
総合評価
(320件)| 96 | ||
| 112 | ||
| 67 | ||
| 6 | ||
| 3 |
powered by ブクログロケットストーブなる一見古典的で新しい技術を発見。早速ペール缶をガソリンスタンドでもらって来た。 興味を持ったら、具体的な活動に移して見ることが自分のやり方。 さて、どうなることやら
0投稿日: 2013.09.22
powered by ブクログ201309/ 農林水産業の再生策を語ると、決まって「売れる商品作りをしろ」と言われる。付加価値の高い野菜を作って、高く売ることを求められる。もしくは大規模化をして、より効率よく、大量に生産することを求められる。そこから発想を転換すべきなのだ。これまで捨てられていたものを利用する。不必要な経費、つまりマイナスをプラスに変えることによる再建策もある。/ 「息子やむすめたちに、努力に努力を重ねてふるさとを捨てさせるのは、もうやめにしたい。田舎に残った自分はだめだから、自分のようにならないで欲しいという自己否定は終わりにしたい。そうではない時代が、幕を開けつつあるのだから」/ 今や、ペレットボイラーは、石油を上回るコストパフォーマンスを実現したという。/ 林業の哲学は「利子で生活する」ということ/ 「森林が一年間に成長する量の100%を利用することを目指しているのですよね?しかし、100%を超えてしまったら。つまり、伐採しすぎてしまったら、どうするのですか?」答えは明快だった。「そのような事態が起きてはならない。これを防ぐ最善の方法が、教育なのです。扱っても良い資源量がわかっていれば、資源を維持しようと努力しますから。私たちは、現在の森林の全体量が減ってしまうような伐採は行いません。どうするかというと、森が成長した分だけを切るのです」/ 弁証法的思考を生んだのが、ドイツ語文化圏だ。そこに属するオーストリアで、マネー資本主義的な経済成長と同時に、里山資本主義的な自然エネルギーの利用が追及されていることは、むべなるかなと言える。/ 人類社会学が専門の広井良典・千葉大学教授は、人類は「懐かしい未来」に向かっているのではないかと指摘した。/ 人類は今、懐かしくありつつも、実は新しい未来を切り拓いている最中なのだという。/ 人間の価値は、誰かに「あなたはかけがえのない人だ」と言ってもらえるかどうかで決まる。人との絆を回復することで、そして自分を生かしてくれる自然の恵みとのつながりを回復することで、ようやく「自分は自分でいいんだ、かけがえのない自分なんだ」ということを実感できる。そのとき初めて人は、心の底から子供が欲しいと思うようになる。自分にも子供がいていいのだと思えるようになる。なぜなら子供は、自分と同様に、そこにいるだけでかけがえのない存在だからだ。この自分の幸せを、生きている幸せを、子供にも味わって欲しいと心の底から思うとき、ようやく人は子供を持つ一歩が踏み出せる。/ 男性の平均寿命が一番長いのは長野県だが、ここは高齢者一人当たりの医療費も全国最低水準だ。実際問題として医療費は、小さな病気をするくらいのことでは大して増えない。生きるか死ぬかギリギリな状態で入退院を繰り返すと跳ね上がるのだが、この県では戦後早くから、家庭にまで出向いて食生活など生活習慣の改善を指導し、大きな成人病を防ぐ「予防医療」が取り組まれてきた。加えて、長野県が日本有数の里山の県であるということも無視できないのではないかと筆者は思っている。/ 自分が食べるために畑を耕す高齢者も、その分店で食材を買わなくなるわけだからGDPにはマイナスかもしれないが、土に触れて働くことで元気になり、余った野菜などをおすそ分けすることで回りとの絆が生まれ、というように、やはり金銭換算できない価値の循環がその周りに生まれる。/ 2060年まで半世紀ある。50年という月日は時代が大きく変わるのに十分な時間だ。黒船来航騒動直後の1855年に、1905年に日本ロシアに戦争で勝つことをだれが予想しただろうか。泥沼の戦争に深入りしつつあった1940年に誰が平和な経済大国としてバブルを謳歌する1990の日本を想像できただろうか。工業化の進展の中で海も川も大気も汚染されていた1960年に、空気も澄み多摩川に鮎が遡上するようになった2010年の東京をだれが思い描いただろうか。/
