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人新世の「資本論」
人新世の「資本論」
斎藤幸平/集英社
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総合評価

496件)
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    この本の冒頭を読むだけで そんな気がしていた... と誰もが痛感するのではないだろうか。 環境破壊は深刻を通り越して人類滅亡一歩手前。 SDGsだのグリーンエコノミーだので 豊かな暮らしを維持しながら やりくりしようというというのは幻想だった。 孫世代の話でしょ?と思っていると大間違いで 下手したら私たちが生きてる間のお話。 どうやってそれを止めるか? それは相互扶助を基盤にした地場コミュニティの 抵抗力で資本主義そのものを切り崩すということ。 いやいや無理じゃね?と もうこのシステムでしか生きられない私たちは 途方もない気持ちになる。 この方法で本当に太刀打ちできるの〜? と気弱になる人も多かったろうと思うが、 それ以外の方法他にあるの?もっとラディカルに進めれる方法はあるの?と言われると 全く思いつかない。 しかし資本主義のままで突き進もうとすればバッドエンドしか待っていない。この根拠は本書で様々展開されているが、もはや読者は言われなくてもわかるのではないだろうか。薬に副作用があるように、メリットだけのものなんてないのだから。 これから暮らしていくうえでは 物を買うと言う事 それは単純なモノだけでなく サービスもインフラも全て含め その行為に生じる罪を深く考え 【足りるを知る】この感覚が絶対に絶対に必要。 そして自分の持っている資源を周りに拓いていく。 これは友達ベースでも犬のお散歩仲間でも良し。 こうして買わずして済む機会やモノを少しずつでも増やしていきたい。まずはここから。

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    投稿日: 2022.03.07
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    現代の資本主義はゆっくり形は変えていっているが、気候変動を加味した場合にはそれでは間に合わない。ラディカルに変革することが必要。生活様式そのものを見直す。概念的に言いたいことはわかった。難しい内容だったのでまた読み返してみようとは思う。一企業のサラリーマンとしてできることは少ないのかな。何から始めたらいいかはまだイメージできていない。身の回りのそういう活動を意識的に探して見ることから始めようか。

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    投稿日: 2022.03.04
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    資本主義というフレームにどっぷりつかっている身としては、筆者の思いに共鳴するところと、?が浮かぶところがあるが、この手の本を読みやすく書く筆者の力と、この手の本がこんなに売れる日本の現状に感動しました。

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    投稿日: 2022.02.28
  • 私には少々難しく刺激的な内容でしたが、解決策はどうかなぁ?

     昨今流行のSDGsに、どこか胡散臭さを感じている私には、うってつけの内容でありました。  内容そのものは私にとっては少々難しく、読むのに大変な労力を要しましたが、とても興味深いものでした。マルクスの書いた資本論は、当然のことながら読んだことはありませんが、この本は、それが書かれた以降のマルクスの思考を元に、現在の問題点をあぶり出し、その解決策を提示しようというものであります。  問題点はよくわかります。そして解決策として提示されたものにも納得できるものです。しかしどうなんでしょうか。1%の人が牛耳っているというのはよく言われることですが、日本人のほとんどがトップ10%に入っているような世界で、コモンの再建なんて果たしてできるのかどうか。これだけ格差が出来てしまっては、もはや手遅れの感があります。コロナ禍で様々な問題も噴出しました。しごく単純な話をすれば、あれだけ大騒ぎしたレジ袋ですけど、今全国にあふれているアクリル板の後始末はどうするのでしょうか。  若者に期待すると言っても、体制に反旗をあげ、あんなに激しかった学生運動の末、彼らはみんな企業戦士となってしまいましたよね。  この本を読むと「新しい資本主義」では、日本はおろか地球は救えないと言うことでしょう。スーパーリッチである頂点の1%の人は、もう地球を見捨てるつもりかもしれません。昨今の宇宙開発の方向を見ると、他の星に移住することを目指しているような気がしないでもありません。  しかし、座して滅びるのを待っているワケにはいかないでしょう。我々の国は、「ナウシカ」や「もののけ姫」を生み出した国です。自然に対する畏敬の念は根底に流れているはずです。  しかしまた一方、 日本の昔話の大抵のパターンは、正直者と意地悪者、というか、悪玉が出てきて、正直者が苦労しながら、あーだ、こーだ、があって、ラストには悪玉が滅びて、善人は、大判小判が、ざーく、ざーく。あるいは、長者さまになって、なに不自由なく暮らしましたとさ。というものが多いですよね。  ところが、アイヌ民族の方の昔話のラストのパターンはこうではないというのです。  悪玉が滅びるのは同じなのですが、善人は、大金持ちになるのではなく、「何も欲しいとも、何を食べたいとも思わなくなりましたとさ。」で終ると言うのです。つまり、大金持ちになるのが、一番の幸せではなく、すべての欲望から抜けでることが、一番の幸せであると考えていたようなのです。まぁ、貨幣がなかったということがあるかもしれませんが。  でも、これこそが、これからの我々の進む道を示唆していると言えるのではないかと思うわけです。    そう言えば、「となりのトトロ」のキャッチコピーは、「忘れ物を届けに来ました」でした。忘れ物ならば届くかもしれませんが、失ってしまったものは、戻っては来ないのです。

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    投稿日: 2022.02.27
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    とても良い本でした。 著者の本気が伝わってきます。 国分功一郎さんの「暇と退屈の倫理学」とも通じる。 資本主義が欠乏を生み出すシステムだって、薄々分かっていたけれど、そうだった、やっぱりそうだったよね!?って思いました。 それにしても、資本主義の略奪の在り方には背筋が凍ります。 ぜひ、ご一読を。 私も何をしたら良いかわからないけど、3.5%に入りたい。 労働の喜びを取り戻したい。 社会に欠かせない仕事が重視される世であって欲しい。 たくさん働かなくてよくなって、暇にのんびり過ごしたい。 私の子どもたちが大きくなったときは、そんな世の中になっていて欲しい。

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    投稿日: 2022.02.26
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    *内容にかなり触れていますけど、それで面白さがなくなるような類の本ではないと思うので、あえてネタバレ設定にはしていません。 100分de名著のSPで出た著者を見て、あんがい普通の考え方する人なんだなぁーと、かなり好感を持ったこともあって、あんまりネガティブな感想は書きたくないんだけどw とはいえ、この本に関して言うなら、よくもわるくも現実性(実現性?)を横に置いての、たんなる学者の主張にすぎないかなぁー(^^ゞ すごく売れている本みたいだから、読んでみたいって思う人も多いんだろうけど。 “映え”として読もうというんならともかくw、古本の安いのが出回ってからでも十分だと思う。 というのは、意外なくらいエキサイティングじゃないんだよね。この本って(^^ゞ 前半は、マルクス好きの著者による、現在の環境問題をからめたマルクス(は正しいのだ!)の解釈をだらだら述べているだし。 後半は、正論を述べているだけで、正直肩透かしだ(←ゴメンw) そう考えると、これは著者の意見をじっくり読んで、著者の言う正論と、たんなる著者の都合で書かれた論理を自分なりに分けて。さらに、自分なりにいろいろ考えてみる…、ことを楽しむ本だと思う。 ていうか、最後の3.5%なんて、「この本にオチはなくてもいいんじゃない?」とちょっと噴いちゃったと言うかなんと言うか(^^ゞ まー、確かに明治維新だって、佐久間象山とか吉田松陰という個人から始まって、それがもしかしたら3.5%だったかもしれない薩長土で成ったわけだけどさw とはいえ、環境問題というのは全世界の話だ。 どこの国も同じように発展しているならまだしも、生活水準が超現代人と文字を使ってない人たちが混在している世界で、あるいは新たな冷戦構造や宗教・民族対立がある今の世界の状況下での「3.5%」と、フィリピンのマルコス(あ、マルクスと一時違いw)政権が倒れるきっかけの「3.5%」を同列にするのは論理のすり替えだ。 正論だとは思うの。 それも、すっごく。 全然関係ない話をするようだけど、以前スターバックスのケニアという豆にすごくハマったことがあって。 毎週一人で一袋飲んじゃうくらい買っていた。 それはスタバの豆だから、スタバに行けばどこでも売ってるわけだ。 確か2005年頃で、スタバの店がどんどん増えていた時だったこともあって。 どこに行ってもケニアの豆が買えることに、スタバというのは日本だけじゃないわけだから、他の国でもケニアの豆が売ってるんだろう。でも、ケニアの豆って、その全部を賄えるくらい生産出来るものなんだろうか?と不思議な気持ちになったのだ。 つまり、なにを言いたいかと言うと。 ケニアの豆の生産量は、絶対限りがあるわけだ。 でも、日本でスタバの店がどんどん増えるように、他の国でもどんどん増えている。 生産量に限りがある豆を全ての国の全ての店には置けないわけで、スターバックスはそうなったらどうするんだろう? ケニアを買えなくなったらどうしよう?毎日の楽しみがなくなっちゃうよーと思ったのだ(^^; そんな風に、日本をはじめとした先進国の豊かな暮らしを新興国は目指すわけだけど、でも、その豊かな暮らしを彩るモノの量は限られている。 中国が先進国入りして、アセアン諸国やインドもそれが視野に入ってきて、さらに他の国々も…みたいな状況になったら、今の日本の何でもある豊かな暮らしなんて、物質的に続けられるわけがない(^^; とはいえ、この本って、マルクスなのだ。 マルクスって、考えてみたら、100分de名著の『資本論』の回を見たくらいしか知らない(^^ゞ でも、なんとなくのイメージとして、マルクスの言ってることって正論なんだけど、でも、それが正論であるがゆえに、その正論を信奉する人たちが各々の解釈で暴走して仲間の殺し合いを始めるのが常であるように。 著者のこの本も、正論であるがゆえに変な盲信をしちゃう人が多いような気がする…、 んだよね(^^; ま、『真説 日本左翼史』でも書いたけど、昔から自分は左がかった考え方が大嫌いなこともあって、マルクスってだけで、「あー、ウンザリ…」って感じなので(^^ゞ (そういえば、100分de名著の『資本論』も、つまんねー話だなぁーと思って見てたw) 余計、そんな風に感じるっていうのはあるんだろう。 そういうのもあって、前半、著者がマルクスの考え方がエコロジー的な方向に変わっていったということを延々繰り返していることに、たんなる学者の自説の主張本っていう印象になってしまったんだと思う。 確かに、冒頭の“SDGsは大衆のアヘンである”には、大爆笑の大喝采だった(^^ゞ そう、そうなんだよね。 今、大流行りのSDGsって、大衆からすると“アヘン”だっていうのは、すごく言い得て妙w 確か、去年の秋ぐらいだったかな? 某民放がSDGsキャンペーンを謳って、「地球にやさしい持続可能な生活」みたいなことをキャッチコピーにしてたけど、あれなんかは、まさにその典型だ。 だってさ。二酸化炭素が増えようが減ろうが、地球が困るわけないじゃん(爆) 二酸化炭素なんて、これまでも増えたり減ったりしてきたって聞いたよ。 それこそ、恐竜がいた頃は、今よりも二酸化炭素の量が多かったらしいw その頃って、誰が地球にやさしくなかったの? …って、そういう話じゃないわけでしょ? 二酸化炭素が増えて困るのは、それによって環境が悪化することで地球に住めなくなる我々人間でしょ? 地球にやさしくしてる暇あったら、自分たちにやさしくしろよ!って話だよ(^^; 再生可能エネルギーの促進とか、意味不明なこと言って(再生が可能なエネルギーなんてあるわけないじゃんw)、二酸化炭素を吸収して酸素を出してくれる山の木々を切って。太陽光パネルを並べて、「エコ」とか言ってイイ気持ちになって陶酔している様は、著者の言うように、まさにアヘンだよ(^^ゞ いや。環境保護は自分も大賛成なの。 自分が住んでるのは関東地方だから、2019年の台風19号を例に挙げるけど、今のように海水温が高いままだったら、関東地方にもあんな台風が年に何回も来るようになっちゃうよ。 あの時は荒川の氾濫は防げたけど、今度またあの規模の台風が来たらどうなるかはわからない(あの時はギリギリだったらしい)。 確か、荒川が氾濫したら、銀座辺りまで水浸しになって、それは1週間以上が引かないって話なんじゃなかったっけ? そんなことになったら、たぶん日本経済には大打撃だろうから、ことによったら日本がひっくり返っちゃうよ。 海水温の上昇の原因が地球温暖化で、それは二酸化炭素の増加によって起きているかどうかなんて知らない。 でも、今それが原因とされていて、他の原因が見つからないのなら、とりあえず二酸化炭素を減らすしかないじゃん。 そういう意味で、著者の言うことは100%正論だ。 でもさ。今の世界的な環境保護の方向性、つまり「SDGs」っていうのは、一般大衆からするとアヘンだけど、金持ちからすると新たな金儲けの手段なんじゃないの? だから、投資家がESG投資とか言って、目の色変えてエコロジー関連に投資しているんだよね?って気がしちゃうんだよね。 EUがやけに環境保護に執着するのも、個々では例の排出枠取引を新たな金儲けの種としつつ、環境保護でいかに正義の味方ぽくリーダーシップをとることで、自分たちのいいようなルール策定をして、世界の主導権を再び握りたいだけだよね、たぶん(^^ゞ だってさ。そもそも、ヨーロッパと日本や熱帯地方の国々のエネルギー選択を同じにするっておかしくない? だって、ヨーロッパと日本では気候帯が違うんだよ。 ヨーロッパでは風力発電が効率いいからって、春から秋にかけて台風が来る日本で風力発電って現実的な話なの? 2018年だったかの台風では、関西の風力発電の風車が根元からぶっ倒れてたじゃん。 なのに、なんで日本では世界で3番目のエネルギー量があると言われる地熱発電って話にならないの? おそらく、それは地熱エネルギーが豊富な国は限られるから、地熱発電に力を入れても、その技術の輸出でお金儲け出来ない。 だから、国や企業は地熱に消極的なんじゃないの? 太陽光パネルだって、今すぐ各家の屋根や建物の屋上に設置を義務付けたらいいじゃん。 現に太陽光パネルを個人宅の屋根に無料でつけて、家庭で使う残りの電気で収益をあげるビジネスモデルの会社だってあるわけだ。 国、あるいは電力会社がそこと協力すれば、日本の家や建物全てに太陽光パネルがつくんじゃない? 各家庭が自宅の屋根の太陽光パネルである程度電気を得られれば、今ほどには発電所が必要なくなる可能性があるわけだ。 ならば火力から減らしていけば、二酸化炭素の排出は減るんじゃない? (もちろん、荒天時の発電量不足は考慮しなきゃダメだろうけど) あと、二酸化炭素云々でよくわからないのが、森林による二酸化炭素吸収と酸素排出がなぜ議論されないのか?ってことだ。 アメリカのある小麦農家が生産している小麦が吸収する二酸化炭素量を「排出枠取引」として、企業などに売っているというのをニュースで見たけど、日本だって森林はあるわけだ。 あと、ずいぶん前に聞いたんで定かではないけど、海の浅瀬に生えるアマモの二酸化炭素吸収量はかなりのものだとか。 山の木を切って太陽光パネルを並べるような環境破壊して、「地球にやさしい」なんておためごかし言ってるよりは、木を植えた方がよっぽど二酸化炭素は減るはずだ。 今は田舎暮らしをしたいという人も多いみたいだから、森林の管理という仕事も生まれて一石二鳥のような気がするけどな(^^)v …って、全然本の感想になってないけど(爆) この本に書いてあることって、正論だとは思うんだけど、でも、著者の主張するような「脱成長」の暮らしをしたい人、まずいないと思うのだ。 去年の秋ごろの某民放のSDGsキャンペーンがほとんどギャグだったのは、キャンペーンCMが流れた後に出てくる映像が、必ずと言っていいくらい「スゴイ量のメシ…」とか、「カロリー高くてウマそうだなぁー」と思っちゃう食べ物の話題だったからだ(^^ゞ 思わず、「そんなもん食って、持続可能のわけないだろ!」とツッコみたくなるというかなんと言うかw うろ覚えだけど、著者の言う「脱成長」でない選択肢をとったとしても、肉は今の1/3くらいしか食べられなくなるんじゃなかったっけ? そんな食生活、たぶん日本人だって「ノー」と言うと思うけど、アメリカ人なら戦争を起こしかねないと思うぞ。 このパンデミックを見たって、みんな、普通に出かけてるわけだ。 それこそ、ニュースで「この人だもん。感染が減るわけないよー」と都心でTV局のインタビューを受けて言っている人、何人見たことか。 「感染減るわけないよー」と言っているあなたは、なんでそこにいるんだ!?って話だ(^^ゞ あと、例のマスク警察じゃないけど、「脱成長」路線なんてことになったら、「隣の家は夜12時を過ぎても電気が点いていた」とかなんとか。 あちこちでチクり合う世の中になるに決まってんじゃん。 それどころか、文革さながらに、コミュニティ全員の前で反省を求められて責められたり。 あるいは、連合赤軍よろしく、総括と称して殺されて埋められちゃったり。 左がかった考え方をする人たちっていうのは、絶対そういう風になるに決まってるんだって。←個人的な偏見です(^^; それは、日本の戦後の左翼の人たちから、中国共産党、あるいはソ連、ポルポト等々見たってわかるじゃん。 ただ。 そうは言っても、左翼的な行動が廃れてほぼなくなっちゃった、今の日本の状況というのはよくない気がするのだ。 (いや。それは今も違う形で残っていて、マスク警察的な主張で生き辛さを増長させているんだけどさw) いわゆる、「労働組合」だ。 自分が子どもの頃は、春頃になるとストで電車が止まるのが、毎年当たり前だった。 ニュースではよく「順法闘争」と言ってたこともあって、 子供の自分は、電車が止まることを「ジュンポートーソー」と言うんだと思っていたくらいだ(^^ゞ もちろん、それはいいことではなかった…、というより、左がかった考え方の人たちの独りよがりにすぎなかったわけだけど。 でも、給料を上げられない、雇用を増やせない/確保出来ない経営者に一般庶民が「ノー」を突き付けられない、 今の日本の状況は明らかに間違っていると思うのだ。 2000年代前半の「いざなみ景気」と言われる好景気(?)があった時、経団連の会長は、「今は新興国の追い上げがあるから、研究開発や設備投資にお金を回さなければならない。だから給料は上げられない」と言っていた。 でも、その後の日本企業の多くは新興国の企業にシェアを奪われるばかり。 それどころか、サンヨーやシャープといった誰でも知っていた会社まで新興国の会社に買収されてる有様だ。 その後も、「円高だから給料は上げられない」と言って、円高が収まると「今度は労働生産性を上げないと給料は上げられない」とか言っている。 でもさ。 労働生産性を上げるのは経営者の仕事だよね? 社員の仕事ではないでしょ? だって、労働生産性が上がるからと個々の社員が勝手に働いちゃったら、企業ガバナンスも何もあったもんじゃないじゃん。 私たち日本人は、そろそろみんなで声を上げて、給与を上げる/雇用を増やすビジョンを示せない経営者に「ノー」と突きつけなきゃダメだと思うのだ。 だって、GAFA+M(ていうか、フェイスブックはメタになったから、GAMA+M?w)は給料も上がってるし、雇用者も増えているのだ。 日本の多くの会社がそれらの会社のように給料を上げられない/雇用を増やせないとうことは、経営者がちゃんと経営者の仕事をしていないということだ。 私たち一般庶民は、「仕事をしない経営者なんていらない」と言うために、そろそろ多少なりとも左翼的な考え方をする必要があるんだと思う。 そういう意味で、著者の意見にはすごく賛成だ。 これは、あくまで個人の希望的観測だが。 そういう風に自分たちの未来を守る行動をすることが、この日本という国を正すことにつながって。 国を正すことで、それこそパンデミックで露呈した日本の様々な不具合みたいなことを改善していけば、環境改善もおのずとついてくるような気がするんだけどなぁ…。 …って、全然本の感想になってないけど(爆) まー、あれかなー。 この本って、著者の主張云々よりも、読んだ人がそれぞれに、あーでもないこーでもないと自分なりのツッコミを入れて楽しむ。 そして、このままだと今の暮らしを続けて環境破壊をしていたら、マジヤバイと、ゾッとする。 もしかしたら、それは今年の夏にもやってくることで。 海水温の上昇に伴う台風や大雨で、今住んでいる家が流されているかもしれない…、と想像する。 そういうところに、この本の価値があるように思えるかな? まぁ、この本を読んで、この本の内容に賛同しちゃう人はいるんだろけど。 でも、実際にその「脱成長」での“清貧な”暮らしぶりが具体的にわかってきたら、絶対拒否すると思う(^^ゞ 例えば、最近、マックフライポテトが休売だからって、「休売前に食べとこう」と多くの人が並んでいたのをニュースでやっていたけど。 環境に配慮した「脱成長」下じゃ、たぶンマックフライポテトなんて食べられない…、というか、マクドナルドなんて、資本主義経済の最たるものなわけで、「脱成長」下じゃ真っ先に消滅しているはずだ。 「脱成長」というのは、マクドナルドがなくともケンタッキーがあればいいや…ということでもないわけでw、 ていうか、日本初上陸のなんとかスィーツも、並んでも食べたいラーメンもない。 競争による企業活動もないわけだから、(ウサンクサイ)広告で成り立っているインターネットの諸々のサービスもない(ブクログもないのだw)。 そんな、よく見積もって、もしかしたら今の北朝鮮よりはマシ?みたいな生活、今の日本人でしたい人はいないと思う(^^; ただ。 例えば、大きな台風が首都圏に来襲して、荒川氾濫みたいな大きな被害が起き、それこそ東日本大震災みたいに多くの人が亡くなったとしたら。 その衝撃から「温暖化を防がなきゃダメだ」と、ヒステリックに騒ぐ人が現れて。 そういう人たちが、自分たちの主張の根拠にこの本を利用するようなことはあるかもしれない。 この本に書いてあることって、正論だけに、正論には誰も逆らえないから、そういう意味で怖い本だ。 それって、正論であるマルクスの思想を勝手に解釈して、仲間同士、国民同士で殺し合いをした連合赤軍やソ連・中国の共産党等々の繰り返しだ。 今の世界が、いろんな面で狂ってきているのは確かだ。 その原因いき過ぎた資本主義(というよりは「マネー主義」だと思う)にあるのも確かだろう。 そんな風に、資本主義の世界で人々がおかしくなっていったように、著者の言う「コモン」もそれは起きるはずだ。 なぜなら、この新型コロナによって起きたマスク警察や医療従事者への迫害を見てもわかるように、人というのは所詮はその程度のものだからだ(^^; 今の資本主義(というかマネー主義)を嫌悪するあまり、そうではない、もっと小さなコミュニティ(コモン?)の穏やか(に感じる)な暮らしに憧れを持つ心情はとってもよくわかる。 でも、著者が希望を感じさせる例としてあげていたバルセロナの風力発電がここ数カ月風が吹かないことで、たちまち電力不足に陥って。そんな中、不当に電気料金を釣り上げているとして、電力会社の経営者を非難するデモが行われていたように。 人というのは楽や得をしたいから、絶対ルール破りをする、そういうものだ。 そのルール破りは組織や社会の仕組みに腐敗をもたらし、ルール破りを黙認する者が現れることで、社会に得する人と損する人を生み出す。 それは、やがて格差や階級になって、さらに虐げる層と虐げられる層に別れる。 ソ連はそれで崩壊したのだ。 資本主義社会という自由な経済活動を出来る国に住んでいる私たちは、それを忘れてはならないと思う。

