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ふしぎなキリスト教
ふしぎなキリスト教
橋爪大三郎、大澤真幸/講談社
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総合評価

411件)
4.0
112
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68
12
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    キリスト教の不思議さもそうですが、日本宗教の不思議さも分かる一冊です。日本で生活していると、あまり意識的に考える必要のない宗教ですが、実は日本文化と日々の生活に深く根づいていて気づいてないだけだったりします。それを、キリスト教と対比させることで洗い出す。巧妙な書です。

    0
    投稿日: 2015.01.26
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    ぜひオススメしたい一冊。 自分はキリスト教のことはほとんど知らなかったが、それでも最後まで読み進められたし、とてもためになったと感じる。 キリスト教とは何なのか、他の宗教とどう違うのか、世界にどう影響を与えているのかが分かりやすく書かれている。 西洋社会に囲まれた僕らが読むべき一冊だとおもう。

    0
    投稿日: 2014.12.27
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    このレビューはネタバレを含みます。

    ブックオフに100円で出たら読もうと思っていた一冊。 現代日本の社会学者の視点でキリスト教の歴史から世界への影響が裏読み的解釈もまじえて縦横に交わされる。 哲学思想、政治経済、自然科学、芸術、つまり人間のあらゆる営為をまきこむ最大宗教をどう認識し受けとめるか。 ずっと聞いていたいような面白い対談である。

    0
    投稿日: 2014.12.06
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    キリスト教のことにそれほど興味があるわけでもなく、2人の著者には興味はわきましたが、発売当時、手にとって結局買わずにいました。ところが、新書大賞だとかでなんだかたくさん宣伝されるようになって、書店の平台にもたくさん積まれていて、つい買って読んでしまいました。でもこれは、正解でした。実は、私は高校時代、キリスト教系の私立高校に通っていましたので、毎朝の礼拝で、あるいは聖書の時間に、聖書を読む機会がありました。そのなかで、「放蕩息子」の話などをはじめ、いくつか腑に落ちない話があったのです。今回、本書を読んで納得できたというわけではないのですが、こういう疑問を口にして良いのだということが分かっただけでも良かったのです。これは聖書に書かれたことだから、そんな質問とかしてはいけないのではないかなんて、たぶん高校生当時は思っていたので。本書で最も驚きは、ユダがイエスに頼まれて裏切ったという説?があるということ。それは、なかなかおもしろい。「ユダの福音書」ちょっと読んでみたくなりました。

    0
    投稿日: 2014.10.29
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    このレビューはネタバレを含みます。

    あえて著者大澤氏が挑発的な質問者となって、時には冒涜ともとられかねない問いを発し、それに対し社会学者の橋爪氏が答えるといった対談方式で本書は進む。 ”信仰”というものには”決断”という要素、従って、”責任”と言う契機が入ってくるところが”認識”と違うところである。ある人を預言者として受け入れ、その人にコミットするということは、究極的には神が言ったという根拠がないところを「えいやっ」と思って決断し、選択することだ。ここに、”認識”と違って、信仰における”決断”という要素が入ってくる。 奇跡というものも、とらえ方が違う。世界は神が創造したあと、規則正しく自然法則にしたがって動いている。誰も自然法則を1mmでも動かすことは出来ない。その意味では世界はすみずみまで合理的である。でも必要があれば、神は自然法則を一時停止できる。これが奇跡だ。世界が自然法則にしたがって動いていると考えるからこそ、軌跡の観念がなりたつ。よく、この科学の時代に奇跡を信じるなんてという人がいるが、科学をつくった人々だからこそ、奇跡を信じることができる。科学を信じるから奇跡を信じる。これが一神教的に正しい。 キリスト教の考えについて、色々と本書では述べているが、これを読めばキリスト教が少しは理解できるだろうと思うが、初心者むきではない。ある程度、理解している者が読んで、知識を向上させることができるといった書である。

    0
    投稿日: 2014.10.11
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    知れば知るほどわかっていないということに気づくということが多くありますが、キリスト教をはじめとした一神教の世界もまさにそのようなものだと言えます。しかし、 世界の多くの部分で一神教の文化が底流にあるわけですから、そこの基本的な部分を知らずには、他の部分でも理解できないことも多いように感じます。そういったふしぎな一神教の世界への入門書(レベルが低いというわけではなく、とっつきやすいという意味で)として、本書はとてもよいものでした。

    0
    投稿日: 2014.09.23
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    二人の社会学者による、キリスト教をめぐる対談です。ただし、大澤はほぼ産婆役に徹しており、比較宗教社会学の分野で業績のある橋爪がみずからの意見を説明する役割を受けもっています。本書は、社会学的な観点からキリスト教という宗教を考察することを目的としています。とくに、世俗化された現代社会におけるさまざまな社会現象・文化現象に、キリスト教の発想がどのような影響を与えたのかということが、くわしく論じられています。 人間は、与えられた生存の条件を超えて、よいよい状態を思い描く想像力と、それを実現しようとする欲望をもっています。宗教は、こうした人間の想像力と欲望の具体的な形を、神に投影したものにほかなりません。ただしその投影の仕方は、一神教と多神教とで異なっています。多神教では、それぞれの現象の背後に神々が控えていると考え、人間の生存の条件が脅かされているとき、そうした神々の恩恵に頼ろうとします。他方、一神教では、有限で罪深い人間の営みの背後に、完全な能力と意志と知識をもった人格神が存在すると想定します。そこで人間は、この世界がなぜこんなにも不完全なのかと絶えず神に問いかけ、対話を重ねながら日々を送ることになります。そこでの信仰は、自分にとって都合の悪い出来事があってもそれを引き受け、ことばで認識し、理性で理解しようとする態度につながっていきます。 ユダヤ教では、ヤハウェがアブラハムに呼びかけたことで、神と人間との契約がおこなわれたとされます。人間から隔絶した神がアブラハムに呼びかけるということは、関係のないところに関係をつくり出すことにほかなりません。これが「神の愛」であり、この「神の愛」を純粋な形にしたのがイエスでした。彼は、神の呼びかけに答えるには、割礼やその他の具体的な行動は何も必要がないと主張しましたが、それはまさしく「神の愛」を純化することでした。「神」という超越的な審級を、関係のないところに関係を築くものと規定しているところに、著者たちの社会学的な観点がよく示されているように思います。 このほか、キリスト教が近代以降の歴史・文明に与えた影響が、ウェーバーの宗教社会学の業績を踏まえながら解説されています。

    0
    投稿日: 2014.09.17
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    ☆☆☆2014年9月☆☆☆ キリスト教に対する理解が少しは深まった気がする。対談形式で非常に分かりやすい。聖書では、神は万能なはずなのに、よく間違えるし後悔する。そんなところをユーモラスに表現している。裏切り者のユダに対して同情的なのも印象に残った。イエスが、ユダに対して裏切りを促したというのは、あまりにも穿った見方だという気もするが・・・ ☆☆☆2019年12月☆☆☆ なぜ、キリスト教を基礎とする西洋が近代化でリードしたか?中世においては、イスラムのほうが遥かに先進的だったのに。 その答えは「キリスト教徒は自由に法を作れる」事にあるという。興味深い考えだ。 福音書のメチャクチャなところに突っ込みを入れるのも面白い。何度読んでも楽しめる一冊だ。

    0
    投稿日: 2014.09.16
  • 誤りもひっくるめて、ふしぎな社会学の本!

    本書が出版されてから、称賛の声とともに、批判・反駁する書物や論文が一体どれだけ出ただろう。 例えば『ふしぎな「ふしぎなキリスト教」』という本は”ふツー連(ふしぎなキリスト教問題を考えるツイッター市民連合)”という団体による批判。 これは「本書の2ページに1つは誤りがある」というくらいの厳しい批判なのだが、 実は、ふツー連が一番厳しく批判しているのは、 本書を教科書として使っているような教会や神学校である。 確かにそうだ。だって本書は 「キリスト教ってふしぎだなぁ」 そういう本なのである。 不思議なものに興味を持つのが人間の性。 「そうだなあ、不思議だなあ」 と思って、それから入門書に進めばいいのだ。 対談なので気軽に読める。 だが、本書の著者たちは社会学者であり、キリスト教に関しては素人であるし、 まして、信仰へ導くために書かれているものではない。 教会や神学部で「教科書」として使うなど、その教会や大学の資質を疑いたくなる。 正直、本書に書いてあることをメモしながら読むなどはおすすめしない。 専門的に神学を学んだわけでもないただのキリスト教徒の私から見ても、 価値観以前に基本的なレベルの間違いが多いから(苦笑) だが、キリスト教徒にとっても、彼らが「ふしぎなこと」として 挙げていることついて考えてみることは無意味ではない。 教会で使うなら議論の題材として良いだろう。 自分たちが当たり前と思っていることが、他者から見たら「ふしぎ」である ということを知れば、視野が広がるだろう。 これはキリスト教徒にとってのキリスト教だけでなく、 日本人にとっての日本、などについても言える。 また、キリスト教関連書としては異例のベストセラーである。 本書の誤った箇所も含め、既に「日本のキリスト教理解」の一部となっている。 そういう意味では「社会学」の本としても一読をお勧めする。

    9
    投稿日: 2014.09.16
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    もし本書の言っているこてがキリスト教の本質なら、到底受け入れられません。 人間に無償の愛=赦しを求め、しかも神に救われるかどうかは神次第。自分の信仰心とは無関係に審判を下す。多神教との違いから、赦すも罰するもヤハウェ次第だなんて、とんだ独裁者じゃないですか(笑)!それゆえに一神教なんでしょうけど……そんな神を信仰するなんて信じられません。まだ多神教の方が良いです。 キリスト教のふしぎを割りと分かりやすく解説していると思います。キリスト教の素朴な疑問に対し、簡潔に答えてくれるので読みにくいということはありませんでした。 アマゾンのレビューでは評価が低いです。著者の信憑性がないのでしょうか……。 しかしキリスト教の狭量さにはびっくりです。愛と寛容が第一かと思っていましたが、人間を救いの対象とするかは神の気まぐれにかかっているとは……蓼食う虫も好き好きですね。 キリスト教と西洋文明の関連はちょっとこじつけじゃないか?と思うところがあります。 例えば、キリスト教ではないのですが、イスラムで製造業が栄えなかったのは、イスラム教では偶像崇拝を禁止していて、ものづくりが得意ではなかったからと述べる件がありますが、ちょっとそれはどうだろうよ?と思います。 西洋文明が世界を席巻しているのはキリスト教の恩恵と言っているのも違う気がします。人口が多ければ競争が生まれ、活性化されます。西洋は人口が爆発的に増えて、大航海時代に積極的に領土を獲得していったので、世界を席巻するのは当たり前だと思います。 300ページにも渡る本で、難い文章かなと思いましたが、比較的サクサク読めて面白かったです。僕の評価はAにします。

    0
    投稿日: 2014.08.04
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    これはベストセラーだったのね。なかなかわかりやすい。キリスト教がいろんな矛盾をはらんでいることがわかった。ただ、信者の立場から反論もあるだろう。言い分を聞きたい。

