
総合評価
(496件)| 160 | ||
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powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
今の時代に対する、劇薬のような。発想の転換と、そう入っても無理じゃないか?がせめぎあう刺激的な一冊でした。以下、備忘録的に。●人間たちの活動の痕跡が地球の表面を覆い尽くした年代、それが「人新世」(パウル・クルッツェン)●グローバル・サウスとはグローバル化によって被害を受ける領域、住民のこと。●海に流れたプラスチックごみは魚介類や水に混じって生活に舞い戻る。私達は毎週クレジットカード1枚分のプラスチックを食べていると言われる。●石炭の低廉化により、様々な部門で石油が使われ、消費量が増加。効率化すると環境負荷が減るのではなく、むしと増やしてしまう。「ジェヴォンズのパラドックス」●2040年代までに電気自動車は200万台から2億8000万台に伸びる。しかし、それで削減されるCO2排出量はわずか0.1%。●例えば水が潤沢にあることはすべての人にのぞましい「公富」のあるべき姿。ところが水を商品化して希少性を作ると「私財」は増え貨幣で計算される「国富」も増える。しかし真の意味での「公富」は減る=「ローダデールのパラドックス」。●希少性を残すためにワインやタバコの収穫量を制限する=公富、潤沢さの減少。●水の「使用価値」は変わらないがコモンズから私的所有になることで希少性が増大、価値は増える。●広告、ブランド化は、この使用価値が変わらないものに相対的な希少性を加える行為。人は永遠に満たされず、満たされないという感覚こそが資本主義の原動力。●マーケティング産業は食料とエネルギーに次ぐ第三の産業。商品価格の10〜40%がそのパッケージングの費用。広告=「ブルシット・ジョブ」…●感染症の治療薬の開発が遅れたのは、精神安定剤やEDの治療薬と言う儲かるクスリの開発に特化したから。●資本の価値増殖を優先して「使用価値」を犠牲にした結果、マスクさえもコストカットのために海外にアウトソーシングして手に入らなかった。●気候正義(climate justice):先進国の富裕層が気候変動を引き起こし、グローバルサウスが被害を受けるこの不公正を解消スネ期という認識。●ハーヴァード大学エリカ・チェノウェスの研究によると、「3.5%」の人々が非暴力的な方法で立ち上がると社会が大きく変わる。
0投稿日: 2021.03.17
powered by ブクログ全て理解できたとは到底思わないけれど自分の中の意識を変えるきっかけになったのでとてもよかった。 また知識をつけたら読み直したい。
0投稿日: 2021.03.15
powered by ブクログ真正面から資本主義を批判している本。私自身、株式会社で勤務し投資信託を購入する経済人であり、筆者の主張を全部受け入れることはできない。しかし、資本主義が格差・環境破壊を生み出す原因になっている負の側面を理解できたことは有益だったと思う。 お金を介しないつながりを大切にすることで、資本主義の外部を充実させることが、豊かさを取り戻すことに通じるのかもしれない。
0投稿日: 2021.03.09
powered by ブクログ■著者が扱っているメインテーマ 脱資本主義の社会の次に目指す社会とは? ■筆者が最も伝えたかったメッセージ 地球環境を持続可能なコモンとして、国民みなで管理し、 使用価値が高いエッセンシャルワークの社会的価値が認められる公正な社会へ。 ■学んだことは何か 仕事に対してやりがいや人と助け合う社会を心のどこかで望んでいるはずだが、 自分たちが暮らす資本主義というシステムが課せとなっている。
0投稿日: 2021.03.07
powered by ブクログ読了しました。 パパ友との読書会に参加したさいに、他のパパ友が紹介しており 面白そうだと思い手にした本です。 気候変動による危機とマルクスの資本論について、「ポスト資本主義」について 理論的かつ実例や新たな提言がが語られていました。 この手の思想本は、かなり難解で学生の時に頭に押し込んで読み込んだキリの読了です。 著者は、気候変動がもたらす惑星単位での危機を「当事者」として感じています。 エコバック、電気自動車、SDGsなど資本主義的思想の中である以上なんの意味も ないと著者は断じます。プラ汚染、CO2、食料、経済格差は、2030年までに抜本的に見直さないと、もと戻ることができないとされています。あと10年…。 普通の見直しなら、いいがあとは10年は短いと。 資本主義は成長しているが、「地球のレジリエンス(回復力)」を資源として成り立っている。 その地球がもつ回復力は超えて、成長していると。 富裕層は特に、それを目を背けて成長を謳歌している。 著者は、「革命」という言葉を表立って使っていませんが、 資本主義を打倒し、新しい社会システムを構築しないと解決できないと提言します。 家族と過ごすため遠方に家を構え、住宅ローンを抱え、都市まで○時間を通勤し、 残業ややりたいこともまともに過ごす時間もない。 1%の資本家と、99%労働者。「搾取」。 著者は、このコテコテのマルクス主義を振り回していません。 資本論を発表後のマルクスの後半生の研究に基づく「新しい資本論」で、 この気候変動による危機を乗り越える提言をがなされています。 会社勤め方、経営者、自営業者などが今の資本主義システムで生み出す「価値」って 本当に人にとって、地球にとって価値があるのかを考えさせられます。 確かに、会社では企業価値の向上、増収増益、SDGsは、「お金」を基本とした価値です。 私も会社で仕事していて、「どこかで社会のために役立っている」と幻想的に思っていましたが、ここ数年、ホントにこれって「人の幸せ」「社会のため」になっているのか?と思います。 コロナ禍において「幸せ」という考え方が、人の心の中でクローズアップされつつあるように思います。 「このままでは持続なんかしない」「少子高齢社会の解決策はない」 と、私も考えていました。 アフターコロナではない、頭にもたげる「持続していくため」の方法。 でも、明確な解決策というのはないと思っていました。 むしろ、目を背けることで次世代に負を引き継いでいる罪に気づいていたと思います。 著者の提言は、その問い正面から答えてくれてます。 惑星単位の危機に、一人一人は無力ではないことを著者から得ました。 「市民」として一人一人が意識をかえ、世界の3.5%(約2億人)の人と繋がれば 地球は救われ、新たな人の世がくると著者は促します。 「成長しない」ということ。成長=人の幸せではない事です。 とても明快です。 成長の対義語は「衰弱」ですが。成長しないで「価値=人のホントの幸せ」を見つめなし本来人が持つものさしを持ってくるべきだと感じました。 人は一人では生きられない事を、人は理性的に感じ取っています。 Yes・Noの二元的なことが強調される一方で、多様性が声高に叫ばれているのは、 人の理性が働いているからだと感じます。 「利他の心」という、日本が持っている古くからの考え方に答えがあるのではと私は考えました。 著者が提言する、新たな人の世にむけて行動してみたいという、気持ちにさせてくれる本でした。 今の価値観に疑問を持つ人、「社会のためになっている」 と思っている人にお勧めの本です。
5投稿日: 2021.03.07
powered by ブクログ資本主義の行き詰まりを誰もが感じている中で、本当の意味での脱成長とは何かを「コモン」という概念を軸にわかりやすく提示されている。
3投稿日: 2021.03.06
powered by ブクログ「じゃあ私たち一般人は具体的にどうすりゃいいのさ」という問いを立てながら読んだ。 著者が指摘する「グリーン・ウォッシュ」の問題点や結局なんの解決にもなってないことは、言語化できないまでも何となく薄ぼんやりと感じていた。 「いや電気自動車充電するための電気って火力発電じゃん」とか「エコファーめっちゃ石油消費してない!?」とかそういうね。 なので、そこらへんを「転嫁」と言い切ったのはすとんと腑に落ちた。 で、肝心の「何をすべきか」という点。 現実問題きっちり7~8時間共働きしなきゃいけない我々夫婦にとっては、コモンへの参加は現実的でないなぁと感じた。 「ブランドや広告に乗せられず、必要なものを必要なだけ買って長く使うよう心掛ける(出来るか?結構難しいぞ?)」とか「野菜買うときはなるべくスーパーより直販コーナーを利用する」とかくらいかなぁ。 と、私が今後の行動を大きく変えるのは相当に難しいのだけれど、この本がベストセラーになったということは具体的に行動を起こせる人の手にも届いてる可能性が高いということ。 そういう意味で、柔軟に将来を選べる学生さんに読んでいただきたい一冊です。
2投稿日: 2021.03.05
powered by ブクログのっけからオモロー 「SDGsは大衆のアヘンである」とか超インパクトあるよね。まじ超富裕層だけが甘い汁啜る社会にならぬように、富裕層でない若者同士、一致団結して賢くなろうぜっ て言いたい とりまこの本読め って言いたい
3投稿日: 2021.03.05
powered by ブクログ資本主義を超克し、気候変動を解決するには、脱成長コミュニズムしかない、とマルクスの資本論の本質研究から鮮やかに描いている。社会システムの大転換が実現できるのか懐疑的だが、3.5%が動けば可能性がある、と。新自由主義、格差などあらゆる社会課題は、気候問題とつながり、グローバルに立ち向かうしかないことがよくわかる。地球課題の根本解決に対して示唆に溢れている。
0投稿日: 2021.03.05
powered by ブクログ極論かもしれないが、一筋の未来の可能性を徹底的な分析から論じて提言している内容からは、参考になる部分が大いにある。 少しでもエッセンスを取り入れたい。
0投稿日: 2021.03.03
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
(自分用メモ: 要約しか見てないので本書もちゃんと読みたい) 感想: 行動の必要性を感じる一冊 「脱成長コミュニズム」が正解かはわからないが、脱「資本主義」の必要性は理解できた。 メモ: ・人新世:人間が活動し尽くした地球 ・資本主義は富める者が貧しい者から搾取して成り立っている ・その搾取の手は地球にまで及んでいる ・エコバッグなどのなんちゃって環境配慮活動(免罪符的な)で、どうにかできると思うのは危険 ・環境問題は年々悪化しており、資本主義における大変さを押し付けられている途上国ではもう現実問題となっている ・問題はやばさの見え方には時差があり、今のところ先進国にはそこまで影響が及んでおらず、対岸の火(?)に見えてしまっている ・先進国にも実影響が見え始め本気で焦る頃にはどうにもならなくなってしまう ・資本主義: 周辺国と未来を犠牲にお金を稼ぐ ・生産性が10倍伸びて仕事時間が1/10にならないのは、資本主義が助長する「もっともっと欲求」 ・「資本主義」→「脱成長コミュニズム」の移行が必要 アクション: 最近始めた副業ではこれらを意識してフェアトレード・サステイナブルな商品・サービス開発をする! (影響力としてはなんちゃって分類かもだけど、目の前のできることからする!)
0投稿日: 2021.03.03
powered by ブクログ個人的なメモ: ジャンプ漫画や鬼滅爆売れで、私にもトリクルダウンされた楽しい集英社新書を読ませて頂き感謝いたしております。あとがきにあるように、あえてここまで述べたラディカルな姿勢…とは存じ上げながらも、資本論を持ち出しての飛躍や我田引水すぎる話が続き、中盤あたりはきつかった。しかし、後半は慣れたせいか、環境問題や資本主義の周縁からの搾取構造について、いま一度、考えさせてもらえてよかった。 脱成長して1970年代程度の水準に…とは、世界のグロスでの排出量?…だとしたら、中国やインドや新興国と呼ばれた国の成長による増加だろうか。 P81 世界の富裕層トップ10%がCO2の半分を排出 P97 レジャーは非物質的ではあるが、余暇活動のカーボンフットプリントは全体の25% ————人数が少ないのに、大量のCO2を排出するゾーンをまずは抑える。富裕上位10%が半分の炭素を排出しているなら、そこを少し抑制するだけで効果がでる。 ◇脱炭素すれば、自ずと脱資本主義することになるのでは: ・エネルギーをどこから得るか? ・自然からどのようにエネルギーをもらうか? (何よって、お湯を沸かしてタービン(近代までは水車・風車)を回すか?中央集権的構造が必要な大型の施設や技術を要しないエネルギー源を中心に。) ・化石燃料から自然エネルギーへ ・化石燃料にみられるような排他的独占が不可能になり、internetを介した社会ネットワークの分散がすすめば、旧式の資本主義は終わる。 しかし、そうやって、ずるずるとぬるい姿勢をとることは資本主義ゾンビの延命作業に過ぎず、大多数の資本を持ちえない人々の生活や地球環境も、もうこれ以上もたない、だからあえて世界、国家規模での大転換となる脱成長コミュニズムを軸とした話がこの本では展開されていた。 けれども、脱成長コミュニズムという上からの大枠を設定し、制御下におくべきものをでかくしすぎると、ソ連的な失敗や、隣国のような粛清や思想狩りを要するし、発展が見込めないのではないか、という感想は資本主義にどっぷりだと抱きがち。大枠をコントロールしようとすること、それは原子力エネルギーを肥大していく中央集権によってすらも扱いきれないのと同様、縮小や破滅への道ではないかと。(本書の用語においては気候毛沢東主義、にあたるだろうか。) ラディカルな大風呂敷がしんどいとはいえ、数値、商品、金、社会システムはあくまでひとりひとりの人間が使うためのものであって、主従逆転させてはならないことを改めて一人一人から社会全体で問い直すことが必要なのは確かだ。(本書では使用価値経済への転換。)そのために人間中心であること(道具的理性のコントロール下ではない)のあり方を製錬させていくことで、脱成長コミュニズムは達成されていく可能性がある。そのうえで、商品の選択、生活の選択、貨幣や社会システムだけによらない、やわらかくゆるいネットワークによる分散によって、個人や社会の自由度を挙げる試みが可能となる。息がつまるような飽くなき欲望によらない、テクノロジーや自然から分けてもらう富…といったコモンを、どの人々の手にも行きわたるようなポスト人新世を迎えらえる…、かもしれない。 ◇脱成長コミュニズムのイメージなど P196 ここで注意しなくてはならないが、この構想はノスタルジックに「農村に帰れ」とか「コミューンを作れ」というような話ではけっしてないという点 ―ということだが、脱成長というとイスラム的な生活様式(中世の時点から針を進めない最高の仕組み)やアーミッシュ的な暮らしが思い浮かぶ。20c後半だとヤマギシズム、キブツなど。なんだかんだいっても、日本は激しい革命を経ずとも、黒沢明の「夢」の最終章のようになりそうだけども。分散化された社会で自然エネを使って、当面ネットワークでITが生活を支えてゆくが、いつの日かこういったテクノロジーも捨てることになり、滅びに向かっていくんじゃないか。アボリジニが技術を捨てたように。 そう考えると宇宙開発に目線を向けるのはとてもマッチョだし、未知のフロンティアと周縁を求めていく姿はまさに開拓者のとおりで発展的なんだと思うよ。(この本やウォーラーステインの論から観ると搾取対象を求めつづける飽くなき怪物。加速主義もそのお仲間。) IT使った暮らしに欠かせないレアアースは、小惑星からとれる話とか引用されてるけど、これは搾取対象が地球上の周縁から太陽系での周縁になっただけ。資源をガバガバ使う宇宙開発と脱成長に向かう社会との両立はみえづらい。宇宙開発を下支えするには宇宙規模に大きな資金資本が必要。宇宙開発、原子力、美容整形、…とても資本主義的なようなソ連的なような。 ◇おまけ 製品やサービスに、CO2をはじめとする環境負荷や倫理的にも公正な商取引で生産されたかどうかをスコアリングしてつける。環境負荷が大きいもの、公正さに欠けるものは税を高くかける。その税を環境保護や緑化、教育、避妊、貧困の撲滅、に使う。紙とペンで管理して、値札をつけてた時代じゃないから、透明性のあるトレースが容易で、スマホをかざすだけで情報も出せるし、決済も納税もできる。