススキルや教養を身に付けるためだったり、個々に異なるが、本を読みたい、忙しい合間にどのようにすれば本を読む時間を捻出できるかを知りたいと考えているはずだ。 私もそこを期待して、読み(=聴き)始めたのだが、なかなかその答えが遠い。 前半4/5くらいは本題から逸れて、明治以降における読書のトレンドの変遷を延々述べている。まるで、「あるある言いたい」で焦らされているような気持ちになる。 変遷の解説ですっかり集中力が切れかけた頃、ラストで急に本題の話が始まるが、ざっくり言うと仕事に全身全霊で向き合うのはやめよ、ということだ。 余暇時間を確保するために仕事は半分程度のスタンスが社会にとって望ましいという。 ”働いていても、働く以外の文脈というノイズが聞こえる社会、それこそが働いていても本が読める社会なのである” と終盤で総括のような一文があったが、分かるようでいまいち意味が分からない。 (音声で聞いたものを書き起こしているので句読点や括弧など原文と異なる可能性がある。) 前半のトレンドの変遷の中で、気になったものを以下に列挙する。(自分メモ) ・学問のすすめ ベストセラー背景に公的な流布もあった ・西国立志編(S・スマイルズ)が明治の真のベストセラー 自助論と同じ ・再販売価格維持制度 大正時代から始まっている ・出家とその弟子 親鸞 ・知人の愛 谷崎潤一郎 ・電車男の考察 ・インターネットの台頭 情報と読書のトレードオフ
1投稿日: 2025.09.13
powered by ブクログ(きっかけ) ずっと気になっていたタイトルの本を購入。 友達に、今「なぜ働いていると本が読めなくなるのか」って本を読んでる〜って言ったら、 「すごい、もうその本を最後まで読めない自信がある」って言われた。笑 「花束みたいな恋をした」の麦くんの感覚は、 私にも周りの友達にもめっちゃあるなぁ〜の本当に思う。 (内容) タイトルだけだと、読書術の本かと思っていた。習慣化が大事とか、隙間時間を使おうとか言われるんやろうと想像してたら全然違った。 時代ごとの、「働く人」と「読書」(文化的、自己啓発的、どちらも)について、すごく細かく考察する本だった。 (感想) まず、面白かった〜〜! この時代の人はこんな働き方してたんやとか、こんな社会の中でこんな不安や希望を持ってたんだ、だからこの本が売れるんだ、という繋がりが面白かった。 そうやって俯瞰して時代の流れを見てみると、私が自分で考えた、と思っている考えや不安なんかも、大きい時代の流れを受けて影響されていることも多いんだなと、改めて実感した。 特に、資本主義社会の中で経済的な成功を目指すことが無意識に人生の目的になっていて、そのための趣味、そのための余暇って考えている思考に気づけた。仕事、やめたいって口癖やのに。。。矛盾。。。 個人的には、いろんな本を読んで自分の世界を広げることで、仕事もすこーしだけ楽しくなると感じる。それは、自己啓発本読んで仕事に活かす、とはまた違う。寄り道して、寄り道も楽しんで、偶発的にも仕事に生かされることを楽しんだりすること。 そんなふうに生きていきたいな〜と思いました。
8投稿日: 2025.09.12
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
本を読むことは、ノイズ(今の生活に直結しない知識)が入ってくるから働くことの邪魔になる。 私の会社でも7つの習慣やアドラー心理学など、自分の内面を変えようとする本や研修が推奨されている。今はまだ3年目だから、会社に染まってないけど、ふだんからノイズを取り入れて、自分の外側の問題まで内面化しないようにしたい。
1投稿日: 2025.09.12
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
これまでの自分の読書の歴史を振り返ることができた。 タイトル通りなぜ働いていると本が読めなくなるのかがわかった。忙しくて読書する時間が取れない時に読むといい。 自分に必要な情報だけ集める生活でそれ以外は無駄な時間と感じていた。 読書とネットの大きな違いに気づくことができた。 読書にはノイズがあることだ。 そのノイズは人生を豊かにする。 たとえ本の内容を忘れたとしても読んでいる時は少しだけ人生が豊かになる。 読書に夢中だった頃の自分を取り戻すことができた。
1投稿日: 2025.09.11
powered by ブクログ新書って前半に事実を並べて後半の自分の主張の論拠にするスタイルが多いと思うのだけど、いつからなのだろうか
0投稿日: 2025.09.10
powered by ブクログタイトルより中身はずっと深い。読書だけでなく余暇を得られるような働き方をしているか、日本人の働き方の変遷を戦前から現代まで詳細に解説されている。著者は半身で働くことを提案するが、著者自身も仕事が好きと自認されており、実際にこれだけまとめるのは半身では難しいだろう。必ずしも半身だけでなく、その時々の状況で全身全霊になることも良いのでは、とも述べられており、そうだなと思った。
2投稿日: 2025.09.10