    0
    投稿日: 2014.06.29
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    この本、日経新聞の広告が出ていたちょっと前から気になっていたので読んでみた。一神教のことが少し分かったような気がした。宗教改革、ルネサンス、産業革命、植民地支配、大量消費社会という文明の歩みの側面も、なるほどそう考えるわけね、と感心した。 俺は無神論者ではないが、何某かの宗教に入信はしていない。 代々の墓は臨済宗のお寺にあり、実家には仏壇があったり、方違さんの札があったりするが、般若心経すら諳んじれないし、おみくじは何度でも引きなおす。まぁそんなもんである。 アマゾンのレビューを見ると☆一つが多いこと。「間違った記載、底の浅い内容、こんな本を世に送り出すのが浅はか」と厳しいことがたくさん書いてある。この本が全部正しいとも思わないが、何よりも心の拠り所にしていることにケチをつけられたと思うとこういう批判が出るのだろう。やはり宗教の話を話題に載せるのは難しい。 それこそ、信じる宗教を人生の礎にされている方もおられるから、宗教の話を安易に語りたくない、だからこれ以上突っ込んだことは書かない。そういうところは心に仕舞っておくので、どうか覗かないでほしい。

    0
    投稿日: 2014.06.17
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    このレビューはネタバレを含みます。

    マックス・ヴェーバー『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』 プロテスタンティズム、とりわけカルヴァンのつくり出した教義に規定された生活態度(エートス)が、近代的な資本主義への決定的なドライブを生んだ。 エートス=それにふさわしい行為を実践するなかで体得される<習慣によって形作られた>行為性向である。 カルヴァン派=予定説(あるいは二重予定説)。神によってあなたは救われる側か呪われる側かあらかじめ決定されており、その決定を人間があらかじめ知ることは原理的にない。人を善へと導く契機の消失。(回心の否定) 地上の自分の利益を考えて行動すると、自堕落に暮らすことが支配戦略になる。 なるほど、ではなぜ人々は勤勉になったのか? ゲーム理論的には当然でてくる支配戦略をあえて否定するような行動様式が、むしろ支配的になるという逆説が効いている。 なぜ、キリスト教以後、体型的な自然科学が生じたのか。 中世のある時点のイスラム教はいち早く古代ギリシャの哲学の見直しをしたり、錬金術が行なわれていた。 イスラム教及び、ユダヤ教じゃ宗教法がある。目的は宗教法の発展と解明。一方、キリスト教はいわば神に置き去りにされた。そのため創意工夫が必要なった。特に宗教改革が、自然科学にはづみをつける。プロテスタントは神を絶対化する。物質世界を前にしたとき、理性をそなえた自分を絶対化できる。理性を通じて、神と対話するやり方の一つが自然科学である。 近代的民主主義 ≠ 神権政治 近代国家が立法権を持ってるいるのは神のアナロジー。宗教法を持ってないが故に、ローカルな世俗法に従った。自然法(人権もここに入る)天地が作られたと同時にあるネイチャー。 世俗化というと宗教の影響を脱することを言うが、キリスト教は世俗化において一番影響を発揮するという構造になっている。カントの倫理学に定言命法というものがある。定言命法とは、いついかなる場合でも、絶対に従わなければならない、倫理的な命令。さてこれをどう導くか。 それぞれの人が、自分はこういうふうに行動するという原則を持っている。そのことを「意志の格率(証明の必要がない基本的な行為原則)」と呼ぶ。その意志の格率を普遍化したとき成り立つものが定言命法となる。これはカント流の隣人愛。キリストが説いた隣人愛を、カントのやり方で哲学的に正当化した。カントはキリスト教、神の存在をカッコに入れたうえで哲学をしてるが、その結論はきわめてキリスト教的になる。

    0
    投稿日: 2014.06.15
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    このレビューはネタバレを含みます。

    2014/05/30:読了  ★10個あげても良い。  これは買って残しておきたい。 ----以下書評--- キリスト教徒は馬鹿 http://my.shadowcity.jp/2014/05/post-4786.html 思考回路が人間のモノとも思えないような話でアレなんだが、韓国にキリスト教が普及したのは米軍のせいだという話もあって、連中にしてみりゃ、まんざら関係なくもないらしいw つうか、まだ行方不明のままの人がたくさんいるんだろ? アレだよ、浮き袋つけて、タグボートで港まで運んだ方が早かったんじゃないか? 読んでみました。 キリスト教徒ではないし今後もなるつもりもないけどキリスト教がどんなものが理解したい、という人にはオススメです。 この本を批判している人のほとんどはキリスト教関係者だと思います。彼らは信仰があるからこの本の説明が気に入らないのでしょう。彼らには彼らなりの信仰と、それを正当化するための解釈をもっているので、社会学者のドライでストレートな批評が邪魔でしょうがないのです。 よくあるキリスト教入門的な本は、キリスト教関係者がキリスト教徒を増やすために書かれた本であって、そういう本が良いと思うのならそういう本を読めば良いと思います。 それにしてもこの本に対する批判を通じて、キリスト教関係者が狭量だと言うことがよくわかりました(笑 彼らが批判を許さないのは昔から現在に至るまで変わらないようですね。

    0
    投稿日: 2014.05.10
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    対談形式なのはすごく読みやすかった。キリスト教は授業で勉強したはずだけど、結構知らないことが多くて知的好奇心が非常に刺激された。

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    投稿日: 2014.05.02
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    無宗教な日本人向けの本。 3回の対談をまとめた構成になっていて、キリスト教の成り立ちや聖書の解釈の仕方がすごく分かりやすく説明されています。 また、対談されたお二人がそれぞれはじめにとあとがきに「すごく楽しい対談だった」旨書かれてますが、確かに読んでいて本質に迫っていく議論の臨場感を感じました。 仏教編もあるそうなので、読んでみたい!

    0
    投稿日: 2014.04.18
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    【目的】 日本人にとって理解しにくいキリスト教の中身と、それが近代社会に与えている影響について、対談を通して説明する。 【収穫】 最低限覚えておいて損はないキリスト教の基礎知識を身に付けることができた。 【概要】 ■ユダヤ教とキリスト教: キリスト教の起源はユダヤ教。両者の違いは、大きく言えばイエス・キリストがいるかどうかだけ。この2つもイスラム教も同じ神を信仰する一神教であるという点において違いはない。イエスの教えもユダヤ教を前提としているため、旧約聖書がキリスト教においても聖書となっている。 ■一神教と多神教: 一神教は、この世界の出来事の背後に唯一の原因(=God)がいると考える。多神教は、それぞれの現象の背後にそれぞれ神がいると考える。多神教と違い、一神教では、唯一の人格的な存在であるGodとの対話(=祈り)が成り立つ。但し、Godの意思に介入したり合理的に解釈するということはできない。あくまで、Godがそうしたいからというある種の不条理を受け入れる。また、一神教と儒教と仏教は、神々を否定しているという点で、伝統的な多神教と対立している。 ■日本人が宗教に馴染めない背景: ①宗教の登場には、異民族の侵入や戦争によって社会が壊れた時にどう立て直すか、という問題設定がある。それが日本にはない。②科学と宗教における奇蹟は対立するものではなく、合理的な科学(自然法則)によって動いている世界に例外的に発生するものを奇蹟と捉える。日本人は科学と宗教を対立に見てしまう。③キリスト教における隣人愛の教えには、ユダヤ教における律法の廃棄が前提にある。この律法→隣人愛への転換に関する理解が日本人に薄い。 ■プロテスタントとカトリック: 16世紀から17世紀にかけて、カトリックの主流派を批判して出てきたキリスト教の様々なグループ。神-聖書-人間の間に誰かが立ってはいけないという聖書中心主義が基本的な思想。カトリックは、カトリック教会を唯一正当な教会であるとし、それに参加していることがキリスト教徒の条件とする。なお、キリスト教にある大きな2つの流れを考える時には、カトリックと東方正教で考える。プロテスタントはカトリックの流れ。 ■キリスト教が社会近代化に繋がった理由: ①自由に法律をつくれたから。ユダヤ教はユダヤ法、イスラム教はコーランに縛られる。キリスト教は何がやりたいか、禁止されていないかのみを考える。②宗教改革によって新大陸に移住したから。③人間の理性を信じ、かつ世界を神が創造したと信じたから。神が世界を創造した後の残された世界はただのモノであり、それに対し理性を持って向き合うことで自然科学が発達した。 【感想】 新書大賞2012第1位の広告につられて読了。単純に読み物として面白かった。聖書を読んだこともないが、読むだけでキリスト教が分かった気になる(あくまで気になるだけだが)。個人的に興味深かったのは、信仰における宗教と科学の矛盾をどう受け取るか、という部分。キリスト教徒の多くは、科学と矛盾しないレベルで宗教を信じ、福音派と呼ばれる一部は、宗教と矛盾しないレベルで科学を信じている。一方、日本人は宗教に限らず、こうした矛盾律に気づかない・気にしていないというのが、対談中での指摘として挙げられている。

    0
    投稿日: 2014.04.15
  • 面白すぎて2回連続で読みました

    キリスト教が何なのか、何故世界中で何億人もの人が信仰するのか、どうもずっと腑に落ちていなかったのだけど、キリスト教を理解するには聖書のダイジェストを読むんじゃなくて、こういう客観的に批評する本じゃなきゃダメだと痛感。対談形式で「一神教って何なの?」というベースのところから語っているのですが、その内容が本当に面白い。キリスト教を信仰するのは内容どうこうじゃなくて安全保障のためだ、という解説には目からウロコ。多民族からの侵略の心配のない立地的に恵まれた環境の日本には一神教は生まれないはずです。

