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総合評価

889件)
4.3
385
286
129
14
0
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    この小説の中に、二つのねじれがテーマとして描かれているように思われる。 一つは、信仰を貫くが故に外型的に棄教する、ということが許されるのか?という問題。要は信仰とはどこまで信仰で、宗教とはどこまで宗教なのか?というような境界線についての問題だ。そして、その背景としてこの小説の主題になっている「神の沈黙」という命題がある。 二つ目は、西洋の産物が日本に入ってくる時に中身が骨抜きになって日本化してしまう、という問題。日本と西洋の文化的断絶という主題であって、映画を観たときにも感じたけれど、日本という国がキリスト教に対して取った態度を通して日本文化の本質を探ろうとするという、この小説の「日本文化論」のような側面である。 こういう個人の問題と全体の問題の2つの要素が綺麗に共存するような小説というのは他に見たことがない。そういう意味で傑作だと感じる。

    2
    投稿日: 2021.08.11
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    このレビューはネタバレを含みます。

    凄まじい小説。キリスト教徒では無い自分が、外から見ていて昔から疑問だった点、どうにも理解できない点が、ロドリゴ司祭の目を通して、あるいは、鳥瞰的にロドリゴ司祭を見つめることで、一つ一つ整理されていった気がした。 キリスト教に深い造形がある遠藤周作が、自ら通ってきた道を織り込んでいるからこそ、この凄味が感じられるのではないか。 自分は信仰にこれほど熱意は持っていないが、何かしらの信条をここまで深く考えて貫くことが出来るのかと考えさせられた。 自己犠牲などを軽く飛び越え、他者の落命が自分の強い信仰によって引き起こされる苦悶は計り知れない。 ロドリゴ司祭とあの人は、踏み絵の前は絶対的な支配者と服従者であるが、踏絵後には、あの人を決して裏切っていない、あの人を別の形で愛していると言い切っている。ロドリゴ司祭の中での信仰の形の変容がどの様に帰結したのか、初読では残念ながら消化できなかった。何度か読み返してじっくり考えたい。

    0
    投稿日: 2021.07.04
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    このレビューはネタバレを含みます。

    信仰とは何かを考えさせられる作品。なぜ神は沈黙しているのか。少しちがうのかもしれないが、わたしもキリスト教の授業を受けた時、なぜイエスはあのような悲惨な最期を迎えなければならなかったのだろうと思ったことを思い出した。 キリシタンの迫害は実際にあったこと。拷問にかけられたキリシタンたちは、助けてくれない神を恨んだのだろうか…

    7
    投稿日: 2021.06.27
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    苛烈なキリシタン迫害と、近世日本人にとってのキリスト教における神を描いた、遠い昔の作品かと思ったけれど、案外現代の日本人の精神性とも繋がっているのかもしれない。

    1
    投稿日: 2021.06.14
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    近代小説の中で一番ハマったかもしれない。 踏絵、島原の乱、キリスト教の禁制。 ただの知識でしかなく、その当時の人の気持ちを想像するなんてことは まったくなかった。 しかし、この司祭の葛藤… 信じているはずの神は沈黙を貫く。 よかれと思って続けていることが人々を苦しめる。 ただ苦しめるだけでなく、死にまで至らせる。 自分が信じてきた神は何だったのかが猜疑心に囚われる。 結局神とは自分の好意でしか表出されないものなのかもしれない。 背教したことにはなったが、本当の意味で神を自分の心の中に見出すことができた。 にしてもこんなにキリスト教への弾圧がすごかったとは驚きだ。 それほどキリスト教は幕府にとって都合が良くなったんだなと改めて実感。 小説の話としても面白かったし、自分の歴史観にも厚みを加えることができた。

    2
    投稿日: 2021.06.13
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    「圧巻」の一言です。 島原の乱直後のキリシタン禁制が最も過激だった日本へ潜伏した外国人司祭の話です。神の存在や背教の心理、西洋と日本の思想的断絶などをテーマにしています。なぜ神は沈黙を続けるのか根源的で永遠の謎に一つの解釈をとなえた作品です。 こんなん人生観揺らぐわ。 今まで人生において当たり前だと思っていた物を根こそぎ否定され、その価値観を真逆のものえと矯正されるそんな絶望を宗教観が薄い日本人にここまで考えさせられる文章力はただただ圧巻だった。 「拷問なんて怖くない!華々しく殉教してやる!」みたいに息を巻いていた若き司祭が実際に捕縛され処刑される順番が次第にジリジリと近づいてくる、そういった緊張感を文字だけで痛い程リアルに表してくれる。 雑談の合間に斬首された信者を見て(殉教とはこうも呆気ないものなのか、なぜ神はあなたの信者が殺されているのにも関わらず沈黙を貫いているんだ​──) あと、なぜ日本に特定の宗教が深く根付かないのかも著者ならではの目線で描かれてる。そりゃそうだ。と思える内容だった。 他の作品も読んでみたいです。

    2
    投稿日: 2021.06.06
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    時代や環境が違うところで同じ宗教がどう扱われるか、その差異が衝撃的だった。自分は無信者だが、神の存在というテーマは心に重く響いたし、その神を巡って今でも命を落としたり、追われたりしている人がいることを思うと恐ろしくなった。読んでよかった。

    2
    投稿日: 2021.05.28
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    学校の課題図書として学生時代に読んだが、宗教とは、それぞれの人の心を写す鏡だと感じた作品。救いにもなるし、泥沼にもなる。

    2
    投稿日: 2021.05.25
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    シトシトと降る雨に体が濡れ、体温が奪われていくような…そんな気持ちで読み進めました。心にズシン、とくる物語でした。読み終えて本を閉じたとき目に入る、「沈黙」というタイトルと、雲の切れ間から差し込む光の装丁がなんとも言えませんね。人に勧めはしないし再読もなかなか出来そうにないけれど…自分の心の底にずっと居座り続ける名作です。

    1
    投稿日: 2021.05.23
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    信仰とはその人だけのものである。満員電車の中で読んでいて1人唸ってしまった。それくらいズシンと来る小説だった。

    0
    投稿日: 2021.05.18
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    いまの世の中があるのに感謝する。。。 今をここまで平和に生きさせてくれている上で こういう過去の存在を周知しておくのは 強く生き抜くためにとても重要だと思う。 なぜ、こげん世の中に生まれあわせたか という本文中のセリフ。。 まあ胸に突き刺さる。。。。 本のセリフであることに安堵してしまうくらい。 タイムスリップできたとして これを面と面向かって言われたらどうしようもない醜さから多分気絶する。 読み終えた頃には 前向きに、とか明るく、とか楽しくとか そんな綺麗事ではないけれど 恵まれた現代で懸命に生きていこうと思えるはずです。。

    0
    投稿日: 2021.05.16
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    このレビューはネタバレを含みます。

    R2.9.16~R2.10.31 (あらすじ) 島原の乱が鎮圧されて間もないころ、キリシタン禁制のあくまで厳しい日本に潜入しtポルトガル人司祭ロドリゴは、日本人信徒たちに加えられる残忍な拷問と悲惨な殉教のうめき声に接して苦悩し、ついに背教の淵にたたされる……。神の存在、背教の心理、西洋と日本の思想的断絶など、キリスト信仰の根源的な問題を衝き、<神の沈黙>という永遠の主題に切実な問いを投げかける書下ろし長編。 (感想) 上のあらすじ、本の裏表紙そのままなわけですが、そこに書かれていることが全てです。(笑) 大変面白かったわりに、読むのに時間がかかったな…。 ・隠れキリシタンの祈りの本質に踏み込んだシーンは割と衝撃。なるほど知らなかった…。日本のキリシタンってそう解釈できるのか…。 ・この物語、史実をもとに登場人物の名前やら地名やらいくぶん脚色しているようですが、せっかくなら調べた通りにしたらいいのにな、と思った。まあ、物語をある程度脚色したかったからでしょうけれど。 ・最後の「切支丹屋敷役人日記」、が読めない。。。  誰か訳して…。