    8
    投稿日: 2022.02.23
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    既存の資本主義社会への問題提起という点において、この本は素晴らしいと感じた。ただし著者の提案する解決策が非現実的な点やマルクスがあまりに登場し過ぎる点(補強のための論拠として十分なのか疑問)がやや不満でした。かといって、私はこの著者よりも優れた提案をすることは明らかに出来そうにありません…

    0
    投稿日: 2022.02.22
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    最近のSDGsの過度な信仰にはウンザリしていたが、この本を読んでモヤモヤが晴れた。結論、資本主義は環境をダメにする。先進国が享受している豊かさは、途上国の貧困の犠牲の上に成り立っている。アカデミックで途中理論的な展開がやや読みづらさを感じたが、この世界を本当に持続可能な世界にしたいなら、今の資本主義からは脱却しなければいけない、ということを強く実感させてくれた。

    0
    投稿日: 2022.02.21
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    経済学の准教授である著者が資本主義の発展による環境破壊によって起こる人類の危機にマルクスの晩年の研究から解決策を提言した一冊。 人間の経済活動が環境に与える影響で負荷や矛盾で覆われた人新世と言われる時代を生きる私たちが今後直面する危機を本書で知ることができました。 従来の資本主義は環境を圧迫し、これ以上の成長は人類の危機に繋がるということを感じ、危機を回避するために気候変動を本気で止めようと思うと本書で提唱されている脱成長コミュニズムしかないということやパリ協定やSDGsといったことだけでは気候変動に歯止めをかける事はできないことや現在の生活を続けていると二酸化炭素の排出や環境汚染による生態系への影響がより深刻になる事などを様々なデータや検証結果から知ることができました。 そして、マルクスが晩年に研究していた生産力至上主義からの決別とそのために共同体を定常化して脱成長へと繋げていくことが私たちが生き残る道の一つであるということを感じました。 水や土地など本来価値のないものに価値を与えていたものをコモンとして共有管理することや使用価値経済への転換、労働時間の短縮、画一的な分業の廃止、生産過程の民主化、エッセンシャル・ワークの重視といった人間が生きることための本質的に価値があるものが評価されることにシフトしていく必要があると感じました。 そのなかでブルシット・ジョブが見直されたり政治に頼らないワーカーズコープや国境を越えたミュニシパリズムなど共同体の新たな形も紹介されており人新世を生き抜くヒントになると感じました。 本書を読んでこれからの危機に対する私たちの行動について深く考えさせられました。SDGsなどが提唱され環境に対して危機感を感じさせる施策よりももっと根源的なところから取り組みを行わないといけないということや資本主義での成長自体が現状を悪化させることも感じました。 本書での脱成長の提言を1人でも多く関心を向けるようになり、人新世の危機を乗り越えていきたいと感じた一冊でした。

    0
    投稿日: 2022.02.20
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    現代日本人のぬるま湯に浸かった能天気な脳みそをブチ抜くのに有用な書籍。3つの転嫁やジェヴォンズのパラドクスについては小中学校で教えて良いレベル(だし、既に今の小学生ならそういう勉強をしてそう)。 まぁ資本主義があかんのはわかるし、アソシエーションも大事なのはめちゃくちゃわかる。でも、やはり『脱成長』という言葉は良くない。『改宗』でいきましょう。 『成長教』、やめよう。

    4
    投稿日: 2022.02.20
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    「SDGsは現代のアヘンである」というキャッチフレーズに心を掴まれ読んでみたけど、基礎知識のない私には難しくて途中ですごい飛ばし読みして終了してしまった。5%の人の意識がかわれば社会は十分変化する、とやる気になりそうなことが書いてあったけど、、、面白いとは思うのに、自分の学のなさがはずかしい。 だれか動画で解説してくれないかな…授業なら楽しく聞けるかも。

    0
    投稿日: 2022.02.20
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    このレビューはネタバレを含みます。

    今後の地球はそうなるのだろうとわかってはいたけど、見ないフリをしてきたことを、改めて突きつけられます。 経済成長による豊かさが幸せだと刷り込まれてきた人類は、結局、大量消費のためにグローバルサウスからの搾取を繰り返してきて、戻れないところまで来てしまったのです。(SDGsの胡散臭さも、腑に落ちました。) …なんて、ガスストーブであったまりながらこの本を読む先進国に住む僕は、罪悪感を感じはするものの、その生活を捨てることは難しいのです。(涙)

    0
    投稿日: 2022.02.19
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    資本主義を徹底的に批判する必要があるという筆者の主張は頭では理解できるが、実際にそれが可能かどうかをリアルに考えるととても難しく感じる。 当然、筆者もそのことを理解している。 脱成長コミュニズムという考え方も頭では理解できるが、人間の欲望や欲求という抗えない部分がある限り、だれか一人が資本主義的な動きをするだけで脱成長コミュニズムは崩壊してしまう脆さを感じさせる。 そしてやっかいなのが、人によって欲求や欲望の大きさが違い、価値観も違うと言うこと。 また、貨幣や株式など、実際の使用価値を伴わないものが資本市場の価値として存在しているという観点からも、脱成長は一筋縄ではいかないかと。 たた、資本主義にひずみが生じているのは確か。すでに資本主義にどっぷり浸かっている自分にできる事は、ひとまず自分が不要と感じる物を買わないという事くらいか。  

    1
    投稿日: 2022.02.17
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    マルクスの「資本論」をベースに、人新世(=人類が地球を破壊しつくす時代)における、今後目指すべき世界のあり方が書かれている良本。 「脱成長コミュニズム」を今後のあるべき姿と定め、現在の経済活動の問題点を痛烈に批判している。我々の中でも定着しつつあるSDGs等、環境問題における取組として世間に定着している内容についても、正しい方向性ではないと著者は述べている。 結局すべての環境政策は「転嫁」に過ぎず、本当の環境政策を実現するためには脱成長の考えが重要になってくる。そして、脱成長コミュニズムのカギは「コモン」をいかに増やせるか。水、電気、土地…など、人が生きていく上で必要なものには「価値」をつけることをしてはいけない。市民が自主的にその「使用価値」を見極め、運営していくことが脱成長コミュニズムでは求められると述べられていた。 この「価値」と「使用価値」という考え方が、全体を通してのキーワードだと私は感じた。今の世の中は「価値」でしか物事が判断されないことが多い。今後は、物事の本来の価値である「使用価値」にも、もっと目を向けていきたいと感じた。

    2
    投稿日: 2022.02.17
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    脱成長についてマルクスの晩期の理論をもとに展開されている。いきすぎた資本主義への指摘など、もっともな点もあった。 個人的には脱成長論も、資本主義論も両方の考え方があって良いと思う。個人個人はそれぞれの立場でも構わない。多様な意見が出て、洗練された未来が作られればそれで良い。 本書は脱成長についての内容だが、マルクスの思想のみに沿って展開されており他の側面からの検証が見られなかった。