    6
    投稿日: 2014.04.12
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    言うまでもなく、今、世界を席巻しているのは、 欧米由来のルールや習慣、文化などだったりします。 欧米の様式をデファクトスタンダードとして、 世の中は成り立っているところがある。 つまり、欧米のやり方が、世界のあらゆる場面の常識になっているということです。 そんな欧米の考え方を成り立たせているのは、 近代になって世俗化し、一部ではもはや形骸化してきているなどとも 言われているキリスト教だったりするのです。 哲学や科学が発展し、人間の理性を重視して宗教への態度が希薄になったことで、 キリスト教の考え方に縛られなくなったかといえば、 それはまったくそうではなく、その根本に、キリスト教の考えかたから、 順にも逆にも影響を受けていたりしている。 それだけ、すごい宗教なのがキリスト教であり、 そしてふしぎな宗教なんだということを本書では大澤さんが質問者として 橋爪さんに教えてもらっている。 本書は3部構成で、第1部ではキリスト教の下敷きとなっている旧約聖書を、 つまりユダヤ教をみていきます。 第2部では、新約聖書を中心にキリスト教そしてイエス自身に注目しています。 そして第3部では、キリスト教成立後のようすから、現代にいたるまでを 扱っています。 大きなテーマは、大澤さんのセリフから抜き書きするとこうです。 「近代社会の最もベースになるような制度やアイデアや態度が、 一見キリスト教を脱してるようでいて、いかにキリスト教的な 前提の中でつくられていたか」 それを確認するべく、いろいろ見ていくのです。 面白いのは、イスラム教やユダヤ教と違って、 キリスト教はあいまいでゆるい部分があることです。 そして、それゆえに、信者たちはクリエイティブに 頭を使うことになっているんだと思うんですよね。 その結果、西欧社会は発展していき、いまや世界を席巻している。 そこから学ぶことって、がんじがらめのルールでは人は成長しずらいんじゃないだろうか ということです。 えーと、日本人だからキリスト教は関係ないやってことじゃないんですね。 最初に書きましたが、世界の常識になっているものは西欧のキリスト教由来の常識です。 この国の憲法や芸術や民主主義や市場経済や科学技術というものも、 キリスト教社会からもらってきた子どもなんだ、とあとがきで書かれていて、 その子どもたちが自分たちのルーツを知りたい、知ることで何かしっかりできそうだ、 ということで、本当の親であるキリスト教に会うようなことが、 この本を読むことにあたるのです。 これは橋爪さんの喩えですが、じょうずですね。 大澤さんについては、「正義」についての著書を読んだことがあり、 すごく知識を積んでいる方だという印象がありました。 橋爪さんの名前は来たことがある程度でしたが、 今回読んでみて、また一人、リスペクトできる学者の方を見つけたな、 という感想を持ちました。 現代社会に対する基本的な認識を持つために、 読むとすっきりするところのある本です。 キリスト教やユダヤ教などをほとんど知らなくても、 本書でそのエッセンスを享受できると思います。 面白かったです。

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    投稿日: 2014.04.10
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    散々酷評されてますが、とっかかりとしては最高なのでは? 神とは何なのか、宇宙はどうやって発生したのか、日本のアニミズムとキリスト教の違いを最初に提示したところが、1番衝撃的でした。

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    投稿日: 2014.04.08
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    キリスト教について何も知らない人が読んでもある程度キリスト教についての理解が得られると思う。ただ、キリスト教についての知識がある人でも読む価値があるように作ってるからなのか、良くも悪くも、教科書的な入門書ではない。 これを読んだ後にもう少しアカデミックな本を読むとか、時間をおいてからもう一度読む、と言ったことがすごくいい気がする。 もう一回読んだら多分星5になる

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    投稿日: 2014.04.06
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    さすが新書大賞受賞作品。 複雑なテーマを扱ってるはずなのに、ひとつずつ丁寧に解説されていて、明快。 おもしろい。

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    投稿日: 2014.04.05
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    欧州文化、西洋文化理解のためにはキリスト教を理解しなければということで購入。本の主題であるキリスト教への誤解を解くために、日本人として分かりやすい事例を用いて解説してくれていて、なるほどたしかにと思うことが多々あった。宗教と科学、宗教と資本主義において「矛盾してるじゃん」と思っていたこともああそういう解釈なのねと理解できました。良く引き合いに出される進化論との整合性については、日本に於ける天皇の存在と比較すると腹落ちする。つまり、進化論を理解しつつ一方で天皇は神の子孫だと信じている状況。キリスト教に限らず、科学に抵触しない範囲で宗教を信じる人々と、宗教に抵触しない範囲で科学を信じている人々が居るということが理解できて良かった。あと、アダム・スミス「(神の)見えざる手」の衝撃が如何に破壊的だったかなどが印象に残りました。

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    投稿日: 2014.03.11
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    社会学者2人による対談。 グローバリゼーションが進む今日、もっと西洋を理解していくためにはキリスト教を理解することが必要だということでキリスト教について問答します。ユダヤ教からキリスト教が勃興した過程やその他の宗教との違いが語られます。 対談したものを本におこしているせいもあり、不正確な記述が多いとネットで批判されているようです。社会学者とは、自分の主張したいことに合わせてテキトウなことを言ってもっともらしく議論を進めていくヒトたちなのでまあそんなものでしょう。宗教関連ということですので読者によっては激怒かもです。

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    投稿日: 2014.03.08
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    あいだをあけてしまったからよく分からなくなったけど、なんかおもしろいのは分かった! また読もう。 とりあえず最後に心に残ったメモだけ。 p334 橋爪さん「日本人がモノづくりに長けているのは、アニミズムと関係があって、ロボットにも全絵抵抗がないし、モノに何かスピリットのようなものが宿っていると思っている。・・・中国もインドも、モノづくりにそこまで思い入れ込みがない。モノをつくる人よりも、何か考える人のほうが偉いという世界なので、モノをつくる人の社会的地位はそんなに高くない。・・・日本が、モノをつくる人の社会的評価がいちばん高いと思う。・・・」 このアニミズム的〈モノ←スピリット〉の考え方っておもしろいなあ。

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    投稿日: 2014.03.03
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    面白かった。 そもそもはネットストアの2013年新書売上げみたいなページに行ってみたら、なんと大澤先生の本が入っているじゃありませんか。 大澤先生=大澤真幸先生。大学時代、社会学概論の先生でした。あちらは私のことをご存じないはずですが、私は一度単位落として二年も取ったからよーく覚えてますですよ。 一年目は、年配のスーツをバシッと来た先生が前期を教えていて、「後期の先生は、東大を出た頭がよくて若い真面目な先生」を連呼していたので、そーゆー先生を何となく頭の中でイメージしていたのですよ。 そしたら。 リーゼントっぽい頭に細くてちっこい男の人が(失礼)、だぼだぼのズボンはいて、てってってっと走って教壇に上がったので、一瞬、「事務の人?」と思ったら「僕が大澤です」っておっしゃったんで、何てゆーか自分の想像力の貧困さに笑ってしまいました。ごめんなさい。 そんな大澤先生ですが、前期の先生がおっしゃる通り頭がよくてまじめで、正直お書きになった本は、日本語が……へたくそな翻訳文みたいな文章で、「あんなに授業が面白いんだから、本も読みたいのに、これじゃ最後まで読めないなぁ」と思っていたのですよ。 なのに好奇心に負けて時々買っては、「やっぱり今回も最後まで読めなかった」と思っていたのですが。 大澤先生! 一般向けの本では、対談、もしくはしゃべり言葉でお願いします! めっちゃ面白い!判りやすい!これで書いてくれたら、以降の本全部買う!! これの間違いを指摘したサイトも見ましたが、誰ぞも書いていた通り、これ読んだあとそのサイトに目を通せばだいたいキリスト教理解できるんじゃね?って感じです。 正確なキリスト教の知識が必要でないなら、この本で充分。めっちゃ読みやすくて判りやすいです。

    0
    投稿日: 2014.03.03
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    宗教に興味のない人にとっては全く掴み所のないキリスト教 キリスト教どころか仏教、神道ですらもさっぱりな自分のために書かれたような一作。 ありがとうございます。 痒いところに手が届く、わかりやすくておもしろかった。

    0
    投稿日: 2014.02.10
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    ・細かい事実の誤りは多数あるようではあるが、キリスト教というものを、他の宗教と比較しながらざっくりと捉えることができる。読み終わると、そういうことだったのかと結構すっきりする。ネタレベル(=エビデンスがなく、単なる筆者の見解レベルの話)の話も多いようなので、本格的に宗教学や社会学を勉強した人に話すときには注意が必要。 <以下読書メモ> 1.章 起源としてのユダヤ教 ・ユダヤ教、キリスト今日、イスラム教ももとをたどればアブラハムの宗教。 ・ヤハウェ(エホバともいう)の神がアブラハムに語りかけた。旧約聖書のノア、モーセ、アブラハムは預言者という。イスラム教のムハンマドも預言者。イスラム教によれば、イエスキリストも預言者の一人。 ・ユダヤ教の律法は、ユダヤ民族の生活ルールを列挙して、これをヤハウェの命令(神との契約)だとする。これを守っていれば、他の土地にすんでもユダヤ人としてのアイデンティティを維持できる。 ・旧約聖書の創世記によると、神は人類を創造した。アダムとイブの子孫が人間となる。でも、人間が神に背きだしたので、世界をリセットしようとした。でもノアだけは助けてやろうと思って、助けた。ノアの子孫が世界中に広がった後、次はアブラハムに語りかけた。これがイスラエルの民(後のユダヤ民族)の出発点になる。 アブラハムの子でイサクはユダヤの先祖であり、砂漠に住み着いた、妾の子イシュマエルは砂漠の民となりイスラムの先祖となる。次には、ヤコブ・・・(7人の子がいたとされる)。飢饉を逃れて、イスラエルの民はエジプトへ移る。その時点で60万人になる。それが、モーセに率いられて(出エジプト記)エジプトを出て、シナイ半島を40年間さまよい、カナンの地(今のパレスチナ)に戻ってくる。その後も預言者は出てくるが、アブラハムの子孫以外には預言者は出てこない。その意味で、彼らは神に選ばれた民族といえる。 ・一神教は、世の中の事象には唯一の原因があると考える。従って、神と対話する。「どうしてこうなっているのですか?」みたいに。つらいことを試練だと考える。 これは、「超ポジティブシンキング」なのではないか?(私見) ・多神教は自然現象の背後に神がそれぞれいると考える。神々のネットワークみたいなもの。神と神で喧嘩したりする。原始宗教。日本はまだこれが残っている珍しい地域といえる。神道はこれにあたる。 日本の神は友達みたい。例えば、「笑いの神」とか「代打の神様」とか。神様同士も喧嘩するし。神様と人間が共存している感じ。 ・仏教は唯物論。シャカ族の王子として生まれたガルダマ・シッダルタが開いた。自然現象の背後に神などいない。全ては因果律によって起こっているだけ。全ての事象は自然法則によって起こっているだけ。だから、自分を取り巻いている宇宙の法則をどれだけ徹底的に理解したかが勝負であり、それを徹底的に理解した人が仏(ブッダ)と呼ばれる。仏(ブッダ)といえども、宇宙の法則を1ミリたりとも変えることはできない。それを認識し、自分が宇宙と完全に調和した状態を理想とする。ただし、法則は悟ることはできても言葉で表現することができない。ここに悩みがある。 ・儒教は自然はコントロールするべきものだと考える。コントロールの手段は政治。・政治は大勢の人々が協力することなので、人々の中のリーダがリーダシップを発揮しないといけない。儒教とは古典を読んで、政治的なリーダを育成するシステムのことである。 ・奇跡と科学は矛盾しない。 ①キリスト教と矛盾しない範囲で科学を信じる派 ②科学と矛盾しない範囲でキリスト教を信じる派 がいる 2章.イエスキリストとは何か ・イエスキリストとはナザレで生まれた大工のヨセフの子供で実在の人物。これが通常の預言者と違うところ。つまり主体性を持っており、神自身でもある。 ・神は2回、人間界に介在している。ひとつめは、ノアの洪水、二つ目はイエスキリストを使わした。神はノアの洪水で世界をリセットした。モーセに律法を与えてこれを守らせた。でも守れない人間が多くなってきたので、再びイエスキリストを使わした。キリストは罪なく人間に殺されたので、人間に復讐する資格がある。人間としてもイエスキリストは罪を償った。いわば、モーセの律法を守るというルールを変えて世界を救おうとしている。このメッセージを受け取って、救いだと思う人と思わない人がいる。 ・キリスト教には人間は生まれながらに罪を背負っているという原罪という考え方がある。 ・新約聖書の4つの福音書(マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネ)はイエスキリストについての伝記と読める。福音書は互いに参照しあってる。マルコが一番古い。 ・キリスト教はイエスキリストという人間とセット。 ・キリスト教では、イエスは人間であると同時に神の子供。イエスキリストは神の子供であり、罪なく処刑された。 ・新約聖書の○○の手紙はほとんどがパウロが書いた。ギリシャ語ができたからかもしれない。(当時のグローバル言語)