powered by ブクログとても共感しました 本が読め続けられる人生でありたい 「花束みたいな恋をした」はこの本きっかけで鑑賞、とても良かった
1投稿日: 2025.09.10
powered by ブクログ昔から自己啓発本が好きじゃないのだが、その理由がはっきりした。自分は、寄り道である文脈性を愛し、ストレートに答えを求めるのが卑しいと思っているようです。 「教養」の思想に共感できたので、教養隆盛時代の代表作として例に出て来た本を読んでみたいと思った。 ・読書のハウツー本ではない。上述の通り偉そうなことを言いつつ「結局どうすれば働きながら本を読めるのか?!」と一瞬でも思ってしまった自分を恥じたい。 ちょうど激務の部署から異動を決めたタイミングなので、異動までは全身全霊の仕事を、それからはまず7割身位で仕事できるようになりたい。 憧れの三宅さんの本読めて良かった!他の著作も順に行こう!
5投稿日: 2025.09.09
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正直すごく読むのに疲れました。 何回もおんなじことを繰り返している感じ。 新書を読むのはかなり好きな方なのにこれはとてもつまらないと感じました。 最後の最後でこの人と年齢もしかしたら近いかも、と思うポイントがあって(実際近かったです)だからかな…なんて思いました。 たぶん考えも私と近しいんだと思うんだけどなんかとても残念に思ってしまいました。 なんで売れてるんだろう… あんまり本についてつまんないとか面白くないとか言いたくないんですけど、2冊連続でそういう感想の投稿になってしまって申し訳ない気持ちでいっぱいです…私が悪いんかな
10投稿日: 2025.09.08
powered by ブクログこれも割と究極。仕事を週三?そしてユーチューバーでちゃっちゃっと仕事?ユーチューバーって大変だと思うけど‥好きならできると思うけれども。 なかなか極論すぎて「はぁ。。」となった。
3投稿日: 2025.09.08
powered by ブクログオーディオブックにて。読書をする時間がなく、空き時間は疲れてスマホばかり見てしまう現代人に、もっと楽な姿勢で仕事に取り組むよう提言する。なかなかそうはいかないのが現代社会であり、かつ筆者自身もそのような会社勤めに疲れて仕事を一度辞めているのだから、根本的な解決策は別途考える必要はあるが、兎角日本人は働きすぎで空き時間まで仕事のための即効性のある教養詰め込みに奔走しすぎである。仕事はそこそこに、休暇は思い切り楽しむ欧州のスタイルを取り入れることは一つの解かもしれない。
4投稿日: 2025.09.08
powered by ブクログ面白くてサラッと読み終わった本。 私が以前より読書をしなくなったり、ドラマを観なくなったりしているのは、仕事でいっぱいいっぱいでノイズがしんどくなっているからなんだよなと痛感。 本を読む余裕ぐらいずっと持っていられるように、「半身で働くこと」を意識しないとなと思う。
3投稿日: 2025.09.07
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
労働と読書の両立関係について明治時代からの歴史を振り返っている。 働きながら読書ができない理由として、新自由主義社会により働かされ読書ができなくなっている.全身全霊で働くのではなく、半身で働いてはどうかという提言. 感想 この本はとても読みやすく、意外に面白い. 著者の人柄も出ており親しみやすく、オタクっぽい感じや本への愛情を感じる. 明治時代からの歴史について書かれているが江戸時代は朗読だなんて驚いてしまった.蔦中の時代はみんなで読んでいたんだ、と大河ドラマの見方が少し変わった. 歴史の振り返りからもう一つ思ったことは、昔の本を読むときは時代背景というのは大事だなと思ったこと.そのためにも歴史を知ることは大事. 最後は、本が読めなくなるのかということについて考えてみようと思う. そもそも私にとって読書とはなんだろうか.私にとっては大事な学びなのだ.他者の考えに触れ、自分の知らない知識を講義を受けなくても受けることができたり、時には空想したり、人の気持ちに触れたり.. でもそんな読書も仕事を始めると一気に少なくなってしまう.著者のいうとおり、仕事の忙しさもある.競争社会の中で仕事で勝つことだけが幸せだと思ったり、仕事ができないと思われたくないと夢中になり、仕事中心になることもあるだろう. そんな忙しさの中で、ネットやゲームは読書に比べると短時間で心を癒してくれる.このネット社会も読書を妨げている要因なのだろう.ちょっとした隙間時間に気づくと携帯を見ている.何も用事もないのに.これは仕事の忙しさとは関係ない気がする. ところが、失業した時ネットやゲームではなく読書ばかりしていることに気づいた.ノイズのある読書がもたらす幸せに気づいたのかもしれない.これから、また忙しい生活に戻ったり、精神的に落ち込んだ時、無理をしない生活をしながら再びその時の気持ちに合わせた本、いや時にはジャンルを超えて..楽しみとしての本を読み続けていきたい. 題名通り、働きながら本が読めなくなった人にもおすすめだが、そうでない人に対しても本の歴史が書かれて面白いと思う.
