
総合評価
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powered by ブクログ現代社会で生きる人達へのヒーリング本である。 読書がノイズと捉えられる社会構造自体へのアンチテーゼ。 私自身がこれからも本を読む事、そして本を読むことが好きな理由を見失わずに生きたいと改めて思えた本書だった。 ありきたりな結論かもしれないけれど、指標を示した著者と実際に売れているという事実に読書家として少し希望を持て世の中捨てたもんじゃないと感じた。
7投稿日: 2025.12.21
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
このような本が人気ベストセラー的な位置に並んでいるのが本当に悲しい。 ・働いていると本が読めなくなるのは何故か?それは仕事で疲れているから →当たり前すぎて、何を読まされていたのだろう感 小説だろうが論説だろうが、頭を使いながら読む行為であるのは違いない。仕事で頭が疲れたから頭を使わない行為に走りたいだけ。 (人の頭を使って考えている節もある…ショウペンハウエル参照) ・読書の時代の変遷 →ベストセラーの変遷を辿っているが、それは大衆小説という文学が広まってきただけ 故に読者層が広がって売れる本が変わっただけ 社会階級の格差社会が減った…というか、教養を必要とされていたエリート層が自分を守るために読んでいた古典以外の本がたくさん出てきただけの話 ・教養について →昔は情報源が本しかなかった、今は色々なツールがあるからノイズは不要になった? 確かに情報はネットで十分だが、故に情報の価値が下がってきている。これがファスト教養に近い? 教養=リベラルアーツは自由な人=奴隷以外になるための技術、自分の頭で考える技術なのだ。 多少の本を読んで得られる知識そのものではない。 この本が売れても、今後の本の売り上げが上がるとは思えず。著者の読む本もジャンク本ばかりなのかなと思ってしまう。最後に引用されているニーチェの文章と深みが違いすぎるのだ。
0投稿日: 2025.12.21
powered by ブクログ新書は知識すぎる!と苦手意識があり避けてきたが 本当に読みやすい!自分の興味がある新書というのはこの本で言うところのノイズの比較的少ない情報よりの本なのか…?と感じたほど。 花束みたいな恋をしたの視聴がここで役立つとは 思っていなくて驚いた。若者に優しい。 例えが柔らかくてわかりやすい。 説明文特有の作者の意図を読み取る みたいな作業の必要がなくてすらすらと読める。 他人とうまく繋がれないから物語を求めるというのはかなりぐさぐさきてしまったし、孤独だから本を読むと言っていた太宰治と通ずるものがある。 また、自己実現ときいて仕事を思い浮かべてしまうというのは本当に共感した。まさに!と思った。 たしかにそれは趣味でも良いものだ、目からウロコ。 何事にも浸りきれないことがコンプレックスで 何もないことと同じだと感じてしまっていたが 人生を信じきれてないだけなのかもしれない。 もっと自分に耐えられる自分になりたい。
14投稿日: 2025.12.21
powered by ブクログ新聞広告を見て気になったので図書館で借りた。人気の本らしい。 以下メモ。 ⚫︎フルタイムで働いている男性が育児に関わろうとすると「育児休暇」を取れ、と言われる。しかし本来、育児は子供が家を出るまで十数年以上続く。が労働と育児を両立させる働き方の正解はいまだに提示されていない。 ⚫︎コロナ禍を経て政府は副業を推奨している。しかし週5フルタイムで働いている人がそれ以外に副業をしようと思ったら過労になりかねないはず。なぜ私たちはフルタイムの労働時間を変えずに副業を推奨されているのか。 ⚫︎現代の労働は労働以外の時間を犠牲にすることで成立している。 ⚫︎インターネット的情報は、「自己や社会の複雑さに目を向けることのない」ところが安直である。読書的人文知は「自己や社会の複雑さに目を向けつつ、歴史性や文脈性を重んじようとする知的な誠実さ」が存在している。 ⚫︎情報は知りたいこと。知識はノイズと知りたいこと。 ⚫︎就活している学生に伝えたいこととは、仕事は楽しい遊びやバイトと違って一生続く「労働」であり、合わなかった場合は精神や体力が毎日摩耗していく可能性があるということ。まつり。 ⚫︎自分で決めたことだから失敗しても自分の責任だ、と思いすぎる人が増えることはら、組織や政府にとって都合の良いことであることもまた事実である。市場という波にうまく乗ることだけを考え、市場という波のルールを正そうという発想はない人々。 ⚫︎芸術は、鑑賞物だから鑑賞モード。娯楽は、消費物だから情報収集モード。 ⚫︎読書はノイズ込みの知を得る。情報はノイズ抜きの知を得る。 ⚫︎iPadを買う。SNSアプリを絶対に入れないこと。
1投稿日: 2025.12.20
powered by ブクログなぜ働いていると本が読めなくなるのか。自分自身は普段本を読む側として、自分自身とも重ねながら楽しく読むことができた。 著者の意見も交えながら感じたこと。ハッとさせられたこともあるので、言語化しておくための感想文 「なんで本?AIでいいやん」 これは、本を読まない友人からよく言われることだ。 その返答としてうまく言語化できないことは多かったが、今回この本を読んで感じた「本を読む理由」の自分の解は以下だ。 AI⇨問題解決、欲しい情報が最短で手に入る。 本⇨探求、欲しい情報+予想もしなかった学びや感情と偶発的に出会える 非効率ではあるが、私は探求したいのだ。 そして意外と、偶発的に出会える情報の方が今の自分にとって大切なことだったりする。そんな出会いにときめき、期待しているのだ。 作者の別書、考察する若者たちにはこう記載されている。 「今の若者たちは努力をしたくないのではない。報われない努力をしたくないのだ。」 かけた時間の総量が多いことに対して、対価を得られないイメージのある「本を読むこと」にネガティブな印象を抱く若者は多いかもしれない。未来が見えなくて不安な人にこそ読んで味わって欲しい。本がもたらす偶発的な出会いに。そこから広がる可能性に。
1投稿日: 2025.12.20
powered by ブクログいろんな娯楽がある現代においての読書とは 菅田将暉好きなのかな 気楽に働いて本を読む時間も持とうね理論
1投稿日: 2025.12.20
powered by ブクログ久々に論文を読んでいる感じだった。 本を読むことの位置付けの変遷がわかって面白かった。 半身で働くこと。これから意識していきたいと思った。
1投稿日: 2025.12.20
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
「半身で働こう」 三宅さんの主張には共感できる。 私は以前は残業が多く、仕事に全身で取り組んでいた。 しかしそんな生き方で、家族には苦労をかけ、自分の健康も害し、5年前に環境を変え、今はほとんど残業をせずに仕事を終えるようにしている。 仕事の手を抜いているわけではないし、むしろ短い時間で仕事を行うのだから、より大変なくらいだ。 しかし今は仕事が楽しい。 家族も自身も健康だ。 そうあれるように努力してきた結果ではあるが、この本で三宅さんの言うように、私はこれまで読んできたたくさんの本から得た文脈によって、今の状態に導かれたと思っている。 例えば星野道夫さんの『旅をする木』や、鴨長明の『方丈記』がそうだ。 これらの本を読み、『自分以外の場所がある』『自分ではどうにもならないことがある』ということを知った。 私がどれだけ残業しようが、正直社会はそれほど良くならない。 むしろそれによって家族や自分は健康を害し崩壊する。 余暇を楽しむ時間もない。 それなら、何が何でも仕事は仕事と割り切って、余暇の時間で家族と過ごし、自分の好きなことをすることを心掛けた。 だから今がある。 仕事は忙しいが、面白くて楽しい。 それは仕事以外の時間がちゃんとあって、家族と時間を分け合えているから感じられることだ。
3投稿日: 2025.12.20
powered by ブクログ全身で仕事に励む社会は家庭に全身で励む人がいるから成り立つと気付かされた。 読書できるくらい余裕を持って働きたいと感じる本だった。
1投稿日: 2025.12.19
powered by ブクログ読む前はただ、余裕も時間もないからでしょ。ぐらいに思ってました。 でも、実際に書かれていたのは、労働の歴史から社会における読書の文化まで。本当に幅広く、そして私達にそれらについて興味を抱かせるように、かつ分かりやすく書かれていたものでした。 著者の読書量はYouTube動画などで知っていましたが、この方は本物の読書家で、そして知識人だと思います。 本当にこの本を読んで良かった!