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    投稿日: 2014.02.05
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    私たちが一度は聞いたことはある、けれどよくは知らない。 そんなキリスト教について、専門家の視点で読み解いてくれる本です。 別に宗教の批判をしているわけではなく、教えについて論理的整合性を求めているだけなのですが、それが結果的にキリスト教の危うさを指摘しているようにも見えます。 この本を読んでわかるのは、結局宗教は論理とは殆ど親和性がなくて、深く考えると綻んでしまうということ。 そもそもこの不完全な世界を全知全能の神が作ったという前提に無理があるし、祈っても必ず助けてくれるとは限らない神様をどうして崇めるのか…そんな疑問を解決してくれます。

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    投稿日: 2014.01.30
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    キリスト教のことをよく知らない人がほとんどだと思います。その裏にある宗教観、人々の考え方、聖書の解釈など目からうろこの話ばかりでした。

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    投稿日: 2014.01.21
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    宗教対立とか、宗教から見るアメリカと日本の関係とかが分かる本なのかぁと思ったけど、 以外にキリスト教のマニアックな事柄について教えてくれる本だった。 ちょっと難しかったから、二度読めばちゃんと理解できるようになるかなぁ。 キリスト教というもの自体を、 結構入り込みながらも、でも土台を作ってくれるような感じで教えてくれる本でした。

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    投稿日: 2014.01.04
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    キリスト教の場合、「自分の息子の死」という出来事は自分に課せられた試練だと解釈する。つまり、厳しい目に遭っているのはあくまで自分自身で、死んでしまった息子ではない。 しかし、日本人的な感覚からすれば、厳しい目に遭ったのは、自分も含まれはするけど、その第一位はやはり息子になる。 要するに、キリスト教の信者は何事も自分本位に、自己中心的に捉えるのではないか?そういった考え方と個人主義というのは、どこかでつながっているのではないか? キリスト教は、宗教法が無く、聖書や指針などがあまりに不明確なため、それを解明せんとするエネルギーが生まれ、論理的な思考や自然科学が発展したのかもしれない。また、隣人愛を実践するように言われても、そのための具体的な指針がイスラム教やユダヤ教のように定められていないので、良い物を作って多くの人に安価で質の高いものを提供する、素晴らしいモノを作って多くの人の暮らしを便利にする、最適なシステムをこしらえて多くの人の生活をより良くする、など近代的な技術やシステムが発展したのかもしれない。 一方、イスラム教やユダヤ教は、厳格や宗教法があり、それが緻密で無矛盾に整理されているから、それ以上を求める気持ちが薄れ、またそれに過剰に縛られてしまうので、宗教的な世界観から脱せないのではないか。しかも、法自体は古くに作られたものなので、昔(イスラム教徒で言えば中世)は隆盛を誇ったかもしれないが、今では時代にそぐわなくなっているので、発展が阻害されているのかもしれない。 とどのつまり、「隣人愛」だけを抽象的に説いたキリスト教の一種の”いい加減さ”が、時代時代の隣人愛をキリスト教徒に考えさせ、時代に合った発展を産んだのではないか。

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    投稿日: 2013.12.30
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     キリスト教の歴史や思想を2人の社会学者の対談によって解説したもの。キリスト教を理解することがなぜ大切なのか、ユダヤ教・イスラム教といった一神教とはどういう性質のものか、イエス・キリストとは何か、三位一体説とは何かといったことが、対談の中で明かされていく。 これまで宗教学や倫理学を少し勉強して、基本は分かっているつもりだった。でも正直、「イエスは神の子なのか人の子なのか」、「なぜイエスが罪を贖うと人類の罪が贖われたことになるのか」と聞かれたら、たぶん曖昧にしか答えられなかった。「三位一体説の聖霊って何」というのも、よく分からなかった。が、この本を読めば、何となくだが分かった感じもする。要するに三位一体説というのは、キリスト教がその論理を成立させるための解釈方法のモデルということが分かった。他にも強烈に印象に残る部分が色々ある。神とイエスの関係がアブラハムとイサクの関係に対応するというのも面白い。キリスト教は逆説の宗教、ということも分かる。神との対話が出来ないところに対話が成立するという逆説とか、救済予定説に則れば自堕落に生きるという戦略が支配的になるはずなのに、むしろその戦略を否定する行動様式が支配的になるという逆説などが挙げられる。他にも、ユダヤ教からキリスト教、イスラム教への流れ、仏教との違い、神学から哲学、自然科学から社会科学という学問の発達、などがとても興味深かった。  話しことばで書かれていて、たとえも多く、分かりやすいだけでなく、ところどころ笑えるのが良かった。一方で、信者の人はどういう気持ちでこの本を読むんだろう、とかどこまで理解しているんだろう、というようなことも思った。(13/12/23)

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    投稿日: 2013.12.23
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    久しぶりに、軽く脳が揺れました。 一神教やキリスト教に対して持っていた漠然としたイメージが、 一種の偏見だったと気付かせてもらいました。 そして、それらについての理解が深まることによって、 普段意識することの無い、日本人の宗教性や、神道、仏教についての理解が深まりました。 「外国語を知らぬものは母国語も知らない」 というのはゲーテの言葉ですが、 これは宗教や文化にも当てはまりますね。 それから、キリスト教への理解は、近代社会の成り立ちを考える上でも欠かせません。 この後は、マックス・ヴェーバーを読み直すことにしました。

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    投稿日: 2013.12.18
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    キリスト教についての疑問に答えてくれる対談本。 こんなこと聞いていいのかな?って質問をしてくれるので、今まで気になってたことも分かってスッキリ。 科学が聖書に書かれている内容と矛盾していても、何故キリスト教徒でいられるのか。 (というか、何故キリスト教徒から有名な科学者が何人もいるのか) 聖書の中の理不尽に思える話は何を伝えようとしているのか。 カトリックとプロテスタント、正教会の違い。 これらのことが何となくでも分かって良かった。 キリスト教の感覚と最も遠いところにあるのが日本人の感覚というのが興味深かった。 日本人は幸せなんだろうけど、キリスト教徒にとっての信仰が分かりにくいものなんだと思った。

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    投稿日: 2013.12.02
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    やっぱりそうだったの・・・ 近代・現代って西洋キリスト教そのものの価値観なんだなぁ。 キリスト教に大して影響されずに現代世界でがんばってる日本て、何と言うか、すごいね。器用と言うか、分かってないと言うか・・・ (日本人のクリスチャンの方たちは、普通の日本人よりヨーロッパ人に近い考え方をしているのかな? それとも、西洋クリスチャンと日本のクリスチャンは全然違うのかな?) 日本人が西洋人とどこでどのくらい違うのか、少し理解できて良かった。 日本人で良かったなぁ、なんてしみじみ思ったのは初めてです。 そう思ったってことは、私が日本人らしい日本人だということで、世界に対する自分の位置に自信を持てたような気がします。 しかし、日本の外に出たら、すごく大変そう!

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    投稿日: 2013.11.24
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    読み終えた。なかなか難しいけれども、要素要素は理解できたと思う。 また時間をおいて読み直そう。

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    投稿日: 2013.11.07
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    ちょっと気合いるけれども ためになる本。人に勧められてるんだけど キリスト教について背景が少し理解が深まった。

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    投稿日: 2013.11.03
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    宗教ってマジで概念的によく分からんので、こんな切り口で宗教を紹介してくれるとものすごく分かりやすい。

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    投稿日: 2013.10.14
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    海外の文学を読むにあたって、神の存在は無視できないことのように思うという発想から本書を購入しました。  なんといっても総称してキリスト教と言うのは一信教ですよね・・・多神教的発想の日本人の僕に、理解できるのだろうかという一抹の不安があったのは確かです。  【本書より抜粋】 「自分自身が無神論者だと思っていることと、実際に無神論であることとは違うのではないか。神を信じてはいないと信じていることと、実際に信じていないこととは別の事ではないか。そう考えると、無神論とは何か、と言うことは結構難しい問題になります。」  本書は、総称してキリスト教の矛盾点を指摘し、それにそれなりの回答を付している本です。僕の見解からすると、矛盾点は払拭されませんでした。でも、理解するように努力しなければ西洋文学は、読めませんからね・・・。

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    投稿日: 2013.09.30
  • キリスト教はややこしい

    かなり興味深かった。 これまで感じていたキリスト教の不可解さの回答が多くあった。 でもやっぱり、キリスト教は理解できない。 矛盾だらけなのに、それを受け入れて信じる人たちを理解できない。 それは自分が日本人だからなのか。

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    投稿日: 2013.09.25
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     「おどろきの中国」という本を読んで著者を知り、興味を持って本書を手にとって見た。  「西洋とは結局キリスト教型の文明である」と断言し、宗教が西洋社会に与えた影響というよりは、社会を構成したバックボーンそのものであることを様々な角度からわかりやすく語る本書をよんで、「社会学」という学問の奥の深さを知らされた思いを持った。  しかし、わかりやすく語っていることはわかるが、それでも難解である。  「一神教を理解する」「イスラム教とキリスト教はどこが違うか」「イエスキリストとは何か」を読むと、やはり当時の社会制度への理解を抜きにしては意味を把握することは難しいのではないか。  また、「いかに西洋をつくったか」を読むと、明治維新後の日本の「脱亜入欧」が実に無謀な試みだったことがわかるようにも思えた。  しかし、それでも読後に宗教の内容については理解できたとは思えない。  本書は「社会学」というこのようなジャンルの世界があることを知ることができるという意味では興味深い本である。

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    投稿日: 2013.09.22
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    めちゃくちゃ面白かった。世界は面白い。民主主義や市場原理、科学技術まで、近代のベースとなっているあらゆる制度や考え方は、キリスト教的思考が元。キリスト教の理解(=近代の理解)無しには、今、世界で、そして社会で起きている困難を理解することはできない。ましてや、キリスト教的世界で生きているにも関わらず、無自覚かつ無理解な日本人には、新たな社会や制度を構想することはより難しいのかもしれない。人が今の世界をつくっていく壮大な物語。近代に浸りきった自分には、これからの世界が怖いです。クリスチャンが読んだら怒るかも。