いまの資本主義と国家の仕組みをベースに運用。株取引にもこういう指標を持ち込めば、何より大量に刷りすぎた紙幣がズブズブにたまるズルを是正するのが格差社会の緩和に繋がるんでは。実のお金と虚のお金を同じ価値で取引するからおかしくなる。夢やいままでない未来の実現に投資は必要だろうが、虚によって膨らんだ価値が大きくなりすぎているのでは。株の虚がルールOKなのであれば、MMTやBIなんかもいいんじゃないか。一部の持てるものだけでやってるゲームを広げて、みんなにやらせるとズルが成立しにくくなるだろうけど。 《その他:》 P45 アンモニアの製造に使われる天然ガスは。産出量の3~5%を占める。現代農業は、本来の土壌養分の代わりに、別の限りある資源を浪費しているだけ。 ーーーー生ごみやし尿などを焼却埋め立てするいまの都市の一方向の流れって気になる。では、生ごみコンポストなどの施策を、ではなく、一極集中メトロポリスはやめて、やはり分散ネットワークを基盤にしていくべきなんだろう。テレワーク、リモートワークからワーケーション。食べ物もごみも地産地消。(これなんかやばいな、あぶれる人いそうだ。) P48 (因果関係が証明されないと、掠奪し、環境を荒らして去っていく資本家の態度を)マルクスは皮肉って「大洪水よ、我が亡き後に来たれ!」 P84 先進国の気候変動対策のために、石油の代わりに別の限りある資源がグローバルサウスから一層激しく採掘・収奪 P86 緑の経済成長を目指す先進国の取り組みは、社会的・自然的費用を周辺部へ転嫁しているにすぎない P89 (グラフの縦軸をいじらないで。10年前の古いグラフなので、このあとは下降傾向なんだろう。) P90 2040年までに電気自動車は現在の200万台から2億8000万台へ 削減されるCO2量の推計は1% ーーーーEV押しはただの買い替え需要喚起か。しかし、少しでも減るなら、目指してもいいのかも? P99 周辺からの搾取と抑圧を生む帝国的生活様式 P109 生産や分配をどのように組織し、社会的リソースをどのように配置するかで、社会の繁栄は大きく変わる。いくら経済成長しても、その成果を一部の人々が独占し、再分配を行わないなら、大勢の人々は潜在能力を実現できず不幸になっていく。このことは逆にいえば、経済成長しなくても、既存のリソースをうまく分配さえできれば、社会は、今以上に繁栄できる可能性があるということ ーーーー 一人あたりGDPと人々の幸福とは直結しない P199 誰も「脱成長コミュニズム」というところまでは踏み込めなかった P205 確かにマルクスは脱成長コミュニズムの姿を、どこにもまとまった形では書き残していない。 P207 加速主義:持続可能な成長を追い求める 資本主義の技術革新の先にあるコミュニズムにおいては、完全に持続可能な経済成長が可能になる アーロン・バスターニ「完全にオートメーション化された豪奢なコミュニズム」(fully automated lixury communism) P209 (加速主義によると)オートメーションに必要なレアメタルは宇宙資源採掘の技術が発展すれば小惑星から発掘できるから心配無用 豪奢なコミュニズム:指数関数的生産発展を推進すれば価格は下がり続け、最終的には自然制約にも、貨幣にも束縛されることのない潤沢な経済になる。 P227 原子力を民主的に管理するのは無理 閉鎖的技術は中央集権的トップダウン政治が要る ジオエンジニアリングやNETも民主主義を否定する閉鎖的技術 P231 世界で最も裕福な資本家26人は、世界人口の半分(貧困層38憶人)の総資産と同額の富を独占 -これは実と虚のお金を同価値で扱うズルから発生する見かけ 資本主義こそ希少性を生み出すシステム P240 水力の排除 希少性の問題がからむ 潤沢なものを排除 特定の場所にしか存在せず、独占可能で、希少な資源をエネルギー源にすることが資本主義の勃興に欠かせなかった P241 石油と石炭は、河川の水と異なり輸送可能で、なにより排他的独占が可能なエネルギー源であった -輸送がさかんになれば、交通網が発展 P242 石炭は本格的な閉鎖的技術 P244 私財private richesの増大は、公富public wealthの減少によって生じる P246 richesとwealthの矛盾 P252 コモンズ→私的所有 希少性が増大すると、商品の価値が増大する その結果人々は生活に必要な財を利用する機会を失い、困窮 貨幣で計測される価値は増えるが、人々はむしろ貧しくなる 価値を増やすために、生活の質を意図的に犠牲にする P253 かつて人間は一日のうち数時間働いて、必要なものが手に入れば、あとはのんびりしていた。昼寝をしたり、遊んだり、語り合ったりしていた。ところが、いまや貨幣を手に入れるために、他人の命令のもとで、長時間働かなくてはならない。時は金なり。時間は一分一秒でも無駄にできない希少なものになっていく。 P254 資本がその支配を完成させるもう一つの人工的希少性「負債」 負債によって、貨幣の希少性が増大 従順な労働者、資本主義の駒として仕えることを強制される P257 商品価格に占めるパッケージングの費用は10~40% ーこちらには、化粧品は原価の3倍がパッケージ、とかいているけれど、100円の化粧水に1000円のパッケージ代をかけ、売価は1万円とは聞いた P266 コモンが目指すのは、人工的希少性の領域を減らし、消費主義・物質主義から決別したラディカルな潤沢さを増やすこと P281 高額医療費の支払いができる富裕層や、リモートワークで自己防衛できる人々だけが救われればよいという態度を露骨にみせる。自分は何回もPCR検査を受けながらも、貧困層など社会的弱者がどうなろうが、自己責任と突き放す P282 1980年代以降、新自由主義は社会のあらゆる関係を商品化し、相互扶助の関係を貨幣・商品関係に置き換えてきた。相互扶助のノウハウも思いやりの気持ちも根こそぎにされてしまっている。 P291 肝心なのは労働と生産の変革 P299 使用価値経済への転換、労働時間の短縮、画一的な分業の廃止、生産過程の民主化、エッセンシャルワークの重視 P309 労働者や消費者を支配しやすい閉鎖的技術中心の経済、利益優先の経済から脱却して、使用価値の生産に重点をおいた経済に転換しなくてはならない P321 buen vivir 良く生きる <第八章> P351 経済成長という生産力至上主義を捨て、「使用価値」を重視する社会のビジョンが生まれてくる P353 資本主義に親和的な方法では× 今までどおりの仕組みの維持× 希少性の原因、資本主義だから P354 SDGs 問題解決の先送り 見せかけだけの対策 デジタルインフラの社会的共有が必要 →革命的なコミュニズムへの転換 P355 インフラ整備や産業転換の必要性を考えれば、国家という解決手段を拒否することは愚か 国家を拒否するアナーキズムは気候危機に対処できない。 国家に頼りすぎると毛沢東なのでコミュニズムがよき P362 3.5%の人々が非暴力的な方法で立ち上がると、社会が大きく変わる
0投稿日: 2021.03.02
powered by ブクログ前半のグローバル資本主義、ネオリベラリズム、帝国主義批判は論理的で、とても面白く読んだ。 ところが後半に入ると、肝であるはずの「脱成長コミュニズム」の主張が自分にはピントが結びづらく、繰り返されるマルクス上げとアジテーションに辟易してくる。 これは普通の人にはできっこないなー以前流行った里山資本主義みたいなのが結論なのかなと、読み進めるのを諦めそうに。 最終章、世界で連帯する「フィアレスシティ」の紹介でやっと希望が見えた気がした。 ただ、日本ではこういった政治的主張を聞いたことがない。日本ってやっぱ搾取する側の国なんだなと思った。
0投稿日: 2021.03.01
powered by ブクログ売れているのは知ってました。でも、すぐに読まなくちゃダメだ!と思ったのはNHK Eテレ 100分de名著「資本論」講師としてコンサルティングやマーケティングをブルシットジョブとして一刀両断したのを見て。「労働」を資本が「構想」と「実行」に隔離しているという説明を聞いて。この一年「働く」ということの意味を探してぐるぐる迷走している自分としては、著者の不敵かつ明確な言語に引き寄せられて速攻で本書を求めました。で、結果は、今年(まだ2月だけど…)一番の「視野を拡げてくれたで大賞」本でした。SDG’sをまやかしだ、なんてびっくり!正しいかどうかは置いておいて、冷戦終結後の「歴史の終わり」といいながら終わらなく、選択肢のないままモヤモヤしている世界を考える軸として後期の資本論では見えないマルクスを持ってくるのに衝撃を受けました。今年になってずっと積読だったピケティの「21世紀の資本」をうんうん言いながら悪戦苦闘しながら精読中ですが、その後ピケティ自身がさらに進化しているという記述に、やばいよやばいよ。ちょうど、またNHKスペシャルで「2030未来の分岐点」という、2021からの10年に使い方で世界は大きく変わる、というシリーズやっていて超暗いCGに煽られていますが、本書の読後感は、なんか明るい光を感じます。やっぱりダイナミックに未来を語る若者の存在って大切でしすよね。
3投稿日: 2021.03.01
powered by ブクログ2021新書大賞受賞作 資本主義格差拡大と温暖化地球環境破壊。 晩期マルクスミレニアム世代研究者による同時の解決策はコモンによる脱成長戦略であり、中道リベラルを見捨てたミレニアム世代、Z世代が望む市民社会主義政策であるが、民主党バイデン大統領とサンダース支持者の関係を考えると未来は暗そう。
2投稿日: 2021.02.27
powered by ブクログ昨今のSDGsやグリーンニューディールは何か小手先感が否めず、違和感を感じていたが、今の資本主義体制で気候変動に立ち向かう限界を改めて認識させてもらい、自分の中ではとても考え方がスッキリ。でも、その代わりの代替は相互扶助と自治に基づく脱成長コミュニズムとはこれまたかなりハードルが高い。この本が想定する野蛮状態にもう少し進まないと、世の中的には火がつかないかなと思いました。
2投稿日: 2021.02.27
powered by ブクログマルクスは本当は最後の最後にエコな共産主義に到達していたんだ、そしてそれこそが人類が進むべき道だよ・・・という主張。かなり牽強付会。人新世というキーワードはエコじゃない世界を表現するために使われただけで、この本で人新世についてわかるわけではない。 半分以上が現実の否定を延々と書き連ねているだけでホワッツ・ニューがいつ出るかと我慢して読んでいたら、マルクスが最終的にはエコな共産主義を志向していたんだよと・・「脱成長コミュニズム」を目指すべきとくる。 脱成長はわかる、しかし、そもそもコミュニズムでは成長できないことが歴史で証明されているじゃない。それでは食っていけなかったんでしょ。5本の柱が書かれているが・・・なんとも空疎。
2投稿日: 2021.02.26
powered by ブクログ自分に必要な分の消費に留めることで結構改善される気はする。まずはそこからかなと思った。 まとめ買いするとお得だからと、食べ切れない食料をまとめ買いしたりというのを無くそうというレベルから。
2投稿日: 2021.02.26
powered by ブクログ最近読んだ本の中で最高 先進国の人間のライフスタイルが他国で問題を引き起こしている 脱成長しないと人類が生き残れない 資本主義の延長に解決の道はない
0投稿日: 2021.02.24
powered by ブクログ気候変動による人類の危機を救うには脱経済成長が必要。主要先進国が環境や経済に優しい生活をしようとしても、それは資源を搾取される発展途上国に負担を転嫁しているに過ぎず地球温暖化の歯止めにならない。 資本主義の転換やマルクスの考えを展開していく。 人に欲望がある限り難しい課題だと感じる一方で、過小ですが、自分の無駄も考える契機になりました。 世界には民主主義や共産主義、独裁国家など様々な国がありますが、お互いの利害関係を超えて協力しないと共倒れになる共通認識が必要ではと思いました。 人に共感したり思いやったり、小難しい技術でなく、人として当たり前の事ができるかが大事かなと。それが難しいから戦争や紛争、犯罪、貧困が起きるのでしょうけど。
4投稿日: 2021.02.23
powered by ブクログ読んでる間ずーっと違和感を感じる本。 現在の地球は気候変動の重大な危機にさらされており、その原因は経済成長し続ける資本主義そのものにあると言い切っている。 晩年マルクスの主張である脱成長こそが未来を明るくするものだと説いている。 うーん、 先進国の豊かさのために犠牲になっている国があるっていうのも分かるし、気候変動に対して何かしなければならないってのも分かる。分かるけども、それが脱成長かって言われると「?」となってしまう。 しかもその根拠が晩年のマルクスが言ってたから、って言われてもね。何百年前の人が今の現状を予想できてたのかよってツッコミたくなる。 一番の違和感だったのは、脱成長コミュニズムにおいて、人間の欲求を全く考慮してない点だ。 気候正義のために成長はやめて、みんなで我慢して生きましょう。 そんなモチベーションで本当に人は生きていける? 少しでも豊かな暮らしや、便利な世の中を目指して世界は成長してきたし、そのおかげで科学や医療などが発展してきたんだと思う。人間の欲求は根源的なものであって、それを無視した未来には危うさしか感じない。 グレタさんを無条件に持ち上げてるところや、何かにつけて「マルクスが言ってたもん」と持ち出してくるところが、「コイツについていって大丈夫か?」と思えてくる。 まだまだ気候変動について危機感が足りない日本人に警鐘を鳴らすにはいい本だと思うけど、資本主義に代わって将来を預けられるような提案には感じられなかった。 賛否両論ある本。
13投稿日: 2021.02.23
powered by ブクログ難しかったので飛ばし読み。が、大事なことが書かれてあるとは感じた。 ・資本主義が環境を破壊し、人の格差を生んでいる ・温暖化が進むと世界はまずいことになる ・温暖化防止策、格差解消策が必要 ・だけど人は資本主義を止められない という現状において、どのような観点でものごとを見るべきか、どのような議論がなされているのかを概観することができる。 現在言われている、SDGsやグリーン経済、グリーンニューディール、電気自動車、技術の発展による問題解決、サービス経済・シェアリングエコノミー等による問題解決、を根拠をもってことごとく否定。 解決策は、コミュニズムと脱成長とする。 バルセロナ(極端なゼロエミッション)、デトロイト(都市農業)、デンマーク(都市農業)等で行われている実際の脱成長路線の紹介が興味深い。 見たところ、変化が起こりだすのは以下のような共通の条件があるように見える。 ①都市が完全に破綻した時に(財政破綻、格差極大化等) ②怒れる市民が立ち上がって ③世界から情報と支援を得ながら ④市民が本当に住みたいまちづくりを模索し始める 著者がもっている危機感を世界が(私が)感じていないのは、そもそも①がないからだろう。 とはいえ、環境破壊はやってくるらしい。私たち大人や、子孫の暮らしにどう影響するのか。もう少しこの分野の知識を深めたい。
2投稿日: 2021.02.22
powered by ブクログマルクスの再解釈により、人類の経済活動が地球に影響を与える「人新世」において、気候危機を乗り越えるには,「脱成長コミュニズム」しかないと説く。 グリーンニューディールやSDGsなどでは気候危機を防ぐことは不可能であるというのは、まさにそのとおりだと感じた。また、気候危機の根源は、「希少性」をわざわざ生み出す資本主義そのものであり、「ラディカルな潤沢さ」をもたらす「コモン」の再建が必要という主張も一定納得がいくものであった。 しかし、最終的な解決策としてのボトムアップ的な「脱成長コミュニズム」については、「脱成長コミュニズム」が世界を覆うようになるまでのロードマップに現実性があるのかという点などにおいて、疑問を拭いきれなかった。3.5%理論を持ち出したところで、ワーカーズコープや市民発電所などの取組を積み重ねるというのは、迂遠すぎるのではないだろうか。 また(、著者だけでなく、左派系の識者におしなべてみられる傾向だが)、「脱成長コミュニズム」の担い手としての「市民」への過剰な期待には違和感を禁じえなかった。よほど性善説に立たないと大多数の「市民」が理念どおりの「脱成長コミュニズム」の担い手になるとはなかなか考え難いところである。 では、どうすべきなのかという答えはなかなか出ないが、結論に違和感が残るとはいえ、本書の問題提起は気候危機の核心を突くものであることは確かであり、その上で「脱成長コミュニズム」とは別の道を含め、何がなしうるのかを更に考えることが必要であると思われる。
