【感想】屍者の帝国

伊藤計劃, 円城塔 / 河出文庫
(172件のレビュー)

総合評価:

平均 3.6
25
48
50
11
5
  • 亡き盟友の「魂」の在り処

    一旦、撤退宣言をした円城塔の作品を再び読んでみる気になったのは、2015年10月に「Project-Itoh」の第一弾として封切られた「屍者の帝国」劇場版アニメを観たからです。このアニメが非常に面白く、また作品の中で気になる事や何点かの謎が残ったのでそれらについての回答やヒントがあるのではとかなり邪道な考えで本作品を読んでみました。

    まず最初に感じたのは今までの円城塔の作品とは違い非常に読みやすいエンターテイメント作品に仕上がっているということです。歴史上の人物を登場させ虚実入り乱れた世界観を構築したすごく豪華な作品に仕上がっています。さらりと流した一文の裏にある設定を想像させるだけの重厚な世界観が構築されており、ヘルシング教授から始まりMやQそしてスペクターや007などのイギリス諜報機関系の話やナイチンゲールのフランケンシュタイン三原則(笑)、カラマーゾフ兄弟やロシアの第三部、明治政府、PMC、ピンカートン、グラント元大統領、ハダリー、エジソン、解析機関(チャールズ・バベッジ)にノーチラス号等々、一体どんだけぶっ込むんだよというぐらいの盛り沢山な内容になってます。とにかく深読みすればする程、味か出る設定が満載で大変緻密に作られた作品。

    ですが、私が一番知りたかった主人公ワトソンの思いや感情が原作からは残念ながら見えてこなかったというのが正直な感想。

    劇場版「屍者の帝国」では、早世の天才技術者だった親友フライデーに「霊素」を書き込み蘇えらせ、「ヴィクターの手記」を追う冒険へと付き従えるという基本的なストーリーは変わらないのですが、この二人の関係性にかなりの重点を置いた作りになっており、「生命」とは、人を人たらしめている「魂」とは何かを問われるシーンが何度も劇中に出てきます。その度にワトソンが屍者フライデーの中に亡き親友の「魂」を見出そうとするのですが、この場面が非常に印象的で、まさにそこに「伊藤計劃」(フライデー)の魂を探し求める「円城塔」(ワトソン)の苦悩が透けて見えてくるのです。この点が原作ではどの様に描かれているのかが非常に気になって読んでみたのですが、うーん正直あのエモーショナルなワトソンは原作の内にはおりませんでした。

    映像作品は原作を下敷きにしているとはいえ、全くの別物ですからそれはそれで良いのですが、センチメンタルとはいえその点に関しては物足りなかったです。

    ※エピローグ読むと原作ではワトソンとフライデーの関係性はむしろ逆?
    続きを読む

    投稿日:2015.11.03

  • 多様な解釈

    物語にとって、どのように読まれることが幸せなのだろうか。

    様々な読み方ができる物語というものが存在する。
    もっとも、たいていの物語は複数の読み方が可能で、もちろん、作者が想定する読み方というものがあり、それ以外の読み方は作者にとって好ましくない読まれ方だったりする。そのいっぽうで、どのように読まれても構わないという作者もいる。
    この物語を読みながら、ついついそんなことを思ってしまうのは、この物語にはいくつもの読まれ方が存在し、読むときにはそのひとつを選択して読むべきなのにどれか一つに絞りきれずに読んでしまうからだ。
    円城塔が、このようにもストレートな、と言ってしまうには少し語弊があるけれども、それでもこのようなエンターテインメントの物語を書くことができたということも驚きだったし、そしてそれが伊藤計劃だったらこう書いていただろうと読み手が想像するレベルの物語であったことも驚きで、その一方でやはりこの物語は円城塔の物語だったと気付かされることも驚きだった。
    この物語が完成するまでに三年かかったそうなのだが、それだったならば、もう三年待てば、伊藤計劃+円城塔の新作がさらに出てもおかしくない気もする。
    それはともかくとして、この物語のジョン・H・ワトソンがどのようにして、シャーロック・ホームズのジョン・H・ワトソンにつながるのか、という疑問が最初から渦巻いていたのだが、ひょっとしたらそのあたりはうやむやなままで終わらせるのかと思ったらしっかりと解決させているあたりや、フランケンシュタインつながりでブライアン・オールディスに結びつくあたり、深読みしようと思えばとことんまで楽しむことができるのはやはり円城塔だからなのだろうと思った。
    そう思うと、次は伊藤計劃から離れた円城塔の純粋なエンターテインメントな物語を読みたいのである。
    続きを読む