    0
    投稿日: 2021.05.12
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    このレビューはネタバレを含みます。

    10年前に読んだきりなのに未だにトラウマの本。 キチジローは私だ、私だ…と自分の醜さを突きつけられながら読んだ。 後に遠藤周作自身が「キチジローは私だ」と書いているのを目にし、少しほっとしたことを覚えている。そう感じてもいいんだと。 最後の「神は共に苦しみながら隣にいる」との結論に、そうか、これが作者のたどり着いた信仰の答えなんだなと思った。

    0
    投稿日: 2021.05.09
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    このレビューはネタバレを含みます。

    うーん、難しい。 この国の人たちは、キリスト教を真に理解せず、苦しい世の中を生きるために利用しただけに過ぎなかったのかな……と、思ってしまった。

    0
    投稿日: 2021.05.05
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    信仰とは何か 神とは何か 正義とは何か キリスト教弾圧が行われた江戸時代に、異国の地ポルトガルから来た宣教師の物語を通して深く考えさせられる良著。 長崎には隠れキリシタンがいた、踏み絵が行われていた、今でもキリスト教信者が多い、と漠然と学んでいたものの、その背景や重みへ想像力を働かせることを行っていなかったと気付かされる。 自らの信仰を禁止されることの壮絶さや、苦しみの中で自分が信じるものを信仰できなくなる様は、物語を通して重く心に響いてくる。 結局のところ、信仰とは何か、神とは何か、信ずるものに委ねらる所ではあるのだろうが、多様性が叫ばれる昨今だからこそ、自分とは異なる考えを持つものへも想像力をもって接することが大切だと感じた。

    2
    投稿日: 2021.04.18
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    このレビューはネタバレを含みます。

    神の沈黙に深く切り込んだ作品でした。私には信仰しているものはありませんが、主人公の信仰心には共感出来るものがありました。1度疑ってしまうと完全には疑いが晴れない悲しい現情をよく示していて、主人公が牢屋の中で「神がいないとしたら」と仮定してしまうところがとても悲しかったです。そして日本人にとってのキリスト教は、最早本当のキリスト教では無いということも胸が苦しかったです。生きる救いだったものが重りになってしまうそんな悲しいお話でした。悲しいだけではなく考えられるようになっているのが素晴らしかったでさ。

    1
    投稿日: 2021.04.14
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    赦し、保護、イスカリオテなど聖書を連想させる内容がいたるところに。 押し付けがましくない乾いた文体が素晴らしい。

    0
    投稿日: 2021.04.10
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    人は迷い、神は沈黙を保つ。信仰とは何か考えさせられる。神は存在するものではなく、信じる側が存在させているのだろうと思った。

    2
    投稿日: 2021.03.26
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    キリシタン禁制の厳しい日本に潜入したポルトガル司祭の苦悩を描いた傑作である。かつての日本の農民やそれ以下の扱いをされていた者たちの心の苦しみをキリスト教が救ったことやそれにより起きた島原の乱により、キリシタンへの取り締まりが厳しくなっていった中、敢えて日本に潜入し、布教(正確には既にキリスト教の洗礼を受けた隠れキリシタンへのミサ)した司祭の信仰心の揺らぎ等、当時の状況がいかに酷かったかが伝わるだけではなく、キリストが裏切り者ユダに対して取った行動の深淵に迫る等、今まで知らないで(敢えて知ろうとせず)にいた様々な事がわかり、心が大きく揺さぶられた。父が生前最後にキリストの洗礼を受けた事が、自分の中ではずっと疑問であり、敢えて宗教とは遠いスタンスをとって生きてきたが、単なる無知でいた事がはっきりした。上面だけで取り繕い生きてきた自分ともきちんと向き合う事の大切さを実感した。

    1
    投稿日: 2021.03.08
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    このレビューはネタバレを含みます。

    異国の地からやってきた司祭ロドリゴ。 彼が命を懸けてまで布教したかったもの。 淡々と描かれる日々の中で彼が目にした、切支丹たちが殉教していく様子。 なぜ主は何もしないのか。なぜ沈黙しているのか… 私がここで「転ぶ」と言えば、助かる人々がいる…でも言わないのは、自分の心を救いたいからではないのかと問われ… 一体、誰が背教したフェレイラを、そして殉教していく人々を見ていたロドリゴを責められよう。 出来るとしたら、それは主だけだろう… でも、主は責めることはしない…それが本人たちには辛いのではないか、救いはないのではないか。 そう考えると、フェレイラやロドリゴのそれからの見方が変わってくる。 終盤にいくに従って、ユダと基督、そしてキチジローとロドリゴが重なり、とてもドラマティックだった。 ロドリゴの葛藤と苦悩が、ひしひしと伝わってきて…足の痛みまで感じる様だった。 ロドリゴの踏絵のシーンは、非常に素晴らしく、胸に迫ってくるものがあった。

    7
    投稿日: 2021.01.24
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    遠藤周作恐るべし。 物語は穏やかに、やすらかに進んでいく。 それなのに、静かに主人公ロドリゴの苦しみや葛藤が叫ばれていて、すごく引き込まれた。 海をのんびり漂っていたらはるか遠くに流されていた感じでしょうか。 これは衝撃的ですね。 キリスト教を少し知っている自分でかなりの衝撃なので、一神教を信仰する人にとってはすさまじいのでは。 神様ってなんでしょう。信仰ってなんでしょう。 日本のキリスト教弾圧ってどうだったんでしょうか。 作者は本作を通して、立場を明確に据えずにそれらの問題について描いていたように思う。 とどのつまり、信仰は個人のものなんですね。 あたりまえなんですけど、はっとさせられます。 キチジローにはなにか引っかかるところがあった。ユダに重ね合わせて片付けるのでは足りない何かがある気がする。 映画も見てみよ。

    2
    投稿日: 2021.01.12
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    文体はシンプルで、ストーリーは淡々と進んでいき非常に読みやすいが、心理描写がすごい。どんどん入り込める。

    0
    投稿日: 2021.01.01
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    時は鎖国時代。バテレン追放令が発布されるなど、キリスト教に対して厳しい弾圧が行なわれている時代である。数名の司祭が命懸けの渡航、布教を行うが、当時の日本では、棄教を迫るための凄惨な拷問やそれによる仲間の死、踏絵など、あまりにも残酷すぎる事実が待ち受けていた。エンタメ要素はなく、史実に基づきながら圧倒的な緊張感で物語が進んでいく、言わずと知れた遠藤周作の名作の一つ。

    1
    投稿日: 2020.11.27
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    これは重い。全編通して、淡々とストーリーが進み、主人公のポルトガル司祭・ロドリゴの揺れる心が綴られる。タイトルの意味がラストで判明するが、これもラストまでの経過があって、重みが伝わってくる。 残虐極まりないキリシタン迫害、司祭に棄教させるために、日本人の信者を利用する数々の場面は、読んでいるだけで嫌悪感を覚えるほど。 キリスト教を押し付けられて日本は迷惑している、ここにはキリスト教は根付かない、信者が増えていた時期もあったが、信者が祈っていたのはキリスト教の主ではなく、別のものだったと言う。これは筑後守の考えなのか、それとも徳川幕府の意向だったのか、作者のフィクションなのか。