2投稿日: 2021.02.21
powered by ブクログ多くの人にぜひ読んで欲しい本。 私自身元々、全ての人が自分らしく生きられる世界の実現に向けて貢献したいと思っているが、環境問題はどこか遠い問題だと思ってしまっていた。 しかし、本書を通じて、私たちが抱える全ての問題(環境問題、貧困、格差、いじめ、虐待、差別、紛争)は、全て繋がっていたのだということを理解できた。 これらの問題解決のためには、今や私たちの基本的価値観の基になっている資本主義的な発想を変えていく必要があり、そのためには私たち1人1人が、今の世の中の問題に気づき、何かしらの行動を起こしていくことが唯一の方法だと強く思った。 言葉にするのは簡単だが、実際の解決には、社会まるごとをひっくり返す大きな力が必要なので、本当に可能か不安にもなる。 しかし、終盤で言及されている、「社会を大きく変えるための必要人数は、わずか全体の3.5%」という研究結果を心に留めて、まず一歩進んでいきたいと思う。
3投稿日: 2021.02.21
powered by ブクログNHK『100分で名著』の解説をされていたのを観て購読。内容は被るが、いかに資本主義に自分がどっぷり浸かって、ゼロベースで考えられなくなっているかに気付かされる。 「人新世(ひとしんせい)」とは、人間の活動の痕跡が、地球の表面を覆いつくした年代。有限の資源を使って無限の成長を求める資本主義は、先進国による、資源の収奪と負荷のグローバル・サウスへの外部化で成り立っており、その外部が消失した時代でもある。 グリーン・ニューディールも、ジオエンジニアリングも、MMTのような経済政策も、危機を生み出している資本主義を必死に維持しようとしている点で矛盾と喝破している。 著者の唱える対案が「脱成長コミュニズム」であり、私的所有や国有とは異なる生産手段の水平的な共同管理ということなのだが、国有との差が、自分には理解が及ばなかった。 ところで、卑近な話だが、基本専業主婦の母が「みんな一度貧乏になればいいのよ〜」と言っていたが、案外合っているのかも…あの人すげえな。。
0投稿日: 2021.02.20
powered by ブクログ資本主義を考える月間6冊目。一言で言うと、持続可能な地球環境、生活、共生社会を実現するために、資本主義に代わる仕組みにシフトすること、民主主義も刷新すること、社会の脱炭素化を図ること、の3点。そのためにはマルクス晩期の研究がとても役に立つ、と言うもの。「成長しなければ死」というイデオロギーがいかに資本家のためだけのものか、気候ケインズ主義(いわゆるクリーンテックの開発を政府としても後押しすることで、気候変動を抑え、経済成長も図ろうとする考え方)が役に立たないものであること、スティグリッツなど新しい資本主義を模索する経済学者は夢想家であること、など、既存の考え方を無意味あるいは付け焼き刃と一蹴する。対案として、「コモン」「行政や企業の"市民"営化」「使用価値」に重きを置いた経済への転換、バルセロナなどで活発化している活動などが挙げられている。一例としてではあるが、確かに、GDPでは米国に劣るものの、寿命では6年も上回る日本の方が豊かではないか、と言う主張は理解できる。地球を維持することという一点は共通の価値観だが、何が幸せかについては一律に定義することはできず、この点で本書もやや実現性が乏しく感じる。主張の箔付けのためにマルクスという怪物を引っ張り出してきた印象が否めない。
3投稿日: 2021.02.20
powered by ブクログ昨日読み終わって…違和感について一日考えてたんだけど、齋藤さんが、それじゃだめだというアナーキズムによって、あらゆる権力から解放される方が脱成長コミュにズムに近づけるんじゃないかと思う。 それはともかくめっちゃ想像力を刺激される!息子たちも読んで欲しいな…(^^ゞ
0投稿日: 2021.02.19
powered by ブクログマルクスを新に掘り起こすことによって、気候危機に対するラディカルな処方箋を提示する。 山本良一の「総動員」や広井良典の「定常型社会」より、主張がシャープだ。 アジテーションの香りもあるが、近年、頭が研ぎ澄まされ、胸が熱くなったことのない自分が、なにかしようとおもえた。これは大きい。 資本主義は「息ができない」「息が苦しい」。この事実をまざまざと、かの原理と構造から納得したからだ。 批判的なまなざしも持ちながら、定期的に再読したい。
2投稿日: 2021.02.16
powered by ブクログ環境倫理の問題をマルクスの新解釈による経済思想を用いて解決しようという試みだが、市民社会論の領域まで議論は及んでいく。そして著者は最終的に「経済・政治・環境の三位一体の刷新」を唱える。 環境問題はトランスサイエンス的問題になっており、もはや科学者だけでは解決する事はできない。よって科学哲学と政治哲学との融合が必要であるとは考えていたが、両者に経済思想も加える事により新たな視点や解決策が見出せるのではないかとの期待を持った。本書は専門書ではないので議論に少々粗い部分が感じられるし、私自身マルクスについて殆ど知らないので議論の妥当性を評価できるレベルにはないのだが、本書を土台として議論を深め、より「三位一体」を意識した取り組みが展開していければ、人類の危機は回避できるのかもしれないと思わせる内容にはなっている。まずは本書を通じて著者の問題意識を認識する事からスタートするのが必要であろう。 所謂学者と呼ばれる人々は個々の専門領域に閉じこもりタコツボ化しがちである。しかしながら、科学・政治学・経済学の境界を取り払った学際的な取り組みを行っていかなければ環境問題の解決は不可能な時代になっている。また哲学・思想研究に欠如しがちな事ではあるが、机上の空論だけではなく現実問題へのアプローチという視点も重要である。著者はまだ若く将来性もあるので、単なる研究者に留まらない今後の活躍に期待したい。
2投稿日: 2021.02.16
powered by ブクログ気候変動危機を救うのは、後期マルクスの「脱成長コミュニズム」。現在進んでいるマルクスの新しい資料の世界的な編纂から、新しいマルクス像が浮かび上がり、それはまさに現在の危機、資本主義の危機に対応するものだった、というのが著者の主張。「SDGsは大衆のアヘン」として、つまり気候変動危機を決して救うものではなく、アリバイ作りようなものであり、目下の危機から目を背けさせる効果しかない、という。 そして、気候変動危機を救うのは「脱成長」「コモンの復活」であり、世界ですでに起こっているコモン復活の運動を紹介する。 今後は、ますます世代間の闘争・・・になっていくのかな? そして、一人ひとりがどういう立場に立つのかが、問われる。でも、言動はアンビバレンツにものになりそうな感じ。
1投稿日: 2021.02.15
powered by ブクログマルクスの最終到達点が歴史的に誤解されているとういうことを訴えつつ、地球環境の終局的破壊を阻止するためには資本主義を捨て去り脱成長を目指さなければならないことを説いた本です。 マルクスがどうであったかという点は、個人的にあまり興味がもてなかったのですが、資本主義下においてアピールされる環境問題への啓蒙は、実際にはほとんど好影響をもたらさないという衝撃的な主張が展開されます。 資本主義には成長主義がビルトインされているので、なにをやっても結局は、環境破壊や貧困を都市の外に押し付けながら、しかしゆっくりと自滅の道を辿るしかないとされています。 とすれば、それを克服するものとして本書で掲げる「脱成長コミュニズム」が、支持を得つつ発展していくためには、これが資本主義と同じように、自己目的化に近いスパイラルを生み出す、そういう“仕組み”が必要なように思いました。
2投稿日: 2021.02.14
powered by ブクログ知的好奇心をバキバキに刺激してくれる一冊。 既存の環境問題へのアプローチや持続可能社会への取り組みは、成長と外部からの収奪を基にする資本主義を前提にしている以上、機能しない。じゃぁそこから離れて、晩期マルクスの考えを基にした「脱成長コミュニズム」社会を目指そう、という趣旨の本だった。 僕らの社会の基礎となっている資本主義が実は 「外部への問題の転嫁」「外部からの労働力・資源の収奪」「人工的希少性とそれに対する欠乏」で成り立っているという話は本当にうすぼんやりと前々からわかっていたことではあったけれど、改めて明文化されるとその衝撃は大きい。 筆者の考えから、では自分ならどうすればいいのか、 その具体的な考えを詰めるのは現段階ではなかなか難しいけれど、そのきっかけを与えてくれただけでも、この本を読んだ価値は十二分にあったと思う。
0投稿日: 2021.02.14
powered by ブクログ「私たちは、十分に生産していないから貧しいのではなく、資本主義が希少性を本質とするから、貧しいのだ」 良い思考実験になったし、深刻な問題ゆえに自分も何かしたいと思うんだけど、結局は人々の教育が大事なんだろうなぁと思うなど。主体性が求められる社会になっていくだろうし、分断を統一していかないとこういう変化は起こせないだろうし。そうするとなによりも、総体的に物事を捉えるために視野を広げたりそもそもの議論が可能である下地が必要だよなって思う。
2投稿日: 2021.02.11
powered by ブクログ著者はマルクス資本論の若き権威者 文章平易で優秀 資本主義経済体制が、地球的制約の壁にぶつかり、①成長限界②環境限界を認識する中に、③コロナウィルスというショックにより、喫緊の対応が求められる事態となった。 そのような状況の中で、2世紀近く前のK.Marxが現代に再登場し、「資本主義経済体制」の見直しという高い視点を与えてくれるきっかけを作ったのが本著の意義と思う。
2投稿日: 2021.02.11
powered by ブクログこれからも生きたい人、子ども孫に少しでもよい未来を願う人、すべてに読んで欲しい本です。(きっと噛み砕いた本はこれから出る?から15歳以下はそれをぜひ読んで欲しい) よくぞここまで言い切ってくれた!っていう感想です。公ではっきり言い切るのはかなりプレッシャーのあることでもあります。 あと、資本主義の転換とかの本や議論は増えてきていたけど、気候変動と資本主義をわかりやすく整理して皆さんに届けてくれたことは本当にすごい。 エコロジー(環境)とかエコノミー(経済)とかコミュニティ(社会)とか個々の話でなく、人類のサステナビリティ(持続可能性)の話なんです。つまり地球上で生きていけるか。 これがなんと七万部売れてるって!?コロナ恐るべし。コロナ前だとここまで売れなかったのでは?時は今?麒麟が来る? ある研究によれば、「3.5%」の人々が非暴力的な方法で、本気で立ち上がると、世界が大きく変わるという話。とても無理という数字ではないはず。 SDGsは「大衆のアヘン」である!で始まるこの本を、まずは読んでほしい。 中身も素敵だったけど、言葉のチョイスがうまいなと思った一冊でもあります。潤沢なコミュニズムとか、市民営化とか他にも多数。 そして、この話を語るに際して、死後150年ほど経つのにまだ原点にされるマルクスって、どんな世界を見ていたんだろうと改めて思います。
4投稿日: 2021.02.07
powered by ブクログピケティやスティグリッツも今の資本主義の問題を指摘してるが、斎藤の資本論はわかりやすい。 今の世の中、価値と使用価値が逆転している指摘はまさにその通り。社会にとって本当に必要なものはなんだ?
0投稿日: 2021.02.07
powered by ブクログ【概要】 地球の地質時代を分類して「世」というものが使われる。現在は最終氷期が終わる約1万年前から始まった完新世に属するとされている。ちなみに、その前は更新世と呼ばれ、2020年に認定された千葉県にちなんで名づけられたチバニアンはこの更新世に属している。そして、最近の人類の活動による影響が及ぼす地層の変化が、地質学的にも完新とを区分されるべき「世」とされるべきレベルにあるとして提唱されたのが「人新世」と呼ばれ始めている。プラスティックやコンクリートなどの人工的物質の堆積や、二酸化炭素の増加による気温上昇の影響をもって、後世から今まさにこの時期がそのように言われることになるのではないかということだ。人類はこれまで地球の環境を所与のものとして過ごしてきたが、現代は逆に地球の環境に影響を与えることになったのである。 はじめに、「SDGsは「大衆のアヘン」である」と、マルクスの有名な「宗教は大衆のアヘンである」をもじって、SDGsの欺瞞を告発する。著者が言いたいことは、SDGsの活動では二酸化炭素の増加による温暖化を止められないということである。グリーン・ニューディールなど資本主義の範囲の対策は、間に合わないということである。技術的に工夫を行い、意識の上で節約するにしても成長を目指す限り危機を回避するのは難しいというのだ。そこからの脱却の方法として、「脱成長コミュニズム」を提唱するのである。 著者はいわゆる新進気鋭のマルクス学者である。「脱成長コミュニズム」は後期マルクスが資本主義の研究の果てに辿り着いた点と整合するものであり、今こそマルクスのアソシエーションや「コモン」に立ち帰る選択をするべきだというのである。そして、バルセロナの取り組みをその一例として取り上げる。 【課題点】 もし本書における問題点を指摘するとすれば、読者側に合わせたという点もあるかと思うが、この問題を論じるにあたっては単純化が過ぎるのではないかと思う。まず、温暖化によって起きる事態というのは、おそらくはそれほど単純ではない。異常気象について言及するが、そのどの程度が二酸化炭素による温暖化の影響であるのかはわからない、というのが正確なところだろう。気温というものが、アナログな情報であり、おそらくは地球全体でホメオスタシスのようなものが働くであろうことから、特に直近の日本における台風や局地的豪雨をもって温暖化の証拠としてもってくるのは、それだけでは印象操作と言われてもしかたがところでもあり、本来はもう少し丁寧な議論が必要であろう。 もちろん、二酸化炭素排出に規制を設けるべきだというのはおそらく正しい。それは二酸化炭素による温暖化とその影響の理論が正しいかどうかではなく、ただ現時点ではそれが間違っているということは言えないということである。おそらくはその帰結が理論的に否定できない、ということが重要なのだと思う。そして、それが後からしかわからないことであり、その影響が相当に大きなものになる可能性があり、著者がポイント・オブ・ノーリターンと言うように、一度起きた道を引き返すことが非常に難しい、おそらくは不可能であるから、一旦は二酸化炭素規制を現実的なところでできるだけ実行して行こうというのが、一定のコンセンサスになっていると思われる。それを超えて実現性のない範囲にまで広げてしまうのは、野党的な言ったものがちの無責任な言葉とも言えなくもないのではないだろうか。 また、もうひとつロジックの面で気になったことは、グローバル・サウスや格差社会に言及しているが、格差→脱成長、温暖化危機→脱成長、のふたつのロジックが並立してときに混在して議論が進められているように感じるところである。温暖化危機と格差はまったく異なる、誤解を恐れずにいうと独立して捉えるべき問題であり、温暖化危機に対する対処としての脱成長と、格差解消としての脱成長もまったく異なる話であるにも関わらず、ある種の読者層の親和性があることからあえて混在させられているようにも感じた。 もう少し根本的な問題としては、「コモン」の実現方法について、総体的な具体性に乏しいところである。例えば、水道や電気のインフラの民営化を批判し、もう一度「コモン」としてコミュニティに取り返すことが必要だとしている。個人的には、市民意識に頼ったアソシエーションよりも、少なくとも今は資本主義のルールに沿った上で、炭素税や技術規制などの適切なインセンティブをグローバルに適用することが本筋ではないかと思う。著者が批判するグリーン・ニューディールが現実的な方策であるだろう。