1投稿日: 2025.12.19
powered by ブクログ自分自身、スマホを使って「ノイズのない知識」を求めようとしてしまう。なぜならそっちの方が楽だから。しかし、スマホでは得られない、タイパを重視していては得られない知識が読書から得られると考えさせられました。
12投稿日: 2025.12.18
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
自分はもっと頑張れる、もっと努力できると自分に言い聞かせて自発的に疲れてしまっている...これ俺じゃねえか! と読んでいる途中で気づいてしまった。YouTubeとかを眺めていても最初は何気なく娯楽として見ていたのにいつのまにか見たいチャンネルが増えすぎて、倍速で見るようになり楽しむというより知ることが目的となっている自分もいる。仕事が終わった後もこんな生活をしているからやっぱり疲れるのよね〜。 様々なことが多様化しているからこそ、全身全霊ではなく半身で取り組むことが心にゆとりを持つ秘訣なのかもしれないと思わされた。
1投稿日: 2025.12.18
powered by ブクログAmazonランキングを見て気になり、本屋で購入。 タイトルだけで共感120%…。 帯の文面がさらに響いて、手に取らずにいられなかった。 趣味:読書 と、言うのに最近は躊躇する。 読書の中に、漫画やラノベは含めてはいけない気がして。 でも、最近の通勤時間はスマホのラノベや漫画ばかりで、「教養」「自己啓発」につながる本を読んでいないことに気づく。 そもそも、なんで本を読めないとダメなのか。 と著者に文面で問われて、とっさに頭によぎったのが、 「仕事ができなくなるから(自分の市場価値が下がる)」 「知識を入れていないと恥ずかしい」 「本を読むキャラと思われてるからなぁ」 といったネガティブな理由ばかりだった。 全然、「読みたい」じゃない。資格の本を積み上げても全然手につかないのはここにあるんだと気づく。 p234「自分から遠く離れた文脈に触れることーーそれが読書」 情報だけでノイズを聞く余裕がないから、自分に関係あるものばかりを求めてしまったり、単純作業のパズルゲーム(しかもお金と時間を使えば確実にレベルが上がる)や、欲しい情報がピンポイントで出てくるインターネットの情報をスマホでずっと見てしまう。 →これらは、新しい環境で、はじめまして〜ばかりで気を遣って疲れてしまうのに似ている。疲れていると未知の他者に会う気力がなくなってしまう。 →日本で無駄に社内資料を整えたり、根回しをしたりと過度な丁寧さを求める職場慣行があるのはこの現実逃避行動から派生しているのか? ビョンチョル・ハン著、現代の「疲労社会」というワードに衝撃 →社会の成長速度が落ちて不景気になったあたりから、日本は「好きを仕事に」「最高の生き方=好きな仕事」といった個性を活かせれば幸せだよ、という方針を打ち出してきた。そして、個性を大事にしつつ、市場の競争社会で勝つために、自己決定、自己責任の割合が徐々に増えてきた。 最近は副業、年金2000万、NISAなど、どんどん社会保障の割合が減っている。 仕事はフルで、余暇で“社会にとって“有意義な活動(介護、育児、副業、ボランティアetc…)をしてくれ、という見えない過重労働のメッセージに我々は振り回されている。 だから、“文化的な“読書などする時間があるわけがない。 → 全身全霊を求めてくる資本主義社会から、半身半霊でもいいのではないか、と著者が提言している。 自分が全身全霊で向き合えないくらい疲れているんだな、不安なことがあるんだな、という事実が見えてきて、少し自身を見直そうと思った。 疲れている現状とは別に、 仕事に全身全霊で行きたい人もいるだろうし、全力で部活や勉強に打ち込んでいる若者のことを思うと、何かに打ち込んでいる間、耐えている間に教養としての読書ができるわけがないので、それはそれとして気にしないことも大切だと思う。 ただ、全身全霊で行動中の人のサポート(金銭面以外に生活面でのサポートはかなり必要だと思う)しやすい環境、本人が燃え尽きないような柔軟な働き方がもっとできるようになって欲しいなぁ。 また、読書が趣味と一般庶民が言えるようになったのは最近で、活版印刷が普及して、本が安く買えるようになったからだ。 大正時代、ビジネス書がいつも人気だったらしいが、今までもずっとハウツー本はランキングに入っている。 これは、早く〇〇を知りたいという需要に対する供給から生まれている。 この読書は本人の立身出世のための学習手段であって、趣味ではないと著者はカテゴライズしたようだが、仕事でも趣味でも知的好奇心を持って知識や他者の知見を求める行為が読書であって、自分から遠く離れた文脈に触れることは教養の学びなのでは、と考える。 昭和になってブームになった円本は、装丁が揃っていてインテリア的に見栄えが良く、これだけ読めば教養習得間違いなしという内容ばかりが掲載されていること、月払いというサラリーマンの給与体系に合っていたことがヒットの要因とのこと。 また、長時間残業がスタンダードだった頃は、生活=職場なので、仕事に役にたつハウツー本(英語、記憶術など)や、気分転換になる立身出世のスカッとする小説(司馬遼太郎の歴史本(ある意味ファンタジー扱い))が売れたそう。 歴代のベストセラーを調べてみたら、1970年代は確かに全6巻程度の和本セットがベストセラーにランクインしていた。 1980年代になると、小説や税金に関するハウツー本、プロ野球や芸能人の著書もランクイン。 1990年代は、シドニィシェルダンやさくらももこなどのエッセイやゲーム攻略本もエントリー。不況だからか、後半からは生活習慣やビジネスマナーなどの自己啓発本が増えてきた。 2000年代はハリーポッターシリーズや金持ち父さん、貧乏父さんなどエンタメ用と実用書のメリハリがはっきりしている印象。国家の品格から、◯◯の品格や、◯◯のトリセツなどシリーズっぽいタイトルが激増。 2010年以降は、情報革命があったからか、メディアで取り上げられたもの、本屋大賞など、話題になったものがランキングされている印象。 段々とメディアやSNSの流行に左右されてる感じが強くなっているような気がする。 ChatGPTの台頭もあり、ますます答えがなくなる時代になるため、余計にエンタメ本や、成功の秘訣といった答えを得るためのハウツー本が売れそうだなと思った。
9投稿日: 2025.12.17
powered by ブクログ江戸時代以降の読書史が労働観を交えよくまとめられています。僕の読書歴がこれにしっかり乗っかっていることが分かって笑っちゃいました。
1投稿日: 2025.12.17
powered by ブクログ確かに半身で働く事ができればもっと趣味に没頭できるだろうけど、半身で全員が働くとすれば困ることも多くはなるだろう だけど一人がこの考えを発信するだけよりかは本として世に出ることに意義があると感じた 個人的にノイズって言葉が多く出てきたことが気になる 久しぶりの新書でスラスラと読め情報を入れることの気持ちよさがあり、小説より頭を使わなかったので長時間読み続けられる そして意外と小説はイメージしそこから膨らませることに体力を使うのだと知れた
1投稿日: 2025.12.15
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
近代日本社会に、読書という文化がいかにして根付いてきたのかがよく分かった。 いや、でもタイトルの問いに対する答えはあるのかと読み進んでいくと、ありました、「半身社会」。 労働に全身全霊を傾けていたら、そりゃ本なんて読めないよ。そういう姿勢を労働者に求める企業側に、資本主義社会である以上まぁ無理もないかと思う反面、それに洗脳されたかのように、ある種肯定的に受け入れる労働者側の考えを改めるのは必要かも。少なくとも本を読みたい人は。 読書に必要なのは、やはり心の余裕。 私自身は、自分を取り戻すために本を読んでいることをこの本に気付かされた。
8投稿日: 2025.12.14
powered by ブクログ自身が本が読めなくなる時期に陥っている環境と背景がクリアになり、腑に落ちました。三宅さんが訴える、半身社会=特定活動にフルコミットメントしない社会を構想することは非常に重要だと思います。社会的に仕事等にフルコミットメントする姿勢は称賛される傾向にありますが、一つのことだけを頑張るのはとても簡単。頑張っていることを言い訳に、家族・友人・恋人や余暇活動を遮断してしまう(身に沁みてわかります)。「一つのことだけを頑張る生き方は、不健康かつラク。フルコミットメントの全面的称賛は危険」と強烈に反省しました。
1投稿日: 2025.12.14
powered by ブクログ自己啓発本はノイズのない情報だ。これは本当にそう思う。僕も小説はなかなか読めないが、自己啓発本ならスラスラと読めてしまう。論文だって読める。なんとなくかっこいい響きがあるが、論文も情報だしRFCも情報だ。知ではない。 結局この本を読んで、なぜ僕は本を読むのだろうと思ってしまった。楽しいから読んでいるなら、その本は情報であってもいいんだ。SNSであってもTickTockであってもいい。でもYoutube Shortを見終わった時の虚無感が嫌いで、僕は本を読んでいる。だがその本も情報なのだとしたら、本を読んだ後の達成感はまやかしなのかもしれない。 なんとなく意味のある時間を過ごせた気がしているだけで…… つまりまあ、本を読むことに大した意味はない。本を読む必要はない。
1投稿日: 2025.12.10
powered by ブクログ働いているとなぜ本が読めなくなるのか という題名から想像できないくらい、読書についての歴史書だった。インターネット社会になるまで、本は貴重な情報源だったし、ネットで時間を「溶かす」こともなかった。三宅さんが言うように確かに読書は「ノイズ」。著者が伝えたいことは何か、自分にとって有益な情報は何か、と考えながら読んでしまう。だけどもそうやって考えて読書してしまうことこそ自分に余裕がなく、やりたいことに没頭出来ていない。 現代の「自己実現」は大事だが、半身にして他者を知ることも重要だなと思った。
8投稿日: 2025.12.10
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
読書とは、自分から遠く離れた文脈に触れること。 本が読めない状況とは、新しい文脈を作る余裕がない、ということ。 仕事が忙しいと自分が求めている情報以外のノイズ(教養と呼ばれる古典的な知識や、小説のようなフィクション、読者が予想していなかった展開など)を頭に入れる余裕がないため。 「この世の知識はいつかどこかで自分に繋がってくる。他者は自分と違う人間だが、自分に影響を与えたり,あるいは自分が影響を与えたりするのと同じだ。」
3投稿日: 2025.12.10
powered by ブクログ「花束みたいな恋をした」は世相を反映した傑作映画。 これからの働き方は、全身全霊ではなく、半身で仕事、半身で文化的な活動。 三宅さんは現代のオピニオンリーダーだ。
1投稿日: 2025.12.09
powered by ブクログどうして本が読めなくなるのか?という話をとても深く掘り下げ、自分の想像とは全く異なる視点から検証する事がまさに自分の「知識」となりました。後半からグッと熱さが伝わり、より人生を豊かにしていきたいな、と思わせてくれる本でした。 とりあえず、隙間時間でYouTube見るのは辞めようかな笑
1投稿日: 2025.12.09