    投稿日:2013.09.24

  • 禁忌的な世界に引き込まれる

    舞台は,死者を甦らせて使役する技術が普及した19世紀末。
    脳内イメージはロバート・デ・ニーロ主演の映画『フランケンシュタイン』そのまま。
    灰色で茶色の視界が広がり,その禁忌的な世界にすぐさま引き込まれる。
    そして,人の意識の根源を問う古くて新しい視点に釘付けに。
    歴史改変具合が絶妙で,そこにつながるのか! と惚れ惚れ。
    何より驚愕の結末に戦いた。

    多くを円城塔氏が書き継いだとはいえ,夭折した伊藤計劃氏の『虐殺器官』『ハーモニー』に通じる
    “何か”をその文章から感じずにはいられかった。文庫版あとがきも必見。
    続きを読む

    投稿日:2014.12.31

  • はじめに言葉があった

    伊藤計劃成分を期待していました。アイディアもプロットも素晴らしい。私はこの作品とは別の虐殺機関を読んで、氏の読者に読者をさせるストーリーテイリングに信頼を置いて買いました。
    うーむ。円城塔成分が多すぎるなあ。言葉の力、言霊を揺らすことに力点を置きすぎなのかなあと思います。また、ストーリーを縛るための物語の穴を会話文の中でふさいでいくのはどうかと…。
    魂の重さ。サイバー・パンク。マジックリアリズム。19世紀の近代の夢。グレートゲーム。
    この設定にはSFの金字塔の匂いがしますし、実際に前半は非常に上手い。
    後半も多少の無理筋に目をつぶればこの作品はSFの到達点とも言えるでしょう。
    円城氏の知識のひけらかしと、天才伊藤の設定の組み合わせを読んでもよいかなあと思えたら買いでしょう。
    それにしても、SFが科学に先行した黄金時代から科学をSF化したパンク時代を経てSFはどこに向かうのでしょうか?
    ともかく、こういった作品があるうちは日本SFにも読むべきものがあると言ってよいでしょう。
    星5つ。
    続きを読む

    投稿日:2016.11.28

  • 壮大な悪夢!

    デビューしてからわずか2年でこの世を去ることとなった、伊藤計劃氏。彼が残した『屍者の帝国』は、冒頭の30枚しか用意されていませんでした。その続きを、彼と同じくSF作家の円城塔氏が引き継いだのが本書です。19世紀末、死体を蘇らせロボットのように使役できる技術が確立されます。そうして生まれた"屍者"を束ねた帝国を築いていたのが、アレクセイ・カラマーゾフ。そう、『カラマーゾフの兄弟』の三男です。物語の語り手もシャーロック・ホームズの相棒であるワトソンであり、『風と共に去りぬ』のレット・バトラーも登場するなど、他作品との連携からも目が離せません。アクの強いキャラクターたちが活躍する壮大な物語と謎解きは一品です!(スタッフI)続きを読む

    投稿日:2013.09.20

  • ヴィクトリア朝・スチームパンクファンなら一読の価値はアリ

    ヴィクトリア朝・スチームパンクファンなら一読の価値はアリ

    タグとしては「パロディ」「シャーロックホームズ(贋作)」「フランケンシュタイン」「吸血鬼ドラキュラ」「切り裂きジャック(フィクション)」「ヴィクトリア朝」「スチームパンク」といったところでしょうか。

    個人的に「ストーリーはつまらなくない」程度ですが「この手のパロディが好き」なのでチェックしました。

    「ヴィクトリアン・アンデッド シャーロック・ホームズvs.ゾンビ」はギリギリ真面目なホームズFANも大丈夫な内容だった気(充分クレームが来そうだった)がしますが、
    「屍者の帝国」はホームズ物として読むにはレベルが低いかと思います。


    同ジャンルの作品としては
    「ドラキュラ紀元」 キム・ニューマン作。ヴィクトリア朝・名作パロディモノ・名作クロスオーバーモノ。
    「リーグ・オブ・レジェンド」 アラン・ムーア原作映画と原作アメコミ(タイトルが異なります)。名作パロディ・クロスオーバーモノ・スチームパンク。