1投稿日: 2013.09.21
powered by ブクログ藻谷氏ほどではないですが、日本全国の地域を訪問させてもらって、「里山資本主義」の観点では中国・四国地方がもっとも進んでいると自分自身も感じています。過疎高齢化がもっとも進行し、47都道府県を挙げていっても最後の方に固まるような地域で何が起こっているのか、もっと多くの人に知ってもらいたいです。 良く言われるのが、「そんなんで暮らしていけるのか?」ということです。「暮らす」という表現には「金を稼いで生活していけるのか?」という意味が含まれています。このことに関しては、藻谷氏も述べているように二項対立の問題ではないと考えています。金を稼ぐ換金できる仕事の割合と、地に足をつけて食べ物やエネルギーを生産する割合のバランスの問題です。いまの社会システムのメインフレームであるマネー資本主義のサブシステムとして、里山資本主義による安心を加えていけば良いのだと思います。 自分自身が割と観察力に優れていて、物事の要点を洞察する癖がある(反面、飽きっぽくて持久力がない)せいか、農業・林業・水産業・古民家再生・炭焼き・鳥獣解体、、ありとあらゆる体験をさせてもらって自給自足レベルならば簡単にできてしまうことも理解できました。そこから換金できるような商品をつくるのが非常に難易度が高いわけで、野菜でも木材でも自分が手をかけたものはとりあえず愛おしい、という実感をいろんな人に持ってほしいですね。 そして、自分の役割としていかにそのハードルを下げていくかを設計して、都市部の閉塞感に包まれている方々に体験してもらうかをコーディネートしていくかを考えています。都会か田舎か、という選択を迫るのではなくて、すでに科学技術の進展による利便性と先人たちの積み上げてきた暮らしのバランスをそれぞれがどこで折り合いをつけていくのか、そういった機会を提供することが自分の仕事なのです。
1投稿日: 2013.09.16
powered by ブクログテレビや新聞、そしてネットでも、「景気がよくなってほしい」、「景気が社会を牽引するんだ」という論調ばかりが目立つ。確かに、経済は社会の基盤だし、何らかの経済システムがなければ社会も成り立たないだろう。だけど、お金のモノサシばかりで測っている今の資本主義って、どうなんだろうか? そう誰もがアタマの片隅では考えているのではないか。 本書は『デフレの正体』の藻谷浩介さんと、NHK広島取材班の共著になっている。副題は、「日本経済は安心の原理で動く」とある。マネー資本主義に問題を提起する一冊だ。 マネー資本主義の前提は、「経済の成長」である。人は誰しも、昨日よりは今日、今日よりは明日、少しでも生活を含めてよくなることを望むものだ。もちろん、それはボク自身だってそうだし、そこに異論はない。だけど、「経済の成長」をGDPだけで計るのか、お金のモノサシだけで計るのか。そこに大きな落とし穴がある。 マネー資本主義に染まりきってしまうと、自分の存在価値は稼いだ金銭の額で決まると思い込む。それどころか、他人の価値までもその稼ぎで判断し始める。お金は何かを買うための手段であって、持ち手の価値を計るモノサシではない。人は誰かに「あなたはかけがえのない人だ」と言ってもらいたいのであり、「何かと交換することや比べることもできない、あなただけの価値を持っている人なんだ」と、認めてもらいたいだけなのだ。 同志社大学教授の浜矩子さんは、「グローバル時代は、強いものしか生き残れない時代だという考え方自体が誤解だ」といった。「われわれはグローバルジャングルに生きているけど、ジャングルの中には強いものしかいないのではない。百獣の王のライオンもいれば、小動物、草木、はてはバクテリアまでいる。強いものは強いものなりに、弱いものは弱いものなりに多様な個性と機能を持ち寄って生態系を支える。これがグローバル時代なのです」と。 