2投稿日: 2025.09.07
powered by ブクログ最初このタイトルを見て、「なんで読めないの?空き時間に読めば?」と思った。 まさに、『花束みたいな恋をした』の絹ちゃん寄りの思考。 だが、この本には、単に「忙しいから読めない」という表面的な問題ではなく、仕事によって心身が摩耗し、集中力や好奇心そのものが奪われていく過程や、読書に関する歴史が丁寧に描かれていた。 特に印象に残ったのは、「本を読むことは時間の確保だけではなく、心の余白を必要とする」という指摘。 まさに、麦くんが失ったもの。 確かに、わずかな隙間時間があっても、頭の中が仕事のことでいっぱいであれば、文字を追っても内容は頭に入ってこない。 つまり読書は、単なる娯楽や知識の蓄積ではなく、自分を取り戻す行為でもあるのだ。 また、働くことによって「効率」や「成果」にとらわれる生活が染みつくと、読書のように即座に役立つとは限らないことが後回しにされてしまう。 だからこそ本を読むことは、社会の論理から少し距離をとり、自分の内面と対話する貴重な時間なのだと感じた。 これからは短い時間でも、本を開く習慣を続けていきたい。 『花束みたいな恋をした』を 再読したくなった!!
71投稿日: 2025.09.07
powered by ブクログ現代人は本当に忙しい。 でも、環境せいにせず本を読みたい。 そのためのアドバイスとして 半身で生きる。 なるほどなぁ、参考になりました!
3投稿日: 2025.09.06
powered by ブクログ◆◇━━━━━━━━━━━━ 1.この本を選んだ目的 ━━━━━━━━━━━━━◆ ・働いているから本を読めないとは、思ったことはないけど、この人は何が言いたいのかと気になって手にしました。 ・まぁ、本を読めない理由は、楽な方向に流れたいるからでしかないと思うけど、興味で読んでみました。 ◆◇━━━━━━━━━━━━ 2.概要 ━━━━━━━━━━━━━◆ ・筆者は本を読むことが好きだったが、仕事に追われて本を読めなくなり、「なんで現代はこんなに労働と読書が両立しづらくなっているのか?」という疑問を持つようになった。 ・そして、日本の近代以降の労働史と読書史を並べて俯瞰することによって、謎を解明しようとするもの。 ◆◇━━━━━━━━━━━━ 3.感想 ━━━━━━━━━━━━━◆ ・読書は人生のノイズなのか?という問いは面白い。人によってはそうだろうし、そうでないんだろう。本を読むのが好きな人は、いろいろなことを知りたいと思う人なんだろうな〜と、感じました。自分が必要なことだけ知っていればいいという人は、本は読まなくなっているかもしれないですね。 ・すごい遠回りに読書について考えていくのは、なかなか面白かった。が、結局結論は、週5勤務では本を読めないという結論になっている。要は、筆者は、対して本を読むのが好きではないし、いろいろなことを知りたい人ではないんだろうと、個人的には結論づけた。 ◆◇━━━━━━━━━━━━━━━━ 4.具体的にどのような点を学習したか? ━━━━━━━━━━━━━━━━━◆ ▫️気になるキーワードとしては下記。 ・明治時代の図書館の利用者の大半は学生にとどまっていたらしい ・戦前のサラリーマンたちは、企業に決められた休日と通勤時間に本を読んでいた。 ・1960年の労働者1人あたりの平均年間総実労働時間は1685時間、2020年は1685時間 ▫️読書する人が減っている理由 ・仕事がアイデンティティになってきていることは理解している。これは、いろいろなところで耳にするし、実際、自分もそれを目指している。 つまり、昔は仕事以外で喜びや、自己表現を求めることで、読者が必要であったが、今は必要ない。 ・読書にはノイズが含まれるが、インターネットはノイズが含まれない。情報が必要なときは、本からではなく、インターネットから得る。そのため、読書が必要ない。情報が洗練され、ノイズのないものが情報として扱われるようになった。 ◆◇━━━━━━━━━━━━━━━━ 5.具体的にどのような行動をするか? ━━━━━━━━━━━━━━━━━◆ ・私は小説が好きです。それは、違う人生を歩んでいるような感覚になることがあるからだと思っています。いろんな人生を歩んでみたい、いろんな世界を知りたい、そんな想いが強いので、本を読みます。 ・自分にとってのノイズは何かを意識しながら、読書をしていくようにしたいと思います。限られた時間、本を読む冊数もおおよそ計算できる年齢になってきました。ノイズだな、と、思ったら、その本を読むのをやめるスピードを上げていくようにしたい。