    「ジョジョの奇妙な冒険 第1部 カラー版」 荒木飛呂彦・作。ヴィクトリア朝。吸血鬼モノ・切り裂きジャック登場。
    「黒博物館 スプリンガルド」 藤田和日郎・作。ヴィクトリア朝。「ばね足ジャック」がテーマ。
    「エンバーミング カラー版」  和月伸宏・作。こちらもフランケンシュタインがテーマです。モノクロ版は配信されてないみたいです。

    自分の「本棚」だと、「屍者の帝国」「分冊版 屍者の帝国」「ビスケット・フランケンシュタイン(電子版を買うかは迷いましたが)」「エンバーミング カラー版」「武装錬金 10巻」「伊藤潤二版 フランケンシュタイン(リーダーだと配信されていないみたいですね)」

    を買いました。
    続きを読む

    投稿日:2013.11.11

Loading...

ブクログレビュー

"powered by"

  • おおつか

    おおつか

    伊藤計劃の『虐殺器官』をちょっと前に読んで面白かったので購入。
    実際伊藤計劃が書いたのはプロローグだけらしいので、結末や根幹の設定含めて円城塔の作品と言った方がいいっぽい。
    中盤けっこう読みづらかったけど、全体的な世界観はかなり好き。
    クライマックスシーンは映像映えしそうだな、、と思ったので映画化してると知ってうれしかった
    円城塔の他の作品も読みたいなと思った
    続きを読む

    投稿日:2023.07.12

  • りりーちゃん

    りりーちゃん

    読む「バイオハザード」って感じですんごい引き込まれた。屍者に霊素ってもの入れて資源(人的な意味で)にできるとかいうトンデモ19世紀だった。会いに行った先の屍者の帝国の王カラマーゾフは死ぬし、ヴィクターの手記と初めの屍者ザ・ワンを追いかけて世界をめぐる。

    日本の浜離宮(大里化学)でのアクションシーンがマジでかっこいい。山澤カッコよすぎ。

    にしても、、、Xの正体は驚いた。まさかそれを持ってくる発想はなかった。
    続きを読む

    投稿日:2023.07.08

  • モトネド

    モトネド

    読む前は冒険活劇かと思っていて、読んでる途中から伝奇ものと思い始めたが、どちらでもなかった
    設定は面白くなりそうなのに、生と死の概念的な話が多く、聞きなれない言葉も説明なく使われているので取っ付きにくく、感じた
    登場人物の名前も19世紀を舞台にした映画などの有名人物となっているようだが、どれもイメージが膨らまずただ使ってるだけになっていて、キャラの個性がボヤけている
    世界を一周しているが特に意味感じなかったし、各地の印象も薄かった
    話の結末も盛り上がるかと思いきやふわっとした終わり方でスッキリせず、エピローグもだらだらとしていて意味がなく思えた
    続きを読む

    投稿日:2023.05.09

  • fruhjahr

    fruhjahr

    今読んでるけど、ルビが多くてつまづきがち。
    オサレ感にも戸惑っている。
    円城塔さんの作品を読んだことがないから、読み慣れていないだけ?あと老眼はじまった??

    ティーカップに「ウェッジウッド」ってルビふらなくていいよ、ウェッジウッドって書いちゃいなよ!!!
    って思ってる。
    ただ、伊藤計劃さんの構想を円城塔さんが汲み取ってるということと、そのプレッシャーの中で書き上げられたものだということ、そしてそれが面白いものであることは間違いない。

    そう、面白いのよ。だからどんどん読みたい。
    けど、ルビ拾おうとしてテンポが崩れて中々進まずもどかしい。
    続きを読む

    投稿日:2023.01.17

  • Kani

    Kani

    伊藤計劃の遺作を円城塔が仕上げた合作!!
    あとがきで思わず涙が……。


    伊藤計劃が書いたのはどの程度なのだろう。
    何にせよ、彼がプロットを書いた作品である以上、たとえ中途半端でもファンは読みたいハズですよね。

    後を引き継ぎ仕上げて出版するのはかなり勇気がいる事だと思う。

    ーーーーーーーーーー

    原稿用紙にして三十枚ほどの試し書きと、A4用紙一枚ほどの企画用プロット、集めはじめた資料が残され、『屍者の帝国』は中断された。
    (文庫版あとがきより)

    ーーーーーーーーーー


    原稿用紙30枚程…
    プロローグ部分のみと言う事かな。

    元々『虐殺器官』や『ハーモニー』との関連付けはなさそうだし、構えずに『合作』を楽しんで読みました。


    屍者と言ってもゾンビものではなく、この作品は「歴史改変もの」と言うそうです。

    時代背景は、1878〜1881年。
    何事にも屍者が必要不可欠な世界。

    主人公はジョン・ワトソン。
    そう。あの有名な彼。
    ワトソン君です(〃´-`〃)