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
タイトルでは本のことを例示しているがもっと根本的な働き方と文化との構造、時間の使い方に関することについて論じられた本みたい。興味深く読書 メモ •どういう働き方であれば人間らしく、労働と文化を両立できるのか •修養が労働者階級の教育概念となった一方、エリート階級では教養が広まる。 修養は労働者としての自己研鑽、教養はエリートとしてのアイデンティティを保つための自己研鑽 •自己啓発書はノイズを除去する姿勢を重視する •2000年代ごろから個性を重視、個々人の発信力を伸ばそうという思想の教育、時代に •情報と読書の最も大きな差異は知識のノイズ性 •2010年半ばのビジネス書の行動重視傾向 ⭐︎自分から遠く離れた文脈に触れること、それが読書。本が読めない状況とは新しい文脈をつくる余裕がないということ。ノイズを頭に入れる余裕がない、仕事以外の文脈を取り入れる余裕がない •半身で働くことが当たり前の社会になってほしい。働いても本が読める社会がそれだから。
2投稿日: 2025.12.08
powered by ブクログ働き始めてから10年近く本が読めていなく、最近になってやっと本を読み始めました。 過去から現代までの大人たちが、本とどんな関わりを持ってきたのか、なぜ近年本を読む人が減っているのか、面白かったです。 ノイズを楽しめるようになりたいです。
1投稿日: 2025.12.08
powered by ブクログ労働の変遷とともに読書がどのような位置付けとして変化していったのかが書かれていて興味深かった。 ノイズの話は実感としてもよくわかる。 インターネット的情報と自己啓発本の類が同列なのも納得。ノイズを楽しめる余裕がないことが読書を遠ざけている理由だったのか。 最終的には今後の働き方への提言のようなまとめになっていたけど、まさに今育児と仕事の両立に加え新しいことを勉強したい私にはグサッと来た。 確かに「全身」はある意味でとても楽。でも一方で思考停止になりかねない。 思考し続けて充実した「半身」状態であり続けたいし、そうありたいと思うことを肯定されたようでとても嬉しい。
2投稿日: 2025.12.07
powered by ブクログ労働と読書の歴史、楽しかったな〜 明治以降、時代や社会情勢に合わせて、これまで「読書」という行為は、姿や役割を柔軟に変化させてきた。 政府主導による読書啓発。立身出世の手段としての修養読書。エリートの教養としての読書。出世のための読書。娯楽としての読書。ノイズを除去した自己啓発読書。 これからもインターネットの波に飲まれ続け、読書はさらに姿や役割を変化させていくのだろう。これは止めようがない。 自分の読書観についても、ついついオリジナルでいるような気持ちになりがちだが、それだって世界の大きな枠組みの中の一つでしかない。 社会情勢に影響されない思考はないように思う。令和の時代の読書はこうだったと一括りになるのだろうな。 知ることが楽しい、他の人の価値観に触れたい、そんなところから私は読書している。だけど、疲れている時は読書はできない。この本のいうところのノイズを受け入れられないのだ。 とある本で(この本ではない)、スマホを見ている時の脳の様子は(勉強の動画であっても)、マッサージを受けている時の脳の様子と一緒!と書いてあった。情報を取り入れてるのではなく、マッサージでただ心地良くなっていたのか!ノイズ云々ですらないのでは。疲れてるからスマホは脳にとっては気持ち良いのね。
24投稿日: 2025.12.06
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
ただの読書術本と侮るなかれ 三宅氏による社会と時代背景から見る読書史、あるいは労働史である。 単にインターネットやそれら媒体の台頭のみでは現代の人々の読書観は語れない。社会が個人の労働観や人生観といったものを時代ごとに変化させてきた。新自由主義という言葉がよく使われるが、特に今日においてはその言葉の意味合いとは裏腹に不自由感が漂う。 現代の、労働が中心的な社会観において、未知はノイズであり、既知が受け入れられるため読書は排除される側にある。 自由が責任を強め、責任が労働の奴隷化を強め、それが趣味を遠ざける。やりたいことで生きていく事へのアンチテーゼや疎外感はそういう社会構造が生み出した鬱屈だと言うのは凄く腑に落ちた。 データ的だけれど分かりやすい本著は、現代を生きる全ての人に読んで欲しいと思った。それは単に読書がしたいっていう気持ちでもいいし、ただ鬱屈とした今に不安や疑問を持っているのなら特に進めたい。どんなに時間をかけたっていい。 半身で読んでみて。
1投稿日: 2025.12.05
powered by ブクログ意外と前半の「日本の社会人は、いつ、どんな本を読んでいたのか」のくだりが面白かった。そういえば、今まで読んだ中で、いろんな作家さんが「父の書斎にあった全集が…」と読書歴を書いてらしたなーと思い出して、なんだか心がほこほこした。
1投稿日: 2025.12.05
powered by ブクログタイトルがドンピシャで読み始めました。 ラストの「半身」という考えは、難しいかも知れないけどこれからの人生で少しでもいいから叶えていきたい生き方だなと感じました。
2投稿日: 2025.12.05
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
自分自身働きながらも本は読めてる方だと思ってたからスマホに時間を使われて本を選好する人が少ないというのがメインで書かれているのかと思っていたが、年代ごとの勤労者と読書の関係が細かく書かれていて納得がいく内容だった。特に現代は情報を効率よく取ることが重視され、効率が悪いことは冷笑される雰囲気があるかつ、目に入りやすいのも読書が遠ざけられる原因になってるようにも思う。効率化するところはする一方で、非効率を楽しむという点も重視されるようになればいいなと思う。 半身で働くのは大賛成。定時がそもそも長いと思うから一旦1時間縮めて八分身で働くことから始めれるといいなぁ。
1投稿日: 2025.12.04
powered by ブクログ三宅香帆さんのYouTubeにハマり、ベストセラーだった本書を手に取りました。 最終章はもう哲学。面白かったです!
11投稿日: 2025.12.03
powered by ブクログ労働について、社会現象の歴史とともに考察した論文として読むと面白いが、仕事しているとなぜ本が読めないかは、それぞれの事情があるのでは、というのが正直な感想だった。 これは労働の歴史における読書のあり方、論文です。興味深かったが、今はお勉強するより、溜まっている本が読みたい。 ここでいう仕事、というのは、決まった時間に通勤して、仕事して、また帰ってくる、主に都会の企業に勤めていることがほぼその意味を占めているようだ。 田舎に住んでいる自分のお仕事には当てはまらないが、そんな自分でも、仕事をしていると本を読む時間がとりにくくなるのは事実だ。 これは自分が「読書をしない」選択をしているだけで、読もうと思えば、読むことはできるのだ。 今、農閑期になり、ようやく読書三昧、かと思えばそうでもない。 安易にスマホでネットニュースを見たり、SNSを見たりする。とてもたくさんの情報が入ってくるのに、ほとんど記憶に残っておらず、翌日また同じようにネットニュースやSNSを見ている。 これか!いやこれはスマホ脳じゃないか。 今日は本を読むのだ、と決心しないと読書に取りかかれない状態になっているのだ(あくまで自分の場合) 本を読んでいて、調べたいことがあったらすぐに傍のスマホで調べることができる。その後、すぐに読書に戻らず、ネットサーフィンに移行してしまったり、読書中に、出てきた本を読みたくなって注文したりしていると、なかなか読書に立ち戻れないこともある。便利な世の中・・・いや読書が続けにくい。 なるほどと思ったのは、実用書は読書を「ノイズ」として認識するというところ。 確かに、必要な情報だけをストレートに提供する実用書よりも、いちいち想像力を使って読む小説などは、仕事をする上で不要であるし、ノイズになっているのかも知れない。 それをノイズとする労働環境というものは・・・なんか色々と論文を読み違えているような気がしてきたので、この辺りで。
3投稿日: 2025.12.02
powered by ブクログ「半身で働く」 これは、今の日本人に大切なことだと思う。 所詮、仕事は仕事! 搾取されない! そう割り切って働かないと、気がつかないうちにトータル・ワークになってしまう。 人生は有限である、ということを忘れてしまいがちだけれど、ふとしたときに思い出して、自分の生き方を見つめ直したいと思う。
4投稿日: 2025.12.02
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
働きながら生活するなかで、あなたは本を読んでいますか? つい、スマホ、インターネットに目を奪われいく 現実だと思います。 自分に役立つ情報をいち早く入手するためには、インターネットなど情報網の方が最適なのだ。 労働と読書を両立させながら生活することが、何よりも大事だと実感しました。 両立させることは難しいと思いますが、全身全霊社会ではなく、半身社会で生きていくことが、仕事と読書、読書だけではなくて自分の趣味を両立させることへの大きな一歩となると本著で描かれていました。
42投稿日: 2025.12.01
powered by ブクログ日本人の労働史、本や読書の立ち位置やその変遷はよくまとまっている。タイトルに対する筆者の解答は私の中の仮説とは違ってたけど、新しい着眼点! ラストの提案は理想的ではあるけど「よし!明日から実践しよう!」とはできないのが残念…
6投稿日: 2025.12.01
powered by ブクログ著者三宅さんの優しさが滲み出る文章にまさかの涙でした……! それまでのページで根拠を用意して、言葉を尽くしたのは、終盤でこのメッセージを伝えるためだったんだと心打たれました。 働くことと読書の関係についてはもちろん、同時に働いていると見失いがちな、自分の暮らしと、誰かへの思いやりを忘れないための問題提起だと受け取りました。
2投稿日: 2025.12.01
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
話題になってたし〜タイトルも納得できるし〜くらいの軽い気持ちで読み始めたら、映画「花束みたいな恋をした」からキャッチーに始まったかと思えば日本人の読書の歴史と労働観の変遷の相関、そして最後は働くことについての提言、と構成も面白くてとっても読み応えのある本だった!!!!これは復職したら悩める後輩同僚に薦めてあげたい本。
1投稿日: 2025.12.01