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    投稿日: 2013.09.21
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    疑問符がつく内容が散見されるけど、読んで損はないかな。日本的な考えとは根本的に違うことがわかれば、この本を読んだ価値はある。後は自力で学べば良い。個人的には西洋絵画を鑑賞するのにキリスト教についての知識がないと理解できないことが多いので、こういうのは大歓迎。

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    投稿日: 2013.08.22
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    間違いだらけ??なんてコメントもあったので図書館で借りたのですが、これは購入しても良いかな?と思いました。詳細は何かあるとしても、一神教から語ってくれていることが、わかりやすい。 祈りは、瞑想と違い、その本質は対話。 現在を将来の理想的な状態への過度的なプロセスだと受け止め、、不可解であることをそのまま受け入れ、超越的な神、人格神との対話により、あくまでも合理的に、理性で解釈し、現状を引き受けて生きる。 信仰とは、不合理なことを、あくまで合理的につまりGodとの関係によって解釈していくという決意。 信仰というものは、人間には必須でなければならないように感じました。 宗教じゃなく・・・信仰は必要。

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    投稿日: 2013.08.05
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    このレビューはネタバレを含みます。

    【ヨブの運命―信仰とは何か】p68 『ヨブ記』:理不尽な不幸に襲われたときに読む書物。 試練とは現在を、将来の理想的な状態への過渡的なプロセスだと受け止め、言葉で認識し、理性で理解し、それを引き受けて生きるということなんです。信仰は、そういう態度を意味する。 大澤、『創成期』エデンの園追放の話とグノーシス主義の「二元性」(善と悪) [偶像崇拝批判とマルクス主義の資本主義批判]p89 資本主義がいけないのは、疎外→物象化→物神化というプロセスによって、人間の労働がほんとうの価値の実体なのに、それが商品になり貨幣になり資本になり、物神崇拝されるに至って、自分がつくりだしたものをそれと知らずにあがめている転倒した世界だからです。この論理は、ユダヤ教、キリスト教の発想とそっくりだ。 マルクス主義の資本主義批判を参考にすると、一神教の偶像崇拝批判がよくわかる。偶像崇拝がいけないのは、Godではないものを崇拝しているからです。それは人間の業なんです。人間をあがめてもいけないし、人間がこしらえた偶像を崇拝してもいけない。 「社会福祉的な規定」をマックス・ウェーバーは「カリテート」呼ぶ。 カリテートは、イエスの教えの根底にも流れている考え方で、ユダヤ教がこの点を強調しなかったら、キリスト教もありえなかった。貧富の格差の拡大や社会階層の分解を警戒し、権力の横暴を見過ごせない。低所得者や弱者への配慮を、ヤハウェは命じている。p102 【民主性と絶対神】p105 ユダヤ教では、一つの絶対的な差別・差異が前提になっている。言うまでもありませんが、神と人間、ヤハウェという例外的な点との関係で、すべての人が平等化されるという仕組みになっているように思います。その結果として、王権が民衆をコントロールするという、一種の民主主義が実現したのでしょう。ヤハウェは、民主主義的平等を可能にする、絶対的な例外的な差異ですね。王といえども、ヤハウェはとの関係を考えれば、他の人間と違うわけではないので、勝手な権力はふるえません。 【奇跡と科学は矛盾しない】p116 大澤「合理的な自然法則の厳格な支配を確保しておいたうえで、それに対する完全な例外として奇跡は生じるというところにポイントがある」 橋爪「科学と宗教が対立する、と考えるほうがナンセンスです。科学はもともと、神の計画を明らかにしようと、自然の解明に取り組んだ結果うまれたもの。宗教の副産物です。でもその結果、聖書に書いてあることと違った結論になった。そこで多数派の人々は、「科学を尊重し、科学に矛盾しない限りで、聖書を正しいと考える」ことにした。こうすれば、科学も宗教も、矛盾なく信じることができます。天動説や進化論やビッグバンセオリーは、こうしてキリスト教文明の一部に組み込まれた」p122 ①多数派の考え方:科学と矛盾しない限りでキリスト教を信じる ②福音派の考え方:キリスト教と矛盾しない限りで科学を信じる パリサイ派、サドカイ派、そしてエッセネ派 エッセネ派:裁きの日は近いと考え、人里離れた山の中にこもり、独身主義で祈りの生活を送った人々。 思想としてはイエスと近いが、実際に布教を積極的にしたかいなかでの行動の部分で異なる。 [古代法・同害報復説]p200 被害者(の親族)が直接、加害者(犯罪者)に復讐する。これが刑の執行で、正義だという考え方。 イサクの犠牲とキリストの処刑の対応関係。p205 ・キリスト仮現説:実在するのは神だけで、イエス・キリストはバーチャルな3D映像。 ・人間説:イエスは100%人間で、神の子どもでもなんでもない。せいぜい預言者だ、という考え方。 →論争の結果、どちらでもない中間に落ちつく。→イエスは「完全な人間であって、しかも、完全な神の子である」p209 橋爪「キリスト教の優位については、いろいろに言えると思うのです。宗教改革も大事だし、新大陸の発見も大事だし、科学技術の発展や産業革命も大事だし、資本主義も大事だ。でも、最も根本的なところで、一番大事な点を取り出すとすれば、それはキリスト教徒が、自由に法律を作れる点だと思う」p275 【予定説と資本主義の奇妙なつながり】p295 カルヴァン派、予定説 【自然科学の誕生】p315 プロテスタンティズムがなぜ自然科学と親和性を持ちえたか? ガリレオ・ガリレイ「アリストテレス主義者は真理は『物語の本』にあると思っているが、自然こそが真に偉大な書物なのだ」 つまり自然は、聖書以上の聖書だということ。 【近代哲学者カントに漂うキリスト教の香り】p326 ふつう世俗化というと、宗教の影響を脱することを言うわけです。しかし、キリスト教は、世俗化において一番影響を発揮するという構造になっている。 Cf. 定言命法にみえる「隣人愛」

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    投稿日: 2013.07.18
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    イエスの死が人類全員の贖罪たりうるわけは?なんてどきっとする問いに、復讐法の考え方は連帯責任であるというロジックでさらりと返してみたり、イエスは毎晩コンパをしていた⁈なんて、おいおい、って苦笑するような。 だから緊張感なく読めた。シューキョー?アレジーのあたしでも。 目次もなかなかパンチがあって、「神の子」という発想はどこからきたか(え、それってアイディアなの?ま、そうなんだけどあんたそんなおもむろな)とか、イエスは自分が復活することを知っていたか(いや、それ決めつけて知ってたから怖くなかったよないわないでよね、ね?ね⁈)とか、なんとも大胆。 橋爪さんと大澤さんの対談で終始する本なんだけど、でもときどき、2人ののりにおいてかれて、あれ、結論は?ってとこもある。ま、それもご愛嬌。 あ、たとえば、不可解なたとえ話。あたしもかねてからなんだこれ?っておもってた、マリアとマルタ、99匹の羊と1匹の羊、ほうとう息子、均等に1デナーリをもらう話とか。わくわくしながら結論まってたのに、おーいーてーけーぼーりーかーよー! このあたりあるいみ、掛け合いにさえなってなくて、へんですよね、いやこっちもかなりへんですよ、確かに!なんて、単に2人で盛り上がってる感じ。飲み屋でたまたま隣に座っちゃった妙に博識なおっさん(失礼!)2人の議論を聞くともなく聞いていたらおよ、なんか面白い。くらいに気軽に聞けちゃうの。 や、周りがうるさくてあんまきこえない、えぇい、もっとでっかい声で!あら、聞こえちゃいましたか失礼しましたいやほんと。じゃ、あたしも、まぜて! 的な、そんな、太平楽読書。 でもあたしってひねてるのか、やっぱときどき、えっ、とも思った。 例えば後半、日本のものづくり職人のすごさをインド・中国・イスラムと比較して、アニミズムだから優れててサイコー!と2人で納得してコンセンサスとってるけど、あんたヨーロッパの時計職人とかすごいと思うけどお?なんてそこはおもってしまい。 一神教じゃないはずの論者はしっかり、やっぱり、「日本は特別教」信者ではあるのかしらん?てかその発想からは誰も逃れられないのかな、これいうとみんな、嬉しそうな顔して議論止まるしな、とか考えてしまったんだよね。

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    投稿日: 2013.07.13
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    間違いが多いということで問題視もされている本のようだが、聖書というテクストの「ふしぎ」さを感じるという点において良著であると思う。

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    投稿日: 2013.07.13
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    このレビューはネタバレを含みます。

    最近「西洋美術史」の「読む絵画」に嵌っていますが、時代的にはルネッサンスやその前の中世の絵画が中心になります。 そうすると「キリスト教」が避けて通れなくなります。そうした折この本を見つけました。最近読んだ本の中でも出色です。 「橋爪大二郎」と「大澤真幸」の両氏の対談方式なので、非常に分かりやすく、興味深々です。割合ページ数も多いのですが、一気に読めます。 特に、ユダヤ教やイスラム教とキリスト教の比較などは、読んでいてドンドン引き込まれます。 例えば、ユダヤ教について、 ★イスラエルはメソポタミアとエジプトの両大国に挟まれた弱小民族で、それらの国と戦争しなければならないので、「ヤーハウェ」という「戦の神」を担ぎ出した。ところが、ユダヤ教の歴史は連戦連敗である。安全保障の為に契約した神がちっとも安全を守ってくれない。そういう情況なのに何故信仰がいささかも衰えなかったのか? これを、いじめっ子の心理を持ち出して、 ⇒いじめられるという状態を受け入れ、それでも自尊心を保つにはどうしたらいいか。それを考え始める。その解が、「これは試練なのだ」。耐え忍ぶ事が大切だ、みたいに考え始める。みじめな現実をこうやって合理化する心理が働いている。 いじめっ子からすると、「何をバカな事を考えているのだ?」と思うが、いじめられっ子には、他に考えようがない。 ・・・等々面白い対談が延々と続くのです。 分野が宗教なので、好き嫌いがあると思いますが、これを乗り越えて面白い本に仕上がっています。

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    投稿日: 2013.05.29
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    このレビューはネタバレを含みます。

    キリスト教徒ではない自分にとって、キリスト教信者はとても不思議だった。 マジでアダムとイブとか、キリストが復活とか信じてるのがキリスト教徒なんだよね?と。 とりあえず、そういうわけでもないことが分かって一安心、というかなんというか。 それにしても、ちょくちょくざっくばらんに言い過ぎててつい笑ってしまうほどな内容である。 「なぜキリスト教徒だけが、新大陸に大挙移住したか」 「それは、旧大陸でいじめられたから」 とか。 とてもおもしろかったし、これまでと違った方向からキリスト教を理解することが出来たが、これは読み返すたびに何か学べそうな本なのでまた忘れた頃に読もうと思う。

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    投稿日: 2013.05.27
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    このレビューはネタバレを含みます。