    他にも知った名前が目白押し♡

    ヴァン・ヘルシング
    ウォルシンガム
    リットン
    カラマーゾフ
    ヴィクター・フランケンシュタイン
    アイリーン・アドラー

    なんかもう遊び心満載でワクワクします♡

    屍者技術を開発したヴィクター・フランケンシュタイン。
    その全てが記されているという『ヴィクターの手記』を手に入れるため、ウォルシンガム機関の諜報員であるジョン・ワトソンは、助手の屍者フライデーと、フレデリック・バーナビー大尉と共に旅に出る。

    ロシア帝国、日本、アメリカ、大英帝国をめぐり、手記と、それを手にしている『ザ・ワン』を追う。

    手記の存在が現在の屍者の世界をどう変えていくのか、次々と行手を阻む屍者の群れと支配者たちの存在で徐々に明らかになっていく。

    賛否両論あったというアニメも観ました。

    やはり内容は少し違いますが、映像がめちゃめちゃ綺麗だったし、アニメはアニメで面白かったです( ˶'ᵕ'˶)♡
    何より映像で観ると世界観が分かりやすい。
    なので、イメージが少し違うなぁと思ってもそれはそれで脳内で変換すればよいのです(๑¯∇¯๑)

    日常で屍者が料理してたり仕事してたり…。
    すごい想像力だなぁ…(*´﹃`*)

    伊藤計劃のプロフィール見たら、私同じ歳…。
    私のような凡才が生きてて彼のような天才が亡くなるなんて……(、._. )、
    円城塔さんのあとがき読んでて涙出ました。

    続きは読めないにしても、感動した作品はずっと人の心に残ります。
    他の作品も読みたい欲が湧いてきます(*´˘`*)♡

    やっぱりSFは面白い!!
    ミステリ大好きだけど、SFも同じくらい好きだなぁ。
    また虐殺器官とハーモニー読みたくなりました♡
    続きを読む

    投稿日:2022.11.09

  • しおりはさみこ

    しおりはさみこ

    アニメ映画が公開されたとき、友人に誘われて観に行ったのが『屍者の帝国』との出会いだった。出演声優のファンであった友人も、もちろん私も、作者も作品も詳しく知らないまま鑑賞。にもかかわらず、舞台設定とそのストーリー運びに一気に夢中になった。
    これは原作にあたらねばならぬーーと原作を入手。2時間でまとめられた映画とはやはり違う部分があるが、この世界観はやはりゾクゾクする。改めて読んでもその印象は変わらない。
    屍者技術の発展と19世紀末の歴史的な出来事がさも当然のように織りこまれ、「屍者がすぐそこにいる」リアリティに現実と虚構の境目が曖昧にさせられる。視点者としてのワトソンというキャラクターも滋味深い。振り回されつつも世界を一周したにも関わらず、その華々しい経験さえも事件の受け止めによって霞む。結果ひたすらに運命に流され続けるだけで結末へと辿り着くのだが、それも「ワトソン」という物語装置の為せる業なのだろうか。キャラクター名から筋道がたっていたとおりに、エピローグでホームズの世界へとつながっていくのは気持ちが良かった。
    差し挟まれる引用に、不勉強なのが不甲斐ない気持ち。解像度を上げて再読するとまた見え方が違ってくる気がする。
    ザ・ワンの語る意識の姿、ワトソンと同じように混乱しつつも圧倒されて読み込んだ。意識と魂の存在に思考を巡らせながら進んだ先に、ずっと記録していただけのフライデーの独白が待ち構える。「ありがとう」で締め括られるところは、後書きで語られる伊藤計劃氏の姿と重なってとても印象に残るのだった。
    続きを読む

    投稿日:2022.11.06

Loading...

クーポンコード登録

登録

Reader Storeをご利用のお客様へ

ご利用ありがとうございます!

エラー(エラーコード: )

本棚に以下の作品が追加されました

追加された作品は本棚から読むことが出来ます

本棚を開くには、画面右上にある「本棚」ボタンをクリック

スマートフォンの場合

パソコンの場合

このレビューを不適切なレビューとして報告します。よろしいですか?

ご協力ありがとうございました
参考にさせていただきます。

レビューを削除してもよろしいですか?
削除すると元に戻すことはできません。