powered by ブクログ「半身で働く」。著者は本を読むためには、そういった働き方が良いのではないかと提言しています。ここでいう「本を読むため」というのは、「文化的に生活するため」とも、言い換えられるのかもしれません。この考えには、実体験から激しく同意します。 私が読書を始めたのはここ1年くらいの話なのですが、今の仕事は正直、めちゃくちゃ楽で、心にゆとりがあるので、読書が継続できていると思います。それも、実用書や自己啓発本を読んでいるわけではなく、著者の言葉を借りるのであれば、「ノイズのある読書」が出来ていると思います。全く仕事と関係ない本をあえて読んでいる節もあるので、ノイズだらけです。 4年前に転職するまで、私はいわゆる社畜と呼ばれる生き物で、家に帰るのは寝るため、休日も仕事の付き合いばかりのような生活を送っていました。読書に割くような時間は、もちろんありませんでしたし、それが当たり前だと思っていました。このころ、まさか自分が太宰治やドストエフスキーを読むなんて、思ってもいなかったです。 決して、本が読みたくて、転職したわけではないですが、仕事に半身で取り組むようになってから、本を読むようになりました。読書だけではないですが、いろいろ趣味のことを考える時間もあり、充実した生活がおくれているように思います(給料は大幅に減り、家族に迷惑をかけている部分はありますが、自分の中の幸福度は上昇しています)。 私はいわゆる「ゆとり第一世代」と呼ばれる世代の人間なのですが、著者のいうとおり、周囲の考え方は「自分のやりたいことを仕事にできるのが幸せ」という、仕事での自己実現を求める人が多かったように思います。その考えが知らず知らずのうちに、自分にも植え付けられ、「絶対にこの仕事で一旗あげてやるぞ」という気持ちで、前職では働いていたと思います。それでうまくいけば、幸せだとは思うのですが、うまくいくのは、一握りの人間だと思います。 「これだけ頑張っているんだから、絶対にうまく行くはずだ」と遮二無二なって、終電間際まで働いているのに、うまく成果があがらない。そんな人には、是非この本を読んで、肩の力を抜いてほしいと思います。いったい、「労働」とはなんなのか、自分の人生を賭してまでやることなのか、そういったことを考えさせてくれます。 新書大賞に選ばれるのは納得の、良著でした。
13投稿日: 2025.12.01
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
完全にキャッチーなタイトルに惹かれてつい読んでしまった。読んでみると、明治、大正、昭和、平成と時代の変遷で人々がどのように読書に向き合ってきたか、どのような本が読まれたのか、など読書史や労働史がくりひろげられたのは予想外で、知らないことが多かったので面白かった。紹介されてた本をつい読んでみたくなった。残念だったのはまとめ。結局ワークライフバランスを考え直そうみたいな一般論に落ち着いてしまった感。
1投稿日: 2025.11.30
powered by ブクログ日本人がどうして本を読まなくなったのかというより、本が大好きな人が働いたらなぜ本が読めなくなるのかと言う話。 ある程度、自分の仮説と合ってた。 だから花束みたいな恋をしたにも涙するんだと思う。
4投稿日: 2025.11.30
powered by ブクログベストセラーゆえに手に取ってみた。時代に応じた読書の意味や異なる価値観を学術的にならずに平易にまとめてある点は読みやすく、多いに参考になった一方で、やや短絡的過ぎる印象。ノイズの有無に焦点を当て、情報と知識という2分割の整理や、ひろゆき氏のメッセージに対する肯定なども考え方の1つであるけれど、そこに行き着く充分な検証や論理の組立がない為、物足りなさを感じた。
1投稿日: 2025.11.30
powered by ブクログ前に読んだ「人生を狂わす〜」でも思ったけれど、この著者は人に本を勧めるのがうまい 仕事なんだからというのは分かっているけれど、本が好きで書評を書いていることがビンビンに伝わってくる、まあ仕事なんだけど 本書はその仕事についての著者の向き合い方への提言が核になっている 「燃え尽きたくない、だからここでジッとしてる」と歌っていたのは高校のときの同級生だ バーンアウトを称賛する全身全霊はやめて半身社会へ、魅力的な提言ではある 何にせよ本書で参照されている映画や本を次の機会に手にとってみることになると思う 参照されていた、インターネット的はすごい本だ 「リンク」「シェア」「フラット」
9投稿日: 2025.11.30
powered by ブクログいわゆる団塊世代の方と話していると、あまりの価値観の違いに戸惑いを感じるときがある。それがずっと不思議だった。 でもこれを読みながら、もしかすると自分が新自由主義社会の中で育ったからなのかもしれないと思った。 だって我々は生まれてこの方好景気を知らないし、消費税だってずっと払ってきているし。 根本的に社会や政治への期待感が薄いというか、関心を持つのが難しいのも仕方がないだろって思ったりもする。 自分の人生の責任は自分で持たないといけないって育てられたもんで、各々自分のことでいっぱいいっぱいだから。 失敗したら自己責任って言われるから、それどころじゃない。 そんなことを考えるくらい、読書どうこうより労働史とか社会思想史的な性格が強いと感じた。 タイトルから読書術だなんだを期待して読む本ではない。
1投稿日: 2025.11.29
powered by ブクログ年代ごとに「本を読む理由」が考察され、その年代の代表書が紹介されているのが面白い。タイトル通り働きすぎで本が読めていない人と、働きながらも本を読んでいる人でだいぶ感想が違いそう。 個人的には、半身の働き方ができた結果、時間ができたからといって人々は果たして本を読むだろうか?という問いは残りました。タイトルに惹かれてこの本を手にとるような方は、多かれ少なかれ「本を読みたい」という気持ちはあるだろうから、無駄な問いかもしれませんが… 読書史からアプローチして労働との向き合い方を説く自己啓発本、という印象です。
1投稿日: 2025.11.29
powered by ブクログ新作『考察する若者たち』とセットで読むと、半身でいようよ→私たち報われたいよね、と更に現代の思想が深堀されているのが良い。コラボ動画でくるまさんも言ってたけど、最後に読者に視線を合わせてよりそいがあるのが三宅さんの著書が受け入れられるところなんだろうな。
0投稿日: 2025.11.28
powered by ブクログ〜感想〜 読書の歴史から現代の読書の位置付けまで細かく紹介してありとても勉強になった。 労働に対しての考え方が変わった。 半身労働社会についてすごく共感できた。 自分の働き方こそ半身労働に近いものにしていきたい。 〜特に心に残った部分〜 本を読むと、他者の文脈に触れることができる。 自分から遠く離れた文脈に触れること。それが読書なのである。
1投稿日: 2025.11.26
powered by ブクログ明治時代から現代まで、時代背景から、読書の在り方やどのような内容の本が流行したかを考察しており、非常に興味深く、なるほどと思いながら読み進んだ。 現代においては、インターネットが普及し、人々は自分に関係ある情報だけ取って、『ノイズ』のある読書を受け入れない。 そこから筆者は、全身全霊をかけて働くのではなく、半身で働くことを推奨。他人の文脈、ノイズを受け入れる余裕を持った方がいいとの主張。 確かに現代では、ワークライフバランスが推し進められているが、その空いた時間を使って、自己啓発することが前提となっている。自己啓発本が流行っているが、何かやらなければいけない、休みも一生懸命に勉強することが周りから賞賛されるからやっているようなものだ。それで燃え尽き症候群や鬱病になったら意味がない。 生き方を考えさせられた。
1投稿日: 2025.11.26
powered by ブクログ読書と労働についての考察がスルドイ。時代背景を追いながらも「読書とはノイズである」として、現代の情報社会に「本が読める」ことへの提言を行なっている
1投稿日: 2025.11.25
powered by ブクログこういうことを言ってくれる偉い人がいっぱい増えたらいいな。 働く時間が長いと、仕事に関係ない情報をノイズと捉えてしまう。読書はノイズが多いから、よりノイズが除去された情報を得たくなり、インターネットでファスト教養に走ってしまう。でも、ノイズを受け入れ、仕事以外の文脈を思い出すことが働きながら読書をすることに必要。 納得。 私はもっと働く時間を短くしたい、短くしても後ろ指さされないような環境にいきたい。
1投稿日: 2025.11.25
powered by ブクログ作者がすこい読書家でその時々の時代の代表的な作家や作品を紹介してくれるのが面白かったが、内容はいたってシンプル。
0投稿日: 2025.11.25
powered by ブクログ良書。本を読み、社会や他者、過去の文脈を受け入れ、自分の人生をよく考えて生きていきたいと思う。 高度経済成長期から新自由主義の時代にうつった際に、労働者が学ぶ・求めるものが政治的なもの=社会のことから経済的なもの=コントローラブルな自分のことに変わっていったという考察が面白かった。一方で、これは、SNS等で容易に過去の文脈を踏まえない陰謀論や居心地の良い主張が広まってしまうということでもあり、非常に危険なことではないかと思った。 しかしこの新書が売れると言うこと自体に、新自由主義からの揺り戻しというか、それでもやはり本当は他者の文脈を求めて社会を知って生きていきたいという本能が私たちにあるということだと思って希望を持った。 全身全霊は複雑な外部や自分の人生について考えなくて良いから楽である反面、うつ病になりやすく持続可能でないという指摘は耳が痛い。 全身全霊より大変でも、半身の働き方で複雑な社会や他者の文脈を受け入れて、持続可能な社会を作っていこうという提案は非常に重要と思った。
1投稿日: 2025.11.24
powered by ブクログ一年以上の時をかけて読了。 なんでか読み進められず。 しかし確実にわたしに迫ってくる内容でございました。 後半は病院の待合で読む本としていたが、働き過ぎがおそらく病気の原因だったと思われるので、なんというか、まさに、という本でしたね。 前半は、私が今知りたい問い「本って本当に読むと良いものなの?ネットと何が違うの?を、なんとかちゃんと示したい」に答えてくれる。 ネットではノイズなく「今まさに欲しい情報!」を得られるが、予期しない出会いや、周辺情報は得られない。本にはそれがある。 そして後半はまさに、新自由主義に絡め取られる我らについて。 “全身全霊のコミットメントは、何も考えなくていいから、達成感も得やすいし、「頑張った」という疲労すら称賛されやすい。頑張りすぎるのは少しかっこいいし、複雑なことを考えなくていいという点で楽だ。” ほんそれ。そうやって人は体を壊すのよ。気をつけよ。
12投稿日: 2025.11.23
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
著者は、現代人が本を読めなくなった主因は「時間のなさ」ではなく、仕事に精神のすべてを捧げる「全身全霊」の労働倫理にあると主張している。 本書は、読書とは本来「ノイズ(自分にとって未知・非効率な文脈)」を受け入れる行為であり、効率と成果を求める現代の労働環境とは構造的に相性が悪いと結論づける。 著者は、労働と読書を両立させるための唯一の解決策として、仕事に対する過剰な自己同一化をやめ、「半身(はんみ)」の姿勢で働く生き方への転換を提言している。
1投稿日: 2025.11.23
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
★★★☆☆星3【半身で働く】共働きフルタイムと家事育児の両立が無理ゲー。毎日生きてるだけで消耗する。全身全霊で働くと、周りにも求めたくなる。あまりにも厳しいルールを自ら作り出して縛られ、病んでいく。自己決定、自己責任の風潮が強く、思いやりは消えつつあるのか。お金よりも社会の問題、子どもを産み育てるには向いてない世の中なわけです。読書はノイズとの出会いを楽しんでます。漠然と思ってることがたーくさん書かれててスッキリしました!