資本主義はCapitalismというように選択可能な主義(ism)のようにも感じられるのかもしれないが、その仕組みは選択可能なものではもはやなくなっているのではないだろうか。そう思う自分は、資本主義にからめとられてしまっているからなのだろうか。 【まとめ】 課題に挙げたことは、おそらくはもちろんと言ってもいいのかもしれないが、著者が承知の上での著作であるということもわかる。著作が売れて、NHKの100分de名著でマルクスの資本論の解説(ある意味で(いい意味でも)畏れ知らず)も引き受けて、マスコミにも名前が出ていくことになる。ここから、著者がアクティビストになるかどうかによって、どこまで自分の説に自信とリアルな危機感を持っているのかが測られることになるのではないだろうか。 【読書会・マルクスについて】 ある読書会で、著者の斎藤さんの講義を聴く機会があった。著者がイメージするのは北欧の福祉国家ではなく、まったく異なる仕組みの脱成長コミュニズムを目指すべきだと言われていたのは印象的であった。北欧の国々は、海外からの輸入に頼っているがゆえに実はカーボンフットプリントは結構大きいと言い、福祉国家は失敗し、資本主義に再度取り込まれるのだという。北欧が手本だと思っている人が多いのと同じように、SDGsは否定されるものではないと思い、そこから先の資本主義ごと変える必要があるという問題意識を持っている人が少ないともつなげていた。 また、マルクスの再解釈という観点で、柄谷行人が交換様式Dで資本主義とは異なるアソシエーションの登場を想像したが、その方向性は斎藤さんの想像する将来と同じものなのか、関係するところはあるのか質問した。いわく、柄谷から論理的な面で影響を受けたことはないが、柄谷がマルクスの交換様式に注目しているのに対して、自分の論は生産様式に注目している点が違っている点で、仮に同じく何らかの「アソシエーション」の成立を目指すものだとしても、その成立過程は異なるものになるだろうと回答された。非常に面白い観点であるとともに、マルクスのテキストの深さを示すものだとも改めて感じた。 --- 気候温暖化の科学的考察については、『チェンジング・ブルー』という名著がある。もちろん、ここに書かれていることですべてが明らかになるというものではないが、科学的姿勢というものについて教えてくれる著作。 『チェンジング・ブルー』(大河内直彦)のレビュー https://booklog.jp/users/sawataku/archives/1/4006032803
10投稿日: 2021.02.07
powered by ブクログいま、考えなくちゃならないこと。いま、行動しなくちゃならないこと。そして、いま、この本が売れていること。個々人が確かな意識をもって、これから過ごしていかなければならない。そうしていきたい。いこう。本当の豊かさのなかで生きるために。 難しい箇所もあったけれど、100分de名著を見て、テキストを読んでおいたので、特に後半は、ぐいぐい読めた。 この本を読めたことに感謝。この本を世に出してくださった全ての人に感謝。
2投稿日: 2021.02.07
powered by ブクログ圧巻だった。未来への大分岐も良かったが、この本を読んでさらに斎藤幸平さんの考え方に圧倒された。 最初は気候変動に関してだったが、今まで環境問題に関する書籍を読んできて知識がそれなりにあったため、そこと絡めながら噛み砕いて読むことができた。 そしてマルクスに繋げて資本主義では人新世を乗り越えられないことを説き、見事に脱成長コミュニズムを描いていた。 ここは、以前授業で“ムラ”について学んだが、それを彷彿とさせた。協同組合もワーカーズコープ、ワーカーズコレクティブについて学んでいたので、想像しながら楽しめた。 最後の3.5%が動けば世界が変わるとあったが、この言葉も斎藤幸平さんの言葉から聞いたことがあったが、この書籍の流れで言われると、やらなければ!という意識にさせられた。 もう全日本人、いや全人類に読んでほしい1冊。
2投稿日: 2021.02.06
powered by ブクログ100分で名著より。 この本の主眼が 労働問題かと思ったら気候問題がメインだった。 重要なのは6章と7章。我々は資本主義から脱成長コミュニズムにならなければ。 でも確かに、これだけイノベーションイノベーション叫ばれてて、我々の仕事量が減ってないの、素直になんでだろうと思ってしまった。(もちろん人口減少によるものもあるだろうけど…) そして資本主義に伴う気候変動に対して筆者が唱えるのがボトムアップ型の取り組み。 確かにこんな理想的な取り組みが全世界で出来たら苦労しないし、落とし所としてそれぞれのコミュニティでボトムアップ型で取り組もうよという感じなのかな。 結局システムはトップダウンで変えるのは相当なエネルギーを要する。ボトムを変えるのが現実的ではある。 あとここで言ってるコミュニティはいわゆる昭和的な自治や相互扶助ではなく、令和的な自治や相互扶助。血縁や家でなく、同じ課題を持つ人々から成るコミュニティ。 ちょっと本の内容の中に、本当に事実か??想像で書いてない??と突っ込みたいところもあったが……。 ※これは本に書かれていないから個人的な感想。 ・技術革新によって出来ることは増えた。でもその分、技術革新で可能になったからって、無駄な仕事は確実に増えてる。会社で誰も見ないようなドキュメントを作ったり、管理しなくてはいけないデータが増えてしまったり。でもそれをしてることに無理矢理価値をつけて商品として売る事もある。そして何故そんな仕事が増えるのかと言ったら、そこに価値を見出させ働かせて、商品として売った方が資本家にとって富を集めやすいからだろう。そういう意味で、物事の本質的な価値を隠蔽する広告ブランディングみたいなのは筆者が嫌いなんだろうなと。 ※こっちも個人的な感想 ・転嫁、という言い方も的を得ている気がする。資本主義は転嫁し続けて富を生み出す。技術革新でエコに!とか言ってるけどその技術革新のために必要なエネルギー総量や資源をを考えるとプラマイゼロなような気も…。ITとかってそのための機器とか機器を使う電気代考えるとむしろ全然マイナスになるよな。
2投稿日: 2021.02.06
powered by ブクログ今の資本主義経済が、気候変動、格差、人種差別等の問題を生んでいる。西欧が問題をグローバルサウスに外部化し不可視化している。経済成長を続ける限り、二酸化炭素排出量は減らず、温暖化は止まらない。資本主義の根本的変革が必要。その方策が、脱経済成長と共同組合の拡大。公富が減ると私富は増える。公富を増やし私富を減らす為には、コモンを増やすこと、それが共同組合の考え方。共同組合では、市民が参加し市民が管理運営をしていく。実際にバルセロナではコモンの考え方が普及し問題解決を始めている。その際に重要になるのが、グローバルサウスから学ぶという姿勢。それぞれがこの動きに参加することで、グローバルに繋がり変革を起こすことが可能になる。
0投稿日: 2021.02.06
powered by ブクログ面白かった。 これからの社会がどうなっていくのかが楽しみだし、それを作っていく一人になろうと改めて思えた。
2投稿日: 2021.02.05
powered by ブクロググローバルでハイスピードで進む気候変動とサステナビリティを巡る動きの背景の整理には使えるが、結論に至るまでの論法は雑であるように感じた。
0投稿日: 2021.02.04
powered by ブクログ総論賛成各論反対、という感じ。 気候変動が人類にとって今後最大の問題になりそう。その解決には今の行き過ぎた資本主義からの脱却が鍵を握るであろう事も納得出来る。 しかし、その唯一の解決手段がなぜ(手垢が付いていない晩年の)マルクスの思想なんだ?手紙やメモは所詮は補助的な存在に過ぎない。思想家ならば体系化された著述によって評価されなければならない。であるからにはやはりマルクスは「資本論」まずありき、ではないだろうか。マルクス原理主義の牽強付会に過ぎる展開に感じた。著者は「ドイッチャー記念賞」を受賞したそうだが、この賞はマル経研究者に送られる賞らしい。 まずは世界レベルの人口抑制や資本主義の軌道修正であり、脱成長経済はそれからであろう。衣食満ち足りて礼節を知る、か。 田村書店天下茶屋店にて購入。
2投稿日: 2021.02.04
powered by ブクログ資本主義社会の人類に対する悪影響を理論的に説明した本である。思考停止に陥らず自分できることをすぐに行動すべき!
0投稿日: 2021.02.03
powered by ブクログマルクスが資本主義研究の結果、民衆による革命を求めたように、斎藤さんがマルクスと同じように資本主義に対抗する脱成長コミュニズムを掲げ革命を起こそうとしている展開が熱い
0投稿日: 2021.02.01
powered by ブクログー 温暖化対策として、あなたは、なにかしているだろうか。レジ袋削減のために、エコバッグを買った?ペットボトル入り飲料を買わないようにマイボトルを持ち歩いている?車をハイブリッドカーにした? はっきり言おう。その善意だけなら無意味に終わる。それどころか、その善意は有害でさえある。なぜだろうか。温暖化対策をしていると思い込むことで、真に必要とされているもっと大胆なアクションを起こさなくなってしまうからだ。良心の呵責から逃れ、現実の危機から目を背けることを許す「免罪符」として機能する消費行動は、資本の側が環境配慮を装って私たちを敷くグリーン・ウォッシュにいとも簡単に取り込まれてしまう。 では、国連が掲げ、各国政府も大企業も推進する「SDGS(持続可能な開発目標)」なら地球全体の環境を変えていくことができるだろうか。いや、それもやはりうまくいかない。政府や企業がSDGsの行動指針をいくつかなぞったところで、気候変動は止められないのだ。SDGsはアリバイ作りのようなものであり、目下の危機から目を背けさせる効果しかない。 かつて、マルクスは、資本主義の辛い現実が引き起こす苦悩を和らげる「宗教」を「大衆のアヘン」だと批判した。SDGsはまさに現代版「大衆のアヘン」である。アヘンに逃げ込むことなく、直視しなくてはならない現実は、私たち人間が地球のあり方を取り返しのつかないほど大きく変えてしまっているということだ。 ー 素晴らしい。 全人類がまずは読むべき。 彼の言う唯一の選択肢、「脱成長のコミュニズム」が正しいから、と言うわけではなく、議論の立脚点として読んでおくべき作品と言う意味で。 さて、次の課題は、いかに行動すべきか…。 喉元に見えない短剣を突きつけられていても、平凡な社会人として生きて、家族を養っていくことが大事、という幻想は、幻想以上のリアリティがあるんだよね。いや、”幻想”というのは語弊があるな。”凡庸なリアリティ”と言うべきか、“生活者のリアリティ”と言うべきか、息子と息子の子孫の未来が脅かされるなんて、「今感じている家族の生活を一生懸命支えてる感」と比べると全然リアリティがないんだよね。リアルなのにリアリティがない。 だから結局、流されて生きて何もしないのかな。 3.5パーセントが動けば社会が変わると言うけど、その3.5パーセントに自分がなるかどうかって話なんだよね…。 だから、何をすべきなのかよく考えないといけない。
0投稿日: 2021.01.31
powered by ブクログいずれ資本主義は自己矛盾により内部崩壊していく。循環し、平衡し、時には漂流することが重要でそのためにもコモンは必要になる。
2投稿日: 2021.01.27
powered by ブクログまさに檄文。 私は本書の掲げる主張におおいに賛同します。 知らない、関係ないでは済まされないし問題先送りではならない。 冷笑主義とか格好つけてる場合ではないし、やらないことの言い訳を探している余裕もない。 脱成長の結果、好きな本や漫画が買えなくなる社会なのかもしれないけど…やむなし。 まず一人でも多くの人に読まれた方がいいと思う。 そうはいっても自治[協同的コミュニズム]にも問題はあるような。 例えばマンションみたいな小さな集団でも絶対に相容れない、参加意思のない人は存在する訳で。それを町や市単位まで拡大した時にそういった『やらない・やれない人達』をどう扱えばいいのだろうか。 3刷 2021.1.26
3投稿日: 2021.01.26
powered by ブクログ本書での脱成長コミュニズムは現行レジームに対するとても価値のある提案の一つだと感じる。 従来の共産主義観とはかなり異なっているため、経済学側からこのような取り組みの実現可能性に関するより精緻な議論に取り組んで行くような人が出てくる必要がある気がする。 特に情報や科学技術と資本主義を切り離し、前者を健全に発展させていくことが可能なのかという点については疑問が残る。 しかしながら、脱成長コミュニズムの提案から細かな疑問に対する検討を重ねていくことで現実の違った側面を見ることができるように思われる。 失敗した過去の共産主義の知識を掲げて頭ごなしに否定するのは勿体ないようなラディカルな提案である。
0投稿日: 2021.01.25
powered by ブクログ会社の中長期計画が常に成長を求められるのと、常に新技術・新製品を市場投入することが求められるものの、現場が追いついていない‥何故成長しなければいけないのか?何故新製品を開発しなければいけないのか?というところから、資本主義って何なんだろうと考え始め、辿り着いた本書。 本書では気候問題への解決策という観点での唯一の答えが「脱成長コミュニズム」。自分は気候問題というのは今まで考えていなかったが、目指すべき社会の姿という意味ではすごくしっくり来た。 今まで環境問題とかSDGsにあまり興味がもてなかったのは、それを資本主義の成長に繋げようという意図がある内容のやものにしか触れていなかったからかもしれない。 しばらくは脱成長という考え方と、今の仕事内容の乖離に自分の中で折り合いをつけて続けないといけないが、目指すべきところにむけてどう行動するのが良いか、考えたい。
0投稿日: 2021.01.24
powered by ブクログ先進国の生活はグローバルサウスから収奪して成り立っている現実を理解することができた。資本主義はもう限界だと思う。
0投稿日: 2021.01.24
powered by ブクログ読書会課題本。「今の新自由主義は問題が多い」というのは解るが、それで「こんな時代だからこそマルクス主義に回帰しよう」という結論には納得が行かない。また環境問題についても「マルクス主義に回帰すれば一挙解決」という方向へ還元させようとする論理展開にも違和感。
2投稿日: 2021.01.24
powered by ブクログ今年の1月19日に読み終えた本なのですが、もう一度読みました。見落としてたところや、理解できてなかったところが結構ありました。星一つ追加します⭐️ 現代の社会は経済成長しない限り存続することができずに、経済成長は二酸化炭素の排出量を増加させることはもちろんそれ以外の環境破壊を進行させる。 ビニール袋の有料化やペットボトルの収集はもちろん、SDGsも資本側が環境配慮を装って欺いている。そしてグリーンニューディールで経済成長うを目指すというのは希望的観測の欺瞞でしかない。 本当に我々が向き合わなければならないのは、脱成長のコミュニズムであるというのがその主張。とにかく素晴らしい若い学者が出てきたものだ。今までの経済学者は問題をきちんと捉えていない。
4投稿日: 2021.01.19
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