    2
    投稿日: 2020.11.22
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    長崎奉公の竹中うねめ采女は彼等を棄教させ 雲仙地獄の熱湯で彼等を拷問にかけることであった 約一週間程すると悉くことごとく悶死してしまいます 狡そうに光り 運命を委せまかせ マカオ澳門の夜は砲台を守る兵士達の長い物悲しい喇叭らっぱの音でやってきます 如何にも誰かに阿るおもねるよな笑い方はこの男の癖です こっかい告悔コンヒサン わ 日本人のユダとも言うべき卑屈な裏切り者のキチジロー 無類の狡智を発揮する井上筑後守 パライソ(天国) 我々はこの沼地に基督教という苗を植えてしまった

    0
    投稿日: 2020.11.17
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    200ページ強がこんなにも重いなんて。 重い太い線がずっと続いて、その上をゆっくり歩いて、一緒に心と夜の闇を感じているような。 神様はいるのか、ってもうそれはその人の心の中にしか分からないことなんだろう。感じるのはその人自身の感覚なんだから。 踏むことすらも赦されていると感じるなら、私は生きていく道を選ぶと思う。 人は綺麗なもののためには死ねるが、汚く見窄らしい物のためには死ねない。 強い者より弱い者が苦しんでいないだなんてどうしてわかるのか。 心に凍みる言葉がたくさんありました。 世代によって感想が変わりそう。学生の時にも読んでおけばよかったなぁ。

    2
    投稿日: 2020.11.11
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    BGM Over The Hills And Far Away /The Mission 胸の奥の深いところで響く作品

    2
    投稿日: 2020.10.31
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    この本はずっしり重い。どんな信仰心でも、現実に目の前で行われる残虐行為や痛みに勝つことは困難である。まともな人間であれば、棄教するだろう。 このような問題は、宗教だけでなく、我々の人生において少なからず直面する。その時に自分の良心を優先する生き方をしたいと思うが、それはあくまでも究極の痛みを伴わない場合にしか貫けない。 遠藤周作の本は、軽いタッチで書いていても思いテーマを扱っていることが多い。その中でもこの作品は「凄い」と思う。

    5
    投稿日: 2020.10.24
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    神は身のうちにこそいる、んだろうか。わたしの神様は、姿形を持たない(芸術、と呼ばれるものたち)だからか、よくわからない。わかる日が来なくても、別にいい気がしている。

    0
    投稿日: 2020.09.22
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    日本でキリスト教が根付かなかった経緯を詳細に記していると思う。この本を、本当に理解することが出来ているのか分からない。でも、また読みたくなる日が来ると思う。

    0
    投稿日: 2020.09.07
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    圧倒された 宗教って神への永遠の片想いを誓うことに思えた。客観的には無慈悲に思うけど、そもそも信仰は主観的だから、主観⇔客観を行き来してしまう人間である以上、解釈に苦しみ続けるんだろうなあ こういう西洋の精神性との対峙を通して見えてくる日本の精神性をシニカルに描く系スキ

    1
    投稿日: 2020.08.22
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    圧巻。 主人公ロドリゴの信仰への葛藤と、当時日本で実施されていた徹底的なキリスト教弾圧の苦しみが、息を呑むほどの緊張感を生む。 偉大な宣教師が棄教したという知らせから物語は始まり、ロドリゴ目線の物語が四章、その後に三人称目線での物語が七章と続き物語は幕を閉じる。段階的に物語を進めていくことで感情移入しやすかった。そこに遠藤周作の技術を感じた。 どれだけ信仰心を持っても、どれだけ祈っても、どれだけ苦しんでも、神は沈黙を貫く。日本人を救おうと海を渡ったのに、日本人が自分のために命を捨てていく。果たして神は本当に存在するのか? キリスト教の、いやすべての宗教の根源的な問い。それを否定することがどれほど恐ろしいことなのか。ただ逆に、それほど根源的な問いに行き着いた時、初めて信仰というものが理解できるのかと感じた。 ある一人の宣教師が棄教するという、ある意味反キリスト教的なストーリーでありながら、読み終えた時にはこれが真の信仰なのではと心に思う。不思議な感覚だった。 何かを信じるということは何かに裏切られるということの一歩目なのかも。 もう少し時間が経った時もう一度読もう。

    2
    投稿日: 2020.07.28
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    キリスト教弾圧下の長崎、強い信仰と使命感を持って上陸した司祭の葛藤の道のり。 司祭の目前で磔にされ殺されていく信徒たち。信徒がこんなにも苦しんでいるのに、なぜ神は沈黙しているのか。神は本当に存在するのか。何が善で何が悪なのか。 踏み絵を踏んでは赦しを乞う、弱き者キチジロー。弱者に生きる場所はあるのか。 読み進めるのが痛く、苦しいけれど、信仰、信じることについてひとつの道を示してくれる。弱さを受け入れること、信じるものは自分の心の内にあること。 あの人は沈黙していたのではなかった。

    2
    投稿日: 2020.07.27
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    信仰と宗教は別物、当たり前だけど。その信仰も、個人差があったりで客観的に判断することは難しい。信仰は、実に個人的なものだと思う。 確か遠藤周作はカトリックではなかったでしょうか。彼も色々思うところはあったのでしょうかね。

    1
    投稿日: 2020.07.15
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    緊張感のあって、読み応えがある作品。こうした歴史があるから、「宗教の自由」が存在する。そう考えさせられた。

    3
    投稿日: 2020.07.10
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    沈黙の声、 神は沈黙の中で語っている。 すごすぎる。 沈黙の声を理解し尽くすには、 わたしの知識ではまだまだ辿り着けない

    1
    投稿日: 2020.07.07
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    「ああ、なぜ、こげん世の中に俺は生まれあわせたか」 自由な信仰を持つこともできず、心が弱ければ屈するしかできない。一度転んでしまえば、後ろ指をさされる。 主よ、あなたはいつまで沈黙を守るのですか。私たちを救うための言葉や御業を成しては下さらないのですか。 信仰や信じるとは何かということについて深く考えさせられる作品だと感じた。

    0
    投稿日: 2020.06.06
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    非常に深い。信仰すること、信じることとは? 宗教と科学に関して深く考えさせられた作品。 沈黙というタイトルこそ、信仰の本質をついていると感じた。

    2
    投稿日: 2020.05.22
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    自分が信じてきたものを棄てるということは、今までの人生を全て否定するということ。そうして生きてくことがどれだけ辛いことか。それが「罪」として扱うことで信じるものから離れないようになっていたが、それを強要されて死を選んだ人たちを見て、信じるものに疑念を持っていく。今までの人生の柱を疑い、それを棄てるまでの葛藤は相当なものだろうし、それがはっきりと描かれていた。