藻谷さんは、今日、日本人が享受している経済的な繁栄への執着こそが、日本人の不安の大元だろうとみる。高度経済成長により、お金で何でも変えるようになり、生活も豊かになった。一方で、自然だとか人間関係だとか、そういう金銭換算できないものは置き去りにされた。そういう社会を作り上げてしまった。だから、経済成長が生活を豊かにしたのだと信じている。そこへの執着が、裏を返すと経済成長が停滞することで、日本人が不安を抱える。これが、現状の日本だろうと。だけど、藻谷さんは「日本経済衰退説」は、「みんながそう言っているんだから、そうなんだろう」という以外にハッキリした根拠がない、一種の集団幻想なのだと見ている。 藻谷さんの結論は明確だ。日本で「デフレ」といわれているものの正体は、不動産、車、家電、安価な食品など、主たる顧客層が減り行く現役世代であるような商品の供給過剰を、機械化・自動化されたシステムによる低価格大量生産に慣れきった企業が止められないことによって生じた、「ミクロ経済学上の値崩れ」であると言い切る。その解決は、それぞれの企業が合理的に採算を追求し、需給バランスがまだ崩れていない、コストを価格転嫁できる分野を開拓してシフトしていくことでしか図れない。先進工業国であるドイツや北欧の大企業も、同じような道を進んでいる。要するに、企業による飽和市場からの撤退と、新市場の開拓しか、デフレ脱却はできないという、ごくごく当たり前のことだ。 内需型産業も、同じようにコストを価格転嫁できるだけのブランド力を持つことに注力し、できない分野からは撤退してその市場は輸入品に任せる。ブランド力を持つことができれば、人件費水準をあげていけば、日本経済を維持できるだろうという。そして、経済が循環であるとするなら、高齢富裕者から、女性や若者にお金を回すことが、現実的に考えた「デフレ脱却」の手段だろう。 「少子高齢化」の解析も面白い。「少子高齢化」と一言でくくってしまうが、「少子化」と「高齢化」はまったく別の問題である。藻谷さんは、「少子化」は 日本人と日本企業が、マネー資本主義の未来に対して抱いている漠然とした不安・不信が形として表にでてしまったものではないか。「未来を信じられないこと」が原因で、子孫を残すことを躊躇った、一種の「自傷行為」ではないかと。ボクは、ここまでは思わないけど、「未来を信じられないこと」が経済と関係しているとは思う。未来を信じるからこそ、その未来に向かって成長するというモノサシで計るべきなのだ。
0投稿日: 2013.09.15
powered by ブクログ「マネー資本主義に依存しすぎない、もうひとつのサブシステムを構築する」という目標は非常に興味深いというか、必要だろうと思う。 ただ著者の前作「デフレの正体」のインパクトが強すぎたので今回はさほど印象に残っていないという感じ。
0投稿日: 2013.09.11
powered by ブクログ世界経済の最先端は、これまで辺鄙な田舎と蔑まれてきた里山にあるようです。 中国山地の山間、岡山県真庭市の銘建工業は木質バイオマス発電で、自社で使う全ての電力を賄っています。それだけでなく、ペレットを1kg20円ちょっとで販売、顧客は全国に広がり、一部は韓国にも輸出されています。もちろん、お膝元の真庭市内では一般家庭の暖房やボイラー燃料として急速な広がりを見せています。行政も「バイオマス政策課」を創設して後押ししています。 高齢化率が40%近くにもなる広島県最北部の庄原市に住む和田芳治さん。近所の人が所有していた裏山の一部、1ヘクタールを9万円で買い取りました。山の木を燃料にしたエコストーブで暖房や煮炊きの調理に使います。原価ゼロ円の暮らしを追求し、そうした暮らしを広める活動をしているといいます。 大手電力会社を退職して山口県南東部、瀬戸内海に浮かぶ周防大島でジャムづくりをしているのは松嶋匡史さん。フランスのおしゃれなカフェを連想させる建物で、地元で取れた果物を使ってジャムを手作りして島外からお客さんを呼び込んでいます。