一般的に共産主義として知られるマルクスであるが、その膨大なメモを読み解くと、実は全く違った姿が浮かんでくる。晩年のマルクスの到達点は実は資本主義も社会主義も超越した脱成長コミュニズムであり、それこそが「人新世」の危機を乗り越えるための最善の道だと考えていたことがわかってきたという。 本書は筆者がマルクスの考えを読み解きながら、気候問題を解決しながら人類が発展していく姿としての「脱成長」を論じている。 利潤を際限なく追求する資本主義においては、消費が喚起され続け、生産が環境負荷を増やす方向にはなれど、減らすことにはならない。 資本主義は希少性を高めて価値を増やすため、本質的に格差を増やし続けるものであり、皆が幸せになることはない。 従って、経済成長を負わない脱成長により、生産量を減らし、必要材に限る転換が必要。これを牽引するのは社会運動であろう、既に欧米ではこうした事例もでてきているとのこと。 賛否両論飛び交いそうなテーマ内容で、筆者の極端な主張は興味深い(最も中途半端な主張には興味が無いが)。理想はとても共感するし、温暖化は置いておいて、環境負荷を考えたときに脱成長的な方向性は必然だとも思う。しかし、果たしてそれで人が生きる希望(渇望)を維持できるのか、なぜ共産主義が崩壊したのかを考えた時、人間の本質を織り込んだ時、現実感が持てない。 チャーチルの言葉が思い出される 「民主主義は最悪の政治といえる。これまで試みられてきた、民主主義以外の全ての政治体制を除けばだが」 ◯資本主義が環境問題の原因 ・人間だけでなく、自然環境からも掠奪するシステムであり、負荷を外部に転嫁することで、経済成長を続けていく。豊かな生活の「本当のコスト」について、私たちは真剣に考えてこなかった。そのような資本主義システムこそ、環境危機をここまで深刻化させた原因である。 ・富裕層が率先して排出量を減らすべきという批判は完全に正しい。事実、富裕層トップ10%の排出量を平均的なヨーロッパ人の排出レベルに減らすだけでも、1/3程度の二酸化炭素排出量を減らせる。 ・先進国の経済発展は、さまざまな問題のグローバル・サウスへの転嫁と不可視化が背後にある。だから、先進国と同じ方法で経済と環境の両立をグローバル・サウスでやろうとしても、転嫁先がないためうまくいくはずがない。現代の気候危機は、そのような外部化社会の究極的限界を端的に表している。 ・2040年までに、EVは現在の200万台から、2億8000万台にまで伸びる(by IEA)というが、それで削減される世界のCO2排出量は、 わずか1% と推計。 ・IPCCのモデルは、経済成長を前提としている。 ◯「左派加速主義」(left accelerationism) ・経済成長をますます加速させることによって、コミュニズムを実現しようという動きもある。近年、欧米で支持を集めている。 ・加速主義は、持続可能な成長を追い求め、技術革新の先にあるコミュニズムにおいては、完全に持続可能な経済成長が可能になると主張。 ◯資本による包摂 ・人類はかつてないほど自然支配のための技術を獲得し、同時に私達はかつてないほど事前を前に無力になっている。商品の力を媒介せずには生きられない。 ・その快適さに慣れ切ることで、別の世界を思い描くこともできない。 ・社会全体が資本に包摂された結果、「構想」と「実行」の統一が解体されてしまった。 ◯資本主義の本質 ・本源的蓄積は潤沢なコモンズを解体し、希少性を人工的に生み出す。「私財の増大は、公富の減少によって生じる」。ここでいう「公富」とは、万人にとっての富のこと。 ・資本主義が続く限り、「本源的蓄積」は継続し、希少性を維持・増大することで、資本は利潤を上げていく。そのことは九九%の私たちにとっては、欠乏の永続化を意味している。 ・囲い込み後の私的所有制は、この持続可能で、潤沢な人間と自然の関係性を破壊していった。それまで無償で利用できていた土地が、利用料(レント=地代) を支払わないと利用できないものとなってしまったのである。 ・無限の消費に駆り立てるひとつの方法が、ブランド化だ。広告はロゴやブランドイメージに特別な意味を付与し、人々に必要のないものに本来の価値以上の値段をつけて買わせようとする。 ・「満たされない」という希少性の感覚こそが、資本主義の原動力なのである。だが、それでは、人々は一向に幸せになれない。 ・私たちは、十分に生産していないから貧しいのではなく、資本主義が希少性を本質とするから、貧しいのだ。これが「価値と使用価値の対立」である。 ◯脱成長とコモン ・ラワースもオニールも、「脱成長」あるいは「定常型経済」への移行を真剣に検討すべきだと結論づけている ・〈コモン〉は、アメリカ型新自由主義とソ連型国有化の両方に対峙する「第三の道」を切り拓く ・第三の道としての〈コモン〉は、水や電力、住居、医療、教育といったものを公共財として、自分たちで民主主義的に管理することを目指す。 ・共同体では、同じような生産を伝統に基づいて繰り返している(経済成長をしない循環型の定常型経済)。もっと長く働いたり、もっと生産力を上げたりできる場合にも、 あえてそうしなかった。権力関係が発生し、支配・従属関係へと転化することを防ごうとしていた。 ◯自由の国 ・無限の成長を追い求め、人々を長時間労働と際限のない消費に駆り立てるシステムを解体し、総量としては、これまでよりも少なくしか生産されなくても、全体としては幸福で、公正で、持続可能な社会に向けての「自己抑制」を、 自発的に行うべき。自制によって「必然の国」を縮小していくことが、「自由の国」の拡大につながる。 ・マーケティング、広告、パッケージングなどによって人々の欲望を不必要に喚起することは禁止。コンサルタントや投資銀行も不要。年中無休も廃止。必要のないものを作るのをやめれば、社会全体の総労働時間は大幅に削減できる。 ・本書が問題にするのは、現在のような消費を可能にしている生産の方。 ・二酸化炭素排出量を削減するための生産の減速を、私たちは受け入れるしかない。「排出の罠」で生産力が落ちるからこそ、「使用価値」を生まない意味のない仕事を削減し、ほかの必要な部門に労働力を割り当てることがますます重要になる。 ・生産力の向上で「労働の廃棄」や「労働からの解放」を実現するのは、脱炭素社会においては無理。 ・労働の中身を、充実した、魅力的なものに変えていくことが重要 ◯脱成長コミュニズムの柱 1.「使用価値経済への転換」 2.「労働時間の短縮」 3.「画一的な分業の廃止」 4.「生産過程の民主化」 ・生産手段の共同管理。なにを、どれだけ、どうやって生産するかについて、民主的に意思決定を行うことを目指す。 ・強制的な力のない状態での意見調整には時間がかかるため、意思決定の減速という決定的な変化をもたらす。 5.「エッセンシャル・ワークの重視」である。 ・現在高給をとっている職業として、マーケティングや広告、コンサルティング、そして金融業や保険業などがあるが、実は社会の再生産そのものには、ほとんど役に立っていない。本人さえも、自分の仕事がなくなっても社会になんの問題もないと感じている、すなわち無意味な「ブルシット・ジョブ(クソくだらない仕事)」が溢れている。高給なため、そちらに人が集まってしまっている現状。 ・社会の再生産にとって必須な「エッセンシャル・ワーク(「使用価値」が高いものを生み出す労働)」が低賃金で、恒常的な人手不足になっている。 ◯転換の方法 ・いきなりトップダウンの解決策に頼ろうとする「政治主義」モデルは、機能しない。 ・政治は必要だが、社会運動からの強力な支援が不可欠になる。 ・3.5%の人々が本気で行動を起こせば社会は動く(ハーバード大学・エリカ・チェノウェス) ◯事例1:フランス市民会議の成果 ・2020年6月21日、ボルヌ環境相に提出されたフランスの市民議会の結果。 ・抽選で選ばれた市民150人は気候変動防止対策として、およそ150の案を提出した。そのなかには、2025年からの飛行場の新設禁止、国内線の廃止、自動車の広告禁止、気候変動対策用の富裕税の導入が含まれている。さらに、憲法に気候変動対策を明記することや、「エコサイド(環境破壊) 罪」の施行について、国民投票の実施を求めたのである。 ・市民議会の提案がここまでラディカルな内容になったのは、社会運動によって民主主義のあり方が抜本的に変容したから。 ・「黄色いベスト運動」や「絶滅への叛逆」は、しばしば具体的な要求を掲げていないと批判されてきた。だが、彼らの求めていたより民主的な政治への市民参加は、市民議会という形で実現され、ついには具体的な政策案になった。
0投稿日: 2021.01.18
powered by ブクログマルクスの最新の研究から見えてきた新しい社会の形。働き方、気候正義に対応できる社会とはどんな社会だろうか。〈コモン〉という公共の場の概念は宇沢弘文の社会的共通資本や里山資本主義と似ている。しかし、それら以上に草の根レベルであり、ボトムアップの形を取る。 気候危機に対する社会の動きの鈍さに絶望的になりつつ読んだ本に励まされる。
0投稿日: 2021.01.17
powered by ブクログかつてアントニオ猪木は「本当なら10年もつ選手生活が1年で終わってしまうかもしれない」というような事を発言したが、地球にも同じことが言える ここ数年メンタルヘルスという単語を聞いたり読んだりする機会が格段に増えた実感がある。資本主義社会における新自由主義下での疲弊がピークに達しようとしているというあらわれなのだろう したり顔で手をこまねいている状況じゃない
0投稿日: 2021.01.16
powered by ブクログ脱成長コミュニズム。まずこの言葉と内容をもう一度かみしめよう。そして、そんなの無理だよと思ったら、3.5%ならなんとかなるかもと思い直そう。そして最初の一歩を踏み出す! 若い人たちに期待しよう。せめて邪魔だけはしないように。そして一歩踏み出すことで今まで資本主義の甘い汁を吸ってきたことの罪滅ぼしを!
1投稿日: 2021.01.14
powered by ブクログマルクスの資本論から始まっとされる資本主義社会だと思っている人は是非読んでほしいし、個人的に斎藤幸平さんの優しさも見えた感じがしました。わたしのようにデザイナーには結構否定的な内容にも感じとれるところもありますが、山や海など自然が好きな自分にはとても説得力がありました。大事な知識を共有していただきありがとうございます。今は3.5%の人になることが目標です。一刻も早く国民みんなが読んでほしい本だと思います。
0投稿日: 2021.01.14
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SDGsであろうとグリーンニューディールであろうと、どんな修正を加えようが、成長することを本質とする資本主義経済を続けるかぎり気候変動に対処はできないし持続的な社会は作れない。資本主義の下で経済成長を目指す限り地球は破綻するし、そもそももう十分に豊かになっているのでこれ以上、意味の無い経済成長なんてしなくても人類全体の幸福度を上げることはできる。脱成長のコミュニズムを目指さなければならないのだ!要はそういう内容です。著者の主張は根本的には全くその通りだと思う。特にSDGsなんて「成長しながら持続」という言葉の矛盾なわけで、それらを著者はむしろ害悪をもたらす偽善だとバッサリ切り捨ててくれる。溜飲が下がります。 本書を読むと、先進国の繁栄や環境改善の裏にある、周縁部への貧困や汚染の転嫁など、資本主義の本質を目にすることもできます。その辺は興味深い。著者はマルクスを研究する若手研究者。気候変動や環境問題に取り組むその筋の専門家達の主張を検証している部分は良いと思います。が、例えば「資本主義」というような言葉の定義に拘ったり、「資本論」では明らかになっていない晩年のマルクスの思想について自分は明らかにした、という主張が本書の後半ではメインになってしまっています。今のままの資本主義を続けて行くことは不可能ではないか、という部分に共感できる人は多いと思うが、では現実的にどうすれば良いか、という部分に関しては「脱成長のコミュニズムだ!」というだけで物足りない。終盤にちょろっとバルセロナなどの世界の動きを論じ、これを連帯して拡げていくのだ、とするぐらいで現実的な提言があるようには思えなかった。マルクスがどう考えたか、は研究としては大事だと思うけど、ではどうすれば実際に移行できるのかが分からなければ絵に描いた餅にすぎない。著者は「脱成長のコミュニズム」は、中世に戻ったり、清貧であったり、テクノロジーを捨てることを主張する訳ではない、とは述べているが、現在の資本主義社会を軌道修正との違いがよく分からなかった。著者的には「資本主義には成長が必要だから、脱成長では資本主義はあり得ない」というような言葉あそびになってしまうのだろうけど。脱成長+コミュニズムを実現するには、勝手なことを許さない、抜け駆けを許さないことが必要なわけで、どうしても規制・強制力が必要となる気がする。独裁者による恐怖社会。強制がなくてもみんなが理解して下から動けば自由で平等な社会を実現できると思うのは、現実の多様な人々の存在を考えればちょっと甘い気がする。 エネルギーも含めて地産地消のローカルな社会を築いて、それらが緩くネットワークで連携していくぐらいなら可能かなと思うが。
0投稿日: 2021.01.14
powered by ブクログ資本主義の限界が見えてきているのは間違いないと思うが、本書の内容はナイーブすぎる。例えば、コンサルティングやマーケティングをブルシットジョブと一緒くたにして、介護等エッセンシャルワークを評価しろと言っているけど、具体的にどうしろと言っているのか分からない。まあ、資本主義を超えていくには色々課題が多いということですね。
2投稿日: 2021.01.10
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読むと、自分の無力にうちひしがれるばかり。この危機に、自分の出来ることのなんと微々たることか。マイボトルとかエコバッグとか、ロスを出さないとかよく考えて買い長く使うとか、もうとっくに、そんな個人レベルでどうこうという段階は越えているのだろうと思う。環境に対する危機感や行動を、一部の「意識高い系」の人の立派な行い”で終わらせるべきではないし、新たな分断も生まれるべきではない。そんなことをしている時間は、たぶんもうない。
5投稿日: 2021.01.10
powered by ブクログ資本主義に変わるものとしての回答に可能性を感じた。これを読む私たちに投げられたという感じ。ネグリのマルチチュードにも通じる。
2投稿日: 2021.01.07
powered by ブクログ資本主義的な「緑の経済成長」の限界、並びに「脱成長」への転換の必要性を訴える本書は、経済成長を前提とした議論が染み込んだ世の中に大きな反響を生むものと思う。 自身が勤める会社も、最近はESG・SDGsの観点が案件審査の重要な論点の一つとして登場する機会が増え、またグリーンな事業を進める企業への投資が受け入れられる地合いにあるが、抑々この「緑の経済成長」の思考そのものが環境破壊を推し進める要因であり、我々が生きる経済システム自体に問題があるという本書の壮大な主張を信じてしまうと、自分には何が出来るのかと自身の無力さを感じる。 本書によれば、「使用価値」をほとんど生みださない様な労働が高給であり、そちらに人が集まってしまい、一方社会の再生産に必要な「エッセンシャルワーク」が低賃金で恒常的に人不足に陥っているという。言われてみると自身の仕事も資本主義という競争社会の中では重要な役割を果たしているが、人間の生活にとって必要なものかと言われると必要無いものに区分される様に思うと、今後の自身のキャリアに関しても考えさせられる。 著者の提言は貴重な示唆に富んでるものと思うが、人間生来の競争本能・権力志向を考慮すると、残念乍ら「脱成長」への転換は極めてハードルが高い様に思う。 色々と言いましたが、今年最後に相応しい本でした!
4投稿日: 2020.12.31
powered by ブクログ評価が別れる本だと思う。答え探しをする本だと思う人には抽象論・理想論だと感じるだろうし、考えるための本だと思えばそのためのヒントがたくさん書かれてある。 マルクスや資本論の話は、右左の色眼鏡になるのでいったん忘れて読んで欲しい。政治の話ではなくて、持続可能な人類世界がどういうものかという本です。 「外部化社会」「価値と使用価値の違い」「ブルシットジョブとエッセンシャルワーク」「労働時間を減らさなければならない理由」「フィアレス・シティ」「気候正義」「食料主権」など諸々のテーマが一つのまとまりとなって認識されるとき、我々一人一人ができる行動が見えてくるのではないかと思う。 とはいえ資本主義の価値観(要は「稼ぐヤツが羨望を浴びる」「お金を出すヤツがエラい」)にどっぷり浸かった我々中高年には完全に抜け出すのは難しいのだろうが、我々の子供より下の世代は「脱成長コミュニズム」の方向に移行していくことは確実と思われる。 我々が、かつての団塊の世代を「旧世代の遺物」「老害」と見えるように、我々も変わらなければ同様に子供の世代からは老害認定され排除されることになる。 私は「経済力でマウンティングして、消費者として我が物顔するような環境負荷高めの老人」にはならないように時代に合わせた変化をしていきたいと感じた。 オススメ☆5です!