2投稿日: 2025.11.23
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
新卒一年目なんだけど社会人って本当に本読む時間ないです!!!!!!!全然本読めなくなって悲しい!!!!! 職種のせいかもしれないけど家帰ってご飯食べてお風呂入って寝る これだけで精一杯…… でもツイッターは開いてしまうし寝る前に本を読もうとしてもすぐに眠くなって寝てしまう。私生活が導入まんますぎるよ。 はじめて新書読んだけど面白かった。本を読むことのあり方が時代によって変化していることがちょっと理解できた。2000年代以降人々が求める情報=インターネットで得る知識という図がめちゃくちゃ納得いきました。それを踏まえた上で『今の自分には関係のない、ノイズに、世界は溢れている。』という言葉がグッときた。わたしは読書をノイズだとは思ったことはないけれどそう思う人もいて、だから本ではなくSNSを開いてると思うからアプリを開くその手を止めてなんでもいいから本を開いてほしいと思う。 本を読むことでしか得られない体験や出会えない感情、自分の生活とは無縁だったことに出会えて感動すること衝撃を受けること人生が変わることってきっとあると思うので。読んでない人こそ本を読んでほしい! 働きながら本を読める社会をつくる、ほんとうにこうなってほしいし今すぐにむりなら本当に転職とか考えちゃうよ〜
1投稿日: 2025.11.23
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
働いていても普通に本を読んでいるので、あんまり関係ないかな〜って思ったりするけど、スマホで動画を見たりゲームする習慣はないけど、休日に本を中々読まずにずっとテレビを見てたりする…。 ノイズの話が面白い。
1投稿日: 2025.11.23
powered by ブクログ「なぜ働いていると本が読めなくなるのか」 この本が出版された時、このタイトルにものすごく惹かれ、著者が三宅香帆さんということで、すぐにでも読みたかったが今になってしまった。 ほんとにタイトル通りなのだ。スマホは寝るまでずーっと見てられるのに、本は手に取れない。手に取ってもすぐに寝てしまい、変な夜中に目が覚めて寝られなくなり「あー、これでは仕事中に眠くなりそう」と思い焦り、ますます寝られないという日を何日送っていることか。 読書史というのだろうか。 知らないことも多く、勉強になったが、自分の知っている時代に関しては、若い三宅さんが資料を元に分析するとそうかもしれないが体感?はちょっと違ったなという部分もあった。 時代が今に近づくと分析もますます鮮やかで、とても共感できた。若い人たちは大変だなと思う。でも労働に関しては、働き方改革でマシになった部分はあるし(犠牲になった方のおかげ)それは良かったと思う。ただまた労働時間の規制の撤廃を政治家が言うなど、ほんと油断ならない。 声を大にして「半身で働く」に賛成したい。
10投稿日: 2025.11.22
powered by ブクログ半身のコミットメントという提言についてはまさにその通りだと思った。一方、このタイトルを手に取る人にとって歴史パートがあまりにも長くないかと気になった。
1投稿日: 2025.11.22
powered by ブクログ本書は「本を読む余裕がない社会構造」そのものを問い直している。著者の「本も読めない働き方が普通とされている社会って、おかしくない?!」という考え方に共感した。 娯楽を「制御できるもの(スマホゲーム)」と「制御できないもの(読書)」に分け、後者が選ばれにくい理由を「制御可能なものが評価されているから、制御不可能な未知との遭遇の危険がある読書は選ばれない」と推察している。つまり「読む価値があると思えないものにまで手を伸ばす余裕がない」という結論に至っている。 「読みたいのに疲れ果てて気力がない」という私の推測とは根底が異なっていた。 著者が提案する半身社会。現実には週3勤務で生活できる層は限られ、格差が拡大するだけではないだろうか。その格差社会の中では「読書をする余裕」すら、生まれた階級によって左右されるのでは——と懸念を抱いた。 あとがきの「次に読みたい本がなくなる」という感覚に陥った事はない。一方で「働くのは嫌いじゃないが、所詮仕事」という部分には激しく同意した。 読書も所詮は娯楽なのだから、全身全霊で向き合う必要はない。読みたい時に読めばいい。
1投稿日: 2025.11.20
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
三宅香帆さんは小説紹介のけんごさんのチャンネルで知ってはいたのですが、書籍を読んでみてやはり物事を俯瞰して見て、問題を言語化する力が素晴らしいなと実感しました。「全身全霊をやめる」これに尽きると思います。アクセル全開で頑張っている人を褒めることは素晴らしいことだけど、同時に頑張っている人の首を絞めることにもなります。仕事に対して半身で働ける社会が来ることに期待して、今の大学生活を送りたいと思います!
1投稿日: 2025.11.20
powered by ブクログ自己啓発書の特徴は自己のコントローラブルな行動の変容を促すことにある。 つまり他人や社会といったアンコントローラブルなものは捨て置き、自分の行動の変革に注力することで自分の人生を変革する。それが自己啓発書のロジック。アンコントローラブルな外部の社会はノイズとして除去される。 読書は自分の知らないことを知識を取り入れられるいわばノイズ。ノイズがないほうが楽だから仕事に熱中しちゃう。 タイトルからは想像できないけど7割ほどは日本の労働と読書史、ラスト3割でじゃあどうしましょうという著者からの提案が描かれていた。 昨日友達と山登りしながら「転職とか考えてる?」「んー、今の仕事はめっちゃ給料良くないけど、そこそこ貰えてるし忙しすぎないから良いんだよね。奥さんも働けて健やかに暮らせることが第一だから」みたいなやりとりしたのを思い出した。無理をしない、大事。
2投稿日: 2025.11.19
powered by ブクログ他の方がレビューされていた「読書の歴史」という内容が言い得て妙と感じました。序章では映画『花束みたいな恋をした』を参照しているのですが、これを観ていなかったので、よくわからない感覚になってしまいました。第一章以降では、明治時代から現代にかけての読書の歴史を当時の流行った本などを参考に、評論されています。明治から昭和の時代背景を基に労働と読書の関係を評論するに当たり、著者はどのように全体を把握していったのか、あるいは書かれていることは本当に把握しているのか、何となくそのあたりが引っ掛かりながら読み進めるということになってしまいました。 タイトルは「なぜ働いていると本が読めなくなるのか」であり、「なぜ読めなくなるか?現代人が本を読むためにはどうすればよいか」という内容を予想してしまう。しかしながら、このことに関しては、あとがきで著者のコツ的なものが紹介されているだけで、勝手に予測した内容とタイトルとの乖離が感じられました。
1投稿日: 2025.11.19
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
現代は情報で溢れており、読書の意図しない情報が入ってしまうメディアは、ノイズになってしまうという主張。過去は教養としての読書であったり、修養としての読書があったが、現在では仕事で自己表現をすることが普通になってしまったために、ノイズを除去したインターネットや自己啓発本での情報収集が行われている。 著者は半身での生き方を勧めており、何事も他者の文脈、つまりノイズを受け入れるだけの余裕を持ちながら生活していくべきだと締めている。 実際、働くことが自己表現、アイデンティティとなっている部分は多分にある。それをよしとしない主張であるが、人手不足が叫ばれる中で、半身で過ごすことが理想で終わらないことを願う。
1投稿日: 2025.11.18
powered by ブクログ過去の歴史、時代背景を踏まえた読書の位置づけの変遷を辿れる。自分も働いてから本を読めなくなったと感じるのでこの本は興味関心のど真ん中。
1投稿日: 2025.11.17
powered by ブクログ自分が、「なぜ働いていると本が読めなくなるのか」を働いているのに読めるのか分かった。 確かに、って事がたくさん書いてある。
1投稿日: 2025.11.17
powered by ブクログタイトルに惹かれて読んでみた。 結果、とても良い!うん、うん、うんと頷きまくりながら読了。過去のわたしに読んで欲しかった!(当時はまだ発売されてないけれど) 自戒の書として、側におきたい1冊。 まず、各時代背景と読書の位置付けについて書かれており、立身出世の成功に必要なのは教養や勉強などの社会に関する知識であり、現代に必要なのは、自分に必要な情報で、不必要な情報はノイズとして除外することだという。 スマホで得られるのは、自分の知りたい情報(ノイズのないもの)で、読書は想定外の展開などノイズ性のあるもの。ノイズがあるか、ないかの違い。 全身全霊で働いていると、ノイズを頭に入れる余裕がなく、自分に関係あるもののみを求めてしまう。ーそれが、働いていると、スマホは見られても読書はできない原因だという。 私自身も、社会人1、2年目の激務時代、ダラダラスマホを眺める時間はあったのに、本を読む時間はゼロに等しかった。というか、本を読むエネルギーが無かった。 この本でいうところの、「全身全霊」で働きすぎていたから。当時の私は、仕事に全力をかける人、自己実現を果たしている人がキラキラして見えていた。周りもそんな環境だったのもあるかも。 最後の方はバーンアウトしかけていて、今思えば鬱の一歩手前状態だった。 出産・育児で、仕事から距離を置いたことをきっかけに、仕事以外のことにも目を向けるように。 以降は、この本のとおり「半身」で働くことを意識出来ているように思う。 社会全体が「半身」で働ける社会になりますように。そして、働きながら本が読める社会になりますように。
1投稿日: 2025.11.17
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
たまたまYouTubeでレコメンドされた那覇のジュンク堂に行ったblogを投稿していた三宅氏の著書。 時代と共に移りゆく労働の持つ意味合いと労働への向き合い方が、その時々の読書の意義を変化させてきたことが分かった。 現代のネットやAIを用いて得る情報はノイズのない欲しい情報そのものであり、それをこなせることがスキルとして評価される今。読書によって、大まかに求める情報とその周辺の情報に触れ、知識とすることを無理のない程度に積み重ねていきたい。 読書をするきっかけをくれた大切な一冊。
1投稿日: 2025.11.16
powered by ブクログ現代人は自己実現のために働きすぎだよ、 仕事は半身でやって本を読もう。 メッセージはわかります。 そこに異論はありません。 貴方すごいペースで本出して、あちこちに顔出して宣伝しまくってるじゃなーい、なんて言いません。 問題は時代を切り取るにあたっての本の挙げ方。 まずストーリーありきで、その文脈に合う当時の売れた本を切り取ってるだけ。 司馬遼太郎はサラリーマンのノスタルジーではなく、前時代の上世代から「読め」と強要された、読んでないと言えない空気、これも多いと思うし、 ネット=情報、知識ではない、も、YouTubeで知識を得るチャンネル(自らの選択以外も流して聴ける)も出てきてて、なーんかなーってなる。 まぁ、それこそ本は読むも読まぬも自由選択。 本を読む時間は作りますが、「好きと〜」からの2作で、三宅さんの本はお腹いっぱい。 書評家としては素晴らしい方と思ってますよ。