地元の果物はこれまで1kg10円で買い叩かれていましたが、松嶋さんは100円で買っているそうです。 本書にはこのほかにも、「里山」で奮闘する人たちを大勢取り上げています。中には、世界中から視察が絶えない事例もあります。何より目を見張るのは、その誰もが生活を楽しんでいること。本書で取り上げられる里山は、確かに高齢化が進み、都会のような便利さとは程遠いですが、希望に満ち溢れています。もちろん、里山暮らしゆえの困難はあるでしょうが、豊かな暮らしがそこにはあります。 タイトルにもなっている「里山資本主義」とは、お金の循環がすべてを決する前提で構築された「マネー資本主義」に異を唱え、何かの問題でお金が滞っても、水と食料と燃料が手に入る仕組みのことです。バブル期までなら一笑に付されていた考え方かもしれません。しかし、東日本大震災が起きて、状況は一変しました。 とはいえ、本書は江戸時代以前の農村のような自給自足の暮らしに現代人の生活を戻せなどと言う極端なことを唱えているわけではありません。「マネー資本主義」の経済システムの横に、「里山資本主義」によるサブシステムを再構築しようと主張しています。その一部は都会でも実践可能です。よく農村と都会を対立する概念として捉える議論がありますが、その意味で本書は一線を画しています。 地方に住む人には勇気を与えるでしょう。私も我が国が本書が主張する方向に舵を切ればと念願してやみません。一ファンの内田樹さんも、方々で同様の主張を展開しており(本書でも言及されています)、個人的には意を強くしたところです。 心強いのは今、まだ一部ではありますが、有能な若者が地方志向を強めている現実があることです。私より上の世代は、温度差はありますが、経済至上主義に囚われ、それ以外に豊かさを享受する仕組みにはなかなか想像が及ばないのですが、一部の若者はその軛を逃れ、自由に発想します。 里山から始まる未来が、本当に楽しみです。
0投稿日: 2013.09.08
powered by ブクログ今のマネー資本主義の世の中の物差しでしか見てこれなかった自分に、新しい視座をもたらしてくれた、里山資本主義。非電化工房主宰、那須在住藤村靖之氏の主張の中国地方版というべき取り組み、とも受け取った。個人的には、子育ても並行しているなか、自分のあり方も含め、何を次世代に伝えていけば良いかを模索していたのだが、霧が晴れてきた思いである。グローバル人材たるべく世界に目を向けよう!など背伸びした主張もいいが、身の回りのものの真の価値を見出だしそれを起点に助け合いながら楽しく暮らしていこう!という地に足のついた考え方の実践の方が肩肘張らず良いと感じた。
0投稿日: 2013.09.08
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
里山の再生を経済的な側面から検証した経済論。内田樹、平川克美などが唱えている均衡縮小経済下における相互補助が可能なコミュニティづくりと同様の内容だが、具体的に実際の産業ベースでその可能性を紹介している。中国山地においては製材業をバイオマス発電とリンクすることで復活させ、オーストリアのギュッシングではやはり木質バイオマス発電によるコジェネレーションを実現して最貧村から企業が電力を求めてやってくるほどの成功を収めた(ちなみにオーストリアの1人あたり GDPが日本より上位だとは知らなかった)。こうした事例をみると日本の過疎地にもまだまだ可能性は残されているように思う。しかし自分自身を振り返ってみると、東京の自宅はもちろん、実家に戻っても中途半端な市街地に過ぎず、いわゆる「手を付けていなかった自然」という可能性が皆無なので、どこか新しい土地を見つけなくてはこうしたことが出来ない。なかなかハードルが高いなぁと感じつつ、こうした流れは無視できないようになってきている。
0投稿日: 2013.08.31
powered by ブクログデフレの正体の著者が書いた本で、日本の林業、農業の再生とスローライフの融合により新しい価値観を持った生き方を提唱しており、すごく面白かった。里山に住んで人生をエンジョイしたいと思う一冊