15投稿日: 2020.12.30
powered by ブクログ資本主義の根底は成長を目指すものだから、資本主義社会である以上は、いくらグリーンな社会を目指そうとしても、地球環境の破壊を阻止する事はできないとの事。 持続可能な社会を目指すには、資本主義社会を廃止し、脱成長の道に進むべきと。 私も資本主義の限界を感じる部分も多いので、色々と納得出来た。 ただ何故資本主義社会のままでは持続可能な社会を目指す事が出来ないのかと言う所がメインに書かれていて、脱成長への道のりや具体的な対策に関しての内容はやや薄いかなと感じたのと、私にはなんとなく理想論に聞こえてしまった。 人間って欲深い生き物と思うので、資本主義に慣らされた私達が脱成長を果たして目指せるのか疑問。 資本主義に取って代わる事の出来る持続可能な社会体制とは何か。私も色々と考えてみたい。
12投稿日: 2020.12.29
powered by ブクログ山本周氏がTwitterで推薦していたので。 「年率4%で価値が増加する世界が、20年続いたら、今の経済規模は、○倍になる」そんな世界を本当に信じられるのか?という氏の言葉をかみしめながら、投資をしていると、 現実の経済との乖離に目がくらくらする日々。 そんな中、この本を読んで、今の資本主義の限界もよくわかったような気がする。 その一方で、著者の言う世界観は、地球の存続を踏まえると それしかないのかもしれないけれども、今の世界の延長線上には見えてこない非現実的な理想像に感じられる。 その世界を実現するための道筋は見えてこなかった。 つまり、今の延長線上にある地球の崩壊からは逃れられないということかと感じた。 全体的に冗長な感を受けたが、この手の話は、 あまり考えたことがなかったので、これぐらいの詳しさでよかったのかもしれない。 「SDGsは、免罪符でしかない。」 人新世:人類の経済活動が、地球表面を覆いつくした、新しい年代のこと 気候変動と帝国指揮生活様式 ・二酸化炭素の排出量は、上位5か国で、60%近い 中国30、アメリカ15インド6.6ロシア4.7日本3.4% 1950年以降、大加速時代:人口増、経済発展、などが、加速した。 グローバルサウス:犠牲に基づく帝国式生活様式。 例えば、バングラディシュ、従来主の種子は牛案割れ、遺伝子組み換え品種の種子と、農薬を毎年購入しなくてはならず、借金に追われる生活。 労働力の収奪のみならず、資源の収奪、さらには、自然破壊による悪影響の影響も受けるのが、グローバルサウスである。 資本は、無限に価値増殖を目指す。地球は有限であり、資源の収奪が終わると、資本主義の終焉では。 資本主義の限界: 1技術的転嫁:環境危機を技術発展で乗り越えようとするもの。アンモニアは循環されるものであった、しかし、 田舎で生産され、都市で消費されるようになると、循環しない。ハーバーボッシュ法で、生産されるアンモニアは、天然ガスをもとに作られる。単に、エネルギー資源に転化したに過ぎない。循環しないアンモニアによる被害が起こる。 2空間的転嫁:周辺からの収奪(グアノの例) 3時間的転嫁: 周辺への転嫁が進んでいるだけ。 プラネタリーバウンダリーの範囲内での行動に制限する必要がある。 ジェヴォンズのパラドクス:再生産の技術が上がって、使用量が減るかと思ったら、その分安価になって、使える人が増えて、結局、総量は変わらない。 CO2排せつ量のデカップリングは起きていない。 経済成長とともに、CO2の排出量は、増え続ける。 CO2排せつ量は、所得階級別に分けると、富裕層のトップ10%が、CO2排せつの49%を占める。 次の10%で、70%(ちなみに日本人は、大体ここまでには入る) 電気自動車の本当のコスト; 電池が必要。そこにはレアメタルが必要。レアメタルの排出には大量の水が必要。 ・気候ファシズム:今のまま、気候変動が進行し、格差は、広がる。 ・野蛮状態:気候変動が進行し、貧富の格差が拡大、超富裕層①%vs貧困99%となる。後者が価値、統治体制が崩壊する。 ・気候毛沢東主義:トップダウンで、気候変動に立ち向かう。 ・脱成長コミュニズム: 資本主義とは 価値増殖と、資本蓄積のために市場を開拓し続けるシステム。 その過程で、環境への負荷を外部に転化しながら、自然と人間から収奪を続ける。 技術によって、イノベーションがおこって、富は再配分されない。より、超富裕層が豊かになるようなシステム。 貧富の差はより広がっていく。 →経済成長と幸福度は比例していない。 格差の拡大がつづく。 人々の仕事は、生産性向上の名のもとに、機能ごとに分断され、システムに組み込まれ、システムに依存していくことに。奴隷 年齢別にみると、若い世代ほど、社会主義に対して肯定的で、 29歳以下では、資本主義に肯定的<社会主義に対して肯定的 欠乏、希少価値があるから物は売れる。 資本主義は、あらゆるものの欠乏・希少性をふかして、 価値に転化する。資本は、価値の蓄積を目指す。 土地、水、などの資源を私財化したことで、 最低限の生活を営むために、お金が必要になった。 コモンズとして共有されれば、それで最低限生きていくこともできた。 実際の価値を生み出している労働者よりも、 それをマネージする人のほうが高給になった ラディカルな潤沢さ。貨幣経済としては産出されない使用価値 シェアリングコミュニティなど。 資本主義からの独立こそが、公平な幸せを目指せる世界である。 ・使用価値経済への転換 ¥労働時間の短縮 ・画一的な分業の廃止 ¥生産過程の民主化 ・エッセンシャルワークの重視 各個人が考える、豊かさ、幸せ、というものの定義を変えていく必要がある。 物質的な充足、刹那的な喜びなど、 資本主義で飼いならされた今の感受性では、 脱成長の中で、充足されるとは思えない。 あくまで、プラネタリーバウンダリーという境界の中で、いきていくためにという制限付き。 やはり、そこに不足感、閉塞感を感じる人がほとんどであろうと思う。 その意味でも、非現実的。 プライベートでかかわっている業界は、ボランティア体質で、嫌だったのだか、 それは、実は、脱成長のコミュニズムであり、 金銭価値というものから脱却した、まさに脱成長のコミュニズムの実現なのかもしれない。 資本主義は、富を有する者が権力を握る世界であり、 一人1票の民主主義とは異なる。独裁社会ともいえる。 超富裕層がその社会システムを統治している。 そして、そのシステムは超富裕層が儲かるようにできていて、その格差は広がっていく。 本来は、富の再分配を政治が担うべきだが、 それがうまくいっていないし、今後もひどくなる一方。 (高齢化に伴う既得権益者が、過半数を占める世界。 公務員に低賃金を求める社会風土→有能な人は公務員にならない世界。 そして、富の増大を続ける資本主義) 無駄な競争 生産性を下げる。レッドオーシャンに飛び込むことで、無駄な生産が始まる。そこでの差別化に奔走することは本質的に無駄。新しい価値の創出でなければならない。無駄な競争は、資源も、人的資源も無駄にする→忙しいわりに報われない労働。 コモンという考え方。 ベーシックインカムも少し考えたい。 最低限度の生活を保障することの意味。 豊かになりすぎその結果、使用価値につながらない? 広義でいうレジャー産業が発展している。 (与えられた面白みはあきるという森博嗣氏の提案) 与えられる楽しみにはまると抜け出せない。 楽しみを自分で作り出す。 環境の限界がなければ資本主義は良いのかというと、 そうでもない、収奪は続き、貧富の差は拡大する世のなか。 コモンとして共有し、人と人のつながりを復興していく必要性があるのでは。
2投稿日: 2020.12.28
powered by ブクログ晩年のマルクスの手稿から、資本論だけでは語られていないマルクスの思想を読み解き、現代の世界に翻訳した意欲作。資本主義の限界や噴出する問題間のつながり等、意識づけられた。特に私の場合、閉鎖的・解放的技術といった技術のイデオロギーに関する議論に関心を持った。自分が取り組んだり、調査している技術が、究極何のためなのかを考えるキッカケになった。
2投稿日: 2020.12.28
powered by ブクログ山口周のビジネスの未来と重なる部分が多く、同時多発的に資本主義のアップデートが始まろうとしている。それが起きているのがオールドメディアの書籍という乖離が面白い。コマーシャルリズムに侵されたメディアでは、資本主義をアップデートできない。
0投稿日: 2020.12.24
powered by ブクログ気候変動などの危機を乗り越えるために、最新のマルクス研究に基づいて、脱資本主義・脱成長のための蜂起を促す本。 資本主義が唯一絶対の選択肢ではないということを実感させられた。
0投稿日: 2020.12.22
powered by ブクログこのままでは止まることのない環境破壊,それを食い止めるために一石を投じたこの本,なぜここでマルクスがという疑問も読んで納得.資本主義ではもう限界で修復することは不可能で,「脱成長」経済にシフトし,コモンという共同体に新しい力を見る.
0投稿日: 2020.12.17
powered by ブクログSDGsや、グリーンニューディール政策等、持続可能な環境を実現する為に、様々な言葉やアプローチを耳にする昨今。ただ、その道を辿れば目標を本当に達成できるのか、あるいは現実的に様々な利害関係がある中で、果たして各国一丸となって進むことができるのか、そんなことを思っていた中で、この本に出会った。 資本主義がもたらした問題であるが故に、資本主義を前提とした考え方では解決に至らない。それはまさにその通りかもしれない。 日本のメーカーにおいても、先端技術などを用いてESG経営に舵を切ったりされていることも出て来ているが、その新技術開発プロセス含めて、どこかに皺寄せがでているのではないか。真にESG経営を体現するのであれば、最終アウトプット品だけでなく、その過程、またその先の道筋を含めて目的に叶うのか目を向けなければいけず、そう考えると、営利、成長を前提とした資本主義社会では立ち行きがいかないのではないか、そんなことも考えさせられた。 皮肉にも資本主義=マルクスと考えていたが、晩期のマルクスがそのようなことを見据え、新たな見地を開いていたことを本書を通して初めて知った。
0投稿日: 2020.12.15
powered by ブクログ晩期マルクスを教えてくれた。 使用価値と価値、希少性と潤沢さ、などがキーワード。 希少性を資本が意図的に追求する? 自然がもたない。恐ろしい社会が到来する。 二人で同時に物理的な一冊の本を読んだ最初の本。
0投稿日: 2020.12.08
powered by ブクログ正直、どう評価していいかが私にはわからない。ただ、資本主義の限界とマルクスの再評価についてはよく理解できる内容だった。筆者の唱える「脱資本主義」にどの程度の妥当性と実現可能性があるのかは、読む人の立場によって評価が分かれるだろう。そして、私はそのいずれをも詳細に検討できるだけの見識を欠いているという自己評価に至った。自分よりも若い世代(いわゆるZ世代)がこの本をどのように受け止めるのかを知りたいと思った。
0投稿日: 2020.12.07
powered by ブクログ環境からも人間からも収奪をし続けることの限界が見えてきて、資本主義は行き詰まっている。 資本論を書き上げた後のマルクスのさらなる展開を全集にはなかった書簡などから読み取り、脱成長コミュニズムと言う経済ビジョンを提言する。 このなんだか黒っぽいカバーを外して標準的なカバーにしたほうが好ましいと思った。
0投稿日: 2020.12.05
powered by ブクログ“SDGsは大衆のアヘンだ!” センセーショナルな序章から始まり、なぜ我々が脱成長コミュニズムを選ばなければならないか、というのを資本主義の矛盾、周縁化される収奪、その典型としての環境問題を取り上げて、晩年のマルクスの著書にならなかった思索をもとに解説する マルクスの思想に明るくない門外漢の僕でも、斎藤先生の主張とマルクスが言わんとしていたことの二つがすっきりわかったので、これだけ話題なのも納得 主張にも概ね同意だし、一刻も早く資本主義から脱するべきだという思いを強くした ただ、疑問が一つ •どうそれを達成するか、という議論があまりにうぶというか市民を信頼しすぎだと思う。そもそも気候変動の存在をも受け入れていない人が大勢いるし、トランプへの熱狂(なぜか日本でも)を見ていると、より疑念が湧かざるを得ない。一部の人が連帯して立ち向かっても、分断が深まるだけな気もする
0投稿日: 2020.12.03
powered by ブクログ「SDGsは大衆のアヘンである!」 このキャッチフレーズを見て、購入してみた。 「私たちは資本主義に取り込まれ、生き物として無力になっている。商品の力を媒介せずには生きられない」 地球への環境負荷の増大、今どういった世界に自分が生きているのかを考えさせられた。環境負荷の事実を知った後でも、この便利な生活を目の前にすると無力になっている自分がいてゾッとする。もう少しいろんな本を読んで知識を増やしていきたい。
6投稿日: 2020.11.27
powered by ブクログ哲学の専門家が、「資本論」を現代に当てはめて、その意義を解説した本。「資本論」でマルクスが書いたのは第1巻だけであって、第2巻と第3巻はエンゲルスが書いているため、マルクスの考え方を誤解している人が多いと著者は主張している。近年になって発見されたマルクスが書いた晩年の資料から、マルクスが目指していたのは持続可能な「エコ社会主義」であったとしている。ゲルマン民族の農耕共同体をヒントに、持続可能性と社会的平等を追求していくことが目指すべき方向性としていたとの主張には、ある程度説得力があると感じた。ただし今後、資本主義に代わって向かうべき方向としては大いに疑問。まず、ウォーラーステインが言う世界システムがより良い形を追求していくことや、あるいは、科学技術の進歩というものは、資本主義のようなインセンティブがあってこそ前進していくものであって、社会主義では太刀打ちできないと思えるからである。次に、少子高齢化に伴う政府支出増大の観点からも、右肩上がりの経済成長は求められており、「エコ社会主義」への転換は困難であると考えられるからである。資本主義には勝ち組と負け組がおり、勝ち組の同意を得ることはムリというものだ。ソ連が敗北したことによって、社会主義と資本主義との争いには決着がついたはずだ。グリーンビジネスへの積極投資など、現在進めているESGとSDGsへの活動をはじめとした、資本主義のもとでの持続可能な社会を目指していくしかないのではないか。ただし、大いに考えさせられ勉強にはなった本ではあった。 「資本主義による収奪の対象は周辺部の労働力だけでなく、地球環境全体なのだ。資源、エネルギー、食糧も先進国との「不等価交換」によってグローバル・サウスから奪われていくのである。人間を資本蓄積のための道具として扱う資本主義は、自然もまた単なる略奪の対象とみなす。このことが本書の基本的主張のひとつをなす」p31 「中核部での廉価で、便利な生活の背後には、周辺部からの労働力の搾取だけでなく、資源の収奪とそれに伴う環境負荷の押し付けが欠かせないのである」p33 「(相対的デカップリングと絶対的デカップリング)相対的:効率性の高い技術を導入するなどして、CO2排出量をなだらかにする。絶対的:電気自動車の普及などCO2を排出しない手段を取る」p65 「環境問題に立ち向かい、経済成長を抑制する唯一の方法は、私たちの手で資本主義をやめて、脱成長型のポスト資本主義に向けて大転換することなのである」p119 「脱成長資本主義は存在しえない」p131 「(「コモン」という第三の道)第三の道としての「コモン」は、水や電力、住居、医療、教育といったものを公共財として、自分たちで民主主義的に管理することを目指す」p141 「資本は修復不可能な亀裂を世界規模で深めていく。最終的には資本主義も存続できなくなる」p164 「ゲルマン民族は、土地を共有物として扱っていた。土地は、誰のものでもなかったのだ。だから、自然からの恩恵によって、一部の人が得をしないよう、平等な土地の割り振りを行っていた。富の独占を防ぐことで、構成員のあいだに支配・従属関係が生じないように注意していたのだ。同時に、土地は誰のものでもなかったがゆえに、所有者による好き勝手な濫用から守られていた。そのことが、土地の持続可能性を担保することにもなっていたのである。このように「持続可能性」と「社会的平等」は密接に関係している。この両者の密接な関係こそが、共同体が資本主義に抗い、コミュニズムを打ち立てることを可能にするのではないか。マルクスはこの可能性を強く意識するようになっていく」p183 「共同体では、同じような生産を伝統に基づいて繰り返している。つまり、経済成長をしない循環型の定常型経済であった」p193
0投稿日: 2020.11.25
powered by ブクログ2020.11.22 問題定義はとても迫力があって危機感を強く持った。ソリューションに関してはおっしゃる通りだが実現性の問題をもう少し検討すると良いと思う。考え方自体はかなりアグリーではある。
0投稿日: 2020.11.23