    0
    投稿日: 2022.02.15
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    衝撃的な内容だった。マルクスは、資本論のあとに様々な研究を経て、脱成長コミュニズムを指向していたという。そして、その脱成長コミュニズムこそが気候変動を食い止める唯一の手段だという。それは資本と労働の在り方を根本から変える必要がある。しかし、現実として行動を迫られると躊躇せざるを得ない。グローバルサウスを搾取して豊かな生活を享受してきた側という自覚があるからだ。 ああ、途方に暮れてしまう。いずれにせよ、頭に留めておきたい、留めておかなければならない思想である。こうやって自分も先送りしていく…。

    0
    投稿日: 2022.02.13
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    環境問題の視点から「今なぜマルクスか」ということを述べるだけでなく、晩年のマルクスがどんな世界を見ていたか、最新の研究を元に明らかにする。「持続可能性」の視点とマルクスの思想にこれほど親和性があるとは思っていなかった。特に、コモンやコミュリズムに関する記述は、競争社会に疲れ、疎外された労働に苦しんでいる人達に読んでほしい。

    0
    投稿日: 2022.02.11
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    日本は鎖国の江戸時代から欧米に開国させられ資本主義をひたすら追っかけてきた。 そして今度は欧米に引っ張られてSDGSなるものに突き進んで行く。 その中でどうも欧米の効率主義、ダイバーシティと言われながら欧米のやり方が正解の世界に違和感を感じていた。 この本を読んで、SDGSも欧米の進める資本主義の材料で、本物の持続可能を目指す流れとはほど遠いものだと、以前から感じる違和感を裏付けるものになった。 自分たちの子供、孫、その先の世代に綺麗な地球を残してあげたい。

    4
    投稿日: 2022.02.11
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    細かい所はよく分からない。そして全てに賛成も難しい。しかし、マルクスで脱成長という説得力はハンパない。

    3
    投稿日: 2022.02.11
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    このレビューはネタバレを含みます。

     一番なるほどと感じたのは、第五章 加速主義という現実逃避。たしかに、自分も、科学技術が発達する何とか解決は無理かもしれないが、から良いかと思ってしまう。

    0
    投稿日: 2022.02.09
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    2021年の新書大賞1位。細かい部分は難しくてよくわからないが大枠はわかりやすい。 マルクスを勉強していればよりわかるのだろうが、工学部出身としてはよくわからない内容が多い。 それにしてもラディカルな本です。 評価が難しい。

    0
    投稿日: 2022.02.08
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    このレビューはネタバレを含みます。

    ■つかみは良し 以下、はじめにより一部抜粋。 このつかみがあったから、本書を最後まで読むことができた。しかし最後に述べるがややぶち上げ過ぎな感、が読後の感想。 P3〜 「温暖化対策として、あなたは、なにかしているだろうか。レジ袋削減のために、エコバッグを買った?ペットボトル入り飲料を買わないようにマイボトルを持ち歩いている?車をハイブリッドカーにした?はっきり言おう。その善意だけなら無意味に終わる。それどころか、その善意は有害でさえある。なぜだろうか。温暖化対策をしていると思い込むことで、真に必要とされているもっと大胆なアクションを起こさなくなってしまうからだ。 (中略)かつて、マルクスは、資本主義の辛い現実が引き起こす苦悩を和らげる「宗教」を「大衆のアヘン」だと批判した。SDGsはまさに現代版「大衆のアヘン」である。」 ■一貫した資本主義に対するアンチテーゼ 本書は一貫して資本主義が招く気候変動問題、つまり温暖化問題に対する批判を軸としている。資本主義を擁護する対応策として二章では気候ケインズ主義を扱い、三章では著者が命名した気候ファシズム、気候毛沢東主義といった政治主導のトップダウンの方策でも解決不可能であると述べられている。さらに労働問題、格差問題にも踏み込み資本主義に対する批判を繰り広げる。この一〜三章の下りはなかなかクドかった。しかし印象的だったのはアメリカのZ世代が支持する経済体制は資本主義より社会主義が多数だったという点だ(P123, 図16)。 著者が代案として示す新しいマルクス論とは、具体的には資本論出版(1867年)から1883年没までの間、晩年のマルクスが研究し続けていた、ある革新的な思想を指す。この思想はマルクス没後に盟友エンゲルスにより編纂された資本論続刊でも触れられておらず、近年の研究で明らかになったものだ。 四章では、本書を読み解く上で重要であるコモンという概念について説明されている。コモンは「社会的に人々に共有され、管理されるべき富」(P141)を指す。つまりアメリカ型新自由主義、すなわち市場原理主義のようにあらゆるものを商品化するのでもなく、ソ連型社会主義のようにあらゆるものの国有化を目指すものでもない、第三の道としてコモンという概念は存在する。例えば水や電力、居住(土地)、医療、教育、さらに後の章の内容からはインターネット、産業のノウハウ、インフラといったものも対象になる。 五章のおわり(P230-231)には「潤沢さ」と「希少性」という単語が登場する。その後、六章ではこれらが資本主義の本質に深く関わっている、つまり「コモンの潤沢さを解体し、人工的希少性を増大させていく過程」(P237)が資本主義であると述べられている。Wikipediaの"資本主義"、"マルクス"の項でもここまでのことは書かれておらず斬新な資本主義の分析と考えられる。そしてコモンを失った人々が直面するのは貨幣の希少性と負債の権力であり、労働社会の奴隷であることを強いられる。ここまでの内容を意訳すると、資本主義を作り出したのはコモンの解体であり、コモンの再生がまた、資本主義を解体し得ると理解できる。環境問題という主軸からは脱線するが気候変動ショック、コロナショックといった非常事態や危機に際しても資本主義は利益を追求し、惨事便乗型でもあると批判されている。また、別の切り口からは現代人は自然とともに生きるための技術を失っている、言い換えると生き物として無力になっている、とも述べられている。ここに関しては同感だ。 ■本論 〜脱成長コミュニズム〜 いよいよ六章後半(P258〜)からが本書の本論と言っても良い。結論から書くと上記の通り、資本主義を解体し得るコモンの再生が本書のテーマ「脱成長コミュニズム」である。注意したいのは資本主義以前の農耕共同体社会に戻ることを指す訳ではなく、資本主義の一部をコモンに解体するということである。ピケティの提唱する参加型社会主義も同様の立場を取るようだ。 手始めに電力と生産手段のコモン化の例が挙げられている。「教育、医療、インターネット、シェアリング・エコノミーなど」については「可能性はいたるところに存在している」という記載に留まっており、この辺りは具体性に欠け残念だ。 著者によると、旧来の脱成長派が掲げる「所有や再分配、価値観の変化」だけではシステムの転換には至らない。生産の場における変革が必須かつ唯一の可能性であるようなニュアンスで語られる。その一例としてデトロイトの都市農業、コペンハーゲンの都市果樹園のような小さな種が成果を出しつつあると言う。 七章ではついに最も核心に迫る「脱成長コミュニズム」の五本柱について述べられている。 ①使用価値経済への転換 使用価値、つまり有用性に重きを置いた生産への転換。大量生産、大量消費からの脱却。GDP増大ではなく人々の基本ニーズを満たすことを重視する。 ②労働時間の短縮 ワークシェアによってGDPには表れないQOL上昇を目指す。オートメーション化によるCO2排出量拡大は厳禁。生産力低下を受け入れ、使用価値を生まない意味のない仕事を削減する。 ③画一的な分業の廃止 労働以外の余暇としての自由時間を増やすだけでなく、労働時間のうちにおいても、その苦痛、無意味さをなくす。労働をより創造的な、自己実現の活動に変えていく。 ④生産過程の民主化 一部の企業にだけ莫大な利潤をもたらす知的財産権やプラットフォームの独占は禁止される。なにを、どれだけ、どうやって生産するかについて、民主的に意思決定を行うことを目指す。 ⑤エッセンシャル・ワークの重視 機械化が困難で、人間が労働しないといけない部門、すなわち労働集約型産業の重視。ケア労働、保育士、教師など。エッセンシャル・ワークの社会的評価を高めるべき。 八章では革新自治体のネットワークの精神、すなわちミュニシパリズムの例としてバルセロナの気候非常事態宣言に触れられている。グローバル・サウスからの学び、国際的連帯が鍵とのこと。おわりにでは、読者に社会的ムーブメントを起こせる3.5%の参画者になるよう呼びかけ締め括られている。 ■最後に残された疑問 忘れてはいけないのが「脱成長コミュニズム」が気候問題をどう解決するのか?という疑問に対する回答だ。それが知りたくて読み進めてきたのだ。 残念ながらそれは書かれていなかった。あくまで資本主義からの脱却によるCO2排出量削減見込みと、それによる社会転換の展望を述べたものだ。確かに資本主義にうんざりしている99%の非富裕層にはウケそうな内容だが、もう少し具体的な指針や方策に期待していたためやや落胆。 …しかし、よくよく読み返すと最初からヒントを示すだけで解決策はこれからみんなで考えようというスタンスであることも読み取れる。一つ言えることはCO2排出量を下げたところで温暖化は進むという事実だ。 ここで六章最後(P269〜)には自由とは何かについてマルクスの考えが述べられている。それは生きていくのに必要な生産・消費活動の上に成り立つ、人間らしい活動を指すようだ。端的には芸術、文化的活動、スポーツ、愛情、友情といったもので、物質的欲求から解放されて初めて手にすることができる。著者は自由を拡張するための自己抑制を肯定する。続いて自然科学が教えてくれないこととして人間の満足度を挙げ、「何℃の世界にしたいか、そのためにどれぐらいの犠牲を払うのかということは、私たち自身が慎重に決めなくてはいけない」と記載されている。どうもこの辺りの文脈が、引っかかる。 なぜかと言うと数ページでサラリと片付けられているが、脱資本主義より重要なのは一人一人の幸福観であると受け取れてしまうからだ。つまりこの文脈からは本書で否定されているSDGsや、科学待望論も認められる。あくまで「脱成長コミュニズム」という選択肢が示されたに過ぎなくなっている。そうすると、SDGsを批判して大風呂敷を広げた結末としては主張が弱いと感じてしまう。 ふと疑問に思った点は資本主義は貨幣の希少性により成り立つので、貨幣の希少性が下がった社会では一般市民にとって貨幣価値を補う新しい価値観が必要ではないか、ということだ。市場経済では貨幣は生きる動機にも相当する。また、科学や文化的な発展に貢献する動機や、さらには成功の尺度としても人々にモチベーションを与えるものとなっている。この価値が薄まると、科学や文化の停滞のみならず、多くの人にとって自由と裏返しの無気力、堕落社会に陥ることにならないだろうか。これは本書で掲げられている理想的な未来像、すなわち持続可能で公正な社会とは一線を画す気がする。本書で重点的に述べられている経済的な構造改革と、人々の考えや行動は密接に関わっていると考えられるため、踏み込んで新しい価値観を提示してもらえるとありがたかった。ちなみにコモンは共同体で管理されるようであり、本書からはその規模は都市程度であるようだ。ここから帰属集団への貢献という価値観も発生し得ることは想像に易いが、果たしてどれほどのエネルギーたるだろうか。万人に共通の絶対価値としての貨幣の偉大さを実感する。 とは言え斬新な資本主義の分析を知ることができ、脱成長という選択肢について考えるきっかけにもなった。 非常に面白い文章を発見。本書の批判本の著者へのインタビュー。 https://dokushojin.com/reading.html?id=8423

    2
    投稿日: 2022.02.07
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    行き過ぎた資本主義に対して、マルクスが予言していた資本主義の残酷さを参考に世の中の向かう先を考察する。 資本主義は資本の価値を上昇させることが全てであり、その活動に終わりはない。そこで生まれる貧富の格差、大量生産、大量消費による環境破壊。資本家が富を弱者から収奪、また、廃棄物などの処理を貧困地域などに押しつけることで成り立つ。 地球上のあらゆるものが商品化され、値段に応じて大量に消費されるので、これ以上資本主義が加速すると地球の環境ももたないと著者は警鐘を鳴らす。 私も資本主義は残虐で容赦がないと思っているが、まだまだこの流れが収まる気配はなさそうである。だが、この本がそれなりに売れている現状は、資本主義に疲れている人達が多くなってきている証左なのかもしれない。

    0
    投稿日: 2022.02.03
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    1,2章のみ 先進国は外部化により発展を行ってきたが、途上国も同様に発展をしようとしている。それはどこに皺寄せがいくか?自然に大きな負担がかかっている。数千年、数万年育まれたものがものの数年、数ヶ月で枯渇してしまう。過度な成長から脱するべき

    3
    投稿日: 2022.02.03
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    読んだけど共感できなかったなぁ。一回死んだ社会主義を見方を変えて復活させたところでまた困る人が出てくるのでは?

    0
    投稿日: 2022.02.01
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    「快適で豊かな暮らしと未来を創造する」。街中で見かけた企業広告のコピーを見て思わずのけぞった。まだそんなことを言っているのか。。。数年前なら何とも感じなかったろうが、今はもう違和感でしかない。本当に必要なものを手にすることができない社会に生きていて、より快適な暮らしなんか夢見ない。今の世の中で手に入るものは、必ずしも良いものや必要なものというのではなく、まず第一に「売れるもの」なのだ。コロナで経済が停滞した時に、不要なものや過剰だったものから順になくなっていって、必要最低限なものだけが残っていくのだったらまだまともな世の中と言えるのだが、実際はいらないものは溢れているのに必要なものからまず底をついてしまった。これが本書でも書かれている、必要なもの=「使用価値の高いもの」、売れるもの=「価値の高いもの」だったのだ。急上昇する曲線を描きながら進行中の資本主義は「さらなる成長」が本質であって、この世界では「使用価値」よりも「価値」が優先される。そしてその仕組みを維持するために社会と地球から搾取収奪を恒常的に行っている。もはや地理的な南北問題だけではなくなったため、ただの南ではなく「グローバルサウス」と呼ばれる空間と時間(未来)に負荷を転嫁することで今の繁栄を手に入れている。そうやって人間の手によって貧困層や環境破壊された土壌で地表を覆いつくした今のこの時代を、地球史の1ページに「人新世」としてその名を刻んでいる最中なのだ。2030年まであと8年、それまでに二酸化炭素の排出量を現状の半減にできなかった場合、2100年までに地球の気温は4℃近くあがるらしい。さすがにまずいということで、国際的にSDGsやグリーンディール政策が行われているが、著者が本書で指摘しているのが、いまのこれらの施策では到底目標には届かないという点、そしてその理由として現行のグリーン施策が「経済成長」を保持しながらのものであるからだ。著者はマルクスの資本論を読み直し、未完の最終巻をマルクスの他の文献などから再構築し、マルクスが晩年は資本主と成長主義から脱却し、その解決策を思索していたと評す。その解決策は「脱成長」であり「コミュニズム(コミュニティとコミュニティの世界的な連帯、コモン(共有資産)の再生)」にあると読み解く。あくまで現体制こそ人類最良の選択であり第一義とするのか、長い地球史というスパンで俯瞰し今こそ分岐点とみなすのか。著者は現行のテクノロジーを捨て過去の社会生活に回帰すべきというような趣旨の主張を完全に否定している。そうではなく現行までに手に入れた知見や技術を用いながら、地球の限度に収まるように、一部の超富裕層だけに良き社会ではなく、より「すべての人々にとって」良い社会になるために、今の社会の仕組みをどう改めていくのか? を探求している。その具体策にはさまざまな議論があるだろうし、著者の提案が最良でないものもあるだろう。この本はとても分かりやすい文章で書かれていて、そんなにべらぼうに分厚くもない。2022年もはや人類の必須科目となった、新たな社会モデルの構築について、今だけのことではなく、未来のことを考えるこの議論を深めていくにあたって、本書はよい参考書になると思う。

    3
    投稿日: 2022.01.30
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    気候変動による多くの災害や環境破壊の原因が資本主義におけるあくなき利潤追求にあることがよくわかった。そしてそれを乗り越える方法が「脱成長コミュニズム」であり、市民による経済活動、生産、技術,社会インフラのなどの管理であると。しかし、肝心の市民の意識や教養レベルが問題だろう。今の日本にそれを可能にする3.5%の市民がいるのか?日本を動かしている政界、財界、資本家などはどう動くのか? 読んで、なるほどと感心した後、自分は何をしたら良いのか?よくわからん!