0投稿日: 2013.08.27
powered by ブクログ20130825 これからの日本の進むべき方向を示唆する内容。昔に戻るのでは無くて先に進む事。どの世代でも出来る事から始められるのがポイント。待っていてはダメ。行動しよう。と、いう気になる本。
0投稿日: 2013.08.25
powered by ブクログ南の島に行った時に良く見るメンテナンスできない高級車を持て余す姿、錆でぼろぼろになった鉄でできた家屋。方や椰子の木などで自ら作った高床式の清潔な家。中途半端に資本主義経済に巻き込まれたところは、非常に貧しくなっているように見える矛盾が不思議でした。これは極端か。故郷の田舎の寂れた姿や地方のやるせない感じ。自然は豊か、人もいるのに、何故? この本を読んで少し紐解けてきたような気がします。また、これからのやることのヒントにつながる思いです。 矛盾を噴出させながらもグローバルで進行するマネー資本主義はまだまだ変わりそうもありません。そんな中でも、矛盾に巻き込まれて幸せを失うことの無いようにするための考え方が、エネルギー、自給食料、コミュニティーを中心に書かれています。直近ではすぐに置き換えることはできなくとも、サブシステムだったりバックアップといった補完する仕組みとしてつくるといった考え方もしっくりきます。 首都圏だけではなく、地方に生きる自分のような人間にも大いにヒントになる良書。いろいろアイデアを出してみよう!
0投稿日: 2013.08.22
powered by ブクログ興味深い様々な人々の営みが紹介され、面白い内容だった。藻谷氏と取材班が、日本の中に見出した人々の価値観の変化の潮流は、未来の日本において大河になるのだろうか。読みながらずっとその疑問が頭を去らなかった。おそらく私が彼らが提示した価値観を受け入れ難く感じているからなのだろう。
0投稿日: 2013.08.20
powered by ブクログ日本人の誰もが心の奥底で感じ始めている事。 グローバル化した日本を支える政治経済システムの機能不全。そして近い将来それらシステムの崩壊が近いということ。しかし新しい時代を担うシステムは未だカタチになっていないという一抹の不安。 いずれ崩壊は誰にも判りやすいカタチで現れてくるだろう。金融資本主義は既に瓦解し始めており、崩壊後、それに代わる新しいシステムの覇権を得ようと蠢くグローバル企業とそれを影から支える支配層の思惑を強く感じる。 そんな情勢下で、この本で描かれている事は、これからの時代を生き抜く際の一助となりうる可能性を秘めている。 マネー資本主義に代わるリスクマネジメントをお求めの諸氏には是非お読み戴きたい。そして何かを感じたら則実行(笑)。特に都市部にお住まいの場合には。 しかるにその場合、原発の周辺、風下に当たる場所を避けた立地から探すのが基本。
1投稿日: 2013.08.17
powered by ブクログ寒河江の鈴木さんが購入していたので、私も買ってみた。事例集のように見えるのだが、藻谷さんの考察がどの程度に及んでいるのか、電車で読むにはちょうどいいかも。 読了。木材の再利用や自給的経済圏の成立など、アイデアとしておもしろいところはいっぱいあった。 ただ、定年帰農にずいぶん期待しているが、本当に彼らは救世主だろうか。20年延命することで日本の農業が良くなるのか、ちょっと断言する気にはなれない。 また、経済規模を縮小することが、果たしてオルタナティブとしての解決策になるんだろうか。これは甚だ疑問。 でも、里山の生活は、羨ましいねえ。
0投稿日: 2013.08.16