7投稿日: 2025.11.15
powered by ブクログ絶対に『花束みたいな恋をした』を見たあとで読んだほうがいい 著者の三宅さんとは同じ高校の出身だということもあって、話題になったこの本を手に取りました。 就職してから大好きだった読書ができなくなった自身の経験をもとに、明治以降・近代化してからの日本人の働き方と、読書のあり方(読書に限らず、文化・教養の受け取り方)の変遷という2本の線を並行をさせて比較し、労働と文化を両立できるはたらき方とは?を追求する1冊です。想像してたよりもフランクでやさしい文体で、はつらつとした女性の軽やかさと情熱にグイグイと引き込まれます。 「本が読めないのは仕事に時間が取られるから、労働で気力が奪われるからじゃないの?それと時間の使い方の選択肢が増えたからじゃん?時間の潰し方を無限に用意してくれるスマホがあるからじゃん?」だれもが読む前に予想するところでしょう。もちろんそれはそうだけど、かなり深堀りされた解像度の高い答えが著者によって提示されます。 なにより2021年の映画「花束みたいな恋をした」の主人公カップルの社会的な位置づけの違いに注目し、労働と文化のあいだには常に「社会的な格差」が影響しているという文脈を見立てた著者の着眼点がおもしろい。一見関係のなさそうなものがつながってしまう作用、これこそが教養のなせる技であって、この本のメッセージのひとつだと思います。哲学者ブルデューの『ディスタンクシオン』にも通じるものを感じました。これ映画見てたらもっと味わい深く読めたなあ。今後この映画を見る機会に、この本で提示された文脈でしか見られなそうなのがちょっと残念かも(自分のせい)。見てから読めばよかった! 明治時代、海外から自己啓発の概念が輸入され、立身出世を焚き付けられる労働者男性と、それを他人事のように眺めるエリート階級の構図が生まれたと見て取れ、明治すでに『花束みたいな恋をした』のカップルのような構図はすでにあったということが面白かったです。 その他、紙の価格高騰から円本(=全集)や文庫が誕生したエピソードなど、本そのものの変遷も興味深かったです。昭和のころ、中流以上の家庭の戸建てなら玄関からすぐの部屋には洋式の応接間があって、そこの本棚にはかならず日本文学全集、世界文学全集の背表紙がズラリ、教養も誇示できるインテリアとして鎮座していたものです。いまではそんな応接間なんて余裕も必要もなくなったうえに、オンラインで世界中の文学作品が読める。世は遺品整理や終活ブームで、無用の長物は処分したい。”全集インテリア”はもう見られなくなった光景ですよね。 「読書はノイズをはらむ」と著者は言います。2020年代に現れた効率的に手っ取り早く教養を得る『ファスト教養』という言葉。お金と時間をかけて1冊のビジネス書に向き合うより、同じ内容を数分に要約したYouTube動画を無料で見るほうがコスパ・タイパが良いという風潮を表したものです。ファスト教養によってバッサリ切り落とされた贅肉こそが『ノイズ』、言ってみればムダな部分ということ。著者のお気持ち、付随するエピソードといった余談や、なんなら本屋に行く手間、買う手間、自分でページをめくる手間、、、コスパ・タイパという俎上のうえで切り落とされるそれらを『ノイズ』という概念に集約させているのが分かりやすいです。詩的で抽象的な部分を含んだメッセージを能動的に受け取りにいくより、具体的な情報をのみを流し込まれるほうがハードルが格段に低い。だから本は読めなくてもスマホは見られるという現象が起こるのだと思います。”読書”は他者の文脈を汲み取りつつ読み進めなければいけないけど、”情報”は答えに一本道でたどり着けるルートが用意されているから。 タイトルである『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』。この問いへの著者の答えは”仕事以外の文脈を取り入れる余裕がなくなるから”。そして大切なのは他者の文脈を遮断せず、一見ムダな知識『ノイズ』をあえて受け入れること、それが働きながら本を読む一歩だと著者は言います。これには本当に同意するところで、わたしも風が吹けば桶屋がもうかるように、一見役に立たない本(や映画、音楽、美術、etc)がじんわり漢方薬のように自分の人生に効いていたと、後になって気づくことがありました。 いまの働き方の元凶とも言える「新自由主義」について触れた章も面白く読むことができました。新自由主義への懸念、前田裕二著『人生の勝算』への批評的な目線など、著者の論調のギアがグッと上がってドライブしてくるあたりがアツい!「ルールを疑うことと、他人ではなく自分の決めた人生を生きることは、決して両立できないものではないはず」という著者の熱いメッセージは胸に響きました。正直、ところどころ強引なこじつけに感じる部分もあるけれど、ある程度クセがある方が味がしてメッセージとして面白いと私は思います。ファスト教養的観点からすれば、クセや味なんてそれこそノイズなんでしょうけどね。 本も読めない(=趣味を心底楽しめない)社会を改善するには、美徳とされているストイックなオーバーワークを褒めないこと、そこからはじめようと著者は提示します。そして仕事も趣味も家事も、全身全霊でなく”半身”でこなすことだと。ストイックという幻想に縛られない生き方については最近自分も考えていました。私は若い頃、ストイックに求道的に生きて名を挙げて、「自分は何者である」という勲章を手に入れないとこの世にいてはいけない、とすら思っていたかもしれません。でも今は違います。自分が自分であるだけでいい、勲章は必要ない。”生きてることそれだけをもって、生きててOKという許可証だ”と思っています。SNSのタイムラインにならべられた勲章の博覧会に心揺さぶられないよう意識しています。 最後に思わず「そう!」と声が出た、私が大共感した文を引用します。 "好きなことを活かせる仕事── 麦(※映画『花束みたいな〜』の主人公)の言うとおり、それは夢物語で、モラトリアムの時期だけに描くことのできる夢なのかもしれない。しかし問題は、それが夢物語であること、ではない。むしろ好きなことを仕事にする必要はあるのか?趣味で好きなことをすれば、充分それも自己実現になるではないか?そのような考え方が、麦にとってすっぽり抜け落ちていることこそが問題なのだ"
5投稿日: 2025.11.15
powered by ブクログ資料を駆使して説得力ある文章を、とがんばって書かれているのはすばらしい。 年齢を重ねたらまた違う意見も聞けるかも、と期待します。
0投稿日: 2025.11.15
powered by ブクログうーん。タイトルを「読書と労働史」とかにしてほしい。流行ったので期待しすぎてしまった。結構論理飛躍してるな〜と思う部分も。。 文体で入試国語の評論文を思い出した。 働いていると本が読めないのは甘えで、余暇で文化的な営みをするか受動的なコンテンツに甘んじるかは好みとか気力なのでは。。。マルチタスク得意か苦手かとかね。 そういう内容なんだと知って読めば面白いと思う。ノイズを受ける余裕があるかないか。
2投稿日: 2025.11.14
powered by ブクログ「読書は労働のノイズである。」 だから私たちは、働きながら本を読めなくなる。 なんという悲しい現実。 でも、この問題提起には、私は心から拍手を送りたいです。 「自立とは、依存先を増やすことである」 これは、医師であり当事者研究でも知られる熊谷晋一郎さんの言葉。 著者・三宅さんは、読書とは “他者の文脈に触れること” だと言います。 そう考えると、読書とは「依存先を増やす営み」とも言えるのではないでしょうか。 国家にも、組織にも、すべてを任せてはいけない。 自分の足で立つために—— だからこそ、私は “読む時間” を届け続けたい。
0投稿日: 2025.11.13
powered by ブクログよく売れている本とのことで、タイトルにも惹かれて読み始めました。思っていた感じの内容ではなく、中学生の頃に国語で読んだ、論説文だなぁと思いました。面白くのめり込むこともできず、只々著者の思いを読み進めるというつらい時間となってしまいました。もう少し期待していただけに残念で、飲み込みにくい持論に疲れ、もう少し厚みのある本なら投げ出していただろうなぁ。なぜ売れているのかわからず、みなさんの感想も読んでみましたが、しっくり来ずでした。まぁこんな事があるから読書は面白い。著者の方の言うところの『ノイズ』が多い一冊だったと、それでも出会いに感謝しよう!
14投稿日: 2025.11.12
powered by ブクログ興味のあるタイトルだったのですが、この本の文面が難しすぎて、働いていては、頭に入ってこなかった…?なるほどと思える内容もあったが、今の私には、イラスト入りや、マンガタイプの方が入る頭だった…。
1投稿日: 2025.11.10
powered by ブクログ「全身全霊からの脱却。」 「半身で働こう。」 字面だけ見ると、世にあふれた耳障りの良い、あなたはあなたのままでいいという、傷の舐め合いをしているような言葉かと疑われるかもしれない。 しかし、1つのことにフルコミットした果て、自身のアイデンティティであったものができなくなったとき、「それができないやつはダメ」と思っていた人は自我を保てるだろうか。 仕事が好きだからこそ、家事や育児を妥協したくないからこそ、趣味を極めたいからこそ、半身なのだ。 正直、仕事が好きな人からこんな言葉が出るとは思っておらず、狐に摘まれた思いだった。 ただし忘れてはならないのは、全世界的に競争が激化しているグローバル社会において、簡単に受け入れられるものではないということ。 自身も、仕事ができない人、家事育児ができない人、趣味で頑張れない人はダメだと思っている節がある。 ただ、本当を言えば、週4勤務くらいで、家事代行やベビーシッターを使って、程よい趣味をいくつか持つことが理想と思っている自分もいる。 私自身も、全身と半身の間にいるのだ。 半身でいることは、現代社会において容易ではない。 楽に生きたら、そのツケは必ず未来の自分に回ってくる。今後相応の期間はそういう社会なのだろうと思っている。 ただ、いつの日か、皆が半身であっても、健康で文化的な最低限の生活を送れるような、そんな世界を見てみたいものだ。
8投稿日: 2025.11.10
powered by ブクログタイトルについて明治期から現代までを読書と労働の観点から検証し、読めなくなる理由と提言をする内容。 理由の記述は避けるが、本が読めなくなるのは働いている自分にも当てはまる。 私は2年ほど公務員試験の就職浪人を経験した。その2年間は1日1冊を読むほどの読書量だった。 お金がない中でブックオフの100円棚で本を買い漁り、就職できない苦しさを読書で癒してもらっていた。 いまは公務員として働いているが、読書をしたいと思っても余暇に読書ができない。その理由が明快に理解できた。 みんなが読書ができる社会にするために、著者の提唱する「半身」で働ける社会は賛成だ。 入庁して10年で職場にフレックス制、テレワークが導入された。 週休3日、兼業解禁この辺りは私が退職するまでには実現するように働き方を変えていかなければならない。
2投稿日: 2025.11.10
powered by ブクログ前半は日本人と読書の歴史、後半は全身全霊で取り組むことへの警鐘に重きが置かれていたと思います。 「本が読めなくて、スマホゲームはできるのか」については以下の2つの理由を考えました。 ①ゲームの方が頭を使わないから ②ゲームはカラフルな一方本は白黒のものが多く、ゲームの方がドーパミンが出るから。 仕事には全力で取り組みたいですが、魂は捧げないようにしたいです。 会社にとって従業員は代替の効く駒だと思うので。 食べていくためにこれからも自己啓発本を読みたいと思います!