    0
    投稿日: 2022.01.29
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    エコノミストの水野和夫氏が「常識を破る衝撃の名著」と絶賛している、流行りの本を読んでみた。 マルクスの新解釈って書いてあって、うっ、マルクスかあ、理解できるかなと思ったが、意外にわかりやすく読み進めることができた。 内容はザックリ言えば、 気候変動は地球に確実に危機をもたらす。 成長を求め続ける資本主義を温存したままでは、 気候変動による環境危機を止めることはできない。 資本主義から脱して(脱成長)、相互扶助の社会システムへの大転換が必要。 という感じ。 読むと知見が高まる、目からウロコの大提言だ。 但し、話はわかるが資本主義を脱して新しいシステムに大転換するなんて本当に可能なのか、個人として何をしたらよいのか途方に暮れる。 そんな不安に筆者は答えるべく、具体例を丁寧に書き綴っているが、終章の「おわりに」に、脱成長への筆者の熱い思いが語られている。 なので、もしこの400ページの厚い新書を読もうと思うのなら、「はじめに」の次に「おわりに」を読んでから各章に進むと、ストレスをあまり感じないと思う。 表面的な感想しか書けてないが、中身はとても深い内容で、水野氏の言う通り読む価値ありの名著だ。

    5
    投稿日: 2022.01.27
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    このレビューはネタバレを含みます。

    どうしても「脱成長」的な社会主義というのは、クメール・ルージュや文化大革命のイメージがついてまわるが、本書で述べられている脱成長社会は技術や民主主義を両立させる第三の道である。基本的に今の政治も経済も背後に哲学がないので、本書のような哲学をベースにした社会を考える取り組みはとても興味深かった。多少無理のある主張も無くはなかったが、庶民の前にはほとんど出てこない左派の思想がそれなりの分量で登場する点と、晩期マルクスの紹介により、私のマルクス観を刷新してくれた点でここ数年読んだ新書の中では一番面白かった。 率直に、本書で述べられる資本主義の問題点および晩期マルクスをベースとした脱成長コミュニズム社会は大部分で共感できた。それは、私の住む福島が「外部化」の典型例である原発事故で街が失われ、近年も自然災害が多発していることや、自治会の活動や消防団などの市民によるボランティアが盛んな風土であるということで、本書にあるような世界が想像しやすいからだと思う。私が住むところは都市部に比べ経済的には貧しいかもしれないが、「豊か」なところであるとは実感している。東京で学生生活を送った身としては、なぜあれほど多くの人が東京で(相対的に)貧困な生活を嬉々として営んでいるのか不思議に思うときもある。 ただ、本書で述べられているような市民的な共同体というのは否応なくリアルな人との関わりが要求されそうな気がした。(「コモン」と謳っているだけあって)「豊かな」世界ではあるが、それ以上に、ただ同じ街に住んでいるだけの他の市民とつながりを持つことを煩わしく思うのではないだろうか。このような個人主義的な社会が成熟したのはここ半世紀程度のことなのかもしれないが、そのような社会の形態を巻き戻していくことが、実は生活水準を巻き戻すことよりも難しいように感じた。実際のところ、私たちは資本主義に対して「成長」も経済的な豊かさも求めてはいない。自分自身、もしくは心地の良い人とだけで成り立つ世界で生きるために、私たちは進んで資本の「奴隷」になったのではないか。 読んでいてふと思ったが、『おかえりモネ』の宮城編の世界は割と脱成長コミュニズムに近いのではないだろうか。森林組合で働く人々(大資本に対抗するシーンもある)、コミュニティFM、海産物や農産物の地産地消など、労働が資本家から比較的取り戻されている世界になっている。加えて、森林と海の関係性を説くエコロジー的な要素もある。

    15
    投稿日: 2022.01.25
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    めっっっちゃ読み終わるまで時間かかった 環境危機は確かにやばいと思うけど、技術がどーにかしてくれるんじゃないか こんなことを思っていた自分を恥じるレベル 資本主義で生きてきて、技術に救われてきたけど、それによって考えることをやめてたんやなあと

    8
    投稿日: 2022.01.22
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    最後の「3.5%で世界は変わる」が印象的。 たしかに、グレタさんを例に取っても1人が訴えるだけでそこへ同調する若者は大勢いた。 SDG’sの違和感。 マルクスとか難しいところはいまいちよく分からなかったが、本当にこのままいくと地球は…貧しい国への皺寄せは…というのはひしひしと感じた。

    5
    投稿日: 2022.01.22
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    環境問題対策への鋭い指摘。その欠陥を埋める『資本論』の再解釈。そして、3.5%に呼びかける。「今の世の中、大丈夫かな」「うげっ、マルクスかよ」「今さらマルクスかよ」という人にこそ読んでほしい。

    5
    投稿日: 2022.01.21
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    新書だけど、なかなか学びになる内容でした。(これがくらいが限界…)  以下、メモ。 ・資本主義は人間だけでなく、自然環境からも掠奪するシステム。負荷を外部に転嫁することで、経済成長を続けていくが、深刻な環境危機に。 ・経済成長をしながら、二酸化炭素排出量を十分な速さで削減するのはほぼ不可能、デカップリングは困難。(気候ケインズ主義の限界) ・マルクスの復権。コモン(共)の概念。「社会的共通資本」に似ているが、専門家任せではなく、市民が管理に参加することを重視。最終的にはコモンの領域を拡張して資本主義の超克を目指す。「コミュニズム」は、生産者たちが生産手段をコモンとして、共同で管理・運営すう社会のこと。地球をコモンに。 ・加速主義(資本主義の技術革新の先に自足可能な経済成長が可能になる)は無理筋、現実逃避。 ・欠乏を生んでいるのは資本主義。希少性を人工的に生み出している。「価値」と「使用価値」。カギはマルクスの脱成長コミュニズム、コモンの〈市民〉営化(例:ワーカーズ・コープ) ■脱成長コミュニズムの柱 ①使用価値経済への転換→大量生産・大量消費から脱却する。 ②労働時間の短縮 ③画一的な分業の廃止→労働の創造性を回復させる。 ④生産過程の民主化→生産プロセスの民主化で、経済を減速させる。閉鎖的技術ではなく、開放的技術をコモンとして発展させる。 ⑤エッセンシャル・ワークの重視→ブエン・ビビール(よく生きる だ!) ・バルセロナの気候非常事態宣言 フィアレス・シティのネットワークは世界に拡大

    2
    投稿日: 2022.01.21
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    資本主義最前線のブルシットワーカーとしては呆然としてしまう内容。自分のやれることをやっていこう。資本主義批判の本の中では納得感がある。

    2
    投稿日: 2022.01.15
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    マルクスについて初めて知った。 難しいと聞いていたが、やはりむずかしかった。 脱成長でなければ、気候変動の問題は解決しない。 マルクスは、生産力を上げ、成長し、分配すると思われているが、最後は、脱成長を目指していた。 グローバルサウスから学ぶ コモンという考え方で、社会を、つくっていく。

    3
    投稿日: 2022.01.14
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    資本主義によって本来有すべき "使用価値" が消費を促す "価値" へと転化される現代社会にどうやって人間の尊厳を復興させていくのか。確かに国や行政を頼ることではなく私たち一人ひとりの意識を変えて実行する。この途方もない展望が実はすぐさま辿り着けるかもしれない。潮流は緩やかでありながらも変貌は瞬間であろう。分かる時が変わる時、分かっていながらも変わろうとしないのは怠惰であり変わろうとする人を邪魔立てしてはならない。どうか隅っこで不毛な承認欲求をやっとけばいい。何が満たされるのか私には理解できないけど。

    3
    投稿日: 2022.01.14
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    途上国など外部から資源などを搾取し、エネルギーを消費し、世界を市場としてモノやサービスを売ることでひたすら成長を目指してきた資本主義。ごく一部の富裕層が得る利益はさらに拡大している。そうした活動の結果、地球環境は後戻りできないほどに破壊され、このままでは資本主義とともに社会秩序や生活までもが滅びかねないところまで行きかねない。著者はこうした状況を転換するための考え方として、晩年のマルクスの主張を掲げる。コミュニティを中心にして暮らし、無駄な生産、消費を減らし、生きるために必要な本質的な活動に集中すべきだとする。ほどほどの暮らしをしようということだろう。 環境に対する負荷が強すぎることが問題なのだから、過剰な生産、消費を減らして、人々が穏やかに暮らすことが合理的だというのは考えればわかる。まあ、そうなんだろうけど。だけど、人々は今日も、明日も、資本主義のシステムの中で踊り、踊らされ、過剰に働かされ、消費する。今日を、明日の生活を必死に生きるためである。そして地球環境への負荷が軽減される気配はない。現実的な解決法はなんなのだろう?

    2
    投稿日: 2022.01.11
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    [2022年1月2冊目]もっと想像力を持って生きなければ、今自分が立っている足元がいつ崩れ落ちるのかすらわからないままに生きてしまう。 問題の外部化によって押し付けていたツケが、空間的な限界に突き当たり次は時間的な外部化を引き起こす。しかし、時間的な限界はどこにあるのかは誰も知らない。よって今すぐに行動しないことはまるで動き続ける時限爆弾を抱え、秒針の音を聞きながらも普通に生活のできる狂人の様相を呈してくる。 できることからといって手軽な"エコ活動"で満足し、ツケを未来に回すフェーズは既に終わった。 https://m.youtube.com/watch?v=deqSOD1OA-o マル激トーク・オン・ディマンド 第1047回(2021年5月1日) コロナでいよいよ露わになったコモンを破壊する資本主義の正体

    3
    投稿日: 2022.01.08
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    SDGsや脱成長、格差など、最近のテーマを捉え直したく読んでみた。 売れた本だが、内容については難解と感じたが、専門知識がなくても読み切れると思う。 知性は死なない、ブルジット・ジョブ、デジタル・ファシズムなどの近刊を読んでいると、理解が深まると思う。

    2
    投稿日: 2022.01.08
  • 領域国民国家の枠を超えて、格差と環境問題を解決する方途

    最新のマルクス研究によると、彼の思想は経済成長に持続可能性を接ぎ木し、最終的に後者が本質だと変遷していく。「資本論 第一巻」がその転換期にあたり、今日の格差と環境問題への視座は晩年の考察からこそ得られる …という話が響く人には目から鱗の一冊だと思います。 私自身を含む、多くのオールド左派が抱えている誤謬を捉え直すいい機会になりました。

    0
    投稿日: 2022.01.08
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    モヤっとしているものがクリアになる面白さがあり、 そういう面があるのかと気付かされる。 危機を止める為の、唯一と思われる方法。 ここには希望が感じられる。

    2
    投稿日: 2022.01.04
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    まさに正解! 皆さん、一回読んで自分の中で噛み砕いて欲しい一冊。 環境破壊の時間切れにならないうちに急いで!!! 著者の言う通り、今の社会システムを変えなければ手遅れになるだろう。

    2
    投稿日: 2022.01.04
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    この本の優れているところは、明確に解決策を打ち出していることにあると思います。現在の環境負荷が増えている原因を資本主義に置き、その解決策として議論されている加速主義やSDGs、グリーンウォッシングを明確に拒絶しています。 現在起きている環境負荷の影響をモロに受けそうな将来世代(ミレニアル、Z)の方は特にご覧ください。

    2
    投稿日: 2022.01.03
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    【2022_01】2021年中に読み終えたかったが、間に合わなかった。晩期マルクスの達成を経由して、脱成長コミュニズムこそが、猛威をふるい、地球規模での環境と民主主義の危機を招いている元凶たる資本主義を克服できるとする「希望の書」。

    3
    投稿日: 2022.01.02
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    ジェヴォンズのパラドックス、ハイブリッドカーはエコだから2台目を買おう。ローダデールのパラドックス誰ががコモンズを独占して、それを希少にしてしまうからこそ儲けが現れる。資本主義は豊かにするのではなく、希少性を作り出し、一部を豊かにし全体を貧しくする。

    2
    投稿日: 2021.12.31
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    温暖化の危機的な進行への警鐘と資本主義の限界を指摘した上で、解決策として「脱成長」と新しいマルクス主義による共同主義を提唱する。 成長に伴う資源の消費量増大を訴えるが、近年むしろGDPと消費量には乖離が見られ、消費量が頭打ちなことを考えると、著者の言う資本主義の限界論は首を傾げる。 また資産や技術を共同所有によって管理するというのも、数万、数十万ではうまく行かない気がするし、性善説により過ぎてると思う。人間の際限ない欲望をうまく利用した資本主義のほうがはるかに現実的じゃないかな。 行き過ぎた資本主義によって分断が起きて、人々が孤立感を感じているというのは納得なので、それを防ぐ手立ては講じるべきだと思う。が、だからといって資本主義を否定するのは飛躍かな。 個人的にはテクノロジーの進歩と成長に魅力と可能性をどこまでも感じるし、前進している現状の進展に期待したい。

    2
    投稿日: 2021.12.29
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    2021年末の大掃除で発掘した本です、この本は2021年の間に読む本の様ですね。読みかけになっていたために、評価は「★一つ」にしております。内容が不満足だったわけではありません。 2021年12月29日作成