76投稿日: 2025.09.04
powered by ブクログ圧倒的な文献の上に成り立った、たった一つの結論。 これほどまでに説得力のある本はあっただろうか。 「自分から遠く離れた文脈に触れること」が読書だという主張はもっともであり、それが現代においてはノイズになってしまっている点を指摘しているのもさすがだと思う。 個人的に、他者の文脈に触れないことで起こる問題としては、若い頑固オヤジの増殖なんじゃないかと危惧した。 若い男女が自分の役に立つものだけで生き続けていたら、きっとそれ以外の価値観を受け入れられなくなるだろうし、もっと孤独な社会が訪れるような気がした。
5投稿日: 2025.09.04
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
主に日本の労働と読書史を時代時代の出来事やベストセラーを交えて考察していくのが主な内容だった。 序章で読書が ・娯楽、文化として楽しむ行為 ・自己啓発の手段、勉強をする行為 の2つに分けて書かれているが、タイトルから見て僕はなぜ働いていると"娯楽、文化としての"本が読めなくなるのかを考察する内容だと思っていた。 しかしそうではなく、この日本の労働と読書史ではこれらがまとめて読書とされている。 最終章で、80年代以前のような「労働のために読書が必要な時代」はもうやってこないだろう。と著者が憂いてはいるが、個人的には 「労働のために読書(教養、修養)が必要な時代」 はこの読書史に則れば 「階級格差の埋め合わせを個人に要する時代」 と同義だった。 つまり日本の労働のための読書とは、社会格差があることによって成り立っていた。という意は説明されていた。 ただ、インターネットの普及によって 労働のための読書は労働のための〇〇と多様化し それは、動画、サロン、SNS、はたまた副業のための〇〇と選択肢が格段に広がっただけで、労働のための読書はここで議論されるべきところではないように思う。『花束みたいな恋をした』を著者は例にあげてるが、注目すべきは勉強というよりも文化的な娯楽という意味合いでの読書だし、僕もそこに論点があると思っていた。 では、娯楽、文化として楽しむ行為のしての読書としての読書史は、その変遷はどうなっているのかというとほとんどこの本では議論されていない。 しいといえば、 社会的な流れによって生まれた傷つきの類(不景気、学歴・コミュニケーション等コンプレックス)の解消、癒しの手段になった。 もしくは、 テレビの普及によるテレセラーの恩恵 くらいだろうか。 この本では、読書の歴史観ほとんどを労働のための読書にページを費やしており、あえてこのタイトルに応えるとすると、「余裕がないから」のありきたりなものでしかない。 娯楽、文化として楽しむ行為のしての読書は、労働のための読書とは違い、余裕がない人に開かれているものでなはかった。だから難しいけど余裕を作ろう。 最終章の10ページだけ読めば十分事足りる内容だった。
3投稿日: 2025.09.04
powered by ブクログ1960年のサラリーマンが一年で2426時間働いているということに驚いた。(休みなしで毎日6時間36分)そのため会社を舞台にした、サラッと読めるサラリーマン小説が流行したのは納得である。 またこの時代は土曜日が唯一の休みで、「8時だよ、全員集合」など土曜の夜8時からの番組が楽しまれた。 90年代にバブルが崩壊し、現代のような非正規雇用での採用や終身雇用を当たり前としない採用が行われるようになった。 インターネットと読書、文芸本•歴史本と自己啓発本がコントローラブルなものとアンコントローラブルなものとして対比されていて面白かった。アンコントローラブルなものは今必要な情報のみでなく、ノイズを含む。 また知識=今知りたいこと+ノイズである。 歴史や社会状況を事前に知っておかないといけない前提の上での会話や情報収集は、疲れている人にとって苦しい。 ただ私たちは安全にノイズから逃れて生活することはできない。余裕のある時に知識に触れることで、ノイズが役に立つ日がくるかもしれない。 私たちは新自由主義社会の副産物である「まだできる」という競争心によって疲弊している。永久に一つのことに熱中することの、周りへの負担や悪影響は計り知れない。だからこそ全身全霊ではなく時に半身を意識して生活したい。