6投稿日: 2025.11.09
powered by ブクログ良かった! タイトルからいわゆる読書術本の延長のような内容を想像して読み始めたけれど、読書を切り口に、より良い働き方・生き方について考える肉厚な内容だった 「一つのことに全身コミットするのは楽」、「人間は疲弊すると他者の文脈(=ノイズ)を受け取る余裕がなくなる」という指摘がグサグサ心に刺さる 平日は文字通り仕事だけに時間を費やし、土日はYouTubeや何度も繰り返しみた古いドラマを垂れ流して自室に篭る。悪いことじゃないけど、まさに一つのことに全身コミットして自分の文脈の中だけで過ごす生活じゃん、、、 仕事も日常も趣味も半身で、どれも諦めずに、でも持続可能な形でやっていきたいね
2投稿日: 2025.11.09
powered by ブクログあなたの「文化」は「労働」に搾取されている 江戸時代 読書といえば朗読だった! 本は朗読しながら家族で楽しむものだった 明治時代初期に「黙読」が誕生 活版印刷技術で個人の趣向に合わせた読書の誕生 目で読みやすく⇒句読点の使用 修養 教養と 階級格差の歴史 自己啓発書とは、社会を遠ざけようとするジャンル(牧野智和 社会学者) アンコントラブルな社会のノイズを除去し 自己のコントローラブルな「行動の変革」を促し、自分の人生を変革する。 文芸や人文書のような社会や感情について語る書籍は、むしろ人にノイズを提示する作用を持つものだ。知らなかったことを知ることは、世界のアンコントローラブルなものを知る、人生のノイズそのものだからだ。 90年代以降の、「行動の時代」社会を知っても自分には関係がない。それより自分でコントロール出来るものに注力した方がいいという時代。 ノイズのないスマホゲーム。(コントローラブル) 読書(アンコントローラブル) 2000年代 ; 仕事で自己実現を賞賛する時代。 仕事への過剰な意味づけ。好きなことを仕事にという夢追い。ゆとり教育。 若者を長時間労働にのめり込ませる 読書離れ。読書時間の減少。 インターネット :本質はリンク、シェア、フラット 現実のヒエラルキーの無効化の効果 歴史性や文脈性を重んじる人文知VSノイズのないインターネット情報知 2010年代: 働き方改革 ノマド 副業 個で生きる。 1990-新自由主義(ネオリベラリズム);福祉公共サービスの縮小。市場原理が重視される社会。個人も自己決定自己責任が重視される。 映画を娯楽としてではなく 情報として楽しむ人の増加。 芸術-鑑賞物-鑑賞モード 娯楽-消費物-情報収集モード 読書は、自分から遠く離れた文脈に触れること 本が読めない状況とは、新しい文脈を入れる余裕がないということ。 「半身で働く社会」に 21世紀の私たちの問題は、新自由主義社会の能力主義が植え付けた「もっとできるという名の、自己に内面化した肯定によって、人々が疲労してしまうこと」(ビンチョルハン 疲労社会) 資本主義は全身を求める(ジョナサンクレーリー 眠らない社会)
0投稿日: 2025.11.09
powered by ブクログなぜ働いていると本が読めなくなるのか このような単純な疑問を、労働史と『花束みたいな恋をした』のストーリーに準えて読み解く一冊。資本主義が現代の我々に強いる圧力を端的に鋭く指摘している
1投稿日: 2025.11.09
powered by ブクログ読書系YouTubeを眺めていると必ず流れてくるであろう著者の本。題名からは「そりゃ、学生時代より忙しんだからだろう」以外の何をどう掘り下げるのかに興味を持ち。 「花束みたいな恋をした」(今村夏子のピクニックまで読むほどには好きな映画)の導入から読書史と労働史を絡めて理由を説く話。時代時代のベストセラーや社会状況、労働環境を踏まえながら。なるほど。そういう視点か。意外に大衆の読書の文化って新しいことと、トレンドも変わってることを知る。しっかり引用を交えて説明が分かりやすい(簡単の意味でなく)のは好感。 読書家の著者は、読書自体が素晴らしいというよりも、仕事でない文化的な活動は一見役に立たないような話でも回り回って意味があると。ネット(調べもの)は純粋に求めているものがダイレクトに出てくるが、読書は何だか分からない、認知負荷が高い、意味がない(と思われる)、自分がコントロールできない、複雑な他人の社会の実情実態→文脈(ノイズ)も提供される。そのノイズ、受け入れる余裕が大事であり、ノイズも知識の一部であり、本が読めないということは、新しい文脈に触れられず、新しい文脈を作れないということだと。確かに、あの時に何となくやっていたことが、あとあとそういうことだったのかといろいろ繋がる。歳をとってから。 で、その余裕を確保するにはもう全身全霊の時代ではない、変えようと繋がる。全身全霊はかっこよく、分かりやすく簡単(それだけ考えていればよいの意味で)、賞賛の対象になっているけど、最終的には (本も読めないほど余裕がなくなり特にメンタルの) 疲弊社会を産む。もう止めよう。半身で仕事をしようと。絹の視点である。 どのようにの答えは著作にはないが、資本主義、競争社会からの脱却をしないと難しいのではと思う。半身ではガチな人には勝てないという現実がある。現在の社会環境 (インフラ含め) 自体が全身全霊、資本主義、競争社会の結果である。既に末端には血が通わない。維持すること自体が困難な時代であり「スローダウンする社会」を目指す (許容する) というコンセンサスが必要であろう。経済的には豊かではないが、文化的には豊かな社会を作ろうと。ワールドシリーズの全身全霊の日本人の活躍を見るとまだその時代は遠い気はするけど。AIでどんなに効率化されても更なる高みを目指して欲望のままに破綻するまで忙しさは変わらない気がするのは悲観過ぎか。 麦は疲弊、搾取され幸せになれないのだろうか。
5投稿日: 2025.11.09
powered by ブクログ以前から話題になっており、読んでみたかった一冊。日本における読書の近現代史をたどりながら、働く人が本を読まなくなった背景を社会構造の変化から描いている。私自身は働き始めてからも読書習慣は続いているが、「役に立つ本」を求める傾向が強まった点には共感した。筆者が指摘するように、自己啓発的な読書や「読書=差別化の手段」という発想は昔からあったという指摘は興味深い。 また、現代人が情報を効率的に求めるあまり、ノイズと本書では呼ばれていた直接的には役に立たないものを含む読書を避けているという分析にも納得させられた。
6投稿日: 2025.11.09
powered by ブクログ長々と読書習慣の変遷を明治→大正→戦前→戦後→昭和→平成と解き明かしている部分が冗長に感じた。 タイトルにある問いの答えだけ知りたければ、最後の40ページ程度を読めば足りる。 要は、働いていると本を読む余裕がなくなるから、ワークライフバランスを半々にして本を読む余裕を持ちましょう、という提言。
4投稿日: 2025.11.09
powered by ブクログ大ファンの三宅さん。 ようやく代表作が読めた。 半身で働くことは、妊娠・子育て中ずっと考えていたことだったから奇遇だった。 私はただ楽ができてラッキーと思っていたけど、三宅さんは「様々な文脈に半身ずつ浸かることで、他社を受け入れられる、読書というノイズの多い情報を楽しめる」と考えていて、思ってもみなかった良い点を教えてくれた。 以下に各章事のまとめをかく↓ 第1章 明治時代 長時間労働の誕生。 黙読するようになり、自己啓発本が生まれた。 第2章 大正時代 サラリーマンの誕生 労働者階級との違いをアピールするため、 仕事の一部である「修養」ではなく、仕事とは関係の無い「教養」を持てる余裕を見せるために読書をする。 第3章 昭和戦前 円本が大ヒット 月額制、選りすぐり、インテリアになる 教養あるアピールができる サラリーマンの読書時間は現代と一緒 通勤時にスマホ代わりに新聞を読むため、連載小説がヒットした。 第4章 昭和戦後 テレビの台頭 読書危機 最も長時間労働 労働者階級も読書するようになった 第5章 昭和終盤 サラリーマンの評価基準は、成績ではなく自己啓発してるか 司馬作品はオイルショック後に、高度経済成長期のよき時代を思い出させてくれる存在 第6章 サラリーマンに大事なのは、学歴や教養よりも入社後の処世術 教養文化は女性に移動した 第7章 自己啓発本は、知識や心構えだけでなく、行動を指示するようになった。 「会社に人生を捧げる」から「自分のキャリアは自己責任」になる 自己啓発本は特に、アンコントローラブルな外部の社会をノイズとして排除し、コントローラブルな自身の行動に注力するものが多い 逆に人文書や文芸書はアンコントローラブルな面を見せてくるものが多い 「知らなかったことを知しりたい」欲望から、「コントロールしたい」欲望に 社会のことを知るよりも、自分自身でコントロールできるものに注力するほうがいい 第8章 好きなことを仕事にすること 教養ではなく労働(行動)で自己実現する 週休二日になったため平日だけを見ると1番長時間労働 インターネットの登場 知識 → 読書が予期しなかった情報も含む 情報 → 上記のようなノイズを排除したもの 過去や文脈など複雑な背景は考えない 自分の求めているどんぴしゃ今、ここの情報 文脈や歴史的背景を排除すると、偏った完成になりやすい 第9章 読書は「娯楽」ではなく処理すべき「情報」になる 読書とは、自分とは遠く離れた文脈に触れること 働いてると、仕事以外の文脈を取り入れる余裕がなくなる 最終章 明治~戦後: 成功に必要なのは教養や勉強といった社会に関する知識 現代: その場で自分に必要な情報を得て、不必要な情報はノイズとして除外し、行動に移すこと 現代は自己責任と自己決定だから、強制されていなくても自ら頑張りたくなってしまう 職場も、家庭も、商品メーカーも、「24時間(自分たちに)費やして欲しい」と思ってる ひとつの文脈に全身を集約させる方が楽だが危うい 様々な文脈の中で生きることで、読書というノイズ込みの情報を楽しむ余裕ができる
1投稿日: 2025.11.06
powered by ブクログ装丁からもっとかたい内容を想像していたけど、語り口も柔らかくてユーモアがあり、読みやすかった。大正からの文学史に加えて、著者が若いだけあり、現代の話題も豊富に出てくる(TikTok、オンラインサロン、ひろゆき、など、、)こんなに幅広い視点で読書について書いた人はいなかったんじゃないか?ととても興味深く読んだし、ベストセラーにも納得。 映画「花束みたいな恋をした」の登場人物と著者は同世代らしく、仕事に忙殺されて文化的生活から遠ざかってしまう登場人物の描写に自分も共感した。文学史(読書史?)も面白かった。「痴人の愛」は新聞連載で通勤中のサラリーマンをターゲットにしていた、とか。ヒットした本は時代を表すということが分かりやすく説明されている。脳内革命とか電車男とか、忘れてたけど昔流行った本が色々出てきたのも単純に面白かった。 結論、本は雑音のようなものなので、余裕がないと読めない。本を読むには、仕事や物事に対して全身全霊を止める(=半身になる)とのこと。言いたいことには共感だけど、そのために著者がいう雑音系の読書(純文学とか)と対極にある自己啓発本を手に取っちゃうんだよなあ、、と思った。著者みたいに会社員をやめない限り、やはり本当の意味でゆっくりと読書は楽しめないんだろうか、、