powered by ブクログ藻谷浩介氏の前著『デフレの正体』から3年ぶりの新著。 といっても単独でなく NHK広島放送局の2人のディレクターとの共著。 書名の「里山資本主義」はNHKディレクターの 井上氏のネーミングだが、 藻谷氏のアベノミクス批判が秀逸。 公共投資へのばらまきで金融市場と輸出企業の 市場価値が上がってもなにか変だぞと感じている 正体不明の気味悪さ。 その幽霊の実像が見えた感じ。 アベノミクスの行く末、とくに第二のギリシア状態になったときに 日本経済を救うサブシステムとしての里山資源。 国土の7割を占める山林や 棚田や山畑、さらに沿岸の魚介、 さらにそれらの景観などが含まれるが それらを活性化させるキーワードは「おもしろいから」。 この辺がなんとも単純明快でいい。 もっともマクロ経済的には歯牙にもかけないということなのかもしれないが、 雲をつかむ話よりも、 目に見える地域のネットワークから何ができるかを必死に探求している者にとってはおおいに示唆に富んでいる。
1投稿日: 2013.08.06
powered by ブクログ副作用もなしにできるなら他の誰かがとうにやっている、ということは認識しておいた方がいい。って言葉がp255に出てくるんだけど、これがひどく残念。新しいコンセプトを紹介する形の本で従来のやり方を批判する際にこのロジックを出してはいけない。ブーメラン。フィールドスタディは素晴らしいし、トレンドをつかんでいる。データも適切で、特に地域社会における収支の分析からの地域経済におけるバイオマスエネルギーへの期待は読みごたえがある。一方でマネー資本主義とラベルをつけてのグローバル経済への批判は控え目に言ってもレベルが低い。新書の限界かもね。そこは読み飛ばしていいような気もします。まとめとして僕が感じたのは、人口が減るのは長期的にはいいこと。なぜなら持続的な生活をするならば中沢新一の贈与経済圏に戻らなければならないから。短期的には限界集落とか、耕作放棄地においてはこのようなことが起こる。その際、短期的には木材をコンクリートの代替にする工法が法的に保護されるかが大きい。そうすると、地方のデパート位は木造で行けるかも。
0投稿日: 2013.08.04
powered by ブクログ田舎暮らしを勧める本はあまたあれど、資本主義(産業)として成り立つ田舎暮らしを紹介している希有な本。 著者はエコノミストの藻谷浩介とNHK広島。NHK執筆部分は実にNHKっぽく、独特の読みにくさがある。ヒューマンドラマいい人いい話にもっていこうとする傾向。エコノミスト執筆部分は数字や金の話が「ちゃんと成り立つのか?」「成り立つというそのロジックは?」がちゃんと書いてあるので、ビジネスマンとしてはこちらの方が読みやすい。 それでよく分かったのが、マクロでは、木質バイオマス(木材を熱エネルギー源として利用する)は十分産業として成り立つし、逆にそれゆえにそれなりの資本投下が必要ということ。 他方、ミクロでは、「田舎暮らし」という言葉でイメージされる晴耕雨読/自給自足/物々交換が年金という安定した現金収入前提でしか成り立たないところにも「地域通貨」「生きがい」という観点から事例を見つけてきたり、大小様々なレベルで全体として面白い。
0投稿日: 2013.07.29
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
藻谷氏と言えば、人口動態に着目して日本経済の構造分析をした 『デフレの正体』が有名です。その藻谷氏の、3年ぶりの書き下ろ しとなる本書が、何故、「里山」なのか。そもそも「里山資本主義」 という聞き慣れない言葉は何なのか。俄然、興味が高まります。 「里山」は、「奥山」に対する言葉で、文字通り里に近い山です。 農山村にとって、里山はまず何よりも薪炭林でした。昭和30年代に 「エネルギー革命」が起きてプロパンや石油に置き換わる前、農山 村における煮炊きや暖房のエネルギー源は、山から切ってくる薪で あり、木炭でした。その里山も、エネルギー革命後は、無用の雑木 山となります。同時に、里山を舞台にした人と人、人と自然との交 流もなくなっていきます。里山が経済的価値を失う過程は、人と人、 人と自然との関係が失われていく過程でもありました。 農山村においてすら「関係の解体」が進んでいった果てに何が起き たか。お金に最大の価値を起き、お金で何でも済まそうとする「マ ネー資本主義」の台頭です。しかし、「マネー資本主義」は、人を 幸せにしません。