    3
    投稿日: 2020.05.22
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     キリスト教迫害が続く日本で棄教したと噂されるフェレイラ神父。彼の弟子、ロドリゴはその真偽の程を確かめるため、そして日本の信徒を救うべく日本に渡る。地下組織として潜伏しながらも布教活動を続けていたが、ある日当局に日本の貧しい信者たちとともに逮捕される。拷問にかけられ、ロドリゴの目の前で何人も殉教していく。殉教とは強い感動を伴なうもの、と思っていたロドリゴが愕然としたのは、その前後で何も変わらなかったこと。神はなぜ黙っているのか?いったい神とは?神に対する疑いすら抱き、師フェレイラと再会する。変わり果てた姿になったフェレイラ。そしてロドリゴが最後に出した結論は・・・棄教。踏絵を踏むこと。自らのアイデンティティかつ自分の一部たる神を足蹴にする行為で痛みを感じた時、始めて神からの語りを聞く。 「踏むがいい。私はお前たちに踏まれるためこの世に生まれ、お前たちの痛みを分かち合うため十字架を背負ったのだ」  神とは何か?生きとし生きる全てに等しく愛を授ける。それは強きもの、弱きものに等しく授ける。信仰を貫き通して死んでいった人たちにも愛を授ける。彼らは彼等で自分の運命と苦痛を納得して死んでいった。信仰を貫くことが出来ずに己を曲げて生き続ける者たち。彼らは生き続けることで、葛藤を持ち続け、苦痛を持ち続ける。体の痛み、心の痛み、そのすべてを受けとめる。それが神。たとえ神を否定したとしても、その人の中に生き続ける。神を否定した自分自身として、存在を続ける。そして神により、我々の苦痛はいずれ癒され、昇華される。神は我々一人一人の中に存在し、かつ我々自身でもある。神を愛する行為とは、自分自身を愛することに他ならない。そして、それは人を愛することでもある。それがたとえどのような人であっても。 「たとえあの人は沈黙していたとしても、私の今日までの人生があの人について語っていた」

    4
    投稿日: 2020.05.15
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    「一度このぬるま湯のような安易さを味わった以上、再び以前のように山中を放浪したり、山小屋に身を潜めるには、二重の覚悟がいるだろう」 「神父たちの孤独とは、自分が他人のために無益であるときだった」

    1
    投稿日: 2020.05.10
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    信仰する心って今の私には全然ないからこそ、当時の人々にとっては生活を投げ打ってでも守りたいものだったんだな。自分なら耐えられないかもしれない。あっさりころんでしまいそう、でもそこに信じる対象があれば頑張れるのかな。海ってずっと変わらずそこに在るから、今度長崎に旅してみたいな。

    1
    投稿日: 2020.05.06
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    有名な小説であり、キリストの沈黙というテーマに想像を持っていたが、どんな想像も越えていくドラマチックさで、司祭の内面をえぐっていく。

    1
    投稿日: 2020.05.02
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    佐渡島庸平さんの本を読んだ際に、お勧めの本の一つに掲載されていたため購読。 初め文章が難解で読みづらいと感じたが、読み進めていくうちにどんどん引き込れ読了。 キリスト司教の倫理観や葛藤、背徳の心理的描写が生々しく文章で表現されている。

    5
    投稿日: 2020.04.18
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    キリシタン弾圧の時代に密かに日本にやってきたポルトガル人宣教師の苦悩を描いた長編小説です。この国では宗教についてはなかなか本音を語ることがないように思います。それだけに宗教について考えることもあまりなく、正直に言って「宗教を捨てる」ということがあまり理解できませんでした。でも、現代社会で当たり前のように認められている信教の自由、言論の自由などを大切にしなければと思いました。

    1
    投稿日: 2020.04.17
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    「沈黙」を読んで以降、僕は遠藤周作の作品に惹かれた。禁教の時代、日本で基督の布教を試みたイエズス会司祭のセバスチャン・ロドリゴの葛藤や苦悩の日々を記録的に記している。 遠藤周作はほかに「海と毒薬」や「白い人」などがあるがどちらも僕の大好きな作品だ。キリシタンの糾弾やアメリカ人兵隊捕虜の生体解剖、思想犯の取り締まりなど、かつての日本で行われていた出来事を、頁を捲る手を躊躇わせてしまうほど残酷で生々しい描写で書いている。 思想や国籍の異なりを確執、暴力、迫害によって否定することを良しとする時代の渦中で、「人間の倫理観」の崩壊のさまが克明となっている。

    6
    投稿日: 2020.04.08
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    文化の違い、宗教の違いは本質では分かり合えない。世の中は分かり合えてると勘違いして進んでいる場面ばかりか。

    0
    投稿日: 2020.03.15
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    この小説を表現する言葉を僕は持ちません。 クリスチャンでも、まして宗教心というものを一切持たない僕にも、彼らの信仰とはなにか、そしてその意味がはっきりわかりました。 これこそ、文学の勝利だと確信します。

    3
    投稿日: 2020.03.04
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    このレビューはネタバレを含みます。

    嫌いだな、この物語 これは単に物語だから、いいんだけど 一神教信者の傲慢さ [・私の長い間の想像はまちがっていませんでした。日本人の百姓たちは私をとおして何に飢えていたのか。牛馬のように働かされ牛馬のように死んでいかねばならぬ、この連中ははじめて足枷を捨てるひとすじの路を我々の教えに見つけたのです。仏教の坊主たちは彼等を牛のように扱う者たちの味方でした。長い間、彼等はこの生がただ諦めるためにあると思っているのです。 ・司祭はマカオで見た仏像を思い出す。その仏像の顔には彼が見慣れてきた基督の表情のような感情の動きはどこにもなかった] 自ら神の存在を否定 [「わしが転んだのはな、いいか。聞きなさい。ここに入れられ耳にした穴吊りにされた人間たちのうめき声に、神が何ひとつ、なさらなかったからだ。わしは必死で神に祈ったが、神は何もしなかったからだ」 「だまりなさい」 「では、お前は祈るがいい。あの信徒たちは今、お前などが知らぬ耐え難い苦痛を味わっているのだ。昨日から。さっきも。今、この時も。なぜ彼等があそこまで苦しまなければならぬのか。それなのにお前は何もしてやれぬ。神も何もせぬではないか」  司祭は狂ったように首を振り、両耳に指を入れた。しかしフェレイラの声、信徒のうめき声はその耳から容赦なく伝わってきた。よしてくれ。よしてくれ。主よ、あなたは今こそ沈黙を破るべきだ。もう黙っていてはいけぬ。あなたが正であり、善きものであり、愛の存在であることを証明し、あなたが厳としていることを、この地上と人間たちに明示するためにも何かを言わねばいけない]

    1
    投稿日: 2020.03.04
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    ずっと前に読んでいたはずですが、まったく覚えていなかった。フェレーラ牧師は「転ぶ」わけですが、あまりにも行き過ぎたストイシズムなのか、宗教だからこそできるのか。一般的な共感はよびませんよね、きっと。僕自身は、けっしてまねできないんですが、心の深いところで引き込まれている感じがあります。なぜなんだろう。 スコセッシの映画も見てみようと思います。

    2
    投稿日: 2020.02.28
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    「盲目の勇気にとりつかれて、日本国に迷惑かけることを忘れるものが多い」 「正は普遍」 「日本は沼」 100%綺麗に分かれる善や悪、白と黒は、ない。何かと何かとがぶつかって、混じって行くことこそ、普遍的なことのようにも思える。

    4
    投稿日: 2020.02.21
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    自分にとっての踏絵とは? 余りにしあわせな時代に生まれ、生きていると感じる。 生きるか死ぬかの選択はなかなかない。 個人の心の中のことである信仰ですら制限され、時に死に直結するのか? 自分だけでなく周りの人まで巻き込む。 映画も見たが、読む方がいい。 映像は余りに情報が多く、処理しきれない。 読んでから見たのに。

    2
    投稿日: 2020.02.09
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    今更、という気もしたが、やはり読んでいないのは良くないと思って挑戦。素晴らしく重厚でどっしりとした小説世界。読んで良かった。

    0
    投稿日: 2020.02.08
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    鎖国時代の日本において、キリスト教の司祭としてキリスト教を布教するためにキリシタン禁制が続く日本に来日した主人公が、自身や信徒に起こる悲劇を目の当たりにしながらも 、自身が信じるキリストを信じぬくことができるか、そして信じた先にはなにがあるのか、を語る物語。 自身が信じたことを一切曲げることなく信じぬくことの難しさを教えられる。