    2
    投稿日: 2021.12.29
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    ・人新生とマルスクを組み合わせた.現代版マルクス主義論みたいな本.搾取される地球への嘆きとその諸悪の根源である資本主義嫌い,マルクス万歳という姿勢がひしひしと伝わる. ・筆者はSDGs,グリーンニューディールのような経済発展・開発と環境の保全・維持は両立できるという立場を否定し,経済成長を捨てる「脱成長」無くして,地球は持続できないと主張する.資本主義そのものが地球を収奪する根源的理由だから. ・「脱成長」へのアプローチ,あるべき姿やその思想をたどる案内人として筆者はマルクスの思想を多分に引用する.それも「資本論」や「共産党宣言」ではなく晩期のマルクスが残したという彼の記録を解釈して導けるとと解く. ----------------------- ・個人的には「資本主義にヘイトを言えればなんでも良いという印象」を受ける.個人的には受け入れ難い. 例えば「水という公共財をペットボトルに詰め込んで売ることで希少財に転嫁した」といっているけどその水を採取して,ペットボトルに詰めて,街まで運ぶという人間が産んだ付加価値はどうなの?とかツッコミしたくなるのはご法度なのかな? 原発やめろ!っていうくせに,代案を示さない,自分は電気をふんだんに使う.みたいな人がしばしばバッシングされるが,それと似たものを感じる. ・ポスト資本主義の対案としての「コミュニズム」も漠然としており,夢物語感が拭えない.「ウーバーや…新型コロナワクチンや治療薬を<コモン>にすべき」とはいうがそれらを作った人の努力,リスクテイクに対するリターンは?それを全人類のためという綺麗な理由があったとしても奪っていいものなのか?これこそが収奪ではないか?そんな社会で誰がイノベーションを目指しリスクテイクする?コモン化にすることを決めるのは誰?その決定者は相手に従わせる抑止力を持つのか?それってソ連のような一党独裁体制的な仕組みの再発では? 1%の人が富を占拠しているとか,その裏で搾取的な労働を強いられている人がいるということは否定しない.ただしそれを静止画的に捉え,前後関係・全体像を見ずして恵まれている側の人やそれを成立させる資本主義を叩いてもなあ. ・現世界の人が一人残らず今の地球の現状を嘆き,経済優先の社会から脱却をすることを腹極めできれば,この本で述べられている理想の実現はできるかもしれない.でもそれはたった一人謀反者がいたら忽ち「共有地の悲劇」をうむだけじゃないだろうか.全世界の人が私利私欲を無くし地球市民としての自覚と行動ができる.そんな日が来るとはとても思えない. ・あらゆるものが商品化され,しかも使用価値ではなくブランドや希少性といった非有用的な属性に付着する価値が重視され,人命より儲けありきになりがちな資本主義のメカニズムに課題がないとは言わない.それに抗う手段は全世界の人間が私利私欲にどう打ち勝つかという問いで生易しい問いではないことはわかる.しかし,だからといって夢物語でなんとかしようという話は納得も共感もできない.人間はそこまで良く(善く)できてないと思う. 資本主義と搾取される人々・環境という文脈では議論が絶えないが,これの解釈は大きく分けてふた通りだろう.一つは資本主義システムそのものを環境と捉えてどう自分はサバイバルするかという視点,もう一つはシステムそのものを糾弾し転覆・超克を訴えたり行動するという視点.自分は圧倒的に前者だ.後者の人には刺さる内容だろう. ——————————————————— 宗教は民衆のアヘンならぬ、SDGsは民衆のアヘン 緑の経済成長という詭弁 対策していると思い込むことで真の課題から目をそられさせる免罪符 資本主義は人間だけでなく,自然環境からも収奪をするシステム 負荷を外部に移転し自分だけ成長 (日本のような先進国は)"グローバル・サウスからの労働力の搾取と自然資源の収奪なしに、私たちの豊かな生活は不可能だ" 国家や大企業が資本主義のもとで地球に対し行ってきたことは収奪と負荷の外部化・転嫁 3つの転嫁:技術的・空間的・時間的 市場原理主義:あらゆるものを商品化 社会主義:あらゆる生産手段を国有化 マルクスの未公開ノートも含めた全集発行 MEGA フェラーリやロレックスは「他人が持ってない」ことに価値がある. (人工的な希少性,差異化,相対的希少性) 3.5%の人が動員すれば社会を変えられる ハーバード大研究

    3
    投稿日: 2021.12.26
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    SDGsなんて言葉が流行っているくらいで、環境問題がかまびすしい。環境問題を考える必要はない、なんて言っているわけじゃなく、大事だとわかっていても、問題の大きさからちょっと途方に暮れるところはあるんだよね。そこにきて本書。冒頭からSDGsなんて、マルクスが宗教についていったのと同じ、大衆のアヘンだ、と切り捨てる。読み進めると、イノベーションで環境問題を乗り越える、持続可能な成長が可能だ、なんて話がいかに問題を直視していないか、よくわかる。電気自動車なら、二酸化炭素を出さないったって、それを作る過程での環境負荷はたいへんなものらしい。犠牲になるのは、資源を採掘される南側諸国という話もある。  やれやれ。いずれは北斗の拳みたいな世界がくるのかな、なんて思いつつ、ふと『ゲームの王国』という小説を読んでみたら、共産主義革命を起こしたポルポト時代のカンボジアが描かれててさ。私有を制限し、コモンを再生するのだという本書でうかがわれた方向性を突き進むと、こうなるのか?と、暗い気持ちになる。そんな流れもあったものだから、前半を読んだあたりで、一度投げてたんだけどさ。  少し時間ができたので、後半を読み進めていくと、予想に反して引き込まれた。  後半展開されていたのは、問題に対する処方箋ではない。前半あげられた問題について、今、現実にどんな対応が行われているかの紹介だ。もちろん、著者なりの見方、方向性は示されてる。その手がかりとなるのはマルクスだろう。どこに考え方の道筋をもとめるが、ヒントはあるんだけどさ。  それ以上に、外国で、いや、身近なたとえばこの業界では、こういうことがありましたよ、なんて話が妙に腑に落ちる。  変化は現実におきているのだ。それが決定的な解決にならないにしても、動いてはいる。そのことが妙に、気持ちを軽くしてくれる。  本を読むのは、処方箋を求めることではない。  今、この問題に対して、こういうことをしている人たちがいますよ。  で、あなたはどうしますか?  そういう問いかけをもらうことなのだと思った。  刺激的な本だったね。

    3
    投稿日: 2021.12.24
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    2022.1.1追記。 元旦のnhk BS「欲望の資本主義2022」における著者の対談は非常に聞き応えあり。誠実な語り口を含め敬意を覚えた。とは言え下記の感想は大きくは変わらないが、、、 2021.12記 まず、本書の前半はかなりの迫力である。ポイントはこんなことと理解した。 「従来、マルクスの資本論は成長至上主義と一体とみなされていた。というのも、その主張の根幹は、資本主義の成長を通じて社会が矛盾に耐えられなくなり、やがて革命が起こる、という点にあるからだ。しかし、それでは革命の前に地球が壊れてしまうのが現代だ。 だが、マルクスの晩年の研究メモを見ると、彼が成長至上主義から脱していく過程が読み取れる。成長ではなく、生産手段の共同保有こそが環境を守りながら資本主義を解体するカギだと彼は気づいていた。これが最新のマルクス研究の成果である。マルクスに倣い、今こそ成長至上主義を問い直そう」と。 共同保有とは何かはひとまずおくとして、かなり興味深い。 しかし、具体策を論じる第六章以降に個人的には違和感を覚えている。 象徴的なのはここだ。 「例えば、投資目的の土地売買が禁止になり、土地の価格が半分、いや三分の一になったとしたらどうだろうか。土地の価格は、しょせん人工的につけられたものだ。価格が減じたところで、その土地の『使用価値』(有用性)はまったく変化しない。だが、人々はその土地に住むために、これまでのような過酷な長時間労働をしなくてすむ。その分だけ人々にとっての『潤沢さ』が回復するのである」(pp235-236)。 これは個人的には、いささか奇妙な議論である。価格を資本家が勝手に決めて労働者はそれに従うほかはない、などということが一体なぜ前提になっているのか。世の中には市場価格メカニズムというものがある。 例えばこの本はどうだろう。集英社という出版資本が税別1020円という搾取的な価格をつけている。これを半分にしたところでその使用価値は全く変化しない。むしろ本の購入のための無用な長時間労働が減り、人々の潤沢さが回復する。 そう言われて著者は納得するのだろうか。本は良くて都心のマンションはダメというのはイデオロギーでしかない。 百歩譲って、流動性の過剰供給によって土地価格が市場価値を超えた値付けになっているとしよう。それは資産バブルという、経済学的にはあって良い議論である。少なくともマルクス自身は「恐慌」について論じることでこの点をある程度カバーしていたように思える。ただ、読む限り少なくとも著者がこの点を明示している様子はない。 また、市場の独占、寡占が起きているときに価格が操作されてしまうという話ならまだわかる。だからこそ、常に「差別化」を通じて市場を独占したい企業とそれを規制する政府との間には緊張関係がある。政府は資本主義を正常に機能させるために独占を規制しているという言い方もできよう。政府と企業が結託して資本主義推進のために独占を推し進めているといいたいのだとすると、ないとはいわないがかなり特殊な仮説になってしまう。 つまり、本書はせっかく魅力的な論考が満載なのにも関わらず、著者の議論にmicro foundation(ミクロ経済学的基礎)が欠けているが故に著しく説得力が減退しているように見えるのだ。 ここで言うミクロ経済学的基礎はなにも難しいことではなく、値付けを間違えると全く売れないし、また全く買えない、という価格調整原理のことに過ぎない。 さて、それでも仮想的な反論はまだ残されている。不動産のような生産手段(なのだということにして)と、一般消費財とはわけて考えるべきだ、というのはあるかもしれない。 いわゆる「悪者資本主義」に馴染むのは土地や金融であって、それこそ出版のような実物経済の「善玉資本主義」はそこまで悪者ではない、と。たしかに先述の「共同保有」は主として土地を想定しているように見える。 ただ、それを言い出すと、成長は環境に不可逆的な悪影響を与えるから再考すべきだ、という本書の出発点に矛盾が生じてしまう。 というのも、成長したいという資本主義的本能は何も不動産や金融に限ったものではないからだ。例えば集英社も対前年比成長は切望しているはずだ。 「我々は広告に操られて使用価値に差のない軽自動車とフェラーリに過剰な金銭的価値の差を与えてしまい、資本家を肥え太らせている」(pp255-256の要約)という部分に至っては、デザインの付加価値への無理解というか、ソビエト的ディストピアの気配すら感じる。 というわけでいろいろ書いたが、さきに述べたとおり著者の出発点は「人新世」とよばれるほどに人間が環境を変えてしまったことへの危機感であり、そのエンジンが資本主義であり、それを許しているのが成長至上主義だ、という傾聴すべき主張であるということは強調しておきたい。

    9
    投稿日: 2021.12.19
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    このレビューはネタバレを含みます。

    SDGsを掲げていても経済成長を目指すことで自然破壊することには変わりはないので、誰もとり残されない脱経済社会を目指す必要性が書かれていた

    2
    投稿日: 2021.12.19
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    2021新書大賞受賞作。 読んで衝撃を受けた。なるほど読ませる本である。 気候危機を放置しているといずれ地球と人類は滅亡する。 SDG’sやグリーンニューディールなどの取り組みではこの危機には全く対処できない。むしろ害毒ですらある。 気候危機の真の原因は、資本主義にある。 よって気候危機を解決するためには資本主義という社会システムを替える必要がある。 唯一の解決可能な新たな社会システムは脱成長コミュニズムだ! そのためには民衆が草の根運動に立ち上がりつながろう! 書かれているのはこんなこと。

    17
    投稿日: 2021.12.16
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    ファクトフルネスを読んだ後にこの本を読んだためか、頭にすんなりと入ってこなかった。読み合わせが悪い本があることを知った。 もう少し時間を置いて、再読し、再評価、感想を投稿したい。

    3
    投稿日: 2021.12.13
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    地球温暖化を信じていない人は読んでも意味が無いと思う。本当に筆者の実現したい社会は、満足のいく社会になるのかは今の私には疑問である

    0
    投稿日: 2021.12.12
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    資本論に対する教養がなかったので読み進めるのにかなり苦労しましたが、この地球上に生きる上で避けては通れない内容でありましたし、今まで環境や経済についての本や記事を読んだときに感じていたモヤモヤ感が晴れていくような気持ちは初めてで読んで良かったし多くの人に読んで欲しいと思う本です。 この本に書かれていること全てを理解していないですし、著者の主張に全面同意というわけではないです。 前半の現状の地球の環境被害、先進国による外部化、それについてマルクスの主張を脱成長の観点から語るなどはこの方の専門分野だから受け入れやすかったです。 後半、マルクスも生きていないし経験していない現代の世の中でどう脱成長に向けていくかの著者の提案の内容の中では、自分自身社会人という世の中を構成する一人として、現場を知らないから言えるのではと思うこともありました。 それでいても、ファクトフルネスよりは信頼できます。 問題を先送り(外部化)してる場合でいられない、限られた富の奪い合い蹴落とし合いの段階よりもかけがえのない地球の環境を重視しなくてはならない。 それでいて 平等であるために不平等も認める姿勢がいいなと思いました(一律的に炭素排出を減らすために全世界で規制するのではなく、途上国の発展に使う分を残すために先進国がセーブするといったような)。 今まで触れてきた本や記事では、あちらを立てればこちらが立たず、だけど曖昧にしていたように感じられましたがこの本ではそのものズバリ資本主義について苦言を呈しています。 灯台下暗しとでもいうのか?資本主義に対して言語化できないモヤモヤはあってもそこを突く発想はなかったので衝撃的でした。この視点に気付けただけでもこの本の価値があるのではと思います。 アニメグッズのランダム展開、祭壇、痛バと言って大量に同じものを所有して飽きたら放出する。消費者は刹那的な快楽のために物質消費に走り、企業は目先の利益のためやめない。企業が悪いのかというとそれだけではなく、アニメーションの技術に対する対価が正当に流れない悪循環の中、制作費補填も考慮してのグッズ収入なのか?とも思う。 エッセンシャルでないけれど文化的に人々の心を潤すのに欠かせないものに対しての報酬が少なく、出し抜くようなずる賢い私利私欲の人が自分の頑張りだからと偉そうに利益を貪る様子は不完全な社会に思えます。 企業が悪い、消費者が悪い、資産家が悪い、薄給の仕事を選んだお前が悪いetc なんて、誰かを責められるわけではなく、自責として自分がこの地球上で、後世の子どもたちのために恥ない行いができているかなどひとりひとり考えてやっていくしかない。 けれどお花畑学級会のようにいうだけでは誰も守らないので、コモンをきちんと守れるように民間団体での主張や活動が大事になるのだなと思わされました。 ネットの発展で多くの人が自分の意見を投稿するようになったけど それを書くだけで満足してないから、自分は他の人と違うと思っていないか不満です。 行動にうつさなくてはいけないなと思わされます。 勉強したてで、自分の中にあるぼんやりした考えが言語化できず抽象的な感想になってしまうのが悔しいですが、今は言語化できなくてもこの本を読んだエッセンスが自分の中にしみこんだと思うのでこれから徐々に整理できていけばいいな。

    3
    投稿日: 2021.12.10
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    非常に読み応えのある本でした。 温暖化問題、グローバルサウスへの眼差し、資本主義の限界、、。色々と考えさせられました。 切り口は少し違うけども里山資本主義にも、とても通じるものがあるなと感じました。

    2
    投稿日: 2021.12.05
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    エコだと思ってやっている事も逆に環境や他の国の人に負荷をかけてしまっている。電気自動車も負荷が大きく何も知らなかった。出来る事をやり立ち上がる3.5%になりたい。

    0
    投稿日: 2021.12.05
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    このレビューはネタバレを含みます。