お金で何でも買えるならば、かけがえのない存在 (文字通りPricelessなもの)がなくなってしまうからです。そして、 自分のことすらかけがえのない存在であると思えなくなり、存在の 不安を抱えることになります。 そうなると、人は、自暴自棄で刹那的な行動に走ったり、他人に対 する攻撃的な行動に身を任せたりしがちです。すなわち、マネー資 本主義の行き着く先は、不安を抱えた個人によって構成される攻撃 的で不安定な社会なのです。 そのマネー資本主義に対するアンチテーゼとして著者達が掲げるの が「里山資本主義」です。それは、マネー資本主義の下では経済的 価値がないとされてきたものの価値を再発見し、お金による交換に 替えて物々交換を行い、規模を追わず、地域で完結できることは完 結する、そういう経済のあり方です。それをマネー資本主義に対す るバックアップ、或いは保険として、社会の中に組み込んでいく。 そうすることで、マネー資本主義の毒を中和しつつ、マネー資本主 義と里山資本主義のせめぎ合いの中から、新しいシステムを生み出 していく。それが本書の提唱する世直し戦略です。 要は、買って済ますのでも、行政任せにするのでもなく、作れるも のは作って済まし、もらえるものはもらって済まし(でもお返しが 必要です)、できるだけお金に頼らず生きてみようじゃないか、と いうことだと思います。そうすることで思いがけず楽しい人生が送 れるし、人や自然とつながり直すことで、かけがえのない自分を確 認することもできる。実際、そうやって生き始めている人達が全国 にはいっぱいいるのだということを、本書は教えてくれます。 自民の大勝で、マネー資本主義が力を増していきそうな予感がする 今こそ読んで頂きたい一冊です。 ===================================================== ▽ 心に残った文章達(本書からの引用文) ===================================================== 「金を稼ぐという話になると、どうしても都会には勝てない。でも、 金を使わなくても豊かな暮しができるとなると、里山のほうが、地 方のほうが面白いのではないかと私達は思っています」 「木材は、投資は少なくてすむ一方、地域に多くの雇用が発生する、 経済的にもとても優れた資源なのです」 「里山資本主義」とは、お金の循環がすべてを決するという前提で 構築された「マネー資本主義」の経済システムの横に、こっそりと、 お金に依存しないサブシステムを構築しておこうという考え方だ。 持つべきものはお金ではなく、第一に人との絆だ。 持つべきものの第二は、自然とのつながりだ。失ったつながりを取 り戻すことだ。自分の身の回りに自分を生かしてくれるだけの自然 の恵みがあるという実感を持つことで、お金しか頼るものがなかっ た人々の不安はいつのまにかぐっと軽くなっている。 「我々にできることは何なんだろう、とこの島に来てから考えるよ うになりました。単純に自分のところの利益を最大化するのはいい 話ではなくて、地域全体が最適化されることで、自分たちにも利益 がまわってくるのです。だからこそ、地域をまず改善していく取り 組みをしたいと考えています」 「東京かなんかだと、政府が悪いとか、何か絶対助けてもらわなけ れば困るとかいうけれど、僕らはそうではない。僕らが田舎の手間 返しと呼ぶものは、お金じゃなくて人間の力。僕ができることをし て、隣でしてあげて、僕ができないことを隣がしてくれる。僕が作 れない時間を作ってくれる。僕が作れん時間を作ってもらったら、 僕は手間で、またそれを返す」 戦後の日本人が享受してきた経済的な繁栄は、別段失われていない し、事実をしっかり認識し、ゆっくり落ち着いて適切に対処する限 り、今後とも失われない。さらにいえば、仮に今のマネー資本主義 的な繁栄がゆっくりと弱まって行くようなことがあったとしても、 里山資本主義的な要素を少しずつ取り入れて行けば、生活上はそん なに困ることもない。 