    0
    投稿日: 2020.02.08
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    読書会の課題本。遠藤周作の代表作。複数回の映像化もある。江戸初期に実在した「転びバテレン」をモデルにして描いた小説。学生時代以来の再読となる。映画は読んだ時のイメージを壊されたくなくて、見るのを躊躇している。本書で示されるイエス像は研究者の間で「同伴者イエス」というふうに言われるらしい。キリスト教嫌いの多いこの国だから書けた話だと思う。

    1
    投稿日: 2020.02.05
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    ‪ポルトガルより布教のために訪日した宣教師の、日本人信者との邂逅、神の存在への疑問・葛藤を描いた歴史小説。‬ ‪「神はなぜこの時にも黙っておられるのか」教徒にとってこの恐ろしい根源的な問いが何度も立ちはだかる。心中の描き方がとてもドラマチックで、心揺さぶられる。‬

    2
    投稿日: 2020.02.04
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    このレビューはネタバレを含みます。

    「沈黙」 前から読んでみたいと思いながらも叶わず、ようやく機会がやってきた。 人と宗教との関わりはとても濃厚なものであり、普段宗教を意識することの少ない私からすると非常に衝撃的な内容だった。 目の前でこんなにも苦しんでいる人がいるのに、神はなぜ沈黙しているのか? という問いに対してキリスト教の宣教師が懊悩し、遂には棄教に至る心理的過程が読んでいて苦しい。 神は救ったり答えを出してくれるのではなく、共に苦しんでくれる存在なのだというラストはとても腑に落ちた。

    0
    投稿日: 2020.01.24
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    舞台は島原の乱後の五島列島におけるキリスト教の布教活動と先に日本に渡った恩師の安否確認のためにローマ教会からくる司祭の物語。最終的には棄教という選択を選ぶことになるが、それまでの葛藤の心理が臨場感溢れている。当時の日本がいかにして異教を排除していたかが分かる。踏み絵のことは授業で習っていたが、本当の意味でこの本を読むことで理解できる。穴吊りという拷問は本当に恐ろしい。

    16
    投稿日: 2020.01.17
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    転んでしまえばいい、転んだとして誰が責められるだろう。いや責められたからといってなんだというのか。それでも確かに、ここに描かれている転んだ人間と信仰に殉じた人間とでは何かが違う。 信仰を捨てることで手放してしまう、失ってしまう何かとは、生死をかけなくてはならないほどのものなのか。曖昧を許さない時代の壮絶さと、だからこそ強調される人としての尊厳や矜恃、愚かさ、哀しさ。 信仰というものを通して人間の普遍的な性質を浮き彫りにした、日本が世界に誇るべき一冊。

    2
    投稿日: 2019.12.31
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    読み終えて、辛く悲しく何もしたくない気分になった。 自分の意思で何も出来ないどうしようもないこんな時代に生まれなくて良かった。 遠藤周作の描写は素晴らしく、簡単にその時代に行ってしまった。 この後映画も観たけど、やはり本だね。 想像をかき立てられて膨らんで行く。

    1
    投稿日: 2019.12.21
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     人に絶対勧めたい本を★5つにすることにしている。  この本、本当にありとあらゆる力のこもった凄まじい本だったから、印象的には★5つなんだけど、でも、絶対勧めるかというと、うーんまぁ勧めたいけどけっこう読んでてしんどかったから、微妙なところ。  そういう意味での★4つ。  どんなに辛い状況になっても、当然のように何もしてくれないし、何も語りかけてくれない神。じゃあ本当にいるの?もしかしていないの?神なんか本当はいませんでしたってなったら、神を信じて全てを捧げてきた自分という存在はいったいなんなの?そういう絶望が、一般人じゃなくて宣教師という立場から描かれているという点で余計に深刻度を増していて、辛かった。  神様の存在をいちばんに考えて生きてきて、それが何よりの自分のアイデンティティになっている。それを放棄することがどれだけ大変で苦しいことなのか。そこまで強く持つ信念ってなんなんだろうって考えた。今のわたしにそんなものないし、死ぬような思いをしたり拷問されたりしてまで守りたいものって全然ない。やばそうになったらたぶん全体的に平気で捨てるんだろうと思う。  だからこういう人たちの思考回路は全く未知の領域で、ただただ目から鱗っていうか、そういう世界もあったんだな、って想像するのが精一杯だった。  大学のとき、哲学概論かなんかの試験で「哲学と宗教の違いは何だと思うか」っていう問題が出て、「宗教は盲目的だけど哲学はそうじゃない」みたいなこと書いてそれだけ丸をもらえたのを今でも覚えている。あの先生の名前なんだったっけ。「先生は哲学なんかを長い間ずっとやっていて、もしかして実は物凄いお金持ちで何もする必要がない人なんですか」って聞いたら笑ってた、ハイデガーの第一人者みたいな感じの教授。田中なんとかさん。  結局、それが神様であっても何か目に見えるものとか存在であっても、わたしは何かに盲目的に自分の全てを捧げる人生は嫌だなって思う。少しでも疑いを持ってしまったり、失ってしまったりした瞬間、自分のそれまでの人生が選択権なく否定されることになるし、自分の芯みたいなものが一瞬で全部ポキって折れてなくなるし。全面的に何かにもたれかかってれば楽だけど。でもそのもたれかかれるものがなくなっても、結局生きていかなきゃいけないし。  って書いてて思ったけど生きることへの執着がすごい。とりあえず生きていきたいんだなわたしは。  それはそうと。  元気なくなったときにちょっと勇気づけてくれるもの的な感じで頼るのはありかなって思うけど、宗教への関わり方として果たしてそんなんでいいのかって気もするし。だからたぶんこれから先も宗教とは関わりのない生き方をするんだろうな。

    19
    投稿日: 2019.12.14
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    映画版以上に、小説だからこそ主人公の内面が生々しく描かれている キチヂローに対する思いや、日本人に対する不快感や空気感が伝わってきた 捉えられ、暗闇の中で彼を感じ、葛藤する心理の動き、揺れが凄まじい 映画版を先に観ていたから、そっちに引っ張られてしまったけれど、内面の描かれ方は見事 終わり方は映画の方が好きだった

    0
    投稿日: 2019.11.30
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    「神の沈黙」というテーマから、神の不在や信仰の滑稽さを描くのかと思ったが、信仰というもののあり方や地域と宗教、宗教とそれに対する信仰がどういった思考から生まれるかといったことを考えさせられる内容だった。 信仰心の強さを前提とし、神と共にあることで善い生き方を目指すための宗教、人間の持つ弱さを肯定してくれる宗教と「宗教」にも色々な種類のものがあるのだと感じた。 信仰というものにおいて大事なのは形式ではなく地域や個人の性質との同調性にあるのではないかと感じた。また、人が強く、より正しく生きるのには宗教というところに限らず尊敬する何か、信仰の対象となるものが必要であると感じた。

    0
    投稿日: 2019.11.11
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    なぜ苦しい状況のなか祈っても神は沈黙しているのか。本当に神は存在するのか。信仰の根源的な問題に迫った作品。 キリスト教についてあまり知らない人でもその信仰を続けることの苦しみが伝わってくるはず。 最後に司祭がたどり着いた結論も1つの信仰の形だと思った。