powered by ブクログ『人新世の「資本論」』斎藤幸平 この硬い単語が並ぶ新書が6万部売れているらしい。もちろんかなり噛み砕いて書かれている。 資本論やマルクスを扱った本、といっても環境問題を持続可能な社会を如何につくっていくかというさけられない問題について考えたい人が多いからだと思う。 「SDGsは大衆のアヘンである」という始まりは、今の社会への闘争宣言でもある。 扱う問題は、まさに根本的な問題。格差は広がる、環境問題は深刻化する、その根源は資本を如何に増やすかに集中する資本主義。 心身をヒリヒリさせながら、たくさんのものを生産したり、サービスを考え出したりする。 でも商品は機能が良いだけでは売れないし、サービスも価格競争になっていく。そんな中でモノからコトへ、ストーリー、ブランディング、世界観。。。 新しいこと付加価値をつけるべく、いろいろな方法が現れる。でも、それってモノが溢れる中でいかに希少性をアピールして目立たせて、という話で大量生産→大量消費の構造をより強化している。 でもさ、と言いにくい。これは日本のみならず近代化した世界に蔓延した空気、というよりも常識。いや、刷り込みなのかもしれないけれど。。。 そんな多くの人が心身に不調をきたしても避けられない、代替案が見当たらない問題に斎藤さんは踏み込んでいく。 資本主義をどうしていくのか、他に方法はないの、それが世界の最大の問題だ。このGDP、利益、売上、株価など軸にしながら、賃金や貧困、環境問題を後回しにしている社会。 『ブルシット・ジョブ』ディビッド・グレーバーについても言及しているように、過剰生産、過剰サービスの社会では管理のための管理者のような使用価値としてはあまり意味のない仕事が多く存在する。この短期の効率を重視し、長いスパンでの非合理な世界を修正していくために以下の5つを掲げていた。 1. 使用価値経済への転換 2. 労働時間の短縮 3. 画一的な分業の廃止 4. 生産過程の民主化 5. エッセンシャル・ワークの重視 「本源的蓄積」というキーワードも気になった。個人個人がコミュニティの中で持っていた、いわばセイフティネットのことだ。 資本主義はそれ解体していって、人々は地に足をつけながら生きることができずアノミーな存在になってしまった。 #人新世の「資本論」 #斎藤幸平 #DasKapitalImAmthropozan #集英社新書 #集英社 #資本論 #資本主義 #マルクス #ブルシットジョブ #ディビッドグレーバー #環境問題 #SDGs #エコロジー #エコロジー経済 #サーキュラーエコノミー #書評というか感想 #書評 #読書の秋
1投稿日: 2020.11.08
powered by ブクログ『人新世の「資本論」』 斎藤幸平 本書は、マルクスの再解釈によって導き出された「脱成長コミュニズム」の実現により、資本主義を超克し、環境問題に待ったをかけるべしということを述べたものである。 端的な感想として、非常に説得力があり、鮮やかなロジックであったが、ややカタカナが多く、前提知識が全くないと辛いのではないかというところである。本書の主張には概ね同意する。 本書の大一番は第4章の「人新世」のマルクスと第7章の脱成長コミュニズムが世界を救うというところにあり、そこを読めば、大体の主張がまとまっているので手っ取り早く内容を知りたいという方にはここを読むことをお勧めする。 第4章までは、環境問題と資本主義について語った前段部分と言える。エマニュエル・ウォーラーステインは世界システム論の中で、南北問題が根深い問題であるのは、先進国が発展する中で、後進国は敢えて低開発化されたという事実であると看破した。また、資本主義の性質から、先進国の利潤を最大化するために、多くのコストカットが常に迫られ、その多くは発展途上国の奴隷的労働に転嫁されることにより、達成されてきたという。究極のところ資本主義の本質である利潤の最大化を押し進めるためには、その利潤の最大化と同時進行で労働の低賃金化・奴隷労働化が迫られているというところがこれまでの議論であった。本書で、斉藤氏は実は利潤の最大化の為に負担を強いられてきたのは、グローバル・サウス(後進国)だけではなく、地球環境にも多分に転嫁されてきており、このまま資本主義を継続した場合、地球環境は不可逆的に毀損し、文字通り歴史の終焉を迎えるということを述べている。 これに対して、現状では資本主義を温存した上での対抗策が出てきているが、それらも何かしらの環境負荷の転嫁によってなされるもので、総体として環境負荷を求められる基準まで引き下げるものではないと述べる。どういうことかと言えば、クリーン・エネルギ―や、二酸化炭素を減らす機器の開発においても、それらの製造工程において多くの温室効果ガスを発生させており、総体としての環境負荷は変わらないため、延命手段に過ぎないということである。クリーン・エネルギや二酸化炭素を減らす機器も、実際は資本主義の中で売買されることを前提としており、結局のところ環境問題というトレンドに乗っかって「売れる」商品だから製造されているという具合であり、それらを使うことで使用者の心理的負担を軽くする以上の効果がないのである。 では、これらに対抗するものはなんなのか。それがマルクスの再解釈により導き出された「脱成長コミュニズム」である。昨今、マルクスの遺稿は『資本論』以後のドラフト状態のものについても、解明されてきている傾向にある。その中で、マルクスは物質代謝という概念を皮切りに、環境問題を取り上げているのである。資本は、その性質として利潤の最大化という至上命題の下で、多くの労働力の低賃金化や環境負荷を正当化してしまう。それゆえに、環境は破壊され、持続可能な成長は不可能となる。しかし、それは、最終的には合理的な選択とは言えない。環境を配慮した持続的な資源の分配こそに経済学が求めるべき解があるとすれば、それは資本主義ではないのである。では、マルクスは来るべき経済学を何に求めたのか。それが、協同的な富:「コモン」をシェアするゲルマン民族のマルク協同体等のゲマインシャフト的なコミュニティであった。マルクスはそれらを再評価し、このような共同体は無知や未開であるから生産力が低かったのではなく、もっと生産力を上げる事や富を蓄積する事などができたが、あえてやらなかったのであると述べる。つまり、一度、資本主義というメカニズムの中に組み込まれてしまうと、不可逆的な環境負荷を与えて、持続的な生活が不可能になることを認識していたがゆえに、資本関係や権力関係を生じさせないレベルに生産力を留め、定常的で循環的な社会を構築していたとする。 では、いま資本主義と無理心中を図ろうとしている人類が、立ち返るべきは、その様な定常的で循環的な社会ではないか。本書の最大の主張はここにある。 そして、本書は、上記の様な脱成長コミュニズムの進め方についても論じて行く。コミュニズムというと、ソ連を想起することが多いが、ソ連の失敗は往々にして国家主導の中央集権的な社会主義であったからである。では、そうならないためにはやはり、国家ではなく民主的な草の根のコミュニズムが必要なのである。地域共同体において、コモンを民主的に管理する方法を模索するべきである。実際、このような動きはバルセロナ等で始まっている。資本主義の傾向として、価値と使用価値の乖離がある。資本主義における価値は、利潤の最大化によって規定されるがゆえに、ブランド等に傾倒していき、実際の使用価値とは乖離されていく。バルセロナでは、観光産業の強化により、市街の住宅が買収され、AIRBNBとして運営されるという事象が発生した。これはまさしく使用価値に対して価値を重要視した結果である。その結果、使用価値を勿論重視している市街の人々は高騰する家賃に払えなくなり、追い出される形になる。それに対して、地域的に資本主義の反抗する運動が行われた。つまり、資本主義における価値に対して、使用価値側の人々が抵抗することである。 このような形で、地域的なコミュニティを重視し、使用価値に依拠した価値体系の導入(復活)を提唱する運動を、世界的に起こすことが必要である。具体的な脱成長コミュニニズムではこのように使用価値経済への転換、労働時間の短縮、画一的な分業の廃止、生産過程の民主化、エッセンシャルワークの重視などが挙げられる。これらの導入することにより、資本主義を超克し、定常的な社会を造り上げることで、必要なものを必要なだけ作り、環境への負荷も最小限とした世界を実現することを、本書は述べている。エッセンシャルワークの最たるものであるケア労働が軽視されているのは実際問題かなり課題であると考える。日本では今後、高齢化社会もさらに進み、介護等の領域で更なるケア労働が求められる。無論、ケア労働は、生産性とは不向きなものである。生産性の差があったとしても、1人で1000人を相手に介護をするケアワーカーは存在しない、故に他の業種(コンサルティングや金融業)と比べて、資本主義的な意味での付加価値が生まれにくく、収益を得にくい業種となる。その結果、給与はそのほかの業種におとるものとなる。資本主義の理屈では、コンサルティングや金融業の方が付加価値を生み出している為、給与が高いが、社会にとって、本当に必要なのはエッセンシャルワーカーなのであろう。(自分自身、金融業であるのだが、悲しいかなこれは認めざるを得ない)。これらの格差を是正するためにはやはり資本主義という仕組み自体の再考が必要なのであろう。 以上が、本書の簡単なまとめになるのだが、個人的な感想としては、どのように人を動かしていくかというところにやはり課題があると考える。特に、資本主義的マインドを持った人間から脱成長コミュニズムマインドの転換は個人レベルでも極めて難しいと感じる。理由は心理学のアンダーマイニング効果の影響があるからと考える。アンダーマイニング効果とは、簡単に言えば行動に対して、褒賞を与える仕組みを一度作ると、褒賞がない場合に行動へのやる気がそがれるというものである。今の人々を見ていると、金にならないことをするということが理屈レベルではなく心情レベルで難しい感覚を持つ。どのようなモノごとにも、純粋な気持ちで行っていても、そこに褒賞関係や金銭関係が介在してしまうと、言い方が難しいが、その純粋な動機は汚染されてしまう。資本主義は、利潤の最大化させるために、あらゆる物事に金銭関係を張り巡らす。現在は、極めて資本主義が進行した世の中にいる為、多くの人は上記の資本主義マインドの人間が多く、一度資本主義マインドになってしまうと、なかなか内発的動機づけにより物事を行うことが難しくなる。実際、脱成長コミュニズム社会は、金銭の介在は今よりもっと少なく、言葉で褒められることはあるかもしれないが、お金のような解り易く流通可能な褒賞という形では受け取ることが出来ない。そういった社会をに、資本主義マインドな人間が簡単に順応できるのか。というところが疑問なのである。本書の言い分では、社会主義か死かというものであるが、多くの資本主義マインドな人間たちは、死を選ぶのではないかという感覚がなんとなくある。
1投稿日: 2020.11.08
powered by ブクログ斎藤氏はほぼ僕と同世代、マルクスにまつわる経済思想研究で成果を積み重ねて大阪市立大准教授就任、ということでいろいろなところで名前は目にしていたが、本書が売れに売れ、坂本龍一や松岡正剛が帯文で激勝、ということでミーハー心で読んでみた。 同世代ということで問題認識も似ており、論旨に共感はする。共感はする……だが、拍子抜けするほどに内容があんまりないような……? 新書というフォーマットなので、現場での実践的な理論書ではなくて広く一般読者を啓蒙するもの、という位置付けがあるのか、いわゆる僕たちミレニアル世代の世代間ではおよそ(たぶん教育によって)共有されているであろう環境破壊への危機意識を、「マルクスも実はこう言っていた」というふうに巨人を依代に使いながら、最近のテクノロジーの進歩に依拠した楽観論を「めっ!」と否定しつつ、コミュニティ礼讃の脱成長だ!と言うものの、現場の具体的な論は紙幅の関係上、全然ない。 資本主義を更新していくためのコミュニティの復権というアプローチは、都市計画や建築による場づくりなど、さまざまな分野から試みられており、いまさらイタコとしてマルクス大先生を召喚して、大上段の社会システムの改変イデオロギーを打ち立てなくでも、社会は動いている。 なにやらマルクス経済学界隈の人が、彼らが経済思想学の分野で復活するための突破口、いわば“若手ロックスター”としてまつりあげている感じなのかな? 神輿に乗っているからか、地に足がついていない感じが否めない。 イデオロギー、思想というのはやっぱりなんらか実践を伴う、または実践に結びつけた論じゃないと厳しいのではないかも。よくも悪くもSNSの時代の運動体は短文ポピュリズム的な側面があるので、かつてのようなエリートの引っ張る高等な革命論のようなものでは市民は動けない。 現実的なことをいえば、現行制度を汗かいてハックして、それを乗り越えていくことを各自が積み上げていくしかない、ということが少なくともはっきりしている以上、なんとなく提案全体が上滑りしている。 卒論、修論でありそうな自説はほどほどに、それを裏付けとなる引用をこれでもかと散りばめた思考実験を伴う形而上論をえいやと新書にねじ込んで、「若い」ということをウリに、ガンガン版元が販促したら案の定連戦連敗のリベラル層の自尊心をくすぐる左翼ホイホイとして機能してヒットしたぜ、的な感じ。 例えるなら全然荒削りだけど、ガレージロックリバイバルで的に銘打ってレーベルがもうプッシュしたらなんかすげーヒットしたArcticMonkeys みたいな。いいとは思うけど、買いかぶられすぎでは……。 同世代なので応援はしたいのだが、もっと現実的な実践の場に降りてきて欲しいなぁ、と思いました。啓蒙はもっと上の世代に任せて、ガンガン動くほうがおもしろいのに。 次回作に期待。僕にとっては刺さらなかったですが、コモンズとして環境倫理思想を持ってない世代の人にはおもしろいのかもしれません。
6投稿日: 2020.11.07
powered by ブクログ人類の経済活動が地球を破壊する「人新世(環境危機の時代)」への解決案を提示した、斎藤幸平さんの著書。「SDGsは大衆のアヘンである」という出だしからして面白い。現在・未来の人類の経済活動における、環境破壊について警告しており、現在の資本主義の世界では環境破壊を止めることは不可能で、ポスト資本主義として成長を捨てた『脱成長経済(脱成長コミュニズム)』を提言する。資本主義を全面的に否定しているラディカルな一冊。
0投稿日: 2020.10.28
powered by ブクログ他の仕組みがうまくいかないという説明には説得力があるが、では、脱成長のコミュニズムが成立するというイメージが全く出来ないのは、読者の想像力の欠如なのだろうか。
1投稿日: 2020.10.28
powered by ブクログマルクスの『資本論』を読み直し、差し迫る環境問題に対応できる新しい「脱成長コミュニズム」を説いた本。脱成長、マルクス、コミュニズムという扱うことの難しい話題に果敢に取り組み、固まった常識を180度転回してくれるとても有益な本だった。資本主義批判やマルクスの読み直しに終始するのではなく、脱成長コミュニズムという方針を示し、実際に始まっている運動を紹介することで、読み終わった後に視界の開けた感じを強く感じた。内容はやや難しいが難しい概念は何度も繰り返し丁寧に説明してくれるため、序盤を抜けるとサラサラと読めた。
0投稿日: 2020.10.26
powered by ブクログマルクスの思想から、人新世における気候危機、格差社会、資本主義経済への根本的対処を考えるのが本書の営みである。 個人的には以前から、資本主義の仕組みは既に限界で、脱成長経済が必要であると考えている。そこで出会った本書の考え方は、大いに示唆を与えてくれたものの、あまり現実的ではなく、理想論に過ぎない部分がまだ多いように思えた。 富の考え方として、「私富」や「国富」に現れてこない「公富」=コモンズがあり、コモンズを軸にしたコミュニズムによって、希少性により価値を生み出す資本主義に対抗するというのは面白い。 コロナ禍での各国における危機に際しても、コモンズが豊かな方がレジリエンスは高まるだろう。 ただ、個人的に感じたのは、崇高な理念から始まったワーカーズ・コープ等の活動も、そのままでは資本主義に飲み込まれていってしまうのではないかという危惧である。 本書で出てくる、本当に必要な仕事であるエッセンシャル・ワークの例として、ケア労働が挙げられている。確かに、ケアワークは社会に必要な仕事であるし、その仕事自体に価値がある。だが、ケア労働に付帯する作業の一切合切がすべて不要なものとして切り捨てることができるのか、疑問が生じる。 確かに、経営者や管理職などで、不要な労働に付加価値を付けている例は枚挙にいとまがないだろう。しかし、人が集まり、組織ができてくると、組織として必要な管理業務が発生する。 組織を形成せずに、すべてのエッセンシャル・ワークを個々人が行うことを想定しているのだろうか。だとすれば、それは現実不可能な理想論になってくる。 本書に「石油メジャー、大銀行、そしてGAFAのようなデジタル・インフラの社会所有こそが必要」とある。確かに、デジタル・インフラもコモンズとして皆が使いたいときに平等に使うことができれば、それは理想的な社会だろう。 だが、そのデジタル・インフラの運用は誰が行うのだろうか。それもエッセンシャル・ワークとして社会に必要な仕事になるだろうが、それこそ一人の個人でできるような作業ではない。幾人もの人間たちがチームを組んで事に当たる必要がある。そうなれば、本書で切り捨てられているコンサルティングのような仕事も必要になってくる。 本書の最後の方にあるように、3.5%の人々が非暴力的な方法で、本気で立ち上がると、社会が変わるというのには、勇気付けられる。 しかし、具体的な行動を実践できる人が果たしてどれだけいるだろうか。 私のような、総論賛成、各論反対の個人たちをどう動かすか。 無限の経済成長という虚妄との決別、持続可能で公正な社会に向けた跳躍というのは、理想論としては素晴らしいが、どうやって実現していくか。どうやって人間たちに一歩を踏み出させるか。 ただ、理想がないと人間は動かないのも真理である。 現実的なところは今後の議論が必要にしろ、理想論としては非常によく、今の社会に必要な一冊。
21投稿日: 2020.10.25
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