    社会学者二人がキリスト教の成り立ちと特異性、西洋近代に与えている影響まで対談形式で語った本。面白かった。宗教の記述そのものがどれほど正確かは信者でないので分からないが、本質はそこじゃないからまぁいいだろうw ユダヤ教からキリスト教、イスラム教までの一神教と多神教の違いなんかは相当危ない橋を渡っている感が強くて冷や冷やしながら読んでいたけど、さっきも呟いた通りそこの正確性は本質じゃなく、宗教が学問や現代人の考えや国の成り立ちに及ぼす影響についての解説がこの本の真価だと思う。 そういう意味では宗教に、特にキリスト教に全く縁がない自分がネタ本として読むにはとても良い機会だったと思う。ちょっと語るに落ちるというか、著者達自身が悦に入っているような書き方が多かったのは残念かなぁ。密林のレビュー見たら荒れに荒れてて、やっぱ宗教は怖いなぁ(小学生並の感想) 個人的に一番しっくりきたのは「宗教とは、行動においてそれ以上の根拠をもたない前提を置くことである」という定義の与え方だった。なーる。じゃあ自分がアイマス信者とか大槍葦人信者とか言うのは理にかなっているわけだなw

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    投稿日: 2013.05.26
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    一神教を信仰するとはどのような世界観を持って生きることなのか、が分かりやすく書いてあり、ためになった。

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    投稿日: 2013.05.25
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    橋爪氏の書く本は面白く分かりやすい反面、「ほんとにそうかな?」「それはちょっと極論じゃないかしら?」と思わせる面がある。この本では橋爪氏と大澤氏の対談の形を取っており、大澤氏が実に読者の気持ちを代弁してくれるのである。ほんとにそうなの?と、こんな場合はどうなの?と突っ込んでくれるおかげで読者は安心して読み進めることができる。大澤氏が問題提起、橋爪氏が答え、大澤氏がつっこむ。この流れでとんとんと面白く進んでいくのである。こういう本がもっとあっていいと思う。

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    投稿日: 2013.05.07
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    読みやすいが、内容に正しくない点が多いということで吟味しながら批判的に読む必要はある。 間違いについては、その内容的に正しくない点を文献を提示しながらまとめあげた「ふしぎなキリスト教@ウィキ 間違いだらけの『ふしぎなキリスト教』」http://www32.atwiki.jp/fushiginakirisutokyo/pages/14.htmlがあり、こちらも併せて目を通すべきである。 皮肉的だが、それを参照しながら読むと、キリスト教の入門としては優秀な内容になってしまう。

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    投稿日: 2013.04.30
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    ユダヤ教・キリスト教・イスラム教のそれぞれの関係や 西洋文化・思想がいかにキリスト教に根ざしているか などを学ぶことが出来た。また、疑問に思われるような 不思議な事情にも突っ込んでいて興味深く読むことが出来た。

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    投稿日: 2013.04.29
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    これ、かな~り、おもしろかったです。 日本人なので、キリスト教というよりは、宗教自体にちょっとした違和感をもっています。でも、キリスト教徒は日本人にもいっぱいいて、信仰している人は、その違和感をどうやって自分に納得させているのかとか疑問でした。 でも、これを読むと、キリスト教の変と感じる部分が、結構システマチックに作られてきたのだな~ということが、よくわかります。 それから、異端というものがやっと理解できた。異端は、異教ではないのですね。そこに深い根がある。 科学や、哲学など、キリスト教を否定している様に見えるものが、いかにキリスト教と強く結びついているかとかいう話は、スリリングで楽しい。 そういえば、ダン・ブラウンの「天使と悪魔」でもそんな話あったな~。

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    投稿日: 2013.04.22
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    ん~、いい本。キリスト教が少しわかったような気もすると同時に、自分にとって一生理解しきることができないものであることもわかった。なんともふしぎなキリスト教。まぁ、キリスト教徒含む他教徒および他国民からみた日本人の不思議さもこれと同等あるいはこれ以上のふしぎさなのかと思うが・・・

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    投稿日: 2013.04.21
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     キリスト教という世界宗教の特異性を対話形式で述べたもの。イスラム教のような厳密性はなく、やや曖昧なところも多いという。それが後世の信者によってどのように肉付けされて行ったのか、どのように語られるのかをに注目している。

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    投稿日: 2013.04.14
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    キリスト教というと、旧約聖書から新約聖書の中の代表的な話しだけがポツポツ浮かんで(それもうろ覚え)「神様ってなんていいかげんなの?」と思っていたうえに、これでこの宗教を信じるって言うのは難しいと考えていましたが、聖書の意味や今まで「何で?」と思っていたことに答えてくれているこの本を読んで、なんでここまで大きな宗教になり、世界に影響してきたかが分かりました。読みやすく分かりやすかったです。

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    投稿日: 2013.04.02
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    第一部 一神教を理解する 第二部 イエス・キリストとは何か 第三部 いかに「西洋」をつくったか の三部構成で対談式に進められていくので、読み易かったです。 「一神教」は、頭では分かっても、日本人には理解しづらいので、知識として押さえておけば良いかなぁ、と言うのが個人的意見です。 なので、私は第三部が一番興味深く読めました。なぜ自然科学や資本主義が発展したのは、ユダヤ教やイスラム教ではなくてキリスト教だったのか。そんな事も、簡単に解説してくれています。 他には、日本人がモノづくりに長けているのは、アニミズムと関係があり、モノにスピリットがあると思うからなのでは、という箇所に納得。宗教によっては、モノづくりは全く重視されない、何故なら偉大なる一神教の神が既にこの世界を創造したのだから。

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    投稿日: 2013.03.29
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    201303/ 一神教は、すべてをGodが指揮監督していると信じるのですが、するとしばしば、理不尽な感情に襲われます。たとえば、なぜ私の家族や大事な人が重い病や事故にみまわれるのだろう。なぜ自分の努力が報われないのだろう。なぜ悪がはびこり、迫害が続くのだろう、というふうに。一神教でなければ、仏教や儒教や神道なら、運が悪いとか、悪い神様のせいだとか考えればすみます。一神教では、すべての出来事はGodの意思によって起こるので、そう考えてすますことができない。そこで、不断の対話を繰り返すことになる。/ 子どもが障害をもって生まれたり、重い病気にかかったりすると、親は悩むでしょう。悩み方のパターンはだいたい同じで、「なんでよりによって、私の子が・・・。」これはユダヤ教の、選民の考え方と同じで、どんな出来事も、Godの意思で起こっていると思うからそうなる。悩んで、いくら考えても、答えはえられない。何かの罪を犯した罰なのかと考えてみても、思い当たる原因はみつからないでしょう。そうすると、残る考え方は、これは試練だ、ということ。このような困った出来事を与えて、私がどう考えどう行動するのか、Godが見ておられると考える。祈りは、ただの瞑想と違って、その本質は対話なのです。/ 呪術では、超自然的なもの、つまり風の神とか樹の精霊とかいったものが、病気を治してくれたり、雨や食糧といった恵みをもたらしたりしてくれるわけですが、そうした結果を得るために、人間の側が、何か捧げものをしたり、儀式をしたり、いろいろな仕方で、その超自然的なものに働きかけるわけです。つまり、超自然的なものは、人間に使役され、強制されて、その力を発揮する。そうすると、人間とその超自然的なもの(神々)とどっちが偉いのか、わからなくなります。その超自然的なものが人間以上の力を発揮するように、人間の側が誘導しているからです。神々は、一方では、人間を超えているかのように言われながら、他方では、人間の道具に過ぎない。/ ユダヤ教では、一つの絶対的な差別・差異が前提になっている。言うまでもありませんが、神と人間、神と被造物の差別・差異です。その差別・差異が圧倒的・絶対的であるがために、ヤハウェという例外的な点との関係で、すべての人が平等化されるという仕組みになっているように思います。その結果として、王権を民衆がコントロールするという、一種の民主主義が実現したのでしょう。/ 日本人の考える無神論は、神に支配されたくないという感情なんです。「はまると怖い」とかも、だいたいそう。それは大多数の人々の共通感覚だから、もしそれを無神論といういなら、日本人は無神論が大好きです。でもこれは、一神教の想定する無神論とはだいぶ違う。日本人が神に支配されたくないのは、そのぶん自分の主体性を奪われるから。日本人は主体性が大好きで、努力が大好きで、努力でよりよい結果を実現しようとする。その努力をしない怠け者が大嫌いで、神まかせも大嫌い。と考える人々なのです。だからカミが大勢いる。カミが大勢いれば、カミひとりの勢力はそのぶん殺がれる。人間の主体性が発揮しやすい。/

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    投稿日: 2013.03.22
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     なんとなくずっと、「キリスト教ってのがよくわからん」というささやかな悩みがあったんで、なんとなく話題になっていたものをあまり考えずに購入。正直に言うと、あまり期待していなかった(笑)。の割には面白かった。  橋爪大三郎さんというのが、ぐぐって調べると東京工業大学大学院社会理工学研究科価値システム専攻価値論理講座言説編成分野教授という、寿限無そのもののようなサッパリワカラナイ肩書きの人で、大澤さんっていうのは元京大の人らしい。要はふたりの学者さんの対話形式の本。  いったいキリスト教ってなんじゃらほい、というくだけた地平線からの本。僕もそうだけど、キリスト教に興味あるからって、旧約・新約聖書読破するほど余裕ないですもんね。僕は昔、旧約の創世記とヨブ記くらい読んだか・・・新約はほんとに拾い読み程度。。。  でもこの新書は、そのくらいの基礎知識で楽しめます。ユダヤの民っていうのはどういう人たちなのか、からはじまって、旧約聖書ってどうやってできたのか。誰が作ったのか。イエスってどんな人だったの?なんで殺されたの?新約聖書って誰がいつ作ったの?とか、そういうレベルの話のオンパレード。結構、新書の命であるところの「ガッテン度合い」が高いです(笑)。スタイルは、大澤さんという人が「フツーに考えてさ、おかしーじゃないっすか」という質問者役。それに橋爪さんが答えるスタイル。  それでもワカラナイところはいっぱいあって、大澤さんも、「むつかしいですよねー」とお茶を濁しているところもあるんだけど、やっぱり、少なくとも僕はなんとなくの先入観で考えてしまっていたキリスト教のありようがややクリアになりました。ま、例えば、「カトリックとそれ以外ってどう違うの?」とか「キリストの頃から結婚式やってたの?」とか、そういうこと。  なんとなくどこかに俺は知らないけど決めゴトがあるんだろうなあ、というぼんやりしたトコロが少しでもクリアになる。大勢の人がなんとなくわかった気になっているけど、なんとなく大勢が誤解していることがいっぱいあるんだ、ということ。そういうことを発見するのはなんとなく楽しいですね。  ま、こういうの読んでも商売にも生活にも、何も役立ちはしないんですけどね(笑) これもまた読書の快楽。

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    投稿日: 2013.03.19
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    このレビューはネタバレを含みます。