    4
    投稿日: 2019.11.08
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    島原の乱の後の頃、日本に渡ってきた司祭が棄教する話 弾圧され、今まさに酷い状況にある者を、神はなぜ助けないのか? どんな事があっても沈黙を続ける神 弱き者を助けるために自ら棄教することはそれでも罪なのか? イエスが磔刑に処されたのは同じではないのか? ストーリーの詳細はどこか他のところで読んでもらうとして 様々な対比がある イエスと自分 イエスとユダ 自分と弱き者としてのキチジロー そして弱き者としての自分 イエスはユダを拒絶したのか許したのか? 拒絶したとしたら、なぜ元々信徒に加えたのか? 日本に入ってきた時点で、キリスト教は本来のものではなく変質したもの 日本という沼にはキリスト教は根付かない 自らの痛みをもって踏み絵を行うことで信徒を助ける行為は転んだことにはならない むしろ、踏むことで司祭として正しい行いなのではないのか? キリスト教としてはいくつもの命題が散りばめられていると思う そりゃ問題にもなるわなぁ それと個人的な体験として、以前に神父さんと話したことがある 全知全能の神という存在は論理的矛盾をどう解決するのか? 全知全能であるならばなぜ人を試すのか? 終末とは何か? 神はなぜ人を助けないのか? 宗教戦争は正しいのか? 不躾を承知で突っ込んだことを聞いたが、納得のいく答えは得られず 僕は、神の存在を完全否定する程の無神論者ではないけど、「全知全能の神」という存在は論理的に受け入れられないのだと当時思った

    1
    投稿日: 2019.10.28
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    このレビューはネタバレを含みます。

    キリスト教布教の為、ポルトガルから日本に渡った3人の宣教師達と、日本の信徒達が日本という国から、キリスト教排除の為受ける厳しい禁制と拷問・殉教、そして宣教師達の棄教に至るまでの人々の沈黙と神の沈黙を描いた作品。 宗教とは何なのか?信じるとは何なのか? 自己の中にある神との葛藤。 自身を苦しめてまで守るべき教えとは何なのか? 自己暗示、洗脳? その先にあるものは何なのか? 厳しい現実世界よりも、死が安らかな世界として受け入れられるその世界観、価値観は何なのか? 想像すら出来ない厳しい現実を生きていた人々を想い苦しくなった。 悲惨な時代、狂った時代こそ、宗教が大きく広がる刻なのかもしれない。 救いのない世界こそ、救いを求め、人々は盲目的に宗教というひとつの教えに従い、楽になろうと願うのだろうか。 赤信号みんなで渡れば怖くない。 集団心理の最たるもの。 僕は、 赤信号は渡らない。 青信号も渡らない。 信号だけを信じない。 自分の目で見て、 感じで判断したい。

    0
    投稿日: 2019.10.09
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    こんなにも自由に自らの思想を抱ける時代に感謝したくなると同時に、今もなお固定概念に囚われ続けている部分もあるのだと思うと苦しい気持ちになる。燃えるような熱意と衝突と挫折があり、ストーリー的にはとても激しい内容だと思うが、波のない水面のような静けさを感じた。

    2
    投稿日: 2019.07.18
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    神とは、主とは、信仰とは。 政治や、侵略のために使われることがあってはならない、この世で最も自由であるはずのもの。 映画も素晴らしかった。静謐なエンドロールまでもが美しかった。

    0
    投稿日: 2019.07.15
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    神なんて人が作り出したキャラクターなのに、その神がなにも答えてくれないから苦しむという、壮絶な矛盾。 マーティン・スコセッシ監督の映画も素晴らしかった! http://chinmoku.jp/

    2
    投稿日: 2019.07.07
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    島原の乱が鎮圧されて間もない頃、キリシタン禁制の厳しい日本に潜入したポルトガル司祭の物語です。日本人信徒たちに加えられる残忍な拷問と悲惨な殉教のうめき声に接し、苦悩し、ついに背教の淵に立たされる。神は本当にいるのか?その沈黙は何を意味するのか?永遠の課題に切実な問い掛けに答えはあるのか?

    0
    投稿日: 2019.06.24
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    このレビューはネタバレを含みます。

     先にマーティン・スコセッシ版の映画を観ていた。  スコセッシは異文化の人々に自らの神を半ば押しつけることの傲慢さを注視していたと感じたが、原作はキリスト教が根付かぬ日本の社会的風土のほうに重きが置いてあったように思う。  解説にもあったが、司祭ロドリゴにつかず離れず、絶妙な距離感で客観性を保ちながら紡がれた本作は、きっと読む人それぞれの思い描く「神」のすがたを反射するのだろう。  ロドリゴは、キチジローをユダに見立てた。 でも不信心者のわたしは、神とキチジローとの間に、いったいどれほどの違いがあるのだろうと思った。  力を貸してくれ、飯を分けてくれたと思えば裏切り、それでも後をついてきて離れないキチジローのすがたは、司祭その人が愛してやまぬ神のなしようそのものではないか。  映画ではキチジローを窪塚洋介が演じていた。観たときは「こいつ『フォーギブミー、パードレ!』って言っといたら何しても許されるとでも思ってんのか?」と思ってしまったが、恐らく観客とロドリゴの距離が近すぎるためだろう。(ロドリゴ役のアンドリュー・ガーフィールドがかわいくて不憫だからひいきしてるかもしれない……)  構成や演出がドラマチックで、さらりと書いた感じの文章の中に胸を刺す表現がごろごろ転がっている。作劇の面でも文体の面でも、すごい小説家の仕事をみたという気持ち。

    2
    投稿日: 2019.06.20
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    自然の驚異や疫病、死・・・苦難を理解し乗り越えるために人は“神”という物語を作り出したのではないか? だとすれば、教義以前に“神”の“声”は個々人によって少しずつでも異なっているはず。 クリスチャンでもない、きっとキチジローである私は踏むだろうし、むしろ踏むべきだと思う。

    3
    投稿日: 2019.06.20
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    2019/6/18 遠藤周作の沈黙といえば名作中の名作な訳ですが、今までこの時代の人の小説はあんまり読んでこなかったのでとても読み応えがあったように思います。 キリスト教を布教するために澳門から日本へとやってきた宣教師についての話です。 かつて日本にキリスト教を布教しようと入国したフェレイラがキリスト教から一転して日本のために仕事をするようになり、この本では転ぶと表現されていましたが、その実態を見定めに行くのとさらなるキリスト教の根を生やし布教しに行くために日本に乗り込んだものの、日本は完全に禁教体制を敷いていて、キリスト教の布教どころではなかった。 一般の人々はキリスト教徒であることが奉行所の役人にバレると尋問されたり処刑されたりするのだがこの宣教師に関しては尋問も受けることはなかった。 しかし、信者たちが次々と殺されていく様子を間近で見せられてもなお沈黙を貫き通す神に対して抱く気持ちの変化が非常に細かく繊細に描写されている。 また当時の史実に基づいている部分もあり、時代背景など日本のキリスト教に対する処遇の歴史を知る手がかりともなる。 読んでて歴史の背景も知ることができるし、とても読み応えがあります。

    6
    投稿日: 2019.06.18
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    おそらく高校生以来の再読。神の沈黙をテーマに取り上げたといわれるあまりにも有名な小説であるが、神はただ沈黙していたのではない、一緒に苦しんでいたのだ。無力な神。奇跡を起こせぬ神。(私はお前たちのその痛さと苦しみをわかちあう。そのために私はいるのだから。)と哀しそうにいう神。そこには、神は無私の愛のみで弱い者にも等しく寄り添うておられる、という著者のメッセージが込められていることに思い至る。

    2
    投稿日: 2019.05.29
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    罪とは人がもう一人の人間の人生の上を通過しながら、自分がそこに残した痕跡を忘れることだった。 敗北したものは、弁解するためにどんな自己欺瞞でも作りあげていうのだ。 そしてあの人は沈黙していたのではなかった。たとえあの人は沈黙していたとしても、わたしの今日までの人生があの人について語っていた。