9投稿日: 2025.11.06
powered by ブクログ読書と労働の関係を、明治大正昭和平成令和と時代ごとに着目していて面白い。 過去の日本人も長時間労働していたが、本は読んでいた。明治頃は武家制度が撤廃され、農家の子は農家、商家の子は商家ではなく、立身出世で何にでもなれる 社会を変えていける時代だった。 昭和は、外じゃなく内面に注目が当たったため、血液型診断やスピリチュアルなものが流行った。 飛ばすが、現代は社会は変えられず、変えられるのは自分だけという価値観が広がった。コントローラブルな物だけを変えるかんじ。 自己実現として、将来の夢が労働と強く結びついた。お嫁さんになるとか、趣味に生きるとかを夢と言うのではなく、夢は職業を指すものとなった。 労働が自己実現=夢となるなら、労働を頑張らざるを得なくなっている。 でも、労働に全身で取り組んでも体壊すだけなので、まずは私から 半身で取り組んで半身を余暇に使うようにしていきたい。 労働に全身を投げ込むのは、企業としては嬉しい行為。だが、それは育児家事を女性が専業主婦で担ってくれていた時代には問題なかったが、現在男女ともに労働に全身を投げ込ませているので、育児家事の可処分時間がなく、少子化の一原因となっている。 みんな半身で頑張ろう。
4投稿日: 2025.11.06
powered by ブクログ本を読むことについて、モヤモヤしていることを言語化してもらった気分です。 日本人は自ら働きすぎることを望んでいるという指摘には、痛いところを突かれた。 半身で働く姿勢は、ちょうど実践し始めたばかりなので賛同します。 日本人の読書史としても面白かった。 本を読むことは、仕事には役立たないノイズになるという。 ネットやSNSなどノイズを除去した情報の方に流されがちですからね。 読書が自分から遠く離れた文脈に触れることなら、自分はそんな人生でありたいなと思う。
9投稿日: 2025.11.04
powered by ブクログタイトルを見て、「まったく世の中のやつは読書できないのか、俺は読んでるけどね」と読書家が優越感に浸るための本かと思って嫌厭していたが、予想外に素晴らしい良書であった。 読書の歴史的背景を踏まえている点が素晴らしい。なぜ本が読めないかという問いに対して、決して短絡的ではなく、広い視野で捉え、理解することができる。 私達は好きなことを仕事にして全身全霊を費やすように動機づけれられている。人生がうまくいかないのは自分の努力が足りないからだという自己責任論の非道さはまさに昨今の格差社会で浮き彫りになっている。 世の中は私達が幸せになるようにはできていない。それどころか不幸になる読書の仕方をしているかもしれない。そのことに気付かされた。
14投稿日: 2025.11.03
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
私も忙しい職場だったときには、本を読む気が起きなかった。 頭が仕事一色になって、余計な情報は入れられなかったし、ちょっとでも小難しいことは受け入れられなかった。 今は幸いにも通勤電車を中心に、よく読めている。 本作も話題になっていることは知っていたけど、精神論かな?と思っていたので、日本社会の労働と読書の変遷が思いがけず、面白かった。 印刷博物館に行った時に、なんで円本が売れたのか疑問だったけど、月払いであることや書斎のインテリアだったとわかり、なるほど!と納得。 別に読書が特別だとは思っていない。音楽でも映画でもスポーツでもなんでもいいし、ゲームだって友達に聞くと、オンライン上で空気を読んだり、チーム内で揉めたり、人間関係が大変だけど面白いそうだ。 そういえば、忙しいときは映画も小難しいものは観られない。じっくり考える系のだと、なおさらキツイので、極力ファミリー映画のようなものにしている。音楽もメッセージ性が強すぎるものはダメ。口ずさむ程度で気楽に聴きたい。 今の日本では仕事して家事して子育てして、さらに趣味も楽しめとは、1日何時間あっても足りない。 ただ、最終章のタイトルは「「全身全霊」をやめませんか」だったけど、この年で時々思うのは、せっかく生まれてきたからには、1回くらい寝食を忘れて何かに没頭してみたかった。 それに、長時間をつぎ込むのだから、やっぱり仕事は好きなことができるのが理想だけど…古い考えになってしまうのか。
1投稿日: 2025.11.03
powered by ブクログ歴史から日本の労働について読み解く流れだったため、想像していたより難易度が高かった。日本人が働きすぎというのは昔から変わらないんだな… 本であれなんであれ、仕事以外の本書でいう″ノイズ″をキャッチする余裕がないと少なくとも私は、生きていくのが辛くなる。 今の自分は今のところバランスよく生きているとは思うが、余裕がない時って″時間をつくろう″という発想にならないし、余裕がないことすら気づけない。 やっぱり社会が変わっていくしかないし、まずは個人個人で変えていくしかないんだろうな。
28投稿日: 2025.11.02
powered by ブクログ自分の読書量が減ったのはスマホが原因と思っていた。 働き方の変化と共に本を読まなくなったという考察に、なるほどと感じた
1投稿日: 2025.11.02
powered by ブクログパラパラとめくったとき、1960年代など各時代の労働環境や当時流行った読書について書かれていたので、歴史を振り返るような本かと思い、正直興味が持てなかった。 しかし、実際に読んでみるとなぜ今の社会では本が読めなくなるのか、という理由が描かれていて、引き込まれた。
22投稿日: 2025.11.02
powered by ブクログタイトルに惹かれて興味を持つ人が多い本だと思う。私もそのひとり。著者の実体験に基づく素朴な疑問から始まる本書だが、内容はそれほど簡単ではなく、読み易くはない。主に日本人の労働と読書の関係について、明治以降の時代毎に丁寧に解説している。その時々のベストセラーが紹介され、どのような人々がどんな本を読んでいたのかの分析は面白い。自己啓発本のブームや知識のノイズ性の話しも興味深かった。 「働きながら本が読める社会」のために、半身で働くことを著者は提言しているが、実際のところ実現可能性には疑問が残るし、なんとなくモヤモヤした気持ちが残ってしまったところが残念。
3投稿日: 2025.11.01
powered by ブクログ仕事が繁忙期だったり、プライベートでバタバタしたりすると、どうしても読書の時間は減ってしまうけど、たとえ3ヶ月や1年に一冊であっても、細々読むことは続けていきたいなと思った。
1投稿日: 2025.11.01
powered by ブクログ2025年10月10日 ふんわりゲスト 京都をベースにご活躍 書店員の経験をお持ちです あの本屋さんかしら(^^) 今年の話題の新書 本好きの方なら気になりますよねー 忙しいからというのは当たり前で 歴史をさかのぼるような内容もあるとの事 ダイレクトに答えが求められる現代 ピンポイントに情報が得られないと他をノイズに感じる人が多い 教養を求めて幅広い読書をする時代では無くなった それでひらめく事もあるはずなのに
1投稿日: 2025.10.31
powered by ブクログ<OPAC> https://opac.jp.net/Opac/NZ07RHV2FVFkRq0-73eaBwfieml/El2_QmIFaZlNZvbQ2H_J1hTqyHp/description.html
0投稿日: 2025.10.31
powered by ブクログ三宅さんのYouTubeチャンネルを楽しく観させてもらっているので、まちLibraryで目の前に現れすぐ手に取りました。 読書という文化を哲学していて、さすが専門家。 じっくり紡ぎ出された言葉で三宅さんの思考をたどることができ、また一味違う一面を見られました。 「自分から遠く離れた文脈にふれること。それが読書」 「新しい文脈を作る余裕がないから本を読めない」 「半身で働く」 働いていても、働く以外の文脈というノイズが聞こえる、聞ける、それをノイズと感じなくていい社会、そんな社会を子供に残したいと思った。
1投稿日: 2025.10.30
powered by ブクログ正直あまり良い本とは思わなかった。 読書スタイルの変遷と労働環境を年代順によくまとめているが2000年代頃より迷走ポエム生煮えでリリースした感じに。 「仕事で自己実現」は危ういと言いつつ自身がプロ書評家(読書が仕事)。自己啓発、自分を変える(世の中は変えられない)というスタンスを批判的に語りつつ最後は「半身で働く」等個人のスタイルやライフハック的な読書のコツ(個人の世界)に着地する等、語り口の矛盾、しりすぼみ感は大きい。 所論を「仕事忙しすぎて余暇(読書)の時間がない」と煎じ詰めると、労働需給の問題として勝手に解消するかもしれない(氷河期世代は貧乏暇なし読書どころじゃないが、今若い人は売り手市場)が世代の問題に切り込むでもない。新自由主義的な労働者待遇切り下げの前提としてソ連崩壊にふれるべきでは(世の中が貧乏人解雇労働者に溢れたら革命という懸念が後退している)。 解雇困難故正社員採用を絞って残業前提化で多忙になる点が問題とよく言われるけども、それは大手に限った話であるし(中小零細では大手ではしない解雇を違法でもすると思われる)、ワークシェア的に人員余裕もたせたら随時の残業から随時の解雇にバッファーが変わり別の問題が立ち上がると思われるが、そこへの言及がない。
1投稿日: 2025.10.29
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
Audibleにて 疲れすぎて読書できないくらいに精一杯働きすぎないということと、読書の"ノイズ"から得られるものがあるという話が印象に残った。 最後に本を読みたくなるコツとして書店に行くと言った記載があったが、この本を読むことそのものでわ本を読みたくなった
0投稿日: 2025.10.29
powered by ブクログ「どういう働き方であれば、人間らしく、労働と文化を両立できるのか」それが問題だ。「働きながら本を読める社会」をつくりたいという著者の思いに共感します。 「半身社会」の実現、個人の自由な時間の拡大、労働時間の短縮には、新自由主義からの脱却、社会の変革が必要だと思いました。
0投稿日: 2025.10.29