「日本全体が成長していれば個別の問題も自動的に解決に向かう」 というようなこともありえない。 複雑で巨大な一つの体系に依存すればするほど内心高まっていくシ ステム崩壊への不安を、癒すことができるのは、別体系として存在 する保険だけであり、そして里山資本主義はマネー資本主義の世界 における究極の保険なのだ。 正に保険とは安心を買う商品であり、里山資本主義とは己の行動に よって安心を作り出す実践なのである。 里山資本主義は、大都市圏住民が水と食料と燃料の確保に関して抱 かざるを得ない原初的な不安を和らげる。それだけでなく里山資本 主義は、人間らしい暮らしを営める場を、子どもを持つ年代の夫婦 に提供する。 人間の価値は、誰かに「あなたはかけがえのない人だ」と言っても らえるかどうかで決まる。人との絆を回復することで、そして自分 を生かしてくれる自然の恵みとのつながりを回復することで、よう やく「自分は自分でいいんだ、かけがえのない自分なんだ」という ことを実感できる。そのとき初めて人は、心の底から子どもが欲し いと思うようになる。自分にも子どもがいていいのだと思えるよう になる。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ●[2]編集後記 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ この日曜日は、住んでいる街のお祭りでした。三月に今の街に越し てきてから初めての本格的なお祭りだったのですが、お囃子の太鼓 が鳴り始めたのが朝の6時。それから街を山車と神輿で練り歩き、 最終的に神輿が宮入りして祭りが終わったのが、何と夜の8時です。 消防団はお祭りの警備に駆り出されたので、炎天下、最初から最後 まで交通整理をして過ごしました。おかげで自分の娘が太鼓を叩く 姿をまともに見ることもできず、ただひたすら交通整理の一日。 消防団員は辛いですw。 しかし、一日、祭りを間近で観察できたので、なかなか興味深かっ たです。何より感心したのは、「お祭り男」達の存在。ほんと、祭 りになると俄然張り切る人達がいるんですね。普段、何やってる人 なのかよくわからないw。でも、町会議員よりも自治会長よりも、 誰よりも威張って、現場を仕切っているのです。まさに無礼講です。 そういうお祭り男だけでなく、お囃子の太鼓を叩く少女達も、神輿 を担ぐ男達も、みんなとても光り輝いていました。祭りに参加する 男女は、その時だけ、特別な存在になるのですね。何をしている人 かとか、どんな身分の人かに関係なく、普通の人が輝ける場所があるというの は素晴らしいことだと思いました。
1投稿日: 2013.07.23
powered by ブクロググローバリズム、マネー資本主義から来る大きな不安を解消するためのオルナタティブな動きを中国地方の山間地の事例をもとに紹介。与党の長期政権が予測される中、これからの日本を考えていくうえで健全な批判精神を持つことが重要と感じました。とても希望に満ちた本です。
0投稿日: 2013.07.22
powered by ブクログデフレの正体が分かりやすかったので、藻谷氏の本を購入してみました。 マネー資本主義とは一線を引いて、地方の魅力に迫った本。中国地方の岡山県真庭市は木材バイオマスを使った自然エネルギー発電によって町の電力の10パーセントを賄う。それは、自動車産業のように、幅広い雇用も生み出す。 オーストリアの世界のバイオマス発電の事例も含めて、地方にはこんなに、魅力的な資源があるのだと思わせてくれます。しかも、オーストリアは国民一人あたりの所得がトップクラスと言う。当然、豊富な森林資源を持つ日本ともダブル。 ものが溢れる都市部よりも、何もないからこそ工夫する地方の方が日本の1歩も2歩も先を行っている現実。普段の生活でも、例えば、お金を出してコンビニで買うよりも自分で手間隙をかけた方が料理なんかも美味しかったりする。それは、本当にお金をかけるに値するか、もう一度考えてみたくなる本でした。
0投稿日: 2013.07.17