    1
    投稿日: 2019.05.28
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    このレビューはネタバレを含みます。

    日本人なら必ず義務教育で学ぶキリシタン弾圧を外国人の視点から描くという点で興味深い小説だった。しかし、フェレイラをはじめとする神父が一時的にしろ棄教を決意する理由が、結局は過酷な拷問に耐えかねた結果、自身の棄教を正当化する抜け道を探し当てたというような中途半端な印象になってしまったのが残念だった。途中でフェレイラが言及していたように、日本人が祈るデウスの真の意味を知って絶望するという形を強調していたなら、もっと悲劇的かつドラマチックな印象に変わったんじゃないかと思う。

    1
    投稿日: 2019.05.22
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    キリスト教が禁止されていた江戸時代の長崎を舞台として宣教師が切支丹狩りが行われいていくなかで、悩みながら教えを守るとは…を自問自答していく。どれだけ助けを求めても沈黙を保つ神。 正しい宗教とは?と考えてしまう。

    0
    投稿日: 2019.05.04
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    遠藤周作、初めて読みました。 スコセッシ監督の映画サイレンスを見てからの読書でした。 淡々と行われる拷問の恐ろしさと、キリスト牧師の苦悩。 その時代背景には、キリスト教が侵略に使われた背景もあり日本人にキリスト教が根付かない原因はアミニズムや自然の豊かさや繋がりもあり、色々と考えさせられました。 一神教はやはり歪みや争いの原因となつていると思うのですが、信仰の自由との兼ね合いの難しさを思いました。

    4
    投稿日: 2019.04.16
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    2017年1月17日(火)にbookstudio姫路店で購入。映画化されたようで少し興味をもったので買ってみた。

    0
    投稿日: 2019.01.22
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    このレビューはネタバレを含みます。

    志の高い人々が身も心もズタズタにされていくところは胸が痛んだ。信じる神がいるということ、一生をかけて示すということ、内側で自らに問い葛藤する様はこちらをも苦しくさせるほどだった。拷問もそうだが、特にキチジローの存在が哀れで、登場する度に自分に蔑む眼が備わっていることを思い出させて辛かった。 司祭が、踏まれて歪み汚れた基督の顔と向き合ったシーンで涙が止まらなかった。ロドリゴの人生、基督の沈黙の語りを通じて、その苦しみと愛の一部を知ることができたように思った。

    1
    投稿日: 2019.01.17
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    単なるキリスト教弾圧や、宣教師の苦労話ではなく、信仰の自由がなかった時代の日本をも垣間見ることができる。読み進むのが辛い部分もあったが、読了後、表題の意味がわかる。

    0
    投稿日: 2019.01.04
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    2017.2記。以下、再掲。 映画鑑賞後、矢も楯もたまらず原作をほぼ30年ぶりに再読。たぶん、表紙の写真は昔と同じ。(以下、ネタバレありです) 読んで改めてわかったのは、思った以上に原作に忠実な映像化ぶり。例えばキリシタンが突然斬首される場面。白砂と血のコントラストが衝撃だが、小説にそのままの描写がある。そうかこの記述があのカメラアングルになるのか、と。 セリフの改変もかなり抑えられている、というかここまでそのままとは思わなかった。ハリウッド的なエンターテインメント性を度外視したスコセッシの執念のなせる業なのか、そもそも遠藤の文体が映像に親和的なのか。 それだけに、矛盾するようだが終盤の描写の違いの深さに感銘もひとしおなのであった。 小説では、踏み絵を踏んだあとのロドリゴ神父の内面が引き続き語られる。違う形で信仰を維持している、ということはかなりしっかり説明される。そして、自分を役人に売ったキチジローに対して、この気持ちはわかるまい、という突き放したとも言える態度を取る。 一方映画の方は、踏み絵後のロドリゴは、キリシタン禁制品の密輸摘発に協力さえしながらひたすら虚ろに生きているように描かれる。その内面はうかがい知れない。それだけに、最後の場面で、ああいう形で、ある意味「キチジローに救われる」とは・・・という感動がすさまじい。優れた指揮者の解釈がそうであるように、原典(スコア)を読み込んだ先の結論が文章(楽譜)どおりでないことはありえる。 ・・・と思っていたら今日の日経朝刊、スコセッシ監督本人コメントを含め大々的に取り上げているではないか。監督自身、最後の場面は繰り返し読んでどう解釈しようかを考えた、と。「ロドリゴは度重なる『転び』の中で、自分の信念を獲得していったのではないか」(記事より引用)。これはむしろ小説の記述に近い。押し殺していた信仰をキチジローに解放してもらった、という私の解釈はちょっと違っていたのかもしれない。まあ、優れた作品は一読者、一鑑賞者の自由な感想を受け入れる「開かれた作品」でもある、ということで許してもらおう。

    1
    投稿日: 2019.01.01
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    このレビューはネタバレを含みます。

    20年も昔の高校生の頃課題図書として読み 家にずっと保管されていたので久しぶりに読んでみました。 高校生の時はひたすら課題をこなすためだけに苦痛を 覚えながら読んだこの作品ですが今読むと のめり込んでしまうくらい面白かったです。 恩師の棄教を信じることが出来ずにまさにあらゆる困難を 越えてキリスト教弾圧が厳しい日本にやってきた 司教ロドリゴが自分なりの新たな悟りを得るまでの話。 神の沈黙に信仰が揺らぎながらもやはり信仰に生きる 司教の心情の移ろいは読み応え満点でした。 そして同じく棄教した恩師フェレイラとの対比も見事で 両者の違いや葛藤もとてもうまく描かれていました。 個人的には司教を転ばせるための奉行のやり口の巧妙さに 人間の狡猾さと残酷さが滲み出ており 宗教の弾圧のためにここまでするのかという思いと その弾圧の理由も納得できるところもあり これはこれで読み応えがありました。 最近ハリウッド映画化もされていたと思ったので 観てみたいなぁと思いました。

    2
    投稿日: 2018.11.30
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    遠藤周作著、「沈黙」。非常にドラスティックな作品であった。佐伯氏の解説によれば、遠藤周作は「海と毒薬」、「侍」などの他の作品においても、同様にドラスティックな作風だとされる。 「沈黙」は、江戸時代のキリスト教禁教下の日本を舞台として、宣教師や司祭が日本に布教を行うという物語である。もちろん禁教下であるので、布教が見つかれば罰せられ酷な拷問を受けるのであるが、それでもキリスト教を布教する使命を全うするため、危険を冒して日本に潜入する。本作は3部作になっており、まえがきで宣教師が棄教したという衝撃的な事実を述べ、続いてセバスチャン・ロドリゴの書簡で主人公の視点に読者を誘導し、最後に三人称描写の章がやってきて、棄教に至るプロセスを少しずつ進めて書いている。主人公の司祭が見た日本は、宣教師を希望の光として求める百姓達、「転ぶ」、すなわち棄教した宣教師、そして無害かつ有害な、意思の弱さを前面に押し出したキチジローという存在、さらにイノウエという、幕府の非常に賢い奉行など、様々な者が登場する。 彼らをすべて丁寧に整理して描写したところは素晴らしいが、それよりも素晴らしいのが、描写の仕方である。表現がリアリティを感じさせ、緊張を生むために読者を感情移入させやすくなっている。特に残酷で緊迫した場面においてそれは顕著であり、追い詰められた人間の感情を事細かに描写している。 読む価値のある、とても優れた作品である。