    どんなに微弱な活動でも、温暖化対策をしているという事実で、真に必要な行動を起こさなくなってしまうことに、SDGsの危険性がある。 過去と比べて、経済成長と環境負荷の切り離しは進んではいるものの、絶対量として消費拡大や環境破壊の進行は止められていない。つまり、グリーンニューディールや循環型経済では不十分で、本当に望まれるのは、真の「脱成長」。 今日の資本主義は、山火事で火災保険が儲かったり、蝗害で農薬が儲かったりする「惨事便乗型資本主義」の側面を持ち、環境危機すらビジネスチャンスになりうる。そのため、強者にとって環境問題に対応するインセンティブは小さい。 そもそも、資本主義は希少性や欠乏を生み出すシステムである。不動産価格が数億に上る一方でホームレスが存在したり、家賃を払うために過労死寸前まで働くことを共用されたりする。時には、過去に潤沢だった水ですら、利益追求のために商品化され、加えて水力という無償・潤沢なエネルギーから、有償・希少な石炭へ移行している。これは、希少性が人工的に生み出されたことに他ならない。資本主義においては、共同化のコモンでは勝者を生み出せないのだ。だから、「市場価値」を重視し、マーケティングや広告、ブランド化などでモノやサービスの「使用価値」を貶めてきた。 つまり、今ある問題を解決するためには資本主義を捨て、「脱成長コミュニズム」を実現しなければならない。そのためには、使用価値経済への転換はもちろん、画一的な分業の禁止によるやりがいや助け合いの重視、生産過程の民主化、エッセンシャルワークの重視が必要不可欠である。私達は、この「脱成長コミュニズム」の実現のため、民主主義そのものを刷新し、市民が主体的に参画し、コモンを重視する民主主義を構成する必要がある。

    0
    投稿日: 2021.12.05
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    たまたま半農半Xも並列で読んでいたが、内容的にリンクしてて面白かった。 資本主義の本質として希少化の説明が目から鱗で分かりやすかった。 自分も3.5%になろうと思う。

    0
    投稿日: 2021.12.04
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    先ず「人新世」とは、資本主義が生み出した人工物、つまり負荷や矛盾が地球を覆った時代を言うのだそう。負荷や矛盾と言っているのは、環境破壊、地球温暖化、グローバルサウス(先進欧米地域の発展の為に鉱物や農産物を劣悪な環境の中で供出させられてきた後進地域)の犠牲によって成り立っているグローバルノース(先進技術による便利で豊かな先進地域)という構図、等など。 この資本主義という人間の欲望を限り無く刺激し高め続ける仕組みのままでは、地球温暖化は止められず、破滅に至ってしまう。それを止めるには、グリーンニューディールとかジオエンジニアリングとか、ましてやSDGsなどでは何の役にも立たない。1日も早く「脱成長のコミュニズム」、つまり必要の無いものをつくるのをやめる社会に転換すべきであるとの主張。同じ服や化粧品でも、ブランド品が高額なのはそのブランド価値を支える豪華なパッケージなどにもよるが、それらは本来必要の無いものであり、資本主義という成長を追い求め続ける仕組みはこの様に必要の無いものをつくる為に労働者を安い給与で長時間働かせそれによって資本家の富が増大するという構図であり、それが環境破壊や長時間労働という問題を引き起こしているのであるから、脱成長に移行するべきだと。 地球温暖化の実態と、その対策としてのSDGs等の効果の無さ等豊富な事例で説得力あり、ではどうすれば、については「フィアレス・シティ(恐れ知らずの都市)」バルセロナという自治体の取組み(「気候非常事態宣言」(2020年1月発表))も示されていて、大変読む価値のある本と感じた。

    0
    投稿日: 2021.12.04
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    人間の活動は、地質学的にもあきらかな影響を残すだろうということで言われている人新生。 グローバルな環境危機を乗り越えるために、マルクスの知恵を活用できないか?という話し。 たしかに、現代のグローバル社会が経済的な不平等、そしてしばしばそれはシステムの周縁に位置する国や人々の搾取があって、それと環境問題などなどは関係しているというのは、その通り。 そして、おそらく、それは著者の批判するグリーン・ニューディール的な「成長」のなかでは解決しないであろうことも、うすうすみんなわかっていること。 というわけで、「脱成長」とはっきり言ってしまおうというところは、そうだろうな〜と思う。 で、マルクスがこの話しにどこまで関係するの?史的唯物論も、下部構造の経済がすべてを決定するという話だし、どっちかというと経済発展を前提にした議論じゃなかったけ?と考えるわけ。 だが、著者は、マルクスの晩年の思想、それは出版されていないメモ類や手紙の読み込みを通じて、マルクスに持続可能な、エコロジカルな、共同体的な思想を読み込んでいく。 このあたりはすごく新鮮。 さて、それをどう現実に展開していくかということになると、やはり気は重くなってくるわけだが。。。。でも、かすかなものでも、動きが始まっているのであれば、そこに希望を寄せるということか。。。 複雑な読後感。

    3
    投稿日: 2021.12.01
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    このレビューはネタバレを含みます。

    話題になっていたので読んでみた。 資本主義の限界について説明され、これから目指すべき「脱成長コミュニズム」の提案がされている。 正論と感じる一方で、では現実的にどう社会システムを構築し直すのかといった疑問は解消されず、理想論のように感じてしまう部分もあった。 個々人がこの考えに同意するだけでは社会の変革は起こらず、この知見をどのように現実に活用できるのかという点が重要と思う。

    0
    投稿日: 2021.11.30
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    2021年10月 SDGsについての違和感。これは何か違うと思っていながら、「脱成長」という結論を自分の中で出せていなかった。わたしも耳に優しい論理に流されたいと思っていた。アヘン中毒がしれない。 ここからはわたしの話でしかないが、「脱成長」をどうやって受け止めたらいいのか。ほかの人よりも先に脱成長を受け入れてしまったら経済的に貧しい生活になってしまうのではないかという恐怖。一般企業で働く人間にとっては仕事における「脱成長」の実践は難しいかもしれない。今のところはせめて賢い消費者になるところかななんて思っている。

    2
    投稿日: 2021.11.29
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    脱成長コミュニズムを考えるとき、コミュニティの範囲はどうなるのだろうか。お互いが仲間意識が持てて、所属意識が持てて、維持できる大きさを探るのは、意外に難しいのかもしれない。バルセロナの例からは都市単位が一つのヒントになるか。 まずはSFプロトタイピングで、実感できるコミュニティの在り方、そこでの生き方が動き出すきっかけになるはず。どなたか書いてくれているかな。

    2
    投稿日: 2021.11.28
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    ・グローバル・サウスへの視座 ・人工的希少性からラディカルな潤沢へ ・脱成長コミュニズム ・コモンの民主管理 ポスト・キャピタリズム論のひとつ。オルタナティブを思索する大切さは分かるが結局は自分には分からない。庶民なので難しい言葉よりもデータがもっとほしい。環境問題も実態がよく分からないのでもっと図表や予測で可視化してほしい。バルセロナのフィアレス・シティの成果はどんなものなのか。市民運営したとて腐敗しない事はありえるのか。市場経済と資本主義市場経済は別物であろうし現状だとピケティとかの累進課税の話の方が今はまだ現実的な感じがする。分からんけど。人類はこんなにIT発達させて何で労働時間を減らす方向にいかんのかという点は共感。

    0
    投稿日: 2021.11.28
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    資本主義は問題の転嫁を繰り返してきたと。短期的な儲けに走ってしまう。 ちょっと仕事寄りの感想で、資本の追求により効率のよい分業へ進んでしまう。そのため考える能力が失われていくといった内容に共感。周りで、「若い人が考えなくなった」と聞くが社会がそうさせているし、むしろ効率の良い人材を評価するシステムである以上、考えさせなくしている。分業の廃止が創造性と自律性を取り戻す。「ホンダ流ワイガヤのすすめ」も同等の内容があった。

    0
    投稿日: 2021.11.15
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    このレビューはネタバレを含みます。

     思わぬ指摘の連続の前半。予想外の解決策が提示される後半。 【前半/近年の気候変動の原因は経済成長】  省エネは温暖化ガス排出減少はその排出要因を国外に出す、外部化によるもの。本質的な解決ではない。  少し見方を変えれば富裕層が大量の温暖化ガスを排出している。生産性を上げることで経済成長を保ちながら温暖化ガス排出を下げていく、デカップリングは幻想である。また、循環型経済も持続可能ではなく、資源消費量そのものを減らしていかない限り地球環境の破たんは不可避である。経済成長をすればその分必ずエネルギー消費は増え、温暖化ガス排出は減らない。  生活水準の向上を実現すれば地球限界値(プラネタリー・バウンダリー)を超える項目が増える。途上国がこのあと成長していくのは非常に難しい状況にある。先進国がすでに成長し先進経済を謳歌している分、途上国の環境に負荷をかけているのは間違いない。  このあとの未来の選択肢は、 ①気候ファシズム(現状維持。他人や地球がどうなってもいい。経済成長が大事) ②野蛮状態(貧富の格差問題から社会が崩壊した状態) ③気候毛沢東主義(トップダウンで強制的に気候変動対策に従わせられる) ④x(後半で成長なきマルクス主義、と明かされる)  日本が長期にわたりゼロ成長となっているのはこの解に近いのか?というとそうではない。ただの長期停滞である。(p135) 【後半/マルクスの復権】  もともとマルクス主義のもとは「コモン」という公共財だった。入会地や水源の利用などがそうだった。資本主義が広がるにつれ、これらコモンは買われ、利用するのに対価が必要になった。コモンを独占する者が利益を上げ資本を蓄積するためである。  近年のマルクス研究により晩年に書かれたメモや書簡が共有された。マルクスはエコロジカルな経済体制を目指していた。  労働者が組合を作り直接経営に携わる、国ではなく、都市レベルで環境目標、経済活動の目安を作成し他の国の都市と連携する、などいままでの政治体制、経済体制を越えた活動に解決策がある。  【内容以外に印象深い点】  この内容の濃い本が新書で出た、ということに意義がある、と思う。同じような本が欧米で出れば、「厚く」「ハードカバーで」「厚い分引用が多く中身が薄まり」そして高くなるから。洋モノのこの手の本を読んでいつもがっかりするのがそこ。

    0
    投稿日: 2021.11.14
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    話題になった本なので読んでみた。 人によって取り方はいろいろなのだろうが、個人的には、本書で著者が最もやりかったことはマルクスの再評価なのではないかと思う。すなわち、現在社会、特に先進国ではマルクスが正当に評価されていないという問題意識を著者は持っており、そこから本書が書かれたのではないか。本書における気候変動問題や貧困問題は、マルクスを再評価するための1つの事例であろう。そういう取り方もできる。 分かりやすい文章で書かれており、なるほどと思うところも多々ある。ただし全て同意できるかというと、それはまた別の話である。確かに、経済成長したにも関わらず多くの人が豊かさを実感していないというのはその通りだろう。だからといって先進国が成長を止めるべきかというと、そうは思わない。なぜなら、成長によりイノベーションが生まれ、それが問題解決につながることも少なくないからだ。 また、世界は国家間の微妙なパワーバランスのもとに成り立っており、成長を止めることでパワーバランスが崩れ、世界が不安定になる可能性もある。著者は分かった上であえて触れていないのかもしれないが、こうした視点が欠けているように思えた。

    0
    投稿日: 2021.11.14
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    昔からのマルクス信望の本ではなく、新しい方々の解釈。 頑張るのやめましょ。生産性はとてつもなく上がっているのだからと受けた。 読みやすかった。

    0
    投稿日: 2021.11.05
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    ソ連が崩壊し、資本主義の「外部」がなくなった。 ソ連、中国で起こってきたことを思うと、社会主義や共産主義がよいとは思えない。 でも、代案がない状態になんとなく怖さを感じてきた。 では、その間、世界がよくなったか? 少なくとも豊かさという点では、明らかに自分たちの親世代のそれは望むべくもない。 どうしようもないと諦めて、30年を無為に過ごしたのかもしれない。 そんな無気力な自分には、本書は目からうろこの一冊となった。 著者は、資本主義は労働者だけではなく、自然も収奪、搾取の対象としてきたことを指摘する。 その結果が現在の地球温暖化の状態だと。 グリーン・ニューディールや、SDGsなどは、現状の問題を抜本的に変えることはできない。 資源の採掘でエネルギーを使ったり、環境に負荷をかけたりする。 先進国は脱炭素社会化したように見えても、負担や汚染を低開発国に押し付けるだけだからだ。 いわば、資本主義は「詰んでいる」。 1章から3章は、こんなふうに問題の整理を行う。 非常に切れ味鋭く、納得することも多かった。 本書では、「そこで」と登場するのがマルクス。 晩年、マルクス自身が抱いていた社会主義の下の近代主義、成長主義を捨てていったことが明らかにされる。 また、マルクスがヨーロッパ以外の、同時代や過去の共同体にも着目し、共同体を持続するための仕組みにも関心を寄せていたということにも触れる。 本書では、脱成長社会(脱成長コミュニズム)への変更を主張する。 技術革新を待っている間にも、地球の新陳代謝の限界を超えてしまうからだ。 そのために、水や空気のように、土地、電力、教育、科学技術などの社会を支える基本的な技術などを「潤沢な〈コモン〉」とし、生産と労働のありかたを変えるべきだという。 本書の最終章では、脱成長社会への萌芽となる世界各地の試みが紹介されている。 そして、社会の3.5パーセントの人が行動することで、社会が変わる、という言葉で締めくくられる。 自分にとっては、本書に書かれていることは驚きの連続だった。 また、「まだできることがある」という筆者の姿勢に希望を感じた。 正直に言うと、自分にはまだこの考え方を十分理解したとは思えない。 必要性を理解しても、実現は難しいことも予想できる。 日本社会はどうしても議論が苦手、意思決定が下手。 「幸せな低成長」のビジョンが多くの人に共有されると事態は変わってくるかもしれない。 いろいろな才能を持った人が関わると面白いのかも。