    ・第一部「一神教を理解する」  ユダヤ教、キリスト教、イスラム教のつながりと違いについて。日本人の神様と、西洋のGODの違いについて。仏教との違いについてなど。ここは読む価値があると感じました。 ・第二部「イエス・キリストとは何か」  キリスト教の「ここが変だよ」について。興味あれば読んだら良い。 ・第三部「いかに西洋を作ったか」  西洋についての他の著作の内容と大差ないですので、そちらを読んでいれば流してよいと思います。 読みやすくって、読んだだけでキリスト教が理解できたような気になる。ただ、キリスト教を客観的に論じているので、キリスト教の中身についてはほとんど語っていない。キリスト教の立場について書かれた本であることを注意してください。

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    投稿日: 2013.03.17
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    このレビューはネタバレを含みます。

    日本人にある宗教感、万の神という考え方を自然と思っていたが、 そうではないと気がつかされてから、最低でも イスラム、キリスト、仏教など主要宗教の考え方を知りたかった。 海外で、仕事をするためには、最低限の価値観を知りたかった。 キリスト教の漠然とした印象を知ることはできた。 いわゆる宗教の成立背景を知ることはできたが もっと基本的な考え方を知らないと、本書を充分に吸収できないとも思った。 もう一冊は必要。 キリスト教はユダヤ教から派生した。 ユダヤ教は、ユダヤ人を将来的には救うという神だが、 キリスト教では違う。 ユダヤ人は、迫害を受け続けていたが、 それでも信じるのはたとえば、 「自分たちが悪いことをしているから、罰を受けている→もっとがんばらねば。」 といった考え方も キリストは神の子であるにもかかわらず、ヒトらしく生きている。 神の子であるキリストが、ヒトの罪を贖罪するために、 処刑された。だから、生まれながらにして、罪を背負っている。 キリスト教は、不完全であり、福音書(預言書の解釈書)がたくさんある。 解釈の方法の違いが存在しうる。 イスラム協などは経典がしっかりしているので、解釈の仕方に応用は存在しない。 預言者というものが、神からの声を代弁することで、キリスト教として、 何を信じて、どう行動するべきかを決める。 その予言をまとめたものが福音書。

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    投稿日: 2013.03.09
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    ここ一年のなかで一番おもしろく読めた本 対話形式ですらすら読めた。購入して、本棚に置いておきたいな。 批判されている理由もわかるような気がするけど、 この一冊を出発点にキリスト教について考えていくって感じになるだろうし、おもしろくて素朴な疑問にわかりやすい言葉で説明が加えられているのは意味があることだと思う。 解釈や流派が複雑な事象を明快な言葉で説明するのは勇気がいることだと思うし、それえも明快な言葉で表現しただけの理由はあると思う。

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    投稿日: 2013.03.02
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    一度じゃ全部理解出来てなかったので読み直します。とても面白かった、なるほどと納得できるとこがたくさんあった

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    投稿日: 2013.02.20
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    これは熱烈批判されるのもわかる。 が、あっさりざっくりして読みやすく売れたのもわかる。 橋爪氏の確信に満ちた推量は痛快。 やはり人間イエスの実在について思いを巡らすところがよい。 キリスト教に限らず宗教全般の根っこにある「人間の精神のいびつさ」を隠そうともあげつらおうともしないスタンス。

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    投稿日: 2013.02.20
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    ■やっと読み終わったという感じ。 ■キリスト教について事前に知識がないと、この本の面白さはわからないと思う。 ■例えば、パリサイ派とかサドカイ派、旧約聖書の物語を知らないとわからない部分がある。 ■本の各所にキラッとするような話や言葉があるので、流し読みができない。 ■トリビアだが、Jesusとはヘブライ語でJoshuaの意味だと初めて知った。

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    投稿日: 2013.02.17
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    宗教に、昔から興味があります。 と言っても、私はいわゆる無宗教(強いて言えば、日本人的な「山には山の神様」というような感覚)なので、キリスト教とかイスラム教とか「宗教を信じる」とはいったいどういうことなのか、それがすごく気になっていて不思議で、教典そのものだったり解釈書だったり、色々読んできました。でも、本との相性なのか、腑に落ちたことはなかった。 この本は、タイトルどおりキリスト教についての議論なのですが、一神教とは何か、ということを理解する大きな一助になる本でした。 一神教を信じているひとたちが、どのように世界を理解しているのか。 ユダヤ教、キリスト教、イスラム教、それぞれの違いは何か。 キリスト教から生まれた近代西洋が、どれほどキリスト教的精神を受け継いでいるのか。 対談形式ということもあり、小難しくなく、すいすい読めます。 この本をふまえた上で勉強し直したら理解が容易になるかな、とちょっと期待。

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    投稿日: 2013.02.17
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    大澤真幸が最初に、この本はとても素晴らしいと自画自賛してて、橋爪大三郎も最後で同様に自画自賛してるんだけど、本人たちが言ってるほど、おもしろくはなかったぞ。 でも、分かりやすい部分もあって、読んで良かったと思ってる。 分かりやすかったのは、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の関係。どこまで一緒で、どこからが違うのか?それが、クリアーに整理されてた。 イスラム教の方が、論理的に矛盾が少なく、キリスト教は矛盾がいろいろあるので、ギリシャ哲学みたいなものを通じて「三位一体」という、どう考えても、理解しにくい理屈をつくりだした。 ところが、前近代までは、イスラム世界や中国のほうが文明的にリードしてたのに、宗教革命くらいから?キリスト教文明の中で、自然科学が抜群に発達し、民主主義が誕生し、市場社会が生まれた。 オレとしては、自然科学の発達と、民主主義という政治システム、そして、市場社会の誕生と言う、こういう人類にとって画期的なことが、どうして、イスラム社会や、仏教の合理的な考え方をもった土壌から生まれなかったのか?それが特に知りたかったんだけど。 2人とも社会学者なんだから、そこのところこそ、明晰な説明をしてほしかった。 ユダヤ教には律法主義があり、イスラム教徒にも厳格な宗教法があるけど、キリスト教にはそれがなくて、自分たちで法律を作る自由があったから、そこから近代が生まれた、という説明には、いまいち、納得できなかった。 だって、中国文明にもインド文明にも日本にも、ユダヤ教のような律法主義は無いし、自分たちで法律を作ってたのに、人類の歴史を変えるほどの自然科学の発達も、民主主義や市場社会の誕生も、無かったんだから。 橋爪大三郎の説明って、肝心なところで、マックス・ウェーバーの古典的な説明に頼りきりになってる印象。 ウェーバーの、特に宗教社会学に関する分析は、現代でも使えるくらい正確ってことなのかな。

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    投稿日: 2013.02.11
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    とある勉強会の課題図書。 普段だったらまず手に取らない本。 だからこそ、違う刺激もらえてよかった。 宗教とは縁遠い日本人にはとっつきにくいけど、対談形式だから、そこそこ読みやすい。 いかにキリスト教、西洋文化が世界に広がっているかがわかるし、もっと深い部分とかにも踏み込んでいて勉強になった。いろんな視点で言及もしていて深いなーと思った。モノを知るってのは大事だ。

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    投稿日: 2013.02.11
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    昔々習ったことを、ダイブ思い出した。 わかりやすくてなかなかおもしろかった。 新書読んだの久しぶり。

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    投稿日: 2013.02.08
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    「ローマ人の物語」を読む上で、ローマ帝国の興亡に大きく関わったキリスト教を知りたいと思って読みました。宗教の生い立ちやその影響(思想や国家など)、はては文化形成に至るまでいかに自分たちが意識していない部分で宗教的なものを行っているかがよく分かった。 たしかに、日本という東方のはずれにある島国でキリスト教を一生懸命理解しようとしても難しい。一神教にまず馴染まない。逆に八百万の神に触れる文化だからこそ、日本のものづくりに対する執着・緻密さが出ているという説明は凄く明快。非常にためになった。

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    投稿日: 2013.02.07
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    著者の橋爪さんの話は協力隊の講義の中で聞いたことがありました。 宗教を知らない自分にとって、目から鱗の連続だったのを覚えています。 たとえば、僕はイスラム教、ユダヤ教、キリスト教がすべて同一神からきているとも知りませんでした。じゃあ、その違いは何か。預言者の違いが大きなところを占めるそうです。 宗教を本格的に勉強をしたい人の第一歩として最適だと思います。

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    投稿日: 2013.02.02
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    2013.01.24 読了 勉強になった。とても。 キリスト教についてほとんど何も知っていなかったということを思い知らされた。 進化論もきちんと消化できてるんだと知った?それだけでもだいぶ印象が変わった。

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    投稿日: 2013.01.25
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    このレビューはネタバレを含みます。

    西洋社会を、そして現代を理解するためにはキリスト教の理解が不可欠。そしてその土台であるところの「キリスト教」自体がわりとふわっとしていて矛盾だったり解釈の余地を多く残している。それが面白いところであり、タイトルの「ふしぎな」に込められているところだ。キリスト教が国教化し、封建社会との共存が必要となったときキリスト教側がイニシアチブをとるべく利用したのが「結婚」。封建社会にとって必要不可欠な「結婚」に神の手続きを組み込んだ。なるほど!プロテスタントが、資本主義社会を加速させた、とするウェーバーの論。なかなか理解がむずかしかった。ただ、あまり読むモチベーションが沸かなかった、って感じもしてしまいました。

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    投稿日: 2013.01.24
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    このレビューはネタバレを含みます。

     まえがきより・・・近代というのは、西洋的な社会というものがグローバルスタンダードになっている状況である。西洋の文明的なアイデンティティ、その中核にあるのがキリスト教である。近代化とは、西洋から、キリスト教に由来するさまざまなアイデアや制度や物の考え方がでてきて、それを、西洋の外部にいた者たちが受け入れてきた過程だった。    つまり、近代化の先にある現代化?のリーダーシップを握ろうとするならば、キリスト教を理解しなければならない?  そう気づいた人は、先ず、この本を読みましょう。  少しは、今まで納得できなかった出来事を腑に落とすことができるかも?