    7
    投稿日: 2018.11.28
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    2018/11/18読了。 正直に言ってしまうと、途中で読み進めていくことが辛い場面が何度もありました。 切支丹弾圧によって、多くの人の命が失われていく。けれども神は彼らを救うどころか、癒しさえ与えてはくれず、切支丹の百姓たちは苦しみながら死んでいく。 救いを信じることや、苦しみから逃れようとすることは、死ななければならないほど罪深いものなのでしょうか。 物語の中で、神は終始沈黙を破ることはありませんでした。百姓たちの死が、殉教ではなく無駄死にだと思うことも何度かありました。 神が本当に存在するのだとしたら、なぜ神はこれほどまでにむごいことから目を背けることができたのでしょうか。

    3
    投稿日: 2018.11.18
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    遠藤周作『沈黙』新潮文庫 読了。キリシタン弾圧下の鎖国日本へ来たポルトガル人司祭の内面に触れる歴史小説。自己の信仰心を棄て転ぶか、殉教を厭わぬ日本人信徒を見殺しにするか。その究極的な決断によって、神はその苦しみを分かち合っていたことに気付く。ジレンマと逆説で信仰の本質に鋭く迫る。 2017/02/13

    0
    投稿日: 2018.11.06
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    普遍的なテーマを扱っているせいか古びていない。簡潔でたしかにドラマチック 特に信仰のない身には「神の沈黙」は他人事ではあるが、この不条理な世界で寄る辺もなく一人きりであるという恐怖は信仰にかかわらず普遍的かつ根源的だと思う。

    4
    投稿日: 2018.11.05
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    たぶん再読だがもしかしたらそうでもないかも 島原の乱後に日本に来て棄教した宣教師の史実を基にした1966年の小説 小説としては洗練された構成だが内容に違和感 宣教師が日本での苦境に「神(主というべきか)」が沈黙していることへ疑問を感じる描写 かの時代の遥々日本までくるカトリック宣教師がそれしきのことで疑問に思うのか疑問 これは主人公対象が経験浅いからのあえてなのか当時日本人向けの味付けなのかもしれないが 神の存在にまで疑問を抱いている描写まであるのはいくらなんでもどうか 日本人が神社で買ったお守りとお札をライターで燃やすに躊躇い感じないくらい違和感ある 作者はカトリック教徒で高名な文学者だけれど それゆえに宗教とか信仰とか信心を無学な凡人よりわかっていないのでは 日本がキリスト教を独自に変奏させてしまう国だとも書かれているが 聖母信仰は原始キリスト教から変容してないのか その時代の宣教師として認識がおかしくないか 当時の宣教師の心境を正しく描写しなければならない理由はないから あえてそう書いているのかもしれないが腑に落ちない

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    投稿日: 2018.10.20
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    映画化されたので30年近くぶりに再読。中学生時代どのような心境で読んだか覚えていないが、十分理解できなかった気がする。 「強い者も弱い者もないのだ。強い者より弱い者が苦しまなかったと誰が断言できよう」は深い。 キチジローが窪塚洋介、井上筑後守がイッセー尾形か。楽しみ。

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    投稿日: 2018.10.09
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    映画になった史実に基づいたフィクション小説。江戸時代のキリシタン弾圧。島原の乱の後棄教したと伝えられた過去の師を探しに来た司祭がやがて捕まり棄教を迫られる。転ばなければ拷問を受けたり殺されるのは日本人信徒という状況下で司祭は…。当時のキリスト教の布教は貿易及び植民地化を視野に入れた活動であるとすればキリスト教徒である著者の書きぶりは如何にも一面に焦点を当てたもののように思える。宗教的価値観とはそのようなものと言ってしまえば身も蓋もないですが。

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    投稿日: 2018.10.09
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    鎖国下の日本における、一人の司祭の渡航から棄教までを描く。 「神は本当にいるのか?いるならばなぜ何も仰ってくれないのか?」という問いは遠藤の中でも痛切なものだったのだろう。 それに対する遠藤なりの答えがこの本だと思う。

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    投稿日: 2018.10.04
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    なんでもっと早く読まなかったんだろう。映画の「沈黙」が素晴らしかったので手に取った。想像の数倍読みやすく、映画でわからなかった部分がばちっと補完された。

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    投稿日: 2018.09.30
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    比較的短い小説にも関わらず、隠れキリシタンについて非常に綿密な調査/取材を行ったものと思われます。キリスト教の司祭の目を通して日本人の(もしかしたらあらゆる人類の)精神の根源を見通そうとする著者の眼差しに圧倒されました。

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    投稿日: 2018.09.18
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    映画が面白かったので読んでみた。 読んでる途中、常に『神とは?宗教とは?』を突きつけられ続けた気分。 すごく哲学的。 3~4回繰り返し読むと自分なりの答えが出るのでは。

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    投稿日: 2018.09.02
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    【G1000/16冊目】海外にこのような作品を上梓できるような人物は果たしているのだろうか。キリスト教徒に棄教を強いた国に生まれ育ったキリスト教徒遠藤周作がどのような思いでこの作品を沈黙と名付けたのか。昭和41年。わずか50年余り前の作品がこのような生々しい転びを紡ぐ。背教者ロドリゴは何に背いたのであろうか。基督に背いたのか、基督の思いに背いたのか。ロドリゴが岡田三右衛門となった時、彼は何を捨てさせられ、何を得たのか。宗教の本質とは何であるのかを日本語で考えさせてくれる事のできるかけがえのない作品である。

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    投稿日: 2018.08.25
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    このレビューはネタバレを含みます。

    気になっていながら手を出していなかった遠藤周作。 非常に読みやすく面白かったです。 冒頭のまえがきからノンフィクションなのか歴史小説なのかと疑うくらい説得力のある文章でのめり込みました。 基督教弾圧時代の日本に布教活動の為潜入するポルトガル人という、あまりに悲惨な負け戦が目に見えている展開をここまで膨らました手腕は素晴らしいです。 度重なる信徒の拷問や死を目前にして幾度と祈りを捧げても何も応えはしない神の「沈黙」に、不安や怒りや絶望感を味わいながら尚も救いを求める司教。 個人的には、流れのままに身を任せれば神が救ってくれることを祈りながら沈黙を続ける神に対して、「転ぶ」という勇気=救いを見出す姿は、弱い者も救われるということを見事に表現していると感じました。

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    投稿日: 2018.08.23
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    単なるキリシタン弾圧を書いた本ではない。 普遍的な価値とは何か、弱き者はどう生きればいいのか、 答えのない本質的な問いが凝縮されている。 いまこそ読むべき本。

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    投稿日: 2018.08.23
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    長崎の教会群が世界遺産候補になったというニュースを見て手に取った。 私はキリスト教徒ではないが「神様は見ている」的な勧善懲悪の考え方には馴染みがある。でも確かに悪いことをしても咎められなかったり良いことをしても報われなかったりして理不尽だと思う位なので、これを心の支えにして生きている人達には堪らないだろうなあ。

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    投稿日: 2018.05.21
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    このレビューはネタバレを含みます。

    GWに島原・長崎に行ったので読んでみる。苦難に晒されるのは司教ではなく子羊ばかり。イエスもあの場にいたら棄教すると言っただろう、というのは私もそんな気がするけど物議醸しそうな。あの温かい土地で多くの人が命を落としていったと思うと胸が詰まります。司祭とイエスの置かれた境遇を重ねていく描写・解釈が見事であると感じました。

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    投稿日: 2018.05.06
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    10年以上ぶりに読んでみた。他の遠藤周作のクリスチャン(浦上7番崩れとか)作品の記憶と曖昧になってた。映画も見よ。

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    投稿日: 2018.04.15