    0
    投稿日: 2021.10.24
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    今年の話題の1冊ということで、手にとってみました。 冒頭、SDGsは大衆のアヘンであるという衝撃の一言から始まります。著者は、政府や企業がSDGsの行動指針をいくつなぞったところで、気候変動は止められない。SDGsはアリバイ作りのようなものであり、目下の危機から目を背けさせる効果しかない、と厳しく現状を批判しています。  続けて、かつて、マルクスは、資本主義の辛い現実が引き起こす苦悩を和らげる「宗教」を「大衆のアヘン」だと批判したことを紹介し、SDGsはまさに現代版の「大衆のアヘン」だという、冒頭の発言になっています。  著者の問題意識は、次のようなものです。アヘンに逃げ込むことなく、直視しなくてはならない現実は、私たち人間が地球のあり方を取り返しのつかないほど大きく変えてしまっているということです。  著書名で使われている「人新世」については、人類の経済活動が地球に与えた影響があまりに大きいため、ノーベル化学賞受賞者のパウル・クルッツェンは、地質学的に見て、地球は新たな年代に突入したと言い、それを「人新世」と名付けた。人間たちの活動の痕跡が、地球の表面を覆いつくした年代という意味だとしています。  本書の展開としては、グリーン・ニューディール、デカップリング(切り離し・分離の意味。技術革新により環境負荷を抑えようとする考え方)では、現代の環境問題が解決しないことを訴えます。グリーン技術は、その生産過程にまで目を向けると、それほどグリーンではない。ひとつの問題を別の問題へと転嫁しているだけとしています。  また、経済成長と生活の向上は一定のレベルを越えると相関関係が見られなくなるとし、日本のひとりあたりGDPは、アメリカよりずっと低いが、平気寿命は長いことなどを例に挙げており、経済成長をしても、一部が独占している現状では不幸が広がるものであり、リソースをうまく分配さええきれば、今後も繁栄できる可能性があるとし、分配の問題を資本主義が解決できるのか、という視点で現状を分析しています。  学者のなかには、「脱成長」あるいは「定常型経済」への移行を真剣に検討すべきという意見が出ており、本書は全面的に同意したいとしています。  続けて、グローバルな公正さという観点でいえば、資本主義はまったく機能しない。外部化と転嫁に依拠した資本主義では、グローバルな公正さを実現できない。そして、不公正を放置する結果として、人類全体の生存確率も低めている、と指摘した上で、今後の選択肢を挙げています。 ・4つの未来の選択肢 「平等」を軸に考えたときに「人新世」の時代に私たちが選びうる、未来の形 ①気候ファシズム ②野蛮状態 ③気候毛沢東主義 ④民主主義的な相互扶助の実践を、人々が自発的に展開し、気候危機に取り組む可能性。人類が自由・平等・民主主義を守りながら、生き延びるラストチャンスはこの選択肢のうちにしかない ④の選択肢を考える上で、MEGAと呼ばれる新しいマルクス・エンゲルス全集」の刊行が進む中で、マルクスの晩年の思想にこそヒントがあるという驚くべき展開をします。 ・マルクスが最晩年に目指したコミュニズムとは、平等で持続可能な脱成長型経済なのだ ・社会の基盤が大きく揺らぐ危機を前に、行きすぎた市場原理主義をやめ大きな政府が市場に介入するという程度の対策では、不十分なのである。つまり、大規模な財政出動を行って、政府が重要産業に資本を注入するといった「気候ケインズ主義」では、二酸化炭素排出量は減らすことができず、気候危機は止まらない。また、北欧型福祉国家に持続可能性を足した「脱成長資本主義」でも不相応なのだ、  中途半端な解決策は、長期的には機能しない。選ぶべきはコミュニズム このように述べ、現在の資本主義の問題、地球環境の問題を解決する方法を提唱します。 また、合理的でエコロジカルな都市改革の動きとして「フィアレス・シティ(恐れ知らずの都市)」を掲げるバルセロナの試みを紹介しています。 確かに、現在の環境破壊の問題は簡単に解決できる問題ではありません。この問題を現在の資本主義が持つ本質から、この延長線上では解決しないという流れから、マルクスへの展開、そして、何をすべきかを説いています。これは決して簡単な道ではありません。一方で、それほど環境危機が迫っているという意識を持ち、自らの行動を考えさせられる一冊となりました。 ▼資本主義がどれだけうまく回っているように見えても、究極的には、地球は有限である。外部化の余地がなくなった結果、採取主義の拡張がもたらす否定的帰結は、ついに先進国へと回帰するようになる。  ここには、資本の力では克服できない限界が存在する。資本は無限の価値増殖を目指すが、地球は有限である、外部を使いつくすと、今までのやり方はうまくいかなくなる。危機が始まるのだ。これが「人新世」の危機の本質である。  その最たる例こそ、今まさに進行している気候変動だろう。 ▼生産や分配をどのように組織し、社会的リソースをどのように配置するかで、社会の繁栄は大きく変わる。いくら経済成長しても、その成果を一部の人々が独占し、再分配を行わないなら、大勢の人々は潜在能力を実現できず、不幸になっていく。このことは、逆にいえば、経済成長しなくても、既存のリソースをうまく配分さえできれば、社会は今以上に繁栄できる可能性があるということでもある。 ▼グローバルな公正さというのは、抽象的で、偽善的な人道主義ではない。他者を切り捨てる前に、他者の立場に立ち、明日は我が身だということを想像してほしい。最終的に自分自身が生き延びるためにも、より公正で、持続可能な社会を志向する必要があるのだ。それが最終的には人類全体の生存確率を高めることになる。それゆえ、生存の鍵となるのは「平等」である。 ▼「脱成長」は平等と持続可能性を目指す。それに対して、資本主義の「長期停滞」は、不平等と貧困をもたらす。そして、個人間の競争を激化させる。絶えず競争に晒される現代日本社会では、誰も弱者に手を差し伸べる余裕はない。ホームレスになれば、台風のときに避難所に入ることする断られる。貨幣を持っていなければ、人権さえも剥奪され、命が脅かされる競争社会で、相互扶助は困難である。  したがって、相互扶助や平等を本気で目指すなら、階級や貨幣、市場といった問題に、もっと深く切り込まなくてはならない。資本主義の本質的特徴を維持したまま、再分配や持続可能性を重視した法律や政策によって、「脱成長」・「定常型経済」へ移行することはできないのである。 ▼労働は、人間と自然の媒介活動である。「資本論」で展開された物質代謝論によれば、人間と自然は労働でつながっているのだ。だからこそ、労働のあり方を変えることが、自然環境を救うために、決定的に重要なのである。 ▼脱成長コミュニズムの柱 ①使用価値経済への転換  「使用価値」に重きを置いた経済に転換して、大量生産・大量消費から脱却する ②労働時間の短縮  労働時間を削減して、生活の質を向上させる ③画一的な分業の廃止  画一的な労働をもたらす分業を廃止して、労働の創造性を回復させる ④生産過程の民主化  生産のプロセスの民主化を進めて、経済を減速させる ⑤エッセンシャル・ワークの重視  使用価値経済に転換し、労働集約型のエッセンシャル・ワークの重視を ▼晩年のマルクスが提唱していたのは、生産を「使用価値」重視のものに切り替え、無駄な「価値」の創出につながる生産を減らして、労働時間を短縮することであった。労働者の創造性を奪う分業も減らしていく。それと同時に進めるべきなのが、生産過程の民主化だ。労働者は、生産にまつわる意思決定を民主的に行う。意思決定に時間がかかってもかまわない。また、社会にとって有用で、環境負荷の低いエッセンシャル・ワークの社会的価値を高めていくべきである。  その結果は、経済の減速である。たしかに、資本主義のもとでの競争社会に染まっていると、減速などという事態は受け入れにくい発想だろう。  しかし、利潤最大化と経済成長を無限に追い求める資本主義では、地球環境は守れない。人間も自然も、どちらも資本主義は収奪の対象になってしまう。そのうえ、人工的希少性によって、資本主義は多くの人々を困窮させるだけである。  それよりも、減速した経済社会をもたらす脱成長コミュニズムの方が、人間の欲求を満たしながら、環境問題に配慮する余地を拡大することができる。生産の民主化と減速によって、人間と自然の物質代謝の「亀裂」を修復していくのだ。 ▼人権、気候、ジェンダー、そして資本主義。すべての問題はつながっているのだ。 ▼意味を根本から問い直し、今、「常識」とみなされているものを転覆していく。この瞬間にこそ、既存の枠組みを超えていくような、真に「政治的なもの」が顕在化する。それこそが、「資本主義の超克」、「資本主義の刷新」、「社会の脱炭素化」という、三位一体のプロジェクトだ。経済、政治、環境のシナジー効果が増幅していくことで、社会システムの大転換を迫るのである。 ▼「3.5%」という数字がある。なんの数字かわかるだろうか。ハーヴァード大学の政治学者エリカ・チェノウェスらの研究によると、「3.5%」の人々が非暴力的な方法で、本気で立ち上がると、社会が大きく変わるというのである。 <目次> はじめに―SDGsは「大衆のアヘン」である! 第1章 気候変動と帝国的生活様式 第2章 気候ケインズ主義の限界 第3章 資本主義システムでの脱成長を撃つ 第4章 「人新世」のマルクス 第5章 加速主義という現実逃避 第6章 欠乏の資本主義、潤沢なコミュニズム 第7章 脱成長コミュニズムが世界を救う 第8章 気候正義という「梃子」 おわりに―歴史を終わらせないために

    5
    投稿日: 2021.10.23
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    最近読んだ『ブルシット・ジョブ』や『99%のためのフェミニズム宣言』なんかでも資本主義の限界は論じられていたけれど、いずれも具体的で実現可能性の高い施策にまでは論が及んでいなくて、それがとうとうはっきりと目指すべき方向が明示されたと感じた。

    0
    投稿日: 2021.10.23
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    最近読んだ本の中では、最も感銘を受けた本であった。先日には自民党総裁選があったり、これから衆議院選挙があったりと、まさにこれまでの政策を振り返り、今後の社会をだれに託すのかという大事な時期に、本書に出会えたことは幸運であった。 本書に出会う前までは、「社会主義経済」はソビエト連邦(旧東欧)や中華人民共和国をイメージして失敗した経済主義であると勝手に思い込んでいた。そして、「資本主義経済」こそが正しい経済主義であると思い込んでいた。 しかし、現実の世界では、「資本主義経済」によって格差問題や気候変動問題など、多くの問題が取り返しの使いないところまで来てしまっているという現実を知った。筆者はこれらの諸問題を解決するには、ダイナミックなシステム変更が必要であり、そのためには「脱成長コミュニズム」が必要であると訴えている。そしてそれは、マルクスが資本論の中で主張していたことでもあると論破しているのである。 実際に欧州では、そのようなムーヴメントが大きな潮流となってきており、我々日本人もそれに乗り遅れないようにしかければならないのだが、先に記載した自民総裁選や州銀選挙でも、相変わらず現在の延長線上でしか議論がなされていないことは残念で仕方がない。 筆者はあとがきで、3.5%の市民が動き出せば大きな社会変革を起こすことが可能だという研究結果を披露している。 将来の子供たちの世界をより良くするために、自分にもやれることから始めてみたいと思わせくれる素晴らしい書籍である。

    6
    投稿日: 2021.10.17
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    資本主義にはこの2年で限界をかなり感じてたし、大金持ちになって豪遊したい夢もないので、 ここで書かれている様な生活環境を目指すべきだと思います。 それは、これから生まれてくる子達への義務でもあると思うし。

    0
    投稿日: 2021.10.15
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    今、最も読まれている新書でしょう。バラマキ 主導の政治家もきっと目を通していると思いま す。 「人新世」とは地質学上の時代区分です。ビル、 道路、農地などの人間の経済活動の痕跡が地球 の表面を覆い尽くし、環境に多大な影響を与え るようになった現代をさしています。 そしてその状態は賃金の安い途上国などから安 いものを輸入して豊かになる先進国の資本主義 経済が限界であることもさしています。 つまり、もはや経済成長は有りえないというこ とですね。 ではどうすればいいのか。 なんとマルクスの思想に学ぼう、というのが本 書の主題です。 「え?マルクスの思想ってことは、社会主義国 家を目指すの?」と思う人がほとんどだと思い ますが、違います。 近年の研究ではマルクスが晩年に追い求めてい たのは資本主義の永続的な経済成長から脱した 脱成長主義を追い求めていたことが明らかにな っています。 行き詰まった資本主義の成長が及ぼす影響は、 最近の気候変動に顕著に表れています。 つまり今は「終わりの始まり」とも言え、それ を誰もが目の当たりにしている時代なのです。 人類が新たな進むべき道を示す挑戦的な一冊で す。

    2
    投稿日: 2021.10.13
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    このレビューはネタバレを含みます。

    晩年マルクスの断片弁資料を基に<私=資本主義>から<共有=脱資本主義>を提唱する経済思想本。 ・よかった点 気候変動と資本主義の分析は、知っていること知らなかったこと含めて筋が通っていて非常に良かった。 特に1~2章で語られる、可能な限り略奪し負担を押し付けあう帝国的生活様式のくだりは俯瞰してみると地獄絵図・・・。渦の中にどっぷり浸かってると分かってても麻痺してるし自分のことで日々精一杯なので、こういう警鐘を鳴らしてくれる本は貴重だなあと思う。 ・よくなかった点 <共有>と<脱成長>概念の復権というのはおそらく正しいのだろうと思う。ただしそういう良識の世界を実現させたいなら、相当の危機感が全員にないと正直者が馬鹿を見そうだなあとも。そしてその困難に立ち向かうには圧倒的に時間が足りなさそうだなあと。ポイントとされる2030年て、今(2021年)から9年しか残されてない。諦めるなとはいうものの、無謀でないならどうすればいいか、せっかくだからもう少しロードマップがあればよかったかと。 <総評> 脱資本主義、脱成長主義のストーリーは面白い。面白がってる場合じゃないけど、構成が門外漢にもきちんと理解しやすく展開されてる。 ただ草の根対策として挙げられたストライキやNGO参加、労組活動なんかはハードル高くて無理そうじゃーというわけで、個人としてはそういう志の高い団体への寄付くらいしかできることがなさそうなのが残念。 そして冒頭にあったようにそういう半端な善意と自己満足が資本主義への迎合なんだろうなーと思うと悲しくなる本だった。

    0
    投稿日: 2021.10.09
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    かなり難しい内容だったが、資本主義が辿ってきた過去とこれから向かう未来が分かる本だった。 市場は成長しすぎていつか資源は枯渇するらしい。 また、豊かな人達の陰で貧困に苦しんでる人が相当いる。 日本人は豊かな人達の方。 それを止める為には成長を辞める事が必要らしい。 素晴らしい考えだと思うが、実現はかなり難しそう。 日々出来ることをやってくしかない。

    0
    投稿日: 2021.10.07
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    第4章から難しくて読むのを止めてしまいました。 資本主義社会を続けていくと地球が滅びるというのは理解できました。 先進国のシステムが変わっていかないといけないと改めて思いました。

    0
    投稿日: 2021.10.07
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    ぼくたちZ世代はずっと、格差や環境破壊の深刻化していく世界に晒され、不便のない生活ができていながらも、学歴・競争社会の中で"必死に勉強して稼げば幸せになれる"という風潮にプレッシャーを感じながら、将来に漠然とした不安を抱え、「何でこんなに頑張ってるんだろう?」という気持ちで生きている人が多い気がします。 そういう感性を持っていて、環境意識も高いぼくら世代にこそ親和性のある話かなと感じました。 ヨーロッパはじめ他国に比べ、日本ではいわゆる"生産力至上主義"や環境意識の低さ、トップダウン式の保守的な政治が根強く、本当に僕らにできるのだろうか、と自信が無いのも正直なところ。でもそれを見透かしたようなあとがきに勇気づけられました。 著者の"意思"が色濃く感じられて読みづらい人もいるかもしれないけど、気候変動やその他多くの社会問題の原因である、当たり前としてある"資本主義"への問題提起というテーマが、そういうのに疎い自分にも分かりやすく書かれていたし、多くの人が読むべきだ、と強く感じました。 すごい長くなっちゃいました。

    5
    投稿日: 2021.10.02
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    2021/10/02 読了 「著者の意見を世間に知らしめる」という点ではとてもしっかりとできた本。 そしておそらく、日本だけではなく、世界で出版されることを意図して書いた本だと思われる。 実際、世界5ヵ国で出版されているようだ。 ただ、冒頭で述べたように「著者の意見を世間に知らしめる」ための本だと思う。 そのため、具体例として提示しているものは著者にとって都合がいいものばかりと感じた。 都合が悪そうなものは、簡単に触れて肯定、否定をする程度で、記憶に残らないようにしている。 また、著者の意見を言い方を変えて何度も紹介したり、反語的な言い方で読者の同意を誘うなど、言い回しも優れた本だと思う。 さらに取り上げている内容も壮大であり、読んだだけで満足できるかもしれない。 しかし「この本は本屋大賞なのか?」と感じた。 著者の主張が強すぎて、読んでいてうんざりしてしまった…。もちろん、賛同する部分もあるが…。 「本屋大賞だから」と手に取った人が、この本だけで意思決定をするのではなく、色んな本や事実を調べて判断してくれればいいと願う。