10投稿日: 2025.09.03
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
非常に優しい評論だと思った 読書という概念について歴史から振り返り、読書がエリートの特権だった時代、ステータスになった時代、趣味なった時代への華麗な移り変わりを説明してくれて、とてもしっくりきた。 最終的には、仕事に集中しすぎてしまうのではなく、全ベットするのではなく、気楽に仕事して読書もしようよというとても優しい評論
2投稿日: 2025.09.03
powered by ブクログ出版社の本の販促をかねた本。 読書のススメであり本の広告という側面をもつ。 本書はそうしたセルフマーケティングありきであろう。 そのため分析も甘い。 たとえば本はノイズという宣言。ノイズというだけではフワフワしていて意味がない。ようするに知りたい結論に対してその結論のもつ背景や文脈といった情報の奥行きや想定外の気付きがノイズと言われているのだが、これではまともな分析はできない。 読書とはノイズというより他者の視点でありパースペクティブである。 そのような他者の眼差し・視点に自身の意味を欲望することが読書の本分であり、それは心的外傷を覗くことにも等しい。 対して本書がいう情報とは知識対象のみで、その知識対象をそのように対象化するところの眼差しは排除されているといえば良く分かるだろう。 それが教養の読書と情報との差違である。 とこのように分析しないとまともに分析できないのだが、この程度の基礎的な構造主義の視点が抜けている。 かかる構造主義から読書を捉えれば、本の読み方の変遷に経済、社会、政治の諸プラチックを対応させることができる。つまり本の読み方と社会との連動メカニズムを明らかにできるのだが、そういった洞察を欠いた本書では労働の価値審級を実体化して半身労働へとポストモダン的に労働から退却してゆくしかなくなる。 つまり、どのように本を読むかが最大の問題であって読むとか読まないことそのものは意味を持たないということ。 だから本書では本を読むことと労働の連動がつかめず労働市場の健全化と読書を接続不能となってしまい、半身などとほざき労働から撤退するだけの不毛な提言に停滞してしまう。 あまりに程度が低い。 ようするに読書が情報やハウツーへと劣化していったこと、そうやって他者を迂回した自己獲得をなす教養が放棄されたことの意味が捕まえられていない。 これは他者を迂回しない自体性愛化した自己実現へと変質したということであって、この変質が労働から読書が排除される構造と同一だということ。 これと近年の性的退行とも通底する。 ここでは本の種類ばかりか本の読み方そのものが変質したのだということが肝要だが、その点が見逃されている。 かかる問題構造の内側で当の問題を問題構成しているゆえに本書では半身労働というポストモダン的な逃走論が出てくる。 あまりに駄作。著者の知能がしかるべき水準に至っていない。 この程度の頭の弱い資源ゴミが売れること事態が読書文化の凋落なのである。 この本は本の販促ゆえに売れる。とんだ茶番であって、広告だらけのコンテンツ社会が最大の問題であって、この本そのものが本を読めなくする淵源なのである。 まさに有害図書だろう。 ブロガーが宣伝のための記事を書くように本も何か商材を宣伝するために書く時代となった。この本は本を商材として訴求し出版社をスポンサーにつけたのである。 だから売れる。 くだらない。あまりにふざけた茶番劇。 全てを経済合理性というノイズなき目的合理性に回収する暴力の爆心地といえよう。 このように書かれたこと(読書は経済合理性ではないノイズ)と書かれたことの実際効果(経済的な宣伝)との差異において実際効果を認識から排除することで、かかる差異を抹消すること。 このような言説編制をなすのが、本を読めなくする社会構造それ自体なのである。 だからこの本はマッチポンプであって茶番劇といえる。
3投稿日: 2025.09.01