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    投稿日: 2013.01.20
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    ドイツに行くにあたり、より西欧人の考えを理解しようと読んでみた。仏教で育った日本人には理解しがたいことが多いが、キリスト教の考えが興味深く学ぶことができる。

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    投稿日: 2013.01.06
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    このレビューはネタバレを含みます。

    大変わかり易く、面白い本だった。 特に 「GODは怖い。GODを信じるのはGODが素晴らしいことを言っているからではなく、自分たちの安全のため」 とか 「神は世界を想像したあと、出ていってしまった。神がつくったこの世界に対して、人間の主権がある」 (だから自然に対して何をしてもいい) とか は非常に腑に落ちた。 もちろん、この1冊ですべての疑問が解かれるわけではないけど、入門としてはいいと思う。

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    投稿日: 2013.01.03
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    全知だったら全能である必要はないのではないか?というような逆説を1人の学者が投げかけ、もう1人の学者がそれに答えるという対談で構成されています。  逆説は子供のつっこみのようなものが多く比較的わかりやすい。その回答についてはわかった気に少しなりますが、やはり逆説は逆説で明確な答えでない気がします。 読み進めていくうちにキリスト教には逆説が多くその答えがあいまいであることがその本質だと理解することができます。 それゆえに資本主義や自然科学、芸術などの西洋文化をキリスト教は生み出すことができたのだそうです。我々日本人もグローバル化の前提としてキリスト教を踏まえることが必要なようです。 もう少し、キリスト教の知識があった方が理解が深まると思います。恥ずかしながらキリストが何者だったのか、初めて理解しました。

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    投稿日: 2012.12.25
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    二人の社会学者の対談集という形式なので、とても読みやすかったです。しかも、片方が質問して、もう片方が返答をするという形式です。 直接聖書とか読んだこともなくても、キリストのなぞやらなにゃらがわかってよかったです。

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    投稿日: 2012.12.24
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    2012年夏読了。 めっっっちゃくちゃ面白かった。 新書はいい。すばらしい。ことに題材がキリスト教とあれば。

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    投稿日: 2012.12.16
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    キリスト教とユダヤ教が近いものということも知らず、一から知ることばかり。知れば知るほど不思議が多いのもまた宗教なのか。

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    投稿日: 2012.12.09
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    宗教とは縁遠い生活を送っていると思い込んでいる現代においてすら、宗教が我々の生活に深く根を張っているということがわかる一冊。科学が発達した現在においても、人間は宗教の影響から完全に脱することは不可能なのだということを痛感した。 考えてみれば、いくら科学が発達しても、死後の世界は絶対に解明することはできない。宗教は死に対してどう向き合っているかということにも深く関わっている。現に、無宗教だと言われる日本においてすら、亡くなった人のためにお墓を建てる。 後半で橋爪氏が宗教の定義について、「行動においてそれ以上根拠のない前提をおくこと」としていたのは、納得した。この定義に従えば、我々が宗教としているものの範疇の外にある、さまざまなものですら宗教になりうる。(本書で例示されているマルクス共産主義などもそうである) 本書ではキリスト教にフォーカスし、ユダヤ教からの勃興から、他の宗教との比較によるキリスト教の独自性、さらには中世から現代における宗教の影響等、さまざまな論点が内包されていて、興味深かった。高校の世界史や倫理だけでは、ここまで深くは学べないと思う。一神教と日本の神道の相違、人間でもあり神の子でもあるというイエスの矛盾と一神教の相克、イエスの復活というパラドックス、公会議というキリスト教独特の制度、ギリシア哲学との融合、理性の宗教に対する浸透と侵食・・・。 大澤氏が冒頭で述べているが、近代化≒西洋化≒キリスト教という図式があり、今日の世界の仕組みを理解する上で、歴史という分野は非常に重要であり、その歴史におけるお大きなイベントに影響を与えた事項として宗教は切り離すことができないであろう。 専門書のような小難しさはなく、解説は噛み砕かれていて、非常に面白かった。もう一度読んでみたい。

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    投稿日: 2012.12.09
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    2012.12.8 『ふしぎなキリスト教』読了。いやあ、面白かった。なるほどなるほどなるほど、の連続で……でも1冊まるごと全部「なるほど」すぎて、結局自分で説明できないのがもどかしい(--; 私は、初詣に行くしお寺にお墓参りに行くしクリスマスをお祝いするし、というごく一般的な日本人です。宗教のことを恥ずかしいくらいに知らないです。で、この本を読んで、ああキリスト教の根っこってこういう考え方なんだ……と、初めて理解できた気がします。 特に印象的なのが、奇蹟の話! 中学だか高校だかでケプラーの法則を学んだ際に、ケプラーが「この世は神が創造したものなのだから、必ず美しい法則で説明できるはずだ」(うろ覚え)といった信念のもとに観測を行なった、というエピソードを聞いたなあと思い出し……ああそれはこういうことだったのかと、20年近く経ってからようやく理解が深まりました。 大澤さんの挑発的な質問が、まさに我が意を得たり!な感じで、他のキリスト教入門書よりもずっと面白くわかりやすいです。キリスト教と対比した仏教や神道などの見方も面白い。

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    投稿日: 2012.12.08
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    キリスト教のふしぎをめぐる対談 西洋の芸術にはキリスト教をモチーフにしたものが多く、ちゃんと知っておいた方が楽しめるのでは、というところから少しずつ理解を進めているキリスト教(と、宗教全般)。 以前読んだインテリジェンスもそうだが、対談は読みやすい。一人の論理で進まず、相手(他者)の理解を得ながら進んでいくため、一般的な話題展開になるためだろうか 内容に関しては、色々目から鱗。 というか、今まで本当にイメージと上っ面の理解だったということを認識。 キリスト教はあまり確固たる概念ではない、だろうから、本書で述べられていることも筆者らの解釈、という理解にはなる。 だが、神の子であり人類の身代わりであるイエスの存在や、神の存在と宗教の考え方を切り離す必要性など、なるほどー、と思いながら読んでいた。 特に興味深いのは神とのコミュニケーション。 人間の基準では互いに理解し合うことがコミュニケーションだが、一神教の神の場合は不可解であることをそのまま受け入れることが正しいコミュニケーションになる、ということ。 うーん、神様って難しい。

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    投稿日: 2012.11.25
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    このレビューはネタバレを含みます。

    1年くらいかけてやっと通読。 何回もやめて、3回目くらい。 けっきょく、あんまり頭に入っていない。 要再読

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    投稿日: 2012.11.23
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    キリスト教に何かと縁があり、よくよく考えたら「何でだろう?」と沸き出した疑問をしっかり答えてくれた作品!

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    投稿日: 2012.11.20
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    キリスト教に対して日本人が疑問に思うような事柄についてかなり丁寧に答えている。 キリスト教そのものだけではなく、ユダヤ教の成り立ちから、西洋文明への影響まで、初心者にもわかりやすく論じられている。 現代人から見て理解し難いことでも、神話だから宗教だから仕方が無いんですよとかいうことで、ごまかさないところが好感が持てた。 キリスト教と資本主義のつながりのところはさすがに難しかったが、今まで疑問に思っていた事が、かゆいところに手が届くように解決していったので爽快な読了感であった。

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    投稿日: 2012.11.09
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    よくある宗教学の入門書のような堅苦しさはなく、縁のない我々が抱く素朴な疑問を中心に、時には冗談を交えながらわかりやすく解説してくれる。現代社会を理解する前にまずその根底にあるキリスト教の価値観を咀嚼することは欠かせないのだとわかった。

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    投稿日: 2012.11.09
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    宗教をもたない日本人が信じる者を持つひとたちと仕事をすると釈然としないことばかりで疑問や憤りがつのる毎日だが、そんな色んなハテナを解決してくれてとにかく面白く一気に読める良書。

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    投稿日: 2012.11.05
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    博学な二人の対談。仏教からイスラム教、哲学、マルクス主義まで論じる。マルクス哲学がユダヤ教と同じロジックだったとは!!面白いすぎる。

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    投稿日: 2012.10.31
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    このレビューはネタバレを含みます。

    西洋文化の根底にある、キリスト教信仰理由と、科学と哲学との関係性のロジックを、ほんの少し知る事が出来たのでは。。 しかし、無宗派、多神教に育った身としては、一神教のイデオロギーを本当に体得する事は恐らく無理だろう。。

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    投稿日: 2012.10.24
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    第一部「一神教を理解する」第二部「イエス・キリストとは何か」は文句なしに面白かった。分かっていたようでちゃんと理解できていなかったことが噛み砕かれて解説されており、腑に落ちる点もいくつかあった。 もう一度世界史を読み返してみたくなる。 第三部から、俄かに受け容れ難い説明が出てきた。 カルバニズムと資本主義との関係は有名な考え方ではあるがそれだけでは説明できないと思うし(少なくとも自分には説得的な説明だと思えない)、十字軍や、奴隷貿易、帝国主義とキリスト教との関係をちゃんと掘り下げて説明して欲しい。

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    投稿日: 2012.10.22
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    一神教としてまずユダヤ教があって、キリスト教がでてきたそのはいけいはわかった。わかったのだけどやっぱりなんかなじめないというかしっくりこないというかキリスト教には距離感がある。律法のところが肌感覚が合わないのかな? ひょっとしたら後発型としてイスラム教の方が分かるのかもしれない。

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    投稿日: 2012.10.20
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    久々に他の人に勧めたくなるほど面白かった。いまいち、腑に落ちなかったことが、あーなるほど!になります。

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    投稿日: 2012.10.17
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    一神教であり、起源も同じユダヤ教、キリスト教、イスラム教の中で、イエスキリストという神でも預言者でもない人間の存在がキリスト教を「ふしぎ」な宗教にしている。 その「ふしぎ」な矛盾を解消するべく、初期キリスト教の公会議はキリストが何者なのか(神か人間か)の議論に終始していた。三位一体論(父と子と聖霊)は、聖書に出てくる神とイエスキリスト、そして預言者の前に現れる聖霊を矛盾なく共存させるために生み出された概念。 ユダヤ人が、なぜ、自分たちを救ってくれない神を信じ続けることができるのか?なぜ、国がないのに自分たちのアイデンティティを守り続けることができるのか?という問いにたいしては、神が絶対的な存在であり、為政者をも服従させる存在で、彼らの規律が法律ではなく、服装や生活習慣に至るまでことこまかに律法によって定められていることにある、という解釈は説得力がある。

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    投稿日: 2012.10.11
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    このレビューはネタバレを含みます。

    ぼんやりとしか理解できてなかったキリスト教が少し理解できた気がする。意外にもキリスト教自体が矛盾に満ちているものとは思ってなかった。その存在が結構こじつけでできているんだなぁと感じた。

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    投稿日: 2012.10.08
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     近代化とは、すなわち世界の西洋化の過程である。  だとすれば、改めてキリスト教を理解することで西洋を対象化し、世界の構図が変わりつつある新しいグローバリズムへの準備をしていこう。  …なんて難しく言えばそういうことになりますが、確かに良く分からないキリスト教のことを、ざっくばらんな対談形式でわかりやすく解説したベストセラー。面白かったです。  実在のキリストと神の子としてのキリストの違い、聖書の構造、「神と子と精霊の名において」という、よ~く耳にするのに何のこっちゃか分からんアレ、などなど。素朴な疑問に答えつつ、キリスト教の歴史・仕組みから、西洋人の思考回路を紐解いていきます。  キリスト教が、厳格な一神教のユダヤ教やイスラム教・世界の仕組みを理解しようとする仏教に比べ、一神教でありながら、良い意味でのご都合主義(信じるところだけ信じる、みたいな)でもあるところが、西洋に浸透し、世界を西洋化=近代化していった原因でもあるという分析は、とても刺激的だった。  ホント、難しい本じゃないし、ちょっとは分かっちゃった気分になれる得な1冊。

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    投稿日: 2012.10.03
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    ニーアル・ファガーソン「文明」を読了後、また読みたくなってしまった。やはり何度読んでも明快で面白いです。「キリスト教から最も遠いと思えるその地点そのものが、実はキリスト教によってもたらされた到達点である」…一神教と最も無縁と思われる我々日本人が、非西洋で最も早く西洋にアジャストできたのも、実はこのキリスト教の構造に秘密があったのかも知れないと改めて思いました。

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    投稿日: 2012.10.02