    0
    投稿日: 2021.10.02
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    SDGsの批判をする人は数多く会ったが、理由はあれこれ言うものの、根本的には何となくみんなに流されるのが嫌だと言う以外の意見を聞いたことはなかった。著者はまさに真っ当な解釈からSDGsを批判する。その切り口は斬新であり、学者としてのプライドも垣間見える。 読了後、なぜ我々は成長しなければならないのかとふと思った。成長は本来豊かになるために達成するものなのに、気づいたら成長と題して多くの心の豊かさを犠牲にしている。もちろん、著者が言うように地球環境もである。 なぜ我々は発展しなければならないのか?そして、なぜ生きているのか?その問いに対して我々は真摯に向き合う時が来たのかもしれない。

    0
    投稿日: 2021.10.01
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    読んでるうちに自分も少数の資本家から搾取された側ではないかと思い始めて無性に腹が立った。 と言ってもこの本の主旨はそこでは無いのだが。 マルクスの資本論をよく理解していない自分にとっては難解な本だった。あと1〜2回読み返せばもっと良く理解出来るかも知れない。

    0
    投稿日: 2021.09.30
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    資本 人工的希少性 希少性を本質とする資本主義 ⇅ ラディカルな潤沢さ ジオエンジニアリング 気候正義 グローバルサウス →富の収奪と環境負荷の転嫁→外部化社会 フィアレス・シティ

    0
    投稿日: 2021.09.28
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    このレビューはネタバレを含みます。

    資本主義は人をも資源としてみなし、搾取の対象としている、希少価値がないと値札がつけられないため、潤沢にあるべきものも寡占して値札をつけている。資本主義の世界に生きる私たちが、人を大切にして生きるためには、晩年のマルクスの考え方に擬えて、地域に還元しながら生きていく必要があるのではないか。また、その動きを始めるには、3.5%の人が本気で取り組めば世界は変わる、と教えてくれる。 イタリアのコメディアン

    0
    投稿日: 2021.09.27
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    前半は、世界で起きている事実を元に既出の哲学をうまく合わせて課題提起されている正当性に納得しつつ、では何をすれば……と探しながら後半に突入。後半の終盤にさしかかり、本論に入ったが、そこは割と現実的にひとりひとりが立ち上がるべきだと。コモン、コミュニズムの実現は地産地消や使用価値に徹した生き方なのだろうか。して、贅沢とは違う文化や芸術の身の丈の発展とは併存してほしい。そんな風に思いました。使用価値の範囲と、特別な価値付けがどの程度なら許容されるのか。非常に関心深くこれからの世の中を見つつ、自分も生きていきたい。

    0
    投稿日: 2021.09.23
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    気候変動が深刻化する現代社会における、資本主義の抱える根本的な問題点の鋭い指摘と、革新的なマルクス主義の解釈がなされた本。日々気候変動に対して、ほぼ対策を取らない我が国にモヤモヤしていた理由がわかってなんとなくすっきり。ラディカルな社会の変化が必要なんだな〜と重い気持ちになる一方で希望も見えた。 3.5%になるためには自分は何ができるのか?の問いで次の本に進めそうな一冊。

    0
    投稿日: 2021.09.22
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    善悪ではなく、 『どの時間軸に重きを置くのか』が 議論や対立の出発であり、着地点でもあるのだと思う。 本書『資本論』の動きがまさに実現すれば、直後から数十年の間、政策転換の劇薬的副反応による経済、流通の混乱、死者の増加などは避けられないだろう。 しかし、百年、千年単位で見れば 個人的には、地球の一員に戻れる『人真世』がやってくるのではないかと思う。 個人的には、世界の任意のエリアに、各国が認める不可侵領地を設定して有志を募り、本書理念のような市民統治による脱過度成長、過供給社会をテスト運用する⇒様子を世界に発信する というようなこともアイデアとして可能ではないかと思う。 世界から見守られ、他国からの侵略がなく軍需不要な状態でどれだけの統治運営が市民に可能なのか、試してみる価値は十分にあると思う。 ここを世界競技のメッカにしてオリンピック開催地とかにしても面白いかも。 脱線しましたが、どの時代でも『トンデモ論』の中に埋もれた真実があったという事は忘れずに、全ての思想を受け止める柔軟さは必要だと思いました。 私は、寿命はもう延びなくて良いし、人口はもう増えなくて良いし、宇宙に居住地やエネルギーを求めくて良いし、iPhoneが20とかにならなくても良い。 なんて思います。

    0
    投稿日: 2021.09.19
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    現代におけるマルクス主義の再考。 格差や環境問題などこれまでの資本主義では対応が難しい課題について、マルクスの思想を当てはめて解決策を探る内容。新鮮な切り口で面白く読んだ。再読したい。

    2
    投稿日: 2021.09.19
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    人類の経済活動が地球に与えた影響があまりに大きいため、ノーベル化学賞受賞者のパウル・クルッツェンは、地質学的に見て、地球は新たな年代に突入したと言い、それを「人新世」(Anthropocene)と名付けた。人間たちの活動の痕跡が、地球の表面を覆いつくした年代という意味である。 …以上、本書より引用。 企業活動と技術革新で気候変動による危機を乗り越えようとする、今のグリーンなんちゃらの風潮には個人的に胡散臭さを感じていたので、SDGsは現代版「大衆のアヘン」だ!脱成長資本主義は空想主義だ!と切り捨てる著者の主張には溜飲が下がる思いがする。 資本主義は、原理的に成長を継続する。成長を続けるには、収奪を続けなければならない。収奪の対象は地球環境全体である。持続可能なものではない。 また、資本は希少性を人工的に創り出すことで、本来の「使用価値」からかけ離れた、貨幣で計測される「価値」に従属する社会を生み出す。そして、経済成長の成果は一部の者が独占する。 それでは資本主義の代替となるソリューションは何か。著者は、独自のマルクス研究を通じて、晩年のマルクスが〈コモン〉を基礎にした脱成長コミュニズムを構想していたと再解釈する。脱成長コミュニズムにより、「持続可能性」と「社会的平等」を両立することこそが、ポスト資本主義社会で目指すべき未来であると。 著者の語り口は明晰で、語られている主張もとても魅力的だ。だが一方で、そんなにうまくいくだろうか、と疑念を抱いてしまうのは、営利企業の中間管理職などやって資本主義にどっぷり浸かっている身には致し方ないところ。 資本主義って、世の中の優秀で力の強い人間が有利になりやすい仕組みなので、これを崩すのって簡単なことではない。資本主義に抵抗する活動も、金持ちに対するルサンチマンに流れがちで、本当に良識的な社会主義を構築するほど人間って賢い動物なのだろうかと、つい否定的な考えが頭に浮かんでしまう。 著者によれば、バルセロナの気候非常事態宣言だとか、世界の各地で社会運動が結実し、それらが横の連帯を生みつつあるという。まあこの本がベストセラーになるというのも、今の世の中の流れをある面で現しているのかもしれない。 この流れに着目して、自分に何ができるかを改めて考えてみようか、という気にはなった。

    0
    投稿日: 2021.09.12
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    面白かった! もう一歩踏み込んだ具体的な提言やロードマップ的なものが示されていたら尚良かった…と言うより今後に期待!

    0
    投稿日: 2021.09.07
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    新書大賞2021の第1位。さて、どんなものかと手に取ってみた。 のっけから「SDGsは『大衆のアヘン』である」という強烈なフレーズ。 マルクスが宗教について、資本主義のつらい現実が引き起こす苦悩を和らげる「大衆のアヘン」であるとしたのにならったものである。資本主義の枠組みの中にいる限り、気候変動は止められず、迫り来る危機から目を背けさせる効果しかないというのだ。 これは最後まで読み進められるかな、と思ったのだが、科学的知見や歴史的事実をていねいに積み上げるのを追っていくと、有限の地球環境の中で無限の経済成長を実現することなどあり得ないという主張が徐々に説得力を帯びていった。 ではどのような社会を目指すのかという問いに対して著者は「脱成長コミュニズム」への移行を提唱する。高度なコミュニティの自治と相互扶助の実現をベースに自然環境の限界に合わせて経済成長をスローダウンさせていくことが必要だというのである。少数の政治家や専門家に意思決定を任せるのでなく、市民一人一人が主体的に生産やコミュニティの運営に関わっていく社会を目指す。 それは夢物語ではなく、スペイン・バルセロナ市の例などを示し、こういったローカルな社会運動がグローバルにつながっていくことで実現は可能だと主張する。 読み終えて、これが実現できたら今より多くの人が今より人間らしく生きられるだろうという感想をもった。しかし同時に、人間の欲望はそう簡単にコントロールできるものではないだろうという思いも消えなかった。 よりよい社会のあり方を考えていく上で、新しい視点が得られた本であることは確かだ。

    0
    投稿日: 2021.09.06
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    このレビューはネタバレを含みます。

    「息ができない!」は、2014年にニューヨーク在住の黒人エリック・ガーナーが警官によって首を絞められ殺された際に、最後に発せられた言葉だったのだ。 ハーヴァード大学の政治学者エリカ・チェノウェスらの研究によると、「3.5%」の人々が非暴力的な方法で、本気で立ち上がると、社会が大きく変わるというのである。

    0
    投稿日: 2021.09.06
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    資本主義における終わりなき利潤競争と過剰消費が、気候変動の原因となっており、晩年のマルクスの思想から「脱成長コミュニズム」を提唱。具体的施策として、①使用価値経済への転換②労働時間の短縮③画一的な分業の廃止④生産過程の民主化⑤エッシェンシャルワークの重視を掲げている。国家からのトップダウンではなく、地域からのボトムアップと、国を跨いだ横のつながりから循環型社会の実現を目指す。大変壮大な提唱であるが、3.5%の人が行動に移せば社会に影響を与え得るという点が響いた。自分に出来ることを見出したい。

    0
    投稿日: 2021.09.05
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    「人新世」とは、地球を破壊尽くした環境危機の時代のことを指し、著者は資本主義が生み出した産物と説明。 コロナ禍・気候変動等人類の未来に誰もが不安を抱く中、考えさせられた一冊。 資本主義のあくなき利潤追求は、本来全ての人々が平等に享受すべき地球の恩恵を、ごく一部の人々のものが独占し、破壊・浪費する社会になった。 その資本主義のメカニズムを、マルクスの理論に基づき論述。特に、第6章では、「使用価値より価値が優先される」「エッセンシャル・ワークよりブルシット・ジョブが優先される」等わかりやすい。 人類を救う解として、著者は「脱成長コミュニズム」を提唱している。閉塞感のある現状の中で力強く感じた。 最終章では、「資本の専制から、この地球という唯一の故郷を守ることができたなら、肯定的に新しい時代を『人新世』と呼べるだろう」と結んでいる。否定の否定による弁証法的発展ができるかどうか、私たちはその岐路に立たされている。

    0
    投稿日: 2021.09.05
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    マルクス主義を学ぶ意義とは何だろう?と今までずっと考えてきたが、絶対的な地位を築いた資本主義を疑ってみるという視点に欠かせないのだと思った。 一般的にマルクス→社会主義→やばい、みたいなイメージがある気がするがマルクス主義の本質は全くそういうことではない。 資本主義の矛盾、そしてポストコロナのあり方について考える際に適した本。

    0
    投稿日: 2021.09.05
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    インパク知 8・7 かかった時間 ちまちま読んで4時間くらい?        (期間は一か月くらい) マルクス研究者であり、思想家である著者が、人間の活動が地球の環境に大きく影響してしまった現代、つまり「人新世」とでもいうべき時代を分析している。 彼によれば、資本主義は成長し続けることを前提としたシステムで、その継続のためには、成長の中心(たとえば先進国)が周辺(途上国)にリスクや損を押し付けたり、そこから資源を搾取したりする形が不可欠だという。つまり、成長し続ける中で、常にさまざまな不利益を自分たちの外側に転嫁することで、資本主義は成り立っている。 で、結局、これまで不利益は、たとえば途上国の人々や女性、子どもなんかに押し付けられてきて、今は世界中でその見直しが図られているけれど、今も、たとえば気候変動は、自分たちの世代で二酸化炭素を使いまくっていることで、「将来世代」という外側にリスクを押し付けているよね、このへんマルクスの晩年の思想に片鱗が見えるよね、という内容。 その中に、たとえば社会のあり方を、権力(政治による縛り度)と平等性で4分割したタイプ別に分けたりだとか、新しいエネルギーは効率も良いが消費も加速するとか、環境保護の重要性は認知されているものの結局それは「エコ商品」の消費につながっているからもっと広い視野でモノを見ようよとか、それぞれの章がだいぶ面白い。 かなり理想論かなという感じもするが、若手の、シュッとした知識人がこれだけアツく語るということはエキサイティングで、とてもよかった。

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    投稿日: 2021.09.02
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    無限に利潤を追求し続ける資本主義では、自然の循環速度に合わせた生産は不可能。生産の目的を商品価格ではなく、そのものの使用価値にして、GDPではなく人々の基本的ニーズを満たすことを重視する。意味のない仕事を減らし、生活の質を向上させる。 生産性向上、ブランド力、コスパ、付加価値…そして経済成長、今まで頑張って手に入れてきたアイテムが、資本主義ワールドでだけしか使えないものだったなんて。

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    投稿日: 2021.08.28
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    落合陽一さんと対談番組で知ったことがきっかけで読んだ。話を聞いていると理想論なきはするけれど、そうしないと資本主義が進み地球温暖化がプラネタリーバウンダリーを超えてしまう事態になりかねないとも感じていたので、この本を読んで深く考えるきっかけになった。 資本主義や共産主義そのものにあまり詳しくなく、読んでいても難しい言葉も多かったが、総じて共感できる部分が多かった。 なんども読み返して、知見を深めていきたい。

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    投稿日: 2021.08.27
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    筆者の洞察力の鋭さに圧倒されました。世界が直面している気候変動の問題は資本主義システムでは解決が難しいことや、気候変動、人権、ジェンダーといった問題が繋がっていることがよく理解できます。 例として挙げられている、バルセロナの市民活動(気候非常事態宣言)のような取り組みが、問題が深刻化する前に日本でも始まることを切に願いたくなります。ただ、これも10年にも及ぶ市民主体の取り組みの成果であって、一朝一夕で実現できるものではありません。 コロナ禍でオリンピックが開催されたことは、日本の社会システムが変わる契機を失ってしまったのかもしれないな…と、皮肉交じりの感情もつい抱いてしまいました。 本書から得られた視点を参考に、SDGs、気候変動などに対する学びを深めていきたいですし、経済成長だけにとらわれない在り方を考え、できることから実践していきたいと思います。 資本主義の限界、気候変動、SDGs、地産地消。こういった点にご興味のある方にはお勧めしたい一冊です。

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    投稿日: 2021.08.26
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    面白かった。 「気候変動危機の解決策」の帯に惹かれて読んだが、むしろ経済学本かな。 資本主義は結局のところ儲けることが目的だから、地球や人類の危機にはその下では解決できない。成長を目的とせず、社会的共有<コモン>即ち、水、電力、医療、教育を適切に管理する社会を目指そう、と主張する。 一見、そんなの理想郷だ、とも思うが、現にバルセロナが目指していると書かれると、いけるかも、という気になってくる。 SDGsの胡散臭さもスッパリ切っている。

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    投稿日: 2021.08.22