人間たちの活動の痕跡が地球の表面を覆いつくした年代。それが人新生(ひとしんせい)の時代。経済成長が困難になり、経済格差が拡大し、環境問題が深刻化している。 経済成長を図りつつ、環境危機を乗り切ることはできない。環境危機に立ち向かいつつ、経済成長を抑制する唯一の方法は、脱成長型のポスト資本主義に向けて大転換すること。市場原理主義のように、あらゆるものを商品化するのでもなく、ソ連型社会主義のようにあらゆるものの国有化を目指すのでもない。第三の道としての<コモン>は、水や電力、住居、医療、教育といったものを公共財として、自分たちで民主主義的に管理することを目指す。 人間が環境危機を乗り切り、「平等で持続可能で公正な社会」を実現するための唯一の選択肢が「脱成長コミュニズム」。脱成長コミュニズムの5つの柱は、①使用価値経済への転換。使用価値に重きを置いた経済に転換して、大量生産・大量消費から脱却する。②労働時間の短縮。労働時間を削減して、生活の質を向上させる。③画一的な分業の廃止。画一的な労働をもたらす分業を廃止して、労働の創造性を回復させる。④生産過程の民主化。生産のプロセスの民主化を進めて、経済を減速させる。⑤エッセンシャル・ワークの重視。使用価値経済に転換し、労働集約型のエッセンシャル・ワークの重視を。 晩期マルクスの思想に活路を求めての提言。世の中を変えていくことは不可能ではない。3.5%の人々が変わると社会は変わっていく。ミレニアム世代(1981年~1995年生まれ)・Z世代(1990年代後半生まれ)に読んでほしい書。
0投稿日: 2020.10.24
powered by ブクログ「人新世」…人間たちの活動の痕跡が、地球の表面を覆い尽くした時代 グローバル・サウス(途上国)からの資源やエネルギーの収奪に基づいた先進国のライフスタイルを「帝国的生活様式」と呼ぶ。帝国的生活様式の裏では、グローバルサウスの地域や社会集団から収奪し、先進国の豊かな生活の代償を押し付けている。この収奪は、労働力だけではなく「環境」も含まれる。 こうした環境破壊に対して取り沙汰されるSDGsも、環境破壊を食い止めるには至っていない。それどころか、人々を環境問題に取り組んでいる「気持ち」にさせ、途上国への責任を「見ないように」矯正しているのだ。 カールマルクスの「資本主義による転嫁の試み」 ・技術的転嫁(技術を発展させることで環境問題を解決するかに見えるが、新技術が使われるには別の資源を消費すること) ・空間的転嫁(矛盾を中核部のみ有利な形で解消する転嫁の試み。先進国が途上国から資源を収奪する。これを生態学的帝国主義という) ・時間的転嫁(今はまだ存在しない将来の世代の声を無視し、現代で搾取を繰り返すこと) 地球は一つしかない。こうした外部化や転嫁が周辺の消滅により困難になると、結局ツケが自分たちにも回ってくる。 喫緊の課題に対し、「グリーンニューディール」という、気候変動対策と経済成長を同時に進める政策が注目されている。しかし、そんなことは不可能だ。 なぜならば、すでに地球は許容量の限界に来ており、経済成長を諦め、成長規模を縮小していくことでしか環境破壊を止められないからだ。 また、技術革新による効率化で化石燃料の消費量が減る、というのは甘い見込みであり、歴史的に、資源の効率化は「新たな部門での需要拡大」を生んだ。 グリーン技術は、その部品の生産過程で資源を大量消費するため、それほどグリーンではないのだ。 となれば、取れる方法はただ一つ、経済成長を諦め、脱成長に向けて歩んでいくことだ。 【脱成長システム】 人間として必要最低限の生活水準と、地球の許容値の間で生きなければならない。発展途上国にとって経済成長は不可欠だが、幸運なことに、経済成長をしなくても、既存のリソースを上手く分配さえできれば、今以上に繁栄できる可能性はある。となれば、現在成長の恩恵に与り、かつ環境破壊の遠因となっている先進国が、自らの成長を止め、成長の余地を途上国に譲るべきである。 日本の長期停滞や、コロナ禍の景気後退を、「定常状態」や「脱成長」と混同してはならない。これはただの長期停滞だ。脱成長の主要目的は、GDPを減らすことではなく、平等と公正と持続可能性を目指した資本主義自体の解体だ。 【コモン】 社会主義のようにあらゆるものの国有化を目指すのではなく、水、電力、住居、医療、教育といったものを公共財として、民主主義的に管理する。そしてコモンの領域を拡大し、地球ごと管理する。 マルクスは研究の中で、資本主義での生産力上昇を追求するのではなく、先に別の経済システム(社会主義)に移行して、そのもとで持続可能な経済成長を求めるべきだと考えた。マルクスは晩年において、生産力至上主義を捨て、脱成長コミュニズムを提唱したのだ。 【加速主義】 生態学的帝国主義に対応するため、人類の技術をより加速させて地球を管理運用しようとする立場がある。これが加速主義だ。人工肉、太陽光エネルギーによるゼロエミッション、テラフォーミングによるレアメタル採掘などが手段として挙げられる。しかし、加速主義は世界の貧困を救うためにさらなる成長を求め、化石燃料を他のエネルギー源で代替することを目指し、地球からの収奪を招く。 また、加速主義は、知識を独占する一握りの専門家と政治家だけが政策に携わることを許し、市井の人々の労働に対する主体性を低下させ、一部の人々が有利になるような解決策が一方的に上から導入される可能性を生む。 必要なものは、人々が自治管理の能力を発展させることができるような「開放的技術」だ。 【欠乏の資本主義、潤沢なコミュニズム】 欠乏を満たしてくれるものが資本主義だと思われていたが、実は資本主義こそが欠乏を生むシステムである。 16世紀のイングランドでは、土地や水といったコモンズは潤沢であったが、囲い込み後の私的所有性は、土地に利用料を課し、水力の代わりに独占可能な石炭へとエネルギー源を移行することで、希少性を人工的に生み出した。 コモンズという公富に希少性を付加することで、それを私財に変え、「商品価値」をつけたところから資本主義が始まる。しかしこれは公富そのもの(言い換えれば使用価値)を減らす行為であった。 希少性を維持・増大することで、資本は利潤を上げていく。そのことは99%の私達にとっては欠乏の永続化を意味する。 コモンズ、ワーカーズコープによる、エネルギーや生産手段の公有化により、消費主義・物質主義から離脱した「ラディカルな潤沢さ」を再建するべきだ。無限の経済成長を断念し、自己抑制をすることこそが、脱成長と幸福につながる。 生産の場における労働者の自治を重視し、「参加型社会主義」を目指すべきである。必要なのは、市民の自治と相互扶助の力を草の根から養うことだ。 【私達がなすべきこと】 1 使用価値経済への転換 →生産の目的を商品としての「価値」ではなく、「使用価値」にし、生産を社会的な計画のもとに置く 2 労働時間の短縮 3 画一的な分業の禁止 →労働を魅力的にする。人々が多種多様な労働に従事できる生産現場の設計が望ましい。 4 生産過程の民主化 →生産をする際にどのような技術を開発し、どういった使い方をするのかについて、より開かれた形での民主的な話し合いによって決めようとする。 5 エッセンシャル・ワークの重視 →使用価値が高い、社会に必要な仕事を重視する。 これらの結果として、経済の減速が起こる。 国家の力を前提にしながらも、コモンの領域を広げていくことによって、民主主義を議会の外に広げ、生産の次元へと拡張していく必要がある。大切なのは信頼と相互扶助だ。 感想 人新世の「資本論」を読んで 本書の内容を一言で表すと、「現在の環境問題や格差問題を生んでいるのは資本主義の特性によるものだから、解決のためには資本主義そのものを壊すしかない」ということである。 以下、筆者の主張をおおまかにまとめてみた。 ①気候変動対策と経済成長の同時達成は不可能 気候変動対策として挙げられる方策のうち、最も有名なのはSDGsであるが、これは延命措置にすぎない。 SDGsは環境の改善を新たな経済成長分野に位置づけることで、経済発展と環境保全を同時に達成する試みであり、新技術やエコエネルギー(太陽光発電、電気自動車、自動運転、培養肉、IoT等)へのシフトにより、持続可能な社会を目指していく。 しかし、筆者から言わせれば、経済成長と環境維持の両取りは不可能である。 太陽光パネルを例に取ってみよう。パネルにはコバルト、マンガン、ニッケルなどのレアメタルが含まれているが、それを採取するのは中国やアフリカの鉱山地域であり、そこでは現地労働力の搾取が発生している。また、レアメタルは精錬の過程で大量の水が必要になるため、地下水のくみ上げ過ぎによる枯渇が起こっている。 結局のところ、新素材や新技術を採用しようとも、別資源の新たな収奪を生むだけなのだ。 ②資本主義は環境破壊の外部化と転嫁により成り立ってきたシステム そもそも、資本主義自体が「中心」が「周辺」を収奪し環境問題を押し付けることで発展してきたメカニズムである。 18世紀の産業革命から始まった資本主義は、囲い込みによる入会地の私有地化が原因であるとされる。もともとはコモンであった土地を私有地化し、労働者を都市に追いやったことで、産業革命に必要な労働力の増加につながった。 資本主義における生産の拡大と需要の創出は、搾取する側とされる側の存在が不可欠であったが、これは労働力の収奪だけでなく、穀物や石炭といった「資源」も収奪の対象になったのである。 そして、21世紀のグローバル時代においても同様のことが先進国―途上国間で発生し、世界が均一に結びつくことで世界規模の収奪が起こっている。 ③持続可能な未来のためには、資本主義を辞めコモンの領域を広げることが必要 しかし、地球が抱える資源には限りがある。産業革命以降進んできた資本主義によって、地球環境は後戻りできないほど悪化してしまった。 各国の経済学者とグローバルリーダーは経済成長下での持続可能性にフォーカスを当てているが、これ以上は地球が持たない。資本主義というシステムの中では、環境破壊を止めることは不可能である。 もはやこれを解決するには資本主義を辞めるしかない。ワーカーズコープ等によるエネルギーや生産手段の公有化を通じて、限りある資源に希少性を付与することを防ぎ、消費主義・物質主義から離脱した「ラディカルな潤沢さ」を再建するしか道はない。ラディカルな潤沢さを追求することで経済成長の鈍化が起こり、現在の環境をある程度保ったまま地球と共存することが可能になるからだ。 そして、これは決して文明の利器を放棄し、原始時代まで戻ることを意味しない。 成長の鈍化により消費の減少が起こることで、「使用価値」の追及から物そのものの「価値」に重きを置くようになる。無駄な生産を止めエッセンシャルな要素を追求する価値観が生まれ、労働時間が減少する。 生産の場においては労働者の自治が重視され、「参加型社会主義」という新たな社会形態に移行する。 資本主義を捨てることで、人間らしい幸福な生活を目指すことにつながるのだ。
1投稿日: 2020.10.17
powered by ブクログ冒頭にSDGsへの批判があって、自分も違和感があったのでなるほどという感じだった。気候変動などの危機を社会は認知していて、何か対策を打っていかないと企業としてもまずい。それでSDGsを掲げて活動しているわけだが、根本的な解決には到らない。。 資本主義であるかぎり自然や人からの収奪は止まらない。本当にいま、身近なレベルでも影響が出てきてるように感じている。 毎年のような自然災害(やたら日々の気温が上下したりとか小さいこと含め)、どんどんアウトソーシングされる仕事(効率化のために、と間接業務の切り出しやオフショアニアショアを推進って…切り出された方にとってもハッピーなのか??という違和感)、これらは資本主義であるかぎり止まらないということは本書を読んで納得できた。 これからどうするか、、という部分は難しく、必ずしも同意はできなかったが、これからも考えていきたい。
0投稿日: 2020.10.17
powered by ブクログ図書館で借りて読み終えた。 考えた。 どこまでも貧しく不合理なのが資本主義だとは思っていたが、気候変動を止めるには資本主義システムとはっきり決別しなければならないことがよくわかった。 考えた。 もっと勉強しよう。急いで。 この本を買うことに決めた。
1投稿日: 2020.10.16
powered by ブクログ成長神話から逃れられない資本主義のままでは温暖化、環境破壊は止められない。かといって経済と環境保護の両立を目指す気候ケインズ主義にも限界がある。地球と人類が生き残る鍵はマルクスの晩年の思想から読み取れる脱成長コミュニズムしかない・・・ 資本主義に包摂されて「この道しかない」と敷かれたレールの上で走り続けて到達した社会は想像を絶する格差社会。地球に残された寿命はますます残り少なくなっている現状を見ると確かに根本的な思考回路の軌道修正が必要な時期になっているのかもしれません。3.5%の人が動き出すと社会は変わるそうな。それぞれの立場で何ができるか真剣に検討するときの参考になります。おすすめ。
0投稿日: 2020.10.10
powered by ブクログいやあ、おもしろかった。途中からワクワクしながら読んだ。マルクスが晩年にどんなことまで考えていたのかがわかった。そこがまずおもしろい。そして、いま具体的にどのような動きがあるのかも興味深かった。だいたい文系の著者によって気候変動について書かれたような本では、「地球に優しく」などと書かれることが多いのだろうが、温暖化なんて地球にとっては屁でもないわけで、まあそんな批判的な目で本書を読み始めた。ところが、マルクスの話から脱成長コミュニズムへとどんどん話はおもしろくなっていくわけだ。「貨幣に依存しない領域が拡大することで、人々は労働への恒常的プレッシャーから解放されていく。その分だけ、人々は、より大きな自由時間を手に入れることができる。」もうこのあたりの件は、私自身本当に望ましい生活で、こんな状態が理想である。最終章に向けて具体的な動きも語られており、もうますます期待をよせることができる。さて、自分には何ができるか。ずっと広井良典さんとか佐伯啓思さんとかの本を読んできて、自分の中では「右肩上がり」なんてことばは全く響かなくて、人口は減った方がいいと思っているし、この「脱成長」の気持ちはとってもよく分かる。で、何をするか。まあとりあえずは、こういうものの考え方があることを子どもたちに伝え、あと4年たって定年を迎えたら、貨幣に依存しない、それから、競争とか勝ち負けとか気にしない、そんな生き方ができるといいなあ。そして、もうブルシット・ジョブにはつきあわずに、エッセンシャルワークだけをしていたい。ところで、本書のキーワードをたどっていけば、あきらかに柄谷行人さんと重なっているのだけれど、結局著者はまったくふれていない。これは意識的なものなのだろうか。
0投稿日: 2020.10.05
powered by ブクログ気候変動問題について、「なぜ解決しなければいけないか」という前提から、現在提示されているSDGsなどの取り組みでは根本的な解決には至らないことを丁寧に解説し、そこから解決策として現在の経済システム(資本主義)そのものの問題点へと進んでいきます。 最新のマルクス研究から見えてきた最晩年のマルクスの思想をベースに、「脱成長コミュニズム」という考え方を著者は提示しています。 私自身はこの「脱成長コミュニズム」の価値観に非常に共感・賛同ですが、同時に実現の難しさも感じます。「脱成長コミュニズム」実現には、著者は「使用価値重視への転換」が必要だと書いていますが、どうやってこの「使用価値重視への転換」を実現できるのか。 各地域での取り組みも紹介されていましたが、やはり地域コミュニティをベースとした小さなコミュニティで生きていくことが答えなのだろうか、と思いつつ、インターネットで他のコミュニティの情報にも簡単にアクセスできる現代において、そうした小さなコミュニティは成り立つのか、これから様々な実践として取り組んでいかなければならないのだろうと感じています。
0投稿日: 2020.10.03
powered by ブクログ感想をnoteに書いて拡散してます→ https://twitter.com/lumciningnbdurw/status/1310413293211664384?s=21
1投稿日: 2020.09.28
powered by ブクログ一気に読んだ。経済成長はなくとも豊かな生活を送れる希望が持てる。脱成長を生産の側から考えるところは非常に良かった。日本が隔絶されてる感じが危機感を覚える。行動変容につなげていきたい。
1投稿日: 2020.09.27
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
序文タイトルにあるSDGsは「大衆のアヘン」であるという言葉は、まさに資本が人々を欺き自身の行為を正当化しようとする象徴的な行為を表していると思いました(本書を読んだ翌週にはSDGsに関するオンラインセミナーを主催しているのですが笑)。 さて以前斎藤幸平さんのZoomウェブセミナーに参加したときに日本の緑の党に今後の方針になるものを秋頃に発売するとおっしゃっていましたが、本書はまさに今後の活動指針を策定する上でのバイブルになるものだと言っても過言でもないです。最晩年のマルクス研究の成果を現代に蘇らせ、従来の一般的とされてきたマルクス主義の進歩史観的、生産至上主義的考えを覆し、「脱成長コミュニズム」、「参加型社会主義」というまさにマルクスの復権というような今日の資本主義社会に対して、非常にラディカルで有効な考えを示されています。 こうした考えが徐々に欧州でも「フィアレスシティ」、「ミュニシパリズム」して表見し、市民による政策決定、地域密着型政党の躍進につながっています。こうした動きは今後さらに加速し、グローバル資本や新自由主義的な政府に対抗していく大きな勢力になっていくはずです。 また今盛んに欧州で議論をされているグリーン・ニューディール、本書では気候ケインズ主義と呼ばれている、の欺瞞を暴く議論も大変参考になりました。 本当に示される概念といい、ファクトといい参考になるばかりの本だったので、今後の運動のバイブルとしていきたいです。脱成長コミュニズムの柱の1つとなっている生産過程の民主化は、日本でも復権の動きが出てきてますが、今後ますます声高に叫んでいきたいと思います。地球を破壊し続ける資本主義の異常な収奪、本書でいうところの帝国的生産様式の超克を急ぐ必要があります。残された時間は本当に少ないです。
4投稿日: 2020.09.20
